首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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第33話 悪魔の戯れ

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「嘘だろ……ありゃマジかよ!」

「すげぇ…あの2人、本当に強ぇ!」

 

冒険者達が見惚れていた。彼等が見ている先にいるのは、強敵ヴァンパイア2名と戦闘している美女2人。

無論、その2人は確かに美人だ。男なら、1度は抱きたいと思う程。

しかし、彼等冒険者達が見とれているのは彼女達の美貌ではない。彼女達の戦いがあまりにも凄かったからだ。

 

エレクトロ・スフィア(電撃球)!!」

ファイヤーボール(火球)!!」

 

ナーベの放った魔法とエリザベートの放った魔法がぶつかり合う。互いの魔法が接着した瞬間、まるで爆発のように互いの魔法が拡散する。

炎は吹き上がり、電撃が弾け飛ぶ。

炎の熱気と雷撃の光が周囲を照らす。

 

そんな第3位階の魔法を扱える者同士の戦いを、魔法職の冒険者達が少しでも見逃さないよう注意深く観察している。今後の魔法戦闘の参考になれば、という思いで。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

炎と雷撃が消え、爆発がおさまった直後、エリザベートの笑いが響き渡る。

 

「喰らいなさい!おんなァァァ!」

 

エリザベートが爆発後の煙を吹き飛ばしながら突っ込んでいく。人間の身体能力を遥かに上回る脚力による突進、そのスピードはぶつかるだけで人を殺せる程の速さだ。

手に握り締めたレイピアを構え、ナーベを一撃で仕留めようと迫る。だが──

 

ディメンジョナル・ムーブ(次元の移動)。」

 

エリザベートのレイピアが空を切る。先程まで目の前にいたナーベが消えていた。一瞬驚いたエリザベートは、慌ててナーベの行方を探す。

 

「どごだ!?逃げたか?」

 

ナーベが使用した魔法は転移系の移動魔法。本来なら、戦いから離脱するための逃走用に使われる事が多い魔法である。しかし──

 

「こっちよ、どこを見ているのかしら?」

 

真上から聞こえる声、それに反応したエリザベートが顔を向けた瞬間、エリザベートの顔に何かがぶつかる。

パリンッというガラスが割れる音、そして飛び散る液体、それを顔に浴びたエリザベートが絶叫を上げる。

 

「ぎぁあああああ!!顔が!私の顔がぁぁあ!」

 

自分の顔にかけられたのがポーションの液体だと理解したエリザベートが、激痛に耐えようと両手で顔を押さえる。

アンデッドに対して回復アイテムは武器にもなる。ポーションをアンデッドに投げつけたり、ぶっかけたりできれば、それだけで浄化して倒す事も可能なのだ。

 

「痛がってるところ悪いけど……たくさんある事忘れてない?」

 

エリザベートはハッと我にかえる。そして思い出す。バレアレ家特製のポーションの荷馬車がすぐ傍にある事を。

 

「怪我してるようね。ポーションで治して(殺して)あげるわ。」

 

「ひっ…!」

 

先程上空から聞こえたはずの声が地上から聞こえ、エリザベートは最悪の予想を考える。が、もう遅い。

次の瞬間、自分の身体めがけてポーションが次々と投げつけられる。投げつけられたポーションが、エリザベートの身体をゆっくりと浄化し始める。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

耐え難い苦痛に悲鳴をあげならがエリザベートがもがく。しかし、触れるだけでダメージを受ける液体を防ぐ方法が避ける以外ない彼女に──

 

ライトニング(雷撃)!」

 

容赦ない魔法の追撃が撃ち込まれる。身体を怯まされ、逃げる機会を与えられない。

 

「貴方、醜い姿を見られるのが嫌いだそうだけど──」

 

ポーションを投げつけながら、ナーベが冷たい視線を送る。消えかけ寸前のエリザベートに、トドメと言わんばかりの言葉を言い放つ。

 

「──今の姿も充分醜いわよ?」

 

それが、エリザベートが最後に聞いた言葉だった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「ぐっ…!お、おのれぇぇ!」

「あちゃ〜…流石の再生能力っすねぇ。()()()()()()()()回復するのは。」

 

ひしゃげた手足を再生させながら、ヴラドはルプを睨めつける。

 

「余を相手にここまでやるとは!女、何者ぞ!?」

 

「ルプって言うっす。か弱い美女シスターっすよ?」

 

「嘘をつくな!余を愚弄するのは許さんぞ!」

 

槍を構え、ヴラドは得体の知れない女、ルプに飛びかかる。

 

「ぬんっ!」

「よっ!」

 

吸血鬼の王ヴラドの槍とシスター風の格好のルプの持つ聖印を象ったような巨大な武器が激しく何度もぶつかり合う。ヴァンパイアの身体能力と互角に張り合うルプに、ヴラドは驚きを隠せない。

 

「女!ただのシスターではないな?そのような大きな獲物を軽々と振り回すなど、普通の小娘にはできぬ!」

 

「いや〜バレちゃあしょうがないっすね!」

 

ヴラドの問いかけに、まったく隠す気のなかった雰囲気で言い返すルプ。

 

「そうっす。私は、戦うシスターなんっすよ。」

 

「それは見ればわかる!その力、貴様は人間ではない──」

 

ヒール(大治癒)!」

 

ヴラドが言おうとした言葉を察したルプが慌てて治癒魔法をヴラドにかける。

 

「──ぐぅああああ!」

 

突如襲ってきた激痛に、ヴラドが顔を歪ませる。

 

本来、治癒系魔法は傷を治し、身体を治療するための魔法である。しかし、アンデッドの場合は逆であり、治癒系魔法や復活系魔法をかけられるとポーション同様ダメージを受ける。

アンデッドモンスターの傷を癒す場合は、即死系魔法を使用しなくてはならない。

 

「それ以上喋るなっす。」

 

そう呟くと、ルプが容赦なく武器を振り下ろし、ヴラドを叩き潰す。何度も容赦なく振り下ろされる武器により、ヴラドの身体が潰れていく。

 

「ぐっ──あっ──」

 

「そろそろ終わりにするっす。楽しかったっすよ。」

 

グチャグチャになった状態から再び再生しようとするヴラドに、ルプが魔法をかける。

 

<ヴロウアップフレイム/吹き上がる炎>

 

ヴラドの足元に現れた魔法陣から巨大な火柱が現れ、ヴラドを包み込んでいく。

 

「──ぐっ──ぉぉおおおおああぁぁ──!」

 

絶叫を上げながら燃えていくヴラドに、ルプは笑顔で言う。

 

「神の名の元に浄化されよ、悪しき魂よ。なんちゃって☆」

 

炎が消えた頃には、ヴァンパイアは灰へと変わっており、そこにヴァンパイアの王の姿はなくなっていた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「凄い!あの2人、ヴァンパイア達を全滅させましたよ!」

「流石、ルプちゃんとナーベちゃんだ!」

「君達の言う通り、モモン君のチームは凄いなぁ!」

 

ルプ達の戦いの一部始終を見ていた冒険者達が、彼女達の勝利を賞賛する。

一つの脅威が去った事、退路が確保された事に安堵する冒険者達。

 

しかし、その安寧が一瞬だった事を、冒険者達は思い知らされた。

それは──墓地の方が急に明るくなったのと同時に起きた。

 

「ぎゃぁぁぁぁ──!!」

「うわぁぁぁぁ──!!」

 

突如上がった悲鳴。それは──悲鳴が上がる直前に飛んできた大量の火球。それが防護壁の上に居た冒険者数十名に命中し──火だるまになった者達の悲鳴だった。何故大量の火球が飛んで来たのかそれを確認し始める冒険者達。

 

「馬鹿な……」

「おい、あれ……」

「嘘だろ……こんなのってありかよ…。」

 

ヴァンパイア達に夢中になっていた者達が、墓地の状況を見て絶望する。

 

「下がれ下がれ!たっちさんも早く!」

「わかってます!後ろに気を付けて下さい!」

「守りを固めろ!アレはちとヤバいぞ!」

 

たっちを含むリュウノ達全員が、防護壁手前まで下がって来る。

 

何故彼等が後ろに後退したのか。その原因を見た冒険者達は目をうたがった。それは──

 

「何だよあの数!ありえねぇだろ!」

「30…40…50…!駄目だ!ありゃ100超えてる!」

「まさか!?信じられるかよ!プラチナ級冒険者でも苦戦する死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が100以上だと!?」

 

──墓地の奥、三方向から50ずつ、合計150体の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の大軍が現れたからだ。

 

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)──邪悪な魔法使いが死んだ後、その死体に負の生命が宿って生まれるというモンスター。知性の無いアンデッドモンスターとは違い、宿した英知は常人を凌ぐほど。豪華な、しかしながら古びたローブで骨と皮からなる肢体を包み、片手には捻じくれた杖を持つ。骨に皮がわずかに張り付いたような腐敗し始めた顔に邪悪な叡智を宿している。

 

モンスターとしての強さは22レベルで、冒険者チームなら白金(プラチナ)級では少々厳しいが、ミスリル級ほどの強さがあれば勝算は十分にある。

しかし、それはあくまで一体だけの場合だ。

 

仮に、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が約7体も居れば、1つの小都市を攻め落とすことすら可能かもしれない戦力となる。

そんな存在が100体以上。しかも、全員が第3位階魔法の範囲魔法<ファイヤーボール/火球>を100m先から連発できるのだ。

 

リュウノ達が後退するのも頷ける。100発以上もの火球が一斉に飛んでくればひとたまりもない。

実際、先程飛んで来た火球がそうなのだろう。墓地を埋め尽くさんばかりの爆炎と熱気が防護壁周辺を中心に燃え広がっている。

 

「こんなの…どうしろと言うのだ……」

「地獄だ…俺達は、地獄を見てるんだ!」

「もう、エ・ランテルはお終いだ……」

「勝てっこなぇよ……」

 

冒険者達はもはや諦めかけている。戦意を失い、防護壁へと迫ってくるアンデッド達を眺めるしかなかった。

 

「流石のリュウノ君達でも、アレは無理か……」

 

冒険者組合長のプルトンも敗北を確信した。あれには勝てないと。アダマンタイト級冒険者が数チーム居たとしても、アレには勝てないだろうと。

 

「くそ!どうすれば……!」

「せめて、防護壁より向こうに行かせるな!」

 

リュウノとたっちが真ん中に陣取り、左右一列にリュウノの部下達が並び、防護壁前に最後の防衛ラインを築く。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の大軍の内、50体が右側、反対側にも50体が移動し、リュウノ達を輪っかのように包囲しだす。

中央部分の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達がやや遠い所で待機している。

 

完全包囲網──それができた段階で、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達の攻撃が止まる。

それを合図に、悪魔2人がリュウノ達の目の前にやって来る。

 

「さあ、遊びはここまでです。もはや打つ手は無いでしょう?冒険者の皆さん。」

 

「くっ……!」

 

冒険者組合長であるプルトン・アインザックは必死に打開策を考える。しかし、何一つ思いつかない。エ・ランテルの戦力だけでは到底無理だと思うしかない戦況である事は明白だ。

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達が手に火球を生み出し、いつでも発射可能な状態を維持している。あれが一斉にリュウノ達に発射されたならばどうなるかなど、考えたくもない。

 

冒険者達がどうする事もできない状況であると理解した魔王は、不敵な笑みをうかべながら「取り引きしませんか?」と人間達に言い始めた。

 

「そちらの美しい竜人を引き渡せば、()()()()退()()()()が?どうします?」

 

思いがけない提案に、冒険者達の視線がリュウノに集まる。

リュウノを悪魔に差し出すのは非道な行為だ。何故ならリュウノはエ・ランテルを守ろうと奮闘した人物だ。アンデッドの軍勢を墓地に押しとどめ、さらには組合長などの人命まで救った恩人である。

そこまでしてくれた人物を悪魔に引き渡す。それは恩を仇で返すような行ないに近い。

 

だが、この絶望的な状況を変えられるかもしれない唯一の方法でもある。

しかし──リュウノに、取り引きに応じるよう頼む者は居ない。そんな残酷な事を最初に言いたくないのだ。もし、そんな事を言える者が居たとしたら、それは血も涙もない悪魔のような心の持ち主だろう。

彼等冒険者にとって理想なのは、リュウノ本人が自ら取り引きに応じてくれる事だ。

しかし、肝心のリュウノは悪魔を見つめたまま沈黙したままだ。

 

その時、「騙されるな!」とたっちの声が響く。

 

「どうせ嘘に決まっている!撤退するのは()()()()()で、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はそのまま残していくつもりだろう?」

 

たっちの言葉を聞いた冒険者達が我にかえる。そして、リュウノを引き渡せば助かるかもしれない、と少しでも考えていた事を後悔する。

危うく悪魔の言葉に乗せられてしまう所だったと。少し考えれば想像できた事だったと。

そして悪魔に対する認識を改める。悪魔は人を騙し、弄ぶ存在だと。

 

「む?──」

 

人間達が取り引きに応じる気配がなくなった。そう感じ取った魔王は顎に手をあて、どうしようかと思案する。

それを見たヤルダバオトが魔王に声をかける。

 

「魔王様。ここは私にお任せを!」

 

「ほう?何か策があるのですか?ヤルダバオト。」

 

「はい。英雄(ヒーロー)なら必ず応じるであろう、策がございます!」

 

「ふむ。では、貴方に任せますか。」

 

「ありがとうございます!」

 

ヤルダバオトは深々と一礼すると、耳に手をあて、誰かに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

()()を連れて来なさい。」

 

その直後、悪魔二人と後方に距離を置いて待機していた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達の間に転移の魔法陣が現れる。

そこから現れた集団を見て、たっちと冒険者達は息を呑んだ。

 

「あれは、人間?」

「大勢の女と子供……と数匹の……悪魔?」

 

突然現れたそれ等を眺めていた冒険者達が訳がわからず困惑していると、今まで沈黙していたリュウノが口を動かす。

 

「なるほど……そうか。人質まで用意していたか。」

 

人質──その言葉を聞いた冒険者達がようやく事態を理解する。

 

魔法陣から現れたのは、大勢の人間の女性と子供、それを見張っている悪魔数体だった。

 

人間達は、周りを囲っている悪魔達に怯えているようだったが、転移後に突然目の前に現れた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の軍勢を見て、さらに怯えている様子だった。子供をしっかりと抱き寄せ、何とか子供だけでも守ろうと勇気を振り絞っている母親らしき存在が多く見える。

 

今の状況を観察したリュウノは、得た情報を整理する。

まず、人質が女と子供な理由──至極単純だ。力の弱い女や子供なら、反抗されても対処しやすいからだ。それに、子連れの母親なら子供の命を優先し、敵に攻撃を加えるような行為を避けるはずだ。

 

次に悪魔だ。見張りの悪魔はそこまでレベルが高くない種類であり、倒すだけなら一瞬で可能な範囲だ。

人間を転移させたのは見張っている悪魔達だろう。なら、再び人間達を何処かに転移させる事も可能という状況でもある。

 

つまり──この人質は交渉用の道具という事だ。

 

「避難所に居た民間人を人質として確保させていただきました。」

 

ヤルダバオトがそう告げると、魔王が拍手をしながら賞賛する。

 

「素晴らしい!流石、私の忠実な下僕だ。こんな時のために、人質まで確保していたとは驚きです!」

 

「ありがとうございます、魔王様。」

 

ヤルダバオトが──仮面で顔がわからないが、おそらく──嬉しそうにお辞儀をする。

そして顔を上げると、冒険者達に向かって話し出す。

 

「という訳で、そちらの暗黒騎士と人質を交換……という事にしませんか?」

 

いきなりすぎる身勝手な取り引き、当然冒険者達は悪魔達に憎悪を向ける。人質を取られた以上、取り引きに応じないと人質が殺されてしまう可能性がでてくるからだ。

しかし、どうする事もできない。あの敵軍に勝てる戦力がいないのだから。

 

「魔王!関係ない市民にまで手をだすのか!?」

 

たっちの質問に対して、魔王が呆れたような態度で言い返す。

 

「当たり前でしょう?この都市を我が物にするんですよ?当然市民も巻き込まれるでしょうに。」

 

「モンスターと戦う事を生業としている冒険者が殺されるのは仕方のないことだと理解できる!しかし──」

 

まだ何か言おうとしたたっちをリュウノが手で制す。

 

「おい、悪魔。その取り引きに応じてやる。」

 

リュウノがハッキリ言い切った。たっちや冒険者達が驚きの声を上げる。

先程の取り引きでは何も言わなかったリュウノが、人質が絡んだ途端、自分の身を差し出す決断をしたのだから。

 

「リュウノさん、何を──」

 

「ただし、条件が二つある。」

 

リュウノは真っ直ぐ魔王を見据えて言う。リュウノの迷いない雰囲気に、魔王が興味をそそられたと言わんばかりの「ほう?」という声を出す。

 

「条件とは?」

 

「大人か子供……できれば子供を先に解放しろ。それが第一の条件だ。」

 

リュウノが出した第一の条件、それを聞いた冒険者達がリュウノの意図を理解する。

悪魔は平気で人を騙す。リュウノを確保した後、悪魔がアンデッド達に用済みになった人質を皆殺しにするよう指示する可能性だって充分ありえるのだ。

なら、せめて半分の子供だけでも安全を確保しておきたい。それがリュウノの狙いなのだろうと、冒険者達は察する。

 

「二つ目は?」

 

「都市と住民の安全。取り引きが終わったら、エ・ランテルから完全に手を引け。悪魔もアンデッドも全て撤退させろ。これが二つ目だ。」

 

「おや?それだと、貴方を諦めるか都市制圧を諦めるかの二択になるのですが?」

 

「当然。ほら、よくこう言うことわざを聞くだろう?『二兎追うものは一兎も得ず』って。」

 

このことわざは、二匹の兎を同時に捕まえようとして結局二匹とも捕まえられなかったマヌケな猟師の話が元になっている。

 

魔王登場の宣伝をするのは構わないが、市民にまで手を出すのは()()()()()だ。ましてやエ・ランテルの征服なんぞ、元から計画に無い。なにより、たっちさんが絶対に許さないはず。なら、せめて私だけの犠牲で抑えるのが妥協点だろう。

 

まぁ、ぶっちゃけた話……連れ去られても問題ないし。エ・ランテルの冒険者組合にも『二度と顔を出さない』みたいな事言っちゃったし。

 

「最初の取り引きだと、そちら(悪魔)ばかり得して、こっち(人間)は損ばかりだったからな。対等に取り引きするなら、そちらも多少のデメリットは背負うべきだろ。違うか?」

 

「理屈は分かりますが、嫌ですねぇ。人間と対等に取り引きなどしたくありません。」

 

「ならこちらも()()()()()()()が、いいのか?さっきも言ったが、力づくで奪うしかなくなるぞ。我は大人しく捕まる女ではないからな。」

 

「人質がどうなっても良いと?」

 

「お前達悪魔がきちんと約束を守ってくれる保証が無いからな。取り引きに応じた後、人質を皆殺しにされる可能性も充分ありえる。取り引きに応じようが応じまいが結果的に人質が殺されるのなら、我は抵抗する。だから選べ!我か都市、どちらかをな!」

 

リュウノは胸を張って魔王の返事を待つ。

魔王は両腕を組みながらしばらく考えこんだ後、横に待機していたヤルダバオトに視線を向ける。

 

「ヤルダバオト、貴方ならどうします?」

 

魔王に話しかけられたヤルダバオトは、顎に手をあて思案を張り巡らせてから答える。

 

「確実を狙うのであれば、彼女の取り引き条件にのるべきでしょう。私はそう判断します。」

 

「なるほど。では、まず子供だけ解放しましょう。悪魔達よ、人間の子供を解放しなさい。」

 

魔王の命令により、人質に向かって悪魔達が指示をとばす。

 

「子供ダケ移動ダ。早クシロ。」

 

悪魔に言われて、大人の女性達──特に母親達──は安堵する。

 

──これで子供達だけでも助かる──

 

そう思い、母親達は自分の子供に言い聞かせる。

 

「坊や達、早く避難しなさい。」

「やだよ、ママ!ママと一緒じゃなきゃヤダ!」

「大丈夫。大丈夫だから、早くお行き。」

 

必死に母親達が子供を説得し、半ば無理矢理ではあったものの、子供達を防護壁の方へ行かせる。

子供達が移動を開始したのを確認したリュウノが、防護壁の上にいる組合長に言う。

 

「組合長!子供を頼む!」

 

そう告げるリュウノの迷いない表情を見た組合長は、リュウノが英雄としての度量の持ち主であると改めて認識する。

 

──同じような見た目でも、こうも違うのだな──

 

いくら市民を助ける為とはいえ、自分自身を犠牲にする行為は並大抵の覚悟ではない。ましてや、相手は悪魔だ。どのような扱いをされるかなど想像もできない。少なくとも、良い扱いをされるはずがない。にも関わらず、リュウノの顔に後悔しているような雰囲気はなかった。

だからこそ、認識を改めたのだ。最初、冒険者組合で感じていた恐ろしい印象が、今の彼女からは微塵も感じない。それどころか、残虐非道な悪魔と似た姿をしているリュウノを信頼すらしている。

 

「わかった。」

 

リュウノの言葉に頷きながら答える。

リュウノが自分の身を犠牲にする事で得たチャンスである。何としても子供達だけは守らないといけない。

そう決意したプルトンは、周りに居た冒険者達に指示を飛ばす。

 

「みんな、門を開けて子供達を入れるんだ!」

 

開かれた門に向かって子供達が走っていく。泣きじゃくりながら、母親を呼びながら、それでも走る。きっと母親も助かると、再び再会できると信じて走る。

 

子供達が避難するのを見届けた魔王が催促する。

 

「さあ、子供は避難しましたよ。次は貴方です。私の嫁となる女よ!」

 

「ああ、わかっている。今そっちに行く。」

 

リュウノは手に持っていた邪剣を地面に突き刺すと、武器を所持していない事をアピールしつつ、竜騎士鎧を全身に装着する。

 

「何故鎧を着るのです?せっかくの美貌が台無しではありませんか。嫁となる女よ。」

 

「鎧はあくまで保身の為だ。ただでさえ、露出が多いんだ。どさくさに胸でも揉んでくるんじゃないかと心配でな。後、嫁とか言われても反応に困るからやめろ。」

 

「おやおや。照れ隠しですかぁ?」

 

「否定はしない。」

 

そう言うと、リュウノは魔王に向かって歩きだす。

 

ニタニタと笑う魔王に1歩ずつ歩み寄るリュウノを、他の冒険者達が為す術もなく見つめる。自分達の住む都市を守ろうと奮闘した人物が悪魔の手に渡ってしまう。それを阻止できない自分達の無力差を悔やむ。

だが、それと同時に嫉妬に近い感情も湧いている。誰もが憧れる英雄という存在、そう呼ばれるに等しい行いを迷いなくやれる彼女に対して。

 

──英雄という存在は、正しく彼女ような行動を平然やれる人物の事を言うのだろうと──

 

 

 

リュウノが魔王の前まで来ると、ヤルダバオトがリュウノの腕を後ろに回し、手枷をはめる。そして手枷から垂れていた鎖を魔王に手渡す。

 

「ご苦労。」

 

魔王はヤルダバオトを労いながら満足気に受け取ると、リュウノを見つめる。

 

「さて、ようやく私の物になりましたね。」

 

「うるさい。早く、女達を解放しろ。」

 

冷たい反応を返すリュウノに、魔王の顔の笑みがますます大きくなる。

 

「おやおや。つれないですねぇ。まぁ、安心して下さい。すぐに解放しますとも。でも、その前に確認しなくては!」

 

「確認?」

 

何の事か分からないという雰囲気のリュウノに、魔王が笑いながら言う。

 

「申し訳ありませんが、もう一度身体と頭の鎧を()()()もらえますか?魔法が込められた鎧なら、拘束されたままでも脱げるでしょう?」

 

何故また鎧を脱がないといけないのか。不思議に思いつつもリュウノは胴体と頭の鎧を外す。

 

「脱いだぞ。一体なにを──て、ちょ!?」

 

突如、魔王がリュウノを片手で抱き寄せた。片手でしっかりリュウノの身体を掴み、自分の身体に密着させる。もう片方の手をリュウノの顎にあて、無理矢理自分の方に向かせる。そして──

 

「──むぅ!?」

 

魔王がリュウノにキスをした。いや、正確にはリュウノの口の中に無理矢理舌をねじ込んだと言ってもいいくらいの強引なディープキスだった。

 

それはあまりにも不意打ちであり、リュウノもたっちも竜王達でさえも予想できなかった。

 

魔王の舌が容赦なくリュウノの口の中を這いずりまわる。予想以上にザラザラした長い舌が、リュウノの舌を──リュウノの喉の奥まで犯しつくす。口を閉じようとしても、バフォメットの顔をした魔王の分厚い舌が強引にこじ開けてくるのだ。

 

「おぶっ──んっ──!」

 

リュウノは突然の出来事に茫然とする。

分からないまま、されるがままにされる。抵抗を──拒絶の意思を見せるべきである事はわかっているのに、思考が追いつかない。

 

 

1分程──いや、もっと短かったはずではあったが──ディープキスをした魔王がようやく口を離す。長い舌がリュウノの口からズルリと這いずり出て、元の主人の口に収まっていく。

 

「はぁ〜……美味ですねぇ。」

 

魔王はまるで、美味しい飲み物でも飲んだ後のように、舌で口元を舐め回しながら味の感想を言う。

そして、身体を力なく仰け反らせて茫然としているリュウノに言う。

 

「いやー、最高でした。素晴らしい味でしたよ。」

 

そう言いながら、魔王はリュウノの身体を撫で回す。お腹や胸、首元を撫でながら、リュウノの頬を舌で舐める。

 

「良いものですねぇ。綺麗な物を目の前で汚す行為は!」

 

満足気に言うと、魔王はたっち達の方を向く。

 

「ところで、貴方達の大事な人が私に好き勝手されている訳ですが──」

 

「魔王……貴様は──貴様は!」

「我らの主人に、なんて事を!」

 

今にも怒りが爆発する。そんな雰囲気の彼等を見て、魔王は愉悦に浸る。

 

「──彼女は既に私の物です。」

 

ギリリッと歯ぎしりする音が竜王達から聞こえる。悔しさを堪えているのだろう。

当然だ。今、悪魔達を攻撃すれば、リュウノの頑張りが無駄になる。主人の顔に、自分達から泥を塗るような真似をする訳にはいかないのだから。

 

魔王ことウルベルトにとって、今の行為は悪魔として最高の演出であったと自負している。

たっちにとってリュウノは大切なギルドメンバーであり、ぞんざいに扱われていい存在ではない。竜王達にとっても同じだ。大切な主人が悪魔に好き勝手されるのを黙って見過ごすような性格ではない事も理解している。

 

そんな大切な存在であるリュウノを彼等の前で思うがままに扱かう。実に悪魔らしい振る舞いか。悪として、これ程素晴らしい行いがあるだろうか。

 

必死に耐えているたっち達に魔王は嘲笑う。

 

「何か文句でも?」

 

その言葉で、たっち達は理解する。

あの悪魔はわざと自分達の目の前でリュウノの身体に手を出したのだ。それを見た自分達の表情を確認するために。

 

「魔王!貴様ぁぁぁ一!」

「許さぬ!許さぬぞ、悪魔め!」

 

たっち達の怒りに満ちた声が響く。各々が武器を構え、今にも斬りかかりそうな雰囲気である。

 

「おっと!少しからかい過ぎましたか。安心して下さい。人質は解放しますので。」

 

魔王が悪魔達に命じて、人質の女達を解放する。

その時、魔王が手を耳にあてる。そして、何か頷くような仕草をすると、たっち達の方を向く。

 

「さて、これで取り引きは終了ですね。では、私達は撤退しましょうか。」

 

「かしこまりました。」

 

「では、皆さん。彼女は貰っていきます。ですがご安心を。彼女には立派な我が子を産んでもらう予定ですので、大切に扱いますから。では、さようなら。」

 

悪魔達とリュウノが転移魔法により姿を消す。

 

「待て、悪魔!アンデッドが消えてな──」

 

そう言いかけたとき、周りにいたアンデッド達が突如霧状になり、一瞬で姿を消滅させた。

 

「これは!?」

 

たっちが驚いていると、墓地の奥からモモン達が走って来た。

 

「皆さーーん!ズーラーノーンの連中を倒してアンデッドの召喚儀式を止めました!これでもう安心ですよ!」

 

そう言いながら、モモンは周囲を見渡し、ある人物が居ない事を確認する。

 

「たっちさん、リュウノさんは?」

 

「モモンさん……」

 

とても明るい雰囲気ではない事を察したモモンが状況を察する。何より、リュウノが所持していた邪剣が、地面に突き刺さったまま放置されている事も決定的な証拠だった。

 

「まさか、リュウノさんは……」

 

「はい。悪魔に連れて行かれました。」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「いやー、すいませんでした、リュウノさん。」

 

「…………」

 

ナザリックの玉座の間にて、ウルベルトがリュウノに謝っている。

理由は当然キスの事である。

 

リュウノは、デミウルゴスが用意した──様々な動物の骨で作られた──椅子に座りながら、ブスッとむくれていた。

 

墓地からナザリック表層部に転移して、ようやく頭が動きだしたリュウノにより、墓地のアンデッド達は姿を消した。

残された竜王達とたっちさん、モモンチームが上手く冒険者組合に話して、後処理を行っておくという事らしい。

 

「モモン達が帰って来るまで、ウルベルトさんとは話したくない。」

 

「おやおや。困りましたねぇ。あんなに熱いキスをした者同士ではありませんか。」

 

「ああ、もう!その話をNPC達の目の前でするな!恥ずかしいだろうが!」

 

「何故です?ナザリックの未来に関する大事な案件で──」

 

「もういい。私は自室に引きこもらせてもらう。」

 

そう言うと、リュウノはギルドの指輪で転移していった。

 

「ふむ……やはり、少しやりすぎましたか…。」

 

残されたウルベルトとデミウルゴスに、守護者統括の役職を持つアルベドが興奮気味に話しかける。

 

「ウルベルト様!私で良ければ、何人でも子作りいたしますが?」

 

サキュバスであり、ビッチ設定があるアルベドがグイグイと迫って来る。

 

「あー……すまないアルベド。私から見て、貴方からは魅力が感じられないのですよ。」

 

「───ッ!?そ、そんな!やはり、殿方は『最終決戦装備・裸エプロン』のほうが好みだと言うのでしょうか!?では、今すぐ着替えてきます!」

 

走り去って行くアルベドを見ながら、ウルベルトはヤルダバオトに言う。

 

「私も自室に戻ります。モモンさん達が帰ってきたら、教えてください、デミウルゴス。」

 

「ははっ!」

 

ウルベルトがギルドの指輪で転移して姿が消える。それを見送ったデミウルゴスは、玉座の間で1人笑う。

 

「後継者計画は順調、と。……少し、ウルベルト様がやり過ぎてしまった部分はありましたが、問題ない範囲です。ああ、楽しみです!ウルベルト様がリュウノ様と共に子供をお作りになられる日が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、バフォメット(山羊)とキスする日がくるとは思わなかった。動物のヤギや羊とキスしたり、顔を舐め回されたりする事はあったけど、ディープキスされたのは初めてだった……。百科事典(エンサイクロペディア)に書いとこ!えーと……バフォメットの舌はザラザラしている──と。後、意外に長い。────よし。記入終わり。」

 

リュウノは百科事典(エンサイクロペディア)を閉じる。

 

「はっ!?そうだ!今の流れなら、ウルベルトさんに裸になってもらえるんじゃね?バフォメット(山羊)の身体の構造や生殖構造を知る事ができる、大チャンスじゃないか!?」

 

先程までむくれていたのが嘘のように、リュウノは興奮する。

キスぐらい、いくらでもするし、させてもよい。さすがに()はそう簡単に差し出せないが、現実世界に存在しない動物の交尾が見れるなら、我が身を犠牲にしてでも調べる価値が──

 

「いや、さすがに不味いな。アインズに怒られる。動物愛も程々にしておくか。しかし、バフォメット(山羊)のディープキス、中々に良かったな。それとも、ウルベルトさんがテクニシャンだったのだろうか?」

 

そんな事を考えながら、リュウノはデミウルゴスに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

「デミウルゴス、今暇か?」

 

「はい。何か御用でございますか?」

 

「ああ。私の人間の姿を、各階層守護者及び領域守護者達に知らせておきたい。スマンが、同行してくれないか?私だけでは不安でな。」

 

「かしこまりました!すぐにそちらに向かいます!」

 

 





次の話で、第一章は終わります。
第二章からは、ストーリーのオリジナル要素が高くなると思います。
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