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王女の部屋から退室したクライムは、目的としている王国戦士長──ガゼフ・ストロノーフを探していた。
探すと言っても、ガゼフの居る場所は概ね見当がついている。王の近くか訓練場に居る事が多いと知っているからだ。
王の近く──つまり、王の身辺警護をやっている場合だと、気軽に会いに行く訳には行かない。ましてや王の居る場所で、緊急事態でもないのにガゼフに言伝だけを言いに行くなど、王に失礼である。
そう言う理由もあり、クライムは訓練場へと足を向けた。
幸運な事に、訓練場にガゼフは居た。バスタードソードを素振りしながら鍛錬に励んでいる。おそらく、休憩時間か、王の傍にいる必要がなくなった時間を利用しているのだろう。
「お?クライムか。どうした、何か様か?」
クライムに気がついたガゼフは鍛錬を中断し、気さくに語りかけてくる。
クライムにとってガゼフは似た境遇を持った人物である。
ガゼフは、平民の出身で王国の御前試合に出場し、決勝戦でブレインを倒し優勝、その後、国王の懐刀である王国戦士長に任命される、という経緯の持ち主だ。
簡単に言えば──ガゼフは王に気に入られ、クライムはラナーに気に入られた、と言えばわかりやすいだろう。
つまり、同じ平民から特別な立場になった者同士なのだ。
しかし、平民という身分がゆえに、貴族達からはあまり好ましく思われていない事もクライムと同じである。
「ラナー様から言伝を預かって来ました、ガゼフ・ストロノーフ様。」
クライムにとって、王国最強の戦士長であり、実力も上であり、王の傍で仕える存在であるガゼフは尊敬に値する人物であり、様付けで呼ぶようにしている。もちろん、ガゼフだけでなく、ガゼフと同じように尊敬に値する人物や目上の人物には様付けで呼ぶ事にしている。
「ラナー殿下から?」
意外な人物からの言伝に、首をひねるガゼフ。
「──内容は?」
「はい。それは──」
ラナー王女からの言伝をガゼフに伝え終わると、クライムはガゼフに質問する。
「ストロノーフ様、どういう意味なのですか?」
どうしても知りたかったのだ。ラナー王女の言伝の意味が。
「む。むぅ……」
ガゼフは気まずそうな表情をした後、周囲を見渡し、誰もいない事を確認すると、「誰にも言うなよ?」とクライムに釘を刺した。
そして語りだす。『竜の宝』のリーダーであるデュラハンが、人間の女性に変化していた事を。
クライムは驚きを隠せなかった。これは、デュラハンに対してではなく、ラナー王女に対する驚きだ。
アンデッドが人間の振りをして王都を歩き回っているかもしれない、そう考えると、デュラハンが人間に化けれる事も驚く話ではある。
が、何より王女が言っていた『デュラハンを呼んで話し合いたい』という、一見無茶にしか見えない事をやろうとした理由を理解できたからだ。
デュラハンが人間の女性に化けれるなら、ラキュースと同じように『友人』という事で部屋に招き入れやすくなる。王女はソレを実行するつもりでいるのだ。
これが、ラナー王女の身辺警護を任されているクライムにとって大問題にならない訳がない。
「危険ではないのですか!?」
「問題ないと思うぞ。勝殿は優しい御仁だ。それは私が保証する。」
「ですが──!」
「──気持ちはわかる。」
食い下がるクライムに対し、ガゼフは視線を遠くに向ける。
「私も──最初はデュラハンである勝殿やドラゴンであるブラック殿達を、王に会わせるのは危険だと思った。しかし──」
そう言いながら、ガゼフはクライムに視線を合わせる。
「王みずからが『会う』とおっしゃったのだ。『他国の策謀から民を救い、王国戦士長まで救った者達を無下にはできぬ。私から直接、礼を言いたい。』と。なら、王の決意に応え、なおかつ守りとおすのが私達の役目だと思わないか?」
自分が仕えている主人の意志を尊重する。それを当たり前だと言わんばかりに言い切るガゼフ。
「────ッ。」
クライムは言葉がでなかった。
──これが、王国最強と言われる男なのか──
クライムは自分の過去をふりかえる。
ラナー王女に拾われた日から、自分の人生は変わった。暗くて寒い、家とも言えないボロ家から、温かくて明るい王城での暮らしになった。
それ以来、いつからかラナー王女の事を密かに好きになった。平民である自分が、ラナー王女と結婚できない事は理解している。理解しているが、せめてラナー王女の隣にいても問題ない、ふさわしい男になろうと努力した。
来る日も来る日も鍛錬を続けた。ガゼフやガガーランと言った、歴戦の戦士に指南や稽古もつけてもらった。魔法すら学ぼうとしてみた。
だが、目指す高みは大きい。今、目の前にいる人間──ガゼフ・ストロノーフこそ、自分が憧れ、目標とする理想の戦士である。
そのガゼフと同じ領域に立ちたいと努力するも、周りからの評価は良くない。ハッキリ言うと、自分には『才能がない』という事らしい。
それでも諦めずに努力しているのが今の自分なのだ。
「クライム──」
ガゼフに名前を呼ばれるまで、自分の思考の世界に入っていたクライムは、慌てて返事を返す。
「お前が勝殿を信用できない気持ちを理解できない訳ではない。だからどうだ?明日、私と一緒に勝殿に会いに行かないか?会って話してみたら、印象が変わるかもしれんぞ?」
「それは構いませんが──」
デュラハンの正体を掴みに行く、という言い方はおかしいかもしれないが、敵を知るなら敵を調べるしかないのは道理である。しかし──
「──何故明日なのですか?」
率直な疑問を投げかける。
「うむ。明日、六大貴族の大貴族達が王城に集まり会議を行う事は知ってるか?」
「はい。ラナー様から聞いております。」
六大貴族──リ・エスティーゼ王国において、国王ランポッサⅢ世に次ぐ領土を持ち、軍事力や財力など何かの分野で王を凌ぐほど力のある大貴族達。
王国では、ランポッサⅢ世が全領土のうち3割、大貴族が3割、それ以外の4割をその他の貴族が所有している。
しかも厄介なことに、現在の王国では、王派閥と六大貴族の半数以上を含む大貴族派閥による権力闘争が起きているのだ。
麻薬や戦争で国力がドンドン低下している王国の現状を顧みない下らない争いだが、貴族派閥にとっては「国力の低下=王家の権力の低下」なので喜ばしい状況であるらしい。
王や王女によって今の地位につけているガゼフやクライムにとって、貴族派閥の連中は厄介な存在である。何かとつけて嫌味や不満を言ってきては、ガゼフ達に嫌がらせをしてくるのだ。ガゼフ達を怒らせ、失脚させようと企んでくる者達もいる。
なので、六大貴族が王城にいる時の二人の肩身は狭く、あまりいい気持ちで居られないのだ。
「その六大貴族の内の何名かが──おそらく、ボウロロープ侯は確定だろうが、私兵を連れてくるそうだ。理由は言わなくてもわかるな?」
クライムは少しだけ考え、1つの答えを導き出す。
「『竜の宝』ですか?」
ガゼフは「やっぱりわかったか。」と呟くと、話を続ける。
「そうだ。王城の真後ろにドラゴンが居る現状に、安心できないらしい。それで、明日の王城の警備は貴族達の私兵がやる事となった。私達のような戦士は、非番になるそうだ。無論、訓練場も貴族達の私兵が貸し切る予定なので、私達は使用できなくなる。」
「それは──困りましたね。」
訓練場はクライムも毎日利用している。別に訓練場以外でも鍛錬はできるものの、武器を扱う鍛錬を使用する際には周りの目を気にしなくてはならないのだ。
訓練場以外で武器を振り回していると──
「平民が王城内で武器を振り回している!なんと野蛮なのだ!」
「王城の品位が落ちますな…」
「我々貴族も同じ事をする、等と国民に思われたらどうするのだ!」
「まったく、平民はこれだから──」
と、嫌がらせの種が増える可能性が高い。そうなると、王や王女にも迷惑がかかるのだ。
「それにいつもなら、私は王の傍に居るのだが……今回ばかりは私が居るのはまずいからな。陛下もそれを気にしておられるようだ。」
「──と、言いますと?」
「私が『竜の宝』を連れてきたのだぞ?間違いなく、貴族達の話題に出るだろう。その時、本人である私が現場に居ると、批難の雨に晒される。王はソレを嫌ったのだろう。」
「な、なるほど…。」
となると、『竜の宝』を冒険者として認めた王と、アダマンタイト級冒険者まで上がらせたラナー王女にも文句がでるのは間違いない。
今まで以上に気まずい状況になるのは明白だ。
「だから考えたのだ。明日、勝殿達の闘技場を利用させて貰えないか、頼んで見ようとな。鍛錬をするなら、あそこ程ふさわしい場所はなかろう?」
「……そう言えば、彼等の拠点は闘技場でしたね。」
王城の真後ろ、元共同墓地だった場所に、いつの間にか現れた闘技場に、王城に住む者達全員が驚いたのは言うまでもない。実際に実物を見るまで、知らせに来たガゼフの言葉を信じられなかった程に。
「しかし、当日に頼みに行くのは流石に失礼では?あちらの予定や都合もあるとは思いますが?」
「むぅ…確かにそうだな…。」
クライムの言う事は最もだ。アポイントメントも取らずにいきなり拠点を使わせて欲しいなど、図々しいにも程がある行いだろう。
「わかった。では、仕事終わりに確認しに行こう。」
──その日の夜──
「ご主人様は留守だぞ。」
『竜の宝』の拠点を訪問したガゼフとクライムに対し、鉄格子の扉越しにブラックの言った言葉がこれである。
ブラックの背後には、ブルーとレッド、竜王達がズラリと並んでいる。
「いつ戻ってくるかわかないのか、ブラック殿?」
「わからんな。ご主人様の気分次第だ。」
「むぅ……困ったな。」
「そもそも用件はなんだ?」
ガゼフは、明日の事情を話し、闘技場で鍛錬をさせてもらえないか聞く。
「うーむ……ご主人様の返事次第だな。我々だけの判断で勝手な事はできないのでな。」
「やはりか……」とガゼフは呟くと、暗い表情になる。すると、クライムがブラックに問いかける。
「あの……ブラック様に1つ聞きたいのですが…」
「何だ?人間。」
「勝様だけで大丈夫なのですか?あなた方のリーダーは、会話ができぬと聞いていますが…?」
「大丈夫だ。今のご主人様は──」
そこまで言ったところでブラックの言葉が止まる。何かを感じとったのか、ガゼフ達の背後に視線を向けている。
「──おい、隠れているヤツ!10秒以内に姿を見せろ!見せねば容赦なく殺す。」
ガゼフは振り返り、外へと続く通路を見渡すが、誰もいない。クライムも同じようだ。
「………後5秒だ。」
「──ま、待て、私だ!」
突如、何も無い場所から声がし、何者かが姿を現す。
「貴殿は──」
「──『蒼の薔薇』のイビルアイ様!?」
姿を見せたのはイビルアイだった。不可視化の魔法で姿を消していたのだろう。
「や、やあ、ブラック。それとクライムと王国戦士長も。」
ブラックにあっさり察知された事に動揺している雰囲気のイビルアイが、二人に挨拶を交わす。それを見届けたブラックが口を開く。
「──で、何用だ?」
「デュラハンは居るか?伝えたい事があって来たのだが……」
どうやらイビルアイもデュラハンに用事があったらしい。
「ご主人様なら留守だ。言伝なら、私達が預かるが?」
イビルアイは一瞬迷うような仕草を見せ、ガゼフ達を見る。しかし、「仕方ないか…」と、諦めた雰囲気で喋りだす。
「午前中、ガガーランが紹介した銭湯の事で、説明し忘れた事を伝えに来た。」
「説明し忘れた事?何だ?」
「あの銭湯、夜になるとな、その……」
「…?どうした、イビルアイさん?」
言いにくそうしているイビルアイに、ブラックが首を傾げていると、そこにクライムが割って入る。
「イビルアイ様。ガガーラン様が紹介した、その銭湯とは、『
「知っているのか、クライム?」
「はい、ガゼフ様。一度、ガガーラン様に無理やり銭湯の目の前まで連れて行かれた事があります。」
「どんな銭湯なんだ?」
「はい、あの銭湯は…その…夜になると──」
イビルアイを除く、全ての者達がクライムの言葉を待つ。そして、クライムの口から出た言葉は、ブラック達──特に、男性竜王達には衝撃の一言だった。
「──混浴になるんです。」
「な──な──何だとぉぉぉぉぉ!?」
「着いた。ガガーランの言っていた『
勝は玉手箱を使用してリュウノの姿に変身していた。服装は、午前中に立ち寄ったファッションショップで購入した、そこそこ仕立ての良い庶民服を着ている。首には、ブラックがいつも巻いている赤い布を巻いている。
軍服ではなく、この服装で街に赴いたのには理由がある。それは──イビルアイに見つからないようにする為である。
アンデッドの特徴である負のエネルギー、それを隠せるアイテムをリュウノは所持していないのだ。ギルドメンバーに相談してみたものの、負のエネルギーを隠せるアイテムは1つしかなかったのだ。しかも、アインズが冒険者活動中に使用しているという事で、リュウノは諦めたのだが──
「まさか、ブラックのマフラーに、ここまでの隠蔽機能があったとは!流石、
たまたま首輪の一件で預かっていたブラックの装備。それの効果を再確認した結果、負のエネルギーまで隠す事が可能である事が判明したのだ。
現在、ブラックは首輪を身に付けている為、その首輪が見えなくなるマフラーの装着を嫌がっている。なので遠慮なくリュウノが使用している、という状況である。
イビルアイに見つからずに済んだ事に安堵しつつ、リュウノは銭湯へと入る。
リュウノが銭湯に来た理由は、この異世界の銭湯が自分の知る現実世界の銭湯と同じなのか気になったからだ。
入ってすぐ、番頭の居るカウンターが見え、左右に分かれた通路がある。おそらく脱衣場へ向かう通路だろう。
番頭の男がリュウノを一瞥する。直後にニコリと笑い「いらっしゃいませー」と営業スマイルに切り替えた。
「お客様お一人でしょうか?」
「ああ。私1人だ。」
「では、入浴料金として金貨1枚頂きます。」
銭湯の入浴料金にしては高い──のだろうか?少なくとも、この異世界基準なら金貨1枚は高値の方だが。
ラキュース曰く、貴族が購入するような香水が金貨3枚の値段だそうだ。つまり、3日連続で通えば金貨3枚分の香水を買ったのと同じという事になる。金銭に余裕がある者──それこそ、貴族のような身分でもなければ、毎日通うような真似はできない。
金貨を1枚取り出し、支払う。すると──
「お嬢さん、ここは初めてですかい?」
番頭の男が質問してくる。別に嘘をつく必要もないので、素直に「はい。」と返す。
「なら、こちらのサービスはいかがですかい?銀貨3枚になりますが。」
番頭の男が取り出したのは2つの小瓶。中には、片方は白い液体のような物、もう片方は透明な液体のような物が入っている。
「これは?」
「こっちの白いヤツは体につけるヤツで、こっちの透明なヤツは──使って見てのお楽しみってヤツですわ。」
一瞬、番頭の男の対応を怪しく思ったが、不特定多数の客が利用する銭湯で変な物を売るとは思えない。
「(ボディソープとシャンプーみたいな物か?)」
怪しい物を売っていたなら、先に利用した利用客がクレームを言うはずだ。しかし、番頭の男は堂々と売っている。気にし過ぎだろうか?
「じゃあ、それ下さい。」
「毎度ぉー!」
銀貨を支払い、小瓶を受け取る。
「へへっ、ごゆっくり〜。」
番頭の男は、受け取った小瓶の中身を怪しそうに見つめながら脱衣場に向かうリュウノを見送る。リュウノが脱衣場に入ったのを確認すると、店の入口に行き、扉に看板をかける。
看板には『閉店』の文字。
番頭の男は、入口付近の明かりを暗くし、いかにも閉店してます、という雰囲気を作ると、男性側の脱衣場に向かい、扉を開ける。
中には裸の男達、ざっと10名。
番頭の男は笑みを浮かべながら男達に言う。
「出番ですぜ、