首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

39 / 58
更新が遅くなって申し訳ありません。



第4話 王都─その4

·

·

·

「そうか……昨日そんな事があったのか。」

 

翌朝の早朝、起床後にブラック達から昨夜の事を報告された。

 

人攫い地味た連中に眠らされ、睡姦されかけた。それを竜王達に助けられた。我ながら迂闊だったと言う他ない。

 

主人として情けない、という気持ちと同時に、そんなの対処できるか!、という感情も湧き上がる。

 

初めて訪れた銭湯で拉致レイプの被害にあうなんぞ、想像できる訳が無い。ましてや、あの時一緒に居た女性まで拉致グループの仲間だなんて分かるわけがない。

 

イビルアイがブラック達に教えに来なかったら、自分はどうなっていた事か。ひとまず、イビルアイには借りができてしまった事になる。いつか借りを返す事を考えねばいけない。

 

だがその前に──

 

「お前達には礼を言わないとな。私を助けてくれてありがとうな!」

 

素直に礼を言うと、ブラック達の顔が明るくなる。

──が、すぐに元の表情に戻る。

 

「いえいえ、礼など勿体ないお言葉です、ご主人様!」

「左様。我らが主人を守るのは当たり前の事。礼など不要ですぞ、我が主人。」

 

ブラック達や竜王達が取るこの対応はナザリックでは当たり前に見られる行動だ。

特にデミウルゴスがよくやる。先程のブラック達が言ったセリフの後に──

 

『○○○様はただ、下僕である私達にご命令するだけで良いのです!至高の御方である○○○様にお仕えする事こそが、私達の喜びでございます!』

 

──と言うのだ。

 

なので、至高の御方ことギルドメンバー達は、常に下僕達に対する接し方に四苦八苦している。

 

その原因の一つが、下僕達からの『高評価』である。

・至高の御方はミスをしない

・至高の御方は何でもお見通し

・至高の御方は常に(未来)を見ている

 

等など、下僕一人一人が違う『高評価』を出して来るのだ。となれば、下僕達をガッカリさせないように、その『高評価(イメージ)』を保ち続けなければ!と、頑張るハメになっている。

 

 

例えば料理だ。アインズとウルベルトさん以外のギルドメンバーは空腹を感じるため食事を必要とする。だが、異世界に転移してからというもの、ナザリックの下僕達が腕によりをかけて美味しい料理を毎日作ってくれるので、ギルドメンバー達が自分で料理を作った事は1度もない。

いや、正確に言うなら──料理をするのが()()()()()()、というべきだろう。

 

実は、アンデッドであるアインズが、夜の寝れない時間を利用し、厨房で調理を試そうとした事がある。料理人(コック)の職業を持っていないアインズでも、肉を焼くぐらいならできるかもしれない、という思いで実験を試みようとしたのだが───

 

『アインズ様が料理を!?いけません!お召し物が汚れてしまいます!調理は料理長が致しますので、ご安心を!』

 

と、下僕達に全力で止められたらしい。

 

ただ、『厨房で調理をしてみたい』と、下僕達に言っただけなのに、下僕達が騒然となり、慌てふためき出したのだ。

特に、料理長が1番取り乱してしまい──『私はクビになるのでしょうか!?』と、ナザリックには不要だと判断されたと勘違いし、『精進しますので!頑張りますので!』と、アインズに土下座して懇願までしたという。

 

最終的に、アインズは調理ができるかどうか分からないままで終わった。無論、アインズは料理人ではない為、仮に料理ができたとしても、一般家庭レベルの料理が限度である。

ただ、料理長の慌てぶりから、下僕達はアインズが素晴らしい料理を作れる人物であると言う『高評価』な判断をしている事がわかってしまったのだ。

なのでアインズは、調理が出来ない事をバレないように隠し通すハメになってしまったのだ。

 

そんな話を聞かされたギルドメンバー達は、ナザリックではなるべく雑務は下僕達に任せるようになった。うっかり『自分でやる』なんて言おうものなら、下僕達がまた慌てふためく事になりかねないからだ。

 

そんなこんなで、ただの一般人である自分達が至高の御方と呼ばれ、王族のような高貴な扱いを受ける事になった結果、庶民的な振る舞いがやりにくくなったのだ。

 

しかし──いきなり王族のような振る舞いなどできる訳がない。

ロールプレイの一環で魔王のような演技をしていたアインズやウルベルトさんはなんとかやり過ごせているのだが、元の性格が優しいペロロンチーノさんやヘロヘロさんは偉そうな態度が苦手らしく、ついつい『ありがとう。』や『すまないね。』という言葉を言ってしまうのだ。その度に、『礼など勿体ないお言葉──』『下僕である私達に気遣いなど──』云々のやり取りが発生する結果になっている訳である。

 

 

だが、自分は違う。ナザリックで情けない醜態を晒した事が功を奏し、下僕達からの『高評価』を気にせず様々な事にチャレンジできる精神が身に付いている。

 

例えば、先程の料理の話。アインズ達は調理できないという事実を隠そうと必死だが、自分はいつか厨房で料理を試す気でいる。

現実世界では一般家庭レベルの料理を作れる自分だが、異世界では料理人の職業ではないせいで調理ができない可能性もある。しかし、今更調理ができないという醜態を晒しても、玉座の間での醜態に比べれば可愛いものだと、気が楽でいられるからだ。

なので、料理長が慌てふためく事になっても──

 

『主人として、ペットの食事ぐらい自分で作ってみようかと思っただけだ。ただ、私は料理人ではないので、料理長が作る素晴らしい料理には勝てないだろうな。』

 

と、自分自身に低評価をくだし、さり気なく部下に高評価を与え、褒めるやり方を堂々と実行しようと考えている。

 

まぁ、それはいつかナザリックに帰った時に実行するとして───

 

 

 

「しかし、『八本指』か……。そんな裏組織が存在するとはな。どこにその『八本指』の息がかかってるか分からない以上、気軽に1人で散歩もできんな。」

 

銭湯という施設以外にも、奴らの魔の手がある可能性はありえる。

まず服屋──1人できた客が、試着室で服を脱いだところを拉致するという事もできる。

次にレストラン。1人で来た客の食事に睡眠薬を混ぜて拉致というやり方も可能だ。

次に路地裏。人気のない場所で無理やり拉致している可能性も充分ありえるのだ。

そう考えると、1人で出歩くのが怖くなる。

 

「ご安心を、ご主人様。私が昨夜、調査を行ない、『八本指』に関する情報を入手済みです。」

「お!本当か、ブラック!」

 

忘れがちだったが、ブラックは忍者だ。敵地に侵入し、情報を盗むのはお手のものなのだろう。

 

「はい。こちらに、『八本指』に関する情報をまとめた資料を作成しております。ご確認ください。」

 

驚いた。なんという手際の良さだ。たった一夜で資料まで作っているとは!流石はブラック!仕事が早くて助かる。

 

「でかした!早速読ませてくれ。」

 

リュウノはブラックから資料を受け取り、中に目を通す。

 

「なになに……ふむふむ……」

 

『八本指』には8種類の部門があるそうだ。

 

・麻薬取引部門

・奴隷売買部門

・警備部門

・密輸部門

・暗殺部門

・窃盗部門

・金融部門

・賭博部門

 

各部門に(おさ)がいて、長ごとに本拠地も違うという。

しかも、平民はもちろん、一部の王国貴族も取り込み済みで、裏で情報の揉み消しや裏取引を平然と行ない、自分達が有利になるような状況を作り出しているという。そのせいで、王国の警察機構はあまり役に立たず、『八本指』は好き放題しているという事らしい。

 

「ご主人様を狙った男達は、奴隷売買部門の奴らです。拉致された女性は、王都内に3つある娼館のどれかに連れていかれる様です。そこで従業員として働かされるようですが、実際は奴隷のような酷い扱いを受けているようです。」

「マジか……聞いてて胸クソ悪い気分になる情報だな…。」

 

娼館で奴隷のように扱われている──この情報だけで、拉致された女性達がどんな目にあっているか、容易に想像できる。

男性客の性癖次第では、暴力に晒されている女性従業員もいるかもしれない。

 

「それと、ご主人様を騙した女ですが、あの銭湯では用心棒として雇われていたようです。名前はルベリナ。警備部門に属する人物で、元『六腕』のメンバーでもありました。『六腕』は、警備部門の中で最も強い上位六名の事を言います。ルベリナの『六腕』内の強さは序列で第三位だったようです。」

「待て──」

 

ルベリナに関する説明を聞いていたリュウノが首を傾げる。

 

「──序列で第三位なら、かなり上の実力者のはずだ。そんなヤツが何故『六腕』のメンバーから外れたんだ?」

 

リュウノの疑問に、バハムートが口を開く。

 

()()()に、ルベリナ本人から情報を聞き出しました。あの女が言うには、自分の容姿を馬鹿にした仲間をレイピアで刺して惨殺した事で、『六腕』のトップから注意を受けた、と言っておりましたな。しかし、その注意を何度も破り、仲間を何人も惨殺したため、問題ありとして『六腕』のメンバーから外された、との事らしいですぞ。」

「うわー……そのトップの人に同情するわー。そんな問題児を抱えて大変だっただろうに。仲間に容姿を馬鹿にされたぐらいで殺すとか、信じられないわー。」

 

私なんて、頭がないデュラハン姿で過ごしているのだ。無論、周囲から奇異な目で見られたり、気持ち悪い物を見るような視線を何度も向けられた事もある。それでも、無闇に殺害をするような真似をした事はない。

 

「ですな。ですがご安心を。あの女は、我々が交代しながら、たっぷりと()()()()()()殺しましたので。」

 

そう言いながら、バハムートが他の男性竜王達に顔を向けると、揃って皆で頷いている。

 

「お、おう?……そ、そうか。」

 

──何故そんなに念入りに?それに刺しまくって?──

バハムートの言葉に違和感を感じたが、ひとまず武器で刺して殺した、という意味だと思っておく事にする。

 

「それでご主人様、この『八本指』をどうなさいますか?ご命令あれば、私達が排除しますが?」

 

ブラック達や竜王達はやる気満々の様子だ。命じれば、すぐさま飛び出し、『八本指』の各拠点を潰しに行くだろう。

 

しかし、例え相手が悪者の拠点だろうと、()()()()()()()()()()()という事実は残る。ブラックは大丈夫だろうが、他のドラゴン達が暴れれば必ず目立つ。王都に知れ渡るのは防げない。

 

ならば──

 

「いや──()()()『八本指』に手を出す必要はない。」

 

リュウノの決断に、竜王達が感心する様な表情を、ブラック達が不思議そうな顔をする。

 

「そのまま放置で良いと?」

「違うぞ、ブラック。他にやらせるのさ。」

 

自分達が『八本指』に関わると、厄介な事になりかねない。なので、誰にも注目されていない別働隊にこっそりと『八本指』を始末してもらう。そうすれば、『竜の宝』の悪い噂も発生しない。

 

自分としては、安全牌を切ったつもりだったのだが──

 

「やはりそう考えましたか!」

「流石です!ご主人様!」

 

竜王達から賞賛の声が上がる。竜王達は最初から、リュウノがそういう決断をすると、わかっていた様である。

当然、ブラック達は訳が分からないと言った様子で竜王達に尋ねる。

 

「どういう事なのですか、竜王様?」

「うむ。若いお前達には教えておくべきか。よろしいですか、我が主人?」

 

──いや、いきなり問われても……いや、待てよ?──

リュウノは困惑する。だが、竜王達も自分と同じ考えに達していたのでは?という考えがよぎる。なので──

 

「あ、ああ。ブラック達に教えてあげてくれ。」

 

任せてみる事にした。仮に自分の考えとは違うものだったとしても、竜王達がどの様な考え方をしているのか調べれる良い機会だと思ったからだ。

 

「では、良いか?お前達。本来、竜王という存在は、自分より下等な生き物相手に自分から出向いたりしないのだ。」

 

ドラゴンという竜種は、あらゆる面で最強の種である。そんな最強のドラゴンが、自分より下等な生き物達が起こした問題に対して気にかける事はまず無い。

人間で言うなら──歩いて移動する際に、地面を這う蟻を踏まないように気を使う者が居るだろうか?それと同じである。

巣を荒らされる、宝を盗まれる等、自分の物に手を出された場合は別だが。

 

では、今回の件はどうなるか。

竜王達にとって、リュウノは特別な存在であり、主人であり、宝でもある。当然、リュウノに手を出そうとする者がいれば、竜王達は黙っていない。即座に、その愚か者を殺すだろう。

しかし、リュウノに手を出そうとした当事者達は既に始末している。

ならば、『八本指』という組織の拠点を潰すのは、地面を這う蟻達の巣穴を探して潰しに行くのと同じである。だが、そんな真似を、最強種であるドラゴンがする訳にはいかない。最強種であるドラゴンが、蟻ごときに躍起になる等、みっともないからだ。

 

「下僕や奴隷に命令を与え、そヤツらに問題を片付けさせる。そうやって自分自身は巣穴に籠るのだ。ドラゴンにとって、何より大事なのは巣と宝だからな。」

 

バハムートの話を聞いていたリュウノは、実にドラゴンらしい考えだと、納得する。それと同時に、ようやくドラゴンらしい振る舞いをする様になったかと、安心するが──

 

「そうそう。邪魔者は下僕にやらせて、私達雌ドラゴンはご主人様の身の回りの世話と交尾による子作りに専念していれば良いの!」

 

というティアマトの言葉に目眩がし、

 

「……まぁ、主人の命令であれば、我等は喜んで実行するがな。」

 

というバハムートの最後の一言に、「デスヨネー」というガッカリした気分に戻される。

 

「とにかく、『八本指』は他にやらせる。レッド、スマンが、この資料を魔法でもう一個複製してくれ。それとブラック、複製した資料を別働隊に渡しに行って欲しい。」

「わかりました。して……その別働隊とは?」

 

ブラックの質問に対し、リュウノは笑みを浮かべながら告げる。

 

「悪者退治の専門家さ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──朝9時頃──

 

 

「おいおい、話と違うぞ。2人だけじゃなかったのか?」

 

リュウノが面倒くさそうな雰囲気で言う。

 

「スマンな、勝殿。偶然そこで、彼女達と鉢合わせてしまってな。良ければ、彼女達も鍛錬に加えたいのだが……」

 

申し訳なさそうにガゼフが言う。

 

「はぁ……好きにしろ。」

 

リュウノはため息をつきながら、しぶしぶ許可を出す。

 

ガゼフの後ろには、ガゼフと一緒に鍛錬をする予定だったクライムと、クライムの肩にガッシリと手を回すガガーラン、そのガガーランに隠れるようにティアとティナが立っており、その横にイビルアイが立っていた。

 

「ど、どうも、勝様。お邪魔します。」

「悪ぃな首なし!ウチのリーダーが王女様に呼ばれててよ、俺達も暇なんだよ。」

「邪魔するぞ、デュラハン。」

「ここが『竜の宝』の家……」

「凄い財宝の山……」

 

どうやら『蒼の薔薇』は、ガゼフ達が『竜の宝』の拠点で鍛錬をする事を知って便乗しに来たらしい。

 

「宝には触れるなよ。盗もうとしたら──」

 

リュウノはそう言いながら、広い闘技場の観客席を指さす。

 

「──ドラゴン達が怒るからな。」

 

観客席には、ドラゴン形態に変化した竜王達が居た。観客席に敷き詰められた財宝の上に寝そべり、来客達をじっと眺めている。

 

これはリュウノが考えた防犯対策である。

ガゼフ達が宝を盗む可能性は無いとは思うが、絶対とは言いきれない。

財宝の中には、ガゼフやガガーランといった戦士が好む名刀や名剣が乱雑しているし、イビルアイのような魔術師(マジックキャスター)が欲しがるような魔導書や杖も混じっている。

無論、リュウノからしてみれば、盗まれても大丈夫な装備や品物ばかりであり、仮に盗まれたとしても痛くも痒くもない。

だが──この世界の住人からしてみれば、どれもこれもが伝説級の代物に匹敵する程の価値ある物である。それが乱雑に置かれていたら、手を伸ばしたくなるだろう。

 

しかし、ドラゴンが見張っている状況で宝に手を出すのは自殺行為に等しい。それが理解できない人物達ではない事を見越した上での防犯対策である。

 

実際、ガゼフやガガーランは、乱雑に置かれている武器に興味深そうに視線を飛ばしているが、それ等に触れる()振りは見せない。

イビルアイにいたっては、『鑑定魔法』を杖や魔導書に勝手にかけ、「ひぇ」とビクついたり、「馬鹿な…ありえん!」と、驚きの声を何回も上げている。が、やはり触れようとはしない。

 

唯一、クライムという青年が他とは違う反応をしている。武器や財宝を一瞥すると、すぐに興味をなくしたかのように視線を外し、観客席に居るドラゴンを眺めている。その目は、遥か高みに存在する者へ向ける憧れのような目であると、リュウノは感じた。

 

勇者に憧れる子供は多い。大抵そう言う子達は、自分がドラゴンを倒して英雄になる妄想をするものだ。

しかし、クライムという青年からは、単純に強さを求めている様な雰囲気が感じられる。

結論から言うと、ドラゴンを強者と認識し、その強さに到達したいという欲望がある。それがクライムという青年を見た時に感じた、リュウノの第一印象だ。

 

いや──実際はそれより前、ガゼフと一緒に現れ、自己紹介を互いにした時から感じていた。

クライムという青年は、最初は私が人間の姿をしている事に驚きを見せてはいた。

しかしすぐに、自分に向けてくるクライムという青年の視線が、強者を見る目に変わったのだ。

敵として見ながらも、自分より強い存在であると、わかっている目だった。

あれは、強くなる為なら、例え正体不明の相手であろうと、「弟子にして下さい!」とか「技を伝授して下さい!」とまで言いそうな雰囲気を出していた。

 

リュウノはそう思いながらも、アリーナ内の中央に、ガゼフ達全員を案内する。

 

「さて、鍛錬をするのが目的なのだろう?アリーナ内ならどこを使っても構わんぞ。」

「感謝する、勝殿。」

「ありがとうございます、勝様。」

 

ガゼフが会釈、クライムが敬礼をする。

 

「ガガーラン達も鍛錬をするのか?」

「俺はクライムに付き合うつもりだが……イビルアイはどうすんだ?」

「私は単なる付き添いだ。鍛錬をするつもりはない。ただ……『竜の宝』の拠点に興味があっただけだ。」

「私も」「同じく」

 

鍛錬をするのはガゼフとクライムとガガーラン。

イビルアイとティア、ティナは見学という事らしい。

 

「ブラック。」

 

名前を呼ぶと、すぐさま目の前にブラックが、片膝をついた状態で現れる。

 

「お呼びでしょうか、ご主人様。」

「あっちの見学組に、お客様用の飲み物と菓子を出してやってくれ。」

「はっ!」

 

ブラックが一瞬で消えた──と思った時には、イビルアイ達の前に現れていた。飲み物と菓子をのせたお盆を持った姿で。

 

「うわっ!」

「いつ間に……」

「まったく見えない…」

 

驚く3人をよそに、涼しい顔でブラックが片手で、財宝に埋もれていた──黄金と色とりどりの宝石で装飾された机を引っ張り出すと、その机の上に飲み物等を置いていく。

 

「椅子はその辺に埋まっているやつから好きな物を選んで座るといい。」

「わ、わかった。」

 

ブラックに言われるがままに、イビルアイ達が椅子を探し始める。

 

「どれも高そうな物ばかりだな……」

 

イビルアイの言葉に、ティア達も頷く。

 

用意された机と同様に、金でできた椅子、クリスタルでできた椅子、宝石のような輝きを放つ椅子など、普通の椅子が何処にもないのだ。

適当に、近くにあった椅子を選んで座る。もちろん、傷がはいらない様に慎重にだ。

 

椅子に座ったイビルアイ達は、机の上にある物に目を向ける。

用意された飲み物はミルクティー。菓子は、皿に大量に入ったクッキーやビスケットだった。

 

真っ先にイビルアイがクッキーに手を伸ばし、味見をする。アンデッドであり、毒に耐性のあるイビルアイが毒味をするのは当然の流れである。仲間の為にも、イビルアイがしっかりと確認しなくてはいけないのだが──

 

「う、美味い……なんだこのクッキーは!美味すぎて手が止まらない!こっちのビスケットも!それにこのミルクティーも!」

 

ムシャムシャと菓子を食べ、飲み物をゴクゴクと豪快に飲む幼女アンデッド。本来なら、腹が空かないイビルアイは遠慮し、人間であるティアとティナに菓子を譲るのが正しい行為だ。

だが、肝心の菓子が、食べても食べても皿から新しく出現してくるのだ。それも相まって、あまりの美味しさに、子供のように菓子を口に運んでいる。

 

「イビルアイ食いすぎ……」

「でも可愛い……」

 

ティナは呆れているが、ティアはニコニコしながらイビルアイを眺めている。

そして、菓子を一口食べた途端、イビルアイと同じ状態になるのだった。

 

 

 

──◆一方、こちらは鍛錬組◆──

 

 

ガゼフ達は鍛錬用の武器を手に握り、素振りをしている最中である。

途中、ガガーランがクライムに指南やアドバイスを飛ばしている。

 

その光景を、何もせず眺めていたリュウノに、クライムが素振りをしながら質問する。

 

 

「勝様は普段、どの様な鍛錬をしているのですか?」

 

クライムの何気ない質問。その質問にリュウノがどう答えるのか、ガゼフとガガーランもそっと聞き耳を立てる。

 

「私か?特に何も。」

「えっ!鍛錬をしていないのですか!?」

「ああ。せいぜい、初めて使う武器を試し振りする時くらいだな。」

 

クライムは信じられなかった。

ドラゴンを従えさせている人物であり、シャドウナイトドラゴンを倒したという人物なのだから、相当過酷な鍛錬をしてきたのだろうと思っていたからだ。

 

「では、勝様はどの様にして、お強くなられたのですか?」

「ん〜……どの様にって言われてもな〜。ひたすらモンスターと戦って強くなった、としか言えないのだがなぁ……。」

 

ユグドラシルはゲームの世界だ。厳しい筋トレや過酷なトレーニングなどする必要はなかった。

モンスターを倒した時に得る『経験値』、それをひたすら稼いでレベルアップするだけで強くなれたのだ。

 

しかし、そんな話をしたところで、異世界の住人であるクライム達に説明しても理解はできない。

クライム達でも納得できる、それっぽい内容で誤魔化すしかないのだ。

 

「モンスター……ですか?」

「言い方を変えるなら、常に実戦で強さを磨いた、と言うべきかな。模擬戦だと、本気を出して戦えないだろ?」

「それは──確かにそうですが……」

 

クライムも少しだけ理解できる。誰かと模擬戦──例えるなら、ガゼフと模擬戦をやったとしても、本気で相手を殺す攻撃はできない。そんな事を味方同士でする訳にはいかないからだ。

それに、互いに互いを殺さないようにした戦闘が、いざ実戦で役にたつかどうかなど、本当に実戦にでるまでわからない。

 

「だから、私の経験から言うなら、モンスター相手に戦いを挑み、実戦経験を積んだ方が効率的だぞ。こんな風にな。」

 

リュウノが指をパチンッと鳴らす。

すると、アリーナ内に大量の召喚陣が現れる。

 

「これはっ!?」

 

クライム達が驚く中、現れた召喚陣から次々と、全身を鎧で身を包んだ者達が出現する。

 

召喚したのは、死者の鎧(リビングデッドメイル)死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)の2種。

 

死者の鎧(リビングデッドメイル)は、体を全身鎧で覆ったアンデッドである。

鎧はやや薄汚れており、整備されていない錆び付いた武器や盾を持ち歩いている。

鎧の中身は無い。なのでゾンビ系ではなく、アストラル系に属するが、鎧が破壊されると消滅する。

 

死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)は、死者の鎧(リビングデッドメイル)の強化版である。

全体的に鎧と武装が強化されており、武器は大剣やメイス、盾はタワーシールドを使用する。その分、移動が遅い。

 

それ等が、ざっと合計100体程。

 

「こいつ等相手なら、本気で武器を振れるし、実戦に近い形で鍛錬できる。それこそ、例年の戦のようにな。そうだろ?王国戦士長。」

「確かに……しかし、私やガガーラン殿は構わんだろうが、クライムにはちと荷が重いかもな。」

 

ガゼフの言うとおり、今いるメンバーで1番弱いのはクライムである。王国最強の戦士やアダマンタイト級の冒険者を基準とした難度に、クライムが対応できる訳がない。

 

「王国戦士長、クライム君は冒険者で例えるなら、どれぐらいの強さなんだ?」

「金級に届くかどうか……ぐらいだな。」

「弱いなぁ……」

 

リュウノがさり気なく呟いた言葉に、クライムが唇を噛む。

クライムが弱いのは紛れもない事実。ガゼフやガガーラン、イビルアイといった猛者達からも同じ事を言われている。

それでもまだ──強くなれる可能性はないかと模索しているのがクライムという人間だ。

 

「勝様……一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「何かな?クライム君。」

 

何人もの強者達にやった、同じ質問を投げかける。

 

「私が──今より強くなれる可能性はありますか?」

 

今までクライムの質問に対して、皆の答えは──『無理』──だ。毎度同じ解答をされてきたクライムには、聞き慣れた解答である。なので今回も同じだろうとタカをくくっている。しかし──

 

「どんな風に強くなりたいか。それで答えが変わるのだが?」

 

リュウノの解答は違った。

 

「どんな風に……ですか?」

 

「例えば──」

 

そう言いながら、リュウノが目の前のリビングデッドメイルを刀であっさり袈裟斬りにする。

リビングデッドメイルが、鎧の軋む音を立てながら倒れる。

 

最低でも鉄製であるはずの鎧。それを難なく斬るという事は、リュウノが只者ではない事を示唆している。そんな事ができるのは、王国が管理している宝剣を手にした王国戦士長ぐらいだ。

 

「──戦士のように、誰かを倒す為に強くなりたいのか。それとも──」

 

まさに一瞬。クライムの正面──少し離れた場所にいたはずのリュウノが、いつの間にかクライムの真横に居た。

 

目で追う事すらできない。反応すら間に合わない。常識外れのスピード。それすらリュウノは難なくやりこなす。

 

リュウノが移動した事に、クライムが気付いて顔を動かそうとした瞬間、ガキンッ!という金属音が響く。

見れば、クライムの近くまで忍び寄っていた死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)の大剣の攻撃をリュウノが防いでいた。

 

鎧を着た敵が近付いて来ていたにも関わらず、気付けずにいた自分を恥じるクライム。しかし、夢中になってしまう程、リュウノの動きに注目し、観察してしまっていた事も事実である。

 

「──騎士のように、誰かを護る為に強くなりたいのか。それとも──」

 

死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)を蹴り飛ばすリュウノ。

蹴り飛ばされた死者の重装鎧(リビングデッドヘビーアーマー)が、仲間に激突し共に砕け散る。

 

重い鎧を着た人間サイズの生き物を、蹴りだけで何メートルも吹っ飛ばすなど、人間では到底ありえない脚力のはずである。

 

「──破壊者のように、何かを壊す為に強くなりたいのか。それとも──」

 

リュウノがクライムを正面から見据えながら言う。

 

「──強欲者のように、何かを得る為に強くなりたいのか。目的によって強くなる為の方法は違うんだよ、クライム君。」

 

周りにまだアンデッドがいる中、リュウノがその場に座り込む。あぐらをかきながら、納刀した刀を隣に置く。

それが合図だったかのように、周りに居たアンデッド達の動きが止まる。

 

「君は確か、ラナー王女の専属の近衛兵……なんだよな?なら、騎士のように誰かを護る為の強さが欲しいのか?」

「それは──」

 

クライムは答えに迷う。他人を守りながら戦う訓練は、近衛兵であるクライムにとっては基礎中の基礎であり、何度も鍛錬している。

故に、自分がまだ身に付けていない技や技術を獲得したい、という思いがあった。

 

迷っているクライムに、見兼ねたリュウノが助け舟を出す。

 

「目標でもいいぞ。王国戦士長のような強さを目指しているとか、御伽噺の十三英雄の──例えば、暗黒騎士のような強さを目指している、とかな。」

 

リュウノとしては、この異世界で自分が知りうる、有名な人物の名を言ってみただけである。

そもそも、異世界の住民のレベルアップがどの様な仕様になっているのかさえ不明なのだ。

ただモンスターを倒すだけで強くなれるのなら、ユグドラシルと同じやり方で強くなれるはずである。

 

もしクライムがガゼフを目標にすると言うのなら、割と楽に済む。何故なら、そこそこ魔法で強化された鎧や武器を渡せばいいからだ。その装備を着て、強いモンスターでも倒し続ければ、自然とクライムは強くなれるはずだ。

クライム本人が強くなれない場合でも、渡した装備によって多少は強化される。その辺の兵士などには負けないだろう。

 

暗黒騎士を目標にすると言った場合は厄介だ。

暗黒騎士は普通の人間ではない為、人間であるクライムには真似できない部分が必ず出てくる。それをどう誤魔化すべきか、まったく考えが浮かんでこない。

 

一方、クライムはというと──勝という人物に対して抱いていた、危険なアンデッドという印象を改めていた。

自分の質問に対して、真剣になって聞いてくれている人物を悪く思うのが申し訳無くなったからだ。

 

それと同時に、クライムは新たな目標を見つける。

 

「──私は最初、貴女の事を危険な人物だと思っていました。アンデッドは人を憎むもの。もし、ラナー様に危害を加えようとするならば、私がその脅威からお守りしなくては、と考えていました。」

「それは、場合によっては私を倒すつもりでいた、という事かな?」

「──はい。私は……私の知りうる脅威の全てからラナー様をお守りしたいと思っています。そして、私の知りうる中での一番の脅威は──。」

「──私か、あるいはドラゴンか。……少なくとも、クライム君が何を欲しているかは理解したよ。」

 

リュウノが立ち上がる。それを合図に、周りに居たアンデッド達が、一斉にリュウノに向かって走り出す。先程までのノロノロとした動きが嘘のように。

 

突然の事にガゼフやガガーラン達が驚く中、リュウノは武器も構えず、ただ立っている。

 

「クライム君、よく見ておけよ。これが──お前が倒そうと目標にする、私の力だ!」

 

自分の力を見せる、そう彼女は言った。となれば、1秒でも見逃す訳にはいかない。彼女の戦い方を学び、少しでも自分のものにする。

そう心に決めたクライムは、リュウノを凝視する。

 

武器を携えた、総勢約100体のアンデッドの鎧の軍勢。それが、リュウノに向かって走って行く。ガゼフでもガガーランでも、倒すのに苦労するであろう数。

その軍勢の先頭にいたアンデッド達が武器を振り上げ、仁王立ちするリュウノに振り下ろそうとした刹那──

 

 

 

「スキル発動!クイックショット(早撃ち)!」

 

 

 

全てのアンデッドの頭が吹き飛んだ。リュウノを取り囲むように存在したアンデッド全てが、動かない死体となっていた。

 

ガゼフもガガーランも、そしてクライムさえも、あまりの一瞬の出来事に思考が追いつかない。

遠くから眺めていたイビルアイ達ですら、何がおこったのか理解できなかった。

 

クライム達は、今起こった事をもう一度思い返す。

リュウノが何かを言った事、リュウノの周囲が一瞬だけ光っていたような気がした事、という部分までは理解できた。

そこからアンデッドを倒すまでの動きがまったく見えなかった、という事も。

 

 

困惑しているクライム達に、ティアマトがニヤつきながら語りかける。

 

「アンタ達、何が起きたかわからないんでしょ?なら、教えてあげるわ。ご主人様は、狙撃武器でアンデッド達を倒したの。あのわずかな時間でね。まぁ、アンタ達には()()()()見えなかっただろうけどね。」

 

あまりに驚愕の事実に、クライム達は言葉が出ない。驚く部分が多すぎるからだ。

 

狙撃武器は遠くにいる敵を倒す為の武器だ。ソレをあんな近距離で──しかも包囲された状況で使用するなど誰も予想できない。

それに、あの数を狙撃武器で一瞬で倒す事も。

何より、撃つ姿すら見えなかった。

 

「ご主人様は私達ドラゴンの主人よ。そんな簡単に()()()()()()訳ないじゃない。」

 

技すら盗ませないのか、とガゼフは苦笑いをする。

しかし、仮にじっくり見せてもらったとしても、真似できる気がしないなと、ガゼフは思った。

 

「ま、ご主人様からしてみれば、大した事ない技なんだろうけどね。」

「あれ程の凄い技が……ですか!?」

 

約100人を秒単位で倒せる技が大した事ない、などと言われたら、さらに上の技を知りたくなる。

 

「ええ、そうよ。ご主人様が本気を出したら、2km離れた場所に居る敵すら撃ち抜くのよ。私達も、地上から何度も撃ち抜かれた経験があるから、本当よ。」

「──2km離れた場所からでも……ですか…。」

 

それでは守りようがない。ラナー王女が窓から顔を出しただけで命が危うくなる。

 

「とにかく、クライム君は頑張って私から技を盗むんだな。」

 

リュウノの無茶なもの言いに、『そんなのできる気がしない』とクライムは思うしかなかった。

 

 

 








ついにオーバーロードのアプリゲームが出ましたね。私もさっそく始めました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。