首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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更新が遅くなって申し訳ありません。
後、今回はいつもより長いかも。


第7話 王都─その5〔宮廷会議〕

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 ──昼・王都──

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。その最も奥に位置し、城壁によってかなりの土地を包囲しているロ・レンテ城。

 

 その敷地内にヴァランシア宮殿がある。

 

 華美よりは機能性を重視したその宮殿の1室。

 そこで、六大貴族を含む貴族達と王族達が宮廷会議を行っていた。

 

 会議の内容は──言うまでもなく、『竜の宝』に関する話である。

 

 

 

 だが──その部屋は沈黙で満たされていた。

 喋る者はいない。全員が椅子に座り、緊張した面持ちで様子を窺っている。

 六大貴族も王族も兵士もメイドも他の貴族達も……全員が冷汗をかきながら、怯えていた。

 怯えている彼らの視線は全て、その部屋の窓へと向けられている。

 

 彼らが怯えている原因、それは──部屋の外、窓の向こう側から覗いている巨大な目である。

 巨大な目がギョロリと動き、()()()()が部屋にいる人物を一瞥する。

 その一連の動作に、目が合った者達が身を竦める。蛇に睨まれた(カエル)のように、身を固くしながら。

 

 巨大な目は、しばらく部屋全体を覗いていたが、不意に窓の上へとゆっくり移動し、人間達の視界から消えた。

 

 人間達に、束の間の安堵が生まれる。巨大な目が消え、睨まれずにすんだ事に。

 しかし、次に視界に入ってきた()()()、再び人間達は怯える事になった。

 

 窓の外でゆっくり動いていた()()()()()、その生物の緑色の鱗だけが見えていた窓に現れた物──

 

 それは巨大な口だ。強いて言うなら巨大な歯だ。

 

 その生物の歯は、鰐の歯に似ている。引き裂いたり穴を開けたりする犬歯、肉を骨から引き剥がす門歯、保持したりすり潰したりする一連の臼歯もあった。

 

 その、巨大な口──巨大な歯の()()()、その部屋の窓枠全体から姿を見せている。

 そう──見えている部分でも、その一部なのだ。それだけ、窓の外にいる生物が大きい存在である事を物語っている。

 

 そして窓の外から、部屋全体に──あるいは城全体を揺らしているような、地響きのように声が聞こえてくる。

 

「我らの主人の()()が聞こえたが……お前達か?」

 

 窓の外にいる生物はそう尋ねると、口を開け、ベロりと長い舌を出して口を──唇をひと舐めしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 30分前──この部屋では話し合いが確かに行われていた。

 二つの意見がぶつかり合い、激しい論争が起きていたのである。

 

「──ですから!異形種であるアンデッドを!王国の英雄にするなど間違っていると、何度も言っているではありませんか!」

「左様。『蒼の薔薇』ならともかく、アンデッドが国の英雄などと他国に知られたらどうなるか……」

「その通り!死体を英雄にした国だと馬鹿にされ、王国の品位を下げる結果にしかならないかと!」

 

 

「では、どうしろと?あのデュラハンに、『国から出ていけ!』とでも言うつもりですか?そんな事をすれば、怒ってドラゴンをけしかけて来る可能性が高いと思いますが?」

「向こうが冒険者になりたいと、協力的な要望を言ってきたんだ。それなら、冒険者として味方に置いておく方が安全だろう!」

「それに、ドラゴンを連れたアンデッドという危険な存在を野放しにする方も危険だ!万が一、帝国にでも行かれ、戦力にでもされてみろ!我々に勝ち目はない!」

 

 

 デュラハンを──『竜の宝』を英雄として国内に置いておく事に反対する派と──最低限、味方として協力してもらえるポジションに置いておきたい友好派に別れ、言い合いが起きていた。

 

「『竜の宝』が安全だと言う保証がどこにあるのです?!」

「リーダーはアンデッドなんだぞ!?生者を憎むアンデッドがリーダーである冒険者チームが、我々人間に危害を与えないという根拠はあるのか!?」

 

 

 反対派の主張は、主に3つ。

 

 ①デュラハンがアンデッドという、生者を憎む存在である為、安心できないという事。

 

 ②ドラゴンという強大な存在が近くにいる事が危険だという事。

 

 ③()()が英雄として扱われる事に納得できない、という事。

 

 

「『竜の宝』が辺境の村に義援金を届け、復興作業に助力したという報告があります。ご覧の通り、その村から王への感謝状が届いており、その文面には『竜の宝』への感謝の言葉も書いてあります。これは、あの冒険者チームが野蛮な存在ではないという証です」

「さらに!一部の他の冒険者達から、『竜の宝』に命を助けてもらった事があると、言っている者も確認できております!これは、デュラハンがむやみに命を奪う存在ではないという証明です!」

 

 

 友好派の主張も3つ。

 

 ①『竜の宝』が『実力』『財力』『権力』の3つを兼ね揃えてる、強大な存在であるが故に、敵にしたくないという事。

 

 ②未知の技術を持つ『竜の宝』を味方につける事で、国の発展に貢献してもらえる可能性がある事。

 

 ③他国の襲撃から村を救った謎の組織『アインズ・ウール・ゴウン』の存在──エ・ランテルの民を悪魔達から守った『リュウノ』という存在──この二つと『竜の宝』に繋がりがある為、『竜の宝』を無下に扱うのは不味いという事。

 

 

 ──である。

 

 まず『実力』に関して──デュラハンがドラゴンを倒し従えさせる程の実力者である事は、既に王都の住民に知れ渡っている。

 

 次に『財力』──これも、彼等の拠点にある財宝と、デュラハンが金銭及び希少金属を大量に所有している事が判明している。

 また、『竜の宝』が持つ未知のアイテムや技術──特に魔法技術に関してはバハルス帝国を上回る物であり、王国の技術発展の足がけに成りうるものでもある。

 

 最後に『権力』──一見すると、『竜の宝』が貴族や王族に対して打ち勝てるような『権力』はないように見えるだろう。しかし、それをものともしない存在を『竜の宝』は所持している

 

 それは何か───無論、ドラゴンである。

 

 相手が同じ人間ならば、法律や規則で縛る事が可能だ。それを破ろうものなら、罪人として──最悪実力行使で捕らえたり殺したりできる。

 しかし、ドラゴンに対して人間の法律や規則は意味をなさない。何故なら、彼らはいざとなったら全てを『破壊行動』で無かった事にできるからだ。

 破壊行動をされては貴族も王族をお手上げであり、逃げる事しかできないのだ。

 

 未知の技術については、向こう側(竜の宝)が丁寧に解説しながら教えてはくれるものの、今の王国の実力では真似できない領域ばかりである。

 無論、理解できない部分も多いが。

 しかし、魔術師組合からの報告では、バハルス帝国を上回る技術である事は確かであると報告されている。

 この技術を王国で独占できれば、他国より強い国にする事も夢ではない。

 

 

 そして──友好派が最も主張しているのが、デュラハンの人間関係である。

 デュラハンの後ろにはアインズ・ウール・ゴウンという人物と謎の組織があり、デュラハンはそこに所属しているという。

 ドラゴンを従えさせる程の実力があるデュラハンが所属し、従う程の組織──それがちっぽけなものだとは思えない。

 それだけの力を持つ、何かしらの組織の後ろ盾があるデュラハンを無下に扱うのは危険であると、判断しているのだ。

 

 また、最近起きたエ・ランテルの悪魔事件において、リュウノという人物が活躍したという報告が届いている。そのリュウノという人物の最後の結末は悲しいもので終わっているが、エ・ランテルの民達からの評判は高い。

 

 エ・ランテルの窮地を救った大英雄として、民衆からは感謝されており、悪魔に連れていかれた彼女を救出して欲しいと願う民まで出始めている、という始末である。

 

『竜の宝』のドラゴンの三姉妹が、そのリュウノという人物と血縁関係があるという事が報告された事がきっかけで、『竜の宝』を無下に扱う事はエ・ランテルの民衆からの()()()()()()()()()結果になりかねないのだ。

 

 貴族達にとって、民衆からの支持率は重要である。

 彼らは現在、権力争いの真っ最中であり、自分の評価を高める事に執着している。

 その為、国民からの評判を高めると同時に()()()()()()()()()()()()事にも熱心なのだ。

 

 その落とし合いは、貴族達を王派閥と貴族派閥に分ける程にまで肥大化させ、結果的に国力の低下を産んでいる。国力の低下は王家の権力の低下に繋がるので貴族派閥の貴族達には喜ばしい状況なのだ。なので、貴族派閥の貴族達は国力の低下を気にもしていない。

 

 国王を含む王派閥は、何とか国力を落とさないよう努力しているものの、王国の裏社会を牛耳る『八本指』の悪事によって、その活動はあまり良い結果を得られていない状況である。

 

 今はまだ、王派閥と貴族派閥の力が拮抗しているものの、それがいつまでも続く可能性は低い。

 王派閥を弱体化させる、何らかの決定打ができた場合、王派閥の力は一気に低下する危険性がある状態なのだ。

 

 

 

 現在、そんな王国で両派のバランスを上手く操り、何とか保たせようと頑張っている貴族が1人いる。

 

 その貴族の名は──エリアス・ブラント・デイル・レエブン。

 

 レエブン侯は、貴族派閥に属している人物である。が、それはあくまで表向きである。彼は、両方の派閥のメリットを求めて蝙蝠のように動くため、両派の貴族達に顔が利く。その為、六大貴族の中では最も力がある存在でもある。王派閥の貴族達ですらレエブン侯には協力的な姿勢をとる。

 

 彼は、それらの関係を上手く利用し、王派閥の影の盟主としても活躍。王派閥・貴族派閥間の微妙な均衡を維持するのに心を砕いている。

 

 権力闘争を繰り返す王国で、王派閥と貴族派閥の間をさまよう彼を『コウモリ』のようだと、一部の人間達は言うが、その実、国が崩壊しないように画策している一番の功労者なのだ。

 

 

 

 今回、レエブン侯は友好派に参加し、『竜の宝』をできるだけ王国に居させようとしている。

 理由は明白、帝国に行かないようにする為と王国を守る為である。

 

『竜の宝』の存在は、もはや国の存続に影響を及ぼす存在となりつつある。『竜の宝』の評判が広まれば、必ず他国が目を付けるはずだと、レエブン侯は判断している。

 王国と対立しているバハルス帝国が、何もしないはずはない。何かしらの手段を用いて『竜の宝』を自分達の物にしようとするだろう。そんな事をされない為にも、レエブン侯は『竜の宝』を王国にクギ付けにしたいのだ。

 

 

 

『竜の宝』に関して言い合いが続く中、レエブン侯は改めて状況を見直す。

 

 六大貴族は現在、友好派が4人、反対派が2人という、友好派が有利な状況で進んでいる。無論、他の一般貴族達も含めるなら、数は多くなるが。

 

 友好を主張しているのは──自分の他に──

 

 まず、ボウロロープ侯。

 

 バルブロ王子を次期王に推薦している人物で、貴族派閥の筆頭でもある。

 

 次に、ウロヴァーナ辺境伯。

 

 六大貴族で最も老齢な貴族。ボウロロープ侯と同じくバルブロ王子を推薦している。

 

 最後に、リットン伯。

 

 彼もバルブロ王子を推薦している。能力的に六大貴族では一段劣る人物である。

 

 

 彼らが友好派についたのは、間違いなくバルブロ王子のせいである。バルブロ王子が『竜の宝』に対して友好的な姿勢をとっている為、必然的にバルブロ王子の意見に賛成せざるを得ない流れになったのだろうと、レエブン侯は考えている。

 

 

 ボウロロープ侯は、最も広大な領地を持つ貴族であり、自分の娘をバルブロ王子に娶らせた人物だ。その為、バルブロ王子とはとても仲が良い。

 

 ボウロロープ侯は、顔に多くの傷跡がある。戦士のような風貌を持つ男である。

 その顔に恥じぬ、鍛え抜かれた体躯も今は過去の物になっているが、猛禽類を思わせる瞳や声の張りには戦士の残り香が見える。

 ガゼフの戦士団に触発されて5,000の精鋭兵団を作るなど、(貴族として)負けず嫌いな部分もある。

 

 今回の王城警備も、ボウロロープ侯の精鋭兵士がほとんどを占めている。

 

 

 ウロヴァーナ辺境伯は、王派閥の貴族である。

 髪は完全に白髪で、腕や体は枯れ木のように細い。そのかわり、長く生きてきた人間特有の威厳を併せ持つ人物である。王派閥の中で唯一まともな貴族だと、レエブン侯は認識している。

 

 リットン伯は、貴族派閥の貴族である。

 顔立ちは整っているものの、狐のような印象を与える人物である。

 リットン伯が友好派についたのは、バルブロ王子の件もあるだろうが、単純に友好派の人数が多かったので有利な方についただけだろうと、レエブン侯は判断している。

 

 その理由は、リットン伯は六大貴族の中では一段劣る貴族だ。そのため、なりふり構わず自身の価値を高めようとしているきらいがあるのだ。

 実際、自分の勢力拡大のためには他者がどんなに損害を受けても構わないという性格である事が知られており、他の貴族からの評判も悪い。

 なので、友好派の流れが悪くなった場合、あっさり鞍替えする人物だろうと、レエブン侯は睨んでいる。

 

 

 

 対する反対派2名は──

 

 1人は、六大貴族の中で、最も若い美青年のペスペア侯だ。

 王の長女を娶った王派閥の人物でもある。ペスペア侯が持つ貴族としての能力は未知数だが、彼の父親が優れた人格者という事もあり、派閥に関係なく多くの貴族から次期国王に推されている貴族だ。

 

 

 もう1人は、金に欲深い事で有名なブルムラシュー侯である。

 金鉱山とミスリル鉱山を所有する王国一の金持ちである彼の、その欲深さはかなりの筋金入りである。金の為なら家族すら裏切るだろうという悪評まで持っている程だ。

 

 今回彼が反対派に参加しているのも、自分の鉱山(財産)をドラゴンに盗られるかもしれないと、危惧しているからだろう。

 

 そして──これはまだ、誰にも知られていない情報だが、ブルムラシュー侯は帝国に情報を売り渡して金を得ている裏切り者でもある。

 彼が帝国と手を組んでいるという情報を貴族派閥に渡せば、すぐさまブルムラシュー侯は六大貴族から叩き出され、貴族としての力を失うだろう。

 

 しかし、そんな事をすれば、貴族派閥が一気に勢いを増し、王派閥はブルムラシュー侯が抜けた事で一気に弱体化する。

 

 そうなると、()()()()()()()()()()()()為、ブルムラシュー侯の裏切り情報はふせてある。

 もし貴族派閥が主権(しゅけん)を握ってしまった場合、平民達の事を──国の未来を考えない政策ばかり行い、リ・エスティーゼ王国は破滅するだろう。

 

 そうならない為にも、私がしっかり舵を取り、より良い方に流れをつくらなくては!

 

 レエブン侯が咳払いを1つする。それだけで、五月蝿く会話していた貴族達の口がとまる。

 

「──えー……皆様、少しよろしいでしょうか?」

 

 レエブン侯が喋りだすと、全員がレエブン侯に注目する。全員の視線が集まったのを確認したレエブン侯は、再び口を動かす。

 

「反対派であるペスペア侯とブルムラシュー侯、それとその他の貴族の皆様の気持ちも理解できないわけではありません。ドラゴンとアンデッドを脅威に思うのも無理はないでしょう。友好派の中にも、同じように思っている方々が少なからず居るのではと思われます」

 

 レエブン侯は周囲を見渡しながら様子を窺う。何人かの貴族が気まずそうに目を逸らすのが見える。

 

「……ですが…『竜の宝』に、国から出ていくよう伝えるのもまた危険な賭けです。そこで、1つの妙案があります」

 

 レエブン侯の発言に、周りにいた貴族達が興味深そうな表情に変わる。

 

「『竜の宝』の活動場所をエ・ランテルにしてもらう……というのはどうでしょうか?」

 

「エ・ランテルに…?」

「ほほう…なるほど……」

 

 周囲の人達がざわつき始める。

 ある者は困惑を、ある者は感心を、様々な声が小さく呟かれる。

 

「理由は?」

 

 椅子に座ったランポッサ国王の問いかけの声に、周囲が再び静かになる。

 

「理由は3つあります。1つは、エ・ランテルの冒険者組合の強化です。先日の悪魔事件により、エ・ランテルの冒険者組合は多数の冒険者を失ったと、報告にあります。しかも、エ・ランテルで1番ランクの高いミスリル級冒険者チームを全て失ったとも聞いています」

 

 レエブン侯は報告書をめくる。次のページに記載されてある内容を読んでいく。

 

「現在エ・ランテルでは、新しい冒険者チームの育成に励んでいるそうです。現状でのエ・ランテルに存在する高ランクの冒険者チームは……悪魔事件後にミスリルに昇格した1チームだけです。王都にはアダマンタイト級冒険者チームが3つもあります。なので、1チームくらい派遣してあげるべきだと、私は考えました」

 

「その派遣するチームを『竜の宝』にすると?」

 

「はい。悪魔事件で名があがっている『リュウノ』という人物とも繋がりはありますし、適任ではあると思います。それに、陛下がエ・ランテルの民達の為にアダマンタイト級冒険者を派遣した事にすれば、国民達からの評価も上がると思われます」

 

「なるほど……それで、二つ目の理由は?」

 

「はい。二つ目は、単純に『竜の宝』を王都から離す目的です。反対派の意見と友好派の意見……その両方を考慮するのであれば、『国から追い出さず、遠ざける』という形にするのが理想だと判断しました」

 

「ううむ……して、3つ目の理由は?」

 

「はい。3つ目は、先日バルブロ王子も仰っていた、他国への圧力です。エ・ランテルは、王国・帝国・法国とのあいだの丁度中心にあります。ここに王国所属のドラゴンが居れば、帝国も法国もドラゴンを警戒せざるを得なくなるでしょう。迂闊に攻めてきたり、ちょっかいを出してくるような真似をしなくなるのではないかと考えました」

 

「素晴らしい!」

「流石はレエブン侯だ!」

 

 貴族達から賞賛の声が上がる。

 ランポッサ国王も、レエブン侯の述べた理由に納得の表情をしている。

 

 しかし──

 

「──ですが、1つ問題があります」

 

 レエブン侯の声に、周囲が再び静かになる。

 

「問題とは?」

 

「はい。『竜の宝』が王国に来て、まだ1週間も経っていません。既に拠点まで作った彼らが、いきなりエ・ランテルに冒険者活動を移すように言われて納得するかどうか……それが問題なのです。私としては、もうしばらく日を経たせた方が良い気がするのですが……」

 

 周囲から、「たしかに……」「言われてみれば……」と、レエブン侯の不安に同意する呟きが漏れる。

 

「やれやれ……できれば早く移動してもらいたいものだ。いつあの野蛮なアンデッドやドラゴンが暴れ出すか、考えるだけで夜も眠れませんよ」

「ええ、ええ、私もです。薄汚いアンデッドがドラゴンと共に、私の領土の領空を飛んでるだけで、いつ私の鉱山が奪われるか、不安で不安で」

 

 ペスペア侯とブルムラシュー侯が冗談には見えない──割と本気でそう思っているような愚痴をこぼす。

 

 

 

 ──その時だった。

 

 

 

 突如、ズシンッ!という大きな揺れが起こる。城全体を揺らしたのではないかと思う程の揺れに、部屋に居た者達が慌てふためく。

 

「今のはなんだ!?」

「地震か!?」

 

 混乱する室内。兵士達が慌てて状況を確認していると、部屋の外──正確には、窓から出れる大きなバルコニーから悲鳴がなった。

 

「ひぃ!」

「うわぁぁああぁぁ!?」

「ひぃやぁぁぁ!?」

 

 バルコニーの所を警備していた兵士達が、血相を変えて部屋に飛び込んでくる。何事かと、室内にいた者達が驚くのも束の間、兵士達が部屋に飛び込んで来た瞬間──外から入っていた太陽の明かりが()()に遮られ、部屋が少しだけ暗くなる。

 

 部屋に居る者達が窓の外を見て、驚愕の表情を浮かべた時、その()()が喋った。

 

「ここら辺から聞こえたなぁ……」

 

 部屋に居る者達が、その()()の正体がドラゴン──ヤマタノオロチである事を把握した時、ヤマタノオロチの巨大な目が現れ、視線が彼らの部屋でピタリととまる。

 

 

 そして、話は冒頭へと戻る。

 

 

 ヤマタノオロチは、顔全体──8つある頭が全て見える位置まで、頭を後退させる。8つある頭がそれぞれ別々の動き──(表情と言ってもいいだろう)──をしながら、部屋に居る人間達を眺めている。

 

 貴族達が驚く中、巨大な口から出てきた舌、ソレをベロりとさせながら、ヤマタノオロチが再度質問を繰り返す。

 

「もう一度聞く。我らの主人の悪口が聞こえたが、お前達か?」

 

 全員が息を呑む。誰もがドラゴンを間近にして命の危機を感じているのだ。喋る心構えなどできているわけが無い。

 特に、悪口を言ったペスペア侯とブルムラシュー侯は顔面蒼白である。

 頼れる王国戦士長であれば、何とか対応できたかもしれないが、王国戦士長は国王の計らいで城に居ない状況である。

 

 ヤマタノオロチが人間達の返事を待つ。その間、8つあるヤマタノオロチの頭が、それぞれ会話を始める。

 

「さて、どいつかな?」

「きっと、礼儀の無い貴族だな」

「いやいや、馬鹿な貴族だろう?」

「もういっそのこと、全部潰すか?」

「焼いた方が派手だと思うが?」

「国王が居る、殺すのはまずい」

「ご主人様に抱かれたい♡」

「…………」

 

 恐怖で思考する余裕がない人間達は、順番に喋るヤマタノオロチを見つめる事しかできなかった。

 結局、数分待っても誰も喋らない事態に、黙っていたヤマタノオロチの頭が痺れを切らす。

 

「……では仕方ない。人間達よ、悪口を言ったヤツを指させ。それくらいならできるであろう?」

 

 ヤマタノオロチから放たれた残酷な言葉。人間達は近くにいるもの同士で互いに顔を見やる。要は、自分達で犯人を突き出せという事だ。

 

「さて、誰が指さすかな?」

「誰が指さされるかな?」

「全員が指さすかな?」

「誰も指さないのかな?」

「ほら、早くしろ人間ども」

「また待たせるつもりか?」

「ご主人様に撫でられたい♡」

「……………」

 

 ヤマタノオロチが再び待っている。人間達が犯人を突き出すのを。

 この状況に、レエブン侯も歯の根が合わない。一刻も早く、犯人を突き出して楽になりたいという気持ちが出てくるも、ぐっとそれを堪える。

 ここでペスペア侯やブルムラシュー侯を突き出した場合、この2人がどんな目にあうか想像しただけで怖いのだ。

 何より、自分の命の為に他人を犠牲にした貴族という汚名を被りかねない。そんな、自分の評価を下げるような真似は避けたいのだ。

 

 

 

 しかし──そんな事などお構いなしの貴族が、ここには居たのだ。

 

「そ、そいつらだ!」

 

 突如、リットン伯がドラゴンに向かって叫んだのだ。

 

「そこに居る、ペスペア侯と……ブルムラシュー侯が、デュラハンの悪口を言ってた!言ってました!」

 

 指をさされた2人が、「なんて事を!」と言わんばかりの表情でリットン伯を睨む。が──

 

「ほほう……貴様らか…」

 

 犯人を見つけたヤマタノオロチの目がギョロリと動き、自分達を見つめて来た事で、2人の表情が一気に恐怖の色に染まる。

 

「我らの」

「主人の」

「いったい」

「どこが」

 

 ヤマタノオロチの8つある頭が、順番に口を開け、鋭い歯を剥き出しにしていく。

 

「野蛮で」

「薄汚い」

「デュラハン」

「なのだ?」

 

 ヤマタノオロチが静かに威嚇する。同時にビリビリという痺れるような振動が窓から聞こえ、次の瞬間、開いた窓から強烈な風が入り込み、部屋の中にあった机や椅子を吹き飛ばした。

 

「「ひぃぃぃぃ!」」

 

 部屋に居る者達が転がりながら悲鳴を上げる。

 その様を見たヤマタノオロチの顔が優越に浸る。圧倒的強者としての振る舞いを心地よく感じ喜んでいるのだ。

 

「よく聞け人間ども」

「貴様らが我が主人の強さに威光し、恐れを抱くのは理解できる」

「しかし、ご主人様はとても優しく慈悲深い方だ」

「縁もゆかりも無い村を救い、村人達から感謝されている事は」

「既に貴様らも知っているのだろう?」

「なのに貴様らは」

「優しくて強くて逞しいご主人様を♡」

「野蛮で薄汚いと言うのか?」

 

 ヤマタノオロチの視線がペスペア侯とブルムラシュー侯に集中する。

 2人は、蛇に睨まれた蛙の如く、プルプルと震えながら必死に首を横にふる。否定の意味を込めて。

 それを見たヤマタノオロチの口がニヤリと歪む。

 

「そうか。理解したのならよい」

「でもまた悪口を言ったら」

「次はないと思え」

「他の奴らも同じく」

「次はないぞ」

「では、私達は」

「ご主人様の元に♡」

「帰るとしよう」

 

 ヤマタノオロチの巨大な頭が視界から消える。おそらく、拠点へ戻ったのであろう。

 

 レエブン侯を含めた、部屋にいた人間達の心から、見えない重圧が消え、みんなが安堵の深呼吸を繰り返す。

 

 しばらく無言の呼吸が続く。その時──

 

「申し訳ありません、皆さん。」

 

 突如聞こえた声に、再び人間達が硬直する。

 

「あー……その……大丈夫ですかね?」

 

 先程、ヤマタノオロチが覗いていた窓があるバルコニーから女が現れる。

 

 女の服装は白を基調とした服(提督服)であり、ボタンといった装飾品などが金色に輝いている。

 被っている帽子も白を基調とした物であり、帽子の正面にあるマークだけが金色だった。肩の部分には、白の将校用マントを身につけている。

 

 女は顔は、長い黒髪に黒い瞳という、王都では珍しい容姿だった。

 

 突然現れた女に、部屋にいた人間達が警戒するが、その女性の顔をレエブン侯は知っていた。

 

「……ブラック…殿ですか?」

「ん?あ!こ、これはレエブン様、大丈夫ですか?!」

 

 名前を呼ばれて反応した女は、慌ててレエブン侯の傍に駆け寄る。

 

「すみません、()()のドラゴンがご迷惑をおかけしたようで──」

「え?いや、お構いなく!」

 

 謝罪しながら自分を抱き起こす女性の態度に、レエブン侯は違和感を感じながらも、なんとか足に力を入れ立ち上がる。

 

「──本当に大丈夫ですか?」

「はい。それよりも──」

 

 体についた汚れや埃を払いながら、レエブン侯は女性に質問する。

 

「──貴方様は?」

 

 女性は一度、ペコリとお辞儀する。

 

「私は、『竜の宝』の皆さんを補佐する為に、アインズ様から派遣された者です。名は──シロ()と言います。」

「シロ殿……ですか…」

 

 ブラックとは違うという事を把握したレエブン侯は、さらなる疑問をぶつける。

 

「シロ殿は……その…ブラック殿と、お顔が似ていますが……」

 

 レエブン侯の質問に、少しだけ気まずそうな顔するシロ。しかし、すぐさま笑顔で答えた。

 

「私は──ブラック達の生みの親なんです」

 

 いきなりの衝撃的告白に、レエブン侯も、周りにいた人間達も驚きの声を上げる。

 

「あのドラゴン達の……──」

 

 兵士に抱き起こされたランポッサ国王が、ヨタヨタとシロに歩み寄る。

 

「──母親殿であらせられるか?」

「これは国王陛下…!」

 

 シロがランポッサ国王を発見するなり、慌てて国王の前に土下座する。

 

「先程はドラゴンが失礼を…喋れない勝様に代わり、謝罪致します!申し訳ごさいません!」

 

 ランポッサ国王の前で土下座して謝るシロに、皆が注目する。

 ランポッサ国王は驚きつつも、片膝をついて、シロの肩に手をのせる。

 

「よ、良い。我々にも多少の非があったのは事実……顔を上げられよ、シロ殿。」

「しかし、部屋がこんなにもめちゃくちゃに──」

「良いのだシロ殿。気になさるな。ささ、立ち上がられよ」

 

 ランポッサ国王に促され、シロがゆっくり立ち上がる。

 

「ありがとうございます、国王陛下。では、改めまして……本日付けで、アインズ様からご命令を頂き、『竜の宝』の補佐をする事になりました、シロと言います。よろしくお願いいたします、国王陛下」

「よろしくお願いする、シロ殿」

 

 国王と握手を交わすシロ。

 そこへ、バルコニーからブラックが姿を現す。

 

「シロ様!」

「ブラック!どうして来た?」

「勝様からの伝言を伝えにきました」

 

 ブラックがシロの隣に並び立ち、ごにょごにょとシロの耳元で喋っている。

 その様子を眺めたランポッサ国王とレエブン侯は、2人のそっくりな顔を見比べる。

 

「うむ……まるで双子だな」

「ええ、おっしゃる通りかと…」

 

 ランポッサ国王の言葉にそう返したレエブン侯だったが──

 

「(シロ殿が母親だというのは理解しましたが、いくらなんでも若すぎでは?)」

 

 ──という疑問が脳裏に湧く。

 シロの若さはブラックとほぼ同じであり、歳すら同じなのでは?と、思いたくなるほどだった。

 だが、ブラックはドラゴンである。流石に歳が同じというはずはない。可能性があるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考える方が納得できる。

 

「──以上です、シロ様」

「あーはいはい。挨拶を済ませたらすぐ戻るよ」

 

 ブラックがシロに何を伝えたのか気になったレエブン侯だったが、それよりも重要な事があったので、それを後回しにする。

 レエブン侯は、シロの安全さを確かめる為に、己の疑問を再びぶつける。

 

「シロ殿に質問なのですが…貴方様も、ブラック殿と同じドラゴンなのでしょうか?」

「私ですか?いえ、人間ですが…」

「それにしては、かなりお若いようですが……」

 

 女性に対して、年齢に関する事を問うのは失礼な行為だという自覚はあったが、気になるものは気になるのだ。

 

「あー…そこ、気にしちゃいますかー……」

 

 案の定、答えづらい質問だったのか、シロが頭をかいている。

 

「んーとですねぇ……若さは魔法で保っている……という事でご納得していただければ嬉しいのですが……」

「魔法ですか……──」

 

 レエブン侯は魔法に詳しいわけではない。

 しかし、まったく無知という訳でもない。

 

 レエブン侯は王国貴族では異質な存在で、引退した元オリハルコン冒険者を部下にして、冒険者達からモンスターや魔法などの知識を集めている貴族なのだ。

 

 

 レエブン侯は、自身が持つ知識の中から最適かつ納得の行く答えを探し出す。

 

「(確か……バハルス帝国に居る大魔術師(マジックキャスター)も、魔法で若さを保っている、という情報がありましたな……つまり、シロ殿もそれと同じ魔法が扱えるという事か…)

 

 仮にシロが魔法を使えなかったとしても、『竜の宝』には第10位階の魔法が扱えるレッドというドラゴンがいる。そちらの協力を得る事で、若さを維持する事も可能なのだろう。

 

「──なるほど!理解しました」

 

 自分の中で納得の行く理論が既に完成したのだ。ならば、あまり年齢に関する質問を長引かせる必要はないと判断したレエブン侯は、そう言って話を終わらせようとした。のだが──

 

「え?!」

 

 と、何故かシロが驚いた表情をしていた。

 何か変な答え方をしただろうか?と、レエブン侯は疑問に思った。

 

「……えっと…どうかなさいましたか、シロ殿?」

「い、いえ、なんでもございません!そ、それよりも、今は散らかった部屋の後処理について話しませんか?」

 

 話題を逸らされた感じが強かったが、元々聞づらい話題だったのでレエブン侯もそのまま流す。

 

「──ええ、そうですね」

「…では…えっと……弁償代は幾らぐらいでしょうか?家財や皆さんの着ている服など、その他諸々の品も込みで構いませんので…」

 

 レエブン侯は周囲を見渡す。先程の強風で、部屋にあった椅子や机は吹き飛ばされ破損している。机の上にあったカップや皿も割れており、零れた飲み物は床に飛散している。

 起き上がった人達の服は、破片で傷が付いている物、床に飛散した飲み物で濡れてシミになっている物など、弁償するべき物品はかなり多い。

 しかも、ほとんどの物品が貴族や王族が使う高級品ばかりだ。支払う額は相当な額になるだろう。

 

 問題は、それらの物品の所有者達が、弁償代を跳ね上げる可能性だ。金に五月蝿いブルムラシュー侯は、少しでも金を得ようと、確実に額を上げようとするだろう。

 

「シロ殿…でしたか?わ…私はブルムラシューと言います。私の所有品も弁償していただけるのかな?」

 

 早速ブルムラシュー侯がシロに話しかけ始めた。ドラゴンが居なくなった余裕なのか、それとも自分達に一切非がないという立場に立っている余裕なのかは分からないが、笑みを浮かべながらシロに近づいていく。

 

「は、はい、もちろんです!」

「ですが……私の着ている服は、オーダーメイドの高級品ですぞ?額もそれなりに高い物なのですが…」

 

 わざとらしく服をシロに見せつけながら、ブルムラシュー侯が交渉を始め出す。

 周囲の貴族達は、ブルムラシュー侯が弁償代を高くふっかける気が満々であると察する。

 あんな目にあっても折れないあたりが、金に欲深い性格のブルムラシュー侯らしいな、という呆れすら感じながら。

 

「幾らぐらいでしょうか?…まさか!100……いや、1000金貨ぐらいする品ですか…?!」

 

 シロがオロオロしながら、弁償代を予想している。

 しかも、ブルムラシュー侯の服がかなり高い品だと思い混んでいる。

 レエブン侯の見立てでは、ブルムラシュー侯の服は高く見積もってもせいぜい20金貨程。これで100金貨を越える弁償代を請求すれば、完全なぼったくり詐欺である。

 

 ブルムラシュー侯はわざとらしく考え込むフリをした後──

 

「……まあ、500金貨程……でしょうか…」

 

 と、とんでもない額をふっかけた。

 周りにいた貴族達は、いくらなんでもやり過ぎだと、誰もが感じている。

 

「ご……ごひゃく……」

 

 シロの顔が険しくなる。

 無理もないと、周りの貴族達もシロに同情する。

 

「あの…ブルムラシュー様、ご相談が──」

「ええ、そうでしょうとも!500金貨なんていう大金、そう簡単に支払える額ではありませんからねぇ!」

 

 妙に強気なったブルムラシュー侯の態度に、周りの貴族はもはや言葉も出ない。むしろ、ブルムラシュー侯がこの後どんな要求をするのか気になってしまう程だ。

 

 レエブン侯は、ブルムラシュー侯がやりすぎるようなら止めに入った方が良いだろうと決心する。

 相手はドラゴンの母親、下手に機嫌を損ねれば、ドラゴン達の怒りを買いかねないのだから。

 

「しかし!私も鬼ではありません。ここは1つ……私の優しさも込めて……100金貨で許しましょう!」

 

「(そう来たかw)」

「(減額しやがったw)」

「(何が優しさなんだよw)」

「(ドラゴンにビビったかw)」

「(でもぼったくる気満々かよw)」

 

 貴族達は心の中で笑う。ブルムラシュー侯も考えなしで行動しているわけではないようだが、それでも強欲心が勝っている彼の行動は、ある意味で良い見世物である。

 

 しかし、次のシロの発言で、貴族達の笑いが止まる。

 

「──いえ、500金貨でも問題ありませんが?」

「……は?」

「……え?」

 

 ブルムラシュー侯が困惑、他の貴族は、何かの聞き間違いだと耳を疑った。

 

「今……なんと?」

「ですから……500金貨でも問題ありませんが?」

 

 すました顔でハッキリ言うシロに、ブルムラシュー侯も周りの貴族達も驚きが隠せない。

 500金貨はそこそこの大金だ。

 32金貨もあれば、一般的な3人家族が3年間も慎ましく暮らせる。その10倍以上の額を、平然と『問題ない』と言い切ったのだ。

 

「支払える……という事ですか?」

「ええ。大丈夫ですが?」

「……本当に?」

「本当に」

 

 驚きを浮かべていたブルムラシュー侯の表情が笑みに変わる。

 当然の流れだ。減額する必要がなくなったのだから、ブルムラシュー侯からしてみればラッキーな展開である。

 

「──で、では、500金貨を支払って頂けるという事でよろしいですかな?シロ殿」

「ええ。それで、ブルムラシュー様に聞きたい事があります。」

「何でしょう?」

「貴方様は鉱山をお持ちだとか。なら、鉱物資源の金額にも詳しいですよね?」

「ええ……まあ……」

 

 鉱物資源に関する話題が急に出てきて戸惑うブルムラシュー侯に対し、シロは淡々と話を続ける。

 

「仮にですが──」

 

 そう言いながら、転がっていた机を片手で立て直したシロは、懐から何かを取り出した。

 

「──このインゴットを売った場合、価格は幾らぐらいでしょうか?」

 

 ゴトリッという硬くて重そうな音を響かせながら、シロが机に()()を置く。

 

「こ、これは?!まさか…!」

 

 ブルムラシュー侯が目を丸くしながら驚く。

 

「ご覧の通り、ダイヤモンドでできたインゴットです。」

「あ、ありえない!私の持つ鉱山でも、ただでさえ採掘量が少ないのに!これだけの大きさのダイヤモンドが採れる鉱山なんぞ……しかも、それをインゴットにするなんて……!」

 

 わなわなと震えるブルムラシュー侯に、シロが追い打ちをかけるように、インゴットを次々と取り出す。

 目を疑う光景に呆然とするブルムラシュー侯に、シロがインゴットを差し出す。

 

「疑うのでしたら、詳しく調べていただいても構いませんが?」

 

 渡されたダイヤモンドのインゴットを注意深く観察するブルムラシュー侯だったが、それが本物だと即座に理解する。

 

「どうやって、このダイヤモンドを……?」

「あれですよ、あれ」

 

 シロが外を指さす。

 全員が視線を向けると、王城から少し離れた場所で、いつの間にかキラキラ輝くドラゴンが二匹、空を飛んでいた。片方は白っぽく透明度があり、もう片方は金色に輝く光を反射させている。

 

「勝様が召喚なさった、ダイヤモンドドラゴンとゴールドドラゴンから剥ぎ取った……と言ったら、ご納得していただけます?」

「召喚した…?剥ぎ取った…?まさか……」

 

 レエブン侯は、床に落ちていた報告書を拾うと、とあるページを開く。それは、『竜の宝』がもつ財力に関する記述が書かれたページである。

 

「(まさか……本当にドラゴンから剥ぎ取っていたとは!)」

 

 話を聞いた時は、何かの冗談だと思っていたレエブン侯だったが、今回の件で事実だったのかと、改めて『竜の宝』のむちゃくちゃぶりに驚く。

 

「馬鹿な……ありえない…」

 

 ブルムラシュー侯は信じたくなかった。毎日毎日、炭鉱夫達を大量に雇い、苦労させながら採掘させて得ていたダイヤモンドが、あんな方法で──しかもあんな容易に──大量に得られる事が。

 

 呆然とするブルムラシュー侯とは反対に、シロはニタニタと楽しそうにしている。

 

「──それで?ブルムラシュー侯。このインゴットの値段は、お幾ら程で?」

 

 ブルムラシュー侯は改めてダイヤモンドのインゴットを再確認する。

 大きさは手の平サイズ・重さは約1kg

 計算上──1ct(カラット)が0.2gなので、このダイヤモンドのインゴットは5000ctという事になる。

 

 破格の大きさである事は間違いない。

 品質も良く、アクセサリーとしての輝きも申し分ない。

 

「……通常のダイヤモンド……市場で出回っている一般的なサイズのダイヤモンドなら、50~90金貨程で取引されています。このインゴットは、市場で出回っているダイヤモンドの1000倍を優に越えますので──最低でも5万金貨はくだらない……かと……。」

 

 5万金貨という破格の値段に、周りにいる貴族達が騒然となる。

 通常の貴族が持つ、平均的な財産の総額が約2万金貨である。エ・ランテルの都市長クラスなら3万程はあるかもしれないが。

 とにかく、(いま)目の前にあるダイヤモンドのインゴットは、それを軽く凌駕する値段なのだ。

 

 そして、そのダイヤモンドのインゴットを幾つも所有している人物、シロは──王国一の金持ちであるブルムラシュー侯が全財産を投入しても勝てない程の金持ちである、という事が証明されたのだ。

 

「5万金貨!それは素晴らしいお値段ですねぇ!」

 

 シロが嬉しそうに笑顔でそう言うと、ブルムラシュー侯の手からインゴットを取り上げる。

 

「あっ!?」

 

 5万金貨のインゴットを取り上げられたブルムラシュー侯は、即座にシロに怒鳴る。

 

「待ちなさい!それは私の──」

「──いえ!まだ私のです。私はあくまで鑑定させる為に、貴方様に渡しただけですが?」

「──ぐっ!……」

 

 悔しそうにしているブルムラシュー侯を後目に、シロはインゴットを持ってレエブン侯に歩み寄る。

 

「レエブン様──貴方様は、王派閥と貴族派閥をコウモリのように飛び交っていると聞きました。それは本当でしょうか?」

 

 何だか嫌な予感がすると、レエブン侯は感じた。

 

「…ええ、まぁ…」

「では、このインゴット5つを貴方様に預けます。」

「なっ!?」

 

 あまりの出来事に、レエブン侯は言葉をなくす。

 

「貴方様でしたら、王族と両派閥の貴族の皆様と上手く相談しながら、このインゴットを処理して下さると思います。合計25万金貨分のインゴット──よろしくお願いしますね。」

 

 レエブン侯の前に、ピラミッド型の小さなインゴットの山が出来上がる。

 

「ま、ま、待って下さい!何故私なのでしょうか?!こ、国王陛下に渡した方がよろしいと感じますが?!」

 

 レエブン侯の意見は最もな意見であった。

 ここは王城であり、目の前にランポッサ国王もいる。状況的に、国王にインゴットを渡した方が平和的なのは言うまでもない。

 

 しかし、シロの返事は淡々としていた。

 

「皆様は権力争いの真っ最中だと聞いています。ここで私が王様にインゴットを渡した場合、王様は余った資金を国民の為に使うでしょう。そうなれば、王派閥が力を増します。私は仮にも、冒険者である『竜の宝』の補佐をする人物……冒険者が、国の政治に関わるような事をするのは規約違反になりますからね。なので……どっちつかずの貴方様に渡すのが、我々的には1番都合が良いのです。理解していただけましたか、レエブン様?」

 

 レエブン侯は言い返す事が出来なかった。

 相手が財力でものを言う資産家だったのなら、ある程度交渉できる自信はあった。上手い関係を築き、王国の政治に対して裏から資金提供してもらう、といった裏取り引きも可能にできた。

 

 しかし、シロは冒険者を補佐する人物。国に関する政治に手を出せない相手である。さらに、本気になれば国を破壊できる『破壊の権力』を所持している人物でもあるのだ。

 その相手から、争いが起きないよう気をつかわれたのだ。

 

「──…はい。ありがとうございます、シロ殿…」

 

「それはよかった!では、私は勝様の元に帰らせていただきます。国王陛下、今日は本当に申し訳ありませんでした!貴族の皆様も、本当に申し訳ありません。」

 

 常に礼儀正しくしながら、ペコペコと頭を下げた後、シロはバルコニーへ向かう。

 

「では、失礼します!」

 

 シロがバルコニーの手すりからジャンプする。

 飛び降り自殺にも等しい行ないをしたシロの行動に、部屋にいた人間達が驚いた瞬間、上からブラックが現れて、シロを両手で掴むと、そのまま飛び去っていった。

 

 静かになった部屋で、レエブン侯はしばらくダイヤモンドのインゴットを見つめた後、部屋いた皆に語りかける。

 

「ひとまず皆様、このインゴットの処理と『竜の宝 』の今後に関する話し合いを続行しませんか?もちろん、悪口は無しでお願いします」

 

 




ダイヤモンドのインゴット……値段を高くしすぎた感がするのは私だけですかね(笑)
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