首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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第9話 王都─その7〔会談1〕

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「……おい、あれ…昼間の……」

「……ああ…『竜の宝』のところの……」

 

警備している兵士達のヒソヒソと話す声が聞こえる。

常人では聞き取れないくらいの、呟きにも等しい囁き。しかし、普通の人間ではない私には聞こえてしまう。

 

テイマー(調教)職を身につけている私は、森などに住む様々な動物やモンスターの鳴き声を聞き分ける事に長けている。小鳥や小動物の鳴き声でさえ、私の耳は捉えるのだ。人間が放つ声など、まるでイヤホンを付けて聞いてるのと同じくらいはっきり聞こえる。

 

しかしだ。こういう行為は、レンジャー(野伏)職やアサシン(暗殺)職を身につけた者でも可能だろう。

簡単に言えば、周りの音を聞く事に敏感な者なら、彼らのヒソヒソ声もはっきりと聞こえるのだ。

 

 

そしてまた、別の声が聞こえる。今度はおそらく貴族だろう。

 

「……何故また、()()()が来ているのかね?」

「……ラナー殿下がお呼びになられたそうだ…」

「……王は知っているのか?誰か知らせるべきでは?」

「……よせ、()()やめたほうがいい。今回はレエブン侯も関わっているらしいぞ。余計な真似はしない方が…」

「……そうですね。()()関わらない方が良さそうですね……」

 

明らかに、私を避けようとする声が聞こえる。

 

「(デュラハンの時より酷くないか?!そこまで嫌われるような事をした憶えはないのだが……)」

 

いくらドラゴンに脅されたとはいえ、ここまで避けられるとは思わなかった。

 

「(それとも…彼らが貴族だから、こういう反応なのだろうか?)」

 

一般人と貴族では、在り方が違うのは理解している。物や人物に対する価値観や見識も違うだろう。学んできた知識や教育も違うだろう。

 

──だから()()も違う。

 

では──元々一般人である私は、どう振る舞うべきなのだろうか?

 

偉そうにするべきか?──違う。

では、畏まるべきか?──それもちょっと違う。

 

相手が王女なら?尊大に接するのは失礼だ。

──はたして本当にそうだろうか?

 

相手は王女だ。謙虚に接して機嫌を取る方が良い。

──はたして本当にそうだろうか?

 

 

私はアダマンタイト級の冒険者(の補佐役)だ。

──しかし、身分は平民と同じだ。

 

私はドラゴンの母親だ。(という事になってしまっている)

──しかし、子供(竜)の方が(雰囲気的に)強い。

 

周りに居る貴族達が羨む程の金持ちでもある。

──しかし、全てが金で解決できる訳ではない。

 

 

では、もう一度最初に戻る。

 

私はどう振る舞うべきなのだろうか?

 

 

 

 

ラナー王女の近衛兵──クライムに連れられて案内された場所は、王城内にある広い会食会場だった。

 

いくつもの豪華なラウンドテーブル、豪華な椅子、そして豪華な食事に沢山の貴族達。

そんな──まるでパーティーでもしている様な状況の中、私は椅子に座り、王女が来るのを待っている。よりにもよって、1番目立つ中央のラウンドテーブルの席でだ。

 

オマケに──念の為、また白い軍服に着替えたのが仇となった。明らかに目立ちすぎている。周りに居る貴族の服とは浮いている格好の為か、あちらこちらの人間達の視線を集めてしまっている。

 

「(普通、話し合いをするなら部屋だろ!何故こんな目立つ場所なんだ!というか、早く王女か誰か来てくれないものだろうか。1人だと気まずいのだが……)」

 

直ぐにラナー王女に会えるものだと思っていたのだが、案内されたのは会食会場であり、しかも王女本人は支度にまだ時間がかかるとの事。

案内したクライムも──『ラナー様が来るまで、まだお時間がありますので、食事でもしながらお待ちください』と、言ったっきり会食会場を出ていって帰って来ない。

 

周りを見れば、ワイングラスを片手に立ったまま会話している貴族ばかりで、私を除けば席に着いている者は1人も居ない。まさしく私だけが浮いている。

 

「(今さら立ち上がるのもなぁ……気まずいしなぁ……それに、私はあまり酒が飲めないし……)」

 

目の前のテーブルの上に視線を伸ばす。自分が座っている席のテーブルの上には、高価そうなワインやお酒などの酒瓶が幾つも置いてある。

 

現実世界でもそうだったが、私は酒に弱いのだ。故に、お酒はできる限り飲みたくない。

対毒耐性を備えているので、仮に酒を飲んでも酔わずに済む。しかし、それでも飲みたくないのだ。

 

原因は私の酒癖だ。飲むとすぐに酔っ払ってしまい、タガが外れて暴走する。具体的に言うと、喋れない私は他人に絡む事ができない。故に、それを払拭する為に、酔っ払った勢いで暴飲暴食に走る傾向がある…らしい。

ちなみに、私の酒癖の悪さを指摘したのは──当時、私が務めていた動物園の職員達だ。

閉園直後、当時の園長による計らいで行われた飲み会。動物園に務めていた職員達を集めて、今まで頑張って働いて動物園を支えてくれた事などを労う為の飲み会だった。

しかし、動物園が閉園して、大好きだった動物達と触れ合えなくなった私はやさぐれていた。それも相まって、暴飲暴食じみた行為にでてしまったのかもしれない。

 

とにかく、その時のイメージが強く残っているせいか、あれ以来、酒は避けている。

どのみち今の私の体は未成年だ。体に悪い飲み物である事に違いはない。

 

 

という訳で、私はラナー王女を待ちつつ、テーブルにあった果実水(ジュース)をチビチビ飲んでいる。

ここがナザリックなら、豪快に飲んでいただろう。しかし、他人の家で、しかも貴族達の居る場所でそんな下品な真似もできない。

 

というか、私は貴族流のマナーや格式を知らないのだ。自分が知らず知らずのうちにみっともない真似をして周りから笑われたりしてないか心配で仕方がないなのだ。だからこうして大人しくしている。

 

 

待ち始めてから30分──未だに誰も来ないし、話しかけても来ない。

 

空腹なお腹がさらに食事を求めてくる。

目の前には、食べてくれと言わんばかりの豪華な料理があるのだが、怖くて手が出せない。

これから王女が来るという事は、自分と同じテーブルで食事をするかもしれないという事。であれば、目の前の料理も、王女の為に用意された物であるかもしれないという事だ。

その料理を私が先に食べるのはマナー違反というか、貴族や王族の流儀に反する気がするのだ。

 

それに、女の子が支度に時間がかかるのは当たり前だ。着ていく服や髪型で悩んだり、化粧で時間がかかる事だってある。

ラナー王女も年頃の女の子、そういう事に時間がかかっても仕方のないはずだ。ましてや王女なら、なおさら時間がかかってもおかしくない。

それに、王女が平民の機嫌を考えるはずがない。

どれだけ時間がかかろうとも、平民側は我慢しなくてはならないのだから。

 

だが──呼び出したのは向こう(王女)だ。

こっちにだって我慢の限界というのがある。

 

ちょうど、貴族に飲み物を運んでいたメイドが近くを通ったので、声をかけてみた。

 

「…あの──」

「は、はい!な、なんでしょうか…?」

 

やけにオドオドした雰囲気で返事を返してくるメイド。もしや、私を恐れているのだろうか?

 

「──…あー…ラナー王女はまだ、準備に時間がかかるのでしょうか?」

「は、はい!まだ少々、お時間がかかります!も、もう少しお待ち下さい!」

 

私の質問に対し、早口で返すメイド。

その様子は決定的だった。このメイドは、私を完全に恐れている。

 

「…そ…そうですか…わかりました」

「も、申し訳ありません!で、では、失礼します!」

 

そう言って、逃げるように立ち去るメイド。

もしや、昼間の騒ぎの現場に居たメイドだったのだろうか?だとしたら、私から逃げるのも納得がいくのだが。

 

そう思いながら、周りを眺めていた時だった。

先程のメイドが、会食会場から出ていくのが見えた。そして、入れ替わるように別のメイドが入ってくる。

 

「(交代の時間か?……私を恐れて逃げた……という訳じゃないよな?……まさかな…)」

 

退屈すぎて、ついついそんな事を考えしまうが、改めて考え過ぎかなと、自分に自問自答する。

 

「(…よし!後30分……後30分だけ待とう。それで誰も来なかったら帰ろう。いくらなんでも待たせ過ぎだ!向こうが呼び出しておいて準備ができてないなんて、いくら王女様だからってワガママ過ぎる!)」

 

シロはそう決意し、再び待つのだった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ラナー殿下、そろそろ行った方が良いのでは?」

 

不安気に口を開いたのは、ラナー王女の部屋で席に着いていたレエブン侯である。

レエブン侯の隣の席には、既に支度を終え、ゆったり果実水を飲んでいるラナー王女の姿と──

 

「私もレエブン侯と同じ意見よ。流石に待たせ過ぎよ…」

 

──レエブン侯と同じく、不安気な表情をしたドレス姿のラキュースの姿があった。

 

「大丈夫ですわ、二人とも。私の予想通りなら、そろそろメイドが来るはずですわ」

 

特に焦る様子もなく、まるで全てが想定通りだという面持ちでいるラナー。

逆に、その様を見ているレエブン侯の額からは、彼が落ち着いていられない様子を表すように、汗が滲み出ている。

ラキュースも少しだけ落ち着きがなくなり始めており、姿勢を何度も入れ替えている。

 

「しかし、相手はドラゴンの母親です。普通の人間と同じと思うのは……」

「危険だと……そう思うのですか、レエブン侯?」

「いえ……ですが、わざわざ余計なリスクを背負う必要もないかと思いますが?」

「そうよ。普通に会って話せば良いだけじゃない。いくらシロさんが優しいからって、これはあんまりじゃない?」

 

ラナーの説得を試みる二人だが、ラナーは依然として動こうとしない。

 

すると──ノックの後、部屋の扉が開き、メイドが入ってくる。

 

「失礼します!王女様、お客様が──」

「──言わなくて大丈夫ですわ」

「──え?」

 

先程までの真剣な表情とはうって変わり、優しげな笑を浮かべた──いつもの王女としての表情に変えたラナーが、メイドの言葉を遮る。

 

「それよりも、聞きたい事がありますの」

「──え、あ、はい!」

 

報告を途中で遮られた事に、報告に来たメイドは困惑するものの、慌てて返事を返す。

 

「お客様は食事をお食べになったのかしら?」

「……いえ、果実水だけをお飲みに…」

「……そうですか…では、仕方ありませんわね…」

 

少しだけ、考える仕草をするラナーだったが、直ぐに元の姿勢に戻す。

 

「お客様をこちらに案内して下さる?」

「か、畏まりました!直ぐにお呼びいたします!」

 

メイドが退室するのを見届ける一同。

メイドの足音が遠ざかるのを確認したラナーの表情が、再び真剣なものへと切り替わる。

 

「……多少、お酒を飲んでくれていれば、口が軽くなってくれたかもしれませんが……意外に手堅い方ですわね」

「まさか…その為に、シロ殿を待たせたのですか?」

「少しでも、()()()()()()()()()()なればと思っただけです。特に深い意味はありませんわ」

 

"情報を聞き出しやすくする為"と、言い放つラナーに、レエブン侯は眉を顰める。

 

ラナーは王女である。そして、これから会う相手は冒険者の仲間であり、ドラゴンの母親でもある。通常なら、第三王女であるラナーが対面して話すような相手ではない

しかし、王女には、貴族であり、アダマンタイト級冒険者でもあるラキュースと友人である事が周囲の人間達には知れ渡っている。

それに加え、冒険者に対する報奨金の支払い政策の立案をしたのも王女であり、『竜の宝』を冒険者として認める手続きにも率先して王女が関わっている。

 

簡単に言えば、王族の中で1番冒険者と関わりを持っている人物である、という事だ。

 

しかしである。貴族として品があるラキュースはともかく、冒険者と関わりを持とうとする王女に対する周りの貴族達からの評価は悪い。

基本的に冒険者の身分は平民がほとんどである。王族や貴族達からしてみれば、下品な者達の集まりにしか見えない。そんな者達と関わりを持とうとする王女を、『変人』に例えたり、何を考えているか分からないと、後ろ指を指す者達も居たりするのだ。

 

なので、本来なら王女は冒険者達との関わりを持つべきではないのだ。

だが、そんな事を気にしない王女の言動に、レエブン侯は頭を悩ませるのだ。

しかし、頭を悩ませる原因は他にもある。

 

「……ですが殿下、酔った者を殿下の部屋にお連れして万が一の事が起きた場合──」

 

そう言いながら、ラナー王女の背後に立つクライムに視線を送る。

 

「──殿下の護衛に就いているクライム君に責任が行く危険性もありますが?」

 

クライムの表情が暗くなる。万が一の事態を想像したのだろう。

ラナー王女も、クライムの方を見て、心配そうな表情に変わる。

 

「……そうですわね。そう考えれば、シロ様がお酒を飲んでいなかった事に感謝するべきですわね」

 

これなのだ。王女は、護衛であるクライムをやたら優遇する。そして、クライムが負うリスクをなるだけ減らそうともするのだ。

国や国民達にとって、どれだけ重要な案件があったとしても、クライムが関わる事で問題になる案件は全て無かった事にする程である。

 

冒険者とクライム、どちらも貴族達にとっては下膳な者達に過ぎない。そんなものに関わりを持ち続ける王女の悪評は、メイド達まで囁く程になっている。

 

 

だが──それも今日までの出来事に過ぎない。本日をもって、冒険者と関わりを持とうとする王女の陰口を言う者は居なくなった。むしろ、王女が居てくれて良かったと思う者達が増えたのだ。

 

それは何故か?答えは『竜の宝』のせいである。

 

貴族達から、危険な集団として認知されていた『竜の宝』の印象は、補佐役のシロ殿の登場で一変したのだ。

 

昼間──シロ殿が置いていったダイヤモンドのインゴットの件で、宮廷会議が盛り上がったのは言うまでもない。

と言っても、分配金の話で盛り上がった訳ではない。ダイヤモンドをインゴットにするという、凄まじくもったいない行為をしていたシロ殿に関する話題で盛り上がったのだ。

 

──例えばである。

本来、ダイヤモンドは掘り出した時の原石の状態の方が良い。そこから専門の職人の手で加工を施し、さらに輝きを増した商品にするのだ。

 

それをわざわざインゴットの形にする。それは──そんなもったいない行為を平然とできる程のダイヤモンドを貯蔵している、という事なのではないか?

という話が出たのだ。

しかし、貯蔵という言葉には語弊があった。

何故なら、あのダイヤモンドはドラゴンから剥ぎ取った物だからだ。そして、そのドラゴンはデュラハンが召喚したもの。()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

デュラハンが召喚魔法でダイヤモンドドラゴンを召喚すれば、いつでもダイヤモンドを入手可能なのである。それに、ダイヤモンドだけでなく金も同じ方法で入手可能なのだ。

 

となれば──あのデュラハンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である、という事になるのだ。

そんな存在に、興味を引かれない貴族はいない。誰もが手中に収めようとするだろう。

 

しかし、喋れないデュラハンと対話による交流はやりづらく、肝心の通訳者はドラゴンである。一部の者達を除き、誰もが怖くて近付けない存在であったのは言うまでもない。

 

 

その問題を解決したのがシロ殿だ。

 

着ている衣服は清楚感バッチリであり、仕立ても良い。

美しさは──王女には引けを取るが、及第点よりは高い。

さらに、ドラゴンの母親であり、人間なのだ。

 

人間である以上、自分達と同じ感性を持った人物である事は間違いない。アンデッドのように生者を憎む可能性も、ドラゴンのように人間を見下す事もない。

 

貴族達にとっては、これほど安心して話せる相手ができた事は嬉しい事なのだ。

今後、彼女を通じて『竜の宝』と交流を深めようとする貴族が増えるのは間違いない。

 

特に、『竜の宝』を国から追い出そうとしていた反対派のブルムラシュー侯が、昼間の出来事をきっかけに友好派に鞍替えしたのが、貴族達に大きな影響を与えた。ブルムラシュー侯の鞍替えを機に、それに続くように、中堅の(くらい)に位置する反対派の幾つかのグループの貴族達が友好派に移ったのだ。

 

ブルムラシュー侯の鞍替え理由は至ってシンプル──自分の鉱山(財産)が狙われていない事が分かったからだ。

ドラゴンの主人であるデュラハンは、召喚魔法を使用する事で金や宝石を得られるのだ。わざわざ他人が所有している鉱山を奪う必要がない。

 

他の貴族達の鞍替え理由は──(表向きはブルムラシュー侯の鞍替えに便乗したという形をとっているが)──本音はドラゴンを恐れてだろう。

 

シロ殿のおかげで、『竜の宝』に対する悪い印象──もしくは、怖い印象がある程度薄らいだものの、それでもドラゴンに対する恐怖がなくなった訳では無い。

 

王城で──しかも、王の目の前でも平然と威嚇してくるドラゴンと一緒に居るシロ殿と、どの様に接すればよいのかわからない現状では、話しかけても間が持てない。

 

もし、うっかり──シロ殿を不快にさせてしまったら──

 

そう考えると、怖くて話しかけられない者達もいるのだ。

 

 

そんな貴族達が様子を窺いながら手をこまねいている状況の中、自分達が先陣を切ってシロ殿と対話しようとしているのだ。貴族達にとっては、まさに渡りに船だ。

話し合いが終わった後、貴族達から──『どんな話をしたのか教えてくれ』と、殺到されるのは間違いないだろう。

 

とにかく──貴族達の心が傾き始めた今だからこそ、今回のシロ殿との話し合いはとても重要なのだ。

 

 

話し合い──と、一言で片付けたが、実際はかなり真面目な内容を話し合うのであって、貴族達が望む──(例えば、シロ殿の趣味など)──情報を得るつもりはない。

今回の話し合いの目的は3つ。

 

1つ目は、エ・ランテルでの冒険者活動のお願いである。

昼間の宮廷会議で話したとおり、有力な冒険者が不足しているエ・ランテルには増援が必要なのだ。それを『竜の宝』にお願いするという目的。

 

2つ目は、他国との関わりに関する話だ。

『竜の宝』が有名になれば、必ず他国も動き出す。他国からの勧誘や依頼が来た時、それを我々に報告してもらえないかどうか相談する目的だ。

『竜の宝』が他国に取り込まれる危険性をできるだけなくす為には、やはりまず情報が必要になる。他国が『竜の宝』にどんな依頼や勧誘を送ってきたのか分かれば、対処法の考えを絞りやすくなる。

 

そして3つ目……これが最も重要だ。

『竜の宝』のバックに居る存在──アインズ・ウール・ゴウンの組織の情報を聞き出す事だ。

『竜の宝』が有名になれば、当然アインズ・ウール・ゴウンという人物や組織の存在にも注目が行く。

いろんな目的で各国の有力者達が、アインズ・ウール・ゴウンとの接触を図るだろう。アインズ・ウール・ゴウン側も、いつまでも引きこもる事はできないはずだ。いつか必ず表舞台に出てこないといけなくなる。

 

そもそも、アインズ・ウール・ゴウンという組織に関する情報はほとんどない。唯一あるのは、カルネ村でアインズ・ウール・ゴウンと名乗る人物と出会ったという、戦士長の情報だけである。

 

「(なんとしても、組織に関する情報を得なくては!)」

 

レエブン侯は、そう決意を固め、腹を据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

王城の廊下をメイドに案内されつつ歩くシロは、後悔の念に囚われていた。

 

「(せめて少しくらい食べておけばよかった)」

 

そういう後悔である。

 

腹ペコ状態で待たされ、ようやくメイドから、王女の準備が整った事を伝えられた。それは良い。

しかし、話し合いを行う場所が部屋なら、最初からそう言って欲しかった。そうだと知っていたなら、あの会食会場にあった料理をたらふく食べていた。

 

『…グゥゥ〜~……』

 

お腹が鳴いている。メシをくれ!と、鳴いている。

 

「(今のうちに何か食うか…)」

 

前を歩いているメイドに悟られないように、自分のインベントリの中を漁る。

食べ物系のアイテムは豊富にある。自分でも呆れるほどに。無駄に持ち歩く癖は、整理整頓を面倒くさがる自分の性格の表れだ。『とりあえず拾っておけ精神』である。でも仕方ないのだ。

 

インベントリの中に入れてある食べ物は、ユグドラシル世界と同様に、何故か腐らないのだ。菓子類から肉や魚といった生物(なまもの)まで全てだ。どういう原理でそうなってるのかはわからないが、自分にとってはありがたい仕様だ。

無論、インベントリに入れずに放置すると、時間の経過とともに腐る。これはまぁ…当然と言えば当然なのだが。

 

「(そうだ!確か、ユグドラシルのショップで買いまくった、ドラゴン饅頭があったはず!)」

 

目的の物を探し、取り出す。

パッケージに堂々と『ドラゴン饅頭』と描かれた菓子箱。中身は──簡単に言えば、ひよこ饅頭のドラゴン版である。

ユグドラシルでは、単に空腹を満たす為の食料アイテムにすぎない物である。

腹が空かないデュラハンである私には不必要なアイテムだったが、ドラゴンという名前に興味を惹かれ、ギルドメンバーに配るつもりで大量購入したのだ。

 

……結局、ギルドメンバー全員に配る事は叶わなかったが。

 

 

それを食べようと、箱を開けようとした時、メイドが口を開いたので慌てて後ろに隠す。

 

「着きました──」

「あ、はい!」

「──こちらがラナー王女様のお部屋でございます」

 

有無を言わさず部屋の扉をノックするメイドを見ながら、ドラゴン饅頭を食べ損なった事に心の中で舌打ちをする。

 

「し、失礼します…」

 

開かれた扉から部屋に入って最初に飛び込んで来た光景は、中央に置かれたテーブルに座る3人。左にレエブン侯、中央にラナー王女、右にラキュースである。私の座る所には、既に飲み物が入ったティーカップが置かれてある。

王女の後ろには、護衛であるクライムが。ラキュースの背後──部屋の隅に双子忍者の片割れが。レエブン侯の背後の壁にガゼフが。入ってきた扉の脇にメイドが2名。

 

他は、寝具に化粧台、タンスなどの家具が数個置かれてある程度。

王女の部屋ときいて、かなり豪華な部屋を想像していたのだが、白を基調とした割とシンプルな部屋だった事に拍子抜けする。

 

「こちらへ、どうぞお座りになって」

 

ラナー王女に促され、空いていた席に座る。

 

「すまないけど、今からお客様と、大切なお話をするの。あなた達は下がってもらえる?」

 

ラナー王女の指示により、部屋に居たメイド2人が退室する。それを見届けてから、王女が自己紹介を始める。

 

「ようこそシロ様。(わたくし)が、リ・エスティーゼ王国第三王女の『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』ですわ。よろしくね!」

「こ、これはどうも…よろしくお願いします…」

 

割とフレンドリーな王女の接し方に、シロは困惑する。もっと威厳のある喋り方をするものだと想像していたからだ。しかし、目の前にいる王女は、歳相応の純粋な女の子のような笑を浮かべながら話しかけてくる。

 

よくよく考えれば──王女の部屋に案内され、王女と会話するなど、凄い事であり、貴重な経験だ。ゲームの世界の王女ではなく、リアル(現実)な生の王女と会話を始めようと言うのだ。

 

「(やばい……凄い緊張する!)」

 

そもそも、王女との接し方を私は知らない。どうやって場を凌げばよいのか、全然頭に思い浮かばない。

 

「……?──どうかされました?」

「い、いえ!その、王女様との会話に……緊張してしまいまして……」

 

ついそのまま思っていた事を口にしてしまった。

すると、ラキュースがクスリと笑う。

 

「大丈夫よ、()さん。そんなに緊張しなくても」

「そうですわ、楽にしていただいて構いませんわ」

「そ、そうですか…」

 

ラキュースのフォローのおかげで、詰まりそうになっていた息が軽くなり安堵する。

しかし、今何か──違和感というか、とてつもないミスをおかした気がした。そしてそれは、レエブン侯の言葉によって知らされる。

 

「ラ、ラキュース殿…?」

「何かしら、レエブン侯?」

「今、()さんと…おっしゃいましたか?」

 

オドオドした雰囲気で発したレエブン侯の疑問。それを聞いて、自分が()という名前で呼ばれて、すんなりしていた事に気付く。

 

「──あ」

 

ラキュースもようやく気付いたのか、口元に手を当て、"しまった"という顔をしている。

私は思わず、ラキュースを睨みつけ、小声で怒鳴る。

 

「お前!なにサラッとバラしてんだよ!」

「ご、ごご、ごめんなさい!ついうっかり…」

 

手を合わせ、"ごめんなさい"という姿勢で謝ってくるラキュースに、私はため息をつく。

レエブン侯は困惑の表情を浮かべているが、反対にラナー王女はクスクスと笑っている。

この反応から察するに、ラナー王女は私の正体を事前に知っていたのだろう。

 

「ラキュースったら、うっかりさんねw」

「……うー…貴方に言われたくわないわ。ラナーだって、たまにうっかり大切な情報を喋るじゃない?」

「そんな事はないわ。もー!ラキュースったらー!」

 

王女とラキュースが可愛いやり取りをしているが、こっちとしては笑い事ではない。

 

「──おい」

 

今までとは違い、殺気を込めた言い方で2人の会話を無理やり終わらせる。

2人も、こちらの機嫌が悪い事を察したのか、喋るのをやめ、表情を固くし始めた。レエブン侯も不安気な表情で固唾を呑んでいる。

 

「…楽しく会話してるところ悪いが──」

 

背もたれに体を預けるように座りながら、もはや相手の意見や機嫌など意に介さないとばかりの態度で睨む。

 

「──こっちは正体をバラされて不快なんだが?」

 

ガゼフとクライムが、腰の剣に手をかけ始める。いつでも抜剣し、守れるように。

視界の端で、盗賊忍者が立ち上がったのが見えた。彼女も臨戦態勢をとったのだろう。

楽しげだった部屋の雰囲気が一転し、一触即発の場へと切り替わったのが肌で感じとれる。

 

「ラナー王女…それとレエブン侯──」

「な、何でしょう…?」

「………」

 

沈黙を貫く王女と不安気なレエブン侯──その2人の表情を交互に見ながら、ゆっくりと口を開く。

 

「──改めて自己紹介しておきましょう。私の本当の名は勝……『竜の宝』のリーダーのデュラハンです。今は……人間になっていますので、補佐役のシロという事でお願いします。よろしいですか?」

「…ほ、本当に……か、勝殿なのですか……?」

 

ラナー王女の表情に変化はない。むしろ、余裕があるようにすら見える。それとも、この状況を理解できていないからなのだろうか?対して、レエブン侯は普通に驚いて息を呑んでいる。

 

「今は"シロ殿"ですよ、レエブン侯。間違えないで下さい。次、間違えたら──」

 

レエブン侯の顔が青ざめていく。きっと、悪い想像でもしているのだろう。

 

一拍置いて、言いかけたセリフを呑み込む。

争いに来た訳では無いのだ。あくまで話し合いだ。短慮な行動をして、取り返しのつかない事態になっては意味がないのだ。

 

「──いや、失礼。今回は穏便にいきましょう。お互いの為にも、その方がそちらも嬉しいでしょう?」

「……そ、そうですね。そうしましょう!よ、よよ、よろしいですか、皆さん?」

 

レエブン侯が汗を拭いながら、必死に周りの護衛に呼びかける。

こちらに争う意思がない事を理解したガゼフ達が、臨戦態勢を解除する。しかし、警戒はまだしているようで、依然として武器に手をかけている。

 

「(さすがに脅し過ぎたか……何か、場の雰囲気を和ませる方法を考えなくては……)」

 

一触即発の雰囲気を消すため、何か良い手はないかと思案する。

 

──その時だ。私のお腹が再び『…グゥゥ〜~…』と、お腹の音を響かせた。しかも、沈黙の部屋の中でだ。全員に聞こえたのは間違いない。

案の定、皆の張り詰めていた気が少しだけゆるいだ。

 

私は、少しだけ恥ずかしそうにしながら、先程食い損ねたドラゴン饅頭を取り出す。

 

「すまん。実は私、夕飯を食べていなくてな。腹ペコだったんだ。オマケに、ご馳走の前で待たされてイライラしていた。だから少々気がたってた。許して欲しい。」

 

そう言いつつ、ドラゴン饅頭をテーブルの上に置き、蓋を開ける。ついでに、茶菓子用のクッキーが大量に盛られた大皿と、茶菓子用に切り分けられたケーキセットまでインベントリから引っ張り出す。

 

完全に、今からティータイムに入りますという雰囲気にする。

次々に出された品物の数々に、レエブン侯やラキュース、ラナー王女までもが目を丸くしている。

 

私は我慢できず、ドラゴン饅頭を手に取り頬張る。初めて食べたが、やはりユグドラシルの食品は美味い。あまりにも美味しいその味に笑がこぼれる。

 

「…モグモグ…ところで──皆さんも食べます?…モグモグ…」

 

いきなり食事を始めた私に、全員が戸惑いを見せたのは言うまでもなかった。

 

 




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更新不定期ですみません。リアルが忙しくて、平日だと小説書く時間がなかなかとれなくて……(基本、1、2時間ぐらい)

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