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白亜の城を彷彿とさせる荘厳と絢爛さを兼ね備えた世界──ナザリック地下大墳墓の第九階層
その名は『ロイヤルスイート』
見上げるような高い天井にはシャンデリアが一定間隔で吊りさげられている。広い通路の床はナザリックの一般メイド達によって綺麗に磨き上げられており、大理石のように天井からの光を反射して輝いている。
その廊下を急ぎ足で歩く人物がいた。
急いでいるなら走ればいい──誰もがそう思うだろう。しかし、その人物は
ロイヤルスイートの廊下では、常にメイドや他の下僕たちが忙しく掃除や作業を行っている。だが、その人物が近くを通る時は作業をやめ、道をあける。
理由は明白──その人物が至高の御方の1人だからだ。
何人たりとも道を塞ぐ者はいない。その人物の歩みを止められる者はただ一つ。同じ、至高の御方のみである。
そんな人物がわざわざ──ナザリック内で、名称がある場所ならどこでも転移可能な指輪をしているにも関わらず──廊下を移動するのは、単純な理由だ。
美女がみたい──それだけである。
ナザリックで働く一般メイド達は皆美女揃いだ。誰もがその美しい顔で微笑み、奉仕してくれるのだ。その人物にとってはまさに天国である。
そんなメイド達をわざわざ見る為に、その人物──ペロロンチーノは廊下を歩いている。
彼にとって、美女は宝だ。ゆえに優しく、大切にする。
急ぎ足で歩くのも、そんな美女達とぶつかって怪我をさせたくないからだ。
本心では──わざとぶつかって、ちゃっかり美女の体に触れるラッキースケベを狙いたいと思っているが、あまりやり過ぎると
廊下で作業をしているメイド達に労いの言葉を優しくかけながら、ペロロンチーノは目的の場所に到着する。
ノックもせず、急ぎ足の勢いのまま扉を開ける。
「王女様と蒼の薔薇のリーダーを見れると聞いてきたッス!!」
突然、大声で部屋に入って来た
「………どこで聞いてきたんです? ペロロンチーノさん」
「シャルティアの部屋で、シャルティアとクレマンティーヌちゃんと3人でネコちゃんごっこしてたら──」
「──あーわかったわかった」
ぶっきらぼうにペロロンチーノの言葉を遮りながら、ウルベルトはため息をつく。
スレイン法国の情報を聞き出す為に、リュウノによって捕虜にされたクレマンティーヌは、もはや用済みな存在となった。殺すか下僕にするか、はたまた下僕たちの玩具にするか、といった価値しかない。
しかし、リュウノがクレマンティーヌで何か実験したがってる事を思い出したアインズ達は、ひとまず殺さずに幽閉していた。
それを知ったペロロンチーノにより、クレマンティーヌはペロロンチーノの玩具になるという栄誉(笑)を得たのだ。
具体的に言うと、主にエッチな事に利用する、そうペロロンチーノは言っていた。そして今、先程までそれを行っていたのだろう。
「そこにアインズさんが来たのでしょう? そしてこの部屋で、
「当たりッス!」
ペロロンチーノの相変わらずさに、やれやれと呆れ顔をしつつも、ウルベルトは横長のソファの端に寄り、ペロロンチーノを座らせる。
鏡には、王女達と向き合って会談──正確には、ティータイムをしているリュウノの姿が映し出されている。
ウルベルトが鏡で覗いているのは、リュウノからアインズに
「ひゃわぁああぁ!! チョーカワイイじゃないッスか〜♡」
「……うるさいですよ。会話が聞こえなくなるじゃないですか……」
奇声を上げて喜ぶ鳥人間と、それをウザそうにあしらう山羊頭の悪魔が仲良く並んで鏡を見る。
今回、鏡には〈フローティング・アイ〉が使用してある。さらに、室内を覗けるようにした状態の鏡に、ウルベルトが追加魔法を併用させ、鏡に映し出された場所の音声を拾えるようにしてある。これで、鏡の向こう側にいる人間達の会話を盗み聞きできるのだ。
鏡の向こう──会談の場では、リュウノが取り出した食品をラキュースが試食していた。味見をし、その美味しさに舌を打つラキュースの声が鏡から聞こえてくる。
『何コレ美味しい!』
『だろう! ちょー美味いんだよこれが!』
ユグドラシルの食品アイテムであるドラゴン饅頭を頬張りながら、仲良くうっとりしている女性2人。
それを見た王女と貴族の男も、その美味しさが気になったのか、ドラゴン饅頭を手にとり、一口食べて笑をこぼしている。
「ユグドラシルの食品アイテムって意外と美味しいんッスよ〜。これはみんな、虜になっちゃうかもッスね」
「ふむ……そうなのですか? 私も今度、何か食べてみますか…」
ウルベルトが感慨深そうに呟いた言葉、その言葉にペロロンチーノが興味深げに尋ねる。
「そう言えば…ウルベルトさんの好きな物ってなんなんッスか?」
ペロロンチーノの何気ない質問。
しかし、それにピクリと反応を示す者がいた。アルベドとデミウルゴスである。2人は、ウルベルトの好みを聞けるチャンスとばかりに聞き耳を立てている。
「……そうですねぇ…私の好きな物は──」
ウルベルトは自分の好きな食べ物を言おうと口を動かすが、下僕たちが近くにいる事を思いだし、思い止まる。そして──
「──…人間…と言ったら、どうします?」
あえて食べ物ではない、悪魔らしい答えを言ってみた。ここで素直に好みの食べ物を言うのは、悪魔である自分の種族的にらしくないな、という思いに駆られたのだ。
「人間…それは、
「どんな?」
話の流れ的に──好きな食べ物について聞きたがっていたと思われるペロロンチーノ。しかし、ペロロンチーノのこの返しに、ウルベルトは意表を突かれた。
少しくらい引いて、「え…人間を食べるのが好きなんスか!?」と、驚くのを期待していたのだが、意外にもペロロンチーノが冷静だったからだ。
もし期待通りの反応なら「冗談ですよ」と、言うつもりだったのだが、ペロロンチーノに質問を返されたせいで、言い難い流れになってしまった。
「……そ、そうですねぇ…この王女のように…世の中の穢れを知らず、自分が不幸な目に遭うなんて想像もしていない人間が好きですね。こういう真っ白なイメージの女性は、私の手で汚したくなります」
思わずとっさに言った本音混じりの回答。生まれながらの勝ち組に対する、日頃自分が感じている憎悪な感情。
それを聞いたペロロンチーノは、何故か嬉しそうな雰囲気で頷く。
「あーわかるッスわかるッス! そう言った綺麗なお姫様を攫って牢屋に閉じ込めて調教とかするやつは、陵辱系では王道ですもんね!」
本音が混ざっていたとは言え、自分なりに悪魔らしい考えを混ぜて言ったつもりだったのだが、エロゲー脳のペロロンチーノは違う意味で解釈したようだ。
まあ、どっちにしろ似たようなものだ。綺麗な人間が色んな意味で汚されるのだから。
「ちなみにオレは、くっ殺系も好きッスね! このラキュースちゃんとか、正にくっ殺系女子に見えるッス! あー…縛られて涙目なラキュースちゃんに睨まれたいッス。そしてあわよくば……ふへへ…」
何やら良からぬ妄想をするペロロンチーノに対し、ウルベルトはため息を吐きながら鏡に視線を戻す。
リュウノがワインボトルを取り出し、レエブン侯のグラスに中身を注いでいる光景が映っている。
『シロ殿、それは?』
『酒だ。ワインだと思うのだが…味見をした事がなくてな。美味しさは保証できん』
レエブン侯が、注がれた酒を注意深く観察している。おそらく、本当に酒なのかどうか疑っているのだろう。
ワインボトルのラベルの文字を真剣に見つめているが、レエブン侯には読めない文字で書いてある為、より疑いの目が強くなっている。
『一つお尋ねしますが、これはどのようなワインでしょうか?』
『…ブルゴーニュワイン……だったかな? かなり昔に存在した国で作られた品だったと思うぞ』
『昔の……なるほど…』
昔の国が何なのか疑問を抱きつつも、レエブン侯はワインボトルを机の上に置くと、今度はグラスの酒を入念に調べ始める。
注がれた酒の匂いを嗅ぎ、その芳ばしい匂いに酔いしれたのであろう。レエブン侯の口から、酒に対する感嘆の言葉が告げられる。
その言葉に、リュウノは満足気に頷いている。
『私は酒が苦手なんだ。普段から酒を嗜まない私には、きちんとした評価などできない。是非、レエブン侯のような理解ある方の感想を聞きたい』
リュウノのそんな言葉に、グラスを握っているレエブン侯の表情が緊張したものへと変わっていく。
ドラゴンを従えさせている強者から、突然差し出されたワインの味を評価してくれと頼まれたのだ。現実世界で言えば、社長から差し出された品の感想を聞かれるのと同じだ。誰でも緊張するに決まっている。
『で、では、お言葉に甘えて、テイスティングさせていただきます』
おどおどとした雰囲気で、ワインの入ったグラスに口をつけるレエブン侯。だが、その表情がワインを飲んだ瞬間──一瞬で、驚きと感動の表情になる。
『な、なんという素晴らしい味わい……今まで飲んだ、どのワインよりも美味しい味です! これはとても良いワインです!』
『そうか?! なら……他にも幾つか、別のワインもある。後で、会食会場の貴族達にも分けてあげて、飲み比べてみるとよろしいのでは?』
たくさんの種類のワインが入った小綺麗な袋を、リュウノがレエブン侯に差し出す。
『これはこれは! ありがたく、そうさせていただきます!』
レエブン侯が嬉しそうに受け取って、袋のワインを確認している。他のワインがどんな味なのか、気になっているのだろう。
「リュウノさん、割と大胆に行くッスよね。相手は貴族や王族なのに」
「そうですね。もの怖じしない性格なんでしょうかね?」
リュウノの言動に関するペロロンチーノの言葉に、ウルベルトも同意見であった。
この間まで、リュウノは喋れない人生を歩んでいた人物だ。人との会話によるコミュニケーションには慣れていないはずである。ましてや、目上の人物との接待などの経験もほとんどないはずだ。
仮に、本などで知識を得ていたとしても、いきなり実践で上手くやれる人間は少ない。少なくとも、多少の緊張はあるはずだ。
しかし、今のリュウノにはそれがみられない。丁寧な言葉もあまり使わず、対等な存在のように振る舞っている。少し前まで、ガチガチに緊張していたのが嘘のように。
その時、脳内で状況分析をしていたウルベルトの耳に、デミウルゴスとアルベドの声が飛び込んでくる。
「流石はリュウノ様…と、言えましょう。相手側に正体がバレた瞬間、自分こそがこの場の強者である事を人間達にわからせるとは!」
「ええ、ホントね。ドラゴンを従えさせている自分に、人間達が強く出られない事を良く理解なさっていますわ」
「それに、所持している品が人間達の物より上物である事を理解させ、格の違いをさり気なく見せつけている。しかも、その品を惜しみなく分け与え、自分の器の大きさまで理解させる手腕っぷり!」
「私達では到底真似できない……素晴らしい手際だわ」
リュウノの知らないところで、下僕たちがまたもや勝手にリュウノの評価を上げている。
そんな──もはや見慣れたやり取りを聞いていると、部屋の主であるアインズが戻ってくる。
「アインズさん、クレマンティーヌはどうでしたか?」
「あれは駄目ですね。精神が半分壊れてます。私を見るなり、恐怖で怯えてばかりで。スルシャーナ云々どころではありませんよ」
落胆の言葉を発するアインズに、デミウルゴスが申し訳なく謝罪するが、アインズは寛容にそれを許す。
ウルベルト達が座る長椅子に腰掛けると、3人で仲良く鏡を覗く。
「──で、どうです? 何か進展はありましたか?」
「いえ、絶賛ティータイム中ですよ」
「え!? あれから30分くらい経ってますよ。話し合い、まだ始まってないんですか?」
「ええ。まったく」
「えぇ……」
アインズが呆れた表情──もとい、態度を見せた時、鏡の向こうの状況が動きだす。
『──ところで王女様、私を呼んだ理由は何なのでしょうか?』
まるでアインズが来るのを待ってましたと言わんばかりのタイミングで、リュウノが話題を切り替えたのだ。
アインズも、「お! ナイスタイミングです、リュウノさん!」と、喜びを露わにする。
『そうでしたわ! つい、美味しい食べ物に夢中になってしまいましたわ!』
『わ、私も!』
『私もです! 少々お待ちを!』
ワタワタと慌て出す現場。机の上をざっと整理し、書類を幾つか取り出すと、王女達は気を取り直して話だす。
『では改めて…今回お呼びした理由は、
『はい、畏まりました殿下』
レエブン侯が書類を手に取り、語り出す。
『まず、先日エ・ランテルで起きた悪魔事件はご存知ですか?』
『……知っている。リュウノという竜人が連れ去られた件だな』
「わ! いきなりヤバイ話題がきたッスよ!」
「ですね。あの事件はリュウノさんが原因ですから──」
「いや、貴方が原因ですよ! なにさり気なく、リュウノさんのせいにしてるんですか!」
「フフ、冗談ですよ」
『その事件により、エ・ランテルの冒険者組合はかなりの戦力を失いました。それでご相談なのですが──』
『わかった! エ・ランテルの支援に行って欲しいという相談だな?』
『そ、その通りです!』
『それなら、私達の噂がある程度エ・ランテルに広まった頃合いを見て行くつもりでいるが?』
『それは本当ですか!?』
『ああ。私達が王都に現れた時は、王都がパニック状態になったからな。王都の二の舞いを避ける為にも、1週間か2週間くらい経って、私達の存在が知れ渡ってから赴くつもりだ』
『な、なるほど。確かに、その方が良いかもしれませんね』
竜の宝がエ・ランテルに来る。或いは、来る予定でいる──という情報は初耳である。
しかし、エ・ランテルの状況を考えるなら、ありえない話ではない。
確かに、エ・ランテルの冒険者組合は人手不足である。特に、高ランクの冒険者チームが一気に減った為、現在1番ランクの高いモモンのチームに依頼が殺到している。
仕事が多い事は喜ばしい事であるし、達成できない仕事でもないので、やりがいはある。だが、いかんせん5人のメンバーで依頼をこなすには限度がある。
自分達のチームは、あくまで人間という設定で冒険者をやっている。となれば、人間に可能な範囲内で依頼をこなさなくてはならないのだ。
本気を出せば30分もかからず終わる依頼でも、わざわざ1、2時間かけたり、1日から数日かけて、人間らしい速度で依頼の達成報告を行うなど、かなり気をつけている。
「リュウノさんのチームがエ・ランテルに来てくれたら、冒険者組合が明るくなる気がするッスよ!」
「私も、リュウノさんと一緒に冒険とかやりたいですねぇ」
ペロロンチーノとアインズは、リュウノ達がエ・ランテルに来る事を望んでいるようだ。
かくいう自分も、彼女のチームがエ・ランテルに来てくれればと思っている1人ではあるが。
『だが、エ・ランテルに活動場所を移すと、私達の噂を聞きつけた…他国からの使者などが会いに来やすくなってしまうぞ。バハルス帝国の使者とかが来て、"我が国に来て冒険者活動をして下さい"とか言って来たらどうするのだ?』
『その時は、我々に報告していただけますか? 王国内の各冒険者組合と相談し、竜の宝が抜けても大丈夫なのかどうかの確認を取らなければいけませんので……』
『報告ねぇ…ふむ…』
リュウノが手を顎に当て、考えこんでいる。
リュウノが悩むのも無理はない。アインズ達ですら、その手の話題は後回しにしている段階なのだ。
もちろん、自分達のチームが有名になった場合、同じ境遇に立たされるとは理解している。
しかし、やる事が多すぎて、そんなまだ──アダマンタイト級の冒険者にすらなっていない段階で──先の事を考える余裕がないのだ。
この異世界の一般常識の調査、
強力な力を持つ存在の調査、
王国を含む他の国々の調査、
などなど、他にもたくさんある。
そういった、諸々の情報収集をある程度おこない、こちらが有利なるような有益な情報を手に入れると同時に、こちらが不利にならないように対策を考えておかないといけないのだ。
「アインズさん、こういった王国以外の国からのアプローチ対策はどう考えています?」
「そうですねぇ…私達にとって、有益な取り引きや交渉であるなら、他国にも手を伸ばすつもりですが……この感じは、王国側が何らかの妨害工作を企むでしょうね…」
「やはりですか。…デミウルゴス」
「はっ!」
「貴方から見た、王国側のこの行動──どう予測します?」
「……王国側は、リュウノ様の冒険者チームを他国に行かせたくない様に感じられます。特に、バハルス帝国は魔法に力を注いでいる国です。リュウノ様達が持つ強大な魔法技術を、帝国が無視するはずがありません。リュウノ様の冒険者チームが帝国に行く事で、帝国の魔法技術が向上する可能性がある場合、その危険性を少しでも回避させようと、裏工作をする時間が欲しいのだと思います」
「──なるほど。時間稼ぎが目的ですか」
冒険者は、国の政治や戦争には加担しない規約があり、それを守ることで国家を超えて活動が可能になっている。チームの評判が広まれば、王国以外の──他国からの依頼や協力要請が来る可能性も高くなるのだ。
他国との関わりはかなり重要だ。冒険者としての活動が貢献すれば、その国から"定住してくれ"と、お願いされる場合もある。モンスターの襲撃などが定期的にくる国なら尚更だ。
そういった国は、モンスターの襲撃から国を守ってくれる冒険者を、ある程度優遇する措置などを行ない、より定住してもらえるような政策をしてくれるかもしれない。
では、そういう国に活動場所を移住すれば良いかと言われれば、そう簡単に割り切れるものではない。
他国からの依頼や協力要請に応じる行為は、チームの評判を高めると同時に他国を助ける行為となる。
仮に例えるなら──王国にとっては、戦争相手であるバハルス帝国の領地が冒険者の活動によって安寧になるのは好ましくない。むしろ、乱れたまま、荒れたままでいてほしいと考えるだろう。
となれば、自国の冒険者チームを他国に行かせないよう、様々な手段を用いて阻止しようとするだろう。或いは、自国の領地の安寧を優先するよう頼みこむかだ。
『…すまないが、それは約束できない。もし他国から、何らかの取り引きや相談を持ちかけられた場合、その内容を私達が真っ先に報告する相手はアインズ様だ。アインズ様に報告した上で、あなた方にも報告するべきかどうかの判断をアインズ様に決めてもらう』
『つまり…場合によっては、
『そう言う事だ、王女様。アインズ様の決定は絶対だからな。私の意思では変えられない。無論、エ・ランテルに活動場所を移す件も、アインズ様が駄目だと言えば無意味になる』
『そうですか…。では、
王女が、両隣りに居るラキュースとレエブン侯に視線を送り、小さく頷き合う。
おそらく、次が本命なのだろう。
『シロ様が属していらっしゃる組織──アインズ・ウール・ゴウンの場所を教えて下さいます?』
『──っ!』
リュウノの表情が硬くなる。
恐れていた──或いは、いつか来るであろうと分かってはいた質問だ。何らかの組織に属した者が有名になれば、必ずこういった出来事が起こりうる。
「どうするんッスか!? これ、ナザリックの場所を教えてくれって意味ッスよね?」
「アインズさん、何か対策は? リュウノさんとは打ち合わせ済みなのでしょう?」
「それが……まだなんです…」
「えっ!? どうしてです?」
「実は、トブの大森林の中に偽のナザリックを建設中なんです。ですが、まだ未完成なので、建設が終了するまでは場所を公開できないんですよ」
「なるほど…完成する前に場所を特定されて人間達に来られるのは不味いという訳ですか…」
「何故、未完成のナザリックを見られるのが不味いんッスか?」
理解できていないペロロンチーノに、ウルベルトがデミウルゴスに説明させるように促す。
「未完成のナザリックを人間達が発見した場合、二つの展開が予想されます。1つは、本物のナザリックが何処かに存在すると考え、探索範囲を広げる可能性です。もう1つは、リュウノ様が"嘘をついていた"と疑われる可能性ですね。アインズ・ウール・ゴウンという組織は存在しない──そう思われてしまうと、人間達が強気になり、リュウノ様を軽く見るようになる危険性があるのです」
「──っ! じゃあ、言っても言わなくても不味い状況ってことッスか!?」
「そうなります…」
アインズ達は、リュウノがこの状況をなんとか打破してくれる事を祈るしかない。
しかし、鏡の向こうに居るリュウノの立場は悪くなる一方である。
『──くっ……!』
『何故教えていただけないのです? 組織に属している事を堂々と公開なさっていたという事は、悪い組織ではないのでしょう?』
『それは…そうなのだが…』
『なら、場所も教えて下さっても良いはずでは? それとも、そんな組織は、実は存在しないのでしょうか? シロ様とアインズという人物、お二人によるでっちあげの嘘だったのでしょうか?』
ぐいぐいと攻めてくる王女の詰問。見ているアインズ達ですら、冷や汗が湧き出てくる感覚に襲われてくる。
だが、黙り込むリュウノに、王女が更に攻め込む。
『そこまで黙秘なさるのなら仕方ありません。実は、あなた様の組織の位置はだいたい把握済みなのです』
『なに!? どうやって……』
『少し考えれば誰でもわかりますわ』
『そんな馬鹿な事が──!』
『何故なら、あなた様のお仲間であるアインズ様が、組織の場所を教えてくださいましたから』
『──はぁ!?』
「はぁ!?」
リュウノと同じタイミングで同じセリフを叫ぶアインズ。
鏡を見ていた者達が驚愕する中、王女の言葉が続く。
『アインズ様はカルネ村を助けに来たそうですね。しかし、スレイン法国が焼き払った村落は一つや二つではありません。スレイン法国は、エ・ランテル周辺の村々を襲撃する作戦を行ない、王国戦士長を誘い出して殺すつもりだったのでしょう。しかし、それはあなた様とアインズ様によって阻止された。ですが、ここである疑問が出ます。何故、アインズ様はカルネ村にだけ現れたのか、という疑問です』
『それは──私が偶然、騎士達に襲われていた村を発見したからであって──』
『それでも不自然です。王国戦士長の報告では、アインズ様は山奥に住んでいらっしゃるという話でした。山奥に住んでいらっしゃる魔術師が、何故わざわざ村までやって来たのでしょうか?』
『私達だけでは村人が怖がると思って──』
『アインズ様の住居が近くにあったからでは?』
『───っ!』
リュウノの焦りっぷりが答えを丸出しにする。
王女の顔が余裕に満ちる。このまま話し合いを続ける事で、リュウノから情報を聞き出すのが容易いとわかっているのだろう。
「まずいですねぇ……。アインズさんの行動が裏目に出てしまい、ナザリックの位置が特定され始めています!」
「なんという事だ…! たったあれだけの事で、こちらの位置を把握されるなんて思いもしなかった!」
「アインズ様、ウルベルト様! もしやこの王女……見た目以上に頭のキレる人間なのかも知れません! このままではナザリックの位置が特定されます。今の内に始末するべきです!」
「待ちたまえアルベド! 今殺すと、リュウノ様が殺したように思われてしまう! それはあまりにも愚策です!」
「じゃあ、このままナザリックの位置を人間に教えろと言うの!?」
ナザリックでも1位2位を争う知恵者の2人ですら、今の状況に手が打てない。アインズ達も、もはや見守る事しかできない状況だった。
『スレイン法国の部隊が村を襲った後、今度は自分の住居にもやってくるのではと考えたアインズ様は、スレイン法国の部隊を追い返そうとあなた方を派遣した。その後、やって来た王国戦士長の部隊が、スレイン法国の残党が居ないか捜索するのを防ぐ為に、あなた方を同行させ、王都に帰るのを急がせた。違いますか?』
『───っ』
『……黙秘なさるのですね。私達は、あなた方が他国に引き込まれるのを避けたいだけなのです。その為に、アインズ様とどうしても交渉したいのです。場所を教えて下さらないのなら、冒険者や
『やめろっ!』
リュウノが拳銃を構えながら席を立つ。
その瞬間──王国戦士長が剣を抜き、リュウノの首元に剣を向ける。ラキュースも立ち上がり抜刀の構え、盗賊忍者がリュウノの背後に回る。
クライムが王女を引き寄せ、庇うように前に立つ。
現場の一触即発な雰囲気に、アインズ達が息を呑む。
ガゼフ達の完全な臨戦態勢。リュウノが少しでも暴力行為に出るなら、切り殺すつもりでいるのだろう。
『動かないで、
『頼む
ラキュースとガゼフが必死にリュウノを説得しようと試みている。2人はリュウノの実力を知っている。リュウノが暴れれば、自分達では止められない事も理解しているはずだ。
『……私に武器を向けるな。特に後ろの奴、近付いたら殺すぞ…!』
リュウノの体から怒りのオーラが噴き始める。その凄まじい殺気は、見えない壁を生み出し、ガゼフ達の動きを止め、戦慄させる。背後に回った盗賊忍者は、顔こそ睨んでいるが恐怖で足が震え、動けなくなっている。
『──ひぃぃ!』
『──っ!』
レエブン侯は完全に怯えてしまい、壁の方へと逃げ、丸くなる。流石の王女も不安気な表情をしながら、クライムの後ろに隠れている。
「おやおやおや! 面白い展開になってきましたねぇ!」
「何言ってるんッスか、ウルベルトさん! 大変な状況ッスよ!?」
「そうですよ! 笑ってる場合ですか!」
状況は最悪──リュウノが矛を収めても、死人が出ないだけ。リュウノが抱える問題は解決しない。まさに八方塞がりな状況である。
せめて最悪な展開だけは防ごうと、アインズ達はリュウノに〈
「リュウノさん! 聞こえますか? それだけは絶対やってはダメです! 冷静になって下さい!」
「そうッス! 王女様を撃つのはダメッス!」
「ほら、ペロロンチーノさんも同じ事を──」
「せめて隣の貴族の男を撃つッス!」
「──えっ!? いや、駄目に決まってるでしょ!」
「リュウノさん! 撃つなら王女の顔を! 原形が無くなるくらいハデに!」
「ウルベルトさんも、おかしな事を言わないで! とにかくダメですからね、リュウノさん!」
アインズが必死に説得を試みる。
しかし、リュウノは相変わらず、王女を睨みながら銃を向けている。
『……お願いよ、勝さん。ラナーは私の大切な友人なの。殺さないで…』
『……勝殿、私からもお願いする! こちらに非があったのなら私が謝る! だから…武器を下ろしてくれ…』
ラキュース達の額から汗が滲み出る。
下手をすれば自分が死ぬかもしれないという極限状態。
自分達を押しつぶさんとする程の殺気。
それらが自分達の全身に叩きつけられて来る。そんな中、勝てるはずのない相手に武器を向ける。それがどれだけ勇気がいる行ないかは言うまでもない。
しばらく、沈黙の睨み合いが続く。
しかし、この後のリュウノの行動で、事態は誰も予想できなかった意外な結末をむかえた。
長く続いた緊迫した睨み合いは、リュウノが怒りのオーラを消した事で終わりを迎える。
『……王女様、アンタが余計な探りを入れたせいで、私の計画が台無しだ』
『…計画?』
『エ・ランテルで連れ去られたリュウノ…彼女を助け出すチャンスを逃した。上手くいけば…悪魔達の居場所を突き止める事ができたのに、アンタがアインズ様の居場所を喋ったせいでできなくなった』
『それはどういう……?』
場が困惑する。誰もリュウノの言葉の意味を理解できないでいる。鏡で覗くアインズ達も同様だった。
「何をするつもりなのだ、リュウノさんは?」
「……デミウルゴス、貴方はわかりますか?」
「……これは……いや、まさか……?」
創造主であるウルベルトの期待に応えようと、デミウルゴスの頭脳がリュウノの謎の行動の真意を掴もうと思考する。が、はっきりとした確証が得られず答えが出せないでいる。
リュウノの謎の行動は更に続く。
『クライム君』
『……な、何でしょうか、勝様?』
『王女と一緒に、レエブン侯から離れるんだ』
『な、何故です?』
『王女の安全の為だ』
クライムと呼ばれた青年は、リュウノとレエブン侯を交互に見つめ、迷っている。
リュウノの言葉を信じてよいのか、無視するべきか、判断がつかないでいるのだろう。
『いいから早く離れろ! ラキュース、王女を護れ! 他は武器を構えたままでいい』
わけがわからないまま、クライムが王女と共にラキュースの傍に移動する。それを確認したリュウノが、拳銃をレエブン侯に向ける。
『なっ!? 何故、私に武器を向けるのです、勝殿!?』
『殺す為だ』
『何故です! 何故私だけ!?』
『動くな。狙いがそれる』
『や、やめて下さい!』
両手を小さく上げながら壁際で丸くなっているレエブン侯は、怒りのオーラを発して武器を向けてくるリュウノに完全に怯えてしまっている。
『わ、私には子供が……か、家族がいます! どうか…』
涙目で必死に、しぼりだすような声で命乞いをするレエブン侯。しかし、リュウノはレエブン侯に銃口を向けたまま、静かに引き金に指をかける。
その時──デミウルゴスが叫んだ。
「その手がありましたか!」
デミウルゴスの声に、鏡を見ていた者達の視線がデミウルゴスに動く。
アインズが、デミウルゴスの理解した事を聞こうと、名前を呼びかけた瞬間──
──リュウノが容赦なく引き金を引いた。
けたたましい銃声が王城内に鳴り響く。
それに続くかのように、悲鳴が上がる。
アインズ達は、すぐさま視線を鏡に戻す。
あってはならない出来事──王女の部屋での武器の使用。それがついに起きてしまった。
だが、悲鳴を上げたのはレエブン侯ではなかった。
『グギャァァァァアアアァァ!!』
リュウノが放った銃弾は、レエブン侯の影に命中した。その途端、レエブン侯の影がのたうちまわりながら悲鳴を上げたのだ。
『なっ!?』
『なに、あれ!?』
ガゼフとラキュースが驚愕の表情を浮かべ、目の前の状況にクライム達も驚いて眼を見開いている。
『ひぃぃい!?』
レエブン侯は、のたうち回る自分の影に驚き、慌てて影から逃げ始める。
リュウノに撃たれた影は、悲鳴を上げながら隣にある侍女室へと続く扉を壊し、部屋へと逃げ込んでいく。
突然現れた、影のような何かに驚いたメイド達の悲鳴が響く。
『逃がすか! 退け、邪魔だ!』
ガゼフの剣を押しのけながら、リュウノが隣の侍女室に駆け込んでいく。そして再び銃声が鳴り響く。
数回の銃声の後、何かが家具を壊しながら倒れる荒々しい音が鳴る。
ガゼフ達が慌てて侍女室に移動し、そこで見た光景は──部屋の中央にあった、小さな丸いテーブルを押し倒して死んでいる影だった。
リュウノが影に近づき、足で死体を転がす。
『……死んでいる。もう安心だぞ』
部屋の隅で怯えていたメイド達に、優しく語りかけながら、リュウノはガゼフ達を呼ぶ。
剣を構えたまま、ガゼフ達が死体を確認しに集まってくる。
『勝殿、これはなんだ…?』
『……痩せこけた人型、背中には蝙蝠のような羽、途中から鋭利な爪と化している指……たぶんだが──影の悪魔、シャドウ・デーモンだと思う。隠密に特化した悪魔だ』
『悪魔ですって!? そんなのが何故レエブン侯の影に?』
『レエブン侯は王派閥と貴族派閥の両方と関係がある人物だからな。両派閥の情報を手に入れるのに1番適している。悪魔達は王城内部の情報が欲しかったんだろうな』
『それでレエブン侯の影に悪魔が潜んでいたのね…』
リュウノの説明に誰もが納得した時、廊下から慌ただしく走る音が聞こえ、王族や貴族、兵士達がやってくる。
『何事かね!?』
『ご無事ですか!? 何やら、大きな音がしたが…?』
『ラナー、無事か!?』
心配そうに駆けつけた人達に、リュウノが簡潔に状況を説明する。
悪魔がレエブン侯の影に潜んでいたのを自分が気づいて処理した、と言った具合に。
『なんと! その様な事が!?』
『おそらく、エ・ランテルに現れた悪魔達が、次は王都をターゲットにするつもりでいたのだと思います』
『悪魔達が王都を…!? なんという事だ…』
倒れている悪魔の死体を眺めながら悲観している国王と貴族達。
しかし、そんな彼らをよそに、リュウノが王女に詰め寄る。
『王女、貴方が余計な事を言わなければ、この悪魔を餌に、魔王の根城を突き止める事ができたのです! そうすれば、連れ去られた私の娘、リュウノの救出と王都襲撃を防げたかも知れません。ですが、貴方がアインズ様の居場所のヒントを言ったせいで、この悪魔を殺さなくてはいけなくなった! 全てが台無しです!』
王様が目の前に居るにも関わらず、ラナーに罵声を浴びせるリュウノ。
誰もが畏れ多いと感じるであろう行為に、周りの人間達が驚愕した目でリュウノを見ている。
一方、ラナー王女は涙を流しながらクライムに抱き着く。
『私はただ、あなた様を他国に取られたくなかっただけで……』
一見すると、リュウノにキツい事を言われて泣いたように見える。しかし、先程までの態度を考えると、演技だろう。
ドラゴンの母親兼デュラハンだと知っていながらリュウノにあそこまで質問攻めを繰り出した王女がこれぐらいで泣く訳がないのだ。
そして、王女が演技上手というのは、リュウノも理解できたようだ。
『……はぁ…ひとまず、今回の話し合いの内容はアインズ様に報告します』
ため息をつきつつも、優しい口調に切り替えて話す。
『エ・ランテルの件、他国との関わりの件、アインズ様との交渉の件……以上でよろしいですね、レエブン侯?』
『……え? …あ、はい、よろしくお願いします…』
悪魔の死体に夢中だったレエブン侯が慌てて返事を返す。元気が無いのは、先程までの状態を考えれば仕方のない事ではあるが。
『国王陛下。今日は大変、失礼な事ばかりして申し訳ございませんでした…』
国王に向かってお辞儀をするリュウノ。
王女に対する謝罪も含んでいるのだろう。
『何を言うシロ殿。そなたは王城に潜伏していた悪魔を退治してくれたのだ。感謝を言うべきなのは私の方──』
そうやって、何度か国王や貴族達と会話したリュウノは拠点へと帰宅した。
それを見届けたアインズは、部屋に居る者達に向かって相談を始める。
「今回のリュウノさんの行動で、王国側の動向が知れた。至急、対策を考えねばな…」
ようやく更新できました。
今は、
本当に申し訳ございません。