首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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第12話 王都─その9

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 ──翌日──

 

 昨日の深夜から、激しい豪雨が王都を襲っていた。

 

 王都リ・エスティーゼは首都であるにもかかわらず、本通り以外はろくに舗装もされていない。

 舗装されていない道は雨風にさらさたせいで酷く荒れ、水溜まりが当たり前のようにできてしまっている。

 

 そんな──ただでさえ出歩きたくない天気の日であるにもかかわらず、冒険者組合には多くの冒険者達が集められていた。

 

 召集された理由は、昨晩──王城に現れた悪魔の件についての会議を行う為。

 

 冒険者組合長を筆頭に、魔術師組合本部の関係者、軍部の関係者などの、多くの重鎮が集まっており、その中にはレエブン侯とガゼフの姿もあった。

 集まった冒険者達の中には、当然のように蒼の薔薇のメンバーの姿もあり、そして──

 

「皆さん、初めまして。此度、竜の宝の補佐役を承ったシロと言います。今回は、竜の宝のリーダーである勝様の代理で参加させていただきます。どうぞよろしくお願いします」

 

 という自己紹介をして、ブラックと並んで椅子に座ったシロの姿もあった。自己紹介の後──『あ、言い忘れてましたが、私はブラック達の母です』という補足を入れ、会議に参加していた人々を驚かせた。

 

 

 会議では、どのようにして王都を悪魔達から守るか、という議題で話が進められた。

 しかし、対悪魔に関する有効的な防衛方法などはほとんど無いに等しかった。相手をする悪魔が弱ければ、まだ幾つかの対抗策を思いつけただろう。だが、イビルアイが戦った悪魔の強さが、アダマンタイト級冒険者でも歯が立たない強さとなれば、具体的な対抗案を言える者は少なかった。

 

「そんなに強い悪魔だったのか、イビルアイ殿?」

 

 ガガーランと肩を並べる、

 戦士として最高峰の男──ガゼフ・ストロノーフですら、イビルアイからの情報を聞き、手も足も出せず敗北したという言葉に驚いていた。

 

「ああ。……あれは……人の領域を超えた人外、バケモノの中のバケモノだった……。あれはこの世に居てはいけない存在だ……」

 

 イビルアイは静かに語る。その悪魔の脅威を。自分が味わった戦慄を。

 イビルアイが、悪魔の恐ろしさを一つ一つ告げるごとに、周囲に居る人間達の絶望が色濃くなっていく。

 

 そんな中、違う表情を浮かべる人物が二人。

 1人はシロ。遭遇した悪魔について語るイビルアイから目を逸らし、気まずそうにしている。

 何故ならイビルアイを襲った張本人だからだ。多少の後ろめたさは感じてはいる。

 しかし、自分が恐ろしい存在としてバケモノだの人外だのとボロクソに言われ、『(そこまで言うか!? そんなに酷い事してないだろ!)』と、怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えている。

 

 もう1人はブラック。遭遇した悪魔について語るイビルアイを睨みつけている。が、周りからはイビルアイの話を真剣な表情をして聞いていると思われている。

 ブラックからしてみれば、主人の悪口を言われているのと同じである。主人の悪口を言いまくるイビルアイに怒りが積もるが、自分の主人が我慢している状況なので、その怒りをぐっと抑えている。

 

「よもや、そこまで強い悪魔とは……」

「信じたくねぇが、イビルアイがそう言うのならそうなんだろうなぁ……」

「ええ、頭が痛くなってくるわね……」

 

 イビルアイが語り終え、悪魔の恐ろしさを改めて聞いたガゼフ達が感想をこぼす。

 王国の実力者達ですら頭を悩ませる問題。普通の冒険者達にはどうする事もできない。しかし──

 

「ご安心を! 我々『竜の宝』のリーダーである勝様なら、その程度の悪魔なんぞ、ちょちょいのちょいです! ですよね、ブラック?」

「はい! ご主人様であれば、()()()()()()()()()()()()()()悪魔でも、あっさり倒してしまう事でしょう!」

 

 と、これっぽっちも負ける気がしないという雰囲気で言い張るシロとブラック。そんな二人の言葉に僅かながら勇気づけられ、明るい表情に戻る冒険者達。

 ガゼフや『蒼の薔薇』のメンバー達も、『竜の宝』の実力と凄さを知っている分、シロ達の自信気な態度に頼もしさを感じていた。

 

「では──悪魔の話はそれぐらいにして、次に移りませんか?」

 

 これ以上、酷い事を言われるのを避けたかったシロは、区切りの良いタイミングで話を切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

 防衛に関する案で、最終的に──

 

「冒険者や兵士の皆さんで、定期的な街道警備や巡回などをするしかないかと具申します。王都上空は、我々『竜の宝』が定期的にドラゴンを見張りに立たせようかと思っていますが……どうでしょうか?」

 

 というシロの提案が採用された。

 

 議題の解決案が出た事で会議は終了──となる予定だったが、シロのとある質問が冒険者達を悩ませた。

 

「王都の防衛案はでましたが、エ・ランテルはどうするのです? あちらも悪魔達に再び狙われる可能性はありますが? 無論、他の都市が狙われる可能性も無いとは言えませんが……」

 

 王都だけを守るという行為は、他都市を見捨てると宣言しているようなもの。下手をすれば、"国王が民より自分の身の安全を優先した"と思われ、民達からの信用を失う結果に繋がるのだ。

 しかし、現状他の都市が狙われるかどうかもわかっていない状況で戦力を分散させるのは危険な行為でもあるのだ。

 

「それに……我々『竜の宝』は昨日──レエブン侯から、エ・ランテルに加勢に行って欲しいという相談を受けている身です。王都が悪魔に狙われているかもしれない状況で、我々がエ・ランテルに移動しても良いのか? ……という事も気になっているのですが……いかがいたしましょうかレエブン侯?」

 

 尋ねられたレエブン侯は堅い表情を浮かべる。

 

 レエブン侯にとっての難問であり、自分がまいた最大のミス。

 ──竜の宝をエ・ランテルに派遣する──

 貴族達が大いに賛成した解決案が、まさかの裏目にでる結果になってしまったのだ。

 

 

 悪魔の襲撃に怯える王都の民達からしてみれば、『竜の宝』の存在はとても重要だ。味方として考えるなら、これほど頼もしい存在はいない。

 勿論、ドラゴンという存在は恐ろしい。しかし、人間に対して害をなさないドラゴンと人間に害をなす悪魔、この両者を天秤にかけるなら間違いなく悪魔の方が恐ろしい。

 故に、王都の民達にとって『竜の宝』は頼もしい存在としてなりつつある。

 

 

 だが、王都にはアダマンタイト級冒険者チームが3つ存在する。対して、エ・ランテルや他の都市には存在しない。

 自分達の住む都市に悪魔が襲ってくるかもしれないと知った民達はどう思うだろうか? 無論、強力な冒険者チームに来てもらい、自分達の住む都市を悪魔達から守って欲しいと思うだろう。

 

 しかし、それは王都も同じ。王国の心臓とも言える王都の守備戦力を下げるような事は避けたいのが本音だ。強力な戦力は近くに置いておきたい、誰もがそう思うだろう。かく言う自分もそうだ。

 だが、王都にアダマンタイト級冒険者を集中させるのは、先程と同じく国王を優先し、民をないがしろにする行為と同義である。

 

 なら、アダマンタイト級冒険者チームの一つを他所にやればいいのだが──『朱の雫』『蒼の薔薇』は、民や貴族勢力からも信頼されており、実績も評判も良い。この2チームが王都にいるだけで、民達には安心感が湧くのだ。

 

 では、『竜の宝』はというと──実力は規格外なのだが、メンバーが人間ではない事が問題である。また、活躍し始めたばかりなので民達からの認知も多くなく、実績も少ないので信用や信頼もまだまだ得られておらず、王都とエ・ランテル以外では不安があるのだ。

 

 

 昨日の宮廷会議にて、『竜の宝』をエ・ランテルに派遣するという案を出し、貴族達の多くが賛成した。それゆえ、『竜の宝』をエ・ランテルに送る為の裏工作を密かに実施する段取りを行う予定だった。

 

 だが、そんな時に王都に悪魔が出没した。しかも王城にだ。

 自分達の身が危ないと知った一部の貴族連中は、『竜の宝』をどうするか考えを改め始めているだろう。

 

『竜の宝』を王都に残すか、エ・ランテルに派遣するか。

 

 レエブン侯にとって、この問題は派閥同士で再び争いが始まるきっかけになる事が予想できている。

 

 まず貴族派閥の貴族勢力は、『竜の宝』を王都に残そうと考えるだろう。

 表向きは王国の心臓たる王都を守るべきだと、もっともらしい主張を言い張り、『竜の宝』に王都を守らせる。その裏で、他国の冒険者組合に協力を要請し、エ・ランテルを守護してもらうように頼むのだ。他国の冒険者チームがエ・ランテルを守護してくれているなら、わざわざ『竜の宝』をエ・ランテルに派遣する必要はなくなる。

 そうすれば、王都を守りつつ、国王の評判を落とす事が可能になる。

 それに王都は、貴族派閥が王権を握った際に支配する重要都市だ。悪魔達に王都を奪われる訳にも、破壊される訳にもいかない。故に、貴族派閥の連中は王都を守る為に必死になるだろう。

 

 

 王派閥の貴族勢力は、ランポッサ国王の評価を高める為に『竜の宝』をエ・ランテルに行かせようとするだろう。なら、『朱の雫』『蒼の薔薇』を他所に行かせないようにする裏工作が始まるだろう。

 例えば、貴族達が口裏合わせをひっそりと行い、[エ・ランテルに派遣する冒険者チームは『竜の宝』が1番だ!]と推薦、強引に太鼓判を押させる状況をつくる、といった具合に。

 

 どちらにせよ、王国では前代未聞の悪魔の襲撃──王族や貴族達がどのような対処に移るのか、調査する必要がある。

 

 

「私も、そこを気にしておりました。今回の悪魔の件で、あなた方『竜の宝』のエ・ランテルに派遣する話をどうするか……改めて、国王陛下や貴族の皆さんと合議したいと思っております」

「……そうですか。私も……まだアインズ様に、昨日の件をご報告していないので、我々『竜の宝』の行動方針は決まっておりません。今日の昼……アインズ様にご報告する為に、王都を出立するつもりでいます。返事は明日以降になるでしょう」

「……左様ですか。かしこまりました」

「……ただ──」

「──ただ?」

「──ただ、アインズ様が我々をエ・ランテルに行かせる可能性の方が高い……とだけ言っておきましょうか」

「──ッ! そ、それは何故ですか?」

「エ・ランテルは、私の娘『リュウノ』の件以外にも、カルネ村やアインズ様など……様々な接点がありますので……」

「な、なるほど……」

 

 言われてみれば──昨日のラナー王女の話が本当なら、アインズ・ウール・ゴウンの住居はエ・ランテルの近郊にある事になる。なら、『竜の宝』をエ・ランテルに行かせるのは、自分の住居を守らせる結果にも繋がる。アインズ・ウール・ゴウンが『竜の宝』をエ・ランテルに移動させる可能性は充分ありえる。

 そこに、王派閥の裏工作が加われば──もしくは国王陛下が直々に『竜の宝』にエ・ランテルに行くようお願いしたら──『竜の宝』がエ・ランテルへの移動を断る理由がなくなってしまう。

 

「あとは悪魔の襲撃場所ですが……我々『竜の宝』の動きに合わせて襲撃場所を変えてくる……なんて事がなければいいですね。我々がエ・ランテルに移動した途端、王都を襲撃するつもりでいるとかだったら最悪ですが……」

 

 シロの発した悪い予想──それが、集まっていた人間達の不安を煽る。

『竜の宝』の行動が悪魔達の動きに影響を与え襲撃場所が変わるとなると、悪魔が襲撃してきた際『竜の宝』に頼る事ができない。

 

「まさか……悪魔達が、お前達『竜の宝』を警戒して、王都から出るのを待っている……そう言いたいのか?」

「その通りですよ、イビルアイさん。悪魔達はレエブン侯の影に斥候を潜ませていました。最も情報が飛び交うレエブン侯なら、我々『竜の宝』の情報も入手しやすいと踏んでいたのでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな感じがするのです。イビルアイさんが戦った悪魔もブラックの接近を感じて逃げたようですし、さすがの悪魔達もドラゴンとの戦闘は嫌なのでしょう」

 

 悪魔達が『竜の宝』を避けている──そう言いきるシロの考えに、レエブン侯やイビルアイ達は少しだけ疑問を感じた。

 しかし、強力な相手との接触を避けるという行動は、理屈で言えば間違っていない行動だ。臆病にも見える考え方だが、勝てない相手との戦闘を避けるのも、生き延びる為の立派な戦術だ。

 

「となると、『竜の宝』がエ・ランテルに移動した後、悪魔達が王都に襲撃をしかけて来た場合──」

「──王都に残る私達で……どうにかするしかない、って事ね……」

 

 冒険者達の不安がさらに高まっていく。

 王城に現れた悪魔は、王国が誇るアダマンタイト級冒険者チームの1人──イビルアイが全く歯が立たない相手だったという。

 だとしたら、そんな恐ろしい悪魔に対抗できる存在は『竜の宝』ぐらいである。

 

「一応、レッドが高位の転移魔法を扱えますので、王都で異常が起きても即座に駆けつける事はできます」

「本当か!?」

 

 冒険者達の暗い雰囲気を察したシロが、気休め程度の情報を伝える。

 やや興奮気味な反応を示したイビルアイの言葉と共に、冒険者達の暗い雰囲気が僅かに薄れた。

 

「はい。ただ……我々がエ・ランテルに移動する事なった場合は、現在の我々の拠点も撤去し、完全にエ・ランテルに移住する考えでいます。なので王都に悪魔が現れた際に、その事をエ・ランテルに住む我々に報せる為の連絡手段を考えなければいけません。レエブン侯──すみませんが、この後お時間を頂いても?」

「ええ! 構いませんとも。伝える情報は、なるべく早いに限りますからねぇ」

 

 このままいけば、『竜の宝』がエ・ランテルに派遣されるのは時間の問題だ。それまでに、できる限りの手を打っておこう。

 そう心に決めたレエブン侯は、『蒼の薔薇』とガゼフに一緒に残るように薦め、より綿密な話し合いを行うのだった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

 ──冒険者組合・入口──

 

「という訳で、お前と一緒にエ・ランテルに行く。よろしくな」

 

 話し合いの結果──王都の冒険者で唯一、転移の魔法が使えるイビルアイが連絡要員として選ばれる事になった。

 

「別に構わんさ。転移魔法の転移先を記憶するだけなんだろ?」

「そうだ」

 

 転移魔法──〈転移/テレポーテーション〉は、ゲーム時代では転移先に転移する方法はマーカーや目印を使う方式だった。しかし、転移した世界では転移先を記憶することで可能となっているらしい。

 

 イビルアイはエ・ランテルに一度も行った事がないらしく、転移先を確保する為にエ・ランテルに行く必要があった。

 そのため、丁度よくアインズに会いに行く()()()()()()()シロと一緒にエ・ランテルに行き、転移先を記憶し即帰る──という事になった。

 

「ところで……レッドは呼ばないのか?」

 

 エ・ランテルに行くのなら、転移魔法が扱えるレッドは必須である。なのにレッドの姿が見当たらない事に、イビルアイは首をかしげている。

 

「ん? ああ……アイツらなら、緊急の依頼に行かせたぞ」

「緊急の依頼?」

「建築組合と商業組合からの依頼だ。昨日から降り続いてる大雨のせいで、王都とエ・ランテルを結ぶルートで問題が発生したんだとか」

「具体的には?」

「建築組合からは、川の洪水で石橋が崩壊したので、残骸を撤去する作業の手伝いの依頼。商業組合からは、土砂崩れで埋まった道の整備の依頼だ。どちらも人間がやるには──今日は最悪な環境だろ?」

 

 イビルアイは空を見上げる。夜から降り続いている雨は、とどまる様子はなく、一日中降り続く気さえ感じる。

 こんな天気の中、洪水状態の川での作業など人間には無理である。土砂崩れで埋まった道も、整備中に再び土砂崩れが起きる危険性もあり、危険を伴うのは確実である。

 

「しかし、ドラゴンであるアイツらならこの天気でも平気だし、すぐに終わるからな。依頼料も、依頼主の言い値で構わないという事にしてあるので問題ない」

「言い値で!? それはさすがに……」

 

 本来、依頼者が冒険者組合に依頼を申し込むと、組合はその依頼の調査団(裏取り)を派遣し、適正なランクに振り分けた後、ランクに応じた冒険者がその依頼を受ける方式になっている。

 冒険者への依頼料はランクで大きく変わる為、アダマンタイト級冒険者への依頼となれば、その分高額となるのが常識だ。

 組合は所属する冒険者を守るのと同時に、依頼の失敗が無いようにするため、非常事態の依頼はランクを高めに設定して、高位の冒険者に任せるようにしている。

 

 冒険者の本来の主な仕事は『脅威となるモンスターの討伐』だ。

 だが、今回のような特例と呼ばれる類いの依頼も舞い込んでくる。これは、二次被害を防ぐのが目的だ。

 

 道や橋など、人が移動する為に利用する物が破壊された場合、当然それを利用する者達が足止めをくらう。特に、食料品などを運ぶ行商人達にとっては大問題だ。

 大量の食料品を抱えた状態でモンスターが出没する場所で立ち往生していれば、臭いを嗅ぎつけたモンスターが集まってきてしまう。

 勿論、そういったモンスターに襲われる事態に備える為に、行商人達は冒険者やワーカーを雇って護衛させる。

 モンスター退治は冒険者に任せ、行商人達は町に引き返す。そうやって自分の命と出費や損失をできる限り減らすのだ。

 

 しかし、それができない場合も存在する。

 今回は2箇所で問題が発生している。となれば──仮にその問題地点に挟まれた者達がいた場合、王都にもエ・ランテルにも避難できないのだ。

 

 行商人達にとって、売り物である商品を失うのは大きな損失となる。場合によっては馬車や馬まで失う可能性すらある。

 その損失を嫌がる行商人達は助けが来るまで粘る傾向がある。荷物を捨てて逃げれば、人間だけは助かるかもしれない状況でもだ。結局、絶え間なく襲ってくるモンスターの群れに冒険者達が耐えられなくなり、なくなく撤退したり、そのまま襲われ死亡するケースは幾度となくあったものだ。

 

 無論、そういった行商人や食料品の配達が減れば、経済面に与える被害も馬鹿にならない。

 故に、強力な力や魔法を保有する冒険者に災害関係の緊急依頼が舞い込んでくるのだ。

 

「依頼主は二人……建築組合と商業組合の組合長からだった。緊急事態という事でかなり慌てていた。特に商業組合の方は深刻でな、物資配達途中の馬車隊が土砂崩れで足止めを食らってるという状況なんだと」

「それは大変だな……」

「──で、商業組合は馬車隊を救助する為に土砂崩れで塞がった道を修復しようとしたらしいんだが、巨大な岩が邪魔で組合だけの力じゃ無理なんだと」

「なるほど……なら、ドラゴンであるブラック達にはうってつけの依頼か……」

 

 人間にできない力仕事もドラゴンなら容易くやりこなせるだろう。無論、魔法でどうにかできる可能性もなくはないが、人的費用を考慮するならドラゴンにやらせた方が少ない人数で早く済む分手っ取り早い。

 

「次に建築組合だが、崩壊した橋の建て直しをしたいが川の流れが酷すぎて最初の瓦礫の撤去作業ができないんだと。川の流れがおさまるまで交通不可になる訳なんだが、商業組合側がなんとかできないかと無理を言ってきたらしい。そこで、私が依頼内容を聞いて、『埋まった道の整備と壊れた橋の修理、両方請け負いますが? しかも今なら言い値でやってあげますが?』と言ったら、飛びついて来たよ。向こうさんからしてみれば、これ以上ない程の得する条件だしな。すんなり了承してもらえたよ」

 

 橋の修理まで請け負った事にイビルアイは驚いたが、レッドのような高位の魔術師(マジックキャスター)なら、そういった事も可能なのだろうと納得する。

 

「だが……良いのか? そんな安値で請け合いして……」

「問題ない。金は腐る程あるからな」

 

 イビルアイは『竜の宝』の拠点を思い出す。

 山のように積まれた金銀財宝の数々。あれだけあれば、一生遊んで暮らせると言っても過言ではない。

 

「我々『竜の宝』に今必要なのは、冒険者としての信頼や信用といった名声だからな。顔を売っておく事が最優先さ」

「なるほど。納得がいく答えだな」

 

 本来ならカッパーから始まり、依頼達成の実績を積みつつ、順々にランクを上げながら評判を高めるのが普通の冒険者だ。その積み重ねが名高い評判となり、さらに多くの依頼が来るようになる。

『竜の宝』は、その圧倒的な強さだけでアダマンタイトに飛び級した冒険者チームだ。

 実力はあっても実績がない、名声がない、信頼がない。それらを手にする為には、多少相手側が喜ぶ条件で依頼を受けるしかないのだ。少なくとも、今の状態では──だ。

 

「ま、顔を売ると言っておいて、リーダーの()()()()()()()()()()()んだけどな!」

「フフッ……まったくだ」

 

 シロの──(割と狙って放った)──自虐ネタにイビルアイも思わず笑みをこぼす。

 自分の自虐ネタがウケた事に、シロは心の中でガッツポーズを決めるのだった。

 ──その時、背後から声をかけられる。

 

「んで、どうやってエ・ランテルに行くんだ? お二人さん」

 

 シロとイビルアイの脱線した会話を、背後から静かに眺めていたガガーランが元に戻した。

 

コシュタ・バワー(首なし馬)を使うのさ」

 

 なんだソレは? という顔を浮かべる『蒼の薔薇』のメンバー達。その気持ちに答えるようにシロが指を鳴らすと、冒険者組合の入口前にある通りに、アンデットの馬が引く馬車が現れた。

 

 今回、シロが召喚したコシュタ・バワー(首なし馬)は少しだけ見た目を変更した特別仕様である。本来は首がないはずのコシュタ・バワー(首なし馬)にうっすらとした半透明の頭が生えており、普通の軍馬のように見える仕様が施されていた。さらに、馬車の部分も仕様変更されており──本来ならボロい雰囲気を醸し出す見た目の馬車が──高貴な貴族が乗るような色鮮やかな装飾や配色がされた豪華な馬車に変わったいた。

 

 これは、召喚士(サモナー)のスキルの一つ、〈カスタマイズ〉の効果によるもの。スキルの効果は、召喚するモンスターの色や装備、見た目の変更を行えるようになる、というもの。

 例えば──召喚した死の騎士(デス・ナイト)の鎧の色を赤色にしたり、フランベルジュとタワーシールドを変更して大弓を持たせたりなどができるようになる、といった具合に。

 

 

 突然現れた豪華な馬車に『蒼の薔薇』のメンバー達は驚きの表情を浮かべている。

 

「こ、これに乗るのか……?」

「もちろんだが?」

 

 戸惑いを隠せないイビルアイとは裏腹になんの躊躇もなく馬車の扉を開けて乗り込んだシロは、"早く乗れ"と言わんばかりにイビルアイに手招きをする。

 イビルアイは恐る恐る扉の位置から馬車の内部を確認する。白を基調とした内装、金色模様の装飾、綺麗に澄んだ窓、柔らかそうな赤い椅子。どれもこれもがイビルアイが今まで見てきた馬車よりも豪華であった。

 

 同じくラキュース達も、その馬車の圧倒的な華美具合に感嘆な声をもらす。

 

「おいおい、馬車だとエ・ランテルまで三日はかかるぞ?」

「大丈夫だガガーラン。この馬車には転移機能があってな、1分もかからずエ・ランテルに着くぞ」

「はぁあ!? それホントかよ?」

「信じられないか? まぁ見てろ。ほら、さっさと乗れ、イビルアイ」

「あ、ああ……」

 

 イビルアイが座席に座るのを確認するとシロが馬車の扉を閉めた。そしてゆっくりと馬車が走りだす。

 ラキュース達が馬車を見届けようと、走り出した馬車を目で追っていると──突如、馬車の前に転移のゲートが出現し、馬車がそれに突っ込んで吸い込まれるように消えてしまったのだった。

 

「えっ!? 消えたわよ! ホントに!」

「あんな事もできるのか……」

「ホント、なんでもあり……」

 

 驚愕の表情を浮かべるラキュースとティナ達。その時、ガガーランが呟いた。

 

「イビルアイのヤツ、地獄に連れて行かれたりしねぇよな?」

 

 ガガーランが放った不吉な言葉に──

 

「ちょっと! 縁起でもない事を言わないでよ、ガガーラン!」

 

 ラキュースが慌てて言い返した。

 ガガーランも冗談のつもりで言っただけで、本気でそんな事を思っている訳ではない。

 

「悪ぃ悪ぃ、ちょっとした冗談だよ」

「……もう……」

 

 ガガーランの冗談のせいで、ラキュース達はイビルアイが無事に帰ってくるかどうか不安になってしまった。特に、イビルアイの帰りを心配するラキュースは、自分も付いて行った方が良かったかもしれないとさえ思い始めた程だ。しかし──

 

 そんな心配していた彼女達の前に、イビルアイが転移の魔法で戻ってきたのだ。

 

「ウソ! もう帰ってきた!?」

 

 出発してから五分も経っていない。あまりにも早すぎる帰還に、ラキュース達はただただ驚くばかりである。

 

「転移先の登録は済んだ。これでいつでもエ・ランテルに行けるようになったぞ!」

 

 帰ってきたイビルアイは、ラキュース達に明るい声でそう報告する。

 心配していた事を後悔してしまう程のあっさりとした帰還に、ガガーランは大笑いする。そして──ひとしきり笑った後、帰ってきたイビルアイに疑問をぶつける。

 

アイツ(デュラハン)はどうした?」

「ん? ああ、アイツなら"馬車で行く所がある"とか言って別れた。たぶん、アインズとか言うヤツに会いに行ったんじゃないか?」

 

 イビルアイが立てた予想に──そういえばそうだったなと、ガガーランはつぶやきながら納得する。

 

 ラキュースはイビルアイの帰還に安堵しつつ、今後の先の未来について考える。

 

 デュラハン(シロ)がアインズ・ウール・ゴウンの元に向かったのなら、いよいよ『竜の宝』の冒険者活動がどこになるのか、はっきりとした答えが出てしまうという事だ。

 

「さぁ、ここからは運に任せるしかないわね」

 

『竜の宝』が王都に残るのか、エ・ランテルに行くのか──未来はまだわからないが、いざと言う時の備えと覚悟はやっておくべきだろうと、ラキュースは気を引き締めるのだった。

 




*ここまでの流れを簡単に表記しておきます。

[王国]

・王派閥
『竜の宝』をエ・ランテルに行かせようと計画中。

・貴族派閥
『竜の宝』を王都に残そうと計画中。


[法国]

・最高神官長
『竜の宝』に謝罪する為に、現在──法国からエ・ランテルに向けて移動中。

・番外席次
『竜の宝』と殺し合うつもりで、最高神官長達と共に移動中。


[評議国]

・ツァインドルクス(ツアー)
国の代表として、『竜の宝』を自国に招待する為に仲間のドラゴンと共に王都を目指して移動中。

・その他の議員達
貢ぎ物を準備中。デュラハン用に、首を捧げる活きの良い者達の選別も執行中。


[帝国]

・不明
(既に『竜の宝』の噂は届いているが、はたして…?)


[魔王軍]

・魔王様&ヤルダバオト
悪魔の軍勢を準備中。整い次第、法国を攻撃予定。


[竜の宝]

・勝&シロ
激流に身を任せ同化する…(どうにでもなれ〜☆)

・リュウノ(悪魔)
どうしてこうなった……?(とりあえず法国は潰す)







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