首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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更新が遅くなって申しわけありませんでした。

*今回の話での注意事項

①ブレインとクレマンティーヌが割と酷い目にあいます。ファンの方には不快な話かもしれません。
②やや下品というか、エロい?部分が出ます。

これらの要素が含まれる話になりますので注意して下さい。


第13話 実験

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 エ・ランテルでイビルアイと別れたシロは、そのままコシュタ・バワーに乗ってナザリックに帰還した。

 

 外の天気は大雨である。出歩くような気分にはなれず、かといって王都の拠点に引きこもっているのも退屈で仕方ない。という訳で、ナザリックなら暇潰しになるだろうと考えたのだ。

 ブラック達に〈伝言(メッセージ)〉を送り、自分がナザリックに戻っている事を伝えた後、どのように時間を潰すか考える。

 

 自分と同じように帰還しているギルドメンバーと戯れる。

 下僕達と戯れる。

 図書館で本を読む。

 闘技場で運動でもする。

 スパ・リゾートでくつろぐ。

 

 様々な過ごし方を考えていたとき、ある事を思いだす。

 

「そういえば……クレマンティーヌはどうなったのだろうか?」

 

 エ・ランテルで捕まえた女──デミウルゴスにかなり酷い拷問を受けたというクレマンティーヌの様子が気になった。

 

「死んでないといいが……」

 

 クレマンティーヌには、ある実験を試すつもりでいる。なので──最悪生きてさえいればいい。

 

「まずは着替えるか」

 

 とりあえずギルドの指輪でマイルームへと転移し、いつもの軍服に着替え、シロからリュウノに切り替えよう。

 そう決めたシロは、インベントリからギルドの指輪を取り出すと、なんの迷いもなく指輪で自室に転移する。そして──

 

 

 ──見てしまった。

 

 

 ベッドの上で自慰行為に耽る──全裸の守護者統括のあられもない姿を。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

「も、申し訳ございませんでした……」

 

 顔を赤らめ、恥ずかしそうに謝罪するアルベドに、リュウノは苦笑いを浮かべながらアルベドの罪を許した。

 

 アルベドの種族はサキュバスである。さらにアインズ曰く、アルベドにはビッチ設定が書いてあったとの事。ならば、このような行為に及ぶことはむしろ必然だったと思うべきである。

 かのエロゲーマスター・ペロロンチーノですら、ハーレム実行時にアルベドを省いていたのだ。アルベドの性的欲求の我慢が限界にくるのも時間の問題だったと言えよう。

 

「ま、まあ、アルベドにも色々事情があったんだろ? サキュバスって元々そういうエッチな事をする種族なんだし……。むしろ、よく今まで我慢できていたなと思うぞ?」

 

 アルベドの気持ちを少しでも軽くさせようと慰めの言葉をかけてあげるが、アルベドの表情は明るくならなかった。どうすれば良いか困り果てていると、アルベドが涙を流しながら自分の心情を吐き出し始めた。

 

 アルベド曰く、このような行為に及んだのは今回が初めてではなかったとのこと。数日前から、暇を見つけては日替わりで至高の御方の誰かの部屋で自慰行為に耽り、抱かれている事を想像して、その余韻を味わっていたらしい。

 ちなみに私の部屋は四番目だったとの事。一番目はアインズ、そこからウルベルトさん、ヘロヘロさん、そして私の部屋、という流れだったらしい。

 

 補足すると、たっちさんの部屋のドアには鍵がかけられていて、ギルド長であるアインズ以外誰も入れないようにしてあったらしく、アルベドは断念したとの事。これはおそらくだが、ウルベルトさんがたっちさんの部屋に悪さをしないようにする為の対策か何かだろう。

 ペロロンチーノさんの部屋は、シャルティアに気を使って忍び込むのを遠慮していたという。

 しかも、ウルベルトさんの部屋で自慰行為をしているところをデミウルゴスに見つかり、部屋から追い出された挙句、二度とウルベルトさんの部屋でやらないよう注意されたりもしたらしい。

 

 アルベドがこのような事をやり始めたきっかけは──シャルティアがペロロンチーノさんと毎晩、一緒にハーレムを催しながら寝ている事を本人が自慢げに話していた事が原因。

 さらに、至高の御方の誰からも、まだ一度もベッドに呼んでもらえていなかった事など、シャルティアとの扱いの差に嫉妬していた事も理由の一つであったらしい。

 

 さらに──何人かの下僕が至高の御方(特にペロロンチーノ)と一緒に寝ている姿を目撃した事がある、と言うメイド達の会話を立ち聞きしたという。

 何人かの下僕とは、おそらく──ペロロンチーノさんのハーレム常連メンバーのヴァンパイア・ブライトやサキュバス達の事だろう。もしかしたら、私と一緒に寝たブラック達も含まれているかもしれない。

 

 ただでさえ、アルベドはナザリック内部の業務に追われ忙しい毎日をおくっている。そんな中、至高の御方から溺愛や寵愛をもらっている同僚や部下がいる。オマケに夜はアインズの執務に付き従う事が多い割に、ベッドに呼ばれる事がない。

 サキュバスという種族でありながら、さらにビッチな性格でもあるのに──アルベドは仕事に徹し、己の欲望を我慢していたのだ。

 

 地獄のような苦しみだったであろう。自分のやりたい事が何一つできない環境に置かれるというのは。アルベドの辛さを考えるならば、自慰行為くらい許してやっても良いだろう。

 

「その、なんだ、今回の事はアインズには内緒にしておいてやるよ」

「──え?」

「私の部屋で自慰行為をするのも見逃してやる」

「ほ、ホントですか?」

「ただし! 自慰行為をするなら私の部屋だけにしろよ? アインズとかヘロヘロさんの部屋ですると、いろいろ大問題になりかねんからな」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ようやくアルベドに笑顔が戻る。

 オマケにサキュバスであるアルベドが()()()()()()でエッチな行為をしないように牽制する事もできた! 我ながら見事な手腕だったなと自負する。

 

「──ところでアルベド。お前に聞きたい事がある」

「はい、なんでしょうか?」

「私が捕まえた女、たしか……クレマンティーヌだったか? アイツはまだ生きてるか?」

「はい。今は──シャルティアのペットとして飼われています」

「は?」

 

 一瞬耳を疑った。しかし、アルベドが冗談を言っているようには見えない。

 

「(──ペット? 人間をペット!? いや、そうか!)」

 

 よく考えれば納得がいく結末だ。ナザリックの者達からして見れば、人間は下等種族という認識だ。家畜や玩具といった見方をする者達すらいたりする。捕虜であるクレマンティーヌも、スレイン法国の情報を入手する為に捕らえた存在だ。私が生かしておくよう指示を出していたから生かされているだけで、用が済めばそれまでの価値しかない。クレマンティーヌが死のうが拷問されようが、誰も気にしないのだ。

 

「じゃあ、クレマンティーヌはシャルティアの部屋に?」

「はい。あ、ですが──」

「ですが……なんだ?」

「今の時間なら、シャルティアがペットを散歩させている時間かもしれません」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 ナザリック第六階層にある闘技場、そこである男が刀を振るっていた。何度も何度も刀を──目の前の武人に叩きつけるが、全て弾かれ、躱され、最後は刀を弾き飛ばされる程の衝撃を受けてぶっ飛ばされる。地面に倒れては痛みに苦しむものの、数分経てば何事もなかったかのように立ち上がって、再び刀を握りしめて武人に切り込んで行く。その繰り返しが何度も続いている。

 

「はぁぁあ!」

「……遅イ」

 

 男が繰り出す剣戟は──けして素人が出すような生半可なものではなかった。少なくともアダマンタイト級冒険者と互角に渡り合える程の技量はあった。あの王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフとすら渡り合える程の。

 だが、目の前の武人──コキュートスからしてみれば、全く脅威すら感じないものであった。現に、コキュートスは男の繰り出した攻撃を容易く弾いている。

 

 刀を振るう男──ブレイン・アングラウスにとって、自分の技が全く通じない事は屈辱であった。果てしない程の努力を行い、ようやく高みに辿り着いたと思っていた自分の強さ。それが、目の前の武人からしてみれば高みですらなかった。それどころか──目の前の武人こそ、高みそのものだと教えられたのだ。

 

 圧倒的な強さを持つ人物──ブレインの人生では、これで三人目である。

 目の前にいる──蟲の武人コキュートス。

 ブレインをヴァンパイアにして眷属にした──シャルティア・ブラッドフォールン。

 その二人が『二人ががりでも勝てない』と断言する人物──盗賊団の住処だった洞窟で、シャルティア・ブラッドフォールンと共に現れた純白の鎧を着た男──たっち・みー。

 少なくとも、この三人の実力は実際に戦って経験済みなのでブレインは知っている。

 

 あの日、ブレインは己の弱さを実感した。野盗共が住処にしていた洞窟で──(楽しそうに野盗共を殺す吸血鬼の少女と、悪者だからという理由だけで情け容赦なく野盗共を切り殺す騎士に出会った。用心棒として雇われていたブレインの技や武技は全く通じず、「武技が使えるから」という理由だけで生け捕りにされた)──地獄を見て、地獄を味わったのだ。

 

 生け捕りにされたブレインは、このナザリック地下大墳墓にある拷問部屋でいろいろな拷問を受けながら、ありとあらゆる情報や知識を無理やり吐かされた。武技に関しても、たっち・みーやコキュートスの前で実演を強制させられた。

 下手に口答えしたり、関係ない事を口にすると容赦なくボコボコにされ、傷を癒され、また拷問部屋送りにされる。そんな日が数日続いたのだ。最終的にブレインはヴァンパイアへと作りかえられ、実験体としての役目を与えられた。

 

 

 そんな地獄のような日々の中、ブレインでも学習できた事はあった。まず目の前の武人、コキュートスという名前の戦士は比較的優しい人物であるという事を理解した。鍛錬時は厳しい言葉を言われる事もあるが、後の二人に比べればマシなほうだった。──正直に言うと、他の二人の方が怖かった。というのがブレインの思いである。

 

 たっち・みーは、ブレインが悪党共とつるんでたくさんの人を不幸にしたという理由で『終身刑』という罰を与え、死ぬまでナザリックの為に働くよう命令したのだ。しかもシャルティアにブレインの身体をヴァンパイアに作りかえるよう伝えた上でだ。

 

 それ以降、シャルティアがブレインの主人となった。

 

 ブレインの主人であるシャルティアは酷い性格の持ち主だった。何かイライラする事があると、イラつく度にブレインや他のヴァンパイアに八つ当たりをするのだ。八つ当たりされた被害者達の腹や腕、足の骨を折られた回数は数えきれない程だ。ヴァンパイアという種族が持つ能力──〈自然治癒〉のおかげでケガは治るものの、痛みまでは消せない。苦痛に苦しむ姿を眺めるのが、主人であるシャルティアの趣味なのだと理解するのにブレインもそう時間はかからなかった程である。

 

「ソノ程度カ、ブレイン?」

「いいえ! まだやれます!」

 

 何度刀を弾かれようが、躱されようが、峰打ちを喰らおうが、何度も立ち上がってはコキュートスに向かって必死に刀を振る。ブレインがここまで必死になるのには理由がある。

 それは、少しでも自分が役に立つ事を証明する為。そうしなければ殺される、或いは()()()()()()()()にさせられてしまうと知っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい最近──ご主人様(シャルティア)がペットを飼い始めた。ご主人様が新しくペットにした人間の女……確か名前はクレマンティーヌだったか? そいつが来てからというのもの、ご主人様はその女の調教にご熱心になり始めた。女を裸にひん剥き、獣の耳や尻尾などを模した玩具を装着させ、性的な行為を何度も行うのがご主人様の日課になりつつあった。

 

 特に昨日の夜は酷かった。至高の御方のお一人であり、俺のご主人様であるシャルティア・ブラッドフォールン様が敬愛しているという人物──ペロロンチーノ様が、ご主人様の部屋でクレマンティーヌを調教する光景を見せつけられたのだ。いや──正確に言えば、単にご主人様の部屋の警護を他の女性ヴァンパイア達と共にやっていた時に、そういう事が部屋で行われていただけだったのだが。

 女は最初こそ、拒絶や抵抗の意思を僅かに見せてはいたが、ご主人様の指テクやペロロンチーノ様の思いつく様々な性的プレイに屈服した。最後はただただ媚びるだけの雌になっていた。

 

 ペロロンチーノ様から調教を受ける女を羨ましそうに眺め、唇を噛み締めながら悔しそうに嫉妬していた女性ヴァンパイア達とは違い、俺は女を哀れんだ。

 女の体つきは戦士を思わせる鍛え方をしていた。俺と互角か、あるいは──だが、仮にあの女が俺より強かったとしても、もう戦士として戦う事はできないだろう。女が培った強さもプライドも、ご主人様とペロロンチーノ様相手には無意味であり、必要ないものだった。それらを全てを砕かれ捨てられた女に残ったものは、雌としてご主人様達を喜ばせる事だけ。

 本当に哀れだ。手に入れたものを全て奪われ、人間としても扱ってもらえなくなった、あの女は本当に。

 

 自分はあんな風になりたくない。人間をやめこそはしたが、獣に落とされるぐらいなら俺は化け物でいい。その為ならどんな命令にも従うし、何人でも殺してみせる。

 人間では到達できない高みにいる()()()()()()()の元で、俺は強くなりたいのだ。どんなに辛い修行でも鍛錬でも、この化け物の体でやり遂げてみせる。

 そして見せつけてやるのだ。下等種族である人間達に。お前達人間は遅れているのだと。劣っているのだと。

 

 その為には強くならなければ。まだまだ俺は強くなれるはずだ。だからこそ、今は惨めで無様な姿を晒す事にも抵抗はない。努力すればきっといつか辿り着けるはずなのだから。

 

 

 

 何度目だっただろうか──コキュートスの刀で峰打ちをくらったブレインが地面に倒れ込んだ時だった。

 

「ム……?」

 

 コキュートスの視線が闘技場の観客席の方へと動いた。その方向にブレインも視線を向ける。見れば、真っ黒な全身鎧を着た人物が闘技場に降りてくる所だった。

 黒竜を思わせる見た目の鎧を着た人物は、闘技場の試合場まで降りてくると気さくな態度でコキュートスに話しかけ始めた。

 

「よっ! コキュートス」

「コレハ……リュウノ様……」

 

 相手が何者か理解した途端、コキュートスが跪いて忠義の姿勢を見せた。

 

 その行動に、ブレインは驚愕しながら様子を伺う。

 

「(コキュートス様が跪く程の相手となれば──このナザリック地下大墳墓に居る六人の支配者、至高の御方達と呼ばれる存在以外ありえない!)」

 

 

 シャルティア・ブラッドフォールン様から、至高の御方達の紹介──もとい、その素晴らしさについては何度も教えられた。その凄さは、直接会った御方達だけでも、その姿を見ただけで理解できた。

 

 どう頑張っても俺では勝てない存在だと。

 

 ナザリック地下大墳墓の最高支配者であり、死の支配者でもあるアインズ・ウール・ゴウン様。

 全ての悪魔の頂点に君臨し、あの恐ろしい拷問悪魔──デミウルゴス様すら従わせている、魔王ウルベルト・アレイン・オードル様。

 我がご主人様──シャルティア・ブラッドフォールン様の将来の旦那様であり、ナザリックの全ての女達を虜にする魅力の持ち主、ハーレム王ペロロンチーノ様。

 ナザリック最強の騎士であり、チャンピオンでもある、純銀の聖騎士たっち・みー様。

 

 直接会った事があるこの四人だけでも、目の前に立たれた瞬間──自分との格の違いの差を思い知らされた。理解できてしまった。

 

 それにまだ後二人──会った事はないが、先に上げた四人と同格の支配者がいる。

 一人がヘロヘロ様。このナザリック地下大墳墓で働く全てのメイド達が最も尊敬している人物として名が上がっている。

 

 もう一人が勝様。この方の話は特に多く、憶えるのが大変だった。

 まず、守護者統括のアルベド様曰く──このナザリック地下大墳墓で怒らせたら最も怖い人物であるらしい。怒った時の勝様の恐ろしさは半端なく、勝様から放たれる殺気で全ての下僕達が震え上がってしまった程だと言う。あのナザリック最強と言われているたっち・みー様ですら、怒った勝様に『黙れ!』と怒鳴られた事があるとか。

 また、コキュートス様の話では──勝様は竜王(ドラゴンロード)を何匹も従えさせており、その竜王達の強さはアインズ様達ですら苦戦する程と言われている。

 さらにさらには、デミウルゴス様曰く──勝様は優れた智謀とカリスマをお持ちであり、わずかな情報から大きな成果に繋がる結果を導き出すという。

 他にも──心臓を刺されても死なないとか、頭がない時がイケメンだとか、ペットになって仕えたい支配者No.1等々、理解し難い情報まであった程である。

 

 では、目の前の黒鎧の人物は何だ? 

 コキュートス様は『リュウノ様』と言っていた。様付けで呼ぶ以上、コキュートス様より上位の存在である事は確かだろう。

 しかし、至高の御方達の名前とは一致しない。気さくな態度でコキュートス様に話しかけているあたり、向こうも自分自身がコキュートス様より偉い事を自覚しているようだが……。

 

「こんな時間から鍛錬か?」

「ハイ。コノ者ヲ鍛エルヨウ、アインズ様カラ仰セツカッテオリマシテ……」

 

 リュウノという人物の視線が、倒れた姿勢で見上げる俺に向けられる。珍しいものを見るような、そんな雰囲気が感じられる視線だ。

 

「お前名前は?」

「ど、どうも……俺は──」

 

 起き上がり、体に付いた砂をはたきながら自己紹介をしようと話始めたその時、コキュートス様が唸り声を上げながら武器で地面を叩いた。その動作に俺は思わず怯んでしまう。

 

「リュウノ様ノ御前デソノ態度ハナンダ、ブレイン・アングラウス!」

「──も、申し訳ございません!」

 

 うっかりしていた。コキュートス様が跪く程の相手に対し、頭も下げずに普通に話そうとしていた。コキュートス様が怒るのも無理はない。

 俺が慌てて跪くと、コキュートス様が非礼を詫びる言葉を言い始める。しかし、リュウノ──様はそれを片手を上げて制した。

 

「構わん。二人とも立っていいぞ。先程の無礼も許す」

「──シ、シカシ……」

「二度も同じセリフを言わせるなよ、コキュートス?」

 

 

 有無を言わせぬ態度──強者として君臨する者が見せる態度だ。これにはコキュートス様も従わずにはいられなかったのだろう。コキュートス様が立ち上がるのに合わせて自分も立ち上がる。

 俺達が立ち上がるのを確認してから、リュウノ様は再び気さくな態度で話始めた。

 

「ブレイン・アングラウス……確か、たっち()()が捕まえた人間の名前だったな。お前がそうか?」

「は、はい!」

「何故アンデッドになってるんだ? しかも鍛錬までしているようだが?」

「えっと……それは──」

 

 片方はシャルティア様の眷属にされた、で説明がつく。もう片方は──至高の御方の一人であらせられるアインズ様から命令されたからだ。

 

「ソレハ私ガ説明致シマス」

 

 リュウノ様の疑問に対し、コキュートス様が丁寧に説明を述べた。

 

 俺がアンデッド──ヴァンパイアにされた理由は二つ。一つは、ナザリックの外にいる人間を眷属にした場合、恭順するのかどうか調べる為。もう一つは、眷属化した者がレベルアップ? するかどうか調べる為、という内容だった。レベルアップの意味がよくわからないが、要は強くなるかどうか知りたいという事なのだろう。

 

「なるほど。()()()()らしい考え方だ……」

 

 俺は不思議に思った。

 目の前の鎧女──リュウノ様は、至高の御方達の一人であるたっち・みー様を『さん』づけで呼び、さらにはナザリック地下大墳墓の最高支配者であるアインズ様を呼び捨てしたのだ。にも拘らず、コキュートス様は何も言わなかった。つまり、普段もこの調子なのだろう。

 

「(この方は……どれぐらい偉い人なんだ?)」

 

 至高の御方達を様付けで呼ばないという事は──まさか、それ以上に偉い人物なのだろうか? 

 

「お前、武技は扱えるのか?」

「はい。扱えます……が……」

「どんな武技だ?」

「えーと……」

 

 俺は迷った。習得している武技が複数あったからだ。

 

「どうした?」

「そ、その、どんな武技を知りたいのでしょうか? 私の習得している武技はたくさんあるので……」

「なるほど……」

 

 リュウノ様は少しだけ考える仕草をする。そして──

 

「なら、お前がよく使う武技で頼む」

「でしたら──『虎落笛(もがりぶえ)』ですね」

「もがりぶえ?」

「はい。俺が……いえ、私が編み出したオリジナルの必殺技でして、複数の武技を複合させて放つ特殊な技なんです」

「ほう……詳しく聞いても?」

 

 俺は『虎落笛(もがりぶえ)』について説明した。

 絶対必中の〈領域〉と神速の一刀〈神閃〉を併用し、対象の急所”頸部”を一刀両断する。頸部から吹き上がる血飛沫の音から名付けた必殺技──それが『秘剣(ひけん)虎落笛(もがりぶえ)』である。

 

「ふむ……要は居合斬りか……」

 

 一言で言えばそうなのだが、そのへんの雑魚がやる居合斬りとはけっして違う。しかし、コキュートス様やシャルティア様のような──頂点に君臨する化け物級の強さを持つ人達からしてみれば、俺が放つ必殺技もただの居合斬りにしか見えないのかもしれない。

 

「よし……その必殺技、私に対して使って見ろ。直接見てみたい」

「よ、よろしいのですか?」

「構わん。遠慮なく、本気で頼む」

 

 "本気で"──と言われても困る。相手はコキュートス様より偉い存在だ。万が一、怪我でもさせたら、あるいは殺してしまったら──そう思うと踏ん切りがつかない。

 悪い予想が頭の中を飛び交う。しかし、尻込みしていても仕方ない。必殺技を使うように言ってきたのは向こうだ。

 それに、俺の本気の『虎落笛(もがりぶえ)』はもう既に何度か防がれている。この必殺技をシャルティア様やコキュートス様に使用したが、シャルティア様は素手で掴み、コキュートス様は武器で難なく防いでいた。なら、このリュウノ様もきっと、何らかの方法で躱すに違いない。

 とは言っても、俺の技が通用しないという実力差と、それを正面から見せつけられるのは……正直に言うと、俺のプライドをズタボロされるというか、ツラいのだ。

 

「では……行きます!」

 

 俺は覚悟を決めた。

 武技──〈領域〉と〈神閃〉を同時に発動させ、抜刀の構えをとる。狙うは頸部。仁王立ちしているリュウノ様の鎧と兜の僅かな隙間に意識を集中させる。

 思えば、この必殺技を使うのはヴァンパイアになってからは初めてだ。ヴァンパイア化の影響で人間の時より筋力や握力が高くなっている。今なら、人間の時よりも強力なものが出せるかもしれない。

 

「秘剣──虎落笛(もがりぶえ)!!」

 

 俺は抜刀した。神速の一刀が、寸分たがわず狙い済ました頸部を斬り裂いた。相手が普通の人間なら──このままいけば、首から大量の血が噴き出し、首が落ちるはずだ。

 

 でも、そうなるはずがない。相手はコキュートス様が跪く相手、きっと平然と立って───え? 

 

「───がっ──ふっ──」

 

 俺は自分の目を疑った。目の前に立っていたリュウノ様の首から血が噴き出していた。噴水のように、真っ赤な血が大量に。そしてそのまま首が胴体から外れ、地面に拡がる血の上に落ちたのだ。後に続くかのように、首を失ったリュウノ様の体が脱力し、仰向けに地面に倒れて──それ以降、全く動かなくなった。

 

 沈黙が闘技場を満たす。聞こえるのは──リュウノ様の死体から噴き出す血の雫の音だけ。

 

 俺は困惑した。まさか、こんな事になるなんて想像していなかった。リュウノ様を斬った。斬り殺した。それは当然の結果であり、()()()()()()()()

 

「こ、ここ、コキュートス様!」

 

 俺は救いを求めた。殺したくて殺した訳ではないと。全てを見ていた武人に助けを求める視線を送った。しかし、コキュートス様は無言を貫いた。ただ何もせず、じっとリュウノ様を見つめているだけ。

 

 ──その時だった。

 

「おんやぁ? これはどういう状況でありんすかぇ?」

 

 背筋に寒気が走った。最も恐ろしい人物の声が、最悪な状況で聞こえてきた。きっと幻聴だ。そう信じて、声がした方へと視線を送る。

 

「これは──貴方の仕業でありんすか?」

 

 恐怖が立っていた。ペットを連れた我がご主人様が観客席の入口から、こちらに向かって歩いて来ていた。夢ではない。夢では──なかった。

 

「ブレインガ、リュウノ様ノ首ヲ武技デ斬ッタノダ」

「──ッ!!?」

 

 コキュートスの無慈悲な言葉に、ブレインは自分の人生の終わりを悟った。状況的に──確かにブレインが斬った。ブレインが斬り殺したのだ。コキュートスの発言に全くの嘘はない。しかし、逆に言えば──全くのフォローもないのだ。

 

「ちが───こ、これは──」

「おやおや、それはなんと恐れ多い。ブレイン、御主(おぬし)はなんと罪深い事をしてくれたのかぇ?」

 

 ご主人様が俺の方に向かって歩いて来る! 残酷な程美しい笑顔で。

 冷や汗が止まらない。動かないはずの心臓がバクバクと音をたてている様な錯覚さえ感じる。

 俺は殺される──間違いなく殺される! 

 恐怖のあまり足から力が抜ける。尻もちをついた状態で──それでも目の前の恐怖から逃げようと──後ずさる。

 

 シャルティア様の視線が俺の背後──おそらく、リュウノ様の方へと移る。その瞬間、シャルティア様が「フフッ」と笑う。

 きっと、俺をいたぶる理由が──もしくは殺す理由ができた事を喜んでいるのかもしれない。

 

 ピチャリという音がして、手に冷たいものが触れる。気付けば俺は、リュウノ様の死体のすぐ側まで後ずさっていた。血溜まりに触れた手がリュウノ様の血で汚れていく。

 

「ブレイン──」

「は、はい!」

 

 名前を呼ばれ、すぐさま返事をする。どちらかと言えば条件反射に近かった。

 名前を呼んだシャルティア様はクスクスと笑いながら俺を指さした。だが、その後すぐ俺は、シャルティア様の指さしたものが俺以外のものであった事を理解した。

 

「──後ろ」

「え?」

「後ろを見るでありんす」

 

 意味がわからず、言われた通りに後ろを向く。真っ先に見えたのは──リュウノ様の兜だった。

 

「やあ! ブレイン」

「うあああぁぁぁあ!!」

 

 ブレインは悲鳴を上げた。目の前にあった物から全力で距離をとった。距離をとり──まだ冷静さを取り戻していない状態ではあったが──改めて目の前の物を確認する。

 

 リュウノ様の兜が──頭が──首の切断面から血を垂らしながら浮いていた。いや違う──血が頭を()()()()()()()? 

 ありえない。リュウノ様の頭は地面に転がっていたはず。というか、喋っていたような──

 

「びっくりした?」

 

 間違いない! やっぱり喋った! 頭しかない状態で、リュウノ様は普通に喋っている! 

 

「リュウノ……様? ……これは、いったい……」

「んー……一言で言えば、()()()は首を切られた程度じゃ死なないってだけ」

「首を切られた程度……って……」

 

 それはもう人間じゃない。いや、そもそもリュウノ様を人間だと勝手に思い込んでいた俺の考えが甘かったのかもしれない。

 

 

 唖然としているブレインをよそに、リュウノとシャルティアは楽しそうに会話を始める。

 

「リュウノ様は意地悪ですねぇ」

「えー、どこが?」

「ブレインが私の方を向いてる時、小さく手を振ったりピースサインしたりと……ブレインに気づかれない程度のアピールをしていらっしゃったではありませんかぇ?」

「私がコイツの武技で死んでない事をアピールしただけだよ。──よいしょ」

 

 頭の無いリュウノの体がムクリと起き上がり、血に支えられながら浮いていた兜──頭を掴む。そのまま頭と体の切断面をくっつける。それだけで首を切られる前と同じ状態に戻る。

 流れていた血や血溜まりもいつの間にか消失しており、ブレインがリュウノの首を斬ったという痕跡は何一つ残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや空気と化したブレインには目もくれず、リュウノはシャルティアに会いにきた理由を告げる。

 

「──さてシャルティア。さっき〈伝言(メッセージ)〉で伝えた通り、クレマンティーヌに用があるんだ」

「はい、ここに──」

 

 シャルティアの背後から、四つん這い姿の哀れな女──クレマンティーヌが姿を現す。裸同然の格好をした彼女は、頭には獣の耳を模した飾り、お尻には──おそらく挿入タイプの──獣の尻尾を模した飾りを着けている。

 そして最後に首輪だ。頑丈そうな金属でできた首輪には鎖が付けられていて、シャルティアの白くて細い手がその鎖の先端を握っている。

 

「(これが人間をペットにした姿か……ペロロンチーノさんがよく言っていたエロゲーをリアルに再現するとこんな感じになっちゃうのか……)」

 

 鎖の首輪に繋がれたクレマンティーヌの姿は──正に奴隷にしか見えない。それに、人間っぽい生き物に首輪を着けて散歩させる光景を客観的に見るのは初めてだ。他人視点から見た状況を初めて理解し、以前──王都でブラック達を散歩させた時の光景を思い出す。

 今思えば、あれも相当酷いというか、よい見世物になっていた可能性が高い。そう思うと羞恥心が湧き上がる。

 ブラック達も割と人間っぽい部分が多い。尻尾や角がある分、人間ではない事を理解してくれる人がいるのでまだマシかもしれないが──それでも、ブラック達を奴隷のように思った市民がいたかもしれない。

 

「どうかしましたか、リュウノ様?」

「いや……何でもない」

 

 己の中の羞恥心を振り払い、リュウノは改めてクレマンティーヌの状態を見直す。少なくとも廃人状態ではなさそうだ。シャルティアの指示に従順に従っているあたり、デミウルゴスの拷問による恐怖が効いているのだろう。

 

 クレマンティーヌが、このナザリック地下大墳墓から逃亡できる可能性はゼロだ。各階層には守護者達が待機しており、その上アダマンタイト級冒険者でも敵わない化け物達が蔓延っている。さらに、不眠不休で活動を続けるシャルティアに管理されているのだ。

 シャルティアは自身が管理している階層を巡回する際、ついでにペットの散歩を行っているらしい。故にシャルティアが部屋に居ない間に逃げるという事は不可能だ。無論、仮にシャルティアがクレマンティーヌを部屋に置き去りにしたとしても、配下のヴァンパイア達が部屋に待機しているので監視の目も当然ある。何らかの理由でシャルティアがクレマンティーヌを放置したとしても、クレマンティーヌが逃げようとすれば即バレるだろう。

 

 この第六階層にクレマンティーヌを連れていく理由は──アルベドの話では『野外プレイの一環』という事らしい。野外プレイがどの様なものなのかは、ペロロンチーノとのエロゲ話でだいたい予想はつく。要は家の外でペットを散歩させている感をだしたかったのだろう。

 ペロロンチーノが指示した事なので、シャルティアはその命令に忠実に従いクレマンティーヌを散歩させている──のだが、この第六階層をよく知らないクレマンティーヌは、本当に野外に連れ出されたと思いこんでいるかもしれない。

 

「さあ、リュウノ様に挨拶をするでありんす」

「ご、ご主人様の──シャルティア・ブラッドフォールン様のペット……クレマンティーヌ……です」

 

 笑顔でそう言うクレマンティーヌ。この笑顔もシャルティアに仕込まれたものだろう。至高の御方の前で失礼な事にならないよう、調教を施されたに違いない。

 しかし、クレマンティーヌ自身も媚びを売る事で、ナザリックに住む者達を不快にさせない事が長生きできる方法だと理解できているはず。ならば、遅かれ早かれこの様な態度になっていたはずだ。

 

「……哀れな姿になったな、クレマンティーヌ。あの頃の──ナザリックに連れて行く前の残忍そうな顔はどこにいったのやら……」

「デミウルゴスの拷問でこっぴどく心を折られたらしいでありんす」

「ふーん……ま、そっちは私には関係ない事だし。さっさと()()を終わらせる」

 

 四つん這いのクレマンティーヌの正面に立つと、リュウノはクレマンティーヌの頭に手を伸ばす。伸ばされた手と実験という言葉に恐怖を感じたのか、クレマンティーヌの笑顔が恐怖に引きつっている様に見えた。

 しかし逃げられない。クレマンティーヌは首輪で鎖に繋がれており、その手綱はシャルティアが握っている。

 

「先に言っておくが、いくら媚びを売っても無駄だからな。私はお前に慈悲をかけない。お前はたくさんの人を殺しているんだ。そのツケが回ってきたと思って諦めろ、クレマンティーヌ」

 

 クレマンティーヌの笑顔に恐怖が混じっていた事を察したリュウノからの残酷な言葉。クレマンティーヌを絶望させるには充分な言葉だっただろう。

 

 リュウノの手がクレマンティーヌの頭に触れる。

 

「さてと、まずはスキル〈愛撫で〉を発動させてと──」

 

 クレマンティーヌの頭を優しく撫でる。慈悲をかけないとは言ったもぬのの、こればっかりは優しく撫でないと意味がない。先程の私の言葉と今の言動の差に、撫でられているクレマンティーヌ自身も困惑した表情をしている。

 

 しばらく撫で続けてみた。しかし、クレマンティーヌがシャドウナイトドラゴンのように、甘えるような仕草を始める事はなかった。むしろ、私に撫でられているクレマンティーヌを見て、シャルティアの方が羨ましそうに眺めている始末だ。

 

「うーむ……やはり人間相手には効果なしか? それとも私が従わせている訳ではないからか? いや、シャルティアのペットだからか? うーむ……」

 

 特に何も変化は起きないと判断して撫でるのをやめる。単純に、テイマー職のスキルは人間種には効果は発揮されない、と考えるのが妥当なのかもしれない。

 もしテイマー職のスキルが人間にも効果を発揮できていたのなら──友好度を高めて敵対心を無くし、こちらにとって都合のいい操り人形にできたかもしれない。そうなれば、冒険者活動も楽になって良かったのだが。

 

「仕方ない……次だ」

 

 

 

 

 

 

「(いったい何が始まるんだ?)」

 

 ブレインは空気と化している事が1番安全だと理解した。故に、これから起こる事を間近で見る事ができた。

 

「スキル発動──〈竜王合体〉・ティアマト!」

 

 一瞬リュウノ様の体が発光した。鎧の隙間から光が漏れるのが見えた。

 その瞬間、リュウノ様から得体のしれない邪悪さを感じた。よくわからないが、リュウノ様の雰囲気がガラリと変わったように思えたのだ。

 

「ふむ……これがティアマトの力か……。初めて合体したが……ああ……これがティアマトの欲望の凄さか……今になってようやく理解できた。これ程の欲望が溜まっていたら、私に抱きつきたくなるのも道理だな。しかし、これはあまりにも……ククク……フハハハハハ────ッ!」

 

 ゾクリッと寒気が走った。先程(光る前)までのリュウノ様には邪悪な雰囲気はあまりなかった。だが、いま目の前で笑っているリュウノ様は──明らかに別人になったとハッキリ感じとれる程の邪悪さがあった。

 

 突然笑い出したリュウノ様に、周りにいた守護者の方々が不思議そうに首を傾げている。

 

「リュウノ様、如何ナサイマシタカ?」

「ああ──なんでもない……私は大丈夫だ。少しだけ……ティアマトの欲望に飲まれそうになっただけだ」

「竜王ティアマトの欲望でありんすか?」

「ああ。ティアマトのヤツ、気に入った物は何でも手に入れたがる性格らしい。そのティアマトと合体すると、今の私が1番欲する物への執着心が湧き出てきてなぁ……まぁ、なんとか抑え込みはしたが……」

 

 至高の御方の一人であるリュウノ様が欲する物。それが何なのか気になった俺の心を代弁するかのように、ご主人様が尋ね始めていく。

 

「リュウノ様が1番欲する物とは……どんな物でごさいんすか? ご命令いただければ、この私──シャルティア・ブラッドフォールンがとって参りしんすが?」

「いや結構だ。私が欲する物は私じゃないと手に入れられない物だからな。それよりもクレマンティーヌ──」

 

 再び矛先が自分に向いたクレマンティーヌがビクリと身を震わせる。

 

「は、はい……」

「──お前はシャルティアのペットだよなぁ?」

 

 明らかに先程までの口調と違う。優しさが一切ない邪悪に満ちた雰囲気を纏った口調へと変わっている。反論は許さない──そういう圧がこもっている。

 

「そ、そうです……!」

「なら、もう戦士として戦う事もない──という事だよあ?」

「……え? そ、それは──」

 

 女の口が途中で止まる。たぶんだが、同じ質問をされたら俺も同じように口を止めていただろう。あの女がどのような理由で戦士になったかはわからないが、強くなる為の努力ぐらいはしただろう。しかし、リュウノ様の質問に『そうです』と答えるのは、己の努力を否定する行為になってしまう。

 

 リュウノ様は、口を開かない女からご主人様へと視線を移す。

 

「シャルティア、コイツが戦士として外で戦う可能性はあるか?」

「現状ではありません。ペロロンチーノ様が、この女をそういう目的でお使いになる可能性も低いと思いんす」

「──だ、そうだがッッッ!!」

 

 突然、リュウノ様が足を上げて──四つん這いになっていたクレマンティーヌの頭を踏んづけた。クレマンティーヌの頭が地面に叩きつけられる。

 

「──ガッッ!? ──ぁぐぅ──!」

 

 顔面を地面に押さえつけられ、ジタバタともがくクレマンティーヌ。しかし、次のリュウノ様の一手でそれすらも封じられる。

 

「クレマンティーヌ、『抵抗するな!』」

「──ぐぅぅ!?」

 

 もがいていたクレマンティーヌの動きがピタリと止まる。先程まで、あんなに苦しそうにしていた動きが、まるで何か──見えない力によって縛られているかのように。それでも、何かに抗うような表情をしたクレマンティーヌの顔から、自分の意思でやっている訳ではない事が理解できる。

 

「『服従のポーズをしろ!』」

 

 リュウノ様の言葉に合わせ、クレマンティーヌの腰が上がっていく。頭は低く、腰は高く、手は頭の横に、足は股を開いたVの字状態でピンと伸ばした姿勢になる。なんというか……こんな状況でなければ、全裸で獣っぽい格好をした女があんな姿勢をしていたら、間違いなく俺は性欲を抑えられなかっただろう。

 

「よしよし。私の将軍(ジェネラル)職のスキルは通じるようだな」

「これは……! なんと羨ましいお仕置き──ではなく、見事な服従のポーズでありんす!」

 

 自分のペットが踏みつけられているというのに、ご主人様はまったく気にしていない様子だった。

 

「コレハ……デミウルゴスノ〈支配の呪言〉ト似タ効果デショウカ?」

「相手に命令させた事をやらせる、という点では同じたな。だが、デミウルゴスの〈支配の呪言〉は40レベル以下の相手にしか効果を発揮しない。それに対して私のやつは違う。私のは、私よりレベルの低い相手になら誰にでも効果を発揮する!」

 

 自信満々に自分のスキルについて語るリュウノの言葉をブレインは必死に頭に叩き込む。相手を能力を事前に知っておく事は、戦いで自分を有利にする。これは戦いを生業としている者にとって常識的の事だ。だが、知る事で絶望を味わうパターンもある。そう──今のようなケースがそうであるように。

 

「ナント……!」

「流石はリュウノ様でありんす! 弱者が強者に従うのは当然の理……至高の御身であらせられるリュウノ様には、あって当然のスキルでありんす」

「ありがとうシャルティア。しかし、抗いようはあるぞ?」

「──!」

 

 ブレインはチャンスとばかりに聞き耳を立てる。弱点(対抗策)があるのなら聞いて損はないからだ。

 

「まず、精神系や支配系に耐性のある者には効果が薄くなる。無論、私とのレベル差が少なくなればなるほど効果も弱まる。精神支配系に耐性があるアンデッドなどにも当然効果は発揮されない」

「(つまり、俺には効かない──という事か?)」

 

 ブレインは安堵する。自分がヴァンパイアに変えられていた事に。

 

「だが──()()()()()()()()()()()()()()()()()けどな!」

「耐性に意味がない──とは、どういう意味でありんす?」

「ティアマトが持つ職業スキルさ。『破壊の略奪者(ラヴィジャー)』には、相手のスキルや魔法、耐性などを破壊、略奪できるスキルがあるのさ」

「破壊ダケデナク、略奪モ可能ナノデスカ?」

「もちろんだとも。というか、こういう事をできるヤツはユグドラシルでも割と居たぞ?」

 

 相手の技や魔法を一時的に封じて使用不可にする、相手の耐性の一部を無効化する、相手の技をコピーして真似る──などなど、ユグドラシルの戦術はプレイヤーの数だけ存在した。それぞれが独自の戦術を作り上げ、自分に合った戦術を編み上げていくのだ。

 

 だがしかし、いくら独自の戦術を編み出したとしても、その戦術を撃ち破る戦術──わかりやすく言えば、相性の悪い相手が居たりするのだ。

 ユグドラシルの膨大で幅広い職業やスキル、魔法、そしてアイテム。それらを巧みに扱い、相手を打ち負かす。これもまたユグドラシルというゲームの楽しみ方の一つだったのだから。

 

「私は今、スキルを使用してクレマンティーヌの支配系に対する耐性を破壊している。故に、この女は私の命令に抵抗できないのさ」

「耐性を破壊する……それはアンデッドにも可能なのでありんすか?」

「試してみるか?」

 

 リュウノの視線がブレインに移動する。その瞬間、ブレインの背筋に寒気が走る。

 

「(まさか! 俺で試すのか!?)」

 

 ブレインは再び恐怖に身を竦める。先程までの安堵感はすっかり無くなっていた。

 

「ブレイン・アングラウス……こっちに来い」

「は、はい!」

 

 指示通り目の前にやってきたブレインの肩にリュウノが手を置く。その瞬間、まるで何か──自分の中の何かが無くなったような感覚をブレインは感じた。

 

「よし、ブレイン。命令だ──『その女のアソコを舐めろ』」

 

 身体が勝手に動いた。服従のポーズをしているクレマンティーヌの陰部に顔を近づけ、躊躇なく舐め始める自分の舌。まるで自分の身体が別の誰かに操られているかのように勝手に動くのだ。抗おうと抵抗してみてもまったく意味がなかった。

 

「フハハハハハ! 見ろシャルティア! ブレインが一心不乱にクレマンティーヌのアソコを舐めてるぞ!」

 

 リュウノは心底楽しそうにブレインを指さしながら笑っている。

 

「す、凄いでありんす……」

「ほらシャルティア、試しにブレインにやめるよう言って見ろ。今のブレインは私に操られているから、お前の指示は受けつけんぞ」

「では……ブレイン、今すぐ舐めるのをやめるでありんす」

 

 ブレインはやめなかった。シャルティアの言葉など聞こえていないとばかりに舐め続けている。

 

「ブレイン! やめろと言っているのが聞こえていないでありんすか!?」

 

 シャルティアが少しだけ圧のこもった口調で再び命令するが、結果は同じだった。

 

「な? 私の言った通りだろ? シャルティア」

「まさか、アンデッドまで支配可能とは……」

「流石ハ、リュウノ様……ト言ッタトコロカ……」

 

 シャルティアもコキュートスも、リュウノの実力を疑うような事はしない。至高の御方なら、このような事も容易くできてしまうのだろうと、予感していたからだ。

 

「さて……シャルティアの指示を無視したブレインには罰を与えないとな!」

 

 悪そうな笑みを浮かべるリュウノ。他人が嫌がる事を無理やりやらせて楽しんでいる彼女の姿は──正に悪そのものであった。

 

「ブレイン──『服を脱ぎ、全裸でブリッジをしながらシャルティアに謝罪しろ』」

 

 ブレインの誇りはズタボロにされた。裸になって、シャルティアの目の前でブリッジのポーズをしながら謝罪の言葉を述べる。

 

「申しわけありませんでした、ご主人様! このブレイン、いかような罰も受けますので、どうか私の失態をお許しください!」

 

 土下座よりも酷い格好で、恥部を隠すこともできない。

 ガセフと渡り合った剣士──ブレインの今の姿を見て、哀れに思わない人間がいるだろうか? 

 

 リュウノの高笑いが闘技場に響き渡る。

 

「シャルティア。ブレインがこれだけ必死に謝罪しているんだ。先程の無礼を許してやれ」

「は……はぁ……畏まりましたでありんす……」

 

 許すも何も、ブレインは一切悪くない。そもそもの原因もリュウノのせいである。ブレインの主人であるシャルティアも、これには少々困惑を隠せなかった。

 

「では、仕上げだ」

 

 ブリッジ状態のブレインの逞しい腹筋の上にリュウノが腰を下ろす。恥ずかしい格好のまま椅子代わりにされたブレインだったが、人間と同じ位の重さの人物を腹の上に乗せた状態でのブリッジ維持自体は苦ではない。ヴァンパイアであるブレインは疲労しないからだ。だが、恥ずかしい格好によって受ける──羞恥心による心のダメージは倍増したのは言うまでもない。

 

「リュウノ様! 椅子にするならブレインではなく、この私を椅子にしてくんなまし!」

 

 シャルティアが必死に懇願するも、リュウノは軽く手を振りながらシャルティアの願いを断った。

 なぜ我がご主人様は、自分から椅子になりたがるんだ! ──と、ブレインは不思議でならない気持ちでいっぱいだった。

 

「さてクレマンティーヌ。改めて聞くが……今の──ペットへと成り下がった『貴様に武技は必要か?』」

「いいえ、必要ありません」

 

 即答だった。しかし、クレマンティーヌの表情を見れば一目瞭然だ。クレマンティーヌの顔は困惑した状態のままだった。クレマンティーヌの意思に関係なく、クレマンティーヌの身体がリュウノに指示に従っただけであり、先程の言葉も無理やり言わされただけだったのだ。

 

「必要ない……か。なら、お前の武技は私が頂こう!」

 

 リュウノがクレマンティーヌを傍にくるよう命令すると、やって来たクレマンティーヌの頭に手を置く。その瞬間、クレマンティーヌの表情が一変する。

 

「あ……あ……あああ! ダメ、盗らないで! 私の……私の武技がぁぁ!!」

「フハハハハハ! 諦めろ! 貴様には既に不要なもの! 宝の持ち腐れは良くないからな! 貴様の代わりに私がお前の武技を使ってやる!」

「あああぁぁぁ──……」

 

 クレマンティーヌの表情が絶望に染まっていく。自分が持っていた物全てを奪われ、何も無くなったクレマンティーヌの顔にはもはや……希望という名前の明るさは一切無かった。

 そんなクレマンティーヌを見て、リュウノはさらに嬉しそうに笑う。

 

「さてさて〜? 奪ったは良いが……問題は、この武技を私が使いこなせるかどうかだ。すまんがコキュートス、少しはがり私の練習に付き合ってもらっても構わないか?」

「フシュー……構イマセン!」

「そうかそうか。ではシャルティア。その女はもう用済みだ。好きに扱え」

「畏まりましたでありんす。さあ、行くでありんすよ、クレマンティーヌ」

 

 シャルティアに首輪を引っ張られながら、クレマンティーヌは連れて行かれた。2人の姿が見えなくなった後、リュウノはコキュートス相手に武技の練習を行うのだった。

 

 




[後書き]

ついにティアマトと竜王合体しちゃいました。
この状態のリュウノは、かなり嗜虐心が強くなっています。わかりやすく言えばシャルティアの性格(残虐方面の)に近いです。

相手を馬鹿にしたり、見下したりして、相手の嫌がる事をやりたがる性格でもあり、相手を辱めて楽しむという感じですね。


また、ティアマトとの合体で得た職業
破壊の略奪者(ラヴィジャー)』は、相手のスキルや魔法、耐性や装備などを破壊したり、奪って利用できたりする事に特化した職業です。
この職業について、幾つか説明しましょう。

スキル①能力破壊

スキル、魔法、耐性などを破壊し、一定時間効果を無効化にするスキル。スキルの使用回数は無限。ただし、相手1人に対し破壊できる個数には限度があり、全てを破壊するのは不可能。

スキル②武具破壊

相手が装備している物を問答無用で破壊し、破損状態にするスキル。1日に1回だけ使用可能。破壊された物は、鍛冶屋に一定の料金を支払えば簡単に修理可能。

スキル③略奪

相手が持つスキル、魔法、耐性、武具を奪い、一時的に自分のものにする。スキルの使用回数は無限。ただし、相手1人に対し奪える回数には限度があり、全てを奪うのは不可能。また、一定時間経つと奪ったものは相手に返却される。


以上が、『破壊の略奪者(ラヴィジャー)』の職業の特徴の一部です。そう!あくまで一部です!
ちなみに、これはあくまでユグドラシルでの効果です。異世界の世界では──些か仕様が変更されているものもあります。それは……今後、作中で語られる……かもしれません(笑)

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