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──二日後──
『竜の宝』のシロの提案により、悪魔への対策として──王都の上空をドラゴンが飛行し巡回する事が提案され、その提案は王様を含む貴族達に認可された。よって王都の上空では、色鮮やかなドラゴン数匹が編隊飛行をしながら巡回する光景が当たり前のように見られるようになった。王都の人々は物珍しい光景に足を止め、食い入るように空を旋回するドラゴン達を眺めた。
しかし、それも二日も経てば人々はごく自然のように受け止めるようになった。ドラゴンが上空を旋回していても、視界の端でチラリと確認する程度にまで落ち着いたのだ。言うなれば慣れである。
王城の敷地を囲む城壁を警護する兵士達にも同じ現象が起きていた。
王城の城壁には、一定間隔で見張り台のような高い塔が設置してある。王城の敷地と城下町がよく見える見張り台、そこから侵入者がいないか監視している兵士達も飛行するドラゴン達には目を奪われた。だがそれも最初だけで、今では鳥と同じような──当たり前の風景の一つとなってしまっていた。
それだけではない。『竜の宝』のリーダーであるデュラハンからの提案──王城の近辺にもドラゴンを数匹、警護につけたいという話がでた。理由は王城への悪魔の侵入を防ぐ為。しばらく貴族と王族達が話し合った結果、城壁に配置するなら──という事で許しがでた。よって、王城の敷地を囲む城壁の上にもドラゴンが配置されたのだ。
配置されたドラゴンは
ドラゴンが日常的に居る状況──この状態を、王都の住民達に受け入れてもらえた事は『竜の宝』のリーダーである勝にとって嬉しい結果であった。少しでも自分達の存在に慣れてもらう。そうなれば、怖がられる事もなくなり、堂々と外を歩けるようになるだろうと考えたのだ。
まぁ……それ以外にも、王都の人々に慣れてもらいたかった理由があった訳なのだが──。
【散歩の時間か……】
やや嫌そうな雰囲気で勝は腕時計を見て呟く。冒険者活動をしない日に──しかもデュラハン状態の時にやると決めた日課の散歩。その時間が来たからだ。奴隷のように見られる可能性がある首輪つきの散歩──勝としてはできればやりたくない。しかし、ブラック達にとっては至福の時間だ。主人としてペット達へのケアも大事な仕事。恥ずかしいからという理由でやめる訳にもいかない。というか──断りにくい──というのが1番の答えだろう。
外へと通じる通路の前では、早く散歩に行きたいと言わんばかりに尻尾を振りながら、ウキウキ顔で待っている三匹──いや、三人の竜人が居る。そんな期待の眼差しで見つめられたら、嫌だと誰が言えようか。
【よし、行くぞ!】
勝は気持ちを入れ替える。
そう、慣れてしまえばいいのだ。奴隷と思われないような対策をキチンと気を付けていれば大丈夫なはず。
散歩の内容は以下の通りだ。
①まず、ドラゴン状態のブラックに騎乗した状態でブラック達を引き連れ、王都の中心部──広場に降り立つ。そこから、ドラゴン状態のブラック達に首輪をはめ、鎖を握る。この工程を終えてから、ブラック達を人型にする。
これで、ブラック達がドラゴンである事を人間達に印象付け、非人間──つまりペットに首輪をはめたという認識を与えるのだ。奴隷だと思われないようにする為には必要な行為である。
②なるべく人が多い場所を歩く。
間違っても人気のない場所や貧民街などには入ってはいけない。そういった場所に行くと、ブラック達の格好の都合上問題が生じるのだ。人気のない場所だと、私がブラック達にエッチな行為をさせているように見える可能性がある。また、不埒な輩が寄ってきて、ブラック達にスケベな事をしてくるかもしれない。断じてそのような事になってはいけない!
特に貧民街──王都には貧民街と呼ばれるスラム街のような場所があるのだが、そこの治安はあまり良くない。金に困った者達が屯している場所ゆえに、スリや犯罪がしょっちゅう起こるらしい。中でも性犯罪が多く、貧民街に連れ込まれた女性が行方不明になる事件がよく報告されている。そして数日後に、貧民街の入口付近の裏路地で裸で倒れているのを発見されるのだ。しかも、レイプされた痕跡や暴力を受けた傷跡が色濃く残っており、中には死んでいる者もいたりする。
噂では──女性を捕まえて売り渡す事で資金を得ようとしている者達が居て、その裏では八本指の奴隷売買部門や窃盗部門が絡んでいるのでは? とさえ言われている程だ。
そんな場所にブラック達を連れていけば、性に飢えたケダモノ達が群がって来るに違いない! だから絶対に連れていかない!
③散歩ついでに買い物をする。
まず飲食店で食べ物を買ってブラック達にエサを与えているように見せる。と言っても、実際はテーブル席に座り、三人分の食事(大量)を注文して、私がブラック達に食べさせてあげるという、まるで恋人同士がやるような事をするだけである。どんな料理でも、私が【あ〜ん】と言いながら差し出せば、ブラック達は嬉しそうに食べるのだ。まぁ、私が食事ができず、退屈な時間を凌ぐ為の手段でもあるのだが。
店側はというと──昨日の時点では良好な結果だった為、問題はないだろう。私達の食事風景を物珍しく思った客やブラック達のエッチな格好に惹かれた男性客が入店して来て繁盛する為、割とウケが良かったのだ。その為入店を拒否される事はないだろう。
次に武器、防具、薬品、雑貨店などで消耗品の購入を行う。これらの店に立ち寄るのは冒険者として当たり前の行動だ。
しかし、人間ではない我々には少々難しい事である。入店するだけで店内の人達の目を引くのは当然として、来店していた客の反応次第で結果の善し悪しが変わるのだ。私達の入店で客足が悪くなれば、店側からの印象も悪くなる。
私が
④取り引きを行う。
これも散歩のついでにやっている(やり始めた)事だ。むしろ、こっちが本命と言ってもいい。取り引きを行う相手は──武器や防具を売っている店。鉱石を必要とする鍛冶屋と宝石店。珍しい魔法や高位の魔法、技術に興味津々な魔術師組合の組合長。そして──神殿の神官達である。
冒険者の中には、旅先で手に入れた物を売って資金を手にいれる者もいる。大抵は魔法のスクロールやマジックアイテムが主だ。そういう珍しい物に目をつける商人も少なくない。故に、冒険者と品を取り引きする者もいるのだ。
この異世界では──ありがたい事に、第3位階から第5位階程度の魔法や、それらの魔法が付与された品々を高値で売る事ができる。ユグドラシルでは第8位階以上の魔法やそれに匹敵する程の品じゃないとゴミ扱いされるアイテム類が、こちらの異世界では伝説級のアーティファクトとして扱われるのだ。
昨日は各お店や施設に出向き、取り引きしたい物品の見本を持って相談を持ちかけた。
武器防具の店には魔法を付与した装備品を──
鍛冶屋と宝石店には純度の高い鉱石を──
魔術師組合長にはスクロールや魔術書、魔道具などを──
神殿の神官には治癒系の魔法が込められた杖やポーション類を──
全てがユグドラシルではゴミ扱いされる低位の物ばかり。だが、取り引き相手達は目を丸くし、慌てふためく程に興味津々であった。
今日は、その相談の返事をもらうつもりでいる。無論、数日待って欲しいと、返事を先延ばしにして時間を稼ぐ輩もいるかもしれないが。少なくとも、私達『竜の宝』の貴重性と存在価値がバク上がりしたのは言うまでもないだろう。噂が広まれば他国からも、取り引きしたいという相談が来るかもしれない。そうなれば、他国に歓迎されやすくもなるかもしれない。
もちろんアインズにも、私の考えた経済的取り引きのメリットとデメリットをしっかりと説明し、確認をとり、『低位の魔法や物品だけなら』と許可をもらっている。さらにデミウルゴスにも問題ないか確認をとった上での行動だ。この二人が大丈夫だと言ったのだ。仮に何か問題が起きた場合でも、私だけの責任にはならない──はずである!
この経済的取り引きが上手くいけば、ナザリックにこの異世界の貨幣がジャンジャン入るようになる。ゴミアイテムを高く売って資金調達、おまけに冒険者モモンのチームの負担も減る。まさに一石二鳥である。
さあ──楽しい取り引きの始まりだ。
闘技場からデュラハンを乗せた黒い竜が飛び立ち、それに連なるように青い竜と赤い竜も続く。三体の竜は王城より高い位置まで浮上した後、ゆっくりと下降しながら王都の中央広場へと向かう。
途中、城壁に居た金竜と銀竜達が上空を通る三体の竜達に向かって遠吠えを出す。竜達にとっては挨拶のようなもの。しかし、近くに居た人間の兵士がビックリしていた事に、上空を飛び去る竜達は気付きもしなかったのは言うまでもない。
一方、そのころ。
王都の北側──少し離れた場所にある森の中で、とある使節団が隠れて様子を伺っていた。
「見ろ! 王都の上空を飛んでるの、やっぱりドラゴンだ!」
「それだけじゃない。城壁の上のキラキラしたヤツ、あれもドラゴンだぜ!」
「本当だったんだ……ドラゴンを従えさせてるって話……」
全員が息を飲み、王都の今の状況を受け入れる。ドラゴンが人間達と当たり前のように暮らしている世界が実現しているのだ。そして自分達が──今からそこへ使者として、外交官として赴かなくてはならないのだ。
「皆落ち着くのだ」
緊張していた仲間達に、使節団のリーダーらしき男──純銀の、竜を象ったような鎧を着た人物──が声をかける。
「我々は今から王都に入る訳だが、今回は王国との外交が目的ではない。
緊張をほぐすつもりだったのだろう。しかし、仲間達の不安気な表情は相変わらずであった。鎧の男もため息をこぼす。
「(無理もないか……。相手はアンデッド……しかも竜王様達を従えさせているかもしれん相手だ。人間と比べれば、天と地の差か……)」
正直に言うと、リーダーの男も不安で仕方なかった。なにせ鎧の男にとっても初めての経験だからである。
鎧の男は森の奥に視線を向ける。
使節団の一員でもあり、自分達の国の顔、アーグランド評議国の看板と言っても過言ではない存在であるドラゴン──その内の一人、ザラジルカリア=ナーヘイウントが、体を低くして森に身を隠している。
ザラジルカリアが森に隠れているのは、パニック回避の為である。いきなりドラゴンが王都の上空に現れれば人間達が慌て出す。それにもし、『竜の宝』が──王都を自分達の縄張りのようにしているのなら、他地域から来た他のドラゴンに警戒を示す可能性が高い。ドラゴンは縄張り意識が高い生き物だ。縄張り争いで殺し合う事は、大昔ではしょっちゅうの事だった。これから交渉する相手を不機嫌にさせない為にも、ザラジルカリアには後から登場してもらうしかない。
通常なら──そのままザラジルカリアと一緒に赴き、ドラゴンの存在感を見せつけ人間達を威圧、自分達の国との争いをさけさせる抑止力として活用できた。
しかし、今回はそういう訳にはいかない。自分達の最大の切り札であるドラゴンの存在──アーグランド評議国が他国への威圧として利用できる存在──それが、今から会いにいくデュラハンには一切通用しない。むしろ自分達の方が威圧されてしまっている。
「まずは人間達の王様に会い、ここに来た理由を告げねばな……」
『竜の宝』に会いに来た事を伝え、人間達の王様に公式なものとして認めてもらう事。これは重要だ。なんの許可も無しに評議国の者が国の代表として『竜の宝』に会いに行き対話した場合、それは密談と同義だ。冒険者である『竜の宝』が密かに他国と関係を持った、という情報が広まれば、組合の規則に引っかかり問題になりかねない。
「皆、出発するぞ」
リーダーの合図に、使節団を乗せた馬車数台が動きだす。先頭の馬車には評議国に所属する人間達が。あとの馬車には亜人達が乗っている。主に身なりを良くした
使節団の馬車は王都に向かっていき、そして王国の検問所へと到達する。馬車を調べる為にやって来た兵士に御者が幾つかの書類を出して告げる。
「私達はアーグランド評議国から来た使者です。王様に会わせていただきたい」
そんな都合の良い展開なんて、そうそうくる訳ではないのは──まぁ、なんとなくわかっていた。
勝は渋々と神殿から外に出る。
【交渉って難しいな〜……。やっぱ一筋縄ではいかないか】
交渉の結果はイマイチであった。だが、全く成果がなかった訳でもない。
まず武器防具の店だが──魔法が付与された武器と防具を数種、サンプルとして店頭に並ばせ、客が買ってくれるかどうか調査する必要があると言ってきたのだ。無論、売る時の値段も調整しなくてはならないので、まずは第3位階の魔法が付与された物品から試したいとの事だった。あまりに高性能の物品──第4位階以上の魔法が付与された物は、売れ行き次第で検討するとの事。
要するに最初の品々が注目され、買いたい者達が殺到し始めた時に、より性能の高い物をチラつかせて売りたいという事なのだろう。
次に鍛冶屋と宝石店だが──鉱山を所有するブルムラシュー侯との関係もあり、交渉にはかなり慎重になっていた。店側はできる限り安く鉱石や宝石を仕入れたいという思いはある。勝側もたくさん売りたいのでブルムラシュー侯より安い値段にするまでは当然の流れ。しかしここで、長い付き合いをしてきたブルムラシュー侯から新しい購入相手にあっさり切り替える事ができないのが、信頼や信条というものだ。故に──最初の方は少な目で購入し、少しずつ量を増やしていきたいとの事。
勝達は冒険者であり、商人ではない。王国にずっといるかもわからない相手との取り引きの為に、長年付き合ってきた相手との契約を切るのは、店側にとってかなりのリスクとなる。今回の店側の行動も、『竜の宝』と長く付き合い、互いに離れられない関係を築くという、店側の長期的視野な考えなのだろう。
魔術師組合が一番良い結果だった。彼らは直ぐに魔術書やスクロールに飛びついた。彼らは、自分達では到底実現不可能な領域の魔法が目の前にやって来た事に歓喜し、勝達を貴賓室に案内した。組合長がすぐさま現れ、金貨を取り出し、購入する意思を見せたのだった。
組合長の話では──王国では魔法はそこまで重要視されておらず、魔術師組合への予算は少なかった。まともな研究費用が得られていなかった魔術師組合にとって、私達が持って来た魔法は──魔術師組合にとっては貴重な品々であり、中々入手できない研究材料である。これら第3位階以上の魔法が書された書物を読み、解き明かせば、いずれ自分達も扱えるようになるかもしれない。そうなれば自分達の必要性が上がり、国の魔法への関心も高まる。魔術師組合の立場をより強くする事ができるかもしれない。との事だった。
そして最後に立ち寄った神殿では──魔術師組合長とは逆に、神殿の神官達は恐ろしい事を言い出した。
『治癒系の魔法が付与された杖や魔法書、ポーション類を寄付していただく事はできませんか?』
と尋ねてきたのだ。
神殿は独自製品の販売や治癒魔法による治療の代金を取って運営している独立機関である。神殿で働く人のほとんどが神官であり、四大神なる神達を崇拝している。
働いている者達が神官である以上、彼らはアンデッドや悪魔といった存在には容赦がない。いや、優しくない──と、言い換えるのが妥当だろう。昨日もそうだったが、初めて私が神殿に立ち寄った時の彼らの視線は、明らかに気色悪い物を見る目であった。対応してくれた女性の神官も笑顔で応対してはいたが──私から一定の距離をとって、近づく事はなかった。
なので今回は、神殿を訪れる前に神竜を召喚しておいた。もちろん人間の姿にさせてだ。背中から天使の羽を出した神竜は、まさに聖女のような──というか、もはや本当に天使か女神では? と見間違う程の美しさの美女であった。これなら神官達も少しは警戒を緩めるだろうと考えたのだ。
予想は的中。神官達は男女共に神竜の姿に見惚れてくれた。
案内された応接室で、昨日見せた品々に対する返事を聞くと神官達は寄付を要求してきた。アインズならば取り引きを中止するであろう返事だったが、念の為理由を尋ねた。
神殿の運営費の中には人々からの寄付金も混ざっている。寄付金は言わば人々の感謝の印のような物。間違っても私腹を肥やす為に使ってよい物ではない。神官達は、その金が私達──アンデッドの手に渡るのが嫌だと主張したのだ。
なんとも勇ましい。ドラゴンを連れたデュラハン相手に、彼らは自分達の信念を貫く姿勢を見せたのだ。
しかし、タダでやる程こちらも優しくはない。向こうからすれば貴重な品々であるアイテム類だ。あっさり渡せば、向こうは調子に乗るだろう。
なので、寄付する品を第3位階までに限定した。残りの高位──(と言っても最高で第7位階までだが)──の品々は鑑定だけさせ、目の前にチラつかせるだけチラつかせて引っ込めた。その時の彼らの物欲しげな顔──あるいは悔し顔が、唯一の私の勝利だっただろう。
だが、よく考えてほしい。誰でも扱える第7位階の復活系魔法が込められた短杖──蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)をタダで渡すなんてできる訳がない。
この杖は誰でも扱える。戦士ですら扱える特別な短杖だ。リザレクションは第7位階の魔法であり、初心者や低Lvのプレイヤーでは扱えないパターンが多い魔法だ。それを可能にし、ヒーラーが倒れたパーティーの全滅を回避する唯一の手段として用いるのがこの杖の役目だ。戦闘でヒーラーが一番最初に狙われ倒される事はよくある事である。序盤では中々高額な為、ホイホイ買える物ではないが──それなりの古参プレイヤー達なら腐る程所持するのが当たり前な品である。あのアインズですら大量に所持しているくらいだ。
悔しかった神官達は、私に慈悲の心がないのか問うてきた。苦しむ人々への優しさはないのか? とか、貴方の寄付で救われる命があるのですよ? など。
──はっきり言おう。クソ喰らえである。
神官達の言いたい理屈はわかる。が、第3位階の重傷治癒(ヘビーリカバー)が込められた魔法の杖にスクロール、腐らないポーション……どれもが現時点で神官達では作れない物品ばかりであり、それを少しとはいえ無償で寄付してやったのだ。文句を言われる筋合いはないはずである。
神官達の態度にブラック達が業を煮やしそうになった時、神竜が前に出て神官達に話しかけ始めたのだ。というか振り返ってみれば、あれは説教に近かった。神に仕える身でありながら、欲深い心を見せた神官達に神竜の語る内容は痛く刺さり、最後は神竜の言葉に心をうたれ、感動して泣き出す神官が出た程であった。最終的に、神官達はこちらに礼を述べて寄付された品々を受け取ってくれた。望んでいた結果には届かなかったが、両者に禍根が生まれなかっただけマシだと思う事にした。
神殿から出ると、蒼の薔薇が待っていた。
「やっと出てきたか、デュラハン」
「貴方達が出てくるのを待っていたのよ!」
妙に慌てている雰囲気の蒼の薔薇に用件を尋ねる。すると──
「貴方達に会いたいと、アーグランド評議国から使者が来てるのよ」
「しかも、ドラゴンまで連れてな」
【なに!? ドラゴンだとぉ!!】
アーグランド評議国──5匹から7匹のドラゴンが居るという国。その国からの使者が来た。しかもドラゴンの
【どこだ! どこにいる!?】
「ちょちょちょッ!? か、かか、勝さん!?」
今すぐにでも使者に会いたい勝は、聞こえない声で尋ねながらラキュースの肩を揺さぶる。ガクガクと揺さぶられながら、勝の突然の行動にラキュースはビックリしている。
見かねたブラックがすぐさま勝の言葉を代弁すると──ティナが王城を指さす。
「……あそこ」
【王城か! ヨシ、行くぞ! お前らぁぁぁ!】
「あ! お待ちを、ご主人様!」
場所を聞くなり、王城に向かって突っ走って行く勝。それをブラック達が慌てて追いかけていき、あっという間に見えなくなる。蒼の薔薇のメンバー達は呆気にとられた後──
「はっ!? いけない! 私達も追わないと!」
ラキュースの言葉に他の仲間達も我に返り、慌てて後を追いかけ始めたのだった。
──夕方──
「お主ら、待たせたの」
「やあ、イビルアイ。さっきは挨拶ができなくてすまなかったね」
蒼の薔薇が宿泊している宿屋の1階・酒場にて、とある人物二人が蒼の薔薇と合流していた。
「リグリット!? お前、ツアーと一緒だったのか?」
意外な人物の登場に、蒼の薔薇のメンバー達は驚きつつも、二人を歓迎し卓を囲む。
「なんじゃあ、気付いておらんかったのか? カカカッ!」
「リグリットは私の使節団の人間に紛れて居たんだよ。正体を隠してね」
「どうしても会話が聞きたくてな。それよりも──お主らは、ツアーと会うのは初めてじゃろ?」
リグリットの隣に立つ、竜を思わせる全身鎧の人物に、ラキュース達は目を向ける。
「どうも。君達とは初めましてだね」
「貴方がツアーさんね? イビルアイから名前だけは、度々聞いていたわ」
リーダーであるラキュースがツアーと握手を交わす。
「私も、君達の事はリグリットから聞いているよ。イビルアイをリグリットと協力してボコボコにして仲間にしたのだっけ?」
「なっ!? リグリット! お前、あの話をツアーにしたのか!?」
「はて? なんのことやら。最近物忘れが激しくてのぉ〜……お主の泣きべそしか思いだせんの〜。カカカッ!」
「わあぁぁ! それを言うなぁ〜!」
いたずら顔で──それでいて笑っているような表情でからかうリグリットに対し、自分の情けない部分を語られ、恥ずかしながら文句を言うイビルアイ。その光景を、懐かしく思いながらツアーも笑うのだった。
──しばらくして──
「そうだったの……。私達は立ち入りを許可されなかったから……」
「仕方ないよ。今回は国絡みだからね。君達がいくら王国で有名なアダマンタイト級冒険者チームだとしても、冒険者は冒険者だ。国同士の話し合いに交ざるには王族の許可がいる」
使節団は王国の王族貴族達と共に、『竜の宝』の拠点に入場した。王族達を守る為の兵士達は入場できたが、ラキュース達は冒険者という立場だった為、入場を認められなかったのだ。
本来ならば、使節団と『竜の宝』のみで話し合いをするのが当たり前なのだが、王国側も話し合いに参加したいと『竜の宝』に頼んだのだ。『竜の宝』はそれを承諾。王国の人間達も交ぜて話し合いに応じたのだ。
「それで……どうだったの二人とも?」
「いやはや……噂以上に凄かったの!」
「私も驚いたよ。『竜の宝』の拠点に入るなり、信じられない程の宝の山の絶景が広がったからね。王国の人間達も驚いていたよ。しかも観客席から見下ろす竜王様達の姿……流石の私もすくみあがったよ」
ツアーは今一度思い出す。
しかし、観客席から静かに見下ろす竜王達の姿を見た瞬間、その大きさに圧倒された。特に、デュラハンの真後ろで仁王立ちしていた竜王ティアマトの鋭い視線は、ツアーを含めた使節団の団員達を震え上がらせるのには充分なものだった。
「ツアーと一緒にいたドラゴン──ザラジルカリアという名前だったかの? あ奴なんか竜王達に恐れおののいてずっと頭を下げておったしの!」
「あれは……竜王様達の主人である
その後も、リグリットとツアーは自分達が『竜の宝』の拠点で体験した事、感じた事を蒼の薔薇の皆に聞かせた。
「それでよぉ……結局、話し合いの結果はどうなったんだ?」
「うむ……断られたよ。王国で悪魔騒動が起きているので、他国に行く余裕はない──という理由でね……。間が悪かったようだ」
「そう……。それはそれで、私達にとっては嬉しい結果だけど……」
悪魔に対抗する為の最高戦力である『竜の宝』が他国に行くような結果にならずに済んで、ラキュースは安堵する。おそらく、王族貴族達も同じような気持ちになったはずである。
しばらく取り留めのない会話が続き、話のネタが尽き始めた頃には、日は完全に沈み、宿屋にはランプの光が広がりはじめていた。
「なぁ、ツアー……お前はこの後どうするんだ? 国に帰るのか?」
まるで別れを惜しむような雰囲気で尋ねてくるイビルアイに、その心中を察したツアーが返事を返す。
「いや、私はしばらく残るよ。久しぶりに君達と時間を共にしたいし、『竜の宝』とも親睦を深めたいしね」
「本当か!?」
ツアーの返事に嬉しそうに反応するイビルアイに、リグリットも顔を緩ませる。
「使節団の他の仲間達は?」
「明日、ザラジルカリアと共に国に帰国させる予定だよ」
「宿は確保しているのか?」
「使節団の人間達は王都の宿屋に宿泊、亜人のみんなは『竜の宝』のリーダーのご厚意で彼らの拠点で宿泊する事になってるよ」
「えっ!? あの闘技場で寝るのか?」
あんな財宝だらけの場所で寝れる訳がない。寝れるのはドラゴンであるザラジルカリアぐらいだと、誰もが思った。しかし、ツアーは笑いながら否定し、みんなに説明した。
デュラハンは亜人達の為に闘技場に新しい地下を増築したという。
闘技場はマジックアイテムによって建てられた魔法の建築物であり、所有者であるデュラハンが自由に改築できる機能が備わっている。デュラハンは亜人達のそれぞれの種族に意見を聞き、細かい要望に応えて部屋を作ってくれた、との事。
「へぇ〜、すげぇ優しいじゃねぇか、首なしのヤツ」
「こちらとしては大変助かる事だったよ。亜人の子達は人間と同じ環境で暮らせる訳ではないからね。人間の宿屋に、亜人向けのサービスなんてほとんどないだろう? 宿屋の主人にわがままを言う訳にもいかないからね」
「王族貴族達にとっても助かる行為よ。人間と亜人のトラブルを避けられる訳だし」
ましてや亜人達は他国の使者である。もし国の使者ともめ事や争いが起きた場合、国同士の戦争に発展しかねない。ただでさえ王国はバハルス帝国と争いあっている。そんな中、悪魔騒動の処理に追われている状況なのだ。他の国と争っている余裕などない。
「ザラジルカリアにも宿泊できる場所ができて良かったよ。予定では、彼だけ王都の外で野宿させる予定だったからね」
「しかし……大丈夫なのか? あのドラゴン、竜王達にビビっておったじゃろ?」
「うむ……」
ツアーも少しだけ心配になってきた。イビルアイ達に会いに行く直前でのザラジルカリアの様子は特に問題はなさそうであった。
しかし逆に言えば、強大な力を持つ竜王様達の前に彼1人を置いてきた事になる。偉大な竜王達にたった1人で囲まれ続ける状況は、精神的に辛いのでは? と、思えたからだ。
心配になったツアーが、一旦『竜の宝』の拠点に戻ろうか考え始めたその時──
酒場の入口から、誰かが慌てて飛び込んできた。
突然の事に、酒場に居た者達が、息を切らしならが飛び込んできた人物に目を向ける。その人物は、蒼の薔薇のメンバーがよく知る人物であった。
「クライム!?」
名前を呼ばれたクライムは息を整えながら、蒼の薔薇のメンバーが座る卓へと駆け寄る。
「皆様、こちらにいらしたのですね!」
「おう! 童貞じゃねーか! そんなに慌ててどうしたんだよ?」
「皆様に、大至急でお知らせしなくてはいけない事がありまして!」
クライムの慌てぶりに、ツアーは真っ先に使節団絡みのもめごとを想像した。
「何かトラブルでも?」
「実は先程、スレイン法国の使者を名乗る人物達が王城にやって来まして、『竜の宝』に会わせてもらいたいと……」
「スレイン法国!?」
まさかの国の名前に、蒼の薔薇だけでなくツアーも驚きの声を上げる。
「まさか、あの国まで動いたと言うのか!? こーしちゃいられない! スマンが皆、私は一旦『竜の宝』の拠点に戻らせてもらうよ。あの国と私達の国は犬猿の仲でね。亜人達に手を出されないか、見張っておかないと!」
「待って、ツアーさん! 私達もいくわ!」
ツアーが慌てて酒場から出ていく。それを追うように、蒼の薔薇のメンバー達は再び王城へと走るのだった。
次回はモモンチームがメインになる予定です。