首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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*ついに帝国のターン


第16話 来訪者─その3

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 バハルス帝国皇帝──ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

 

 彼は今、驚きで満たされている。

 

 こんな場所が存在したのか。

 こんな魔法が存在したのか。

 こんな人物が存在したのか。

 こんな不条理が存在したのか。

 

 見るもの全てが人智を超えている。人間が一生をかけても到達できない世界。それは正に、神と呼ばれる存在のみが許される領域だろう。

 それを──そんな当たり前ではない事を──当たり前のように感じ、当たり前な様子でやりこなす者達がいる。皇帝である自分ですら味わった事がない世界を独占した者達が──今、目の前に存在する。

 

 彼は今、驚きで満たされている。

 

 こんな──未知が存在したのかと。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの冒険者チームが魔法でできた〈転移門(ゲート)〉に入っていくのを見届けたジルクニフは、部下達に馬車に乗り込むよう命じた。そして己自身も馬車に乗り込むと、ゲートへ進むよう御者に命じる。

 ジルクニフの部下達の中には、あのゲートへと進む事に不安気な表情を浮かべる者も居た。しかし、ひとたびジルクニフが命じると、全員が文句も言わずに準備に取り掛かる。

 部下達にとって、帝国の皇帝たるジルクニフの存在は強大であり、逆らう方が恐ろしいとさえ言う者がいる程だった。

 

 

 ジルクニフはバハルス帝国の若き皇帝であり、歴代最高の皇帝と謳われている人物である。彼は様々な改革を行い、国を繁栄させた。よって民達からの尊敬は厚く、多くの人々の人望も集めている。

 

 一方で、彼は『鮮血帝』と呼ばれ、近隣諸国から恐れられている。理由は、改革の為に多くの貴族を粛清したからである。その粛清は、彼の身内まで巻き込んでいる。邪魔な家族を殺し、反対勢力の貴族を処刑し、無能な貴族達から(くらい)を剥奪した。最後は皇帝に忠誠を尽くす者だけが残り、彼は完全な中央政権を確立した。彼の行った改革で、彼の国は封建国家から専制君主制になり、国として生まれ変わった。

 

 それだけではなく、彼は軍事力においても抜かりはなかった。

 帝国では、専業軍人の育成を行っており、魔法を使えるものを騎士として採用、教育している。精鋭には魔化された鎧などを支給させており、帝国の兵たちだけでモンスター討伐が行える程である。その分、帝国での冒険者達の地位は低くなってしまってはいるが。

 

 優秀な軍隊に加え、第6位階の魔法を使用できる最強の大魔法使い──帝国主席宮廷魔術師──フールーダ・パラダインを有している。フールーダの強さは帝国全軍に匹敵し、その名を出すだけで他国の威圧が可能なのだ。

 さらにフールーダには弟子たちがおり、第3位階を使える者や、フールーダの高弟「選ばれし30人」には、第4位階が使える者がいる。

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタールには帝国魔法省という、先代皇帝以来最も力の注がれている重要機関が存在する。

 帝国における魔法の真髄であり、魔法武具の生産、新魔法の開発、魔法実験による生活レベルの向上研究などが執り行われている。

 

 故に、そんな(ジルクニフ)が今、最も力を注いでいるのが魔法である。

 先々代の皇帝が、才能ある子供が貧困などで教育を受けることが出来ないという不利益を解消するために、大魔法使いのフールーダに協力を仰いで作り上げた帝国最大の教育機関──『帝国魔法学院』

 魔法の才能や年齢にかかわらず入学することが可能で、優秀であれば学費の免除や、場合によっては報奨金もでる。

 魔法は日々の生活に密接に結びついており、魔法の才能が無くても知識は必要になるため「魔法」と付いている。魔法知識は必修科目。

 ここで様々な知識を習得して卒業した生徒たちは、就職や大学院への進学、非常に優秀なものだと帝国魔法省などに進む。そのため、帝国の国民のほとんどが魔法に関する知識を持っている。

 無論、皇帝たるジルクニフも魔法に関する知識を持ち、その重要性を理解している。

 

 

 故に──故にである。『竜の宝』の噂を耳にしたジルクニフは大いに興味をそそられた。

 

 デュラハンがドラゴンを従えさせている事

 そのドラゴンの内の1体が第10位階までの魔法を酷使できる事

 デュラハンが凄まじい魔法で複数の竜王を召喚できる事

 それ等が王国で冒険者をしている事

 

 

 これらの情報を聞き、何故王国をえらんだのだ! と、悔しい思いに駆られた。だが、後からさらに追加された──『竜の宝』が、自分達の持つ貴重な品々や魔法技術を王国に提供している──という情報を聞いて、その悔しさはさらに高くなってしまった。『竜の宝』が王国より先に帝国に来ていれば──そう考える日々が続くようになった。

 

 もちろん他にもいろいろ情報はあった。しかし、だからこそどれもこれもがもったいなかった。

 あの手この手を使い、『竜の宝』と友好関係を築き、帝国に取り込む。そして『竜の宝』が持つ物を提供してもらう。そうすれば、帝国は無類の強さと発展を得られたかもしれない。

 

『竜の宝』が王国に定着してしまえば、こちら側に引き込むのが難しくなる。臣下達にはやめるよう言われたが、幸い(じい)も『竜の宝』に興味津々であり、私よりも会いに行きたがっていた。だからこそ今回、危険を承知で敵国である王国に出向くという行為に出たのだ。

 

 

 ゆっくりゲートへと進む馬車の中でジルクニフは悩んでいた。どうすれば『竜の宝』を自分側に引き込めるのかを。様々な手を考え、用意をしてきたつもりだった。

 しかし、その手段の内の2つ──軍事力と権力がいきなり砕かれ事に、ジルクニフは焦りがで始めたのだ。

 

(まさか──いきなり竜王クラスを出迎えに寄越すとは……)

 

 ドラゴンとは本来、自分の住処の最奥に鎮座し、宝を守っている姿が普通である。ジルクニフもそうだと思っていた。そんな存在であるはずのドラゴンを使いとして派遣するなど、通常ではありえない事だ。ましてや大群のオマケ付きで。

『竜の宝』のリーダーであるデュラハンはドラゴンを従えさせていると聞いてはいたが、あれ程巨大な竜王すら従わせているとなれば、その実力は計り知れない。少なくとも、ドラゴンより権力が上であるのは確からしい。

 

(力では無理……権力も……ドラゴンが居る以上、通じる訳がない……)

 

 となれば次の一手を行うしかない。とは言っても、残る手は3つ。

 

 金銭、地位、そして異性だ。

 

 まず金銭──ドラゴンが居る以上、貢ぎ物として金銭を欲しがる可能性は高い。こちらで用意できる物は──宝石などの金品は当然として、次に土地だ。無能な貴族達を大量に排除した今の帝国には、空き家と化した一等地が山ほどある。無論、殺した貴族達が所有していた財貨も一緒に。

『竜の宝』は王都に拠点を置いている。つまり、王族か貴族達の領土を貰い受けたと言う事だ。ならば、こちらはさらに質の高い物を提供するしかない。

 

 次に地位──現状、王国に潜り込ませているスパイの報告では、『竜の宝』はアダマンタイト級冒険者という地位しか得ていないらしい。ならば、こちらがより良い地位を与えると言えば欲しがるかもしれない。さしずめ貴族位──辺境伯ぐらいが妥当か。部下になってくれるのであれば、四騎士と同等の地位を持つ役職を新たに創ればいい。

 

 最後に異性──仮に、リーダーであるデュラハンが男と仮定した場合だが、美しい美女に興味をいだく可能性もないとはいえない。それにドラゴンが美女を攫うおとぎ話はよく存在する。ドラゴン達が興味を持てば、デュラハンの心を動かすきっかけになるかもしれない。

 

 だがもし、それら全てをもってしても通用しなかったら──

 

 そこまで考えた時──馬車が停止する振動がジルクニフを現実に引き戻す。馬車が止まった事に、同乗していたフールーダと秘書官のロウネ、四騎士の1人のバジウッドも困惑している。

 

 ジルクニフが乗っている馬車は特別仕様の特注品であり、対襲撃者用に頑丈な作りになっている。その為窓が設置されておらず、外の様子が確認できないのだ。

 通常なら外にいる兵士が、何かしら報告に来るはずなのだが──

 

「……何かあったんですかねぇ?」

 

 バジウッドがいつも通りの砕けた口調でジルクニフに話かける。

 

「外を確認しろ」

 

 ジルクニフの命令に従い、バジウッドが扉を開ける。

 その瞬間、眩い光が馬車内に差し込んできた。その光の正体をバジウッドが目で確認した途端、驚きの声を上げる。

 

「陛下! 見てください!」

「これは──!」

 

 ジルクニフが見たもの、それは──一面に広がる金世界だった。

 

 敷き詰められた砂金の地面、山のように積まれた金貨の山々、金貨に埋もれるように混ざっている高価そうな財宝達。夢のような光景が目の前にあった。

 

 ジルクニフは愕然とした。こんな光景を見せられては、兵士達が見蕩れるのも無理はない。現に、馬車から降りて外の状況を知った法国の者達も同じ状態になっていた。

 

 金銭による説得──ジルクニフはそれを排除した。勝てるはずがないと。

 帝国にも闘技場はある。そして今いる場所が闘技場である事も理解した。だからこそ勝てない。何故なら、帝国が誇る闘技場、その3倍はありそうな広場を金銀財宝が埋めつくしていたからだ。これだけの財を上回る額を帝国だけでは用意できない。国中の貴族達から金品を巻き上げたとしてもだ。

 

 ジルクニフは薄く笑う。余裕からではない。今から会うデュラハンとの交渉が、今まで経験してきた中で最も手に汗を握る事になるだろうと予感したからだ。

 

「皆様方、お待ちしておりました」

 

 財宝から声の主に視線を移す。本当は最初から見えていたのだが、周りを囲む財宝が凄すぎたせいで後回しにしていた。

 

 声の主は白人の美女だった。白い瞳に雪のように白く長い髪、そして純白の鎧──まるで雪そのものが人の形をしている、という表現が似合う女性である。着ている純白の鎧はかなり精巧な作りであり、帝国でも見たことがないほど立派な物であった。仮に値段をつけるとするならば、帝国で売られている魔法の鎧の数十倍の値段になるだろう。

 

 女性の後ろには、メイド服を着た20人の女達。これまた美しい顔立ちの女達ではあるのだが、こちらは些か違和感を感じる事ができた。一人二人程度であれば気にしなかったかもしれない。しかし、女達全員が、白蝋じみた血の気の完全に引ききった肌にルビーのごとく輝く真紅の瞳を持ち、やけに赤い唇からは鋭い犬歯が僅かに姿を見せていれば、誰でも不自然に思う。

 

 私の──いや、私達の警戒する雰囲気を感じた白人の女が、優しく微笑みながら一礼し、自己紹介を始める。

 

「私の名は白竜(はくりゅう)と言います。帝国の皆様方を案内するよう、ご主人様から承っております」

「これはご丁寧に──」

「──お返事は結構。ちなみに、後ろのメイド達はご主人様が召喚したヴァンパイア・メイド達ですので、下手に刺激しますと牙をむくのでご注意を」

 

 ジルクニフの返事を冷たい表情でバッサリ遮り、彼らがメイド達に感じていた違和感をあっさり説明する白竜に、一同が動揺する。

 だが、1人だけ──

 

「──待ちなさい」

 

 バジウッドと同じ四騎士の1人であり、馬車の警護についていたレイナースが白竜に声をかけた。

 対する白竜は、面倒くさそうな表情でレイナースに顔を向ける。

 

「……何か?」

「私達の陛下に対して、案内役の癖にその態度はなに? 少し失礼なのでは?」

 

 ジルクニフは止めようか迷った。ここは下手(したて)に出て相手の機嫌を損ねないのが無難な所だとわかってはいる。わかってはいるが、自分達を低く見られるのも避けたいところではある。

 

 しかし、白竜という女に注意した人物がレイナースというのが問題だ。彼女は昔、モンスターから呪いを受け、顔の半分が醜いものへと変化した。呪われた顔の半分を髪で隠している彼女は、自分より美しい女を見ると嫉妬する性格になってしまっている。

 おそらくだが、レイナースは白竜の美貌に嫉妬している。それゆえ私情を混じらせた注意でマウントを取りたいのだろう。

 

「謝っていただけます?」

 

 レイナースが睨み顔で白竜に謝罪を要求した。自分よりも遥かに体格がデカい女相手に、一切物怖じせずにだ。

 

「──今なんと言った?」

 

 ジルクニフは何か嫌な予感を感じた。地雷を踏んだ、あるいは触れてはいけない領域に触れたような──例えるならば、竜の逆鱗に触れたような、そんな感覚がした。

 

「(やはり止めるべきか!)いや、私は気にしてなど──」

「──人間風情が! この竜王たる私に! 謝罪を要求するかァァッ!」

 

 遅かった。

 白竜の表情が一気に豹変し、姿が変わる。巨大な生物の姿へと。真っ白な巨竜が姿を現し、レイナースの目の前に巨大な顔を向ける。

 

「ひっ!」

 

 レイナースの怯える声が横から聞こえるが、目を向ける事ができない。目の前の存在から目を離す事ができない。

 変身した白竜に、少し離れた位置にいた法国の人間達も恐れおののく声を上げている。

 

()()()()人間の分際で! 我は竜王であるぞ! 貴様の方が分をわきまえろ!」

 

 巨竜から凄まじい冷気が溢れ出し、周囲の財宝を凍らせていく。

 寒さに耐性のあるヴァンパイア達は平気そうに立っているが、圧倒的な恐怖と白竜の吐き出す冷気による寒さに、人間達は誰もが動けなくなる。

 

(まさか、この女もドラゴンだったとは!)

 

 ジルクニフは必死に思考を走らせる。目の前の竜王は激怒している。なんとかしないと全員が殺される──それだけは理解できた。だが、理解できても体が動かない。目の前の恐怖に足がすくんで動くことすらかなわない。体からでているはずの冷や汗がピキピキと音をたてながら一瞬で凍っていく感じが肌から伝わってくるのが、より一層ジルクニフを焦らせる。

 

「この我に命令した事……謝罪せぬなら死を持って償ってもらう事になるが……どうする人間?」

 

 竜王からの質問──謝罪を拒否すれば、死しかない。

 ジルクニフは必死にレイナースに命令した。

 

「レ、レイナース! 謝罪だ、謝罪するんだ!」

「──ッ! も、申し訳──ございません──でした……」

 

 言われてようやく我に返ったレイナースが、凍える寒さに耐えながら謝罪をする。

 帝国の人間達が白竜の様子を伺う。

 謝罪しただけで本当に許してくれるのだろうか? 殺されたりしないだろうか? など、寒さと恐怖のせいで考える事がどんどんマイナスな思考になり、誰もが皆、不安でいっぱいになり始める。

 

 冷たい息を吐きながら、白竜がレイナースに顔を近づける。白竜の吐く冷気により、レイナースの体から体温がどんどん奪われていく。

 

 このままでは凍死する──自身の身体がレイナースに訴えかけてくるが、どうすることもできず、ひたすら耐えるしかなかった。

 

 しばらく、レイナースをじっと眺めていた白竜がドラゴン形態をやめ、人間の姿に戻る。

 目の前から恐ろしいドラゴンが消えた事で、人間達はホッと胸を撫で下ろす。

 

「……ご主人様の所へ案内します。ついて来なさい」

 

 白竜は冷たくそう言うと、寒さでまともに歩けない人間達がいるにも関わらず先に歩いて行き始めた。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 闘技場の中央に到着した帝国と法国を待っていたのは、豪華で温かな料理だった。肉、野菜、果実、その他様々な高級食材をふんだんに使った料理の数々に、帝国も法国も目を疑い、そして舌を踊らせた。特に温かいスープと飲み物は、冷えきっていた彼らの体を回復させるのにはうってつけであり、充分な癒しを与えた。

 

 文句の無い料理の数々に満足しながら、ジルクニフは今の状況を整理する。

 

 黒、青、赤、白、灰色──それぞれ別の色のテーブルクロスを敷かれた円卓が配置され、国ごとに分けられていた。青が王国、白が法国、灰色が評議国、そして赤が帝国である。座っている人物はどの国も、権力が上位の者達だ。

 

 警護の者達は、各国の円卓の後ろに配置された複数の黒の円卓から自由に料理を取って食べるフリースタイルになっている。これは、仕事に従事する者達にも配慮された形式だった。

 テーブルに座らされ料理を出された場合、『仕事中なので』という理由で食事を拒否する行為がやりにくくなる。相手の厚意に水を差す事になるし、出された料理がもったいないからだ。

 しかし、自分の意思で食事をするかどうか決めれるのであれば、その心配がいらなくなる。食事が必要な者だけが、必要な分だけ食べる事が可能になるのだから。

 

(『竜の宝』のリーダーは人の心を理解し、その配慮も心得ているようだな)

 

 デュラハンへの評価を一段上げながら、ジルクニフは正面の上座に置かれた──金で作られた、幾つもの宝石が埋め込まれた──高級な円卓に座するデュラハンに視線を向ける。

 

 竜を象ったような黒い全身鎧、円卓の上に置かれた黒いヘルム、椅子に座る首なし鎧──あれが『竜の宝』のリーダーであるデュラハンだと認識する。

 

 デュラハンの傍には、竜のような手足をもつ……おそらく竜人と呼ばれている存在である女が1人。人間サイズの忍びを思わせる格好の黒髪の竜人。デュラハンのすぐ脇に立っており、秘書のような立ち位置を見せている。

 

 黒い竜人とデュラハンの両サイドには青と赤のドラゴンが二匹。そしてその背後には、仁王立ちするさらに巨大な竜人が存在し、我々を見下ろしている。

 それだけでなく、円卓が置かれたこのエリアをぐるりと囲むように、たくさんのヴァンパイア・メイド達が取り囲んでおり、食事をする者達に飲み物を注いだり、料理を運んだりしている。

 

 円卓エリアの外は財宝の山があり、その財宝の山の上から、巨大なドラゴンが数匹こちらを観察するように眺めている。先程の白竜に加え、灰色、真紅、黄緑、緑のドラゴン。デュラハンの近くにいる青と赤のドラゴンより遥かに巨大である。きっと、あれらも竜王クラスなのだろう。

 

 だいたいの戦力分析を終わらせ、ジルクニフは各国に視線を移す。

 

 まずはデュラハンの円卓の1番近くにある王国から。

 出された料理に、王国の王族貴族達は夢中であり、うまい! うまい! と、舌鼓を打っている。あまりにも貴族としてはしたない。

 賢い行動をとっているのは──六大貴族に1人、王族に2人。ランポッサ国王は当然として、第二王子のザナックと貴族のレエブン侯……だったか? この者達は食事を程々に済ませ、礼儀正しくしている。

 第一王子のバルブロは肉料理にかぶりつき、上機嫌に酒を飲みまくっている。なんとも無様である。

 第三王女のラナーは、護衛に着いている『蒼の薔薇』と食事をしながら談笑している。周りの状況に危機感を感じていないのだろうか? 

 

 警護の兵士──ガゼフはランポッサ国王の傍で警護に従事しており、ガゼフの部下達も同じように警護にあたっている。貴族の私兵達は……こちらはマヌケも同然か。警護もほったらかして料理に夢中だ。

 

 次に評議国。

 代表者と思われる鎧の人物は、料理に一切手をつけていない。静かに鎮座し、様子を見守っている。背後にいる評議国のドラゴンも、食事をせずに静かに見ているだけである。他の亜人の要人達は普通に食事を行っており、まるで危機感がない。

 それどころか、彼らの席の料理だけやたら種類が豊富であり、デュラハンが評議国に対して優遇しているような節が見受けられる。

 

 

 次に法国。

 最高神官長を含め、法国の人間達は料理にはあまり手を出してはいない。1人だけ──無表情でパクパクと料理を食べる白黒の髪の女がいるぐらいである。

 ……まあ、これは仕方ないだろう。彼らは謝罪しに来た身だ。笑顔で食事なんぞできる訳がない。

 警護として同行した冒険者はというと、片方の銀級冒険者達は料理に夢中。もう片方──ミスリルの冒険者達は全員が警護に集中しており、料理に一切触れていない。かなり有能なチームのようだ。

 

 最後に我ら帝国。

 皆、私をお手本にしているのか、礼儀正しい姿勢で食事をしており、声を上げて賛美するような輩はいない。

 唯一フールーダのみ、取っても取ってもお菓子が生まれてくる菓子皿に興味津々であり、興奮しながら菓子を食べている。

 

 

 そうして時が経ち、料理に手を伸ばす者が少なくなり始めた時、黒髪の竜人が手を叩き合図をおくる。

 

「皆様、食事は気に入ってくださいましたでしょうか? 宜しければ、そろそろ談議を始めたいと思います」

 

(──ようやくか……)

 

 ジルクニフは気を引き締める。自分達の目的──『竜の宝』を帝国に引き込む為の舌戦がいよいよ始まる。

 国の未来をかけた話し合い……他の国々がどうでてくるかわからないが、それはそれでやり甲斐がある。

 

「では、飲み物だけを残し、料理は下げさせていただきます」

 

 メイド達が一斉に動き、料理の皿を片付けはじめる。あっという間に皿がなくなり、飲み物とグラスだけが乗った綺麗な円卓ができあがる。

 

「それでは談議を始めさせていただきます。まず初めに、皆様にお知らせがございます。本来なら、我らのリーダーであるご主人様は会話ができません。いつもなら、私がご主人様のお声を代弁し、皆様にお伝えします。ですが今回は各国の要人がいらっしゃるという事で、ご主人様が特別なマジックアイテムを使用し、ご主人様本人が会話なさるそうです」

 

 どよめきが巻き起こる。特に王国の面々の反応が強い。この場にいる国々の中で1番『竜の宝』と接しているのが王国だ。デュラハンが直接喋るという事態に驚きを隠せないでいる。

 

「ではご主人様、どうぞ」

「うむ。では皆さん改めまして、私が『竜の宝』のリーダー、首無し騎士デュラハンの勝でございます。以後お見知りおきを」

 

 黒い竜人とまったく同じ声が闘技場に響く。一瞬、黒い竜人が喋っているのでは? と疑ったが、黒い竜人の口はまったく動いていない。

 

「──……困惑なさっている方もいらっしゃるようなので補足しますが……私の声は、こちらのブラックの声を参考にしています。実を言うと、私のチームでまともに会話が可能なのが彼女だけなので、彼女の声を参考にするしかなかったのです」

 

 情報によれば、『竜の宝』の正式メンバーは4人であり、リーダーのデュラハン以外はドラゴンに変身できる竜人の三姉妹だそうだ。黒い竜人娘が代弁者をになっているらしく、他の3名は会話が不可能だという情報も入手済みだ。

 

「ついでに、私のチームの紹介を簡単に行いますね。先程も言いましたが、こちらの黒い竜人がブラックという名前です。三姉妹の長女であり、我がチームの代弁者です」

「皆様よろしくお願いします」

 

 ぺこりとお辞儀をするブラック。

 

「そしてこちらの青と赤のドラゴンがブラックの妹である戦士ブルーと魔術師のレッドでございます」

 

 青と赤のドラゴンが人型に変化する。2mくらいの身長の金髪の美女の双子であり、片方は戦士の格好、もう片方は魔術師のような格好をしている。

 

 おそらく、あの魔術師の格好をしたレッドという竜人が噂の第10位階の魔法を使う魔術師なのだろう。フールーダが最も会いたがっていた人物でもある。

 チラリと覗けば、フールーダがウキウキした目でレッドを見ている。隙あらば、レッドの目の前にすっ飛んでいき、地面に頭を擦りつけながら『私を弟子にしてください!』と叫ぶ。そんな様子が容易に想像できる。

 

「こちらの双子は、人間の言葉は理解できますが、人間の言葉を喋る事ができません。なので私を含め、我がチームでまともに会話できるのがブラックのみという、やや面倒なチーム構成となっております」

 

 厄介な事だ。要約すると、通常時はあのブラックとか言う竜人を間に挟まないとチームリーダーであるデュラハンや双子と会話ができない──という事になる。それは、メンバーの誰かを1人だけ呼び出して、いろいろと裏工作を施す機会が得られないという事だ。

 

 ジルクニフは隣にいるフールーダにチラリと視線をやってみた。案の定、難しい表情をしている。会話ができない事を知って落胆しているのだろう。

 フールーダが魔法の探求に勤しんでいるのは知っている。自分を超える魔術師がいると知って、子供のように喜びはしゃいだ姿を見せたのは久しぶりだった。それ程、あのレッドという魔術師に期待していたのだろう。

 

 

 その後、デュラハンは順々に()()()()()()()の紹介も行った。ティアマト、ファフニール、バハムート、リヴァイアサン、ヤマタノオロチ──そして白竜。どれもこれも、帝国の過去の文献に載っていない竜王の名であり、はっきり言って未知である。だが、実際に現物を目にしたのだ。ならば、全て事実として受け入れるしかない。

 

「では──チームの自己紹介も終わりましたし、本題に入りましょうか」

 

 得られた情報を整理し、頭に叩き込んだジルクニフは、いよいよ始まる談議に向けての有効な話を考え始める。

 

(力では勝てない。権力は無意味。金銭では動かない。異性は──既に嫁候補の竜人を用意済み。残るは……地位のみか)

 

 たった1つしかない手札。これの価値をどこまで引き上げる事ができるか。

 今までにない不利な状況の中、ジルクニフは談議に挑むのだった。

 


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