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コッ、コッ、コッ──という、軽い金属同士がぶつかる音が一定のリズムで鳴り響く。高級な金属の円卓をガントレットの指で叩く音だ。
その動作をしている人物……首無し騎士ことリュウノは、無い頭を捻りながら思考していた。
豪華な椅子に足を組みながら座り、肘掛けに寄りかかりながら考え事に没頭するその姿は、一種の支配者がするにふさわしい姿である。だが実際、この場に置いては彼女は支配者同然の権力を持っており、そんな彼女の態度や仕草に文句を言う者はいない。それどころか違和感なく受け入れてしまっているのが現状だ。
しばらく思考したリュウノは、姿勢を正すと口を開く。
「ふむ……困りましたね。帝国も評議国と同じ目的だったとは……」
法国、評議国、帝国の三国の来訪の理由を質問した結果──
法国は謝罪、帝国は評議国と同じく『竜の宝』を自国に招き入れたいという事だった。
評議国には既に返事を返している。なら、帝国にも同じ返事を返すしかない。そして法国だが──リュウノ個人としては、さっさと帰らせたいのが本音である。
(さっさと謝罪させて帰らせたい……あいつらには私の人間の姿も見られているし、リュウノという存在について聞かれるのもマズイし……。でもなぁ……)
法国を帰らせた場合、護衛として同行しているモモン達も帰る事になる。できるだけモモン達には談議の内容を直接聞いておいてもらいたい。今後の為にもだ。
法国をこの場にとどめるためには最後まで残す必要がある。
「ジルクニフ皇帝陛下には申し訳ありませんが……今、我々が貴方の国に行く事はできません。理由は……わかりますよね?」
「悪魔が王国を狙っている、という情報は入手している。貴殿らが王国を動けないのも理解している。しかし、悪魔問題が
そう来たか──と、その場に居た者達のほとんどが同じ思いを抱いた。リュウノ自身も同じであり、それと同時に帝国の皇帝が、
「さすが皇帝陛下、あなたの仰る通りです。私達の噂が他国に広がり、ある程度認知された頃を見計らってから他国へ──例えば観光……にでも行く予定を立てていました。特に、評議国や竜王国にはとても興味があり、いつか行ってみたいなぁー、という気持ちはありましたよ」
ここは素直に思っていた事を話した。あくまで個人的な予定に過ぎない事だが、この異世界の国々の情報収集も大切な活動である事は確かである。アインズも
「ちょっとよろしいかな? デュラハン殿」
いきなり発せられた声に、全員の視線が集まった。
挙手したのは評議国の代表である鎧の男──ツァインドルクスだった。
「……何でしょうか? ツァインドルクス殿」
「私達の国に来る予定でいる……そう仰いましたね?」
「ええ、そう言いましたが?」
「実は……私達の国にあなた方『竜の宝』を招待しようとしたのは、とある理由の為なのです」
ついに攻めたか──とジルクニフと最高神官長は目を光らせる。
評議国が何かしらの取り引きじみた話を持ち出すつもりでいるのだろう、という予想は既にしていたからだ。
リュウノ自身も、評議国に何かしらの目的がある事は察していた。自分達をわざわざ国に呼ぶだけの、それなりの理由があるのだろうと。故に、評議国の真の目的を聞けるチャンスを逃す理由はない。
「ふむ? 理由とは?」
「はい。本当は、『竜の宝』の皆様を我が国にお招きしてから話そうと思っておりましたが……──」
そこまで言ってから、ツァインドルクスはザラジルカリアに視線を移す。
元から打ち合わせ済みだったのだろう。ザラジルカリアが引き継いで語り出す。
「──実は、我々評議国のドラゴンは、あなた方『竜の宝』の皆様に、再びドラゴンの時代を作ってもらいたい……そう思っているのです!」
ザラジルカリアのとんでもない話に場が一斉にざわつく。特に法国はより一層ざわついていた。
法国は人間至上主義の国家である。そんな彼らにとって、人間以外の種族が力を持つ事は大変困る事であり、ましてやドラゴンが地上を支配するなど言語道断である。何がなんでも阻止すべき案件である。
「500年以上前の──八欲王にドラゴンが狩り尽くされる前の状態に戻したい……そういう事かな? ザラジルカリアよ」
バハムートの問いかけに、ザラジルカリアが頷く。
「その通りです、バハムート様。500年以上前、八欲王が現れるまでは、この地上は我々ドラゴンが支配しておりました。多くのドラゴンが自由に空を駆け、縄張り争いを繰り返す……あの懐かしき日々を、八欲王達は奪い去りました。今の時代を生き残っているほとんどのドラゴンは、八欲王に戦いを挑まなかった弱い者達ばかりなのです」
リュウノはなるほどと頷く。以前戦ったシャドウナイトドラゴンの強さを基準にすれば、評議国の話は充分納得がいく話だったからだ。
「なるほどね……だからあなた達は群れを作って暮らしているワケね。単独で居たら殺られちゃうから」
「その通りです、ティアマト様。我々は八欲王との戦いで群れる事を学びました。もし、我々ドラゴンが一致団結して群れで戦っていれば、ここまでの被害を出さずに八欲王達を打倒できていたかもしれません」
リュウノ自身も不思議に思っていたのだ。なぜ評議国にドラゴンが集まっているかを。しかし、今回のザラジルカリアの話を聞き、評議国にドラゴンが群れでいた理由の謎が理解できた。
ドラゴンは基本群れない。だからこその敗北。それを反省した結果が、集団になって暮らすという今に繋がったのだろう。
「ご主人様、評議国の提案をのんではどうです?」
「ふむ……」
魅力的な提案だな──と、リュウノも思った。世界中をドラゴン達が闊歩する世界を想像し、それもアリかな──などと思い始める。
「ドラゴンが支配する世界か……悪くないかもなぁ……」
ボソリと呟いた言葉。しかし、闘技場という広い空間で呟いたリュウノのその言葉は、静かな響きで全員に聞こえてしまっていた。
人間達が一斉にざわつき、慌て始めたのは言うまでもない。
それに合わせ、主人の言葉を聞いた竜王達が勝手に話を進め始める。
「ええ、その通りです、ご主人様! もとより世界は我々ドラゴンのもの! そして我々ドラゴンはご主人様のもの! 世界の全てがご主人様のものになる! たいへん素晴らしい事だと思うわ!」
「左様。全ての土地が主人のものであり、その土地に住む全ての生命が持つ所有物も主人の物!」
「我らが主人が支配者になったあかつきには、全ての生き物に貢ぎ物を捧げるように命令しなくてはな!」
「従わない奴らは皆殺しに、貢がない者たちからは略奪する!」
「全ての生き物はご主人様の奴隷……ああ! なんて素晴らしい事なのかしら!」
竜王達の発想は全て主人であるデュラハンが中心であり、デュラハンの為に行われる事柄ばかりであった。無論、人間達にとっては許されざる事であり、たまったものではない。
リュウノも流石にそこまで酷な事をするつもりはない。そんな事をすれば全ての人間を敵に回す事になる。
だが、主人であるリュウノを第一に考える竜王達の頭の中に、他種族への気遣いや配慮などはまったくない。
「──ねぇ、ツァインドルクス?」
邪悪な笑みを浮かべたティアマトに視線を向けられ、ツァインドルクスが身をすくめる。
悪竜の頂点たるティアマトが邪悪な笑みを浮かべる……それは、ティアマトがどういった存在なのか理解している者にとってはあまり良くない未来を想像させる。きっと、悪い事を思いついたのだろうと。
「な、何でしょうか? ティアマト様」
「新しいドラゴンの時代で、ご主人様が支配者として君臨する……その事にあなた達も賛成よね?」
「も、もちろんです。異論などありません」
「なら、ご主人様を評議国の最高評議員とか、あるいは最高支配者という位置に置いてもらえるのかしら?」
「───ッ!?」
ティアマトのド直球な提案。ハッキリ言えば、評議国の支配権を寄こせという意味だ。
ツァインドルクスやザラジルカリアなど、評議国の者達が息を呑むのが感じられた。流石のリュウノも、これには驚きと焦りが出た。
「ティアマト! 流石にそれは──」
あまりにも無体な要求である。さすがの評議国も、この要求は受け入れられないだろう。いくらティアマトが悪を象徴する神だとしても、やっていい事にも限度というものがある。
ティアマトの発言を取り消そう。そう判断し、リュウノが口を開きかけたその時だった。
「わかりました」
「──え?」
「他種族にあまり酷い事をしないという事を約束していただけるなら、我々評議国は勝殿を支配者として容認するつもりでいます」
ツァインドルクスからのまさかの返答だった。各国からも驚きの声が上がる。
評議国がデュラハンを国の支配者として容認する。その事を確約したことが、現時刻をもって証明されたのだ。
「──はぁ!? マジで!?」
リュウノもこれには思わず声に出して驚いた。
無理難題とは言えないあっさりとした条件。それさえ守れば、自分は一国の主になれる。あまりにも破格な取り引きである。
無論、ツァインドルクスも考え無しにこんな事を言った訳ではない。
前日のデュラハンの行動──突然やって来た自分達に対し、デュラハンは親身になって自分達の要望に応えてくれた。これほど優しい人物なら酷い結果にはならないだろう、という確信をもって判断をしたからである。
ツァインドルクスの返答に、ティアマトや他の竜王達はすぐさまリュウノに確認をとる。
「ご主人様! 評議国がご主人様を支配者として認めるそうです! 王国とか帝国とかは無視して評議国に行きましょう! 悪魔に攻められた国は、ご主人様が支配者として君臨してからでも取り返せますし、問題ないかと」
「左様。人間の国なんぞ見捨てて、主人の為の新しい支配地作りを行いましょう!」
次々と竜王達が同じような意見を言い始め、最後は「ご主人様!」「主人よ!」と、リュウノに判断を求めてくる。リュウノはどうしようか悩み、円卓をコツコツと指で叩きながら思案する。
悩んでいるデュラハンのその姿に、各国の人間達はもはや黙って聞いている場合ではないと決心する。もしデュラハンが評議国の提案をのめば、人間達はドラゴンに支配され、ドラゴンに怯える日々を送る事になる。デュラハンが何か言う前に止めなければ!
「お待ちを!」
「待ってほしい!」
ほぼ同時に、最高神官長とジルクニフが声をかけた。
竜王達の視線が人間達に向く。特にティアマトは、話の邪魔をしやがって、という不愉快そうな表情を人間達に向けている。
「……何よ? 割って入ってこないでくれるかしら? それとも、竜王である私の意見に文句でも──」
ティアマトが圧をかけて黙らせようとするが──
「ティアマト、よせ!」
主人であるリュウノが口を開き、力強い口調でティアマトを止める。主人に止められたティアマトは、すぐさま大人しくなる。
「事を急ぎすぎだ。もう少し冷静になれ」
「……申し訳ありませんでした、ご主人様」
巨大な竜王ティアマトが、自身の指先程の大きさしかないデュラハンに頭を下げながら謝罪する。これだけで、デュラハンの権威が絶対である事が理解できる。
あれほど巨大な存在を従えさせる事ができるデュラハンの実力がまったく予想できない事に、各国の者達は歯がゆい気分でしかない。
「
軽く頭を下げながら、リュウノは一度咳払いをして改めて聞き返す。
「それで、何でしょうか?」
「私達帝国も、貴殿と取り引きしたい事がある!」
「我々法国も同じく、あなた様と話たい事があります!」
「ふむ? どのような内容でしょうか?」
ジルクニフと最高神官長の目が合う。どちらが先に口火を切るか、という視線だ。だが、「では、そちらからどうぞ」というセリフとともに、ジルクニフが最高神官長に先を譲り、席に着いた。
ジルクニフの切り札は少ない。
先に法国に話をさせて内容を知る事で、その内容次第で自分達の話の内容を整理、または変更する作戦に出た。
譲られた最高神官長は、恐る恐るといった雰囲気で話だす。
「まず、我々の当初の目的である謝罪からさせていただきとうございます!」
「あ、それもういいよ」
「──えっ?」
最高神官長は、何かの聞き間違いかと疑う程困惑している。
漆黒聖典の隊長も同様であり、何かしら文句や苦言を言われる覚悟をしていただけに、デュラハンのこの対応に驚きを隠せない。
「別に私達がそちらに謝罪を要求した訳ではないし、こちらもいろいろ迷惑かけてしまった部分がありますからね。互いに痛み分けという事で謝罪は結構です」
「──さ、左様ですか……?」
「うん」
「そ、そうですか……」
「だから、さっさと本題に入っていいよ」
「わ、わかりました……」
この一連の流れに、少し離れた黒の円卓の席に座って見守っていたルプとナーベは理解できず、こっそりモモンに疑問を投げかけた。
「モモン──さん、少しよろしいでしょうか?」
「どうした? ナーベ……」
「何故、勝様は法国の人間達に謝罪をさせなかったのですか?」
「……カルネ村での奇襲の件が理由だろうな」
「どういう意味っす?」
モモンは丁寧に説明した。
今回の法国の謝罪には、カルネ村でリュウノを背後から奇襲した一件も含まれているはずである。
法国はリュウノの
対して王国と帝国が持つリュウノという人物に関する情報は、エ・ランテルで悪魔達に連れ去られた竜人という、あの事件ぐらいしかない。
その為、リュウノ自身が考え暴露した二つの情報──『リュウノはブラックの姉』『リュウノは二つのタレント能力が使える』という情報ぐらいしか出回っていないのだ。
つまり、リュウノとデュラハンが同一人物である事を知っているのは法国だけであり、リュウノが法国と戦闘したという情報を他の国は知らないのだ。
だが──ここで法国がカルネ村の一件を謝罪しようとリュウノの話をした場合、矛盾が発生するのだ。
現在、リュウノは悪魔に連れ去られ不在である。少なくとも世間ではそういう事になっている。なので
『なぜ悪魔に連れ去られた貴方がここにいるのですか?』
この質問が出るのは間違いない。そうなってくると、今度は魔王との関係性を疑われる。万が一、魔王と協力関係にあるような疑いを持たれると、『竜の宝』の立場が危うくなる。
仮に協力関係を否定できたとしても、魔王の嫁に選ばれた一件がある以上、今後も魔王と接触をする可能性があるとして危険視される。そうなれば、冒険者活動ができなくなり、他国への訪問という情報収集もできなくなるのだ。
ハッキリ言って、デメリットの方がデカいのだ。
なので、できるだけリュウノに関する話題を法国に出させないようにする。それが勝の狙いなのではないか──そう説明した。
「──という訳だ。理解できたか?」
「な、なるほど……そういう事情が……」
「そこまで考えていらしたとは、さすが勝様っすね!」
モモンの説明を聞いて感心する二人に、近くに居たウルベルがこっそり語りかける。
「どのみち法国は私の悪魔の軍勢に攻め滅ぼされるのです。今更謝罪したところで無意味ですからね〜」
「……そう言えばそうでしたね。至高の御方に無礼を働いた虫風情には、お似合いの最後です」
「もうじき自分達の国がめちゃめちゃにされるなんて、アイツら全然思ってなさそうっすもんねwww」
「──おっと? また何か、とんでもない内容が飛び出たッスよ」
ペロロンの言葉に、ルプとナーベは表情を素早く切り替え、ポーカーフェイスに戻る。
表情の動きや変化で相手に情報を与えないようにする為、特定の言葉に反応しないように心がけるよう言われているのだ。
一方、リュウノの方はというと──
場が静まり返っていた。
法国以外の誰もが頭の上でクエスチョンマークを浮かべている。
それは先程、最高神官長が発した言葉の意味を理解できていなかったからだ。
少し経って、困惑している人間達を代表するかのようにリュウノが質問を返す。
「……えっと、すまん……もう一度言ってくれ。私を何にしたいって?」
「ですから、あなた様には我々の国で新しい神になっていただきたいのです!」
「──は?」
再び訪れる静寂。
何言ってんだこいつ。という困惑。
誰もが納得いく答えを導きだせない。
唯一、リュウノには心当たりが1つある。
陽光聖典との戦いの折、神の演技をした事だ。
だが、あれはあくまで自分で神を名乗ったに過ぎず、公式的に認められた訳ではない。だからこそ、法国が神を名乗ったデュラハンを正式な神として公認しようとする理由がわからないのだ。
「……えっと、なぜ神になってほしいのだ?」
一番の疑問をぶつける。
神になってほしい理由を尋ねれば、何かわかるかもしれないという単純な考えで。
「あなた様が、我が国が信仰している六大神の内の一人、死を司る神! スルシャーナ様を従えさせているからです!」
最高神官長は堂々と言い切った。嘘ひとつ無い、そう思わせるほどの迫力でだ。
「──スルシャーナ?」
聞き覚えのある名前だった。
あれは確か、捕虜を尋問して得られた情報をデミウルゴスから聞いた時だ。
スルシャーナがどういう存在だったか思い出す。
だが、思い出してみて矛盾に気付く。
スルシャーナは既に死亡したか、最低でも行方不明になった神だったはずだ。そのスルシャーナを私が従えさせていたとはどういう事だろうか?
チラリと、私はモモンを見る。モモンの本当の姿、『
スルシャーナとアインズは姿が酷似しているらしい。法国の言うスルシャーナとやらがアインズの事を指しているのなら納得がいく。従えさせていると思われているのは些か語弊ではあるが。
しかし、アインズと会っていたのは毎回ナザリックの内部だったはず。
仮に、法国が魔法を使用して監視を試みたとしても、ナザリックの魔法防壁を突破するのは100Lvのプレイヤーでも至難の技だ。簡単には破られない。
また、魔法防壁が何らかの魔法的攻撃を受けた場合、ナザリックがそれを探知しているはずだ。
だがそんな知らせは受けていない。つまり、法国はナザリックに監視を試みていないという事になる。
──では、どうやって知った?
いや、それ以前に、法国はアインズの正体を知っているのか?
様々な可能性を考える。
カルネ村で捕縛した兵士をアインズが逃がした時、アインズが正体を隠していなかった?
そこから、法国にいるかもしれないプレイヤーがアインズの正体を見破った?
或いは、アインズが単独で勝手に行動していた?
様々な理由が出てくるが、考えても考えても埒が明かない。
仮に法国がアインズの正体を知っているのなら一大事だ。アインズがアンデッドであるという事をバラされる危険性が伴う事になる。
ならば、まずすべき事は確認だ。
「……すまないが、貴方の言う『スルシャーナ』という名前の神に心当たりがない。どのような人物なのかな?」
あえてアインズの名前は伏せた。最高神官長の口からアインズの名前が出れば、法国はアインズの正体を知っている事になる。
「──? ……スルシャーナ様をご存知ではないのですか?」
意外だったのか、ポカンとした表情で尋ねてくる。
「あなた方が言うスルシャーナなる人物が、私の前で同じ名前を名乗っていたとは限りません。別の名前──偽名を使っていた可能性もありえますからね。それにあなた方と私達とでは、スルシャーナなる人物の呼び方が違う可能性もあったりするかもしれませんし」
「な、なるほど……」
私の言い分に最高神官長はとりあえず納得したらしく、スルシャーナの特徴を語ってくれた。
結果、私達の知るスルシャーナの特徴とほとんど同じであり、事態に進展はナシ。
ならばと、攻めるポイントを変える。
「あなた方は……私がスルシャーナなる人物を従えさせている所を見ていたようですが、それはいつの事で?」
「貴方様が我が国を襲撃した日でございます!」
「はあぁ!?」
言っている言葉の意味がわからなかった。
スレイン法国を襲撃した覚えなどない。厳密に言えば
「国を襲撃だと……!?」
「冒険者が国家を襲うとは……」
最高神官長の言葉に、周囲にいた各国の人間達も驚きの声を上げ始めている。
このままでは、在らぬ罪を着せられかねない。
「ま、まて! 私がお前達の国を襲撃しただと!? 何かの間違いでは? 私はお前達の国に襲撃などしていない!」
「それは本当でございますか!? ……で、では、貴方様が所属していらっしゃる組織──アインズ・ウール・ゴウンが襲撃をかけた可能性は?」
最高神官長の言葉を聞き、モモンの方に視線をやる。
ウルベルとペロロンに視線を向けられ、「私じゃありませんよ!」と、小さく手を振りながら首を左右に振るモモンの姿が見える。
確かに、アインズが下僕を差し向けた可能性は否定できない。
幼馴染であり、数少ない残ったギルメンである私が殺されかけたのだ。アインズが怒りを抱いてもおかしくない。
だがあの様子だと、法国に襲撃をかけたのはアインズでもないらしい。
「申し訳ありませんが、アインズ様からその様な知らせは受けていません。もしよろしければ、あなた方の国を襲った存在に関して教えていただけませんか? 何か手がかりが見つかるかもしれませんよ?」
「か、かしこまりました。襲って来たのは11体の魔物でした。特徴は──」
「──ご、ご主人様!」
突如、ティアマトが声を張り上げて会話に割って入ってきた。
「どうしたティアマト?」
「えっと、その……──」
よく分からないが、ティアマトは焦っているような表情をしており落ち着きがない。時折チラチラとバハムートの方に視線をやっているようにすら見えるのは気のせいだろうか?
試しにバハムートの方を見るが、特に変化はない。
バハムートの表情にも変化はなく───というか、ドラゴンの表情は判断しにくく、今のバハムートがどのような心境でいるのか、表情で読み解くのは難しい。ティアマトは人間顔なのでわかりやすいのだが。
「えーと、えーと……そ、そう! あれです、ご主人様!」
「
「ご主人様は陽光聖典の人間達を逃がす際、忠告をしましたよね?」
「ん? ……んー……確かにしたな。確か……『罪もない村や村人を襲うな』とか『私達について調査や監視をするな』とか『アインズ・ウール・ゴウンの組織活動を邪魔するな』だったか?」
「そ、そう、それです! ご主人様! コイツらはご主人様の3つの忠告を内、二つを無視しています! これは立派な私達に対する敵対行為です!」
言われてみれば──カルネ村で私が襲われた時、あの場にはモモン達がいた。モモンや私の計画を狂わせるような行為をやった時点で、アインズ・ウール・ゴウンの組織活動を妨害したと見なされても文句は言えない。
それに先程、最高神官長は私達の事を覗いていたような発言をした。つまり、何かしらの方法で私達を監視していた事になる。
私の忠告をまったく気にしていない──つまり、私達を恐れていない。そういう事になる。ティアマトはそれを言いたかったのだろう。
「ご主人様、こんな無礼な奴らに慈悲など与える必要はありません。今すぐ始末するべきです!」
ティアマトの発言を聞き、法国の人間達から怯える声が上がる。
国相手に躊躇なく殺害予告をする存在に恐怖しない者がいるだろうか? ましてや、それが凄まじい強さを持つと理解している者ならなおさらだ。
「ご主人様、皆殺しの許可を! ご命令していただければ、この私がスレイン法国の奴らを国ごと破壊してさしあげます!」
正直なところ、ティアマトの意見には賛成したい。
しかし、今彼らを殺せば、様々な問題が発生する。モモン達にも迷惑がかかってしまう恐れもある。
「よせティアマト! 今回、彼らは私達に謝罪を目的にやって来ているんだ。先程私が謝罪をしなくてよいと断ったが、もしかしたらその事も謝罪に含まれていたかもしれん」
「しかしご主人様! コイツらは、ご主人様を──!」
「いい加減にしろ!」
デュラハンの怒号と机に拳を叩きつける音が闘技場に響いた。
ティアマトを含め、周囲にいた竜王とアンデッド達が一瞬怯んだ。周りにいた人間達にすらわかる程に。
「いいかティアマト。確かにコイツら私達に対して無礼な事をしたかもしれない。お前えの言う通り、コイツらを国ごと皆殺ししたい気持ちも確かにある!」
「で、でしたら──!」
「だがな、当の本人たるこの私が我慢しているんだぞ! それなのにお前は、この私の顔に泥を塗るつもりか!?」
「──っ!」
泥を被る頭なんて無いが、
ティアマトには申し訳ないが、強引にとめさせもらう。
「そ、そんなつもりは──」
「黙れ! それ以上何か言えば……
その瞬間、ティアマトの表情が一変した。
激しく怯え、慌てたように服従のポーズをとり、謝罪し始めた。
「も、申し訳ございません、ご主人様! ご主人様を不快にさせてしまった事を謝罪いたしますので、どうか! どうか、消すのだけはご勘弁下さい!」
巨大な身体を持つ竜王ティアマトの必死の謝罪。
こんな光景を見る日が来るなど、評議国の者達は思いもしなかっただろう。
だがこの、ティアマトを脅して謝罪させるという事を他国の人間に見せつける行為は、人間達にデュラハンの絶対的な強さを理解させるには充分な事であった。あれ程の存在を脅し謝罪させる。それは、デュラハンがティアマトより強くなくてはできない事であると。
「……わかればよろしい」
「ご主人様の慈悲に感謝いたします!」
リュウノは手でティアマトに下がるよう指示すると、法国の方に向き直る。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」
「い、いえ! こちらこそ、あなた様をご不快にさせるような事をして申し訳ございませんでした」
「──で、話の続きですが……私はまだ、あなた方を信用できておりません。ですので申し訳ありませんが、あなた方の国の神になるつもりはありません」
「さ、左様でございますか……」
最高神官長はガックリと腰を下ろした。
その仕草は、安堵と落胆、両方が混ざっているように感じられた。
「では、次は帝国の皆さんの話を聞きましょう。ジルクニフ皇帝、よろしいかな?」