首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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*今回はちょっと長め。約二万文字あります。
誤字脱字があるかもしれません。
(寝ぼけながら書いた部分もあったので)





第18話 談議─その2

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 ジルクニフは焦っていた。

 今回の交渉は失敗に終わる確率が高い。そう思わずにはいられなかったからだ。

 

 周辺国家の中で最も強い法国からの提案である『我が国の神になってほしい』という願いを、『竜の宝』のデュラハンは断ったのだ。

 しかも『信用できない』という理由だけでだ。

 

 ある意味、神という立ち位置は王より偉い存在とも言える。

 その社会的位置をデュラハンはあっさり手放した。私利私欲で動くタイプではないのだろう。

 

 オマケに忠告を無視した法国に対し、デュラハンは『滅ぼしたい気持ちを我慢している』とまで言い放った。

 もし、デュラハンが本気で竜王達に命じれば、あの竜王達は遠慮なく国を滅ぼすのだろう。

 つまり、あのデュラハンを不機嫌にさせるのはまずいという事だ。

 

「では、次は帝国の皆さんの話を聞きましょう。ジルクニフ皇帝、よろしいかな?」

「もちろんだとも。だがその前に、貴殿らに渡しておきたい物がある」

「渡したい物?」

「ああ。お前達! アレを持ってこい」

 

 指示された部下達が複数ある馬車の1つから沢山の袋を担ぎ出し、運び始めた。

 運ばれる袋からは、ジャラジャラという硬くて小さい物同士が擦れ合う音が聞こえてくる。袋の中身が宝石の類いであると、誰もが理解できた。

 

「貴殿らが所有する財の量に比べれば、あまり多く感じられないかもしれないが……私からのほんの気持ちだ。受け取って欲しい」

 

 屈強な兵士達が二人がかりで重たそうに運んだ袋──それがズラリと並べられ、袋の口が開かれる。

 開かれた袋の口から見えた物は、やはり宝石の類いであった。袋にずっしりと入った宝石達が、自分の存在を主張するがごとく、それぞれの輝きを放っている。

 

 艶やかで官能的な華やかさも持つ、宝石の女王──赤の輝きを放つ宝石ルビー

 

 凛とした気品溢れる艶やかさを持つ──青の輝きを放つ宝石サファイヤ

 

 人目を惹きつける鮮やかな色で魅了する──緑の輝きを放つ宝石エメラルド

 

 憧れる女性はいないほど鮮烈で美しい輝きを放つ──誰もが知っている宝石の王様ダイヤモンド

 

 宝石類のなかでも特に価値の高い四大貴石──ジルクニフが宝石商人に命じ、厳選に厳選を重ねて選び抜かれた最も質の良い宝石達が、それぞれ3袋ずつ入れられていた。

 

 並べられた貢ぎ物に、竜王達が感心の声を漏らす。

 

「ほう……自ら貢ぎ物を持ってくるとは。殊勝な心がけだな、帝国の皇帝よ」

「……お褒めいただき感謝する」

 

 バハムートに褒められ、ジルクニフはお礼の言葉を述べながら頭を下げた。

 

 まずは貢ぎ物で機嫌を取る。

 最初の一手が上手くいった……そう思いたいジルクニフだったが、肝心のデュラハンの機嫌まで上げる事ができたかどうかはわからない。

 

 様子を伺うジルクニフに対し、デュラハンは冷静に指示を飛ばす。

 

「……ティアマト、白竜、オロチ、ニセモノが混じっていないかチェックしろ」

「「「はっ!」」」

 

 指示された三体の竜王がみるみる小さくなり、美しい人間の美女に変わる。

 周囲の人間達から、驚きと欲情に燃える声が漏れるのがわかった。ジルクニフですら、その美女達を美しいと思った程だ。

 強いて言うならドラゴンでなければ──2mを超える巨躯でなければ、妾として即採用していただろう。

 

 3人の美女が、並べられた袋を1つ1つチェックしていく。

 袋の中身を砂金の地面にぶちまけると、宝石を数個手に取っては2〜3秒間手の中で転がし、袋に戻していく。その繰り返しだが、その手際は素早く、あっという間にルビーの袋が終了し、次のサファイヤの袋に取りかかっていく。

 

 宝石を頻繁に取り扱う商人ですら、宝石のチェックには時間をかける。あんな雑なチェックの仕方ではなく、1つ1つを丁寧に調べていくのが普通だ。

 ダイヤモンドだけでも、カット(Cut)・カラー(Color)・クラリティ(Clarity)・カラット(Carat)という4つの評価基準があるくらいなのだから。

 

 カット(Cut)はカットされたダイヤモンドの形・研磨・仕上がりの評価

 カラー(Color)は透明度の評価

 クラリティ(Clarity)はキズや内包物の量の評価

 カラット(Carat)は重さの評価である。

 

 一般的にダイヤモンドの原石は1カラット未満がほとんどだ。大粒の原石はとても希少価値が高いと言える。そして今回用意したダイヤモンドは、ほとんどが1カラット以上の大粒物ばかり。

 

 決して悪い評価にはならないはずだ。

 

 美女達が最後のダイヤモンドのチェックを終わらせる。

 そして調べ終えた袋をデュラハンの足元近くに置くと、美女達は整列して待機する。

 

「結果は?」

「ニセモノはゼロです、ご主人様」

 

 ヤマタノオロチの報告に、ジルクニフは胸を撫で下ろす。

 ニセモノなんて混ぜるはずがない。もし仮にニセモノが混じっていたとすれば、帝国の者がすり替えた可能性しかありえない。だが、私の部下がそんな真似をするはずがない。

 

「お前達から見て、貢ぎ物の評価は?」

「……そこそこですね。仮に冒険者のランクで例えるならば、プラチナ級程度かと」

 

 白竜の言葉に、ぞわりと寒気が走った。

 あれ程厳選した宝石達が、冒険者の八段階あるランクの内の五段階目だと言われたのだ。あまりにも厳しい裁定である。

 帝国の貴族達が羨む程の、高ランクの宝石達がプラチナ級程度……では、最高峰のアダマンタイト級の宝石とは、どれほどの物になるというのか? 

 

「なぜプラチナ級なのだ? 明確な理由を言えるか?」

 

 デュラハンの問いかけに、白竜とヤマタノオロチがティアマトに視線を向ける。

 おそらく、一番正確な評価を下せるのが彼女なのだろう。

 

「カットは特に問題ありません。ですが、残りのカラー、クラリティ、カラットが、ご主人様が所有する宝石と比べて劣っています」

「え、マジで?」

 

 気になったのか、デュラハンが何もない空間から同じ宝石を4種類取り出し、見比べ始めた。

 その自然な程、当たり前な仕草でやった行為に騙され、そのまま流しそうになったが、何もない空間から宝石を取り出すなど普通な事ではない。

 

「(どういう事だ! あの宝石は何処から取り出した!? それに、デュラハンの持つ宝石のデカさはなんだ!? あまりにも大きすぎだろう! 手の平サイズの宝石など、私も初めて目にするぞ!)」

 

 手の平サイズのダイヤモンド──推定でも約3000カラットはありそうな大きさのダイヤモンドを、デュラハンは恐れる事もなく握っている。

 

「……ジルクニフ皇帝、念の為、見比べていただいても?」

「──え?」

「我々だけの判断では、そちらが納得しないかもしれませんので。どうぞ」

 

 信じられなかった。

 事もあろうにデュラハンは、あの大きなダイヤモンドを砂金の砂の地面に放り投げたのだ。ボフッという小さな音が、ダイヤモンドの落下地点から聞こえた。

 

 大変希少価値が高いであろうダイヤモンドを放り投げる。ましてや、それを他人の手に触れさせるなど、普通の人間ならしない事だ。

 国宝級の宝石として、丁重に保管するのが正しい。

 

 冷や汗をかきつつも、落ち着いた雰囲気を崩さないよう気をつけながらジルクニフは尋ねる。

 

「……触っても?」

「どうぞどうぞ、ご自由に。それはそのまま貴方に差し上げますので」

「──は? えっ!?」

 

 最初は言われた意味がわからずに出た言葉、次に言われた事を理解して驚いた言葉。

 これにはジルクニフも驚かずにはいられなかった。

 

「よ、よろしいのかな?」

「欲しいのなら」

「─────」

 

 言葉を無くすというのはこういう事か。

 そう思いつつ、ジルクニフは目の前の地面に落ちている宝石を見る。

 

「ロウネ、拾ってこい」

「──え? あっ……はい!」

 

 いきなり命じられて油断していた秘書官が、慌てて宝石を拾いにいく。

 宝石の前で膝をつき、ポケットから手袋とハンカチを取り出し、手袋をはめた手で優しく掴み、ダイヤモンドの底をハンカチで包みながら拾い上げる。

 そのままジルクニフの卓の上に優しく置く。

 

「ど、どうぞ、陛下」

「ああ」

 

 置かれたダイヤモンドのその圧倒的な大きさに、思わず息を呑む。

 手に取り、触り、そして実感する。

 これは負けて当然だと。

 カラー、クラリティ、カラットだけではない。カットですら、帝国の職人では勝てないと。

 認めざるを得ない出来の良さである。

 

「それはカリナン級ダイヤモンドと言いまして、加工されたダイヤモンドの中ではトップクラスの価値を誇ります。素敵でしょう?」

「あ、ああ。確かに素晴らしい一品だ……。私達が用意した宝石が勝てないのも納得がいくよ……」

 

 カリナン級──そんな名前の宝石は聞いた事がない。しかし、なんだか美しい響きの名前である事は間違いない。

 

「本当にいただいても?」

「ええ。たくさんありますから」

 

 そう言いながら、デュラハンは何もない空間から同じ大きさのダイヤモンドを幾つも取り出し見せびらかしてくる。

 

 耳を疑い、目を疑う。

 デュラハンと我々では住む世界が圧倒的に違いすぎる。

 規格外の竜王達を従わせる実力──それを納得させてしまう程の桁外れな言動に、出たしから敗北感を味合わされ続けている。

 

「あ、あの──!」

 

 突如、王国側の席から声が上がる。見れば、1人の貴族が手を上げていた。

 

「わ、私にも、そのカリナン級ダイヤモンドを恵んではいただけないでしょうか……?」

 

 まさかのお強請(ねだ)りである。

 周囲にいた貴族達がオロオロしながら、お強請りをした貴族に注意を始める。

 

「何を考えいる、ブルムラシュー侯!」

「死にたいのですか、あなたは!?」

「欲張りにも程があるぞ!」

 

「お、お願いします、デュラハン殿!」

 

 周囲に止められても屈しない、王国一の強欲者──ブルムラシュー侯の願いに、デュラハンは小さく笑いを漏らす。

 

「素晴らしい強欲ぶりですね、ブルムラシュー侯。……良いでしょう。欲しいのならあげますよ」

 

 デュラハンが指を鳴らす。

 すると、王国側の卓から少し離れた位置に、金剛石──ダイヤモンドで覆われたドラゴンが召喚される。

 

 召喚されたダイヤモンドドラゴンは、尻尾で自分の体の表面をバシバシと叩き始めた。尻尾も体もダイヤモンドで覆われている為、尻尾で叩く度に、大中小の様々な大きさのダイヤモンドの原石が飛び散り、砂金の地面に落ちていく。落ちたダイヤモンドの中には、1mを超えるダイヤモンドの原石すらある。

 数回、体を叩いたダイヤモンドドラゴンは、何事もなかったかの様に消滅した。地面に大量のダイヤモンドを残したまま。

 

「さあ、ブルムラシュー侯。好きなだけ、卑しく拾って下さい」

「ほ、本当かね!?」

 

 もはや周囲の目などお構いなく、ブルムラシュー侯は席を立ち、落ちているダイヤモンドめがけて走り出した。

 落ちているダイヤモンドを喜びながら拾い続けるブルムラシュー侯の惨めな姿に、同じ貴族達が目を逸らす。

 あんなのと同じ貴族だと思われたくないのだろう。

 これにはジルクニフも哀れみの目を向けたくなった。

 

 ポケットがいっぱいになる程ダイヤモンドを拾い集めたブルムラシュー侯は、重くなった足を引きずりながらも満足気に席に戻る。

 周囲の貴族から向けられる視線を、宝石を狙っていると思いこんでいるのか、必死にポケットを押さえ、こぼれないようにしている。特に──胸のポケットに詰め込んだカリナン級ダイヤモンドは、意地でも離さないという雰囲気でだ。

 ますます惨めである。

 

 だが、こんな()()()()()()を見せる為に宝石をばらまいた訳ではない事を一部の者達はわかっている。

 一番重要なのは、先程のやり方を繰り返せば、魔力が続く限り宝石を入手可能だとわからせる事にあったのだと。

 

「ご覧の様に、私はメタリック・ドラゴンを召喚する事で宝石を簡単に入手できます」

 

 再びデュラハンが指を鳴らす。

 帝国側の卓の近くに、三種類のドラゴンが召喚された。

 召喚されたドラゴンの特徴を見て、ジルクニフは理解できた。

 宝石を渡す行為は無駄だったのだと。

 

「こちらはルビードラゴン、サファイヤドラゴン、エメラルドドラゴンです。先程のダイヤモンドドラゴンも含め、メタリック系ドラゴンのほとんどを召喚できます。なので──」

 

 デュラハンが手を叩くと、ヴァンパイアのメイド達が一斉に動き出す。

 帝国が持ってきた貢ぎ物の袋を担ぐと、帝国側の卓の前に綺麗に並べ始めた。

 まるでそれは──

 

「帝国の方々には申し訳ありませんが……宝石はお返しします」

「か、返す……だと──」

 

 ありえないはずの予想が的中した。

 国の使者──ましてや国のトップである皇帝からの贈呈品を返却する。このような行為は失礼以外の何物でもない。

 だが、冷静に考えれば、彼らは人間ではないのだ。

 人間にとっての礼節など、彼らには関係ない。

 自分に似合わない物は身に付けない。或いは貴族が貧民を毛嫌いするのと同じく、自分に近付けたくない。そういう思考と同じなのだ。

 

 元はドラゴンの機嫌をとる為に用意した物。だが、デュラハンの"返す“という結論に異議をとなえるドラゴンは1匹もいない。

 

主人に釣り合わない物は自分達もいらない

 

 そう考えているのか。或いは、既に最上級の物を所有しているからこそ、劣化した物に興味を抱かないのだろうか。

 

 なんにせよ、1つだけ理解できた事がある。

 彼らが欲する物を、今の自分達では用意できない。

 たったそれだけ。たったそれだけなのだ。

 

「わざわざ持ってきていただいたのに、この様な形になってしまって申し訳なく思っています。なにか、お詫びしなくてはいけませんね……。ジルクニフ皇帝、なにか欲しい物はありますか?」

 

 圧倒的な財を持つ者からの質問。この世の誰もが羨む財を保有する者からそんな質問をされては、正直困るというものだ。

 

 欲しいもの? そんなの決まっている。

 山のように積まれた財宝も、

 その中に埋もれている武器や魔導書も、

 そして──それらを所有している本人も。

 

 全てが欲しい。それが本心だ。

 

 ジルクニフは先程の貴族──ブルムラシュー侯の行動を思い出す。

 あの強欲な貴族のように、己の欲をさらけ出せたらどれだけ楽だろうか。

 しかし、一国を預かる自分が、そんな欲まみれな言葉を言える訳がない。

 

 試されているのだろう。この圧倒的な財を見た我々が何を欲するのかを。

 

「どうしたのです? ジルクニフ皇帝。あるのでしょう? 貴方にも……欲しい物の1つや2つくらいは」

「──いや……急に言われても困るよ。すまないが、今すぐには思いつかないな」

「おや? そうですか。私はてっきり──」

 

 時間を稼ぐつもりだった。なにか恥ずかしくない物を考え、それでやり過ごそうと考えていた。

 だが──今思えば、最初から見透かされていたのかもしれない。

 

「──私達が欲しくてここまで来た。……そう思っていたのですが、私の思い違いでしたかね?」

「───ッ!」

 

 図星だ。バレていた。いや、見抜いていた。そう言うべきなのだろう。

 

 私の反応を期待していたのだろう。見抜かれた事に驚く私の表情を見て、デュラハンは満足気な雰囲気を出している。

 

「やはりそうでしたか。……わからないとでも思いましたか?」

「──バ、バレてしまっていたのなら仕方ないな。そ、その通りだよ。いやはやいつからバレていたのやら……」

「最初からですよ。考えても見てください。王国と敵対している帝国の皇帝が、危険を犯してまで敵対国の領土に趣き、尚且つ貢ぎ物まで用意してきている。私達をスカウトする気満々だとバレバレですよ」

「た、確かにそうだな。少し考えればわかる事だったな……」

「それで? 貴方は私達の為に何を捧げ、何を犠牲にしてくれるのでしょうか。教えていただけますか? ジルクニフ皇帝」

 

 ジルクニフは確信する。

 “このデュラハンは賢い"──と。

 そして“シンプル"でもあると。

 完全に我々を自分のペースに乗せている。確実にこちらの主導権を握り、こちらから質問をするチャンスを与えない。

 その癖、こちらが言いたい事を言いやすくするチャンスを作ってくれる。余計な言葉は飾らず、核心だけをだ。

 

 巧みな話術によって、相手の腹を探り合うのが日常的だったジルクニフにとって、手札を隠さず真っ直ぐ突き進んでくるデュラハンの会話の流れは新鮮だった。

 舌戦ならなんとか勝てるかもしれないと期待していたジルクニフ自身が、そんな自分をバカらしく感じる程だ。

 

「では、遠慮なくいわせてもらうよ」

 

 ジルクニフは諦める事にした。少しでも『竜の宝』の情報を仕入れたかったが、その必要が無い事がわかったからだ。

 

 向こうは最初から隠す気がない。

 自分達ができる事を全て公開した上で、デュラハンは待っているのだ。我々が本心を告げるのを。

 

「貴殿ら『竜の宝』を……私は欲している! 私の部下になる気はないか!?」

 

 周囲の国々──人々がざわざわとざわつきながら様子を見守る。

 評議国の支配者、法国の神、帝国の皇帝の部下。

 集まった国々が出した(くらい)の中で、1番低い(くらい)である。断られるな──という予想を誰もが思い浮かべた。

 

「むろん、私の部下になってくれるというのなら、それに似合うだけの対価を差し上げる事を約束しよう!」

「……具体的に、どのようなものをいただけるので?」

 

 ジルクニフは、予定していた土地、地位の話を持ち出した。

 異性の話も出そうか迷ったものの、既にデュラハンの手元には美しい美女に変身するドラゴンがいる。女を駆け引きにだしても勝てないだろうとなんとなく察し、異性の話は出さなかった。

 

「……なるほど。帝国の一等地に、屋敷と財貨……おまけに四騎士と同等の新しい役職に……辺境伯という貴族位までいただけるとは……」

「悪くない条件だと私個人は思っている。王国は派閥争いの真っ最中だ。国王個人でやれる裁量には限度があるだろうからね──」

 

 話している途中、チラリと王国の方を見た。

 国王・ランポッサ三世が難しい表情を浮かべながら悩んでいる様子が見えた。

 他の貴族達も、ひそひそと何か相談し合っている。

 王国側も、このままではマズイとわかったのだろう。

 

「──いくら王国の国王でも、流石にここまでの条件を個人で出す事はできないだろう」

 

「……ふむ……」

 

 デュラハンが腕を組み、思案を始める。

 

 こちらの手札は可能な範囲で出した。

 後はデュラハンの判断次第である。

 

 しばらく、思案しているデュラハンの返事を待っていると──不意にドラゴン達がピクリと反応し、コクコクと頷きあい始めた。

 不思議に思い、気になった所で、デュラハンが声を上げる。

 

「お前達はどう思う? お前達、竜王の意見を聞いてみたい」

 

 ここへきて、ドラゴン達に意見を聞くという判断。

 先程でもそうだったが、ドラゴン達の出す意見はとんでもないものばかりである。

 自分達にも無茶な要求を出してくるのでは? と、ジルクニフは冷や汗をかきながら想像する。

 

「主人よ、よろしいかな?」

「いいぞ、バハムート。言ってみろ」

「はっ! では、恐れ多くもながら言わせていただきます。先程の帝国の条件では不十分かと」

 

 “不十分”という言葉に、ジルクニフの心臓が跳ね上がる。

 あれだけの条件を出したのに、不十分という結果。

 いったい何がダメなのか? 

 

「何が不十分なのだ?」

「はい。まず土地ですが……帝国の一等地にある屋敷と財貨がいただけるという話でしたが、所詮は人間達を基準にした建物と敷地。我々ドラゴンが一緒に住むには狭すぎるかと」

「……ふむ。それはそうかも知れんが……ではどうするのだ?」

「はい。そこでなのですが──」

 

 バハムートはそこまで言うと、ジルクニフの方に顔を向ける。

 

「人間の皇帝よ、我々にカッツェ平野の土地を譲る気はないか?」

 

 比較的優しい口調でバハムートがジルクニフに尋ねた。

 

「カ、カッツェ平野を……かね?」

 

 ジルクニフは驚きと困惑の表情を浮かべ、思案する。

 

 カッツェ平野は帝国と王国の間にある土地であり、両国の例年の戦場として使用されている平野である。

 

 この平野はアンデッドの多発地域であり、スケリトルドラゴンなどの強力なアンデッドが出現することがある。

 常に薄霧に覆われており、霧自体は無害だがアンデッド反応を持っているため、アンデッド探知が無効化されて、奇襲を受ける冒険者が数多くいる。

 その為、呪われた土地とも呼ばれているのだ。

 唯一、両国が戦争をする時だけ、薄霧がなくなるという現象が起こる謎があるが。

 

 それゆえに、このカッツェ平野には領主がおらず、事実上国家の所有地でもないのだ。

 一応、例年の戦の為に、帝国が数年かけて築いたカッツェ平野駐屯基地が平野の丘陵地域に存在はするが。

 

『竜の宝』がその土地を欲しがる理由とくれば、割とわかりやすいものがあがってくる。

 

「た、確かに……あの広い土地ならば、貴殿らの様な巨大のドラゴンが歩き回っても安全ではあるし、アンデッドであるデュラハン殿にもピッタリではある。しかし、なぜ私に許可を求めるのかね?」

「カッツェ平野が国の所有地ではない事は知っている。だが、帝国の駐屯基地がある以上、一応最高権力者である貴様に許可を求めるのは自然な成り行き。それに、辺境伯という地位を貰うのであれば、やはり国境付近に居を構えるのが普通であろう? それに、戦争の場として使われている土地ならば、我々が暴れて荒しても問題はない。帝国だけでなく、王国も困らない。ならば、カッツェ平野は貴様が出した条件にピッタリな場所だと、我々は判断したのだが?」

 

 そうきたか! 

 私の出した条件を利用し、自分達に都合がよい場所を要求してくるとは! しかも、自分達の主人も得する場所をだ。

 オマケに両国の所有地ではない為、自分達の領地にしても問題にはならない点まで考慮してある。王国側からも異論は出にくい。

 

「……なお、これはまだ序の口であり、我が主人が冒険者という立場で移り住む事を前提としている。この状態であれば、王国も異論はなかろう? アダマンタイト級冒険者が、アンデッドの多発地域である場所に定住するのだ。アンデッドからの防衛費の削減にもなるし、エ・ランテルにも近い。王都からは遠のくが、緊急時の連絡手段も既に確立できた今であれば、悪魔問題にも対処は可能。問題はないように思うが?」

 

 バハムートの問いかけに、王国の王族貴族が一斉にひそひそと話を始めた。

 どう対処するか相談し合っているのだろう。

 王国側の対応次第では、『竜の宝』の考えに変化が生じてもおかしくはない。

 

「主人よ、主人はどう思いますか?」

「悪くない。あそこであればアインズ様の拠点にも近いからな。だが……私達の独断で勝手に居を構えるわけにはいかない。まずはアインズ様に相談せねばな。それに……ジルクニフ皇帝陛下の意見を聞かないとな。どうでしょう? 何か問題はありますか、ジルクニフ皇帝陛下?」

 

 ジルクニフ個人としては問題はない。

『竜の宝』の提案は合理的であり、自国への被害も少ない。

 それに万が一、『竜の宝』が危険な存在と化した時、王国の軍隊と協力してカッツェ平野で討ち取る、という事もし易い。

 倒せるかどうかは、また別問題になるが。

 

「……私としては問題はない。基地の兵士達にも話を通しておくよ」

「そうですか。ならばここからが本題です。本来ならば、王国側の意見を聞くところではありますが、今は置いておきましょう。これから話す内容はあくまで仮の話であり、アインズ様に報告した後、最終的にアインズ様が決定を下すまでは実行されない話ですからね」

 

 王国側への釘刺しをしっかり行うあたり、やはり油断ならない。

 今行われている話は全てが仮の話。実行するかどうかの最終的な判断はアインズ・ウール・ゴウンという人物が決めるのだから。

 

「ジルクニフ皇帝陛下、私達が貴方様の部下になる為の最低条件をお伝えしましょう。それは──エ・ランテルの支配権です」

 

 王国側からどよめきが上がる。

 エ・ランテルはランポッサ国王の直轄領である。

 そこを奪われるのは、王派閥には大打撃であり、王国にとっても大損失に繋がるのだ。

 

「私達が帝国の戦力として参加する以上、例年の戦のような小競り合いで済ませるつもりはありません。エ・ランテルまで進軍し、これを占領。一旦帝国の支配下におきます。その後、エ・ランテルを占領した功績としてエ・ランテルの支配権をアインズ様に譲っていただきたい。無論、アインズ様にも貴族位を与えてもらう事が前提です。さしずめ、私が辺境伯なので、アインズ様はさらに上の──侯爵の(くらい)を与えていただけるなら、1番嬉しいのですが」

 

 なんという事だ! 

 あのデュラハンはかなりの策士だ! 

 自分達の立場を最大限活用しつつ、最適な結果を作ろうとしている。

 

 ジルクニフは舌を巻くしかなかった。

 要求としてはかなり我がままに見えるだろう。だが、よくよく考えれば、中々に計算された作戦なのだ。

 

『竜の宝』が帝国の軍部に所属した場合、王国の領土内にあるアインズ・ウール・ゴウンの拠点が王国に狙われるのは時間の問題となる。

 となれば、後々と問題として上がる事は確実。私自身も、アインズ・ウール・ゴウンの拠点を王国から守る為に策を講じる必要性がでてくるのだ。

 

 だが、『竜の宝』が冒険者としてカッツェ平野に居座れば、王国側の行動を抑制できる。しかもアインズ・ウール・ゴウンの拠点を周辺の国家から守れるポジションを獲得できるのだ。

 後は、秘密裏に我々帝国と連絡を取り合い、戦争開始直前に『竜の宝』が帝国側に加担、エ・ランテルを占領すれば、王国はアインズ・ウール・ゴウンの拠点に手出しできなくなる。

 

 カッツェ平野を欲しがったのも納得がいく! 

 

「……わかった。貴殿らの要求を呑もう! 戦争でエ・ランテルを占領できたあかつきには、功績としてアインズ・ウール・ゴウン殿に侯爵の(くらい)とエ・ランテルの支配権をやろう。それを今この場で約束するとも」

「ありがとうございます。では、今の内容で、アインズ様にご報告させていただいても?」

「構わないとも。アインズ・ウール・ゴウン殿によろしく伝えておいてくれ。それと! できる事なら直接会って話たい、とも」

「……了解しました。アインズ様にお伝えしておきます。ところで──」

 

 デュラハンが王国側に体を向ける。

 

「王国からは何か、言いたい事はございますか? このままですと、私達が帝国側に加担する可能性が高くなるのですが?」

 

 やはり策士だ。

 我々帝国とのやり取りを王国に見せつけ、王国側にも行動を起こさせようとしている。

 デュラハンの見事な扇動、その影響を受けた王国の人間達が慌て出す様を、ジルクニフは静かに見守る事にした。

 きっとデュラハンは、この場で最も都合の良い提案をした国の要求に応えるつもりでいる。だからこそ、王国の出方を見ておく必要があった。

 

 

 

 

 

 一方──王国側は酷くざわついており、特に貴族派閥の貴族達が国王に殺到していた。

 

「陛下! このままでは『竜の宝』が帝国に移ってしまいます!」

「エ・ランテルの支配権と貴族位をアインズという人物に差し上げましょう! そうすれば、『竜の宝』が帝国に加担するのを防げます! 領土と貴族位だけで王国の敗北がなくなるのならば、安いものでしょう!」

 

「……し、しかし、国民が納得するかどうか……」

 

 貴族派閥の者達からすれば、王の直轄領が減る事は何の問題にもならない。むしろ、今回の一件で領土が讓渡され、王が国民から批難されれば、とさえ思っている者もいる。

 

 その時、第一王子のバルブロが国王に詰め寄った。

 

「父上! 私に妙案があります! 妹のラナーを、アインズ・ウール・ゴウンなる人物に嫁がせるのです!」

「──! バルブロよ、今なんと!?」

「王子、それはあまりにも──!」

「バルブロお兄様、その様な事を勝手に──」

「──素晴らしい!」

 

 バルブロの提案にランポッサ国王は驚愕を、ガゼフとラナーは動揺の表情を浮かべ、納得がいかない様子を見せた。

 しかしそれは、貴族達の賛辞の声に押しつぶされた。

 

「素晴らしいご提案だ!」

「その手がありましたか!」

「さすがは王位継承権1位の王子!」

 

「父上、アインズ・ウール・ゴウンなる人物にラナーを嫁がせ、その流れでエ・ランテルの領土を讓渡するのです! 貴族位も予め与えておけば、国民達は納得するでしょう! 王が娘の婿に領土を分け与えたと!」

 

 バルブロの提案は中々(すじ)が通っており、貴族達にも納得できるものであった。

 元々バルブロは自分が王権を握ったあかつきには、ラナーを高く買取る人物に嫁がせるつもりでいた。

 なので、妹の人生がどうなろうと気にするつもりがないのだ。

 

「む、むう……!」

 

 しかし、愛する娘を得体の知れない人物に嫁がせる事に抵抗を感じた国王は、すぐには返事を返す事ができなかった。

 そこへ、ラナーがバルブロに異議の声を叫ぶ。

 

「私は嫌です! 好きでもない方と結婚するなど……私は絶対にしません!」

「わがままを言うな! ただのお飾りであるお前には、充分すぎる程の役目だろう!」

「絶対に嫌です!」

 

 ラナーはクライムの後ろに隠れ、必死に抱きつき始めた。

 

「私は……私はクライムの事が好きなの! 私、クライム以外の殿方と結婚する気はありません!」

「ラ、ラナー様──!」

 

 顔を真っ赤にしながら驚きの表情を浮かべるクライムに、ラナーは必死に思いをぶつける。

 

「クライム、私はあなたが好きよ。あなたも私の事を愛しているわよね?」

「そ、それは──」

 

 無論、自分もラナー王女の事を愛している。

 だが、立場上、平民であるクライムにラナーと結婚できる権利はない。

 口に出したくても──出せない。

 それを言えば、自分は王女の護衛として相応しくないと判断され、王女の傍に居られなくなってしまう。

 

「ね? クライム! 好きよね?」

「───ッッッ!」

 

 激しい葛藤に悩むクライムに、バルブロの声が轟く。

 

「バカを言うな! 平民であるコイツに……王族と結婚する権利などある訳ないだろう!」

 

 バルブロがラナーに手を伸ばし、無理やり引き剥がそうとする。

 

「痛い! 痛いわ、お兄様!」

「ええい! 離れろ!」

「おやめ下さい、王子!」

 

 痛がるラナーの様子に耐えかねたクライムが、バルブロを制止しようと止めに入るが──

 バルブロの鋭い睨みが、逆にクライムの動きを止める。

 

「……なんだ貴様……邪魔をするつもりか? 平民の分際で、第一王子であるこの私に楯突くつもりか?」

「い、いえ! そのようなつもりは──」

「なら引っ込んでいろ! これ以上邪魔をするなら、反逆罪で牢屋にぶち込むぞ! なんなら、近衛の分際で我が妹を弄んだ罪で追放──或いは処刑にする事だってできるんだぞ!」

 

 半分は脅し。だが、場合によっては本当に実行される可能性のあるものだ。

 クライムにはどうしようもなかった。

 それはガゼフやラキュース達も同じ。

 王族同士の問題に、たかが兵士や貴族が首を突っ込む事はできない。身分の弱い者が王族相手に立ち向かうなど無謀な行為なのだ。

 圧倒的な権力に勝つ為には、それ以上の権力者でなければいけない。

 

 クライムは、無力な自分が悔しくてたまらなかった。

 自分に強さがない事が、権力がない事が悔しかった。

 愛する人物の幸せを、自分では叶えられない。

 その非力さが。

 

 だがせめて──今だけでも守ろう。

 今の自分の立場を捨ててでも。

 愛する人物の盾になろう。

 

 クライムの拳が握られる。

 ラナーを無理やり引き剥がそうとしているバルブロ王子の顔に、せめて一発。お見舞いしてやろうと。

 

 だが、クライムのそんな覚悟は、ある人物によって徒労に終わる。

 

「──ぐっ!? あがっ──」

 

 突如、バルブロの腕が誰かに掴まれ、ラナーから引き剥がされた。そのまま抑え込み、バルブロを身動きできない状態にする。

 

「──な、何をする!」

「いけませんよ王子。女性に乱暴するのは」

 

 バルブロの手を握っていたのはデュラハンだった。

 いつの間に移動したのだろうか? 移動した気配すら感じさせなかった。

 

「か、勝様……」

「わ、私は、この国の第一王子だぞ!? こんな事をして、ただではすまんぞ!?」

「私は王女の安全を優先しただけですが?」

「……ぼ、冒険者である貴様が、政治に口を出すのか!? 規約違反になるぞ!」

「それが何か? 私に口なんてありませんし、何よりその政治の関係者ですが?」

「ぬ……ぐっ……! 私を敵にまわすと後が怖いぞ!」

「ほう……ならばどうする? 戦争か? 構わんぞ」

 

 デュラハンが指を鳴らす。

 その瞬間、闘技場に大量のアンデッドが召喚された。

 巨大で広いアリーナ内には死の騎士(デス・ナイト)が、

 観客席には死の支配者(オーバーロード)賢者(ワイズマン)が召喚され、埋め尽くしている。

 

「どぉひゃああぁぁぁああ──!?」

 

 突如響き渡る悲鳴。

 周囲の人間達が視線を送ると、帝国で最高の魔術師であるフールーダ・パラダインが目を大きく見開きながらわなわなと震え、驚愕していた。

 

「ば、馬鹿な! ありえん! あれはデス・ナイト! いや、そんなはずは……」

 

 フールーダにとっては信じられない事だった。

 目の前に召喚された存在──デス・ナイトは、フールーダが魔法で支配しようと試みているアンデッドであり、未だに支配できていない存在だったからだ。

 帝国魔法省の最奥、地下深くにて厳重に拘束しているデス・ナイトを支配しようと研究を重ねて約5年──デス・ナイトをカッツェ平野で捕獲してから何度も試行錯誤を繰り返した。

 未だに成功できていない、果てしない努力。

 その努力を嘲笑うかの様な光景──何百というデス・ナイトを一瞬で召喚するデュラハンの姿を見て、フールーダが力なく膝をおる。

 

 フールーダが連れてきた弟子達も、デス・ナイトを使役する事がどれだけ凄い事なのか理解している為、彼らもフールーダと同じくらいの衝撃を受けていた。

 

 そして──衝撃を受けていたのは帝国だけではない。

 

「スルシャーナ様だ!」

「死を司る神を……これほど……やはり貴方様(デュラハン)こそ、新しき神!」

 

 法国の人間達も同様に、デュラハンが召喚したアンデッド──死の支配者(オーバーロード)賢者(ワイズマン)を見て、恐れおののいていた。

 

 大陸全土に4人しかいない、英雄の領域を超えた逸脱者の一人であるフールーダが膝をおる姿を見て、動揺しない帝国民はいない。

 法国の人間達の慌てふためく様子に興味を抱きつつも、ジルクニフはフールーダに駆け寄る。

 

「爺! どうした!? あれはいったい何なのだ!?」

 

 デス・ナイトの恐ろしさを知らないジルクニフは、脱力しているフールーダを心配する様子を周囲に見せつつ、アレについて説明するようフールーダに命令する。

 

 覇気のなくなった声で、フールーダはしぶしぶと話だす。

 

「……陛下、あれはデス・ナイトという名前のアンデッドでして、かつてカッツェ平野で出現した事がある伝説のアンデッドでございます……」

「伝説だと……? その様な話は聞いた事もないぞ」

「情報を統制する必要があったのです。あのアンデッドはたった一体で、帝国の兵士で編成された一個中隊を惨殺、撤退に追い込んだ恐ろしいアンデッドでございます。その強さは四騎士全員でも抑えらるのがやっとかどうか……それを私は弟子達と協力して捕獲。魔法省の地下深くに拘束して封印しました。それゆえ、アンデッドの情報を漏らさない為に……」

 

 そこまで言って、フールーダは口を閉ざす。

 外部にデス・ナイトの存在を知られないようにする為に内緒していたという事なのだろう。

 

 それほどの強さのアンデッドを国の内部に持ち込んだと民に知られれば、不安の声が上がるに違いない。

 また、国を窮地に追い込もうと企む者達が封印を解こうと暗躍する可能性もでてくる。

 デス・ナイトの存在を隠匿するのも頷ける。

 

 ”帝国魔法省の最奥に封印されたアンデッドがいる“という情報くらいはジルクニフも知っていたが、実際に実物を見た事はなく、実態を掴めてはいなかった。

 

 だからこそ、目の前にいるデス・ナイト達をジルクニフは凝視する。

 

「(たった一体で一個中隊を壊滅させる伝説のアンデッドを、あれだけたくさん召喚するとは……)」

 

 帝国一の魔術師であるフールーダでも、上位喰屍鬼(ガスト)を10体操るのが限界だと聞いている。それ以上は支配制御が難しいらしい。

 

 アリーナ内をざっと見回しても軽く数百を超える数が召喚されており、その全てがデュラハンによって統御(とうぎょ)されている。

 観客席にいる死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のようなアンデッドも含めれば、もはや軍隊クラスに匹敵する。

 このデュラハンはそれを容易く成せるのだろう。

 

「(やはり味方につけ、敵に回すのだけはなんとしてでも避けねば!)」

 

 より一層の決意を胸に、ジルクニフはデュラハンを味方に引き込む為の策を練り始める。

 

 

 

 一方リュウノは、法国や帝国の反応に困り果てていた。

 アンデッドを大量に召喚できる事をアピールし、バルブロ王子を脅して大人しくさせるつもりだったのだが──

 

「(まさか、死の支配者(オーバーロード)賢者(ワイズマン)死を司る神(スルシャーナ)と誤認するとは。法国が言っていた“従えさせていた”という意味がようやく理解できた。それに、デス・ナイトが伝説のアンデッドだと!? ありえないだろ!」)

 

 法国と帝国があそこまで取り乱すとは思っていなかった。

 だが、遅かれ早かれバレる事だ。

 

 帝国に加担する事になった場合、戦争で大量のアンデッドを召喚する事になるのは明白。皇帝にもその事を話さねばならなかっただろう。結局は知られるだろうし、知らせる事でもあった。それが少し早まったにすぎない。

 

「さて、バルブロ王子。どうします? 法国や帝国があれほど取り乱す程のアンデッドを、私は大量に召喚できるんですよ。そんな私と真っ向から勝負しますか? 私はいつでも構いませんが?」

「──ぐっ! 私を……いや、王国を脅すつもりか!?」

「王子が大人しく引き下がれば、私も大人しく引き下がりますよ? ただ、これでも引き下がらないなら、私は冒険者をやめて帝国に移るだけですが? ジルクニフ皇帝はさぞ、大喜びなさるでしょうねぇ……」

「…………ッ!」

 

 王子が怯んだのがわかった。

 私が権力に屈しないと、ようやく理解できたのだろう。

 なら、最後のひと押しを加えるだけ! 

 

 王子の耳元に口を近づけ、小さな声で囁く。

 

「お前が八本指から金を受け取っている事をバラしてもいいんだぞ?」

「───ッ!? どうしてそれを……!」

 

 私自身も驚いた情報だった。まさか第一王子が八本指と手を組んでいたとは。

 ブラックの調査で発覚した情報だったが、八本指の手際の良さはなかなかのもの。余程、王族貴族を取り込むのが上手い人材がいるのだろう。

 案外、八本指は協力関係にある王族貴族を脅すのに便利かもしれない。

 

「王位継承権を失いたくないなら大人しく引け。さもなくば──!」

「わ、わかった! お前の──いや、貴殿の指示に従おう……!」

「わかればよろしい」

 

 バルブロ王子の抵抗する力が弱まる。

 立場が逆転した事を悟ったのだろう。

 

 王子の手を離し解放する。

 

「手荒な事をして申し訳ございませんでした、王子」

「……いや、私も悪かった。私の無礼を許して欲しい……」

「では……仲直りの握手をしましょう」

 

 王子と握手をする。

 やや不満げな表情を王子は浮かべていたが、どう転んでも自分が不利だとわかった今、こちらを刺激するような行動はしないだろう。

 

 王子が席に戻るのを見送り、次にラナー王女に声をかける。

 

「王女様、お怪我はありませんか?」

「いえ、貴方様のおかげで助かりましたわ。ありがとうございます」

「私からもお礼を! 勝様、ありがとうございます!」

「いえいえ、感謝などもったいない。それよりも王女様、クライム君の事が好きだと仰っていましたが……それは本当で?」

 

 途端に王女が顔を赤くし、モジモジしだす。

 なんだかちょっとだけだが、こちらも初々しい気持ちになる。

 

「…………は、はい……」

 

 照れながら小さく返された返事。

 

「(これはマジだ!)」

 

 リュウノには理解できた。いやわかったのだ。

 つい最近、自分自身も同じ経験をしたばかりだ。

 ならば、好きな人物と一緒に居させるのが1番である。

 

「そうですか! それはそれは良き事です。クライム君の気持ちがどうなのかは知りませんが、私は貴方様を応援致しますよ!」

「ほ、本当ですか!?」

「か、勝様──!」

 

 クライムが酷く顔を真っ赤にして慌てている。

 間違いない! これはクライムも王女の事が好きに違いない! 

 

「ええ、本当です! 王女様、もし貴方様の恋愛を邪魔する輩が居たら、即、私にご連絡を! 相手がバルブロ王子だろうが敵国の皇帝だろうが、容赦なく排除致しますのでご安心を!」

 

 バルブロ王子が顔を引きつらせるのが見えた。

 ジルクニフ皇帝の方は──イマイチ反応が薄い。

 むしろ帝国の兵士達の方が顔を引きつらせている。

 だが、少なくともこれでもう、王女様の恋愛を邪魔する者はいないだろう。

 

「まあ! ありがとうございますわ!」

「そういう訳だから、頑張れよ少年!」

「は……はい……」

 

 笑いながらクライムの方をバシバシと叩く。

 少しだけ顔を強ばらせながら、クライムは躊躇いがちに返事を返した。

 王女様がクライムに向けて笑顔を向け、微笑んでいる光景が羨ましい。

 

 自分も早く、(アインズ)とこんな風に──

 

 そこまで考えてから気持ちを切り替える。

 

「さて……という訳で王国の皆様! 私はラナー王女の恋愛を強く応援致します。それと、アインズ様には既に嫁──或いは妃となる女性候補が存在していますので、王女を嫁がせる方法は無意味ですのでお諦めを」

 

 ラナー王女を嫁がせる案が無意味だと知り、貴族達の顔色が悪くなる。

 

「なんだかいろいろありすぎて、皆様熱くなられているご様子。ここで一旦休憩を挟みましょう。それぞれの国の者達だけで話すも良し、国と国で話し合うも良しです。周りに聞かれたくない場合は、別室を用意致します。飲み物が欲しい方はメイドにお申し付けください」

 

 休憩という言葉を聞いて緊張の糸が切れたのか、安堵の吐息が漏れた後、あちこちからザワザワと喋り出す人間が増え始めた。

 

「──あ!」

 

 何か思い出したと言わんばかりに上げたリュウノの声に、周りが一瞬で静かになる。

 

「──言い忘れましたが、くれぐれも国同士で争い事はしないで下さい。トラブルが起きた場合は、喧嘩両成敗として両方の国を潰しますから」

 

 あくまで表面上の忠告だが、敵対している国や不仲な国同士が集まっているのだ。しないよりはマシ、な程度な気持ちで注意を呼びかけた。

 

 “両方を潰す”という物騒な言葉を堂々と口にするデュラハンの忠告に、全ての国が『冗談ではないな』と悟る結果になってしまった事に、リュウノは気付きもしなかったが。

 

「それと、個人的に私達と話したい方はいらっしゃいますか?」

 

 多分いないだろうとタカをくくって発言した言葉。

 すると──

 

「あの! 少しよろしいでしょうか?」

 

 手を上げたのはモモンだった。

 きっと情報のすり合わせや今後の方針などを相談するのが目的なのだろう。

 

「わかりました。ではあちらの別室にて話を──」

「待って欲しい! 私も相談がある!」

「──へ?」

 

 すぐさま上がった別の声──視線を向ければ、帝国の女兵士が一人手を上げていた。

 

「私は帝国四騎士のレイナースと言います。私も個人的に『竜の宝』の皆様方と話たい事が!」

「でしたら私も──」

 

 続くようにフールーダが手を上げる。

 皇帝が何か言いたげだったが、無駄だと諦めた様子がチラリと伺えた。

 

「ならワシも」

「私も」

「僕達も!」

 

 さらに続くように手が上がる。

 評議国から一人──というかあれは、いつぞやのババア(リグリット)! 

 法国から一人──恐らくプレイヤーかもしれないルービックキューブ女! 

 そして『漆黒の剣』──お前らとは1番絡みたくない! だが、この流れで断るのは不可能! お願いだから、リュウノの話だけはしないでね! 絶対だから! 

 

「い、いいでしょう……。皆様、別室にて順番にお相手致します。では……まずは遠路はるばる来ていただいている帝国の方々から話を伺いましょう」

 

 ひとまず、モモンや『漆黒の剣』は最後にしよう。彼らは冒険者という立場なので身分も低い。順番的に最後に回すしかない。その方が怪しまれないし、他国を差し置いて1番に相手をすれば目立つだろうしな。それに、個人的な話をしたがっている他のヤツらの会話の内容も知りたがるだろうし。

 

 まずは他国の方々から話を聞くべきだろう。

 帝国を最初に、リグリットはその次──となると、ルービックキューブの女は最後から二番目にするか。

 というか、あの女が1番得体が知れない。

 

「(談義が始まってから、ずっとつまらなさそうにルービックキューブをカチカチしやがって! しかも一面揃えた後は全然揃えられてないし! ついでにルービックキューブのやり方のコツでも教えてやるか!」)

 

 そんな事を考えていたリュウノに、突如声がかかる。

 

「待って欲しいデュラハン殿」

 

 声をかけたのは、まさかの皇帝だった。

 まさかコイツもか!? と、警戒したリュウノだったが、その心配は徒労に終わる。

 

「すまないが仲介人を立ててくれ。私の部下があなた方と裏取引をしていない事を証明する為にね」

「な、なるほど。確かに……しかし、誰を仲介人にすれば──」

「私達が仲介人になるわ!」

 

 まさかの立候補者として名乗り出たのは、まさかまさかの『蒼の薔薇』である。

 

「(よりにもよってアイツらかよ! めんどくせぇぇぇ!」)

 

 王国以外の国と会話する以上、王国から仲介人を選ぶのは当然なのだが、彼女達が居るとモモンとの会話がややこしい事になる。

 だが──

 

「うむ! 王国で名高い冒険者チームである『蒼の薔薇』であれば、私は異論はないよ」

「我々も異論はない」

「私もだよ」

 

 あっさり他国のトップ達が了承してしまった! 

 

 ちくしょうぉぉぉもう引き返せない! 

 

「で、では! 『蒼の薔薇』の皆様を仲介人としまして、一緒に別室に来ていただきましょう」

 

 どうか、ややこしい事になりませんように! 

 リュウノは切にそう願った。

 

 

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