首なしデュラハンとナザリック   作:首なしデュラハン

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第23話 仮面の女悪魔の正体

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 酒場から、いつもの宿屋に帰った『蒼の薔薇』のメンバー達。それぞれに割り当てられた部屋に戻り、寝る支度を始めていた。

 ガガーランは部屋に帰るなり鎧を脱ぎ、寝巻きに着替えてベッドのある寝室に直行。酒場で飲みまくったせいもあってか、泥酔していた彼女はあっさり眠りについた。

 同じ部屋で寝泊まりしているラキュースは、ガガーランを起こさないようにしつつ荷物整理を行う。

 急ぎの依頼や緊急時に備えて、いつでも出発できるようにしておく為だ。

 

 だいたいの整理を終わらせたラキュースは、自分の手荷物から一冊の手帳を取り出す。

 そして周囲を伺う。

 これは彼女にとって必要な行為だ。できる事なら、誰の目にも触れられないようにしたいのだ。それが例え、苦楽を共にした仲間であっても。

 周りに知られてはいけない……正確に言えば、知られて欲しくない事なのだ。

 

 ガガーランのいびき以外の音は聞こえない事を確認したラキュースは、手帳を開く。

 そこに書いてあるのは、ラキュースがこれまで思いついた夢……俗に言う妄想だ。もし、ユグドラシルのプレイヤーがこの手帳を見たら、誰もが理解するだろう。この手帳はラキュースの黒歴史──中二病の塊であると。

 ラキュースは手帳に書かれた内容を黙読すると、新しいページに何かを書き込む。

 

 

 そして──

 

 

『フハハハハ! 感じるぞ……闇の根源たる我の友、ヒューミリスの存在を! 貴様が愚かにも、我が友ヒューミリスに触れたせいで、またひとつ我が封印が解けてしまったようだぞ!』

「くっ……! 私とした事が迂闊だったわ。けど負けない! 私の命を削ってでも、貴方の復活を食い止めてみせる! 戦乙女の指輪よ、我に加護を!」

 

 手帳に新しく書き留めたセリフを、迫真の演技で声に出す。

 そして言い終わると、満足気に座る。

 

「いい感じだわ。ヒューミリスのせいでキリネイラムの呪いが活性化した、という設定は。なかなか良いアイデアだわ」

 

 その後も、思いつく限りの中二設定を考えては、それを実際に演技しながら実践していくラキュース。

 

『我が呪いで貴様の体を支配し、闇の魔剣の力を解放してやる!』

「ぐぅぅ……! そんな事はさせない! 我が内にやどる神聖なる力よ、我に力を!」

 

 最後の演技をやりきる。そして、満足したラキュースは手帳をしまう。

 

「おや、もう終わりか?」

「ひゃっ!?」

 

 いきなり聞こえた声に、ラキュースは驚きの声を上げ、声がした方へと視線を向ける。

 

 先程まで閉まっていたはずの両開きの窓が開いていた。

 その窓枠にヤンキー座りをしながら、こちらを見つめる者がいた。

 

 そこには仮面をつけた人物がいた。

 いや、人物という例え方は間違っているかもしれない。

 そいつは人間ではなかった。

 

 部屋にはランプが一つある。

 その明かりは部屋全体を照らせる程の強さではなかったが、それだけでも充分判別はできた。

 

 仮面をつけた人物には──翼があったのだ。

 それも、鳥の様な翼ではなく、コウモリの様な暗黒の翼が。

 

 ラキュースは驚きつつも、即座に警戒の体勢をとった。

 自分の目の前に現れた、そいつのその見た目は──以前、イビルアイが言っていた──王城で仲間を襲った女の悪魔と合致したからだ。

 

 悪魔が窓枠から部屋の中へと飛び降りる。

 ラキュースは魔剣を構え、いつでも攻撃できる体勢を取った。

 

 それを見て、悪魔はおどけるような仕草で両手を上げると、男か女かもわからない様な低い声で会話を始める。

 

「そう警戒するな。お前をどうこうしようなどとは思ってはいない」

 

 その言葉をまるまる信じる程、ラキュースはマヌケではない。

 悪魔は平気で嘘をつく。と言うより、悪魔が人間に味方するはずがないのだ。疑ってかかるのが自然だ。

 

「じゃあ、何が目的なの?」

「ちょっとした知らせを持ってきただけさ」

 

 そう言いながら、悪魔は部屋の隅にあった椅子を手に取ると、わざわざラキュースの前にまで持ってきて腰掛ける。

 ラキュースは警戒しつつも、特に何もする事なく悪魔の一連の動作を見届ける。

 

「知らせ?」

「魔王様が悪魔の軍隊を動かす事をお決めになられた。どこかの国を滅ぼす為にな」

「なんですって!?」

 

 その情報が真実ならば一大事である。すぐさま、王城や組合に連絡すべき案件である。

 しかし、疑問も残る。

 

 ラキュースは逸る気持ちを抑えつつ、冷静に目の前の悪魔に尋ねた。

 

「いくつか質問しても良いかしら?」

「……いいぞ」

「まず一つめ。襲われる国はどこ?」

「さぁ? 王国かもしれないし、帝国かもしれない。法国や評議国の可能性もあるかもな」

「……なら2つめ。何故その情報を私に教えるの?」

「さぁ? なんでだろうな……」

 

 やはり、真面目に答えるつもりはないようだ。

 聞くだけ無駄かもしれない。という気持ちになりつつも、ラキュースは最後の質問を投げかける。

 

「じゃあ最後の質問。貴方の本当の目的は何?」

「本当の目的?」

「ええ。味方の情報を流すなんて、裏切りに等しい行為よ。そんな危険を冒してまで、貴方にどんなメリットがあるのかしら?」

「別に。お前ら人間が慌てふためく姿を眺めたいだけさ」

 

 たったそれだけの為に同じ悪魔を裏切るというのか。

 ラキュースには、目の前の悪魔の思考を理解できなかった。

 だが、そもそも人間と同じ思考を期待する方が間違っている。そういう結論にはいたっている。

 

「それに──まだ裏切りという段階にはなっていないしな」

 

 悪魔が立ち上がる。そしてこちらに歩み寄り始めた。

 ラキュースは警戒を強くしながら後退る。

 

「来ないで!」

 

 魔剣を突きつけて威嚇してみるが、悪魔は怯まない。

 

「だってそうだろ? この情報を知っているのはお前だけ。なら、お前が死ねば……なんの問題にもならない訳だし」

「────ッ!」

 

 自身の身の危険を察知したラキュースが、悪魔に魔剣を振るう。

 横薙ぎに振るわれる魔剣。それは、確実に相手を両断する事ができる攻撃だった。

 

 しかし──

 

 あっさりと、悪魔は片手でラキュースの魔剣を防いだ。剣の刃は悪魔の腕にくい込んですらいない。

 

「嘘……」

 

 ラキュースの顔に驚愕の表情が浮かぶ。そして少しずつ絶望に染まる。

 圧倒的な実力差。それを今になって自覚したのだ。

 

 悪魔の手がラキュースの首へと迫る。

 

 その刹那──

 

 雄叫びが部屋に響き渡った。

 

 隣りの寝室で寝ていたはずのガガーランが、寝室のドアを突き破りながら現れたのだ。

 ガガーランはそのまま悪魔に突貫。様々な武技を発動させながら、渾身の戦鎚を連続で叩きつけた。一撃一撃が剛腕から放たれる全力の攻撃。その怒涛の連撃が、悪魔の側頭部に直撃する。

 

 十回は超える連撃を受けた悪魔は、最後の一撃を受けると、大きく体を仰け反らせながら仰向けにたおれた。

 

「大丈夫か、ラキュース!?」

「ええ。助かったわ。ありがとう、ガガーラン」

 

 倒れた悪魔に警戒しながら、ガガーランはラキュースの元へと駆け寄った。

 ラキュースは礼を言いながら、倒れた悪魔の様子を伺う。

 

 倒れた悪魔が動く様子はない。しかし油断はできない。

 ガガーランの怒涛の連撃を受けたにもかかわらず、悪魔の頭部に変化はない。顔につけていた仮面の一部が砕け、片目があらわになってるくらいである。

 死んだのではなく、気絶したと考えるのが妥当な状況だ。

 

「こいつはなんだ?」

「……たぶんだけど、王城でイビルアイを襲った悪魔だと思うわ」

「こいつが!?」

「イビルアイの言っていた特徴と一致するもの」

「なるほど。──で、どうするよ。こいつ……」

 

 気絶しているとは言え、相手は悪魔だ。放置すれば、再び脅威となりえる。答えは一つだ。

 

「始末するしかないわ。今のうちに──」

「おい! 何事だ!?」

 

 仲間の異常を察したイビルアイ達が、部屋へと駆け込んで来る。

 倒れた悪魔を見て、イビルアイが驚愕の声を上げる。

 

「──こいつは!?」

「よう、遅かったじゃねぇか! 先に倒しちまったぜ」

「お前がやったのか? ガガーラン」

「おう! 頭に俺の戦鎚を叩き込んでやったぜ!」

 

 自慢げに胸を叩くガガーランを無視して、イビルアイが悪魔の状態を確認し始める。

 

「死んで……はいないな。気絶か?」

「たぶんね」

「よし。今のうちにトドメを刺すぞ」

 

 仲間からの合図を受けた双子が短刀を取り出し、慎重に悪魔に近寄る。

 その様子を眺めていたイビルアイは、ふと、ある違和感に気づく。

 

 以前、悪魔に遭遇した時だ。この悪魔は体から紫色のオーラの様なものを出していた。しかし、この悪魔は()()が無い。

 

(気絶しているからか?)

 

 そんな事を思った時だった。

 悪魔の体に変化が起き始めた。角や尻尾が消え、体全体が人間の姿へと変わり始めたのだ。

 

「おい! 見ろ!」

「こ、これは!?」

 

 18歳前後の人間の女の姿へと変化した悪魔に、ラキュース達は驚きを隠せない。

 

「どうなってんだ!?」

「わからないわ。イビルアイはどう? 何かわかる?」

 

 ラキュースに問われ、イビルアイは暫く考え込む。そして──

 

「……ありえないとは思うが……元は人間なのかもしれない……」

「なんですって!?」

「おいおい……流石にそりゃねぇだろ……」

 

 イビルアイの呟きに、信じられないという表情をするラキュース達。

 悪魔が人間のフリをして人を騙すのなら納得がいく。しかし、人間が悪魔に化けて人を襲うとなると、話が違ってくる。

 

「確証はないからなんとも言えないな。仮にこいつが人間だとしたら、ラキュースを狙う理由がわからない」

 

 人を襲うのなら、もっと襲いやすい弱い人間を狙うはずだ。

 だが、相手にとって、自分達が弱者に見えていたのなら──

 

「まずい」

「起きた」

 

 悪魔が上半身をムクリと起き上がらせていた。

 割れた仮面の部分から見えている片目がパチリと開かれる。

 

「…………」

「…………」

 

 人間になった悪魔は、どこか虚空を見つめているような仕草をしているだけで、特に何も動きを見せない。

 警戒しつつ、ラキュース達も様子を窺う。

 

 しばらくして、痺れを切らしたイビルアイが声をかける。

 

「おい」

「…………?」

 

 ようやくイビルアイ達の存在に気付いたのか、悪魔がラキュース達に視線を向ける。

 

「……誰だ?」

 

 悪魔から投げかけられた質問に、ラキュース達は顔を見合わせる。

 先程までと様子がまったく違う。まるで自分達に初めて会ったかのようである。

 もちろん、演技で騙そうとしている可能性だってありえる。

 だが、先程まであった殺意じみた気配がまったくないのだ。

 

「我々はアダマンタイト級冒険者、『蒼の薔薇』だ」

「貴様らが? ……というと、ここは王都か?」

「そうだ。……何も覚えてないのか?」

「……よく分からん。頭の中がいろいろ混濁していてな。だが、アンタらに迷惑をかけたのはなんとなくわかる。すまなかった」

 

 何故か謝罪を言われ、困惑する『蒼の薔薇』のメンバー達。

 その様子を察した悪魔は自分の事情を語り出す。

 

「私はリュウノ。アンタらと同じ、アダマンタイト級冒険者だ」

「貴方が!?」

 

 信じられないという表情をする『蒼の薔薇』に、リュウノは竜人の姿に変身する事で、一同を納得させる。

 焦げ茶色の鱗の手足に褐色の肌──先程の悪魔然とした姿よりは、幾分かはブラック達と同じ竜人らしさが出ている。

 

「エ・ランテルを悪魔の危機から救った竜人……だったか?」

「もうそこまで情報が広がってるのか……」

「まぁな。悪魔に連れ去られたアンタを助けてくれって言う奴が現れるほど、アンタは英雄になってるぜ」

「そうなのか? 困ったなぁ……私、そこまで目立つつもりはなかったのだが……。まぁ、そんな事より、私にかけられた洗脳を解いてくれた事には礼を言わせてくれ。ありがとう」

「そ、そんな……」

 

 リュウノが丁寧なお辞儀をする。

 やはり、先程までの殺意や悪意が一切感じられない。

 

「で……だ。洗脳ってどういう事なんだ?」

「悪魔達に連れ去られた後、私はこの仮面を無理やり装着させられた。ご丁寧に、私では外せない……強力な魔法が込められた仮面をな。その後、精神支配の魔法を使用された……と、思う」

「む? ……なぜ曖昧な言い方をする。操られていても、記憶は残るはずだ。……まさか、操られてからの記憶がないのか?」

 

 コクリと頷くリュウノ。

 

 通常、チャームなどの精神操作系の魔法を受けた場合でも、その効果中に起こったことを、受けた者は覚えている。さらに、そういった精神操作系の魔法に対抗する為の魔法やアイテムも、世の中には存在する。故に、口封じが可能な立場の者でもない限り、おいそれと精神操作系の魔法を乱用する魔術師はいないのだ。

 

「記憶がなくなってる原因は?」

 

 当然の疑問をイビルアイが口にする。

 記憶が無くなっている以上、なんらかの細工をされていた可能性が高い。無論、記憶が無いフリをリュウノがしている可能性も有り得るのだが。

 

「……おそらくだが、《記憶操作/コントロール・アムネジア》を使われたのだと思う」

「コントロール・アムネジア? なんだそれは?」

「第十位階の魔法だ」

「だっ、第十位階だと!?」

 

 第十位階──イビルアイ達にとっては、神話や伝説の領域……或いはそれすらを超えるランクである。はっきり言って、第十位階の魔法なんぞ存在しない、とまで言っていい程だ。そんな荒唐無稽な話を信じるような人間は、通常ならいない。信じてもらえないのがオチだ。

 しかし、すでに『竜の宝』という存在を知っている者達ならば、第十位階の魔法を使用されたという話を信じざるを得なくなる。ましてや、相手はその『竜の宝』の身内かもしれない存在なのだ。信憑性を疑う理由にすらならない。

 

 それともう一つ。

 リュウノの言葉を信じるのならば、魔王は第十位階の魔法を行使できる存在という事にもなってしまう。

 

「《記憶操作/コントロール・アムネジア》は、対象の記憶の閲覧・操作・消去を行うことができる魔法だ。魔王は、自分達の情報が外部に漏れないよう、私の洗脳が解けた時に魔法が発動するよう仕込んでいたのかもしれない」

 

 一見、都合の良い作り話に聞こえる理由に思えた。

 しかし、先程リュウノが目を覚ました時、ぼっーとしていた理由がソレならば、辻褄が合う。

 であるならば、悪魔に関する内部情報を聞き出すのは不可能と考えるべきだろう。しかし、情報を共有して損はない。

 ラキュース達は、リュウノに、与えて大丈夫な情報を提供した。

 

 リュウノが連れ去られてからの出来事や、今の王都の状況を伝える。

 

「ふむ……そうか。エ・ランテルは無事か。それに、アイツらが私を探してくれていたとは……」

「私達の得た情報では、貴方はブラックちゃん達の姉という事らしいけど?」

「四姉妹である事は確かだ。ただ、私は妹達とは別の環境で育った。正直、私に妹という存在の実感はない」

「どうしてそんな事に?」

「ドラゴンは基本的に群れない習性の種族である事は知っているな? 私の父であるドラゴンは、人間の女を孕ませ、四人の子供を授かった。しかし父は、最初に産まれた卵だけを受け取り、遠い巣へと持ち帰ったのだ」

「それが貴方だった……」

「そうだ」

 

 長女のリュウノだけが別行動だった──卵の時期に、親に別の場所に移送されたから、という──理由は、ラキュース達には自然なかたちで納得できる内容であった。

 人間の世界でも、赤ん坊を取り違える事件があったりする。その場合、成長した子供は、本当の親を受け入れる事ができず、育てた偽親を信じてしまうというケースがよくあるのだ。

 卵の段階で妹達と引き離されたのならば、姉妹の実感が湧かないのも道理である。

 

「父によって育てられた私は、妹の存在なんぞ知りもしなかった。私が妹や母の存在を知ったのは、私が成長し、一族の長として選ばれてから半年程経ってからだった。その時すでに、百年以上の月日が流れていたがな」

「じゃあ、貴方の母親は、もう……」

 

 普通に考えれば、寿命で死んでいる可能性が高い。延命できる手段にさえ手を出していなければだが。

 

「ところがどっこい、私の母は生きている。それどころか、お前達ならすでに会っているかもな」

「まさか……」

 

『蒼の薔薇』には心当たりが一つある。そしてそれは的中する。

 

「私の母の名は……カツ・リュウノ。今はデュラハンで有名になってるがな」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、アンタは母親の名字を名前代わりに名乗ってただけか?」

「そうだ。私は父に名付けをしてもらってなくてな。名前はないんだ」

 

 人間社会の中でなら、名前がある事が常識だ。

 だが、人里離れた自然界で、しかも極小数で暮らす部族となると話は違ってくるのだろう。ましてやドラゴンともなると、人間の常識はまったく通用しない。

 

「仲間達からは、どんな風に呼ばれていたの?」

「幼い頃は姫だった。今は──我が主人……とか、族長……とかかな。名前がなくても不便はなかった」

 

(デュラハンと一緒な感じか)

 

 イビルアイが真っ先に思い浮かんだのは『竜の宝』のリーダーであるデュラハンだ。何かと、あのデュラハンは名前で呼ばれる事が少ない。デュラハンの名前を呼ぶのは、礼儀を重んじる者……クライムやガゼフと言った者達ぐらいだ。しかし──

 

「ウチのリーダーも同じだよな」

「え? 何が?」

「「鬼ボス」」

 

 ガガーランの言葉に合わせるように、双子がラキュースの異名を口ずさむ。

 

「二人とも」

 

『鬼』と呼ばれる所以である、恐ろしい微笑みを双子に向けるラキュースだったが、そうなる事を予期していた二人は視線を外して素知らぬフリで乗りきる。

 いつもの調子で悪ふざけをする仲間達に、イビルアイは呆れた様子でため息を吐いた。

 

「ところで、操られている時の貴方が言ってたのだけど……悪魔達が襲撃する国に心当たりはない?」

「すまない、そこまでは……。だが、予想ならできる」

「本当!?」

「ああ。奴らは、エ・ランテルに隠れて活動していた秘密結社ズーラーノーンとヴァンパイア達を手駒にして、わざわざアンデッドに都市を襲わせていた。その隙に悪魔達は、避難所に集まっていた市民を人質にする為に動いていた──」

 

 ここまではラキュース達も知っている情報だ。

 アンデッド達を表に出す事で、冒険者達の目をそちらに向けさせ、その隙に市民を拉致するのが、悪魔達の狙いだったのでは? と、予想されている。自分達の悪行をズーラーノーンらになすり付け、自分達の罪をもみ消し、彼らに全ての責任を背負わせるのが目的だった。というのが事件の真相だと。

 

「──なら、今回も同じ手を使うはずだ」

「まさか、八本指を利用するのか?」

 

 イビルアイの予想にリュウノが頷く。

 

 王都の裏社会に蔓延る犯罪組織と言えば、八本指しかない。

 ズーラーノーンと比べれば、組織としてのデカさは圧倒的である。そんな組織が悪魔に唆されて活動すれば、王都の被害は甚大になること間違い無しだ。

 

「八本指を利用して王都で騒ぎを起こす。その黒幕を私にすれば、『竜の宝』は私に固執して王都から離れようとしないはずだ。その隙に他の国を──」

 

 

「──ここにいたのですか」

 

 

 突然聞こえた謎の声。

 リュウノも『蒼の薔薇』も、即座に声のした方に視線を向ける。

 

 部屋の中に、誰かが立っていた。

 その人物がどうやって侵入したのかは理解できない。考えられるのは、リュウノが入った時に利用した、開きっぱなしの窓だ。だが、後から思えば、あれは転移の魔法だったと予想できただろう。

 

 謎の侵入者に、先に正体を理解したであろうリュウノが驚きの声を上げる。

 

「お前は──魔王!」

 

 エ・ランテルで目撃された存在──悪魔達の総大将である魔王が、自分達の前に現れた事に、ラキュース達は驚愕の表情を浮かべる。

 

「探しましたよ、我が妻よ」

「……その呼び方はやめろ」

「おや、何故です? 毎晩、ベッドの上で何度も体を重ね合わせた仲ではありませんか」

「なんだと……!?」

 

 明らかな嫌悪感を態度に出すリュウノ。

 

 当然だろう。操られていたのなら、リュウノの体をすきに弄ぶ事も、魔王には簡単だったはずだ。思い通りに操り、あらゆる恥辱をリュウノにやったに違いない。

 唯一の幸運は、リュウノの記憶が消されている事だろう。それを幸運と言って良いかはわからないが。

 

「私が……お前と……」

「そうですよ。貴方も、私との子作りに夢中だったではありませんか。愛している。貴方に全てを捧げます! とまで言っていましたよ?」

「ふざけるな! 人を操っておいて、何が愛だ!」

 

 怒りをあらわにするリュウノに、魔王は楽しそうに笑う。

 

「記憶を失った貴方に、私がどんな恥辱をやったか語り聞かせたい気持ちはありますが、今はとても大事な時期。とにかく貴方には、再び私の元に戻ってもらうとしましょう」

 

 魔王が懐から、黒い鉄のような輝きを持つ無骨な珠を取り出す。

 そして、その珠から暗黒に光る光線が、リュウノへと放たれた。

 どす黒い光がリュウノを包む。

 

「ぐっ……ああ! ──ああアァァァ──!」

 

 苦しそうな悲鳴を上げながら蹲るリュウノ。

 咄嗟にラキュース達が助けに入ろうとする。が、彼女達の行動は、突如聞こえた別の声によって阻害される。

 

『動くな』

 

 リュウノに駆け寄ろうとしていたイビルアイ以外のメンバー達の動きが止まる。動きが止まったラキュース達は、自分達の身に何が起きたのか、理解できずに困惑する。

 唯一動けるイビルアイが目にしたのは、魔王の背後から現れたもう一人の──スーツを着た仮面の悪魔だ。

 

「おや? 貴方は動けるのですか」

 

 イビルアイが動ける事が意外だったのか、スーツを着た悪魔が身構える。しかし、狼狽している彼女達の様子を見て、再び残酷そうな笑みを零す。

 

「お前がやったのか!? 仲間達に何をした!」

「『支配の呪言』で操っただけです。今の貴方のお仲間は、私の言葉一つで自害すらやってしまいますよ。殺されたくないなら、大人しくしていて下さい」

「くっ……! 卑劣な奴らめ……」

 

 仲間を人質にされたイビルアイには為す術がない。

 相手を倒す事で、状況を打開する手段もあるが、イビルアイは直感で理解する。目の前の敵達が、自分よりはるかに強い存在であると。

 

 苦しむリュウノに、魔王が言葉を重ねる。

 

「さあ、我が妻よ。私の支配を受け入れなさい」

「ぐうぅぅぅ──グァァァアアア───!」

 

 苦しみながら蹲るリュウノの姿が、悪魔の姿へと変貌していく。

 

 このままではリュウノが再び洗脳されてしまう。

 ラキュース達は必死に足掻く。だが、悪魔の支配の力は圧倒的であり、体を動かそうとすると、凄まじい力で押さえつけられる。

 

 止めないといけないのに。

 阻止しなくてはならないのに。

 苦しむ彼女を助けないといけないのに。

 どうする事もできない自分達。

 

 自分達の無力差を、ラキュース達は噛み締める事しかできない。

 

 魔王の支配を拒んでいるのか、リュウノが叫びながらもがいている。床の上でジタバタともがく彼女の姿が、その必死さを物語る。

 

「我が加護と恩寵を受け入れるのです、我が妻よ。そして生まれ変わるのです。我が暗黒の力によって、貴方は魔界の女王──マドゥニオンへと変貌する……」

 

 魔王の言葉とともに、リュウノの抵抗が弱まっていく。そして──

 

「──おかえり。我が妻」

 

 魔王は完全にリュウノを支配下に治めてしまった。

 

「さあマドゥニオン。私に忠義の言葉を」

「……はい。我が魔王様。私は貴方の下僕です。何なりとご命令を」

 

 魔王の前に片膝をつきながら答えるリュウノ。

 その声には力がこもっていない。いかにも操られている事がわかる声質だった。

 

「よしよし。では……そうですねぇ……そこにいる人間達を殺してもらいましょうか」

「────ッ!?」

 

 ラキュース達に戦慄が走る。

 リュウノの強さは未知数だが、噂通りならば圧倒的だ。それに加えて動けない体。まさに絶望的な状況である。

 

「魔王様の仰せのままに」

 

 リュウノが立ち上がり、ラキュース達の方を向く。

 黒い眼球に紫色の瞳という、いかにも悪魔らしい目が、砕けた仮面の隙間から(あらわ)になっていた。

 

 ゆっくりとした足取りで、『蒼の薔薇』に歩み寄るリュウノ。

 

「やめろ!」

 

 イビルアイが即座にあいだに立ち、リュウノの前に立ちはだかった。

 

『青い忍者、自分の首を斬って自害しなさい』

 

 迷いが一切ない、容赦ない言葉が悪魔から放たれた。

 

 その直後、双子の片割れが自分の短刀を首に刺し、斬り裂いた。

 大量の血が噴出し、部屋を真っ赤に染める。

 自分の首を斬り裂いた双子の片割れ──ティアは、そのままバタリと倒れた。

 傷の位置、零れた血の量からして、あれはもはや助からない。間違いなく死んだだろう。

 

「ティア!」

 

 仲間が殺された事に、イビルアイが仮面越しに悪魔を睨む。

 

「貴様!」

「『動くな』と言ったはずです。次また動けば、こんどは赤い方が死にますよ?」

「くっ……」

 

 仲間の命を危険に晒す事ができず、身動きができなくなるイビルアイ。

 だが、このままでは結局、悪魔達に弄ばれて全滅するだけである。それを回避するには──

 

「イビルアイ、逃げて!」

「───!」

 

 ラキュースの言葉と、イビルアイの思考が一致する。

 そう──自分だけ動けるイビルアイは、この場から逃げるという手段ができる。仲間達を見捨てればの話ではあるが。

 

「ラキュース──」

「お願い! 私達の事は気にしないで!」

「でも──」

「貴方だけでも逃げて! そして『竜の宝』に助けを求めて!」

「────ッ!」

 

 絶対的な状況の中、イビルアイだけでも助けようとしてくれているのだろう。かけがえのない仲間達を見捨てる勇気を持てずに迷っているイビルアイに、悪魔が囁く。

 

「逃げても構いませんよ? 仲間達を見捨てて、自分だけ助かりたいならば、ですが」

 

 イビルアイの心を抉る言葉ではあった。

 だが──

 

「俺たちの事は気にすんな。こんな奴らに負けはしねぇよ!」

「……行って」

 

 ガガーランとティナの言葉と決意ある表情に、イビルアイはようやく覚悟を決めた。

 

「必ず助けに戻る」

 

 仲間達にそう告げ、イビルアイは転移の魔法を唱え、姿を消した。

 ラキュースに言われた通り、『竜の宝』の拠点に転移したのだろう。

 

 無論、ラキュース達は自分達が助かるとは思っていない。ただ、全滅するよりはマシ、という判断をしたまでである。

 

「残念です。ツラいですねぇ、出会ってそうそう別れる事になろうとは……。しかし、まさか本当に見捨てるとは……彼女にとって、貴方がたはその程度の存在だった、という事ですかね?」

 

 これっぽっちも残念に思っていない雰囲気で、仮面の悪魔が嘲笑う。

 それが気に障ったのか、ラキュース達の表情が険しくなる。

 

「違うわ! イビルアイは私達を見捨てた訳じゃない!」

「イビルアイは必ず助けに戻る」

「お前ら悪魔にはわからねぇだろうが、絆ってやつが俺たちにはあるんだ」

 

「絆……ですか」

 

 何か思う事でもあったのだろうか? 魔王が少しだけ考えこむ仕草をする。

 しかし、魔王はすぐに顔を上げ、なんでもないと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。

 

「まぁ、そんな事は置いといて……ヤルダバオト」

「はっ! 《次元封鎖/ディメンジョナル・ロック》」

 

 ヤルダバオトと呼ばれた仮面の悪魔が使ったのは、周囲一帯の転移魔法を封じる魔法だ。

 イビルアイは転移魔法でこの場から逃げた。ならば、再び転移魔法で戻ってくる可能性がある。それを潰すのが目的なのだろう。

 

「では、私も念の為……《転移延長/ディレイ・テレポーテーション》」

 

 魔王が使用した魔法は、使用者周辺への転移を一時的に阻害し、転移者が消えてから現れるまでに数秒のタイムラグを発生させる。のみならず、どの辺りにどれだけの数が転移してくるかを教えてくれる魔法である。

 

『竜の宝』が、先程の《次元封鎖/ディメンジョナル・ロック》の魔法の効果を打ち破る手段を持っていてもおかしくはない。それに対する備えだ。

 

「これで逃げる時間が稼げましたね。それではヤルダバオト、仕上げを」

「畏まりました。では君たち。申し訳ないが時間がないので手早く済まさせてもらいます。───ラキュースさん」

「───!」

「仲間の二人を殺しなさい」

 

 即座にラキュースの手に持つ魔剣が二度振るわれる。

 ラキュースの絶叫も虚しく、二つの赤い噴水ができ、ドチャリという音が二回、部屋に響いた。

 

 仮面の悪魔の歓喜する笑いが、静かに部屋に木霊する。

 

 仲間の血で汚れ、絶望の表情をするラキュースの顔を、魔王が覗き込みながら囁く。

 

「貴方には闇の素質がある。私達と共に来てもらいますよ。きっと貴方も、我が妻のように満足してくれるはずですよ」

 

 

 

 

 数分後──イビルアイが『竜の宝』とツァインドルクス、リグリットを連れて戻って来たが、全てが終わった後であり、その場にラキュースの姿はなかった。

 

 

 

♦♦♦♦

 

 

 

 

「ご苦労さまです、パンドラ」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました! 私なりに、中々の演技が出来たと自負しております!」

「ええ、中々の演技でしたよ。あれなら、人間達を上手く欺く事ができたと思います。後は、リュウノさんが上手くやるでしょう」

 

 とある上空にて、魔王、ヤルダバオト、そしてパンドラと呼ばれた軍服の人物の三者が並んで浮いていた。

 先程まで、王都で魔王活動の為の陽動作戦を(こな)してきたばかりである。にも関わらず、魔王もヤルダバオトを気分は上々であり、活気に溢れている。

 ある一つの問題を除けば、だが。

 

「しかし……あの正義のヒーロー気取りのチャンピオンは何をしているんだか。八本指の娼館で働いていた女達を助けて屋敷に匿うなんてバカな真似をすれば、八本指に目をつけられて当然でしょうに」

「おっしゃる通りです。ましてや、セバスまで同じ事をやらかしていたとは……。アインズ様のご命令をなんだと思っているのか……」

「まあ、あちらはアインズさん達とリュウノさんが、上手く処理する予定らしいので、私達は目の前の事に集中しましょう」

「畏まりました。ではパンドラズアクター、貴方は当初の予定通りの行動をお願いします」

「畏まりました! では、私はこれで失礼させていただきます!」

 

 パンドラが去り、二人だけになった魔王とヤルダバオト。その二人の眼下には、とある国の中心都市が広がっていた。

 

「ところでヤルダバオト」

「はい。なんでしょうか? 魔王様」

「先程連れ去った人間ですが、死の宝珠による支配で操るとの事でしたが、上手くいくのですか?」

「たぶん大丈夫でしょう。念の為、彼女の能力を下げる首輪を装着させたので、抵抗力も弱まっているはずです」

「確か…… 習得経験値が増大するかわりに能力が激減する首輪……でしたか?」

「はい。首輪から鎖が垂れ下がっているので、王都に用意した隠れ家に拘束するのも簡単でした。他にも色々、支配しやすくするための装備品を身につけさせたので、彼女が死の宝珠の支配下に入るのも時間の問題かと思われます。それに、見張りの悪魔も待機させていますので、支配が完了すれば、連絡が来ると思います」

「そうですか」

 

 今回の陽動作戦は、ヤルダバオトとカツの計画のもと実行されたものだ。

 

 事の発端は、自分達がリュウノに会いに、王都上空に転移した日だ。

 王都で極秘活動を命じられていたセバスが、八本指の管理している娼館にちょっかいを出したのだ。そして、そこで働かされていた女を救助した事から始まる。

 

 たっちは、救助された女のありさまを見て激怒。セバスからの報告を受け、八本指の娼館を襲撃した。襲撃した娼館から、働かされていた女達を救助後、彼女達を哀れに思ったのか、怪我などの治療を行い、保護していたのだ。

 

 問題は、その事をアインズ達に報告していなかった事。

 

 救助され、元気を取り戻した女達はひとまず、屋敷のメイドとしてヘロヘロさん達の指導のもと、メイドとしての技術を教えられていた。

 

 しかし──本日午後、任務に忠実なソリュシャンの説得に負けたヘロヘロさんが、アインズ達に密告。事の真相を知ったモモンチームがたっちチームの活動拠点に訪問する形となったのだ。

 

 おまけに、その後の調べで、八本指に場所を特定されてしまっており、法的手段で圧力をかけられ、法外な慰謝料まで請求されている段階になっている事も判明した。

 この事を知らされたカツは、八本指の情報を与えた自分の責任だと主張。たっち達の現状を解決する為に、八本指を潰す作戦を立てる事となった。

 その際、デミウルゴスの知恵を借りる形になったのだ。

 

「さて、ヤルダバオト。国攻めの計画は終わっていますか?」

「はい、魔王様。すでにシャルティアとコキュートスも準備が完了しています。軍勢の配置も、全て完了済みでございます。後は──貴方様の命令を待つだけです」

「フフフッ……そうですか」

 

 魔王──ウルベルト・アレイン・オードルは歓喜の表情を浮かべる。

 待ちに待ったイベントが来た事に、喜びを隠しきれないでいる。

 隣りにいるヤルダバオトも、仮面の下では、自分の創造者が喜んでいる事に、喜びを感じていた。

 

「では、始めるとしましょう。世界征服の最初の一歩を」

 

 ウルベルトの言葉に合わせるかのように、今まで何も存在していなかった上空に、隠れていた悪魔の軍勢が姿を現した。

 高レベルの各イビルロードを筆頭に、悪魔の軍勢が夜空を真っ黒に染め上げる。

 

 ウルベルトがユグドラシルで夢見た世界──空を埋め尽くす程の悪魔の軍勢が、そこに揃っていた。

 

 悪魔達が見下ろす都市──スレイン法国の中心都市『神都』。

 そこに住む人々はまだ知らない。絶対的な魔の手が、間もなく自分達に襲いかかる事を。

 

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