艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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資材とバケツの回復までしばらくかかりそうです。

追記:感想溜まっていたので返信しました。


着任九日目:結成、第二艦隊!

「資材が足りない」

 

 

 青年は真剣な表情で机の上に並んだ資料を見ながらつぶやいた。

 机の上に並ぶのは、今青年の司令部にある資材の詳細なデータが記載されている用紙だ。現在の資材の残量、各艦娘が消費する資材の量、ここ数日の増減の推移、あらゆる情報が記載されている。だが、その内容は素人目から見ても悲惨であるということが理解できるほど落ちぶれた内容だった。

 特にひどいのが増減の推移。グラフの線が、下側斜め四十五度方向に真っ直ぐ伸びている。しかも、この情報は今から三日前、エリート戦艦のル級が加入する前の情報なのだ。ル級が加わる前でもボロボロだった資材状況が、ル級の参入によってさらにひどいことになるのはもう目に見えていた。

 そろそろ本格的に何とかしなければと考える青年。資材の供給が行われているにも関わらず、それでも資材が一向に増えない理由というのは既に分かりきっている。そして、その理由がほぼ改善不能だということも分かりきっている。ならば、青年はどうやって資材を獲得すればいいのか。

 総司令部からの供給以外で資材を手に入れる方法としては、遠征部隊を編成して報酬という形で資材を手に入れるという形が主流となっている。わざわざ遠征専用の艦娘を建造し、部隊を編成する凝り性な提督もいるのだ。もう切っても切り離せないとっていも過言ではないくらい、遠征というのは提督たちにとって非常に重要なファクターなのである。

 

 

「建造……できねえ……」

 

 

 しかし、青年の司令部には新たな艦娘を建造するだけの資材すら残っていない。彼の所持している艦隊は第一艦隊を編成する六艦のみだ。しかも、その六艦の中には正規空母、重巡洋艦、戦艦が含まれている。たとえ遠征が成功したところで、もらえる報酬はほとんど彼女たちの補給で消し飛ぶだろう。いい打開策が浮かばず、顔を机に突っ伏し黙り込んでしまった青年。

 そんな彼の様子を、執務室の少し開いた扉の向こうから眺める艦娘がいた。

 

 

「……ルー」

 

 

 それはル級だった。

 元々は抱きつくために青年の行方を捜していた彼女だったが、青年のあまりの落ち込みっぷりに部屋へ立ち入るのを躊躇してしまっていた。人間の言葉をあまり理解できない深海棲艦でさえ入るのをためらってしまうほどの鬱屈した空気を発するとは、青年もそうとう追い詰められているようだ。

 青年の様子を見たル級はその場を後にした。目的を失ったル級はそのまま深海棲艦たちが陣取っている旧解体ドックへ戻る、かと思いきや、彼女は旧解体ドックへは戻らずに、何かを探すかのように司令部内をうろうろと徘徊し始めた。

 普段深海棲艦たちが絶対に立ち寄らない場所や、出撃のときに利用する港、艦娘を建造したり装備を開発したりする工廠ドック、色々なところを見てまわるル級。その動きに変化が起こったのは、彼女が改装ドックに立ち寄った時だった。バタバタと早足で移動し始めたル級は、改装ドックで作業を行っている『ある艦娘』へと近づいた。

 

 

「何か用かしら?あなたと違って、私は忙しいのだけれど」

 

 

 ル級が探していたのは、改装ドックで装備の手入れを行っていた叢雲だった。

 執務室で見た青年のただならぬ様子を叢雲に話し、青年に何が起こっているのか教えて欲しいと言うル級。そしてその問いを聞かされた叢雲は盛大なため息を漏らした。こちらの『常識』と深海棲艦の『常識』はあまりにも違いすぎる上に、深海棲艦たちの元々の知能もあまりよろしいとはいえない。青年の苦悩を逐一説明したところで、ル級に真意が伝わることはまず無いだろう。そう判断した叢雲は、深海棲艦にも伝わる分かりやすい言葉でル級の問いに答えた。

 

 

「アンタたち、毎日食事を取りすぎなのよ。おかげでここにあった食材がほとんどなくなったわけ。だから提督も困ってるの」

「!!」

 

 

 ル級は衝撃を受けた。愛しい人は食事を一切取らずに、自分が食べる分を全て私たちに与えていたのか。

 青年の食事風景を一度も見たことが無いル級は叢雲の回答を見事に勘違いし、青年は今までずっと資材(食事)を口にせず深海棲艦たちに与えていたのだと思い込んでしまった。ル級は再び叢雲に問いかけた。一体どうすれば青年を助けることが出来るのかと。

 

 

「それくらい自分で考えなさいよ。まあ、適当なところから拾ってくればいいんじゃないかしら?」

 

 

 まともに相手をするのも面倒だ、と叢雲はル級に対して投げやりな返答を返すと作業を再開した。この軽率な発言が、後に青年をも巻き込んだ異常事態を引き起こすことになる。

 叢雲の答えを聞いたル級は返事を返さずに、いつの間にか改装ドックからいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 夢を、夢を見ていたんです。平穏で、優しく、暖かい夢を。

 

 

「提督さーん。第三艦隊、ただいま帰投しましたー」

「ん、夕立か。護衛任務は無事達成できたのか?」

「もうバッチリ!夕立ってば、指揮艦の才能あるっぽい!」

 

 

 輸送船団の海上護衛任務を終え、司令部へと戻ってきた夕立は執務室のソファーに腰掛け大きく伸びをする。

 その様子を見ていた青年は笑みをこぼすと、執務を一度中断し部屋の奥からティーセットとお菓子を取り出し夕立をねぎらった。

 

 

「わーい!おっ菓子ーおっ菓子ー♪このお菓子を食べるのも何か久しぶりっぽい!」

「久しぶりって、任務に就いたのはほんの十数時間前じゃないか」

 

 

 お菓子を頬張りながら笑みを浮かべる夕立に対面するように座った青年は、ティーポットに入っている紅茶を零さないように二つのティーカップへと注ぐ。

 二つのティーカップのうち一つを夕立へ差し出し、もう一つを自分の手に持つと、そのまま口元へと運び自分の入れた紅茶の味を確かめる青年。それにつられるように、夕立も差し出されたティーカップを手に取り口をつけた。

 

 

「……んー、ちょっと味が薄くないですかー?」

「そうだな。茶葉を適当に入れたのが不味かったか」

「んもぉー。提督さんてっば、そこは適当にしちゃだめですよぉ」

「悪かったよ。今度はちゃんとしたのをご馳走する」

「そのときは、もっとおいしいお菓子も用意しておいてくださいね!」

 

 

 そう言って夕立は席を立つと、机を迂回して青年のすぐ隣へと座りなおした。肩に寄りかかるように小さな体を青年へと倒す夕立。その行動に対して青年はやれやれといった表情を浮かべながら、甘えてくる夕立の頭を優しくなでた。

 言葉を発することなく、窓から吹き込む優しい潮風に吹かれながらお互いの体温を感じあう青年と夕立。そんな中、ふと夕立が顔を上げた。お互いの吐息がかかる距離で交差する視線。心なしか、夕立の頬が赤く染まっているように見える。

 夕立の突然の行動に少しドキッとした青年は慌てて顔を離そうとするが、行動を起こす前に夕立の両腕が青年の首へとかかり青年の動きを完全に封じた。

 

 

「ねえ、提督さん。私、もっと頑張るから……。だから……」

「お、おい」

 

 

 すぐ近くにある夕立の顔が、さらに近くへと寄ってくる。

 何分(なにぶん)、今まで女性に迫られた経験が無かったせいか、今の夕立の表情は青年にとって少し刺激が強すぎた。目を細め、艶やかな唇を押し当てようとしてくる夕立の表情を直視できなくなり思わず目を閉じた青年。

 距離的にそろそろ当たるのではないか。ぎゅっと目を閉じたまま未知の感触に対して身構える青年だったが、感覚を集中させていた唇には何の感触も得られない。何故だろう、と青年は疑問に思ったが、すぐに頭の中で一つの答えが浮かび上がった。

 

 もしかして、からかわれたのか?

 

 年甲斐も無く恥ずかしがってしまったことを後悔しながら、青年は夕立の姿を見ようと瞼を開いた。

 

 

「…………」

 

 

 想像して欲しい。目を開けたら、眼前に両目を青白く光らせた真っ白な肌(比喩にあらず)の女性の顔。ホラー映画顔負けの恐怖に襲われること間違いなしだ。

 

 

「ふぉおおっ!?」

 

 

 青年は思い切り布団を突っぱね全力で畳の上を転げまわった。ゴホ、ゴホと咳き込みながら、青年は壁を背にして改めて布団のほうへ目を向ける。すると、そこには見覚えのある姿があった。

 

 

「ルー」

「……な、何……やってんだ?」

 

 

 青年の顔を覗き込んでいたのはル級だった。

 見知った顔だということを理解して徐々に落ち着きを取り戻していく青年。よくよく考えてみればウチには叢雲以外に普通の艦娘はいないじゃないか、と先ほどまで見ていた夢の内容にツッコミを入れられる程度まで回復すると、青年は勝手に部屋に入って来たル級を叱ろうとした。

 

 

「ルー」

「うおっ!何、何だ!?どこへ連れて行くつもりだ!?てか危ない!」

 

 

 しかし、ル級は青年に叱る時間を与えない。ル級は立ち上がった青年の背後に回りこむと、両腕の主砲で青年の背中をぐいぐいと押し始めた。着替えるまもなく部屋から押し出された青年は訳の分からないまま素足で司令部の廊下を歩く。まだ太陽も完全に昇りきっていない早朝の時間帯のため、薄着の青年は少し寒気を覚えた。

 そんな青年の事などお構いなしに、ル級はひたすら青年を押し続ける。その歩みはついに司令部の外へと向かった。足の裏に伝わる冷めたコンクリートの冷たさと、ひんやりとした外気と、背中の二つの鉄塊の冷たさに耐えながら歩くこと数分、青年の目にようやく目的地と思わしき場所が映った。

 ル級が目指していた目的地、それは港だ。第一艦隊が出撃や帰投に利用しているごく一般的な港。何故ル級はこんなところへ誘導したのか、とますます訳の分からなくなる青年だが、何故か彼の中では最大級の警報が鳴り響いていた。

 

 すごく、ものすごく嫌な予感がする。

 

 港に近づくに連れて、青年の耳に甲高い音が聞こえてくる。いや、音というよりも声と言ったほうがいいだろうか。まるで、人間が無理をして裏声で叫んでいるかのような金切り声。そして、その怪奇音が聞こえてくる港で、青年の見覚えのある後姿が微動だにせず佇んでいる。

 潮風になびく青みがかった銀髪。この特徴的な髪色を持つ艦娘は青年の司令部には一艦しかいない。青年の相棒である叢雲だ。何故叢雲が港にいるのか、と疑問に思う青年だが、その疑問は後ろからぐいぐい押してくるル級を何とかしてもらってから聞いてみようと考え、すぐ近くまで迫った叢雲の背中に向かって声をかけようとした。

 しかし、青年の声は喉元で詰まった。青年の思考を根こそぎぶっ飛ばす衝撃的な光景が、彼の視界に飛び込んできたからだ。青年は肌寒さの寒気とは別の寒気を覚えた。

 

 

「「「「イーッ!」」」」

「「「「イーッ!」」」」

「「「「イーッ!」」」」

「「「「イーッ!」」」」

 

 

 まさに地獄絵図。

 青年の目に飛び込んできたのは、港の海面をびっしりと埋め尽くし蠢く(うごめく)黒い物体たちの姿だった。先ほどから青年の耳に届いていた謎の音の正体はこの黒い物体たちだ。海の青色を完全に塗りつぶした黒い物体から鳴り響く金切り音がいくつも重なり、はた迷惑なオーケストラを奏でている。

 全身黒ずくめの横長ボディ、蠢く中にちらほら見える白い歯、青白く輝く瞳。青年は海面を埋め尽くす黒い物体たちに見覚えがあった。

 

 深海棲艦の一種である『駆逐艦』。現在ではイ級、ロ級、ハ級、ニ級、の四種類が確認されていが、今、港を埋め尽くしているのはその中でも一番数が多いとされているイ級だ。

 

 何故駆逐艦イ級が大量に蠢いているのかは分からないが、とりあえずやるべきことは真っ先に決まった青年。早速、早朝の大掃除をやってもらうと、青年は一旦視線を叢雲へと移し声をかけた。

 

 

「叢雲、少しやってほしいことがあるんだけど」

「無理よ、これから射撃の稽古があるの。付き合えないわ」

「今日は休め」

 

 

 恨めしそうに青年を睨みつける叢雲。そんな彼女を尻目に、青年は今回の騒動を引き起こした張本人であろうル級の元へと向かった。ル級が自分をここへ連れて来たのはこの光景を見せるためだとすれば、それには何かしらの理由があるはずだ。青年は何故ル級がこのようなことをしでかしたのか聞いてみることにした。

 

 

「ルー」

「叢雲、通訳」

「……アンタ、本当に後で覚えときなさいよ」

 

 

 叢雲はル級の言い分を青年に伝えた。ル級曰く、青年が食料(資材)で困っていると聞いたから駆逐艦イ級たちにかき集めさせた、ということらしい。駆逐艦で構成された部隊を遠出させる、という点では提督たちが第二、第三、第四艦隊を遠征に向かわせるのと同じような事なのかもしれない。嫌な笑みを浮かべた叢雲は、皮肉をこめて青年に言葉を放った。

 

 

「よかったじゃない。念願の第二艦隊結成よ、もっと喜んだらどうなの?」

「……いや、笑えねえよ」

 

 

 それもそうだろう。自分の率いる部隊に「イーッ!」という掛け声を叫ぶ部下が大量にいるというのは素直に喜べない。これでは青年が艦娘を率いる提督ではなく、世界征服を企む悪の組織の大首領になってしまう。異世界の提督たちが戦いあう『提督大戦』が始まってしまう。

 しかし、全部が全部悪い話だということは無い。港を埋め尽くす駆逐艦の数は優に二十を超えている。これほど大量の艦艇が一斉に資材を集めたとなれば、それなりの量が期待できるだろう。駆逐艦だから他の艦艇と比べて消費燃料も少ないため、多少数が多くても獲得した資材で何とかなるはずだ。

 

 

「……まあ、これで資材は増えるわけだし。これからしばらくは出撃できるんじゃないか?」

 

 

 ゆっくりと顔を出した朝日を眺めながら、青年はこれからの部隊運用についての考えを頭の中でまとめていた。滞っていた出撃の回数増加や、新しい艦娘を建造することだってできる。やりたいことが多すぎてどこから手をつけていいのか分からない、と青年は少し浮かれた気分になっていた。

 

 しかし、駆逐艦イ級たちが持ち帰るはずだった資材のほとんどを自分で食べてしまったため、増える資材の量はほんの少しだという絶望的事実が後から発覚。青年が考えた第一艦隊復興プランは全て白紙に戻ることになる。

 

 

 




次回・・・チ級とヌ級、初めてのおつかい

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