艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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感想でアドバイスを下さった方々、どうもありがとうございました。
無事3-2をクリアすることが出来ました。


着任十日目:チ級とヌ級、初めてのおつかい?

 マルハチマルマル時、深海棲艦たちに不法占拠された旧解体ドックの扉が突然開いた。扉を開けたのは叢雲だ。

 カツ、カツとリズムよく足音を立てながら旧解体ドック内を進む彼女は、ある艦娘の姿を探していた。周囲を見渡しながら歩き回ること数分、叢雲は探していた艦娘がドックの隅っこでちょこんと座っているのを見つける。叢雲はすぐさま近寄りその艦娘に声をかけた。

 

 

「ちょっとアンタ、私についてきなさい」

「ヌゥ?」

 

 

 叢雲が探していた艦娘の正体、それはヌ級だった。

 ついて来い。その一言を言い残し、叢雲はヌ級に背を向けて歩き出した。何故呼ばれたのか分からないが、叢雲の命令ならばついていかなければなるまい。ヌ級は理由を聞くこともなく、黙って叢雲の後をついていく。特に疑問を抱くことなく素直についていくあたり、ヌ級に対する叢雲の教育の成果はしっかり出ているようだ。

 旧解体ドックを出発してから五分後、叢雲の歩みが止まった。場所は司令部正面入り口付近だ。叢雲の歩みが止まり何事か、と叢雲の顔を覗き込もうとしたヌ級だったが、それよりも先に彼女の眼に映るものがあった。

 

 

「チ……」

 

 

 叢雲の正面で、チ級が佇んでいるのだ。ヌ級は視線を叢雲へと移すと、叢雲はただ笑みを浮けべているだけ。少し不安になりおろおろしだすヌ級だが、そんなヌ級の事などお構いなしに叢雲はヌ級に対して自分の正面に立つように命令、ヌ級は素直に従い叢雲の正面へと移動した。

 二艦が正面で整列したことを確認した叢雲は、ずっと閉じていた口をようやく開く。

 

 

「今から、アンタたちに特別任務を言い渡すわ」

 

 

 そう言って、叢雲は正面入り口の脇にぽつん、と置かれた大きな鞄を指差した。叢雲は続けて特別任務の内容を説明する。今叢雲が指差した鞄の中には『数枚のポスター』が入っており、チ級とヌ級の二艦は、そのポスターをブイン基地内にある公共掲示板に貼ってくる。それが特別任務の内容だ。

 チ級とヌ級は特に疑問を持つことなくそれぞれ返事を返し、返事を聞いた叢雲は小さく頷く。その後、チ級とヌ級は叢雲から地図の見方とポスターの貼り方を教わり、説明終了後、隅においてあった鞄を手に取って基地内へ向かって歩き出した。

 その後姿を、叢雲は表情を崩さずに黙って見送る。そんな彼女に向かって、一人の男が声をかけた。

 

 

「あいつらだけに任せて大丈夫か?」

 

 

 司令部の奥から姿を現した青年は少し不安そうな表情で二艦の小さくなった後姿を眺める。

 実は今回の作戦を立案したのは叢雲なのだ。元々は青年から叢雲に対しての命令だったのだが、叢雲が無理を言ってチ級とヌ級に任務を任せる形に変更したのである。

 何故叢雲は突然任務内容の変更を進言してきたのか、未だに詳しい意図を聞かせてもらえていなかった青年は叢雲に対して回答を求めた。

 

 

「いつまでも私の命令を聞かなきゃ動けないって訳にはいかないでしょ?少しは自主性を身に付けさせないと、これから使い物にならないわ」

「相変わらず、叢雲大先生はスパルタですねぇ」

 

 

 叢雲なりに深海棲艦たちの事を考えての行動だったのか、とようやく納得する青年。しかし、やはり深海棲艦『だけ』で基地内をうろつかせるというのは不安が残る。今からでも遅くは無い。やはり見張りを付けるべきではないのか、と叢雲に意見する青年だが、その意見を叢雲は自信満々の表情で一蹴した。

 

 

「あの二艦は私が直々にみっちりと教育したのよ?この程度の困難で躓(つまづ)くほどヤワじゃないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「チ……」

「ヌゥ」

 

 

 チ級とヌ級が青年の司令部を出て三十分が経過。二艦は未だに基地内をさまよっていた。鞄の脇ポケットには道のりを書いた地図が不自然に顔を出しているのだが、二艦がそれを使う気配はまったく無い。

 さらに、どういうわけかチ級とヌ級は交差点やT字路に到達すると必ず右折するのだ。ブイン基地の構造上、道路は交差点やT字路が多い。故に、必ず右折という選択肢を選ぶチ級とヌ級は必然的に同じ道をグルグルと回ることになる。

 さらにさらに、チ級とヌ級は今自分たちが同じ道をグルグル回っているというこを理解していないため、同じ道を何度も通っても何も疑問に思わない。理性よりも先に本能で動く深海棲艦の習性が、悪い方向で働いてしまっているのだ。

 丁度十週目を完走し、再び同じ道を進み始めたチ級とヌ級。周囲の提督や艦娘たちも、さすがに二艦の行動がおかしいということを薄々と理解し始めたが、二艦が普段敵対している深海棲艦ということもありどう対応すればいいのか分からない。誰も何もしないまま、ただ視線だけが集中していった。

 そんな中、ある一方向から周囲とは明らかに違う視線、激しい怒りと焦燥感の篭った熱視線を二艦に浴びせる艦娘がいた。

 

 

「ちょっとちょっとちょっと!そっちじゃないわよ!左、左に行くのよ!」

 

 

 それは、チ級のヌ級に特別任務を言い渡した張本人である叢雲だった。チ級とヌ級が司令部を出発した後、心配する青年に対して自信満々の返答をした叢雲だったが、いつまでたっても青年の言葉が頭から離れず、結局チ級とヌ級の後をつけることにしたのだが、結果はごらんの有様だ。

 まだ深海棲艦だけで行動させるのは時期尚早だったか、と心の中で反省する叢雲。電柱の陰に隠れながら叢雲は何とか今の状況を打破しなければと考えるが、二艦だけで任務に当たれといった手前、叢雲自身が二艦に手を貸すわけにもいかない。

 かといって、このままほったらかしにしておくわけにもいかない。このままほったらかしにしておけば、あの二艦は延々と同じ道を歩き続けるだろう。何か、何か手は無いか。叢雲はチ級とヌ級に任務を遂行させようと必死に打開策を考える。

 プライドが高い故に、叢雲は周囲に助けを求めたくは無かった。何とか自分だけの手で今の現状を打開する策を考えるが、一艦だけで出来ることと言えば片手で数えられる程しかない。やはり自分だけでは無理だ、といよいよプライドを捨てて周囲に助けを求めようかと検討し始めた叢雲。

 そこへ、ある艦娘が偶然通りかかる。

 

 

「あれ?もしかして叢雲ちゃん?」

 

 

 突然叢雲の背後からかかる声。声を聞いた瞬間、叢雲の頭に声の主の姿が浮かび上がる。叢雲は勢いよく後ろを振り返った。

 

 

「やっぱり叢雲ちゃんだ!私だよ、私。吹雪だよ!」

 

 

 叢雲に声をかけたのは、叢雲と同型の特型駆逐艦の一番艦『吹雪』だった。

 今日が偶然非番だった吹雪。最近出た『間宮アイス』の新作を食べに行こうと基地内を歩いていたのだが、行く先で見覚えのある後姿が不振な動きを見せていたため心配して声をかけたのだ。

 ちなみに『間宮アイス』とは、補給艦である『間宮』が考案したアイスクリームの事である。普通のアイスクリームとは少し違った独特の甘みと滑らかな舌触りに病み付きとなる艦娘も多く、値段が張るにも関わらず売れ行きがまったく衰えない提督泣かせの大人気甘味なのだ。

 

 

「久しぶりっ!こうして会うのは何ヶ月ぶりかなぁ。私も今の司令部に着任してから色々とお仕事を任され……って、ここで立ち話っていうのも疲れるよね。この後暇かな?私今から新作間宮アイスを食べに行くんだけど、一緒に行かない?」

 

 

 沈黙を続ける叢雲の事などお構いなしに、吹雪は一人で再開を喜んでいる。

 普段は神の存在など信じていない叢雲だが、今だけは神の存在を信じていいと思った。笑顔で話を続ける吹雪に鬼気迫る表情で近づいた叢雲は、吹雪の両肩をガッシリと掴む。至近距離から鋭い目つきで見つめられた(睨まれたとも言う)吹雪は思わず小さな悲鳴を上げた。

 

 

「久しぶりね吹雪アンタ今暇?暇よねなら困っている同型のよしみで頼みを一つ聞いてほしいのだけれどそうありがとうじゃあ早速なんだけれど」

「え?あ、ちょっ……ちょっと待ってよ!早口すぎて何言ってるのかわからないからぁ~!」

 

 

 吹雪の叫びで僅かばかり冷静さを取り戻した叢雲は今の自分の状況を吹雪に話した。

 まず始めに、自分が今ブイン基地で有名な深海棲艦を所有する提督の下で旗艦をやっていることを説明。それを聞いた吹雪は心底驚き、そして同時に叢雲に対して賞賛の声を送った。自分が叢雲の立場ならば絶対に旗艦なんて勤まらない、と。賞賛の声に少し顔を緩ませながら、叢雲は吹雪に本題である頼みごとの内容を話す。

 なるほど、さっきまでの奇行はそういうことか、と叢雲の頼みごとを聞いた吹雪は納得した。吹雪は元々叢雲が素直じゃない性格であることを知っている。心配になって跡をつけたはいいものの、命令を出した手前手を出すことが出来ないでいるのだろうと、叢雲の心境を読み取った吹雪は叢雲の頼みを快く引き受けた。

 吹雪の返事を聞いた叢雲は笑みを浮かべると、早速吹雪に対して指示を出す。

 

 

「とりあえず、あの二艦を掲示板のほうまで誘導しましょう。吹雪、行きなさい」

「えっ、ええええ!?行きなさいって、私何すればいいの!?」

「そんなの後から考えればいいでしょ!ほら早く、あそこを左に行くように仕向けてきなさい!出来るだけ自然に!」

「そんな無茶苦茶な!」

 

 

 普段から深海棲艦たちと付き合いのある叢雲とは違い、吹雪は今まで深海棲艦たちとは敵対してきたのだ。いきなり敵対していた相手に道案内をしろと言われれば、戸惑わないわけが無い。しかし、叢雲は有無を言わさず吹雪を送り出す。協力すといった手前、後には引けなくなった吹雪は泣く泣くチ級とヌ級への接近を開始した。

 おっかなびっくり、といった様子でチ級とヌ級に近づく吹雪。何度も叢雲の方へと振り返り目で作戦の中断を催促するが、叢雲は断固としてそれを拒否。それどころか、ジェスチャーで早く接触するようにと逆に催促されてしまう始末。

 吹雪はチ級とヌ級を誘導するための案を考えながらゆっくりと近く。しかし、パニックで頭が真っ白になっている状態ではいい案などが浮かぶはずも無く、自分がどう立ち回ればいいのか分からなくなってしまった吹雪はあと三、四歩という所で立ち止まってしまった。一度止まってしまった体は、まるで石になったかのようにピクリとも動かない。

 手伝うと言っておきながら何も出来なかった。軽い自己嫌悪に陥った吹雪は叢雲に心の中で何度も謝りながら、少しずつ離れていくチ級とヌ級の背中を見送った。

 しかし、そんな吹雪の背中に突如謎の衝撃が走る。吹雪は突然の事態に対処できず、前のめりになりながら数歩ほど前へと進んだ。そして、そのままバランスの崩れた体はなすすべなく地面へと叩きつけられる、はずだったのだが、それは吹雪の前方にあった二つの遮蔽物によって阻止された。しがみつくような形で遮蔽物に引っかかった吹雪は、恐る恐る左右を見渡した。

 

 

「チ……?」

「ヌゥ?」

 

 

 絶体絶命。吹雪が真っ先に抱いた感想はそれだった。

 吹雪は首だけで振り返り、自分を突き飛ばした張本人であろう叢雲に救援の視線を送る。それに対して、叢雲は電柱の陰から催促のジェスチャーを返した。

 目標と接触してしまった吹雪にもう選択肢は一つしか残っていない。たとえ誘導の案が何も無かろうともだ。ああ、もうっ!と半ばやけくそになった吹雪は勢いよく立ち上がると、未だにボーっと佇んでいるチ級とヌ級に対して声をかけた。

 

 

「わっ、あっ、いやっ……あ、あの!掲示板はアッチですよ!?」

 

 

 吹雪は笑顔で公共掲示板のあるほうを指差した。次の瞬間、吹雪の後方で思いっきり何かがずっこけた。

 今の質問、相手が正常な思考を出来る艦娘だったならば「何故そのことを知っている」と疑問に思われることだろう。吹雪自身も、言葉を口にした後に「何を言っているんだ私は」と心の中で自分にツッコミを入れたほどだ。

 恐る恐る、後方にいる叢雲の様子を見る吹雪。しかし、叢雲という名の鬼の姿が見えた瞬間にすぐさま視線をチ級とヌ級に戻した。冷や汗をかきながら固い笑顔を作った吹雪は対面する二艦の出方を伺った。

 チ級とヌ級は互いに頷きあうと、吹雪が指差した方向へと歩き出す。どうやら、吹雪の言葉を理解したようだ。その様子を見た吹雪は大きな、とても大きなため息を漏らした。おかしな言動を深海棲艦のチ級とヌ級がどのように受け止めたのかは分からないが、とりあえずは叢雲の言うとおり誘導には成功できた。

 これで私の役目は終わった、と謎の達成感に浸る吹雪だが、そんな彼女に対して叢雲は無慈悲な言葉を放つ。

 

 

「何をしているの!早く追いかけないと見失うでしょう!?」

「えっ、私の役目ってこれで終わりじゃあ……」

「そんなわけ無いでしょ!協力するって言った以上、最後まで付き合ってもらうわよ!」

「ええっ!まだやるのぉ!?」

「当然じゃない!ほら、早く行くわよ!」

 

 

 こうして叢雲監修の下行われる事となった「深海棲艦バックアップ大作戦」。その礎としてこき使われる羽目になった吹雪の受難はしばらく続いた。

 

 チ級とヌ級が再び右折を繰り返し始めたとき。

 

 

「馬鹿っ、何でアンタたちはそうまでして右に曲がろうとするのよ!吹雪、行きなさい!」

「行く、行くからそんなに押さないで!」

 

 

 他所の艦娘が興味本位でチ級とヌ級に話しかけてきたとき。

 

 

「一体いつまでしゃべるつもりなの!?あぁもう、これじゃあ日が暮れちゃうじゃない!吹雪、行きなさい!」

「は、話くらいさせてあげても……」

 

 

 チ級とヌ級が間違って他所の司令部に入りそうになったとき。

 

 

「早く!早く行きなさい吹雪!」

「わーっ!ダメッ、ダメですよーっ!掲示板はあっちですよー!」

 

 

 ヌ級がうっかり艦載機を出撃させたとき。

 

 

「吹雪っ、ヤるわよ吹雪!早くっ!」

「ダメだよ叢雲ちゃん!基地内で砲撃はご法度だから!だからその連装砲下げてえええええ!!」

 

 

 叢雲の無理難題をこなし、襲い来る幾多の困難を跳ね除けた吹雪。その甲斐あって、チ級とヌ級は無事公共掲示板へとたどり着くことが出来た。到着したチ級とヌ級は預かった鞄を無造作に置き、叢雲から教わったとおりにポスターを掲示板へと貼り付ける。

 武装と完全に一体化した両腕を持つチ級が両腕の武装で紙を上手に押さえ、人間に近い手を持つヌ級が画鋲を手に取り一枚目のポスターを固定。同じような手順で二枚目、三枚目とポスターを貼り付けるチ級とヌ級。

 その様子を遠くから眺めていた吹雪は、ふとポスターの内容が気になった。今までチ級とヌ級のフォローに手一杯で全然気にしていなかったが、そもそも何故公共掲示板なんかにポスターを貼る必要があるのだろうか。よくよく思い返してみれば、叢雲の説明でもポスターの内容は説明されなかったと、自分がポスターの内容に関する情報を何も持っていないことに気づいた吹雪。

 自分も一目見てみたい、と吹雪は叢雲に行動の許可を得る。そろりそろり、と忍び足で作業をするチ級とヌ級の背後へ回り込んだ吹雪は、作業をする二艦の後ろからポスターを覗き込んだ。

 

『あなたの司令部に空母ヲ級がやってくる!×月×日ヒトニマルマル時より空母ヲ級一日貸し出しを開始!貸し出し料金として、下記の金額又は資材を頂戴します。完全予約制のため、ご予約はお早めに!』

 

 吹雪はポスターに書かれている内容をいまいち理解できなかった。空母ヲ級を貸し出す。言い方を変えれば、正規空母の艦娘を他所の司令部に貸し出すと、このポスターには書かれているのだ。

 いくらブイン基地が稼動し始めてから日が浅い基地だといっても、半月も経過していれば正規空母を持つ提督などそこらじゅうに溢れている。今更正規空母の艦娘を貸し出すなどと張り紙をしても、その効果は薄いのではないだろうか、と吹雪は冷静に状況を分析した。

 確かに『普通』の正規空母を貸し出すのであれば、この張り紙の効果はかなり薄いだろう。わざわざ使用料を払ってその日限りの仮初の正規空母を手に入れるよりも、苦労しながら自分で建造した方がいいに決まっている。苦労した分だけ愛着も湧くというものだ。そして愛着が湧くからこそ、ビジネスライクの関係では絶対に築けない確かな絆が生まれるのだ。

 

 しかし、世の中には必ずと言っていいほど例外が存在する。たとえ一日限りの仮初の仲間であろうとかまわない。短くてもいいから幸せな夢に溺れたいと、そう思わせる存在がこの世には存在するのだ。

 

 掲示板周辺は瞬く間に混沌へと包まれた。

 

 

「なん……だと……?」

「仕事してる場合じゃねぇ!」

「早速ヲ級ちゃんをお出迎えする準備に出かける!後に続け!」

「よし、全遠征部隊をボーキサイト収集に向かわせろ!大至急だ!」

「今の俺は島風の速さをも凌駕する!」

「やるときは、やるのです!」

「行 か ね ば 。」

 

 

 この日、ブイン基地にいる提督のほとんどが一睡もすることなく次の朝日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、ひどい目にあった」

 

 

 提督たちが巻き起こす混沌の嵐から何とか脱出した吹雪。目の前にいたチ級とヌ級も嵐の最中で見失い、やっと自由になれたと思ったら太陽は既に西へと傾いている。さらに隠れていた叢雲の姿も見当たらず、結局吹雪は一人寂しく帰路につくこととなった。

 吹雪は肩を落としながらとぼとぼと歩く。一日自由に楽しく過ごすつもりだったのに、気がつけば心身ともに満身創痍。最初は遊び疲れのため息をつきながら帰る予定だったが、まさか徒労によるため息をつきながら帰ることになろうとは思いもしなかっただろう。

 

 

「……まあ、こんな日もたまにはあるよね!よし、また明日から頑張るぞーっ!」

 

 

 元々前向きな性格である吹雪は、頭の中で渦巻く後ろ向きな思考をズバッと切り捨てる。過ぎたことを悔やんでもしょうがない。休日を満喫することは出来なかったが、代わりに困っている友達を助けることは出来た。それでいいじゃないか。

 いつもの調子を取り戻した吹雪の足取りは軽くなった。止まらなかったため息も消え、暗かった表情には笑顔が戻る。

 

 

「うん、今日一日がんばった自分へのご褒美として『間宮アイス』を買って帰ろう!今日は元々アイスを食べるために出かけたんだし」

 

 

 吹雪は早足で来た道を戻り始める。懐に入れておいた巾着の中身を漁り、小さながま口財布を開けて自身のお財布事情を確認。これだけあるなら今日は少し贅沢しようかな、と頬を緩ませた吹雪は財布と巾着を仕舞い、下がっていた視線を前方へと向けた。すると、吹雪の視界にある艦娘の姿が映った。

 

 

(あ、叢雲ちゃんだ)

 

 

 吹雪自身もよく知る艦娘であり、そして数十分前まで行動を共にしていた駆逐艦『叢雲』が、吹雪の前方から歩いてきたのだ。

 叢雲の左手には、夕日に照られてキラキラと輝く銀色の袋が握られていた。吹雪はその袋が店頭で間宮アイスを購入した際に使われる、冷気が逃げないようにするための保冷袋だということにすぐに気づいた。吹雪自身も、買ったアイスを同じ袋に包んでもらった経験がある。

 吹雪は叢雲の名を呼びながら駆け足で叢雲の下へと近づいた。叢雲は吹雪の姿を見た途端にびくっと体を強張らせる。さらに、視線があちこちに泳いだり、空いた右手で自分の髪をしきりに弄ったりと、明らかに挙動がおかしくなった。

 

 

「また会えたね、叢雲ちゃん。その袋、叢雲ちゃんもアイス買いに行ったんだ?私も今から買いに行くつもりなんだよ!」

 

 

 楽しみだなぁ、とアイスの味を思い出し思わず顔をほころばせる吹雪。

 叢雲は吹雪の言葉に反応を示さずおかしな挙動を続けていた。アイスの妄想から帰ってきた吹雪は叢雲の挙動がおかしい事にようやく気づく。叢雲の身を案じた吹雪は、叢雲に心配の声をかけた。しかし、叢雲から帰ってきたのは予想外の言葉だった。

 

 

「……やるわ」

「へ?……え?えっと……?」

 

 

 叢雲はそっぽを向きながら、左手に持っていた銀色の袋を吹雪に突き出した。吹雪は間の抜けた声を出しながらおずおずと両手で袋を受け取った。

 渡された袋をまじまじと眺め、隅の方にラベルが張ってあるのを発見した吹雪はラベルの内容を読み取る。ラベルに書いてあったのは、吹雪が叢雲に会った際に食べに行くと話していた新作間宮アイスの名前だった。

 

 

「これは……あの……アレよ。アンタは今日よく働いてくれたし、感謝してるというか……その……お礼というか……と、とにかく受け取りなさい!」

「ぅあ……あ、ありがとう?」

「それに、その……今日一日勝手を言って付き合わせたのも……わ、悪かったって思ったし……」

 

 

 今目の前にいる叢雲は、吹雪の中にある叢雲のイメージそのものだった。どんな娘が相手でも思いやる事のできる優しさを持っていて、でも自分の気持ちを素直に出せない不器用な娘。

 顔を真っ赤にした叢雲は早口で別れの挨拶を言うと、早足で吹雪の隣を通り過ぎる。ハッ、と我に返った吹雪は咄嗟に腕を伸ばし、通り過ぎた叢雲の左手を掴み引き止めた。

 ひゃっ、と小さい悲鳴を上げながら、叢雲は自分を引き止めた張本人である吹雪を横目で睨みつけた。恥ずかしさで真っ赤になった顔を見られたくない叢雲は今すぐこの場から立ち去りたい。しかし、万遍の笑みを浮かべる吹雪の顔を見てしまい、叢雲は面と向かって「離せ」とは言えなくなってしまった。

 仕方なく、叢雲は出来るだけ平静を装いながら「何か用?」という声を搾り出した。

 

 

「せっかくだから一緒に食べようよ!色々お話しながらさ!」

「っ!!」

 

 

 吹雪の言葉を聞いた瞬間、叢雲の中から恥ずかしさが消え去った。その言葉は叢雲にとって、恥ずかしさを完全に塗りつぶしてしまうほどうれしくてたまらないものだったからだ。

 うれしさで口元がつり上がりそうになるのを必死に堪えながら、叢雲は答えた。

 

 

「……ふ、ふん。しょうがないわね。つ、付き合ってあげてもいいわよ」

 

 

 未だに顔の赤みが引かない叢雲と、その隣に並んだ吹雪は一緒に歩き出す。二艦の後姿は楽しそうにじゃれ合いながら、喧騒の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

 

「叢雲。チ級とヌ級がまだ帰ってこないんだが何か知らないか?」

「……あ」

 

 




次回・・・決死の戯れ、青年とリ級。

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