艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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キリシマ初登場時の俺提督「何このエロカッコいいお姉さん!イオナより好きかもしれん!」
7話(硫黄島ビーチ)視聴時の俺提督「キリシマ……何故こんなことに……」
最終話視聴時の俺提督「コンゴウさんマジヒロイン。キリシマなんていらんかったんや!」


着任十五日目:夢の中のアルペジオ

 

 例によって、執務室に缶詰状態の青年は卓上の書類とにらめっこをしながら頭を悩ませていた。

 頭の中である程度方針がまとまったはいいものの、そのイメージをうまく言葉にすることが出来ない青年。このイメージが消えてしまう前に何とか言葉にしておかなければ。書いては捨て、書いては捨てを繰り返す青年の意識は卓上の一点に集中していた。そんな彼のすぐ脇に、一つの小さな影が差す。

 

 

「提督、書類の整理が終わった」

 

 

 静かな執務室に一つの声が響いた。意識の隅でぼんやりと聞いていた声が自分に対する報告であることは何とか理解できた青年。だが、今青年は頭の中にあるイメージを具現化することに手一杯。青年は報告者の方を見向きもせずにただ一言「わかった」とにわか返事を返した。

 がちゃり、とドアの開閉音が聞こえると同時に執務室から姿を消した報告者。ドアの開閉音を聞いて少し正気に戻った青年は、今の対応はまずかったかもしれない、と心の中で後悔するが後の祭りだ。とりあえず、この仕事を片付けたら一言謝りにいこうと決めた青年は報告者の声色を思い出し、その声色から報告者の姿を想像した。

 

 

「……いや、今の誰だよ!?」

 

 

 青年の耳に残っているは、感情が篭っていない無機質な声色。卓上に集中していて注意力が散漫になっていた時は特に疑問を持つことなく受け答えをした青年だが、今しがた聞いた声は司令部に着任して以来一度も聞いたことがない。

 目の前で奇妙な出来事が起こった事をようやく認識した青年は、椅子から立ち上がり慌てて執務室の扉を開けた。青年の目がかろうじて捉えたのは、声の主と思われる人物が執務室から真っ直ぐ伸びる廊下の突き当たりを左に曲がっていく姿。青年は廊下を全力で走りぬけ、突き当りを左に曲がった。

 

 

「……?提督、何か用?」

 

 

 青年の目の前には一人の少女が立っていた。服装は上下共に真っ青のセーラー服。髪は淡い青色のぱっつんロングで、特に特徴的なのは、ぱっつん切りの前髪の下から覗かせるくりっとした大きな瞳だ。

 青年は記憶にない謎の少女に対して警戒心を抱きながら、自分の中にある疑問を一つずつぶつけていく。

 

 

「お前、何者だ?」

「私は潜水艦イ四〇一。イオナ」

「ここで何をしている?」

「私はあなたの秘書艦」

「それはいつからだ?」

「……?質問の意味が分からない。私は初めからあなたの秘書艦だった」

 

 

 一体どういうことだ?自分の持つ記憶と、少女の証言がまったく合致しないことに青年は違和感を覚えた。イオナという名前に聞き覚えはないし、秘書艦に任命した覚えもない。そもそも、潜水艦などという貴重な戦力を自分の艦隊に迎え入れた記憶がない。困惑する青年は首をかしげると、イオナも無表情のまま首をかしげた。

 訳の分からないまま二人が立ち往生をしていると、タイミングよく正午を示す鐘が鳴った。記憶の錯誤は気になるが、ここで立ち往生をしていても仕方がない。もう少し詳しい事情を聞こうと考えた青年はイオナを食堂へ誘うことにした。しかし、その時だ。

 

 

「ちょっと提督、約束を破るなんてひどいじゃない!」

 

 

 記憶の整理がつかない青年を更なる違和感が襲う。

 声を荒げてやってきたのは、真っ白なワンピースを身に纏った長い青髪の少女だった。後ろで一つにくくった髪を揺らしながらズカズカと青年の目の前までやってきた少女は、腰に手を当てながら仁王立ちをすると高圧的な態度で青年をまくし立てた。

 だが、その怒りの言葉は青年の耳に届かない。更なる違和感の襲来で思考が停止してしまった青年の目には、目の前でぷんすか怒る少女の姿すら映っていなかった。

 

 

「タカオ、提督が困っている」

「だって!提督が……」

 

 

 『高雄』。青年はイオナの言葉の中にあった聞き覚えのある名前に反応を示した。高雄は高雄型一番艦で『胸部にある二つの巨大なタンク』が特徴的な重巡洋艦。髪は短い黒で、服は深い青緑色。それが青年の中にある『高雄』に関する知識だ。イオナは目の前の少女を『タカオ』と呼んだ。にもかかわらず、目の前にいる少女は『高雄』の特徴がどれも合致しない。一体どういうことだ、と困惑する青年だったが、そんな青年を他所にタカオは一人で勝手に話を進める。

 

 

「とにかく、提督は今から私と一緒に食事をするの!約束してたんだからちゃんと守りなさいよ!」

 

 

 タカオは青年の右腕を掴むと、とても少女とは思えない強い力で青年を無理やり食堂へと連行していった。食事の約束などした覚えはないが、混乱した頭を落ち着かせるには丁度良い。イオナへの事情聴取を後回しにした青年はタカオと共に食堂で食事を取ることにした。

 焼き魚定食が乗ったおぼんを手に、青年はタカオが待つ机に向かった。ぶんぶん、と大げさに手を振りながら青年を幸せの聖域へと迎え入れたタカオ。笑顔の花を咲かせるタカオは、これから始まる思い人との甘いひと時に思いを馳せた。しかし、その思いが叶うことは無かった。タカオが創造した聖域に進入する者が現れたからだ。

 

 

「奇遇だな提督。相席してもいいだろうか?」

「ハルナ!?何でここにっ……」

 

 

 一言断りをいれ、流れるように席に着いた一人の少女。こけしに手がついたような寸胴コートを見に纏い、金色の長髪をツーサイドアップにした彼女の名は『ハルナ』。何食わぬ顔で席に着いたハルナを、タカオはまるで親の敵を見るかのような恨めしい目で睨みつける。タカオの『青年と更に親密な関係になろう計画』はハルナの登場により全て台無しとなったからだ。景色の良いところでロマンチックなひと時を、と海の見える窓際の大人数席に座ったことが仇(あだ)となった。

 計画の倒壊に呆然とするタカオの事など露知らず、青年はまたしても記憶にない少女が登場し動揺する。が、さすがに三度目ともなれば動揺もそこまで大きくはない。ぴくり、と眉が動く程度の驚きはすぐに鳴りを潜め、落ち着いた青年は目の前の焼き魚定食に箸を付ける。

 

 

「特に問題はないだろう。まだ沢山席も空いているようだしな」

 

 

 箸に持った焼き魚の身をぽろり、と落とした青年の視線は、空いていた左側の席に釘付けとなった。タカオともハルナとも違う、聞き覚えのない新たな声を聞いた青年は声が聞こえてきた左側の席へちらりと視線を向けたのだが、視界に飛び込んできた声の主の姿は今までとは違った方向の驚きを青年に与えた。

 

 

「熊のぬいぐるみが飯食ってる!?」

 

 

 青年の左側に座っていた、いや、立っていたのはピンク色の熊のぬいぐるみだった。はむはむ、と豚のしょうが焼きを口に詰め込んでいたぬいぐるみは青年の言葉を聴いた途端に血相を変え向き直り、ピコピコとかわいらしい足音をたてながら抗議の声を上げる。

 

 

「熊ではないキリシマだっ!私はぬいぐるみではなく戦艦だと何度も言っているだろう!?」

 

 

 前にも言ったはずだ、と怒りをあらわにするキリシマを見て再び疑問の渦に巻き込まれる青年。前、とは一体いつの事だろうか?青年の頭には、目の前のぬいぐるみの存在は記憶されていない。神出鬼没のペンギンなら何度も見ているが、動く上にしゃべるぬいぐるみなど今まで見たことも聞いたこともないし、戦艦『霧島』が熊のぬいぐるみだったなんて聞いたこともない。

 周囲と自分の記憶に誤差がある事は既に理解している青年ではあったが、ここまで違うとさすがに不安になってくる。周囲の少女たちに一度話を聞いてもらおうと決心した青年は箸を置き、自分に記憶されている今までの出来事を一つずつ思い出していくことにした。

 

 

(……あれ?)

 

 

 しかし、青年は何も思い出すことが出来なかった。いや、何も思い出せないというのには少し語弊がある。思い出せてはいるのだが、その内容がはっきりと見えないのだ。

 まるで『霧』がかかっているかのように、記憶の輪郭がぼやけて見える。かゆいところに手が届かないような、もどかしい気持ちになった青年は何とか記憶の輪郭を探ろうと色々試みるが、記憶は依然としてぼんやりとしたままだった。

 

 

「あっ!?貴様またしても……!今度と言う今度は許さん!!」

 

 

 青年が『霧』の中から脱出したのは、キリシマが叫び声を上げるのと同時の事だった。

 内に向かっていた意識が外へと向き、めくらになっていた青年の双眼に再び風景が映り始めた。先ほどまで目の前にいたキリシマの姿はそこにはない。しかし、その代わりに席を陣取る生物の姿があった。

 

 

「ペンギンじゃねえか!」

 

 

 ようやく出会えた顔見知りに思わず声を荒げる青年。先ほどまでキリシマが座っていた席を陣取っていたのはペンギンだった。

 ペンギンは椅子の上で皿に残っていたしょうが焼きをせっせと口に詰め、椅子から蹴落とされたキリシマはそれを阻止しようと椅子をよじ登る。そして、小さなリング(椅子の上)で二匹の生物による世紀の一大決戦が幕を開けた。

 ペンギンに向かって『ぐるぐるパンチ』を仕掛けるキリシマ。短い両腕を必死にぶんぶんと振り回すその姿は、傍から見ていてとてもかわいらしい。対するペンギンは、死角になっているキリシマの足元へ足払いをかける。体勢を崩したキリシマは椅子から転げ落ち床に叩きつけられた。好機到来、といわんばかりにペンギンは追撃を仕掛ける。

 ペンギンは椅子から飛び降り、うつぶせに倒れるキリシマの背中に両足で着地した。プピッ、とおもちゃ特有のピコピコ音をたて苦しむキリシマ。自分がおもちゃ扱いされているようで恥ずかしいのか、キリシマはジタバタと必死の抵抗を示すが、無慈悲なペンギンは何度もキリシマの背中を踏みつける。

 ペンギンに負ける戦艦とはこれいかに。戦艦がペンギンに蹂躙されるという世にも奇妙な光景が繰り広げられているにも関わらず、青年を除く周囲の反応は乏しい。助けなくていいのか、と青年はうどんをすするハルナとふてくされたタカオに声をかけるが、二人の意見は放置で一致。「いつものことだ」と切り捨てた。

 

 

「騒がしいな。一体何をしている」

「あー!提督ご飯食べてる!私にもちょーだい!」

「ぐえっ!?」

 

 

 そこへ新たな少女たちが現れた。紫色のシンプルなドレスを身に纏い、短いツーサイドアップを揺らしながら歩く金髪の少女『コンゴウ』と、腹部の大きなリボンが特徴の真っ赤なゴスロリ服に、真っ赤なストールボレロを羽織る少女『マヤ』だ。

 マヤは床にはいつくばっていたキリシマをぐしゃり、と踏みつけながら提督の隣に座り、コンゴウはつぶれたカエルのような声を上げたキリシマを華麗にスルーして優雅にマヤの横へ座った。

 

 

「なるほど、いい景色だ。提督、紅茶を入れろ」

「ちょっとコンゴウ!提督に向かってその口の聞き方は何!?」

「コンゴウ、コンゴウ!私も紅茶欲しい!」

「貴様ら!さっきはよくも無視してくれたな!」

「……うるさい」

 

 

 ぼそり、と突っ込みを入れたハルナに青年は心の中で全面的同意を示した。

 どうしてこうなった、と見ず知らずの少女たちの姦しい様を眺める青年。混乱した頭を落ち着かせようと食堂に来たはずが、余計に頭を混乱させる状況が出来上がってしまった。そろそろ本当におかしくなりそうだ。青年がその場を立ち去ろうと席を立ったその時、食堂の入り口から歩いてきた少女が青年に向かって声をかけた。

 

 

「提督、司令部に向かって霧の艦隊が進行してきている」

 

 

 青年に声をかけたのは、青年が最初に出会った少女『イオナ』だった。姦しかった食堂は途端に静まり返り、席を立った少女たちは青年とイオナの周囲に集まる。『霧の艦隊』がどういった艦隊なのかは分からないが、敵がこの司令部に向かって進軍してきているという事は理解できた青年。青年はイオナに対して情報の開示を求めた。

 イオナの説明によると、敵艦隊は軽巡洋艦と駆逐艦のみで編成されており戦力はさほど強力ではないらしい。だが、厄介なのは敵艦艇の数だ。確認できた敵艦艇の数は少なくとも三十。下手な鉄砲も数撃てば当たるという言葉があるように、いくら自軍が戦力的に優位であっても数の暴力の前には為す術もなく敗れ去るという場合もある。

 どう打って出るべきか、と青年は頭を悩ませる。しかし、そんな彼を他所に少女たちは一斉に歩を進めた。まだ作戦も決まっていないのにどこへ行くつもりだ。青年は慌てて少女たちの後を追う。青年が「何をする気だ」と問いかけても、少女たちは「問題ない」と答えるだけで具体的な事は話さない。海が近づくに連れて不安が大きくなる青年の静止を振り切った少女たちは、ついに港に到着してしまった。

 青年の瞳に映るのは、船体のあちこちに発光する色線が走る不気味な艦艇の数々。初めて見る艦隊に驚きを隠せない青年の焦りは頂点に達した。

 

 

「何よ、その程度の戦力で本当に勝てると思ってるのかしら」

 

 

 だがしかし、不気味な艦隊を前にしても少女たちの強気な姿勢は変わらない。本当に大丈夫なのか、と弱気な青年に対して少女たちは「十秒で片付ける」自信満々の答えを返した。

 

 

「侵食魚雷装てん。全弾発射」

「超重力砲、エンゲージ!」

「発射準備開始」

「消しとばしてくれるわ!」

「面倒くさい」

「カーニバルだよ!」

 

 

 一体どこから現れたのか。イオナの正面に位置する海中から、敵艦隊に向かって大量の魚雷が撃ち出された。他の少女たちとぬいぐるみはその場に佇み、これから始まる一斉攻撃の準備を始める。

 不気味な色線の走った巨大な二つ球体が、潜水艦のイオナを除くそれぞれの少女たちとぬいぐるみの上空に現れた。宙に浮かぶ計十個の巨大な球体は並列に並び、それぞれ不気味な輝きを放っている。

 突然、球と球の間の空間に小さな歪みが生じた。、徐々に大きさを増してゆく歪みは不気味な光を放ち始め、光は球状に纏まり輝きをさらに増していく。その光景は、まるで小さな太陽がいくつも空に並んでいるかのようだ。

 イオナを除く少女たちとぬいぐるみの頭上に現れた五つの太陽。それはあらゆる盾をも貫く最強最悪の無差別破壊兵器。かつて人類を瞬く間に陸へと追いやったその兵器の名は『超重力砲』。

 

 

「撃てぇ!」

「発射」

「沈め!」

「消えろ」

「どーん!」

 

 

 五つの超重力砲が、敵艦隊に向かって一斉に照射された。宙を駆ける破壊の光は敵艦隊に突き刺さり、ドーム状の巨大な光となって敵艦隊を包み込む。光の膨張から少し遅れて、青年の耳に轟音が届いた。

 一分後、光の晴れた先にあったのは雲ひとつない綺麗な青空だった。つい先ほどまで水平線を埋め尽くしていた不気味な艦隊は影も形も見当たらない。超常現象顔負けのオーバーテクノロジーを目の当たりにした青年は放心状態となった。

 もうこの戦力差は、戦国時代の戦いで鉄砲を用いたとか、そういうレベルではない。刀一本で突っ込んでくる相手にフルオート射撃の重機関銃をぶっ放すかのような、あまりにも理不尽で圧倒的な戦力差だ。現状を理解するまもなく消えていった敵艦隊に対して、青年はわずかばかりの同情を覚えた。

 そんな青年の事など露知らず、少女たちとぬいぐるみは今の戦闘で誰が一番功績を挙げたかを談義していた。興味がない、と早々に談義を抜けたイオナ、ハルナ、コンゴウ、マヤが傍観する中、青年に褒めて欲しい一心で食い下がるタカオと単純に一番になりたいキリシマが火花を散らす。タカオは固く拳を握り、キリシマは両手のかわいらしい爪をキラリと光らせた。そして、ほぼ同時に駆け出した二人は腕を振り上げ、影が重なり合ったその時。

 

 

「くぉらぁああー!アンタたち、何盛大にぶちかましてんのよ!?」

 

 

 全速力で助走を付けた一人の少女がタカオ、キリシマにドロップキックを食らわせた。突然の横槍に対処できなかったタカオとキリシマは成す術なく宙を舞い、そのまま海へと落ちていった。

 もはや知らない少女が現れても驚かなくなった青年は、現れた少女を冷静に観察する。少女は毛先がもっさりしたセミロングの茶髪に、スリッドミニスカートを穿き織り目が縦に入っているセーターの上から白衣を着ている。

 少女は右目の片眼鏡(モノクル)をキラリと光らせ、佇む残りの少女たちに厳しい視線を向けた。

 

 

「ヒュウガ、どうしてここへ?」

「もちろん、あなたの勇姿を目に焼き付けるためですわイオナ姉様ぁああー!!」

 

 

 しかし、その厳しい視線もすぐに消えうせた。イオナから『ヒュウガ』と呼ばれた白衣の少女は態度を一変。イオナの疑問に体全体で答えるかのように、イオナの腹部に向かって飛びかかった。イオナは無表情のまま、飛びかかるヒュウガに前蹴りを食らわせ地面に叩き伏せる。しかし、『とある事情』によりイオナを女神と崇め奉るようになったヒュウガにとって、その足蹴もただのご褒美でしかなかない。

 

 『とある事情』については、原作コミックもしくはアニメ版の『蒼き鋼のアルペジオ』を見よう!

 

 イオナは冷めた声で再びヒュウガに問いかける。一体何をしに来たのか、と。ヒュウガは恍惚とした表情を浮かべながらその問いに答えた。

 

 

「あぁん♡今夜はラボの改装工事を行うのでぇ……ハァハァ……早めに補給をしにくるよう伝えに来たんですぅ♡」

 

 

 ヒュウガの言葉を聞き納得したのか、イオナはヒュウガの頭から足を退けた。ふぅ、と一息ついたヒュウガは白衣についたほこりを叩き、まるで憑き物が落ちたかのような悟り顔で言葉を続ける。

 

 

「つーわけで、アンタらはさっさと補給行きなさい。アンタらが補給終えないと、工事がいつまでたっても始められないんだから。あ♡イオナ姉様は別ですよぉ?ご要望があれば、一晩かけてヒュウガが特別メンテをぉ……」

「いらない。コンゴウ、行こう」

「ふん、お前に指図されるまでもない。行くぞ、マヤ」

「はーい!」

「タカオ、早くしないと置いていくぞ」

「ハァ、ハァ……ちょっと!少しくらい待ってくれてもいいんじゃない!?」

 

 

 体をくねらせ自分の世界に浸るヒュウガを放置してイオナ、コンゴウ、マヤ、ハルナ、防波堤をよじ登ってきたタカオの五人は司令部へと戻っていった。

 その場に残ったのは、まだ現実に完全復帰できていない青年と、幸せな妄想に花を咲かせるヒュウガと、綿が水を吸ったせいで体の自由が利かなくなった水面に揺れるキリシマ。その中で真っ先に現実に戻ってきたのはヒュウガだった。愛しのイオナ姉様の姿が見えないことに気づき気を落とすが、提督である青年の姿を見つけたヒュウガはもう一つの目的を果たすために青年の下へと近寄った。

 

 

「ちょっと、いつまでボケッとしてるわけ?これ、今月分の書類よ。資材関係のね」

「っ!……お、おぉ」

 

 

 青年はヒュウガが差し出してきた書類を受け取った。

 ぞくり。青年の背中を謎の悪寒が走った。得体の知れない不安に襲われ、動悸が激しくなってきた青年。一体何故だ?青年は理解できなかった。目の前の少女が殺気立っているわけでもない。青年自身が攻撃の対象になっているわけでもない。しかし、青年の直感、本能と呼べる部分が、何故か最大限の警報を鳴らし続けているのだ。

 

 

「今月は出撃回数が多かったから、『補給』だけでもかなりの資材を消費したわ」

 

 

 補給。青年がその言葉を聞いた次の瞬間、彼の『霧』の中に隠れていた記憶がちらりと姿を覗かせた。そうだ、ウチの司令部は建造を行う資材すら残っていなかったはずだ。そして、その少ない資材をやりくりしながら補給や修復を行う毎日だった。青年は自分が毎日資材不足に苦悩していることを思い出した。

 青年が悪寒の正体を掴むまであと一歩。悪寒がきっかけとなったのか、青年の記憶を包んでいた『霧』は晴れつつある。謎の悪寒と隠された記憶。その二つの歯車ががっちりとかみ合うのは、もう時間の問題だった。

 

 

「そういやさ……一回の『補給』で使う資材ってどれくらいだっけか?」

 

 

 青年はその言葉を自然と口にしていた。何故この言葉が出てきたのか、それは青年にも分からない。だが、青年はその事を聞いておかなければならないような気がしたのだ。

 

 

「それに書いてあるでしょ」

 

 

 手に持つ書類を震わせながら、恐る恐る書類に目を通す青年。書類には今月の出撃で発生した損害と、その損害を補うために使用する資材の量が示されていた。

 

 

「…………は?」

 

 

 青年は驚愕を通り越して絶望した。書類に書かれているのは桁が一つ違うのではないか、と疑いたくなるような数字の羅列。これは何かの間違いでは、と青年はヒュウガに書類を見せるが、それに対しヒュウガは「何を言ってるんだ?」という表情を返す。青年はヒュウガの言っていることが冗談ではないことを確信した。

 ここでようやく、青年は悪寒の正体に気づいた。雀の涙ほどしかない資材が、今まで必死こいて溜め込んできた資材が、これから行われる補給で完全に消し飛んでしまう。先ほどから続く悪寒は、この事を知らせていたのだと。

 青年は補給に向かった少女たちを引きとめようとするが、時すでに遅し。青年が手を伸ばした頃には、少女たちの姿はもうどこにも見当たらなかった。もう一度紙に書かれた消費資材の量を確認する青年。やっぱり何かの間違いなのでは。そう願いをこめて書類の隅から隅までに目を通すが、やはり見間違いはない。現実は非常であった。

 

 

「うわぁあああああああああああああああ!!!」

 

 

 恐怖に耐え切れなくなった青年は、たまらず恐怖の雄たけびを上げた。今まで必死に積み上げてきたものが、まるで風に吹かれた紙切れのようにあっけなく吹き飛んでしまう。避けようのない真実を目の当たりにした青年の心は一撃大破の大ダメージを負ってしまった。

 もう青年の手元に資材は残っていない。それはつまり、これ以上出撃を行うことも、補給を行うことも、新たな艦艇を建造することも、新たな装備を開発することも出来ないということだ。完全に手詰まりとなった青年にはもう次の手立ては残されていない。

 

 青年の目の前は真っ暗になった。

 

 先ほどまで自由に動いた体は脱力し、真っ暗になった視界はいつまでたっても晴れてこない。そして何故か顔から下を覆うぬくもりと僅かな圧迫感。青年はこの感覚に覚えがあった。もう何度も経験したせいか、混濁した頭でありながらも青年は今の現状を性格に把握することが出来た。

 

 

「……夢でよかった……」

 

 

 寝ぼけ眼を開いた青年は心の底から安堵した。青年の視界に映るのはいつも見ている薄暗い自室の天井。カーテンの隙間からは朝日がうっすらと差込み、窓の外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。

 青年は壁にかけられた時計に目を向けた。針が差す時刻は朝五時半ごろ。昨日出撃した第一艦隊の帰投時間が近づいていることに気づいた青年は布団から抜け出ると、寝汗でベトベトとなった寝巻きから軍服に着替え第一艦隊の帰投を待つことにした。

 三十分後、青年の待つ港に朝日を背にする艦隊の姿が見えた。艦隊の中央にいる小さな旗艦。そして、それを取り巻く異形の艦艇たち。あぁ、間違いない。もうすっかり見慣れた奇天烈な艦隊の帰投を、青年は静かに出迎えた。

 

 

「…………」

「……何よその目!?勘違いしないでちょうだい!今回はたまたま運が悪かっただけよ!」

 

 

 静かに艦隊を出迎えた青年はそのまま一言も言葉を発することなく、ただ目の前に広がる光景に目を奪われた。

 叢雲、チ級、ヌ級、『大破』。リ級、ヲ級、『中破』。ル級、『小破』。目も当てられない悲惨な光景を目の当たりにした青年の脳裏に、昨晩見た夢の光景が浮かび上がる。まさか、夢の中で一度立たされたあの絶望の頂に、今度は現実の世界で立つことになろうとは。もういっそのこと頂から身投げでもするべきか、と青年は部隊運用を投げようと本気で考え始めていた。

 

 

「夢だけど……夢じゃなかった……」

 

 

 悲痛な声を漏らす青年は、無邪気に絡んでくる娘たちと共に司令部に向かう。その足取りは、かつてないほど重たい足取りだった。

 




次回・・・ケッコン、それは戦いの縮図。

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