艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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次回のイベントはどうなるやら……

追記:編集前の文章を掲載するという珍事発生。手直ししておきました。

追記2:感想が溜まっていたので返信しました。


着任十七日目:動き出す戦艦棲姫

 今より遠い昔、彼女は『艦娘』と呼ばれていた。

 主のために敵と戦い、勝利を仲間と共に喜び、時には敗北に涙し、ゆっくりと平穏なひと時を満喫しながら、志を共にする大切な仲間と過ごす日々。幸せで、楽しく、恵まれていた。彼女の毎日は光に包まれていた。

 しかし、始まりがあれば終わりは必ずやってくる。度重なる戦闘に耐え切れなかった彼女は、仲間たちの悲痛な叫びを聞きながら深い水底へと沈んだ。

 薄れゆく意識の中、彼女は必死に手を伸ばした。嫌だ、これで終わりなんて絶対に嫌だ。これからもずっと仲間たちと共に歩み続けたい。愛する主のぬくもりを、これからもずっと感じていたい。彼女は願う。自身の再起を。

 だが、現実は非情だった。一度起こってしまった事を無かったことには出来ない。彼女は沈んだ。それは避けようのない事実。背中にやわらかい砂の感触を感じながら、彼女は静かに目を閉じた。

 

 ふと、彼女は目を開いた。彼女の視界に映るのは満天の星空。足元には月明かりに照らされ輝く水面。頬をなでる冷たい夜風が、彼女の意識を緩やかに覚醒させてゆく。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、必死に手を伸ばす自分の姿。誰かが必死に何かを叫んでいたような気がするが、今となってはその言葉も思い出せない。ただはっきりと覚えているのは、自分が甚大な被害を受け危険な状態だったということだけだった。

 まあ、何はともあれ無事でよかった。早く帰って無事を知らせよう。心配しているであろう仲間の下へ戻ろうと、彼女は真っ暗な海上を進み始める。

 

 

「アレ?アナタ、見ナイ顔ネ」

 

 

 そんな彼女に対して、背後から突然声がかかる。

 彼女は慌てて背後へと振り向いた。背後にいたのは全身真っ白の深海棲艦。これが、彼女と飛行場姫の初めての出会いだった。

 彼女は自身が深海棲艦として生まれ変わった事実を突きつけられた。そんな馬鹿な、と彼女は受け入れがたい事実から目を背ける。しかし、水面に映る自身の姿は紛れもない真実。見た目は深海棲艦、心は艦娘。一体自分は誰なんだ。彼女は悩み続ける日々を送った。

 そんな彼女を救ったのは、以外にも深海棲艦である飛行場姫だった。深海棲艦に抵抗を感じていた彼女に積極的に話しかけた飛行場姫。どうにか心を開いてもらおうと、飛行場姫は彼女をあちこちへ引っ張りまわした。見覚えのある海から、未開の海域まで、飛行場姫は彼女の事などお構いなしに突っ走る。

 最初は好き勝手につれまわされ嫌気が差していた彼女であったが、今まで見たことの無い幻想的な景色を目の当たりにするにつれて考えを改めていく。艦娘の時には決して見ることの出来なかった景色、艦娘の時には決して味わうことの出来なかった自由。深海棲艦には深海棲艦の生き方があるのだと、彼女は今の自分を少しずつ受け入れられるようになってゆく。

 新たな自分と、新たな仲間。もう今までの生活には戻れないのだと一度は絶望したが、これはこれで悪くない。時が経ち、すっかり自分を受け入れられるようになった彼女は、新たに手に入れたささやかな幸せを享受していた。もう二度と手放さない。そう心に誓いながら。

 

 しかし、その幸せも長くは続かなかった。

 彼女の元へ幾多の艦娘が武装して押し寄せてきた。理由は深海棲艦の掃討。深海棲艦が謎の大移動を行い、深海棲艦の戦力が一箇所に集結しつつあった現状を危険視した各鎮守府が掃討の命を下したのだ。

 だがその実体は、観光気分であちこちの海域を見て回っていた彼女たちの後ろを勝手についてきた深海棲艦が、彼女の住処がある海域へとそのままついてきてしまっただけなのだが、それを各鎮守府は知る由も無い。

 彼女は必死に抵抗した。かつて味方だった艦娘を相手に、ためらい無く自身の主砲を叩き込んだ。新しく出来た仲間を、新しく出来た居場所を守るために。しかし、壊しても壊しても、敵の数が減ることは無かった。

 そして、彼女はついに力尽きた。立て続けの戦闘で疲労が蓄積し、重い一撃を受けて再起不能。奇しくも、そのやられ様は艦娘だった頃の彼女と同じもの。ただ一つ違う点があるとすれば、それは彼女がまだ沈んではいないことだった。

 辛うじて生き延びた彼女は住処としていた洞窟の奥底へと逃げ込み、そして、幾度となく降りかかる不幸を嘆いた。

 

 

「何デコウナルノヨ……私ハ……私ハ……幸セニナリタカッタダケナノニ……」

 

 

 その嘆きは誰の耳にも届くことなく、洞窟にただ虚しく響くだけだった。

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 

「今ノ私ニハ、月ノ輝キサエ眩シスギル……」

 

 

 彼女はやさぐれていた。

 目からは完全に光が消えうせ、焦点の合っていない視線をまるで不審者のようにせわしなく動かしながら世界の全てに絶望し、自分は外の世界と相容れることの無い闇の存在なのだとため息をつくのが、彼女の日課となっていた。

 真夜中の海上を当ても無くフラフラと彷徨いながら、月の美しさと星々の輝きに対する呪詛のつぶやきを延々と繰り返し、太陽が昇る前に洞窟へと引きこもる。今の彼女はそんな無意味な毎日を繰り返していた。

 

 

「ター」

「……誰?」

 

 

 しかし、今日はいつもと違っていた。

 彼女の目の前を『偶然』通りかかった一艦の深海棲艦がいたのだ。「こんばんは」と話しかけられた彼女は顔をしかめる。他者との接触を拒む彼女にとって、目の前に現れた深海棲艦は邪魔者以外の何者でもなかった。だが、そんな彼女の心情などお構いなしに、現れた深海棲艦は一方的に話し出す。

 

 

(ドウセ心ノ中デハ馬鹿ニシテイルンデショ?笑イナサイヨ……)

 

 

 すっかりネガティブ思考が板についた彼女は、一方的に話す深海棲艦の言葉に耳を貸すことなく一人被害妄想に駆られていた。

 だが、言葉の端々は否が応にも聞こえてしまう。あれを見た。こんなことがあった。傍から見ればただの世間話だが、そんな世間話でさえ、今の彼女のとっては妬み僻みの対象でしかない。彼女のイライラは徐々に増していった。

 そして、ついにそのイライラが頂点に達しようとした時だ。

 

 

「ター」

「ッ!?……ツマラナイ冗談ハヤメテ」

 

 

 彼女は自身の耳を疑った。それは何かの冗談か?だとすれば笑えない。そのような夢物語が、あっていいはずなど無い。目の前の深海棲艦に不快感を覚えた彼女はすぐさまその場から立ち去ろうとする。

 

 

「ター」

「…………」

 

 

 しかし、深海棲艦は聞いてもいないのに勝手に語りだす。自分たち深海棲艦を率いる人間を見つけたこと。その人間の居場所がどこなのか。自分も仲間に加えてもらい、仲間の印を貰ったこと。

 

 そして、その人間の下で艦隊を組んでいる深海棲艦がいること。

 

 

「ッ!!!」

 

 

 無意識だった。彼女は無意識のうちに、目の前にいる深海棲艦に対して自身の主砲を放っていた。

 爆音と共に大きな水柱が上がり、被弾した深海棲艦から立ち上る爆煙が宙に直線を描く。バシャリ、と音をたてて水面に倒れ伏した深海棲艦をまるでゴミ捨て場の空き缶を見るかのような目で見た後、彼女はある方角を見据えた。

 彼女の中で、黒い感情がふつふつと湧き上がる。気に入らない。自分たちは一度闇の底へと落ちた存在。周囲から忌み嫌われ、排他されることを宿命付けられた存在。自分たちの未来は、光は、もう手の届かないところにある。自分たちの居場所は、光の届くことのない極寒の水底。いくらがんばって手を伸ばしても、その手は決して光に届くことは無い。

 

 それなのに、どうして、何故そいつらだけが!

 

 

「ダメヨ……私タチハ光ヲ手ニシテハナラナイ……皆等シク、闇ノ中デ生キテイカナケレバナラナイノヨ……!」

 

 

 彼女が最初に抱いた感情は『嫉妬』だった。自分がいくら望んでも手に入らなかったモノを持っている。心の底から欲した自分ではなく、どこの馬の骨とも分からない有象無象の奴らが、偶然光を手にした。その事実が、彼女の悪意を掻き立てる。

 彼女の光が消えていた瞳は狂気に満ちた赤い輝きに染まり、船体から溢れ出る瘴気は周囲の空気を犯し始める。

 

 

「ドコ行クノ?私モツイテイッテイイ?」

 

 

 ぶつぶつ、と壊れた人形のように同じ言葉を繰り返す彼女の背後にはいつからいたのか、彼女と同様に何とか生き延びることができた飛行場姫の姿があった。

 

 

「ネエ、私モツイテイッテイイ?」

 

 

 無邪気な笑顔を浮かべている飛行場姫は、彼女の隣に並び立つ。

 

 

「アナタハイイワネ……闇ノ世界デモ前向キデ……」

 

 

 彼女は飛行場姫と共に大海原を進み始めた。

 頭の中でまだ見ぬ深海棲艦の姿を幻視する彼女。その深海棲艦たちは周囲を艦娘に囲まれ希望に満ち溢れており、一度闇に墜ちたことなど忘れて、光の世界で新たな道を歩み始めようとしていた。

 そこへ向かって、彼女は自身の主砲を容赦なく打ち込む。全ての希望が消し飛ぶまで、眩しい光が遮られるまで、何もかもが無に帰すまで。

 

 思い出させてやろう。自分たちは闇の存在だということを。もう一度地獄に叩き落して、すべてが無駄だということを分からせてやる。

 

 怒りと嫉妬に狂った彼女の名は『戦艦棲姫』。

 艦艇の墓場、鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)を統べる最強の深海棲艦が、今、動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、とある未開の南方海域にて。

 月明かりを浴び、緩やかな潮風に吹かれながら暇をもてあましている三艦の深海棲艦がいた。

 

 

「アー、暇」

「暇ネェ……」

「暇ダネェ……」

 

 

 それぞれ赤みがかった長い白髪をツインテールにし、前髪で右目を隠すという似通った容姿の三艦。人の言葉を話し、気だるそうに突っ伏す彼女たちは、深海棲艦の中でも圧倒的な強さを誇る南海の覇者たちだ。

 だらけきった表情で船体をゆらゆらと揺らしているのは『南方棲鬼』。黒いビキニの上から黒いショート丈のレザージャケットを着て、両手にゴツいクローアームと両足の側面に巨大な連装砲を装備している。三艦の中で実力は一番下だが、普通の深海棲艦とは比べ物にならないほどの性能を誇る。

 南方棲鬼の隣で無表情を貫いているのは『南方棲戦鬼』。格好も装備も南方棲鬼とほとんど一緒だが、膝から下が巨大な深海棲艦と連結しており、その格好はさながらギリシア神話に登場する『ケンタウロス』のようだ。装甲は三艦の中で一番低いが、火力に関しては他の追随を許さない。

 そして、ビキニの下一枚以外に何も身に付けず胸部にある二つのタンクをツインテールで隠しているのが、三艦の中で一番の性能を誇る『南方棲戦姫』だ。痴女スタイルであるにも関わらず、装甲は南方棲鬼、南方棲戦鬼を軽く上回り、両腕に装備された連装砲は敵艦隊を紙くず同然のように吹き飛ばす程の火力を持っている。

 

 と、ここまで三艦が高性能であることを長々と説明したが、その性能も戦闘が無ければ宝の持ち腐れ。敵艦隊の姿も見えず、ただひたすら待ち惚けするしかない南海の覇者たち。研ぎ澄まされていた刃は時間という名のヤスリによってじわじわと研磨され、今では自分の持ち場を放棄して駄弁る事が日課となってしまうほど、だらけきった毎日を送っていた。

 

 

「刺激ガ足リナイワ……誰カ派手ニドンパチヤラナイカシラ」

「ア、アレッテハデニコワレソウジャナイ?」

「ソレジャア、砲撃シテ一番デカイ被害ヲ出シタ奴ガ優勝ネ」

「止メヌカ、阿呆共」

 

 

 そして、そんなだらけきった三艦に駄弁り場を提供、もとい、寄生されて迷惑しているのが『泊地棲姫』である。

 無造作に伸びる長い白髪。黒の超ショート丈チューブトップに黒のミニタイトスカートに黒いロンググローブという黒一色の格好。背中から前方に向かって伸びる長い砲身に加えて、艦上戦闘機、艦上爆撃機を収納した球体を腰周りに装備し、通常の砲撃戦の他にも航空戦や雷撃戦を行うことが出来るハイスペックな深海棲艦だ。

 無人と化した泊地に住み着き、そこを拠点として敵艦隊(艦娘)の掃討を行っていたのだが、南方組が無理やり押しかけてきてからはそちらに手を焼いてばかりでろくに巡視も出来ていない泊地棲姫。

 『泊地棲鬼』を巡視に向かわせてはいるが、やはり憎き艦娘共は自らの手で仕留めたい。しかし、南方三馬鹿組から目を離したら最後、その先に待っているのは収集不能の大惨事だ。既に泊地内の建物はほとんど破壊され、瓦礫が山積みとなってしまっている状態となってしまっている。

 泊地棲姫は南方組を何とか追い出せないか考えていた。力ずくで追い返そうにも、暴れたりない三馬鹿からすれば力ずくは逆に好都合だろう。きっと喜んで撃ち合いを始めるに違いない。かといって、このままのさばらせておく訳にもいかない。いつ爆発するか分からない爆弾をいつまでも手元に置いておくほど、泊地棲姫は酔狂な深海棲艦ではなかった。

 そこで今回、泊地棲姫は三馬鹿が食いつくであろうとっておきの『餌』を用意した。それは、以前巡視していたときに『ある深海棲艦』と『偶然』出会った時に聞いたものだった。

 

 

『ター』

『……何ト、ソレハ本当カ?』

 

 

 泊地棲姫は『その深海棲艦』の話を聞いて耳を疑った。自分たちが忌み嫌われる存在だということは重々理解しているが、そんな自分たちを迎え入れ部隊を編成している物好きな人間が本当に存在するのだろうか。

 泊地棲姫は『その深海棲艦』に何度も問いかける。お前の話は本当に真実なのか。もし真実なら、その人間は一体どこにいるのか。

 泊地棲姫の問いに対し、『その深海棲艦』は単調に答えた。『その深海棲艦』は右肩の赤い丸印を見せながら、この赤丸は仲間として認めたことを証明する印であると説明。そして、ある方向を指差しこう告げた。

 

 向こうに私の主がいる、と。

 

 まさか、と思いながらも、泊地棲姫は『その深海棲艦』が指差した方角から目を離すことが出来なかった。相反するモノ同士が同調など出来るわけがない。しかし、目の前にいる『その深海棲艦』の右肩には本来あるはずの無い印がしっかりと刻まれている。

 これはとても興味深い。自身の常識を覆す情報に興味を持った泊地棲姫は、何とかその物好きな提督と接触して情報の真偽を確かめようと考えていた。

 

 

「ウワ、ナニソレオモシロソウ」

「ヨシ行コウスグ行コウ今行コウ!」

「イイ退屈シノギニナリソウネ」

 

 

 だから、接触するついでにこの三馬鹿を押し付けてしまおう。既に数艦受け持っているのだから、ニ、三艦増えたところで変わりはないはずだ。

 泊地棲姫の真意にまったく気づく気配のない南方組は、泊地棲姫と巡視から帰ってきた泊地棲鬼をつれて、深海棲艦の部隊を持つという人間の下へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 そして数日後。

 

 

「アラ」

「オッ」

「ン?」

「ム」

「……」

 

「アレ?皆ソロッテ何シテルノ?」

「汚シテヤル……太陽ナンテ……」

 

 

 二つの『偶然』が一つとなり、ブイン基地に襲い掛かろうとしていた。

 




次回・・・進撃の深海棲艦1

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