艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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航空戦艦がマイブーム。


着任十八日目:旗艦 其の一

「アレガソウジャナイ?」

「ソウミタイネ」

 

 

 東の海から朝日が顔を出し始めた時間帯。深海棲艦一行は数十日にも及ぶ航海を経て、ようやくブイン基地を視界に納めた。

 観光気分の南方組と飛行場姫、裏に悪意を秘めた泊地組、カチコミ気分のやさぐれ深海棲艦。それぞれの目的は異なるが行く先は同じだ、と言うことで行動を共にすることになったのだが、それがどういう事態を生み出すのか彼女たちは知らなかった。

 強い力は有象無象を引きつける。出発時に七艦だった艦隊は、いつの間にか二百を超える大艦隊にまで成長してた。駆逐艦から戦艦まで、ありとあらゆる深海棲艦が周囲にうごめき艦隊を組んでいる。その光景はまるで黒い津波が押し寄せてきているかのようだ。

 

 

「結構ナ大所帯ニナッタケド、大丈夫カシラ?」

 

 

 周囲が殺伐としている中、ひたすらマイペースを貫く南方棲戦姫。深海棲艦が勝手に増えて艦隊を組むのはあたりまえ。人間側からは異常に見えるこの光景も、彼女たちにとっては特に気にすることの無い些細な日常の一片でしかない。

 故に、自分たちが周りからどういう目で見られているかなどまったく気にしないし考えない。自分よければすべてよし。南方棲戦姫を初めとする他の鬼型姫型深海棲艦は、常に自分目線最優先で行動しているのだ。

 

 

「盛大ナ歓迎ヲ期待」

「ワタシハカンゲイサレルヨリモ、カンゲイスルホウガスキナノダケレド」

 

 

 続けて言葉を発したのは南方棲戦鬼と南方棲鬼。言っていることは至極普通の事だが、その言葉をそのまま鵜呑みにしてはいけない。彼女たちの『歓迎』とは、すなわち『派手なドンパチ』だ。敵を危険視する警戒態勢も、迎え撃つ準備万端の臨戦態勢も、彼女たちの前ではたちまち『手厚いおもてなし』に早代わりとなる。

 ただ勘違いしないで欲しい。彼女たちはちょっと残念なだけで、戦闘がしたいだけの戦闘狂と言うわけではない。

 「目が合ったから」というだけで戦いを挑んでくるような理不尽な真似はしないし、日頃から「夜戦したい!夜戦したい!」と口走ることもしない。困っている相手を見かけたら手を貸すし、逆に助けられたら感謝の気持ちをこめて礼をする。

 ノブレス・オブリージュ。「高貴な振る舞いには高貴な振る舞いで返せ」を地で行くのが、彼女たち南方組である。

 

 

「アラアラ、手厚イ歓迎ジャナイ」

 

 

 しかし、彼女たちの中で不思議なことが起こった。『歓迎=派手なドンパチ』と『ノブレス・オブリージュ』が超融合してしまい『高貴な振る舞い(派手なドンパチ)には高貴な振る舞い(派手なドンパチ)で返せ』というトンデモ理論が生まれたのだ。もう一度言うが、彼女たち南方組は戦闘狂ではない。ただ、少しだけ考えがズレている残念な娘たちなのである。

 だから、鎮守府正面海域で深海棲艦組を待ち構えている殺気立った艦娘たちを見て、闘志を滾らせるのも仕方の無い事なのだ。頭上から降り注ぐ爆撃機の雨を見て、恍惚とした表情を浮かべるのも仕方の無い事なのだ。

 

 

「アァ、素敵……」

 

 

 次の瞬間、深海棲艦の大艦隊に開戦を告げる爆撃音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったか!?」

 

 

 爆煙に包まれた敵艦隊を見た軽空母『龍驤』は思わず叫んだ。

 ブイン基地の目の前まで迫った深海棲艦の大艦隊。敵艦艇の数は優に二百を超え、中には強力な力を持つ鬼型や姫型の深海棲艦もいるという情報を偵察部隊から事前に聞いてはいたが、やはり話で聞くのと実際に見るのとでは迫力が明らかに違う。龍驤は額に浮かぶ汗を拭った。

 龍驤たち空母の役目は敵艦隊に対して先制攻撃を成功させ、少しでも多くの敵艦を撃沈することだ。今の攻撃がどれだけ直撃したかによって今後の戦況は大きく変化する。自身に課せられた重大な役目を全うしようと気合十分の龍驤は全身全霊をかけて攻撃を放ち、そして、聞こえたきた爆撃音に確かな手ごたえを感じた。

 会心の一撃。これまでに無いほどの最高の攻撃。龍驤は確信していた。さすがに全ての敵を撃沈は出来ていないだろうが、今の攻撃で大多数の敵を沈めることができたはずだ、と。

 

 

「何……やて……?」

 

 

 龍驤の期待は裏切られる。まるで何事も無かったかのように、敵艦隊は先制攻撃前と変わらない姿で現れた。

 ざぁざぁ、と波を切って進軍してくる敵艦隊を見た龍驤は恐怖する。今、鎮守府正面海域に展開されているのは、着任した提督たちが持ちうる全ての艦隊を投入したブイン基地の総戦力。

 ブイン基地に着任した全ての空母たちが一斉に爆撃を行い、普通の艦隊ならば一艦たりとも残らない嵐のような攻撃は敵の大艦隊に直撃した。

 

 

「敵の数……本当に減ったん?」

 

 

 しかし、敵艦隊の数が減った様子はまったく見られない。煙幕の中から現れた黒い大波は、未だに海の青を隙間無く黒で塗りつぶしていた。

 空母たちの攻撃は確かに敵の大艦隊に直撃した。その攻撃で成す術なく撃沈した深海棲艦も多数存在する。ただ、敵艦隊の数はあまりにも膨大過ぎた。深海棲艦の大艦隊は、今撃沈した数では隙間が空かないほどの数を有していたのだ。

 故に、艦娘側から見れば深海棲艦の数が減っていないように見えてしまう。自分たちの攻撃が通用していないと錯覚してしまう。

 

 

「ハハ……こりゃ、もうダメかもわからんね」

 

 

 悠然と進軍してくる敵艦隊を前に、龍驤は引きつった笑いを浮かべることしか出来なかった。龍驤だけじゃない。今の攻撃を見ていた艦娘たちの大多数は思った。タチの悪い冗談だ、夢なら覚めてくれ、と。

 しかし、いつまでも現実から目を背けているわけにもいかない。最高のハッピーエンドか、及第点なノーマルエンドか、最悪のバッドエンドか、艦娘たちの頑張り次第でブイン基地の未来は変わるのだ。既に賽は投げられた。戦わなければ生き残れない。

 

 

「……全艦、砲撃開始っ!!」

 

 

 一抹の不安を抱きながら、艦娘たちのブイン基地防衛戦は幕を開けた。

 艦娘と深海棲艦の性能はほぼ互角。中には改装して性能が強化された艦娘もいるが、深海棲艦側にもエリート艦やフラグシップ艦といった強い力を有した深海棲艦がいる。よって、艦娘と深海棲艦の性能にそれほど大きな差は無いと見ていいだろう。

 そうなると、物を言うのは数と錬度だ。数においては深海棲艦側が有利。燃料、弾薬に限りがある以上、時間が経過すればするほど艦娘側が不利になってゆくだろう。

 

 

「よし、一艦撃沈!」

「フラグシップ!?左舷、注意して!」

「ふん、その程度の攻撃。俺には通用しないぞ!」

 

 

 だが、錬度においては艦娘側が圧倒的に有利だ。これまで沢山の実戦経験を積み、苦難を乗り越えてきた艦娘たちは深海棲艦が絶対に持ちえることのないたった一つの武器を手に入れた。

 それは『絆』だ。例えば、深海棲艦の駆逐艦はただひたすら前進し、眼前の敵に向かって主砲を放つことしかしない。しかし、艦娘の駆逐艦は縦横無尽に戦場を走り、現状を見極め、仲間と協力して敵を倒す。これが深海棲艦と艦娘の違いだ。

 共に支えあい、共に戦う。互いを気遣う気持ちが紡ぎだす『心』の力。それが、艦娘たちの不利な数差を補っていたのだ。

 

 

「敵艦、撃沈!」

「流石です扶桑お姉様!」

 

 

 敵艦隊中央を食い破るニ艦の戦艦。扶桑型戦艦の『扶桑』と『山城』には、その効果が顕著に表れていた。

 出撃前、自身の艦隊が敵艦隊のど真ん中と相対する位置に配置されると知った扶桑と山城は絶望した。自分たちが不幸の星の元に生まれきたことは自覚していたが、その不幸がここまで影響しようとは。敵の集中砲火を浴びやすい場所に配置された不幸と、敵艦隊の中央を押さえ込むという役割の重圧に参った扶桑と山城は開戦前から疲労状態だった。

 しかし、開戦後はその疲労が嘘のように吹き飛んだ。扶桑が砲撃をすれば、背後の山城が扶桑を狙う敵を撃つ。山城の視界の外からの攻撃を扶桑が受け、激情した山城がお返しといわんばかりに主砲を放ち敵を沈める。まさに阿吽の呼吸。姉妹艦のため元々息は合っていたほうだが、今日のニ艦は以心伝心と言っていいほど息がぴったり合っていた。

 結果、現時点での敵撃沈数は扶桑が一位を独走。自分は不幸だと下を向いていた普段の扶桑からは想像もつかないほどの好成績だ。援護に徹している山城は扶桑ほどではないが、それでも上位に食い込むほどの敵を既に沈めている。

 

 

「いける……いけますよ!」

「扶桑さん、山城さん!私たちも援護します!」

 

 

 そして、その戦果は周囲にも影響を及ぼした。敵の大艦隊のど真ん中を突き進むニ艦の戦艦に触発され士気が高まる艦娘たち。周囲の駆逐艦、軽巡洋艦たちは扶桑の率いる艦隊に合流し、文字通り一丸となって敵の大艦隊を突き破っていった。

 

 

(フフ……ついに扶桑型戦艦の時代が来たみたいね……!)

 

 

 扶桑は心の中で密かに喜びを露にした。周囲の艦隊が自分に追従し、まるで自分を旗艦のように慕っているという事実が、扶桑を更なる高みへと押し上げる。黒い荒波が押し寄せる中、扶桑の主砲は追従する艦娘たちの進むべき道を切り開いた。

 

 

「扶桑お姉様、援護しますっ!」

 

 

 山城の絶妙な援護も未だ健在だ。敵の攻撃が激しさを増す中、扶桑と山城はひるむことなく戦い続ける。激しく降り注ぐ鋼鉄の雨をかいくぐり、荒れ狂う黒い大波を突き進むニ艦の姿はまさに英雄と呼ぶにふさわしいだろう。

 しかし、周囲の艦娘たちまでそうとはいかない。山城と扶桑が激しい戦火の中で戦えるのは、ひとえに戦艦の持つ強固な装甲と火力のおかげだ。敵の攻撃をものともしない装甲と、一撃必殺の威力を誇る主砲があったからこそ扶桑と山城は戦い続けてこれたが、周囲の軽巡、駆逐艦の艦娘たちには強固な装甲も一撃必殺の火力も無い。なかなか減らない敵を相手取り、蓄積するダメージを気にしながら戦う彼女たちが今の激しい戦火の中で戦い続けるには無理があったのだ。

 このまま攻撃を受け続ければ、遅かれ早かれ誰かが沈むだろう。徐々に疲弊していく艦娘たちを見た扶桑は思考する。戦争と割り切り周囲を無視して前進するか、仲間を守るために一度撤退するか。

 

 

「……全艦、一度撤退してください!殿(しんがり)は私と山城が勤めます!」

 

 

 自分を慕ってついてきてくれた仲間を無下に扱う事なんてできない。即決にも近い速さで扶桑は撤退を選んだ。

 申し訳なさそうな表情で撤退していく仲間たちを背に、扶桑と山城は敵艦隊を足止めする。主砲を迫り来る深海棲艦に次々と叩き込み、撤退の時間を稼ぐ扶桑と山城。その火力は敵を足止めをするどころか、その場で敵を全滅させる勢いだ。

 

 

「さあ、一気に行くわよ山城!」

 

 

 もう自分たちを止められる艦はどこにもいない。妹と一緒なら、自分は何処まででも行ける。勢いに乗る扶桑は高らかに声を上げた。

 

 

「…………」

 

 

 山城からの返事は無い。おそらく、いや、絶対返事が帰ってくると思っていた扶桑は大きな違和感を覚えた。

 姉の姿が見えなくなるとすぐに「扶桑お姉様はどこですか?」と聞いて回るほど、山城は扶桑の事を慕っている。提督という存在と姉を天秤にかけた時、問答無用で姉を選ぶ重度のシスコン。それが山城という戦艦だ。

 故に、扶桑は今の反応に対して違和感を覚えざるを得なかった。山城が扶桑の言葉を無視したことは今までに一度も無い。姉である扶桑を心の底から慕っている山城が、姉の言葉を無視することは絶対にありえない。たとえ戦場であってもだ。

 

 

「山城?」

 

 

 不安に突き動かされた扶桑は背後へと振り向いた。

 きっと敵の対応に追われて返事をする余裕がないだけなんだ。もしかしたら自分の声が砲撃音にかき消されて聞こえなかっただけかもしれない。もう少ししたらきっと返事が返ってくる。湧き上がる不安を振り払おうと、扶桑は自分に対して数々の言い訳を並べる。

 

 

「……っ!!!」

 

 

 扶桑の視界に飛び込んできた現実は、扶桑が想像していた以上に残酷だった。

 山城は全身に硝煙を纏いながら水面に倒れ伏していた。扶桑型戦艦のトレードマークとも呼べる背中の超弩級の主砲は無残に破壊され、衣服のほとんどは焼け焦げてしまっている。

 扶桑の視界の中央に映るのは轟沈寸前の妹。そして、視界の隅には山城を倒したと思わしき敵艦艇の両足が見えた。

 扶桑は徐々に視線を上へと向ける。真っ黒なニーハイブーツの下から見える白い肌。上下のビキニとショート丈のレザージャケット。凶悪な形象をした両腕の主砲。そして、赤みがかった白く長いツインテール。

 

 

「コンニチハ。カンゲイサレテアゲルワネ」

 

 

 時代の幕開けから数十分後、扶桑型戦艦の時代は早くも終わりを告げた。

 ついに各所で猛威を振るい始めた深海の悪魔たち。この時より、戦況は一気に逆転することになる。

 




次回・・・旗艦 其のニ

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