艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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飛龍!お前を待っていたんだよ飛龍!!


着任二十三日目:ヲ級、横須賀へ行く

 

「今日から俺がお前の提督になってやる!これからずっと、お前は俺たちの仲間だっ!!」

 

 

 『どんっ!!』という効果音が似合いそうな権幕でそう言い放つ青年。

 戦艦棲姫を襲った不幸の数々を聞き、例によって情に流された彼は戦艦棲姫を自身の艦隊に迎え入れた。いつか必ず迎えに行くから。青年は戦艦棲姫は固い約束を交わす。

 感謝の涙を流した戦艦棲姫はタ級と共に闇夜の海に消え、青年は二艦の背中を見送った。

 そして今日、先の大戦との関係性を疑われ朝一で総司令部まで出頭するよう命令された青年は、戦艦棲姫を弁護するべくブイン基地総司令部へと向かった。

 

 

「…………で、どうなんだ?」

「すみませんでした」

 

 

 尋問が開始して約十秒、青年の心は大破した。

 強い意志を持って尋問に望んだ青年だったが、小市民な彼に元帥たちの本気の威圧に耐えられるほどの胆力は無かった。

 

 

「はあ……さすがに今回は肝が冷えたぞ」

 

 

 未知の存在『深海棲艦』の全貌を解明すべく、青年の艦隊を利用して色々と情報を集めていた元帥たちだったが、まさか今回のような事態が起こるとは思ってもみなかった。

 一応、強襲されてもすぐさま対応できるよう準備は怠っていなかったのだが、それは敵の艦隊が複数で攻めてきたことを想定したもの。流石に海を黒く塗りつぶすほどの敵がおしよせてくるのは想定外だった。

 元帥の一人が青年に心当たりがないか問いかけるが、青年自身も何故周囲に深海棲艦が寄ってくるのか分からない様子。

 一通り意見交換を終え、これからどうすべきか元帥たちと青年は頭を悩ませた。対策を立てようにも肝心の原因が分からないのではどうにもならない。

 今後こういった事態が再発する可能性は十分にある。それらに対し、毎回後手に回っていてはいつか本当にブイン基地が壊滅してしまうかもしれない。

 

 

「……とりあえず、お前さん御祓い行ってこい」

 

 

 最後まで対策らしい対策が浮かばなかった結果、まずは出来ることをやろうということで意見が一致。手始めとして、青年は神社で御祓いをすることになった。

 何故御祓いなのか、と一瞬疑問に思う青年だったが、ものの数秒もしないうちに答えに至った。

 これまでの自分を振り返れば一目瞭然だった。ブイン基地に着任する前は何事も無く普通に生活できていた青年が、着任後は立て続けにトラブルに巻き込まれた。そこへ元帥たちの『御祓い』という言葉を組み込めば、おのずと答えは見えてくる。

 

 

「昔っから、海には魔物が住んでいるって言うしな」

「ワシも何度かお世話になったのぉ」

「俺は『悪霊』なんて信じてなかったが、お前を見ていたら本当はいるんじゃないかと思えてきたぞ」

 

 

 チリヌルヲと他三艦の加入、司令部の半壊、そして今回の大戦。

 着任してまだ一年にも満たない青年の周囲で立て続けに起こったトラブルは、もはや偶然という言葉では片付けられない。

 たとえ『本当に偶然が引き起こした産物』だったとしても、事情を知らない者たちからすれば作為的な何かを感じずにはいられなかった。

 

 

「神社は横須賀鎮守府の北側にある。横須賀の提督御用達の有名な神社だ。効果は期待できるだろう」

 

 

 元帥の一人が神社の神主と旧知の仲だったということもあり、青年はその神社で御祓いを受けることになった。

 

 

「では、今すぐ向かってもらおう。話はこちらで通しておく」

「えっ、今すぐですか……?」

「そうだ。反論は認めん。行け」

 

 

 確かに、青年は今すぐ横須賀へ向かうことが可能だった。深海棲艦という不安要素を抱えた青年が何故すぐに横須賀へ向かうことが出来るのか。理由は簡単、青年の司令部はボロボロすぎてこれ以上底が無い状態だったからだ。

 常識を持ち合わせている叢雲は無問題。リ級とル級の問題児組とヌ級は大破で行動不能。遠征に出ているチ級は叢雲の言うことには絶対従う。資材を勝手に食い漁るヲ級がいるが、資材は既に食い尽くされているため問題ない。よって、青年は心置きなく司令部を留守に出来るのである。

 横須賀行きの定期便は週一回のペースでブイン基地を訪れる。そして、現在ブイン基地に停泊中の定期便は今日の正午に出航予定だ。

 

 現在時刻、午前十一時三十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!何でこんなことになるんだよちくしょーっ!」

 

 

 全力疾走で司令部の中へと入っていた青年は、航海の準備と叢雲へと言伝を素早く済ませた。

 時刻は午前十一時五十分。出航まであと十分しかない。青年の司令部から定期便の所まで、走ってギリギリ間に合うかどうかの時間だ。

 どたばたと廊下を駆ける青年。そんな彼の目の前に見知った姿が飛び込んできた。

 青年が司令部に駆け込む姿を目撃していたヲ級だ。

 

 

「悪い!今はかまってられないんだ!」

 

 

 通じているかどうか分からない謝罪を早口で述べた青年は休むまもなく司令部を後にした。首を動かし、ヲ級は青年の背中をじっと眺める。

 ヲ級は暇を持て余していた。元々スズメの涙程しか残っていなかった資材はチリヌルヲたちに一晩で食い尽くされ、入渠できなくなった叢雲は自室でふて寝。戦闘のダメージが大きかったリ級、ル級、ヌ級は旧解体ドックで休息中。ヲ級は中破で行動をすることは可能だ。しかし、燃費不足のため長時間の航行が出来ない状態。同じく中破でまだ行動可能なチ級は燃費のよさを生かし、動けないル級の代わりにイ級たちを率いて遠征に。艦隊の大半が不在の第一艦隊は出撃不能。

 結果として、手元に残ったボーキサイトの欠片をちまちまと口に運び続けることがヲ級の仕事となっていた。

 

 そこへ颯爽と現れた救世主。それが青年だった。

 

 司令部に着任して以来、いつも誰かと一緒に行動していた彼女が一人で日常を過ごすのは今日が初めてだった。ヲ級が青年の司令部を訪れた理由を覚えているだろうか。

 『寂しかった』だ。真っ青な海に一艦ぽつんと残されて心細かった。そこで偶然目に付いたチ級とヌ級の姿を追いかけ、ヲ級はこの司令部にやってきたのだ。

 

 

「ヲっ」

 

 

 ボーキサイトを片手に、ヲ級は青年の背中を追いかけた。長時間放置され、さびしんぼうオーラ全開だったヲ級がその場に留まり続けるのはもはや限界だった。

 全力疾走する青年の後ろを走るヲ級。人外の正規空母にとって、成人男性の全速力はナメクジやカタツムリのようなもの。一人と一艦の差はすぐに縮まった。

 時間ばかり気にして視野が狭くなっていたためか、青年はヲ級の存在にまったく気づかない。

 だが、今はその視野の狭くなっている状態が功を奏していた。

 

 

「アイツはっ!」

「今回の大戦、絶対に奴が関わってるぜ……」

「司令部の復興にかかった金と資材を請求してやりたい……!」

「ふん、あのような不穏分子をいつまでも放っておくからこうなったのだ」

「とっとと追い出しときゃよかったんだよ」

 

 

 青年は、道行く他の提督たちから後ろ指を差されていた。

 まるで親の敵を見るような目で青年を睨む提督たち。以前から青年の噂を聞いていた提督たちが「今回の大戦には青年が関わっていのでは」という疑問を抱くのは自明の理だった。

 基地内で暴力沙汰を起こせば罰せられてしまう。それは頭では理解している。しかし、心がそれを是としない。罰がどうした。アイツの顔を一発ぶん殴ってやらないと気がすまない。殺気立つ提督の集団が、青年の前に立ちはだかるように歩を進める。

 そのときだった。彼らの視界にあるモノが映った。正面から走ってくる青年の頭の後ろで、左右にぼてっとはみ出た黒い物体がゆらゆらと揺れている。

 提督たちはそのはみ出た物体に見覚えがあった。互いの顔を見合わせた提督たちは進路をずらし、通り際、青年の背後にあった物体の正体を覗き見た。

 

 

「あれは……」

 

 

 『はみ出た物体』もとい『ヌ級を模した帽子』を被っていたヲ級は、目が合った提督たちの前でぴたりと止まり、彼らの目をじっと見つめる。

 

 

「ヲっ」

 

 

 ヲ級は胸元で小さく手を振った後、再び青年を追いかけた。

 『手を振る』。ヲ級レンタルサービスが開始される前、青年がヲ級に仕込んだ芸の一つである。

 

 

「……頑張ったよな。俺たち」

「あぁ。俺たちが守ったんだぜ……」

「生きていれば何度でもやり直せる。そうだろ?」

「仕方が無い。今日のところは見逃してやろう」

「そうか。これが……心か」

 

 

 事態は丸く収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定期便出航まで残り三分。何とか間に合った青年が安堵のため息をついたのもつかの間、新たな問題の出現に頭を悩ませることになった。

 

 

「おま……ハァハァ……なんで……」

 

 

 船に乗り込もうとした青年は一人の水夫に止められた。「そちらの艦娘はどうします?」と聞かれ、何のことだと首をかしげた青年だったが、背後を指差され水夫の言葉を理解した。

 

 

「ヲっ」

 

 

 青年はここで初めてヲ級の存在に気づいた。

 水夫にヲ級の名前を追加するか尋ねられる青年。一秒でも早く休みたい青年はそのまま追加を頼もうと投げやりに考えるが、しかし、僅かに残った冷静さが青年の口を固く閉ざさせた。

 青年の事情にあまり詳しくない他所の鎮守府で、ヲ級が目に留まれば大パニック間違いなしだ。他所の鎮守府で騒ぎを起こせば、上層部からキツイお叱りを受けることになるだろう。

 ヲ級を基地の外に連れ出すのはマズいと判断した青年は、ヲ級を無視してさっさと船に乗り込もうとする。

 

 

「あれれー?おっかしなぁ、ボーキの桁が一つ減っているぞぉ?」

「やめてください!やめてくださいっ!」

「お、落ち着け。まだ慌てるような……慌てるような時間じゃあでrftgyふ」

「俺のボーキサイト、返してくれよぉ!!」

 

 

 突如、青年の脳内で響き渡る阿鼻叫喚。ブイン基地でヲ級がどういった扱いをされているか熟知している青年だからこそ、後に起こる悲劇を容易に想像できた。

 ここでヲ級を放置したら、想像が現実の物となってしまう。百八十度方向を転換した青年は早足でヲ級の前まで近づき、ヲ級の手を握って水夫に言った。

 

 

「……追加、お願いします」

 

 

 目の届く範囲に置いておくほうが安全だ。青年はヲ級の手を引いて船へと乗り込んだ。常時ヲ級を監視していた青年の努力も報われ、航海中は特に何も起こることは無かった。

 数十時間の航海を経て、一人と一艦は横須賀鎮守府内の定期便船着場へ到着した。

 

 ブイン基地上層部から情報がうまく伝わっていたのか、一人の提督が青年を笑顔で迎え入れた。

 横須賀鎮守府で騒ぎを起こしたらどうしようと悩んでいたが、これなら騒ぎが大きくなることも無い。助っ人の登場に大喜びの青年は助っ人の提督に連れられて横須賀鎮守府内を進んだ。

 しかし、いくら現地の協力者がいてもそれが異様な光景であることに変わりは無い。ヲ級は周囲からかなり注目された。

 

 

「君、ちょっといいかな?」

「おいおい、何で深海棲艦がいるんだよ」

 

 

 青年は周囲の提督たちから次々と声をかけられた。青年は冷や汗を流す。暴言を吐かれるのではとビクビクしていたのもあるが、過去にヲ級がらみの騒動を何度も経験している青年は、ここでも似たようなことがおきてしまうのではないかと危惧していた。

 しかし、流石は古参の集う横須賀鎮守府。ブイン基地とは違い、応対はとても穏やかに進んだ。

 

 

「これはまた、珍しい光景だね」

「へえ、これがヲ級かい?実物を見るのは初めてなんだ」

「想像していたよりもおとなしいな」

 

 

 青年を蔑むどころか、逆に怯える青年に対して優しい言葉をかける横須賀の提督たち。ヲ級の事も敵視はせず、青年と同じように紳士的な態度で接している。

 

 

「ヲっ」

 

 

 注目されたヲ級は、視線を向けてくる提督一人一人に対して律儀に手を振った。

 普通ならば攻撃されてもおかしくない状況であるにも関わらず、彼らは焦りも騒ぎもせずに落ち着いて現状を把握している。ベテラン提督の余裕を感じた青年は素直に賞賛の声を送った。

 自分も、誰とでも分け隔てなく接することの出来る人間になろう。そう心に誓った青年は、周囲の提督たちに別れの言葉を告げその場を後にするのだった。

 

 

「……さて、ヲ級の出現率が高い海域はどこだったか」

「資材の貯蔵は十分。火力を抑えて巡洋艦をメインで……」

「いっそのこと、独自で鹵獲装備を開発してみるか?」

「艦載機の無力化は必須だよな。まずは対空能力重視を試そう」

「オリョクルしかない」

 

 

 青年は知らない。紳士的な態度とは裏腹に、彼らが熱く静かに燃える炎を瞳の奥底に宿していたことを。

 『W-ウィルス』の被害は確実に広がっていた。

 

 その後、無事神社へと到着した青年は御祓いを受けた。道中、案内人の提督からもこの神社で執り行われる御祓いの効果は抜群だとお墨付きを得ている。これは期待できそうだ、と神に望みを託した青年だったが、その結果は芳しくなかった。

 青年の前では御祓いを執り行った神主が座っている。その顔色はあまりよくない。

 

 

「何と言うか……気の毒だね君」

 

 

 開口一番、神主は哀れむようにそう言った。不安を煽られるようなことを言われ戸惑う青年は神主に尋ねた。御祓いは成功したのか、と。

 

 

「成功というか、最初から必要なかったよ。君はハナっから呪われちゃあいない」

「えっ」

「悪霊云々の話じゃないよ。君はそういう星の元に生まれてきたんだ」

 

 

 神主は青年をなだめるように、ゆっくりと説明した。青年を一目見たときから、悪霊の類で無い事は見抜いていた。青年の周囲で頻発する騒ぎの原因は後天的なものではない。生まれ持った先天的なものだと。そして、最後にこう言って締めくくった。

 

 

「『この世界』が続く限り、君の周囲では似たような騒ぎが続くかもね」

 

 

 似たような騒ぎ。その言葉で青年が真っ先に思い浮かべたのは、司令部で好き放題やらかす五艦の姿。その騒ぎが、これからも続いていくというのだ。青年は愕然とした。

 しかし、神主の言葉はまだ終わってはいなかった。

 

 

「でもね。悪いことばかりじゃあないんだ。君には力があるんだよ。どんな逆境も自分の糧にしてしまう強い力が」

 

 

 信じられないという顔をする青年。それもそうだろう。いきなりそんな突拍子も無い話をされて信じろというのが無理な話だ。しかし、神主は念を押すように、もう一度強く青年に言い聞かせる。

 

 

「今はまだ信じられないかもしれない。でも、決して忘れないで欲しいんだ。君には不運を飼いならす力があることを」

 

 

 青年は横須賀鎮守府を後にした。

 青年の頭の中では、未だに神主の言葉が反響していた。嘘か真かは分からない、眉唾物と言っても過言ではない力の存在。その力が本物ならば、青年はこれから先の苦難を乗り越え自分の力に出来るということになる。

 苦難を乗り越え自分の力に。奇しくも、青年はその言葉に似た光景をこれまでに何度も目撃している。チ級との出会い、ヌ級とヲ級の加入、リ級とル級の因縁、イ級とタ級の訪問、そして戦艦棲姫の暴走。

 幾度となく迫り来る苦難を乗り越え、青年の周囲には深海棲艦の仲間が集まった。そして、それはこれからも続いていく。

 

 

「それってつまり……」

 

 

 首を思い切り左右に振りぞっとするような光景を振り払った青年は、隣でぺたんと座るヲ級を眺めた。銀色の髪をはためかせながら、ボーっと海を眺めるヲ級の姿はどこか愛くるしい。

 ふと、青年の視線に気づいたヲ級が視線を青年へと移した。青年はじっとヲ級を見つめ、ヲ級もまたじっと青年を見つめる。

 

 

「ヲっ」

 

 

 ヲ級は青年へ向かって小さく手を振る。ヲ級の姿を見た青年は静かに笑った。

 

 

「……ま、なるようになればいいさ」

 

 

 まだ見ぬ先の話をあれこれ考えていても仕方が無い。強張っていた肩の力を抜いた青年は、手を振るヲ級に手を振り替えした。

 これから訪れる出会いの数々が、青年に一体何をもたらすのか。

 

 

「ター」

「アラ、オモシロソウネ」

 

 

 全身黒一色のゴスロリ姿を翻した深海棲艦は笑みを浮かべる。

 

 

「ター」

「ソウ……ナンダ……?」

 

 

 分厚い胸部装甲をたゆん、と揺らした全身白一色の深海棲艦はあまり興味を示さない。

 

 

「ター」

「レー?」

 

 

 そして、あざとさ全開の格好で無邪気に首をかしげる深海棲艦。

 

 青年の受難は、まだまだ終わらない。

 




次回・・・ヌ級、しゃべる

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