艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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着任二十六日目:ちうにびょう 其の一

 叢雲は昼下がりのブイン基地を歩いていた。両手で抱えるのは大きな紙袋。中には青年が使う日用品が入っていた。

 その後ろを歩くのはチ級。彼女も叢雲と同様、両腕で一つ紙袋を抱えている。

 相変わらず周囲からは奇怪な目で見られているが、何度も同じ風に扱われれば流石に慣れる。叢雲はどこ吹く風といった様子で堂々と道を歩いていた。

 そんな叢雲の前に、一人の艦娘の姿が見えた。黒を基調としたセーラー服を身に纏い、クリーム色の長髪を揺らす『その艦娘』。左右が犬耳のようにゆるく尖った前髪と、首に巻いた白いマフラーが特徴的だ。

 

 

「…………」

 

 

 『その艦娘』は俯いたまま叢雲の眼前へと迫った。お前が避けろとは言わないが、少しは避ける素振りを見せろ。少し顔をしかめた叢雲は進路をずらした。

 

 

「キャッ」

 

 

 しかし、避けるには少し遅かった。叢雲と『その艦娘』の肩がぶつかり、その衝撃で紙袋は叢雲の腕の中から零れ落ちてしまった。紙袋の中身はバラバラと地面に散らばった。

 紙袋の中身が歯ブラシ、ちり紙、スポンジなど落としても問題ないものであればよかったのだが、今回は中に割れ物が入っていた。青年の使う湯飲みである。

 仕事中に自分で割ってしまった青年が、買出しのついでに叢雲に買ってくるよう頼んだものだった。

 『青年の命令』という大義名分を手に入れた叢雲は喜々として湯飲みを選んだ。買出しの時間を円グラフにすれば湯飲み選定の時間が右半分を占める程、入念に選び抜いた一品だった。

 それが今、地面の上で粉々の破片となっている。怒りがふつふつと湧き始めた叢雲はぶつかってきた相手を射殺さんばかりの勢いで睨みつけた。

 

 

「…………」

 

 

 それに対し、相手の艦娘は予想外の行動に出た。なんと、手持ちの袋から箱に入った一つの湯飲みを取り出したのだ。

 その湯飲みは全体は青みがかっており所々に薄っすらと白色が混じっている。光沢のある側面は緩やかに波打ち、まるで湯飲み全体が大海原をあらわしているかのようだ。

 相手の艦娘は湯飲みを無言で叢雲に手渡した。予想外の展開に怒りが霧散した叢雲は要領を得ないまま流れで湯飲みを受け取った。

 湯飲みを受け渡した相手の艦娘は叢雲の横を通った。そして通り際、『その艦娘』は口を開いた。

 

 

「お前を殺す」

 

 

 叢雲に衝撃が走った。湯飲みを割られ、新しい湯飲みを渡され、去り際に「殺す」。一体彼女は何がしたいというのだ。

 最初の二項はまだ分かる。自分の不注意で相手の物を壊してしまったのだから、弁償として代わりの品を渡したという流れだろう。しかし、 その後の「お前を殺す」という言葉は何を表しているのか。非礼を詫びる相手に「殺す」などと言う言葉を投げかけることに何の意味があるというのか。

 呆然と佇む叢雲を他所に、『その艦娘』はある一点を見つめていた。それは叢雲の背後、散らばる日用品など目もくれず、「紙袋を持つ」という命令を忠実に実行中のチ級だった。

 

 

「……!『深淵の観測者(ヘルゲートデビル)』。まさか、アナタも……!」

 

 

 そう呟いた『その艦娘』は顔をこわばらせながその場を去っていった。未だに現実に帰還できない叢雲は、その背中をただ眺めることしか出来なかった。

 だがその日以降、叢雲の身におかしな事が起こり始めた。叢雲が外に出かけると、決まって『その艦娘』と遭遇するようになったのだ。

 そして理解の及ばない言葉をつらつらと述べ、最後はニヒルな笑みを浮かべて去ってゆく。叢雲が待ち伏せされていると気付いた頃には、それがお決まりのパターンとなっていた。

 

 

「……はぁ」

 

 

 今日も例に漏れず、『その艦娘』は叢雲の前に現れた。

 叢雲はいい加減うんざりしていた。周囲には人目があったため叫ぶことはしなかったが、それでも静かな声で何度も注意をした叢雲。しかし、相手はその注意に気付かず一方的に絡んでくる。

 一体コイツは何がしたいんだ。何故外出するだけでこんなにもストレスを感じなければならないのか。プライドの高さから何とか声を荒げることだけは避けてきた叢雲だったが、それももう限界だった。

 そろそろきっぱりと言ってやろう。意気込む叢雲は力強く一歩踏み出した。

 

 

「フッ、また会ったわね『冥界奏者(デモンズテイマー)』」

「……いい加減にしなさいよアンタ。これ以上付きまとうならこっちにも考えがあるわよ?」

「そう邪険にしないで。私たちは同じ『拒まれし者(リジェクター)』の力を受け継ぐ者。理から外れた超越者でしょう?」

「二度も言わせないでくれるかしら?いい加減迷惑なのよ!毎回毎回意味不明な事しゃべって、一体アンタは何がしたいっていうの!?」

「……そう、あなたはまだ自分の力に気付いていないのね」

 

 

 『その艦娘』はクリーム色の長髪をかきあげながら、悲しい表情で天を仰いだ。

 話がまったく噛み合っていないことに怒りを覚える叢雲。彼女の理性という名の堤防は決壊寸前だった。激情の荒波が幾度と無く押し寄せ、叢雲の理性を少しずつ削ってゆく。

 手を出したら負けだ。そう何度も自分に言い聞かせ、叢雲は再び口を開こうとした。その時だ。

 

 

「なるほど。最近よく出かけると思ったら、こういうことだったか」

 

 

 『その艦娘』の背後から突然声があがった。ビクッ、と大きく肩を震わせた『その艦娘』は「『邪念波動(オーガソウル)』を感じる……」と謎の言葉を言い残し、早足でその場を去っていった。

 呆然と『その艦娘』の背中を見送った叢雲は、改めて正面を見た。叢雲の正面には二艦の艦娘がいた。

 

 

「ハァ……まさか他所の艦娘に迷惑かけてたなんて……」

「悪いな。もっと早く気付けていればよかったんだが……」

 

 

 ため息をついた艦娘は『その艦娘』と同じ黒色のセーラー服を着ていた。髪の色は濃い茶色だが、よく見ると『その艦娘』と同じように前髪の左右が犬耳のようにゆるく尖っている。彼女の名前は『時雨』と言うそうだ。

 謝罪をした艦娘は白いセーラー服と茶色のマント身に纏い、右目には黒の眼帯をつけ、頭に白い製帽を被っている。彼女の名前は『木曾』と言うそうだ。二人は申し訳なさそうな表情で叢雲に事情を説明し始めた。

 『その艦娘』がおかしくなったのは最近だった。『その艦娘』の名は『夕立』と言い、時雨、木曾と同じ司令部に着任しているそうだ。三艦は最近改装を行いそろって『改ニ』となったが、それから数日後、夕立の態度に変化が現れた。

 まず初めに、夕立は同じ司令部の艦娘たちとの接触を徐々に避けるようになった。同型艦の時雨さえもだ。理由は未だに分かっていない。近づけば「私に近づくな。死にたくなければな」と突き放されてしまうそうだ。

 次に、顔を隠すようになった。常にマフラーで覆い隠される口元と、前髪がかぶさって見えない目元。これによって、夕立の感情を表情から読み取るのは不可能となった。理由を聞くと「いつ奴等に見られているか分からない以上、顔は常に隠さねばならない」と帰ってきたそうだ。

 そして最後に、謎の単語をよく口にするようになった。誰もいない場所で意味不明な独り言を言っている夕立の姿が、彼女の司令部内で何度も目撃されたそうだ。

 改装に何か問題があったのではないのかと事態を重く見た彼女たちの提督が夕立の精密検査を計画するなど騒ぎは大きくなった。そのことで周囲から「提督に心配をかけるな」と指摘され、夕立は一旦はおとなしくなった。

 木曾は夕立の異常な行動に理解を示していた。おそらく、改装されて気分が高揚していたのだろう。戦闘中、跳ね上がった性能に狂喜し味方から怖がられた経験がある木曾は、出来るだけ夕立の側に立って夕立のフォローに回っていた。

 だがその結果、木曾は流れで夕立のお守りを押し付けられてしまった。流石にそこまで面倒を見ようとは思っていなかった木曾だが、命ぜられた以上はやらねばならない。自ら手伝いを買って出た時雨と共に夕立の更正に日々尽力していたのだが、結果はごらんの有様である。

 

 

「そっか。夕立が言ってた同類って君のことだったんだね」

「勝手に同類扱いしないで欲しいわ……」

 

 

 叢雲はちゃんと夕立の手綱を握るよう二艦に文句を言った。時雨と木曾は詰まった返事を返すことしか出来なかった。

 

 

「もっと強く言ったほうがいいのかな……」

「これ以上強くって、もう罵倒以外の何者でもなくなってしまうぞ」

「じゃあ、実力行使で……」

「それは俺が試した。結果は火に油を注ぐだけだったがな。危うくアイツから仲間認定されるところだったぞ」

 

 

 頭を悩ませる時雨と木曾を見ていた叢雲は、二艦にシンパシーを感じていた。何を言っても聞かない奴を相手にする苦労は、叢雲も身に染みて分かっている。

 きっと目の前の二艦も、これまで色々な苦労をしてきたのだろう。叢雲はこれ以上文句を言う気にはなれなかった。

 冥界奏者(デモンズテイマー)叢雲は力なく頭を垂れた。最善を尽くしていた二艦も、自らの努力が報われなかった事実に気を落とす。場には沈黙が訪れた。

 

 

「……手が無いわけじゃないんだ」

 

 

 時雨がぽつりと呟いた。叢雲と木曾は時雨へと視線を向ける。

 

 

「夕立は昔からお化けとか苦手で、怖い話をした後なんかは僕の布団にもぐりこんできたりしたんだ」

「……それが何だって言うのよ?」

「なるほど。ショック療法か」

 

 

 木曾は納得がいったような表情を浮かべた。未だ要領を得ない叢雲に木曾は説明する。

 時雨は夕立の怖がりな性格を利用して、今の夕立を矯正しようと考えたのだ。夕立と言う艦娘の事をよく知らない叢雲はその作戦に疑問を抱く。果たして、その作戦で本当に夕立を矯正することが出来るのかと。

 

 

「でも、これをやると夕立の心を大きき傷つけてしまう。今後の戦闘にも支障がでるかもしれない」

「やるしかないだろ。このまま放置していたら被害は確実に増えるぞ。身内だけならまだしも、他所にまで迷惑をかけるような奴をいつまでも野放しにしておくわけにはいかない」

 

 

 二艦の決意を見守る叢雲は疑問を口に出すことをやめた。

 二艦の決意に水を差すような事をしてはならない。自分に被害が及ばなくなるのであれば何でもいいのだ。別に手段を問う必要は無いだろう。時雨と木曽の成功を祈る叢雲は、二艦に別れの挨拶を告げた。

 

 

「ちょっと待って。まだ話は終わってないよ」

「え?」

「この作戦には、君の協力が必要不可欠なんだ。叢雲さん」

 

 

 夜中に夕立の部屋へと侵入したお化けが寝起きの夕立を襲う。それが時雨の考えた作戦だった。

 しかし、他の艦娘がからかい目的で同じことを何度もやっていたためある程度耐性がついてしまった。時雨は、仮装したお化け程度では今の夕立には効果が薄いだろうと予想した。

 

 

「そこで、君の司令部にいる深海棲艦を貸してもらえないかな?」

「中身はどうあれ、見た目は迫力満点だからな」

「笑えない冗談ね。それでウチの連中が怪我したり、周りに被害が出たらどうするつもりなのかしら?」

「大丈夫だよ。武装は毎晩メンテナンスするから、夜中に武装は触れない。夕立が反撃することはないよ」

「根回しは俺がやっておく。ウチはなんだかんだでお祭り騒ぎが大好きな連中ばかりだ。むしろ喜んで参加するだろうさ」

「で、でも……」

「心配ならお前もついてくればいいだろう?それに、この作戦がうまくいけばお前も付きまとわれることはなくなるんだぜ?」

 

 

 二艦の口撃(こうげき)にぐぬぬ、と顔を歪ませる叢雲。厄介ごとに自分から首を突っ込むのはごめんだが、この作戦が後の被害を回避する可能性を秘めているのも事実だ。

 ただでさえ深海棲艦のお守りで手一杯だというのに、そこへ他所からの干渉が加わればいよいよ手が回らなくなる。以前に司令部を半壊させた要因である『青葉』がいい例だ。

 今はまだ道端で声をかけられる程度で済んでいるが、それが司令部への来訪へと変化すればどうなるか。司令部の崩壊よりも先に、青年か叢雲のどちらかが心労で倒れることになるだろう。

 だが、それらは全て可能性の話だ。もしかしたら他のやり方で夕立を矯正できるかもしれないし、思った以上に被害は甚大なものとならないかもしれない。

 

 

「……とりあえず、提督と相談したほうがよさそうね」

 

 

 今回の作戦を独断で決めるのはマズいと踏んだ叢雲は、一度司令部に帰って青年と相談することにした。時雨と木曾も自分たちの提督と相談するため司令部へと戻っていった。

 司令部に戻った叢雲は早速青年に相談した。青年は時雨の立てた作戦に否定的だった。今回の作戦の舞台が他所の司令部となる以上、何らかの被害が出た場合は青年がその損害を賠償をしなければならなくなってしまう。

 今、青年の司令部は資金も資材も風前の灯だ。青年は出来るだけ余計な出費を出したくなかった。他にもやり方はいくらでもあるはずだ、と青年は叢雲を説得した。

 最初は渋っていた叢雲だったが、青年の必死の説得に少しずつ心が妥協の方向へと傾きつつあった。五艦の深海棲艦の時もそうだった。最初はうっとおしく思っていたが、気付けばそれが普通になっていた。今回の件も、慣れてしまえば何とも思わなくなるのではないのか。叢雲の意思は固まりかけていた。

 その時だ。執務室の電話が鳴った。

 

 

「電話か。叢雲、頼む」

「……自分で出なさいよ」

 

 

 叢雲は文句を言いつつも受話器を取った。電話の相手は一時間ほど前に出会った時雨と木曽の提督だった。

 用件は例の作戦についてだった。応対を終えた叢雲は受話器を置き、青年へと向き直る。

 

 

「何か、向こうはヲ級を一晩貸すならやってもいいって言ってるけど……」

「ならいいや。全力でやってこい」

 

 

 ヲ級に釣られた相手方の提督と、言質を得て手の平を返した青年の判断により、作戦は現実の物となった。

 今から一週間後の夜、マルフタマルマル。夕立の叫び声がブイン基地中に響き渡ることになる。

 




次回・・・ちうにびょう 其のニ

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