艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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麻耶様を解雇するかどうか悩む日々。

追記:少し修正しました。


着任三日目:類は友を呼ぶ

 今、青年はある問題を抱えていた。

 資材の供給が停止してからというもの、資材不足に頭を悩ませていた青年だったが、つい最近になって火の車状態だった資材残量に大打撃を与える存在が現れたのだ。

 

 重雷装巡洋艦『チ級』。

 

 元々は叢雲が資材の足しにと持ち帰ったチ級の残骸が、時間経過により回復し活動を再開したのがすべての始まりだ。

 弱り果てた小さな命が、必死に生きようとするあのか弱いしぐさ。それに心を打たれてついつい手を差し伸べてしまった経験がないだろうか?

 その行動が最後まで面倒を見ることを前提としたものなら問題はないのだが、ただ「かわいそうだから」という理由だけで後先考えずに手を差し伸べてしまう者もいる。

 

 

 「チ……」

 「……これで最後だからな」

 

 

 この青年も後先考えなかった者の一人である。

 弱りきったチ級が必死に鋼材を口にする様や、不気味な姿とは裏腹に従順に言うことを聞くというギャップが青年の心を鷲づかみにした。

 そこへ帰ってきた作業員たち。最初は不気味がっていた彼らだったが、提督である青年が親身に接する姿を見て警戒を緩めてしまった。そしてすぐさま心を鷲づかみにされ、野郎総出で傷ついたチ級を猫かわいがりしてしまったのだ。

 その結果が今の現状である。いつの間にか完全回復したチ級は青年の後ろをぴったりとついてまわり、何かと餌を要求してくるようになった。もちろん、今所持している貴重な資材をこれ以上消費するわけにはいかないと青年はチ級の要望を拒否するのだが、いかんせん言葉が通じないためか意思の疎通がうまくいかない。

 

 そこへ現れたのがネゴシエイター叢雲だ。

 

 深海棲艦の言葉をわずかではあるが理解できた叢雲は、情け容赦ないチ級に現状を理解してもらおうと説得を行う。しかし、お互いの常識の相違が説得を難航させた。

 

 叢雲が「むやみに鋼材を食べてはいけない」と言えば、チ級は「ムヤミモタベル?」と返す。「いっぱい食べるな」と言えば「イッパイタベタイ」と返す。「食うな!」と言えば「オイシイ」と返す。

 

 延々と続く間の抜けたやり取り。叢雲はあまり寛容深い性格ではない。彼女のイライラが限界に達するまでに時間はかからなかった。

 口で言ってダメら手を出すのみ。叢雲はついに実力行使に出ることにした。

 

 

 「そんなに食いたけりゃ、自分で取ってきなさいよ!」

 

 

 身軽な跳躍を見せる叢雲。空中で体をぐるりとひねり、目の前にいるチ級に向かってローリングソバットをぶちかます。

 叢雲の攻撃をもろに受けたチ級の体は、まるで風にとばされた紙切れのように宙を舞う。重力に引かれて地面に落下した後も勢いは衰えることなく、チ級は舗装された地面を二転、三転し、そのまま海へと落ちていった。

 本当なら自慢の三連装魚雷もおまけでぶち込んでやりたいところだったが、後ろで見ている青年が気を悪くするかもしれないと考えた叢雲は、追撃することなくその場を後にした。

 まだ波紋が残る海面を青年は少し寂しそうな顔で眺めるが、このまま資材を食い尽くされるよりはマシだと気持ちを切り替え、青年は司令部へと消えていく叢雲の背中を追いかけた。

 

 この日、チ級が青年の司令部に戻ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を、夢を見ていたんです。とても楽しく、穏やかで、平和な夢を。

 

 

 「HEY提督ぅ!ティータイムご一緒しませんカー?」

 「金剛か。この仕事が終わるまでちょっと待っててくれ」

 「んもぅ、早く終わらせくださいヨー!」

 「ダメですよ金剛さん。提督は今忙しいんですから」

 

 

 出鼻をくじかれてふてくされた『金剛』は執務室に置かれた上質なソファーに腰掛け、一足先に一人でティータイムを始めた。頭に手を当て「やれやれ」と小さくため息をこぼした秘書艦の『赤城』は、ティーセットを机に並べ始めた金剛に近づき注意を促すが、金剛本人は聞く耳持たずの様子。

 このやり取りを見るの何度目だろうか、と青年は筆を止めて目の前にいる二人の艦娘を眺める。

 いつも真面目でちょっとドジな所がある食いしん坊の赤城。青年の部隊に配属された初めての正規空母。書類整理で困ったときも、艦娘同士が喧嘩をしたときも、戦闘中逆境に立たされたときも、いつ何時でも青年を支え続けた有能な秘書艦。

 底抜けに明るくて諦めの悪い紅茶が大好きな金剛。情に厚く、困っている艦娘の相談によく乗っていた。そのおかげか、まだ配属されてからの時間は浅いにも関わらず周りからの信頼は厚い。

 

 

 「よーし終わった。それじゃあ休憩にしようか」

 「待ってましター!」

 「……提督は少し金剛さんに甘くありませんか?」

 

 

 金剛の誘いを受けた提督を見た赤城はわずかに顔を歪ませた。

 自分の言うことには乗り気じゃないのに対して、金剛の言葉には素直に応答する。確かに仕事の話とお茶の話ではお茶の話のほうが気は進むだろうが、それでもこれはあからさますぎではないだろうか。赤城は付き合いの長い自分の言葉よりも金剛の言葉にいい反応を示す青年を見てむくれていた。

 その様子をばっちり目撃した金剛。これはいいおもちゃを見つけたと、金剛はニヤニヤしながらむくれる赤城に向かって声をかけた。

 

 

 「あっれー?赤城サーン、どうしてそんなに怒っているのですカー?もしかして、提督を取られちゃったから拗ねてるんですカー?」

 「なっ!?べ、別に拗ねてなんかいません!」

 「だったらぁ、私がこうやって提督を独り占めしちゃっても文句はないわけですネー?」

 「こ、金剛!?」

 

 

 意地悪な笑みを見せた金剛は反対側のソファーに腰掛けた青年の左隣に移動し、青年の左腕に抱きつき頬ずりをはじめた。

 突然の行動に動揺する青年だったが、まんざらでもないのか顔を真っ赤にさせたまま止めようとするしぐさを見せない。それがさらに赤城の感情を逆撫でした。

 デレデレする提督に喝を入れようと赤城が一歩前に踏み出す。しかし、次の瞬間、そこへ新たなる刺客が乱入してきた。

 

 

 「戻ったぞ提督ー。任務は無事成功……って、何やってんだテメェら!!」

 「あらあら、天龍ちゃんってば、すごい変わり様」

 

 

 遠征に出ていた龍田、天龍率いる第三部隊が帰投したのだ。

 金剛が青年に頬ずりする様を目撃した天龍は、遠征の疲れなど感じさせない勢いで青年に掴みかかった。

 

 

 「どういうことだ!?どういうことだテメェ!何でこんなぽっと出の新入りなんかにそそのかされてんだよ!?」

 「待て待て待て待て!誤解だ!お前の考えているような関係じゃないから!」

 「そんなぁ!あれだけ激しく迫ってきておいて、他の女の前ではそんな事を言うんですカ!?」

 「っ!!……テメェ、覚悟はできてんだろうな?」

 「だから違うんだって!」

 

 

 青年の胸ぐらを掴み今にも殴りかかりそうな天龍。その様子を後ろから眺めニコニコする龍田。相変わらず青年の隣から離れようとしない金剛。青年と天龍の仲裁に入りながらも、ちゃかり青年の右腕に自分の腕を絡めている赤城。

 

 太陽の暖かな日差しが差し込む司令室に怒号と笑い声響き渡る。

 今日も青年の周りは騒がしい――――

 

 

 

 

 

 ゆさゆさ。

 

 

 (誰だろう。誰かが体をゆすっている。それに何だろう。お腹の辺りがやけに重い)

 

 

 青年は自分の見ている風景に違和感を覚えた。おかしい、体を触っているのは目の前の天龍と左隣の金剛と右側の赤城だけで、お腹は誰にも触られていない。それに、天龍に揺さぶられている割には視界がまったく揺れていない。目の前の風景とは明らかに矛盾した感触が青年の思考を加速させる。

 そして青年は気づいた。そうか、これは夢か。目の前で泣きそうな顔をしながら掴みかかっている天龍、その後ろでころころと笑う龍田、左腕に抱きつく金剛、仲裁に入ってくる赤城、全て夢なんだ。青年が全てを理解した瞬間、彼の視界は徐々に暗転していった。

 真っ暗な視界の中、胴体を覆う布団の感覚だけが青年の体に戻っていく。そりゃそうだ、まだ着任して六日目なのにあんな戦力を保持しているわけが無い。

 でもいつか、ああいう風に出会った艦娘たちと少し騒がしい日常をおくれたらいいな。青年はこれからの出会いに希望を抱きながら、重たい瞼をゆっくりと開いた。

 

 

 「チ……」

 

 

 想像して欲しい。目を覚まし瞼を開けたら、眼前二十センチメートル先に左目と口しかないのっぺらぼうの顔。この不意打ちがどれだけの破壊力を持っているかを。

 

 

 「亜qswでfrtgyふじこlp;@:」

 

 

 青年の心臓はどくん!と大きく跳ね上がった。全身から汗を噴き出しながら声にもならない絶叫を上げた青年は、突然現れた謎の恐怖から少しでも遠ざかろうと被っていた布団を跳ね除け畳の上をゴロゴロと転げ回りながら壁際まで移動した。

 はあはあ、と肩で息をする青年は壁に背中を預け、自分の眼前にいた相手が誰なのかを確認した。

 

 

「チ……」

「はあ、はあ……何だ、お前か……」

 

 

 青年を起こしていたのは、昨日叢雲に海に突き落とされたチ級だった。見覚えのある顔を確認した青年は一度大きく深呼吸し、ようやく落ち着きを取り戻す。そしてもう一度チ級に視線を向けた。……ちょっと待て。冷静さを取り戻した青年は視線の先にある光景に違和感を覚えた。

 まったく手入れをされていないぼさぼさのショートカットの髪、彼女が艦娘であることを物語る両腕に装備された巨大な魚雷発射管、怪しげに光を放つ左目。そして、他のチ級型と区別するために作業員に描かせた左肩の真っ赤な丸印。青年は、目の前にいる深海棲艦が自分になついているチ級で間違いないと認識した。

 おかしいのはここからだ。

 

 

 「ヌゥ」

 

 

 そのチ級の右隣に、見覚えの無い物体が鎮座しているのだ。

 謎の物体が突然発した声に少し動揺する青年。チ級の隣にある物は一体何なんだ。青年はかすんだ目で謎の物体を凝視する。

 規則性の見られない無差別に配置された砲台。両脇からはみ出るはがれた鉄板のような出っ張り。前面に並んだ歯のような白い模様。青年は寝ぼけた頭で自分の記憶を辿る。しかし、そのような物体を室内に配置した記憶は存在しなかった。

 

 

 「ヌゥ」

 「っ!?」

 

 

 再び驚愕する青年。声を発する謎の塊から若干青みがかった人の手が飛び出してきたのだ。しかし、それだけではない。青年が若干視線を下へ向けると、謎の塊からは人間の足のようなものまで生えている。

 

 

 「っ!!……ま、まさか……」

 

 

 ここにきてようやくまともに活動を始めた青年の脳が答えをはじき出した。

 確かに青年はチ級の隣にある手足の生えた謎の物体を室内に配置した覚えはない。しかし、その謎の物体と同じものを資料で見たことがあった。

 

 深海棲艦の一種『軽空母』、通称『ヌ級』。

 

 チ級と同様、提督たちと敵対関係にある深海棲艦がどういうわけか増えているのだ。

 

 

 「チ……」

 

 

 チ級はまだ事情を飲み込めていない青年の事などお構いなしに、左手に装備された巨大な魚雷発射管で青年の右手をゆっくりつつく。これはチ級が青年に鋼材をねだるときのサインだ。

 しかし、青年の右手をつつくと同時に、チ級は右手に装備された魚雷発射管で隣にいるヌ級をこん、こん、とつついている。右手のしぐさは初めて見る青年だったが、それが何を意味するのかを何故かはっきりと理解できた。

 

 

 (あぁ……そいつに飯をやれと……言っているのか)

 

 

 チ級がヌ級を連れて来た理由。それはとても単純なものだった。

 昨日、叢雲に海に突き落とされたチ級は、叢雲に言われたとおり自分で鋼材を探しに海を放浪していた。鋼材の取れる岩場をはしごして、ようやくお腹一杯になったところで再び青年のいる司令部へと戻ろうとしたその時、彼女の視界にあるものが飛び込んできた。

 

 

 「……ヌゥ……」

 

 

 なんと、大破した状態のヌ級が岩場に引っかかっていたのだ。

 少し前まで他の艦隊と激戦を繰り広げていたヌ級。相手の艦隊が追撃をしてこなかったため何とか一命は取り留めたものの、すでに艦艇としての能力を維持するだけで精一杯のヌ級。波に流されるがままたどり着いた岩場に『偶然』いたのが、食事にやってきたチ級だったのだ。

 事情を聞いたチ級は何とかヌ級型を助けようとするが、この海域ではヌ級の主食である『ボーキサイト』はほとんど取れない。体力の限界が近いヌ級が沈むのはもはや時間の問題だった。

 早く何とかしないと。チ級はヌ級を助ける手立てを考えた。

 

 そこでチ級の頭に浮かんだのは、自分を助けてくれた命の恩人の顔だった。

 

 チ級は両腕の魚雷発射管の上にヌ級を乗せ、一晩かけて青年のいる司令部へと向かった。『偶然』他の艦隊と出会わなかった二艦は、正面入り口から堂々と司令部内へ進入。司令部内を巡回している警備員の目を『偶然』かいくぐり、青年の自室がある執務室に無事到着。奥の自室で寝ている青年を発見し現在に至るというわけだ。

 

 つんつん、と青年の右手をつつき続けるチ級と、後ろでもじもじしているヌ級。その様子を見て、青年は思わず言葉を漏らした。

 

 

 「……こんな出会い、望んでないんだけど……」

 

 

 青年が望んだ出会った艦娘たちとの少し騒がしい日常。新たな仲間『ヌ級』と出会い、青年はその夢に一歩近づいた。いや、近づいてしまった。

 これから青年は嫌というほど経験することになる。自分の望んでいた以上に騒がしい日常を。

 




次回・・・ヲっ。

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