艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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艦これアニメ始まりましたね。


着任二十八日目:那珂ちゃんリターンズ!?

 

 始まりは、提督同士の他愛もない世間話だった。

 

「ベタかもしれないけど、やっぱり俺は金剛かな。あの提督ラブな感じがいい」

「バッカお前、一番は加賀さんだろ。あのクールな無表情から繰り出される冷徹な視線。ゾクゾクするねぇ」

「どう考えても愛宕しかありえない。あの立派な胸部装甲。男だったら誰だって食いつくはずだ」

 

 この手の話題は酒の肴としてたびたび上がってくる。艦娘の姿は少女や女性そのものだ。たとえ兵器であったとしても、彼女たちの容姿格好は男性提督の目を引くに十分だった。

 もちろん、表立って口にするような馬鹿な真似はしない。そんなことをすれば、自分の率いる艦娘全艦から白い目を向けられることになってしまう。これはあくまで酒の肴。公務の場では絶対に口にしないことが暗黙のルールだった。

 しかし、人の口に戸は立てられない。裏でひっそりと語られていたこの話題は徐々に表面化していった。

 最初は不快に思われていたこの話題。しかし、慣れとは怖いもので、その話題が深く浸透し当たり前のようになると誰も文句を言わなくなった。むしろ、その話題を前面に押し出し自分の優等っぷりをアピールする艦娘まで現れだした。

 

 その艦娘は自分の事を『アイドル』と称し、艦娘の間で大きな波紋を呼んだ。

 

 そして、対抗意識の強い一部の艦娘が新たに名乗りをあげ、それに釣られるようにして他の艦娘たちも名乗りを上げる。

 しかもこの時、軍は人材不足に頭を悩ませていた。この騒ぎに便乗し多くの人材を引き入れようと考えた軍のアイドルを容認する方針が流れを後押し。艦娘アイドルの数は爆発的に増加した。

 『海』の平和を守る艦娘であるにも関わらず、『陸』で活動することを許された特別部隊。それが『艦娘アイドル』の始まりだった。

 最初は一致団結し軍の命令どおり行動していた艦娘アイドルたち。しかし、その団結はある人物たちのよってすぐに破壊される。

 

 アイドルにとっては切っても切り離せない存在。『ファン』である。

 

 特定の艦娘を応援する者たちによる誹謗中傷、ファンの間で行われる勝手なランク付け。それが艦娘アイドル軍団の団結にひびを入れたのだ。

 その後、深海棲艦は一匹残らず駆逐され海に平和が戻るが、すでに一つのジャンルとして確立し、商業の一部として組み込まれた艦娘アイドルは消えることなく残り続けた。

 本来の目的である深海棲艦の撲滅が達成された今、もはや馴れ合う必要も無い。特殊部隊から一人、また一人と独立していく艦娘アイドル。気がつけば、世には数多の艦娘アイドルが誕生していた。

 そして、現在。

 

「な、なんだよお前ら!ジロジロ見てんじゃねえぞ!」

「落ち着いて天龍ちゃん。これもファンサービスなんだから。でも、おさわりは厳禁よぉ?」

 

 街中にて、ファンに声をかけられた軽巡洋艦姉妹がいた。

 

「毎回毎回、よく来るな……」

「あら、あらあら」

 

 とある事務所にて、ダンボールで運ばれてきた大量のファンレターを見る戦艦姉妹がいた。

 

「うふふ、この衣装なんていいんじゃない?ちょっと胸がキツイけど」

「……馬鹿めと言って差し上げますわ」

 

 鏡の前で露出度の高い派手な衣装を纏う重巡洋艦がいた。

 それぞれが来るべき決戦の日に備える。アイドルの頂点を目指す戦いの舞台はすぐそこだ。全てを魅了し、全てを手に入れた艦に送られる最強の称号をかけて、アイドルたちは自分を磨き続ける。

 

 世はまさに、アイドル戦国時代。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘ヒロインズマスター選手権。通称『艦マス』。一年に一度行われる、百近くある艦娘アイドルユニットの頂点を決めるアイドルの祭典である。

 しかも、この艦マスにはとあるジンクスがある。いうなれば、それはシンデレラの魔法。優勝したユニットは一年間不動の地位が約束されるといわれ、現にこれまで優勝してきたユニットは売れに売れまくり、今では艦娘アイドル業界の大御所にまで成長している。

 そんな大舞台に立てるのは選ばれし艦娘のみ。いくつもの審査、予選をくぐりぬけた実力艦だけが舞台に立つことを許されるのだ。

 

「今度こそ、今度こそ絶対優勝してやるんだから!」

 

 一人静かな控え室で、少女は何度も自分に言い聞かせる。煌びやかな衣装を身に纏い、鏡の前で何度も容姿をチェックする少女はこれから大舞台へと上がるのだ。

 少女の名前は『那珂』。艦娘アイドルに命を賭ける艦娘だ。特殊部隊結成時代から艦娘アイドルを続ける艦娘アイドル界の古参であり、艦マスの常連でもある彼女はいつにも増して燃え上がっていた。

 理由は二つある。まず一つ目、彼女は艦マスが始まって以来一度も優勝できていない。改装を繰り返し『改ニ』となってからも結果は同じだった。いつも惜しいところまでいくが、決勝の舞台まで上がったことは一度もなかった。

 そして二つ目、彼女が燃えている理由は主にこちらが原因である。彼女には、絶対に勝たなければならない相手がいるのだ。いや、彼女だけではない。おそらく、この艦マスに出場するどの艦娘も同じ思いだろう。

 

 艦娘アイドル界に衝撃をもたらした超新星。空母ヲ級。

 

 深海棲艦であるにも関わらず、昨年の艦マスで異例の優勝を飾った艦娘アイドル界の異端児である。

 ヲ級は一夜にしてトップアイドルの仲間入りを果たした。この一年でヲ級の名は知名度は急激に上昇。今では艦マスファンが何の疑問を持つことなく熱狂する一流アイドルとなった。

 いくら優勝しようが深海棲艦であることに代わりはない。どうせすぐに迫害されて消えていくだろうと思っていた艦娘アイドルたちは、世間が自分たちの思っていた方向とは間逆に動いたことに焦りを感じた。

 何故駆逐された深海棲艦がいるのか、何故誰も疑問を持たずに深海棲艦を受け入れているのか。艦娘たちは抗議した。深海棲艦のヲ級を今すぐ撃滅するべきだと。

 

「魅力では勝てないから力ずくで倒そうってか?艦娘アイドルってその程度なの?」

 

 業界人の挑発的な一言が、艦娘アイドルたちに火をつけた。

 おのれ深海棲艦、海だけでなく陸までも侵略するつもりか。そうはさせまいと立ち上がった艦娘アイドルは、より一層アイドルとしての活動に力を入れた。

 那珂も例外ではない。初戦でヲ級とぶつかり、訳の分からないまま初戦敗退を喫した苦い記憶。それをバネに一年間自分を磨き続けてきた。

 そして今日が、その日々の努力を余すことなく発揮する時だ。帰らぬ艦となった姉二人に吉報を届けるべく、昨年の雪辱を晴らすべく、那珂は一人舞台へと上がる。

 

「那珂さん、スタンバイお願いします」

「はい!」

 

 ついに、決戦の火蓋が気って落とされた。一回戦、那珂が対戦するのは『スズクマ』。同じ最上型である『鈴谷』と『熊野』によって構成された期待の大型新人ユニットである。

 

「ま、鈴谷にかかれば優勝なんてヨユーでしょ」

「ふふ。私(わたくし)の実力、とくとご覧遊ばせ」

 

 先攻はスズクマだ。さすがは期待の大型新人と呼ばれるだけあって、二艦の実力はとても高かった。

 キレのあるダンス、力強い歌声、どれをとっても一流のアイドルに引けをとらない。舞台の上を縦横無尽に動きながら歌を奏でる二艦の姿は、さながらヴァイオリンとチェロの二重奏。

 初出場とは思えないほどの完成度を見せ付けたスズクマは会場の観客たちから大きな拍手を受けた。

 

(確かに出来は良いね。でも残念、それだけじゃ一流のアイドルにはなれないなぁ)

 

 完成度を素直に認める反面、那珂はスズクマに足りないものを一目で見抜いていた。

 

「皆、準備はいい?それじゃあいっくよぉー!」

 

 確かに、観客に喜んでもらえるようなパフォーマンスを披露するもの大事だ。しかし、ここはアイドルのライブ会場であって、オーケストラの演奏会ではない。会場は盛り上がるだろうが、それで会場が熱狂することはない。

 会場という名の国の頂点に君臨する女王が、観客という名の民に独裁を強いてはならないのだ。独りよがりなパフォーマンスでは、会場は真の意味で盛り上がらない。アイドルと観客が一体となることで、初めて会場は熱狂の渦に包まれるのである。

 自分たちの最高のパフォーマンスを会場に見せたスズクマと、自分の最高のパフォーマンスで会場を魅せた那珂。その差が明暗を分けた。

 

「勝者、那珂!」

 

 無事、次へと駒を進めた那珂。二回戦、三回戦も難なく突破し、いよいよ準々決勝が始まる。相手は那珂の弟子でありライバルである『ワンエアロウォーズ』だ。

 

「一航戦赤城、出ます!」

「一航戦、出撃します」

 

 艦娘アイドルというジャンルが出来る前から一部で熱狂的なファンが着いていた『加賀』と、見た目からは想像もできない程の大食らいという強烈なキャラクターを持つ『赤城』。

 常に最前線で戦い続けた二艦は、深海棲艦が駆逐された後に周囲からの強い要望の声を受けてアイドルとなった。その際に、二艦にアイドルとしての心得を授けたのか那珂だったのだ。

 那珂の教えを受け継ぎ立派なアイドルとして成長したワンエアロウォーズは、今では周囲から一目を置かれるほどにまでなった。油断をしていたら一気に食われる。より一層気を引き締めた那珂は舞台に上がった。

 先攻はワンエアロウォーズ。那珂の教え子だけあって、加賀と赤城は会場の空気をすぐに掴み支配する。

 既に一流アイドルの仲間入りを果たしている加賀と赤城だ。歌と踊りと空気、すべてがかっちりと噛み合い流れに淀みがまったく見えない。会場は割れんばかりの大きな歓声に包まれた。

 

「くっ……」

 

 ワンエアロウォーズから発せられるアイドルオーラが那珂に襲い掛かる。突然の強風に晒されたかのような錯覚を受けた那珂は思わず顔を腕で覆った。

 逞しく成長した弟子たちにうれしさを覚える反面、強敵として自分の前に立ちはだかる二艦のライバルに那珂は震える。

 

(でも、私は負けないよ!)

 

 後攻、那珂は序盤からハイペースで会場を盛り上げた。先攻の出来がよければよいほど、後攻の出来の悪さは余計に目に付いてしまう。

 実力差がほぼ互角の相手を出し抜くには、多少の無理もやむをえない。ペース配分を無視した全力全開。全力百二十パーセント出力で舞台を駆け回る那珂。会場は大いに沸き立った。本来ならば決勝でしか見れない最上級のパフォーマンスが目の前で展開されているのだ。艦娘アイドルファンならば興奮しないわけがない。

 しかし、そんな那珂の行動に一抹の不安を抱く者がいた。

 

(那珂ちゃん……それはちょっと飛ばしすぎだ。それじゃあ最後までもたないぞ……!)

 

 那珂ちゃん親衛隊の長を務める『田中』三十五歳だ。長年アイドル那珂を追いかけ続けてきた彼の目は、那珂の無理を一瞬で見抜いていた。

 

(普段よりも体の伸びが若干大きい……!歩幅や回転の速度も僅かだが異なる……!手足の反りがいつもより過剰だ……!確かにそのパフォーマンスで会場を沸かせることが出来るだろう……しかし!それを見せるにはまだ早すぎる!)

 

 田中だけではない。同じステージに立っていた赤城、加賀の二艦も那珂から発せられるアイドルオーラを肌で感じ取り、那珂が無理をしていることを察した。

 

「クッ……この圧力は……!」

「那珂さん……それで私たちに勝つことが出来てもその後は……!」

 

 アイドルの師匠だった那珂が自分たちを全力で倒しにきてくれている。弟子として、これほど喜ばしいことはない。赤城たちからすれば、それは師匠に認められたようなものなのだから。

 だが、その半面で自分たちに全力を出した性で後の戦いに支障が出てしまうのではないかという不安もあった。もしそうなれば、私たちは彼女のどう申し開きをすればいいのだろうか。

 

(……答えはわかっています。あなたはきっと、私たちの謝罪など受け取らないでしょう)

(「観客に百パーセントの那珂ちゃんを届けられなかった自分のせいだ」と、自分の未熟さを恥じる。あなたはそういうアイドルでしたね)

 

 この時点で、ワンエアロウォーズは自分たちの敗北を悟っていた。アイドルとしての年季の差が、培ってきたバックボーンの太さが土壇場に来て大きな差を生んだのだ。

 結局、那珂はハイペースを維持したまま最後までやりとげた。彼女の額にはライブの終盤、クライマックスのパフォーマンスをやり遂げた後のよう大粒の汗がいくつも浮かび、汗に濡れた髪が額にいくつも張り付いている。

 

「完敗です」

「私たちも、まだまだ精進が足りないようですね」

「ふふん!まだまだ弟子に負けたりしないんだから!」

 

 両者は舞台裏で硬い握手を交わしその場で別れた。そして、ワンエアロウォーズの姿が見えなくなったのを確認した那珂はその場に崩れ落ちた。

 弟子の前では見栄を張って平気なフリをしていたが、那珂の体は既に限界寸前だったのだ。慌てて駆け寄ったスタッフたちに抱えられ、那珂は自分の控え室へと戻った。

 準決勝の前には一時間の休憩が挟まれる。全身の汗を拭き取り衣装を着替えた那珂は、十秒チャージ二時間キープの栄養ゼリーを一気に飲み干し机に突っ伏し眠りに落ちた。目が覚めれば動ける体になっている、そう自分に言い聞かせながら。

 

「会場の皆さん、お待たせいたしました!いよいよ準決勝の始まりです!」

 

 そして一時間後、ある程度回復し那珂はステージに上がった。流石に一時間では疲れが抜けきれず、那珂の動きは若干鈍い。それを田中は一目で見抜いていた。

 那珂がステージに上がった後、那珂の対戦相手もステージへと姿を現す。次の瞬間、会場からはひときわ大きな歓声が上がった。

 

「YEAH!決勝に進むのは私たちネ!」

「行きましょう、お姉様!」

「さあ、やりますよ!」

「参ります!」

 

 那珂が今回の大会で初めてぶつかる各上の相手。ヲ級が登場する以前まで、艦娘アイドル界の頂点に君臨し続けてきた姉妹戦艦ユニット『金剛シスターズ』である。

 加賀と同様、艦娘アイドル発足前から提督たちの間で絶大な人気を誇っていた『金剛』を筆頭に、姉ラブ元気キャラの『比叡』、眼鏡の『霧島』、従順妹キャラの『榛名』の計四艦で結成されたユニットだ。四艦とも那珂と同じ『改ニ』の艦娘であり、那珂の優勝を何度も阻んできた相手である。

 改ニという超高スペックの船体から繰り出されるダンスは歌に込められた喜怒哀楽を正確かつ壮大に表現し、また歌声の方も力強い歌い方から繊細な歌い方までありとあらゆるジャンルの曲を見事に歌いこなす。

 全方位死角無し。前回の艦マスでヲ級に敗北するまでは、本当に一度も敗北を味わったことがなかったレジェンド級アイドルなのだ。

 

「それジャ、今度も張り切っていっちゃうヨー!」

 

 金剛シスターズのステージが開始された。開始早々から会場は一気に沸き立つ。その盛り上がりの速度はワンエアロウォーズの比ではない。那珂ですら、これほどの速さで会場を沸かせるのは至難の業だ。

 

「ぐっ……ぅあ!?」

 

 金剛シスターズの放つ強烈なアイドルオーラが波動となって那珂を襲う。那珂の体を突き抜けたオーラの波が、那珂の腹部に強烈な打撃を受けたかのような鈍い痛みを与えた。本調子ではない彼女の体に、この鋭く重いアイドルオーラはいささか苦だった。

 さすがは歴代最強の艦娘アイドル、一筋縄では行かない。本調子ではない体で、一体どこまで戦えるのか。まだ自分の番が回ってきていないにも関わらず、那珂の額には汗が浮き出ていた。

 

「まだまだいくネ!」

 

 今度は濃厚なオーラの嵐が那珂の全身を覆いつくす。まるで強制的に深い海の底に連れてこられたかのような強い圧迫感。息も録に出来ない那珂は思わずその場で膝を突いた。

 

(これが王者の貫禄ってやつ……?上等!)

 

 自らを奮い立たせ、気力で立ち上がる那珂。

 アイドルある以上、ファンの前で足を止めるわけにはいかない。会場に来てくれたファンの皆に百二十パーセントの那珂ちゃんを届けるために。そして、去年の雪辱を晴らし深海棲艦を王座から引き摺り下ろすために。

 那珂は無理を承知でステージに挑んだ。

 

(やはりダメか……!)

 

 田中の抱いていた不安は的中した。最初と比べて、那珂のダンスから明らかにキレがなくなっている。そして歌声も二割ほど小さい。無理をしているのが一目で分かる。

 那珂の追っかけを十年続けてきた田中でも、これほどまでに苦しそうに踊る那珂を見たのは初めてだった。戦況は絶望的。会場にいる誰もが那珂の敗北を察していることだろう。

 

「頑張れー!那珂ちゃーん!」

 

 だからこそ、田中は命一杯声を張り上げる。たとえ会場にいる全員が敵に回ろうとも、那珂が踊り続ける限り彼女を応援する。彼女の歌と踊りを初めて目の当たりにしたあの日、田中はそう誓ったのだ。

 

「ヴォオオオオ!負けるなナガぢぁああああーん”!!」

 

 田中は目から零れ落ちる涙を拭うことも忘れ、ただひたすら叫び続けた。ステージで踊る彼女へのエールを。何があっても私はあなたの味方であり続けると、思いを乗せて。

 そして、ファンの期待に答えてこそ一流のアイドル。会場にいる誰か一人でも自分の姿を見てくれているなら、それだけで彼女は戦える。その声援か彼女の力となり、那珂の奥底に眠っている力を引き出すのだ。

 

「What's!?」

「そんな!?」

「私の分析では、こんなことありえない!」

「綺麗……」

 

 これこそが、艦娘アイドル那珂の最終形態。一年に一度しか使えないという制約を超えて、今、彼女の真の力が顕現した。

 

「あれは……『クリスマスフォーム』!!」

 

 再構成された真紅の衣装に身を包み、ふわりとステージに降り立った一艦の天使。その姿は見る者全てを魅了し、引き付け、虜にする。対戦相手である金剛シスターズですら、言葉を失い那珂の姿に見蕩れていた。

 突如、会場に氷の結晶が舞う。事前の打ち合わせでセットされていた小道具ではない。それは、一人のファンと一人のアイドルが生み出した本当の奇跡。

 どこからともなくかかり始めたバックミュージックと共に那珂は歌いだす。会場を突き抜ける那珂の情熱が、会場にいる四万人の観客の心に火をつけた。もう沸き立つどころではない。観客全員が一体となり、会場全体が燃え上がるような勢いで盛り上がった。

 そして、那珂の歌声が途切れると同時に会場は大きな、とても大きな歓声に包まれた。対戦相手であった金剛シスターズまでもが那珂に対して拍手を送り、那珂の勝利を心から祝福した。

 

「さあ皆さん、いよいよこの時がやってまいりました!艦娘ヒロインズマスター選手権、いよいよ決勝です!」

 

 司会の合図と共にステージの照明が落ちる。その後、ステージの中央がスポットライトで照らされた。

 プシュー、と音をたてて立ち上るスモークと、壮大な入場音楽と共に開く幕。スモークに映し出された独特のシルエットが、会場にいる観客の動揺を誘った。

 

「ヲっ」

 

 前回艦マスチャンピオン『ヲ級』、満を持して光臨。次の瞬間、会場の観客全員が一斉に叫んだ。

 

「ヲぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ヲぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ヲぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ヲぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 那珂の最終形態であるクリスマスフォームの支配を一瞬で塗り替えるほどの求心力。初出場にして金剛シスターズの不敗神話を破ったヲ級の底知れぬ力。これがチャンピオンの実力だ。那珂の頬を冷や汗が伝った。

 先攻はヲ級だった。ヲ級のパフォーマンス、それは那珂にとって悪夢の再現でもある。

 

「ヲっ」

「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

「キェアアアアアアアアアアアアアア!!」

「イェアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 これこそがヲ級の持つ才気。たった一言で、全ての観客を虜にしてしまう。まさに鶴の一声と言っても過言ではない。これを初めて見た那珂は、何が起こったのかわからないまま実力の半分も出せずに敗北したのだ。

 しかし、今回はヲ級の戦術が事前に頭に入っている。今の那珂にとって、この展開も想定の範囲内。那珂は動揺することなくヲ級のパフォーマンスに目を向けていた。

 那珂はこの一年でヲ級の戦略を分析した。そして分かった事は、ヲ級は「ヲっ」という以外の武器を持っていないということだった。「ヲっ」とはヲ級のもつ最大の武器であると同時に、最大の弱点でもあったのだ。

 いくら一撃が重くとも、何度も使われれば威力が落ちる。時代の流行やインパクトに対する慣れ、そして繰り返しネタの宿命である相手側の飽き。この一年でヲ級の「ヲっ」と言う言葉は多く使われすぎた。それこそ流行語大賞に選ばれるほどに。

 そして、その影響は今のステージに大きく響いている。現に今、那珂はヲ級に対してまったく恐れを抱いていなかった。去年味わった理不尽なまでの実力差はもうどこにもない。クリスマスフォームを開放した今の自分ならば、ヲ級を倒すことなど造作もないことだ。内心、那珂は勝利を確信していた。

 しかし、那珂の期待はすぐに裏切られることになる。それは、突然起こった。

 

(っ!?……な、何?)

 

 那珂の全身を悪寒が走り抜けた。体を強張らせた那珂はヲ級を注視する。そして、悪寒の正体を発見した。

 

(手?)

 

 そう、ヲ級の左手がゆっくりと上がっているのだ。ヲ級の左手が上がるに連れて、那珂の感じる悪寒もひどくなってゆく。

 那珂のアイドルとしての直感が告げていた。あれを実行させてはならないと。しかし、ここはステージの上だ。ヲ級がパフォーマンスを披露している以上、横槍を入れるなど不可能。那珂は上がってゆくヲ級の左手をただ見ていることしか出来なかった。

 そして、ついにその時は来た。

 

「ヲっ」

 

 ヲ級が放ったのは、胸元で手を小さく振りながらの「ヲっ」だった。

 

「っッっっアッ!?」

 

 言葉にならないほどの衝撃が那珂を襲う。準決勝で戦った金剛シスターズのアイドルオーラなど足元にも及ばない。金剛シスターズのアイドルオーラの衝撃を球速百六十キロメートルの剛速球と例えるなら、ヲ級が今放った衝撃は隕石。頑張ればどうにかなるというレベルを遙かに超えている。まさに規格外と呼ぶべき別次元の力。

 ヲ級は攻撃の手を緩めない。ひたすら手を振りながら「ヲっ」を繰り返し、ステージ上を右往左往。その度に放たれるデタラメなアイドルオーラが那珂を襲う。衝撃を堪える那珂は徐々に精神をすり減らしていった。そして、精神の疲労はいよいよ体にまで影響を及ぼし始めた。

 那珂は呼吸を必死に保っていた。平衡感覚は定まらずその場で留まるのが精一杯で、再構成された真紅の衣装は全身から吹き出た汗で肌にぴっちりと張り付いている。

 たった数分の出来事だ。たった数分、ヲ級のパフォーマンスを見ただけでこの有様。那珂は自分の認識が甘かったことを思い知らされた。

 

「那珂ちゃん!那珂ちゃーん!!」

 

 観客席から那珂を呼ぶ声が聞こえる。会場にいる誰か一人でも自分を見ていてくれるなら、こんなところで眠るわけにはいかない。自分の最高のパフォーマンスを見せて、ファンの皆に満足して帰ってもらわないと。自分の信念を押し通そうと、那珂は閉じかかっていた瞼を開いた。

 

(あ……れ……?)

 

 しかし、那珂の体は動かない。那珂の意思に反して、彼女の体は床に向かって一直線に落ちてゆく。

 仕方のないことだった。百二十パーセントの実力をワンエアロウォーズ戦で発揮し、疲労が残った状態のまま金剛シスターズと対戦。しかも金剛シスターズ戦では、制約を無視してクリスマスフォームを発動させた。

 無茶の連続で那珂の体は限界をとっくに超えていたのだ。そんな体を鋼の精神力で何とか動かしていたが、ヲ級が発した超弩級アイドルオーラで鋼の精神までもが突き崩された。

 那珂の体は、もはや戦える状態ではなかった。

 

(な……んで……)

 

 開いた瞼が再び落ち、那珂の視界は完全に闇に閉ざされた。

 

 

 

 

「おい!」

「ッ!」

 

 その声は聞き覚えのある懐かしい声。もう二度と、聞くことが出来ないはずの姉妹の声。

 

「何やってんだ!ボケっとしてんじゃないぞ那珂!」

 

 ハッ、と目を開ける那珂。横たわる彼女の前には姉である川内の姿があった。

 

「無茶言わないでよ川内お姉ちゃん……」

「ファンの前でだらしない姿は見せたくないんでしょう?だったら、こんなところで立ち止まっている暇はないはずです」

「神通お姉ちゃん……」

 

 川内の後ろから姿を現したのは、もう一人の姉である神通。

 

「無理だよ……もう無理……」

「ステージでは絶対弱音を吐かない。私が楽しくなかったら、きっと会場の皆も楽しくならないから。いつもそう言っていたでしょう?」

「そんな馬鹿な妹がほっとけないから、私たちはアンタを支え続けたんだ」

 

 ゆっくりと体を起こした那珂は姉二艦に視線を向ける。川内と神通は優しい笑顔を浮かべていた。それは二艦が那珂をステージに送り出す時に見せていた懐かしい笑顔だった。

 

「……なによ、卑怯じゃない。こっちはかなりしんどい思いしてるのに……たまんないわよ二人共。ホント、たまんない……」

 

 

 

 

「!」

 

 会場は光に包まれた。その光に、会場にいる誰もが注目する。とても暖かく、優しい光。光は会場の狂気を浄化していった。

 光の中心にいるのは倒れたはずの那珂だった。ステージ上空にたゆたう那珂は派手さを前面に押し出したクリスマスフォームの衣装から一転、どこか神々しさを感じる緩やかなドレスを全身に纏っていた。

 何の前触れもなく歌いだす那珂。マイクも持たず、バックミュージックもなく、ただ彼女の歌声だけが会場に木霊(こだま)する。会場にいる四万人の観客も、艦マスに参加していた艦娘たちも、裏方のスタッフたちも、会場にいる全ての者が動きを止め、視線を那珂へと向ける。皆、那珂の神々しい姿に見惚れていた。那珂の清らかな歌声に聞き惚れていた。

 

(聞こえる?川内お姉ちゃん、神通お姉ちゃん……)

 

 遠くにいってしまった二艦の姉にも聞こえるように、那珂は歌った。自分を助けてくれた感謝の気持ちを込めて。裏で支え続けてくれた姉を慕う那珂の想いと、死してなお妹を想い続ける川内と神通の意思。姉妹の絆が次元を超えて、新たな奇跡を紡ぎだしたのだ。

 

「……………」

 

 歌い終わると同時に、那珂はステージへと降り立った。

 場に訪れた沈黙。それがしばらく続いた後、誰からともなく拍手が始まった。その音は徐々に加速し、最後はスタンディングオベーションとなって会場全体が喝采を送った。

 

「勝者、那珂!」

 

 こうして、那珂は艦マスに優勝し栄光を手に入れた。

 その後、艦マスのジンクスによって那珂は更なる飛躍を遂げた。仕事は例年の三倍ほどに跳ね上がり、彼女の知名度は『知る人ぞ知る』から『国民的アイドル』へと急上昇。そして、艦娘の悲願を達成したことによって艦娘アイドルたちから注目されるようになった。

 艦娘アイドルの頂点へと上り詰めた那珂。しかし、彼女が足を止めることはない。多くのファンに喜んでもらうために、今日も彼女はステージに立つ。

 那珂のアイドルとしての戦いは、まだまだこれからだ。

 

 

 

 

 

「っていうのを考えてみたんだけど、どう!?これってすっごく面白そうじゃない?」

「練習をサボって何をしているのかと思ったら……那珂ちゃん、少し頭を冷やしましょうか?」

「やりすぎるなよ神通」

 

 果たして、打倒ヲ級を実現できる日は来るのか。那珂ちゃんの苦難は続く。

 




次回・・・ご注文は潜水艦ですか?

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