艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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バレンタイン期間限定グラフィックですよ!限定ボイスですよ!叢雲の時代が来たわけですよ!

しかし、何で叢雲だけ中破絵がないのですかねぇ・・・。


着任三十日目:強襲、離島棲鬼

 某日、ブイン基地総司令部に衝撃が走った。とある鎮守府へと向かっていた輸送船が深海棲艦の襲撃を受けたのだ。

 輸送船自体の損傷は軽微、乗組員で怪我をした者はいなかった。しかし、輸送船に同乗していた着任予定の提督一名が深海棲艦により連れ去られ、護衛艦隊の過半数及び提督の秘書艦が大破したというのだ。

 輸送船はブイン基地へと引き返した。ブイン基地総司令部はすぐさま連れ去られた提督の行方を探るが敵の痕跡は残っていなかった。唯一の手がかりは乗組員たちの証言で、敵が南東へ向かっていったというもののみ。

 南東の海域はまだ手が着けられていない未知の領域。何の準備もなしに突入するのは危険極まりなかった。捜索は一時打ち切られ、準備が整うまでしばらくの時間を要することとなる。

 その後、準備を整え再度連れ去られた人物の捜索が行われた。捜索範囲も広げられ手痛い被害を受けてもなお続けられた捜索だったが、捜索部隊の健闘も虚しく、その提督が見つかることはなかった。

 数日後、その提督の生存の可能性は限りなく低いと判断され、捜索は打ち切られることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潮風を浴びながら煌く水面を眺める青年。頭痛の種である資料とのにらめっこから開放される久々の外出であるにも関わらず、彼の表情はどこか暗い。

 それもそのはず。彼は今、とても重要な任務を請け負っているのだ。ブイン基地上層部から直々に、青年個人への勅命である。緊張しないわけがない。

 

「その司令部を長年放置していたのは我々の責任だ。だが我々は謝らない。君ならばその困難を乗り越えられると信じているからだ」

 

 青年に課せられた任務。それは、とある鎮守府の視察であった。その鎮守府は戦場の最前線に一番近い鎮守府で、有事の際に真っ先に戦場に飛び出し味方の艦隊が到着するまでの時間稼ぎを行ったり、作戦遂行前の敵の陽動を行う部隊の詰め所のようなところだった。

 以前着任していた提督は深海棲艦に直接鎮守府を襲撃された際に負傷し、そのまま軍を退役。

 後釜が見つからないまま、しばらくの間放置されていた。そこへ颯爽と登場したのが、深海棲艦を率いる青年である。

 次から次へと深海棲艦を手なずけた青年ならば敵艦隊を武力を用いることなく無力化できるのではないかという机上の理論と、毎度毎度深海棲艦が破壊するドックを修復するのにかかる費用が馬鹿にならないという現実的な問題がうまい具合に重なり、青年はその鎮守府へと向かうことになったのだ。

 ただ、長いこと放置されていたため鎮守府の状況もよくないことが予想された。そのため、着任前の視察ということで鎮守府の様子を見に行くことになったのだ。

 

「はぁ……」

 

 際限なく膨れ上がる不安が胸の中でぎゅうぎゅうに詰まっているような圧迫感。ため息と一緒に吐き出さないと破裂してしまうのではないかと思ってしまうほどの嫌な感覚。

 ただの視察であるにも関わらず、青年の胸中は死地へ赴く兵士のそれと同じであった。

 青年は上着のポケットからウイスキースキットルを取り出した。蓋を開け中身を一口飲む。

 

「何緊張してるのよ。ただ見て帰ってくるだけでしょう」

 

 丸まった青年の背中をバシンと叩いた叢雲。青年の秘書艦である彼女も今回の任務に同行していた。

 

「ていうか、まだそんなの持ってたわけ?前に似合わないって言ったじゃない」

「別にいいだろ。なんかこう……男って感じがするだろ?」

「何それ。意味わかんない」

 

 ちなみにウイスキースキットルの中身はただの麦茶である。

 喜々とした表情でウイスキースキットルに酒を流し込む青年に叢雲の雷が落ちたのは言うまでもない。

 年配の渋いベテラン提督がウイスキースキットルで酒を呷る様に感銘を受けたから真似して買った、などというふざけた理由で無駄遣いをされてはたまったものではない。

 青年の司令部は今もなお金欠が続いているのだ。

 

「でも、いずれそこに着任することになるんだろ……?最前線だぞ?鎮守府にいる提督は俺一人。仲間は到着までに時間がかかるし……」

「あぁもう!いつまでもグチグチと女々しいわね!男なら潔く腹をくくりなさいよ!」

 

 いつにも増して気合の入っている叢雲は、いつにも増して弱気な姿勢の青年を一喝する。青年はこれから一鎮守府を任される事になるのだ。こんな腑抜けた状態で部隊運用などされては、実際に出撃する側からしたらたまったものではない。叢雲は青年の事を思って、いつも以上に厳しい言葉を投げかけていた。

 ただ、全部が全部青年のためかと言えばそうではない。叢雲の言葉には彼女自身の欲が少なからず混じっている。最前線となれば必然的に戦いの数も増える。戦を好む叢雲にとって、それはうれしいことこの上ない。

 そして、鎮守府に青年一人が着任するということは、周囲に他の提督や艦娘がいないということ。つまり、周囲の目を気にする必要がない、叢雲と青年がほぼ二人きりの状態になるということ。多少お惚気、所謂デレがあったとしても、目撃されることは決してないのである。

 

「出来る……かなぁ?」

「出来る出来ないじゃなくて、やるのよ。アンタと私でね」

「そうだな……やるしかないんだよな」

 

 これからはきっと、これまで以上に慌しい日々となるだろう。でも彼女となら、彼となら何とかやっていけそうな気がする。言葉に出すことはないが、青年と叢雲は互いに同じ思いを抱いていた。一人と一艦で協力すれば困難を乗り越えられる。そう信じていた。

 そのときまでは。

 

「ッ!」

 

 遠くで聞こえた複数の砲撃音。青年は手すりから身を乗り出して海を眺めた。どうやら護衛艦隊が敵艦隊と接触したようだ。護衛艦隊の艦娘たちが海上を滑るように移動する姿が見える。

 まあ、この辺の敵はそこまで強くはないから大丈夫だろう。ほっ、と安堵のため息をついた青年は乗り出した体を戻し、帽子を被りなおした。

 

「ッぉお!?」

 

 それと同時に、船は大きく揺れた。非常事態を知らせる警報が辺り一帯に鳴り響く。壁に手をつき何とか体勢を保った青年は慌てて周囲を見渡した。

 敵艦隊が防衛線を突破したのか、と真っ先に思った青年は再び海上へと目を向ける。しかし、海上に敵の姿はない。海上にはこちらへと向かってくる護衛の艦娘艦隊がいるのみだ。

 ならば、今の衝撃は一体何だ、と青年が疑問に思った次の瞬間、海上に大きな水柱が上がった。水柱が上がった位置、そこは丁度護衛艦隊の姿が見えた場所だった。

 

「ッ!?」

 

 叢雲は急に走り出した。慌てて叢雲の後を追いかけた青年は、走りながら叢雲に対し何事かと問いかけた。

 

「敵よ!甲板に敵がいる!」

「て、敵だと!?なんで!?」

「知らないわよ!」

 

 一人と一艦の出た先は甲板だった。甲板では火の手が上がっており、大勢の水夫が集まっていた。しかし、おかしなことに誰も消火作業を行おうとしない。皆消火器を手に持ったまま、その場でぴたりと足を止めてしまっている。

 

「どきなさい!」

 

 叢雲と後に続く青年は水夫を掻き分けながら前へと進む。そして、甲板の先頭へと出た一人と一艦は信じられない光景を目の当たりにした。

 

「ミツケタ……」

「ッ!?」

「深海棲艦!?」

 

 甲板の先頭で悠然と佇んでいたのは深海棲艦だった。黒いゴシックロリータのような服で身を包む謎の深海棲艦は、青年へ向けてどこぞの貴族のように一礼をする。その容姿、その振る舞い、どこからどう見ても普通の深海棲艦ではない。

 彼女の隣には全身から砲身を突き出す大型の深海棲艦の姿も見える。人の形をした深海棲艦と、それに追従する大型の深海棲艦。青年はその組み合わせに見覚えがあった。以前、鎮守府正面海域で起こった大決戦。その首謀者の艦艇とそっくりだった。

 数歩前に出た人型の深海棲艦は、開口一番にこう言った。

 

「テイトク、イッショニキテクダサイ」

 

 常識の斜め上を行く言葉に周囲の時は停止した。

 

「……は?」

 

 辛うじて反応できた叢雲の口から間抜けな声が漏れた。奇しくも、その声はその場にいた全員の心を代弁するものであった。

 懐疑の視線が一斉に向けられる中、人型の深海棲艦は言葉を続けた。

 

「アナタハコノヨウナトコロニイテイイカタデハアリマセン。ココハ、アナタニフサワシクアリマセン」

「ハァ?アンタ、いきなり何よ?」

 

 呆けていた叢雲も、聞き捨てならない言葉に再起動。青年と人型の深海棲艦との間に割って入り、下から思い切り睨みつけた。

 しかし、人型の深海棲艦は叢雲の隣を素通りする。叢雲の言葉を無視するだけでなく、叢雲と目線すら合わせない。まるで、初めからそこに叢雲などいないかのように振舞う人型の深海棲艦。

 青年の隣まで歩を進めた人型の深海棲艦は、その場でくるりと身を翻し青年へ笑顔を見せた。

 

「アナタノコトヲ、ホントウニヒツヨウトシテイルカタガイマス。アナタニハモットフサワシイバショガアルノデス」

「ちょっと、聞いてるの!?」

「イマノマヤカシヨリモ、ズットスバラシイコウフクガアナタヲマッテイマス」

「勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

「サア、ワタシトイッショニイキマショウ」

「アンタッ……いい加減にしなさい!」

 

 叢雲は声を荒げた。存在を無視されることにも腹が立ったし、青年にちょっかいを出すことにも腹が立った。だが、何より腹が立ったのは人型の深海棲艦の言動だった。

 ふさわしくない。まやかし。叢雲には、その深海棲艦の言葉がまるで自分の存在そのものを否定しているかのように聞こえた。何も知らないくせに、一体何の根拠があってそんなことが言えるんだ。叢雲は人型の深海棲艦の肩を掴み、自分の方へと思い切り引き寄せた。

 

「…………」

 

 感情に任せた叢雲の行動。それが人型の深海棲艦の逆鱗に触れた。一瞬だった。振り向きざまの一瞬にして人型の深海棲艦の笑顔は能面のような無表情へと変わり、小さな羽虫を見るかのような目で叢雲を見た。

 

「ダマッテロヨ、クズ」

 

 叢雲の体は真横へと吹き飛び壁へと叩きつけられた。叢雲を横から襲ったのは、人型の深海棲艦の傍に控えいていた大型の深海棲艦だった。

 突然の事態に思考が追いつかない中、全身の痛みに悶える叢雲。そんな彼女の体を大きな影が覆う。

 叢雲はゆっくりと顔を上げた。しかし、すぐに顔を下げた。いや、下げさせられたのだ。大型の深海棲艦が放つ殴打によって。そこから始まる打撃の雨。人の胴周りほどの太さがある両腕で、大型の深海棲艦は叢雲の頭部を殴りつけた。何度も、何度も、何度も。

 

「おい、何やってんだ!やめさせろ!」

 

 蹂躙される叢雲の姿を見た青年は人型の深海棲艦に詰め寄った。しかし、人型の深海棲艦は動かない。

 

「イッショニキテクダサイ」

「聞いてるのか!?おい!」

「イッショニキテクダサイ」

「止めろって言ってるだろ!」

「イッショニキテクダサイ」

 

 青年が何を言っても、帰ってくるのは同じ返事だった。その間も叢雲はひたすら大型の深海棲艦にいたぶられる。

 装備からは煙が噴き出し、顔は青あざと血で原型をとどめていない。既に気を失っているのか、叢雲は抵抗もせず相手のなすがままだ。

 叢雲が見るも無残な姿へと変わっていった。

 

「わかった!お前についていく!だから止めてくれ!」

 

 こう言わなければ叢雲は助からない。直感的にそう感じた青年は、人型の深海棲艦の両肩を掴み必死の形相で叫んだ。

 結果として、青年の直感は見事的中した。これまで同じ返事を繰り返すだけだった人型の深海棲艦が、ようやく別の返事を返した。

 

「ヨカッタ、ワカッテモラエタンデスネ」

 

 満面の笑みをこぼした人型の深海棲艦は青年の手を取った。そして、少女のような細腕で青年の体を両手でひょいと持ち上げ、いわゆる『お姫様抱っこ』の形で青年を抱きかかえた。

 叢雲への攻撃をやめた大型の深海棲艦が、人型の深海棲艦の前で身を屈める。人型の深海棲艦は大きく跳躍し、屈めた身の上へと飛び乗った。

 

「ソレデハ、イッショニイキマショウ」

 

 船から飛び降りた大型の深海棲艦は海上へと着水。猛スピードで海上を駆け出した。

 先の戦闘で消耗した護衛艦隊ではとても追いつけず、十数分後、人型の深海棲艦は護衛艦隊の索敵範囲から姿を消した。

 




次回・・・孤軍奮闘

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