艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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>緒戦の各作戦に従事し、仲間の救援時にソロモンに没した、雲の名を持つ特型駆逐艦のさらなる改装の実装を予定しています。


やったぜ。

追記:バ、バレンタイン仕様の絵でよかったんじゃないんですかねえ・・・?まあ、かわいいからいいけど。

追記2:叢雲改ニの記念にサボっていた感想返信をしました。


着任三十一日目:孤軍奮闘 其の一

 青年と離島棲鬼がたどり着いたのは、海上に佇む巨大な岩場だった。

 

「なあ……ここに誰がいるんだ?」

「アナタヲヒツヨウトスルカタデス」

 

 青年は船上で離島棲鬼の放った言葉が気がかりだった。自分を必要とする方とは誰なのか。自分のふさわしい場所とは何なのか。とにかく叢雲を助けたい一心で離島棲鬼についてきた彼は、未だに自分の状況を理解出来ずにいた。

 離島棲鬼は海上を滑りながら岩場の隙間に入った。そのまま複雑に折り重なった岩版の隙間を潜り抜けるように進んでいく。そして、ある岩版の上に降り立った離島棲鬼は、青年を抱きかかえたまま更に歩みを進めた。

 岩場の中は湿気が多く、強烈な磯の臭いが漂っている。また、日の光が届かない上に隙間風が吹くため少し肌寒く感じる。

 反響する波の音を背に、一人と一艦は奥へ奥へと進んだ。奥に進むに連れて周囲の明るさは落ちてゆき、離島棲鬼の瞳の輝きがはっきりと確認できる程の暗さにまでなった。

 

「!」

 

 青年の視界に小さな光が見えた。薄暗い空間にぽつりと浮かぶ二つの赤い輝き。離島棲鬼はその輝きの方へ向かって歩いている。この時点で青年は察した。離島棲鬼があわせたい人物があそこにいるのだと。

 輝きとの距離が徐々に縮まる。残り約十メートルのところで青年の目に薄っすらと相手の輪郭が映った。どうやら、地面に座り岩の壁にもたれかかっているようだ。更に距離が縮まる。白い四肢がはっきりと見えた。ネグリジェのような薄い服を着ている事も確認できる。

 この時点で、青年の頭には一つの予想が浮かび上がっていた。それは数ヶ月前の事。薄暗い洞窟のような場所で、一人静かに涙を流す日々を過ごしていた彼女の話を聞いた。他の幸せを妬み、荒んだ心のはけ口として艦娘を襲った深海棲艦の話を聞いた。

 相手の姿がはっきりと見える距離まで近づいた離島棲鬼は、地面に座る相手の隣に青年を下ろした。

 

「……提督」

「戦艦棲姫」

 

 岩場の奥底にいたのは戦艦棲姫だった。

 青年はふと納得した。戦艦棲姫と一度出会っていたからこそ、青年は自分がここまで連れてこられた理由が何となく予想できたのだ。

 一度は去っていった戦艦棲姫だが、やはり寂しさには勝てなかった。再び青年に会おうとしても、一度大きな騒ぎを起こしている以上司令部への再接近は難しい。そこで、自分から出向くのではなく青年をつれてくることでその問題を解消した。

 そう考えると、つじつまが合うように見える。

 

「スミマセン提督。私ガ止メラレナカッタバッカリニ……」

 

 戦艦棲姫は申し訳なさそうに言った。どうやら、戦艦棲姫は自分を意図して連れて来たわけではないようだ。今の言葉で自分の予想が外れていることを悟る青年。

 ならば、ここに連れてこられた理由は何だ?青年は、離島棲鬼に向かって答えを即す視線を送った。

 

「コレデモウダイジョウブデスネ」

 

 しかし、離島棲鬼は青年の事などまったく気にも留めずに身を翻した。離島棲鬼は暗闇の中へと消えていった。

 離島棲鬼がいなくなった今、答えを知るものはこの場に一艦しかいない。青年は横目で戦艦棲姫を見た。見た目は綺麗に整っているようだが、表情にはどこか元気がない。

 仕方のないことだった。海上に点在する岩場から取れる数少ない資材をかき集めたところで高が知れている。その数少ない資材では、戦艦棲姫の傷を完全に癒すことが出来なかった。表面上は回復しているように見えるが、内部は殆ど回復していない状態なのだ。

 一瞬会話を躊躇いそうになる青年だったが、このまま状況を理解できないままと言うのも落ち着かない。

 とりあえず、この状況だけでも説明してもらおう。青年は沈黙の気まずさを紛らわすことも兼ねて戦艦棲姫に聞いてみることにした。

 

「始マリハ私ノ安易ナ発言デシタ」

 

 青年の問いに対し、戦艦棲姫はゆっくりと答え始めた。

 敗戦後、元いた洞窟へと戻ってきた戦艦棲姫。傷を癒すべく療養を始める彼女であったが、大破した体では傷を癒すために必要な資材を集めることが難しかった。そんな時、戦艦棲姫に力を貸したのが離島棲鬼だった。

 大戦前から戦艦棲姫と行動を共にしていた離島棲鬼だったが、彼女は大戦には参加できなかった。やさぐれた戦艦棲姫に少しでも喜んで欲しくて、他の海域まで資材を求めて遠征していたのだ。

 結果、離島棲鬼はボロ雑巾のようになった戦艦棲姫と再会を果たすこととなってしまった。

 洞窟から岩場へと移り住んだ後、離島棲鬼は戦艦棲姫の傷を癒すべく資材を集めだした。朝も昼も夜も、休みなく資材を集め続けた。いくら燃料が少なくても、いくら体が疲弊していても、決して歩みを止めることはなかった。

 だが、身を粉に下甲斐はあった。全快とまではいかないが、表面的な傷はほぼ無くなった。離島棲鬼の献身的な介護によって戦艦棲姫の体は回復の兆しを見せていた。

 しかし、この頃から離島棲鬼の行動に変化が起こる。

 

『ダイジョウブデスオネエサマ、ワタシガヤリマス』

『オネエサマハソコニイテクダサイ』

『オネエサマ、ワタシニマカセテクダサイ』

 

 離島棲鬼は戦艦棲姫に対し過保護になり始めた。

 毎日必ず一定量の資材を献上する。戦艦棲姫の動きを制約し代わりに離島棲鬼が動く。他愛のない話、冗談に過剰に反応し、それを忠実に実行する。離島棲鬼の行動に一抹の不安を抱く戦艦棲姫だったが、自分の傷が治れば収まるだろうと考え口に出すことはなかった。

 だが、その考えが大きな過ちだった。戦艦棲姫は見誤っていたのだ。離島棲鬼の異常性を。今の離島棲鬼が、かつての自分と同じように一つの何かに執着した存在になっていることに気付けなかった。

 

「テイトク?ナンデスカソレハ」

「ッ!?」

 

 戦艦棲姫は離島棲鬼との会話の中で、うっかり青年の話題を出してしまった。と言っても、青年の話題は本当に少しだけ。時間にして三秒にも満たない短い言葉。しかし、離島棲鬼にはそれで十分だった。その短い時間で戦艦棲姫の内心の微弱な変化を読み取った。

 しまった、と思った時には既に遅し。顔を上げた戦艦棲姫の前には離島棲鬼の顔があった。戦艦棲姫は顔を引きつらせたまま固まった。

 

「オネエサマ、『テイトク』トハナンデスカ?」

「…………」

 

 ここで正直に青年の事を話すのはマズい。戦艦棲姫は口を固く閉ざした。戦艦棲姫が『テイトク』とは何たるかを語らない以上、離島棲鬼は行動に移ることが出来ないのだから。

 戦艦棲姫にはある予感があった。今の離島棲鬼ならば、やりかねない。ほんの僅かな情報から、自分の望む『テイトク』を導き出してしまう。そんな気がしてならなかった。

 

「……モシカシテ」

「…………」

 

 戦艦棲姫は知らなかった。離島棲鬼の中には『テイトク』という言葉が既に存在している事を。『テイトク』という存在を知っている深海棲艦が海を流離い、その情報を垂れ流していることを。

 戦艦棲姫の言葉を絶対とする離島棲鬼は、垂れ流しの情報から知った『テイトク』というのが戦艦棲姫の求めている『テイトク』で間違いないと決め付けた。

 今や星の数ほどいる『テイトク』。その中から戦艦棲姫の求める『テイトク』を、離島棲鬼はつれてこれるのだろうか。その難易度は30/30/30/30でレア駆逐艦を建造する確立よりもはるかに低い。

 しかし、偶然にも戦艦棲姫が求める『テイトク』と離島棲鬼の知る『テイトク』は同一の人物であった。

 

「ワカリマシタ。ワタシニマカセテクダサイ」

「何ヲ……」

「ナニモシンパイスルコトハアリマセン。ワタシガ、『テイトク』ヲツレテキマス」

「マ、待チナサイ!」

 

 離島棲鬼は凄まじい速さでその場を後にした。戦艦棲姫はすぐに後を追ったが、完治していない体ではとても追いつけず、外に出た頃には離島棲鬼の姿を完全に見失っていた。

 残された戦艦棲姫に出来るのは、離島棲鬼のあてが外れることを祈るのみ。これから被害を被ることになる提督には申し訳なく思う。しかし、大切な青年の命には代えられない。

 戦艦棲姫は罪悪感に苛まれながら、離島棲鬼のもたらす恐怖に怯える毎日を送った。

 

「で、結局願い叶わず俺が来てしまったと」

「エエ……」

 

 前々から深海棲艦と妙な縁があると思っていたが、まさかここまでとは。ようやく現状を把握できた青年は小さくため息をついた。毎日トラブル続きで危機感が薄れつつある青年でも、今回の件はさすがにマズいと感じていた。

 たとえ捜索部隊が結成されてもこの場所を発見することはまずないだろう。青年は自分の位置を捜索部隊に知らせる手段を持っていないし、手がかりとなる物も残していない。逆に捜索部隊の方も、青年を探知する手段を持っていない。まったくのノーヒントで、広大な海原から人一人を探し出すのがどれほど難しいか、容易に想像できるはずである。

 そして今の環境。闇を照らす明かりがない、暖かな火がない、体を潤す水がない、その他文明の利器など、普段当たり前だったものが周囲に何一つない。青年自身も手ぶらの状態である。

 中でも致命的なのは飲み水がないことだ。人の体は水のみでニ、三週間は生きることが出来るという。しかし、水も食料もない状態では四、五日程度しかもたないそうだ。

 食料に関しては、最悪戦艦棲姫を通して離島棲鬼に捕ってきてもらうことになるが、絶対に入手できないというわけではないだろう。

 だが飲み水、淡水は入手が絶望的だった。手元にある飲み水はウイスキースキットルに入った麦茶のみ。残量は半分より少し上程である。

 ここは周囲を海に囲まれた岩場の中。淡水が湧き出ている可能性は限りなくゼロに近い。

 熱した海水から淡水を生み出す手段もあるが、そもそも火がなければ海水は温められないし、火を起こすことが出来ても蒸気を受ける入れ物がない。海水を飲むという選択肢は論外だ。

 麦茶がなくなる前に救援が来るという保証はどこにもない。何とか飲み水を確保する算段を整えなければ、青年は干からびて死んでしまうだろう。

 

「…………」

 

 いや、最終手段が一つだけある。だが、それは人としてかなり抵抗のあるもので、出来ることならその手段だけは使いたくない。誰だって自分の尿の味など知りたくはないだろう。

 

「……何カ来マス」

「え?」

 

 戦艦棲姫の声で一度現実に引き戻された青年。戦艦棲姫は顔を左に向けていた。青年も同じように左を見た。

 耳を澄ますと、波の音に混じって足音のようなものが聞こえる。

 

「さっきの奴か?」

「イイエ。違ウヨウデス」

 

 この足音はさっきの奴、つまり離島棲鬼のものではない。ならば、この足音の正体は一体なんだ?青年は目を凝らし薄暗い空間を見つめた。

 薄暗い闇に小さな光が灯った。青白く輝く炎のような光だ。足音が近づくに連れて、ぼんやりと輪郭が見えてきた。人間と同じ二足歩行で、全体的に白い色が目立っている。

 青年は見覚えのある姿に思わず目を見開いた。

 

「お、お前は!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前零時。月明かりに照らされた薄暗い執務室に叢雲はいた。

 捜索できる場所は全て回った。未開拓の侵入禁止区域にもこっそり入った。普段は節約を心がけていた資材も湯水のように使った。何日もの間、夜通しで休むことなく捜索を行った。だが、叢雲の努力が報われることはなかった。

 離島棲鬼にさらわれた青年は見つからず捜索は打ち切られた。叢雲は他の部隊への異動が決定し、残るチリヌルヲも引き取りを希望する提督の元へと異動することになっている。青年と今まで過ごしてきた司令部には新たな提督が着任することになり、青年の荷物は着々と外へ運び出されている。

 もっと自分に力があれば、青年をさらわれることもなかったはず。後悔の念に駆られ、ひたすら自分を責める叢雲。現実はしっかりと見えている。ただの駆逐艦が、深海棲艦の中でも最高の力を誇る姫型とサシでぶつかって勝てるはずがない。言ってしまえば「仕方がない」の一言で片付いてしまう事だ。

 それでも後悔せずにはいられない。叢雲が絶対に失いたくない大切な人。自分の帰るべき場所を示してくれる灯台。隣にいることが当然だった存在。自分の一部といっても過言ではないほどの存在が消えてしまった。

 叢雲は座っているソファーから、青年の執務机に視線を向けた。青年がいつも顔をしかめて向かっていた木製の机。叢雲がソファーに座って本を読み、サボる青年に檄を飛ばす。これが一人と一艦の定位置だった。

 

「…………」

 

 視線の先には誰もいない。ただ、私物が取り除かれ綺麗に掃除された机が鎮座している。

 叢雲は自分の膝に顔をうずめた。

 

(まあ、これで忙しないな毎日ともおさらばできるわね。もうアイツの面倒を見る必要もないし、アイツ等の保護者役をする必要もない)

 

 思えば、これまで散々だった。

 三流提督である青年の間抜けな部隊運用に頭を抱た。よかれと思って持ち帰ったチ級を餌付けし、気付かないうちにヌ級までも仲間に加えていた。

 ヲ級を男手総勢で猫かわいがりしてボーキサイトが枯渇寸前になったり、勝手に住み着いたリ級は毎度毎度ドックを壊して、押しかけてきたル級にいたっては司令部の外でも騒ぎを起こす。

 碌に出撃はできないし、流れで深海棲艦を教育する羽目になった。新たに着任する艦娘は一向に現れない反面、新たな深海棲艦は次から次へと現れる。負担ばかりが増えて資材は増えない。本当に苦労する毎日だった。

 だが、もうそんな思いをする必要もない。これからは自分の思うことを好きなようにやれる。今までの窮屈な環境から開放され、自分の真価を発揮できる提督の下へいけるのだと、叢雲は自分に言い聞かせる。

 

「…………ハァ」

 

 しかし、叢雲の気分は晴れない。いくらやる気を注ぎ込んでも、注いだ傍から抜けてゆく。いくら利点を並べても、それらがその辺に転がっている小石のように思えてしまう。

 その穴はあまりにも大きかった。一体いつになったら塞がるのか分からない、途方もなく大きな穴。理屈ではどうにもならない心の穴。

 毎日激務だったおかげで、青年との思い出は数えるほどしかない。しかし、青年を思い出させるものは数え切れないくらいある。執務室、廊下、食堂、ドック、どの場所にも彼の姿が、彼の声が残っている。

 ソファーの上で身を横にした叢雲はゆっくりと目を閉じ思い出に浸り始めた。

 

「ッはぇ!?」

 

 しかし次の瞬間、叢雲は閉じた目を見開いた。執務室の入り口である木製の扉が大きな音をたてて吹き飛んだからだ。

 叢雲はすぐに身を起こし、音のしたほうへと視線を向けた。

 

「ルー」

「ちょっとアンタ何してんのよ!?もうここは私たちの司令部じゃ……」

 

 入り口の前に立っていたのはル級だった。ドアを破壊したル級を咎めようとする叢雲だったが、ル級はそれを無視して執務室の中へと入った。床にぺたんと倒れた木製のドアをバキバキを踏み砕き叢雲の前へとやってきたル級。そして、ソファーに座る叢雲に勢いよく抱きついた。

 

「ちょっ、アンタいきなり何すんのよ!?」

 

 鯖折りされるような形で抱き上げられた叢雲は両足をバタバタと動かし抵抗するが、ル級はそれを無視して歩き出した。ル級は叢雲の罵倒、暴行を受けながらも歩を進める。

 ル級の行き先は叢雲も分かっていた。ほぼ毎日通った薄汚れた廊下。厄介者たちが住まう旧解体ドックへと続く道だ。

 ル級は開けっ広げられた旧解体ドックの扉をくぐり、抱きかかえていた叢雲を開放した。

 

「こんなところまで連れて来て……一体何だって言うのよ」

 

 真っ暗なドック内を見渡す叢雲。周囲にはいつものメンバーであるチリヌルヲの姿。と、もう一艦。

 

「タ級?どうしてここに……」

 

 予想外の相手に呆然とする叢雲。タ級は他の深海棲艦の間をすり抜け叢雲の前までやってきた。そして、困惑する叢雲にある物を差し出した。

 

「ッ!」

 

 驚愕する叢雲はタ級が差し出した物を素早く奪い取った。まるで長年追い求めた幻のお宝を手にしたかのように、両手で忙しなく角度を変えそれの真偽を確かめる。そして数秒後、叢雲は確信した。

 

「間違いない……アイツのだわ」

 

 タ級が持ってきたのは一つの帽子だった。提督の白い軍服に合わせて作られた真っ白な制帽。内側の布地には青年の名前が刺繍されている。

 制帽の中央で輝く帽章の左上から斜めに入った薄く細い傷。これは以前、青年がリ級と仲良くなろうとして逆に襲われた際に出来た傷だ。叢雲は青年から製帽を受け取った際、その傷をしっかりと見ていた。

 内側の布地に残る修復跡。これは叢雲が他所の司令部で夕立矯正作戦を行った晩、青年がル級と『熱い夜』を過ごした際にできた破れで、叢雲自身が針と糸を使い修復を行った。

 他にも糸の小さな解れ、帯章の小さな傷、庇の歪みなど、叢雲の知る製帽の特徴が全て合致していた。

 叢雲はみっともないから新しいのに変えろと言っていたが、青年は「もったいない」と頑なに拒否してボロボロの製帽を被り続けていた。そしてその制帽は、青年がさらわれた当日もしっかりと彼の頭上にあった。

 

「ター」

 

 叢雲に「行こう」と告げるタ級。愛の戦士に多くの言葉などはいらない。叢雲はその一言ですべてを理解した。青年は生存していて、救助を求めていると。しかし、一つ疑問が残る。一体、タ級はどのようにしてこの製帽を受け渡されたのか。

 時は数日前まで遡る。とある海域にて、タ級は偶然にも離島棲鬼と出会っていた。

 

「アラ、アナタハアノトキノ」

「ター」

「ワカルワ。アナタ、ホカノコトスコシチガウモノ」

「ター」

「ソウイエバ、アナタニハイイタイコトガアッタノ」

 

 離島棲鬼はタ級に対し感謝の言葉を述べた。以前にタ級から話を聞いていたおかげで『テイトク』を捕らえることが出来たと。

 

「ター」

「アソコヨ。アイタイナラスキニスレバイイワ」

 

 特に難しい理由はない。ただ『テイトク』に会いたかったタ級は、離島棲鬼が指し示す巨大な岩場を訪れた。そして、その奥底でタ級は青年と再会を果たした。

 

「お、お前は!?」

「ター」

 

 二度とない絶好の機会を逃すほど、青年は間抜けではなかった。

 君には不運を飼いならす力がある。青年は横須賀で聞いた言葉を思い出していた。もしこの言葉が事実ならば、不運を飼いならせるのなら、この一手で今の状況を打開できるはず。青年は被っていた製帽をタ級に差し出した。

 タ級ならば自分の司令部までたどり着けるし叢雲との面識もある。うまくいけばそのまま叢雲たちと一緒に捜索部隊も連れて来てくれるかもしれない。そう信じて、青年はタ級を送り出したのだった。

 そして今、希望は繋がった。制帽は無事叢雲へと渡り、事はほぼ青年の予想通りに進んだ。

 周囲の深海棲艦たちが黙って叢雲を見つめる中、制帽を受け取った叢雲は黙って身を翻した。そして、叢雲に追従するように周囲の深海棲艦たちも歩き出す。答えるまでもなかった。制帽を手にした時点で、既に叢雲の心は決まっていたのだから。

 装備を整えた一行は闇夜の海へと降り立った。急ぐ叢雲たちを見かける艦隊はいくつかあったが、どの艦隊も叢雲たちを止めることはない。皆、叢雲がどれだけ必死になって青年を探してきたか知っていたからだ。

 だから今回も、これまでと同じだと勝手に思い込んでしまった。叢雲は捜索が終了した後も自分の提督を探し続ける健気な艦娘だと、勝手にそう解釈し、黙って叢雲たちの背中を見送った。

 のちに叢雲は後悔する。この時冷静になれていれば死にかけることはなかった。一度立ち止まって、周囲に支援を要請していればもっと簡単に青年を助けられたと。恋は盲目。恐ろしい言葉である。

 

 現時刻はマルフタマルマル。これより叢雲率いる第一艦隊は、孤軍で敵地へと赴く。




次回・・・孤軍奮闘 其のニ

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