艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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前の話で青年は水を持っていないという風に書いたけど、それはちょっと無理があるかなと思って水筒を持っている描写を追加しておきました。

あと、良かれと思ってショチョーの名台詞も追加しておきました。


着任三十四日目:孤軍奮闘 其の四

 はぐれてしまった仲間と手っ取り早く合流するために叢雲がとった策。

 それは、リ級が他の深海棲艦に突っかかるのを待つことだ。

 他の艦娘が存在しないこの海域で、派手な戦闘音を奏でる馬鹿はあいつしかいない。

 そう信じて待機すること十数分。叢雲の予想は見事的中した。

 ドン、と遠くで鳴り響く炸裂音。それは叢雲が待ち焦がれていた合流の合図だった。

 

「来たわね」

 

 にやりと笑みを浮かべた叢雲は音の聞こえた方へと進路を取った。

 叢雲は敵影に注意しつつ目的地を目指す。今の彼女には敵をいちいち相手にするほどの余裕も猶予もない。

 この海域と司令部までを往復できるだけの燃料、復路の戦闘を切り抜けるだけの弾薬を残しつつ、青年の命の灯が消える前に救出しなければならないのだから。

 そして、青年を助ける上で避けては通れない壁。青年を連れ去った全身黒づくめの深海棲艦。後に『離島棲鬼』と呼ばれる存在が、必ず壁となって立ちはだかる。

 離島棲鬼という巨大な壁を打ち破るためには、チリヌルヲたちとの連携が必要不可欠だった。

 上には雲一つない青空。下には穏やかな水面。吹き付ける風はとても緩やか。

 数分前までの戦闘がまるで嘘だったかのように、辺りは静まり返っていた。

 嵐の前の静けさ。そんな言葉が叢雲の頭をよぎる。

 

「……!」

 

 そして、その言葉はすぐに現実のものとなった。

 叢雲の進路を塞ぐ一つの敵影。黒いゴシックロリータのような服を纏う深海棲艦『離島棲鬼』が、叢雲の前に立ちはだかっていた。

 

「まあ、そううまくいくとは思ってなかったけど」

 

 愚痴を零した叢雲はすぐさま気を引き締める。

 青年を連れ去った事に対する怒り。再戦できる事に対する喜び。圧倒的不利な状況に対する恐怖。

 様々な感情が渦巻くが、そんなものは関係ない。

 今の叢雲には自分のやるべきことがはっきりと見えていた。

 叢雲は混沌とした感情の渦を飲み込み、離島棲鬼の前に立つ。

 

「また会ったわね」

 

 数十メートル前で立ち止まった叢雲は離島棲鬼に呼びかける。

 

「…………」

 

 離島棲鬼の返答はない。棒立ちのまま、無表情のまま、じっと叢雲を見つめている。

 

「言っても無駄だと思うけど、一応聞いておくわ。提督の居場所を吐きなさい」

「…………」

 

 叢雲の問いかけに対しても無言を貫く離島棲鬼。

 相手はこちらの話を聞く気はないのだと再認識した叢雲は主砲を構えた。

 

「答える気はないみたいね。じゃあ当初の予定通り、力ずくで吐かせてやるわ」

 

 叢雲の主砲から砲弾が一発射出された。

 この時、離島棲鬼が初めて動きを見せる。

 離島棲鬼は叢雲の砲撃と同時に右手をかざす。次の瞬間、離島棲鬼の右手に砲弾が直撃した。

 爆発が巻き起こると同時に、離島棲鬼は爆煙に包まれる。

 

「…………」

 

 叢雲は追撃することなく、着弾点をじっと見ていた。

 緩やかな風に流される爆煙。その中から現れる敵の姿を注視していた。

 爆煙が晴れ、敵の姿があらわとなる。そこには右手をかざしたまま微動だにしない離島棲鬼がいた。

 

「どうしたの?今回はやけに静かじゃない」

 

 叢雲は余裕の笑みを浮かべ、挑発じみた言葉を口にする。

 離島棲鬼は無言のまま、かざしていた右手をゆっくりと下(おろ)した。

 

「戦う気がないのなら、今すぐ消えてほしいのだけれど。アンタと違って私は暇じゃないの」

 

 左手でしっしっと払う素振りを見せる叢雲。

 まるで強者の余裕とでも言わんばかりにふんぞり返っているが、彼女の内心は戦々恐々としていた。

 ただの駆逐艦である叢雲と、深海棲艦の中でも上位の性能を誇る鬼型の離島棲鬼。

 性能の差は歴然だ。正面からぶつかろうが、奇襲しようが、奇策を使おうが、叢雲が離島棲鬼と一対一で戦って勝つ見込みはほぼゼロに等しい。

 その事実を認識しているからこそ、叢雲は味方と合流することを最優先に考えた。

 今の砲撃も策の一つ。わざと戦闘音を響かせることでリ級の気を引いているのだ。

 チリヌルヲたちと合流できれば勝率は確実に上がる。例えその上り幅が

微々たるものだとしても、勝ち目がゼロでなければ問題ない。

 彼女達は今、絶対に負けられない戦いに臨んでいるのだから。

 

「……ナノヨ」

「はぁ?何よ。小さくて聞こえない」

 

 遠くで聞こえていた戦闘音は収まっている。恐らく戦闘が終了したのだろう。

 だとすれば、リ級は次なる戦場を求める移動するはず。

 叢雲は己の存在を主張すべく、再度主砲から砲弾を放った。

 砲弾は離島棲鬼の右側の海面に着弾した。

 

「用がないなら先に行かせてもらうわ。二度と私の視界に映らないで頂戴」

 

 叢雲は前進した。口では眼中にないと言ったが勿論それははったりだ。叢雲の警戒心は未だ最高レベルを保っている。

 このまま難なく通過できるわけがない。彼女の直感がそう告げていた。

 離島棲鬼は相変わらずその場に佇んだままだ。だが、顔だけはしっかりと叢雲の方を向いている。

 

「ジャマナノヨ。ワタシノシアワセヲオビヤカスモノハスベテ」

 

 それは叢雲に対して言ったのか、ただの独り言なのかは分からない。

 ただ一つ言えるのは、その声が悪意に満ちているという事だった。

 背筋に悪寒が走るおぞましさを感じた叢雲は反射的に主砲を放った。

 砲弾は離島棲鬼へと向かうが、直撃は離島棲鬼の背後に現れた巨大な深海棲艦の手によって防がれる。

 

「アナタ、シニタインデスッテ?ノゾミドオリニシテアゲル」

 

 来る。そう直感した叢雲は急加速でその場を脱した。

 それとほぼ同時に、離島棲鬼の背後にいる巨大な深海棲艦が主砲を放つ。

 次の瞬間、叢雲がいた場に二十メートルにも及ぶ巨大な水柱が立ち上った。

 駆逐艦とは比べ物にならない高火力。まともに食らえば、たとえ戦艦だろうと大破は免れないだろう。

 回避に成功した叢雲は再び主砲を構え砲弾を放つ。砲弾は見事離島棲鬼に直撃するが、損傷を与えることはできなかった。

 お返しと言わんばかりに、巨大な深海棲艦の主砲が火を噴いた。

 叢雲は少し遅れて回避行動に移る。目を凝らし砲弾の軌道を予測。急加速で旋回しながら何とか回避に成功する。

 巨大な深海棲艦が放った砲弾は海面に着弾し、再び水柱が立ち上る。間近にいた叢雲は大量の海水を頭からかぶった。

 

「……これは使えそうね」

 

 叢雲が最優先と考えているのは仲間との合流だ。敵の攻撃を避け続け、チリヌルヲたちが現れるのを待つ。今の叢雲にとって、この大波は彼女の思惑を後押しする、まさにビッグウェーブだった。

 なら乗るしかない、このビッグウェーブに。叢雲は最大船速で走り出す。主砲は構えず、離島棲鬼に接近せず、波打つ海面を縦横無尽に駆け回る。

 これだけ大きく上下に揺れているなら敵も狙いを定められない。叢雲の目論見通り、作戦はうまくいった。巨大な深海棲艦の砲撃は最初と比べて精度を欠くようになった。

 砲弾は見当はずれなところへと着弾し水柱が立ち上る。そして再び海面が大きく波打つ。叢雲は大きな波の所へと移動する。

 この繰り返しによって、叢雲は未だ敵の砲撃を一度も受けずにいる。

 

「ッ!?」

 

 だが、敵も馬鹿ではない。離島棲鬼は次の手を打った。

 

(砲弾を四発同時に……いえ、砲弾にしては軌道が少しおかしい)

 

 巨大な深海棲艦から放たれた四つの物体。遠くから見ればそれはただの砲弾に見える。

 だが、叢雲はそれがただの砲弾とは思えなかった。その砲弾の軌道はこれまでの物とは違いどこか歪。ただの砲弾ではないというのは明らかだ。

 

「まさか……」

 

 物体の輪郭は未だおぼろげだが、その中心にはギラリと煌く赤い輝きがあった。

 判断材料としてはそれで十分だった。

 

「艦載機!」

 

 叢雲は副砲を放った。咄嗟の砲撃だったため狙いは定まってはいなかったが、運のいいことのその砲撃で艦載機を一機撃墜することが出来た。

 残る敵艦載機は三機。だが、その三機は既に叢雲の上空に到達していた。

 接近させまいと必死に副砲を放つ叢雲。だが、敵艦載機は砲撃を掻い潜り、着実に叢雲の元へと迫っている。

 

「さっさと堕ちなさい!」

 

 更に一機撃墜。残る敵艦載機は二機となった。

 このまま一気に叩き落してやる。叢雲は迫る敵艦載機に狙いを定めた。

 だが、叢雲はここでミスを犯した。

 叢雲を攻撃する敵は艦載機だけではない。高い火力を持った艦艇が、遠くから叢雲を狙う敵が、この場において最も警戒すべき相手がいる。

 時間にすればほんの数秒だが、確かに忘れてしまっていたのだ。今この瞬間、叢雲の視界からは最も警戒すべき相手の姿が完全に消えてしまっていた。

 ドン。叢雲の耳に砲撃音が届く。そしてようやく気付く。自分の失態に。

 叢雲は音の方へと視線を向ける。彼女の目の前には巨大な砲弾が迫りつつあった。

 

「ッ!」

 

 少しでも距離を取ろうと叢雲は急加速で移動を開始する。

 二十メートルほど移動したところで、砲弾が水面に直撃。直撃を避けることはできたが、叢雲の体は爆発の衝撃で吹き飛ばされた。

 叢雲の体はきりもみ回転しながら、水面を水切りするように跳ねた。

 艤装の出力だけでは勢いを殺しきれず、両手を海面に突っ込み無理やり勢いを殺したところでようやく体勢を立て直す。

 叢雲はすぐさま周囲を見渡した。離島棲鬼の位置を把握し、追撃がないことを確認する。

 次の瞬間、叢雲の周囲で爆発が起こった。

 

「きゃっ!?」

 

 思わず悲鳴を上げる叢雲だったが、すぐに意識を切り替え視線を空へと向ける。

 叢雲の目に飛び込んできたのは無数の黒点だった。空から落ちてくる小さな黒い物体。敵艦載機の放った爆弾だ。

 

「くうっ」

 

 叢雲は咄嗟に両腕で頭を守った。それとほぼ同時に無数の爆発が巻き起こる。

 敵艦載機の追撃を許すまいと、叢雲は我武者羅に副砲を放った。敵艦載機を一機でも墜とせていたら上々。墜せていなくても、回避で距離を取ったはず。

 この隙に体勢を立て直そうとする叢雲だったが、どうやらその余裕はないらしい。彼女の視界には既に黒い影が映っていた。

 

(まずはあれを!)

 

 叢雲は副砲の砲頭を前方へと向ける。確実に堕とすべく十分に引き付けてから砲撃する算段だ。

 視界のブレが収まっていく。黒い影を正確に捉え、タイミングを見計らう。

 黒い影との距離は約五十メートル。いよいよ砲撃の時が来た。叢雲は黒い影へと意識を集中する。

 

(……?)

 

 黒い影との距離は約四十メートル。叢雲は副砲を放たない。爆発の衝撃による視界のブレが収まり、黒い影へと意識を集中させたことで気付いた事があった。

 影の形が綺麗すぎる。軌道も一直線。放物線を描くようにこちらへと向かってきている。

 

(艦載機じゃない……あれは!)

 

 黒い影との距離は約三十メートル。ここにきてようやく叢雲は気づいた。

 向かってきているのは敵艦載機ではない。敵艦載機よりも遥かに強大な破壊力を持った物体が、目の前に迫っている。

 

(砲弾!)

 

 砲弾との距離は約二十メートル。

 この場において砲弾を放つ敵は一艦しかいない。離島棲鬼である。

 叢雲が艦載機の爆撃を受けたと同時に、離島棲鬼の率いる巨大な深海棲艦が主砲を放っていたのだ。

 

(回避をッ!)

 

 砲弾との距離は約十メートル。叢雲は急加速でその場を脱し衝撃に備える。

 

「ぐううぅっ」

 

 叢雲の体は再び水面を跳ねた。

 もはやどちらが空なのかすら分からない。視界をぐちゃぐちゃにしながら、叢雲は必死に体勢を立て直す。

 追撃に備えねば。周囲の状況を把握しようと、叢雲は前かがみの体を伸ばす。敵艦載機は叢雲に迫りつつあった。

 しかし次の瞬間、叢雲の体は大きく傾いた。自分の意志とは関係なしに、足から力が抜けたのだ。

 原因は巨大な深海棲艦から放たれた砲弾である。爆発の衝撃を受けた際に頭を揺さぶられ、軽い脳震盪を起こしたのだ。

 

(やばっ……)

 

 無防備な叢雲に敵艦載機二機が迫る。

 これ以上の被弾はマズい。直撃こそしなかったものの、今の至近距離の爆発で叢雲は中破してしまっている。敵艦載機の攻撃を受ければ大破は免れないだろう。ここは何としても被弾を避けなければならない。

 叢雲は咄嗟に副砲を放つ。だが、体勢を崩したため砲頭は明後日の方向を向いている。副砲の砲弾はあらぬ方へと飛んでいく。

 敵艦載機が叢雲の上空へとやってきた。そして、今まさに爆弾が投下されようとしている。

 だが次の瞬間、敵艦載機が二機同時に爆発した。どこからともなく飛んできた砲撃が、敵艦載機を撃墜したのだ。

 一体何故、と疑問に思う叢雲だったが、その疑問は一瞬にして解消される。

 

「ったく。来るのが遅いのよ」

 

 この場において、自分に味方する艦艇は彼女たち以外にありえない。

 叢雲の目に光が宿った。ついにこの時が来た。耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えた甲斐があった。

 周囲を見渡し、見つけた。空の青と海の青。その狭間にぽつんと佇む黒い影。

 人に近しい形をした姿。遠くからでもわかる肥大化した右腕。そのような姿をする者は、艦艇は、深海棲艦はただ一種しかいない。

 

「チ……」

 

 反撃の狼煙が上がる。




次回・・・孤軍奮闘 其の五

もしくは

番外編・・・鹿島の奇妙な研修『レポート・オール・ワン』

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