艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

38 / 43
シリアスは一休み。

今回は普通の艦娘から見た青年の司令部のお話です。


番外編:ドッキドキ!鹿島の司令部査察任務 前編

 練習巡洋艦『鹿島』はブイン基地を訪れていた。

 目的はある司令部の査察である。

 経験豊富な提督が査察官となり、設立されて一、二年の司令部を訪れて部隊の運用状況を確かめる。

 過去に話題となったいわゆる『ブラック鎮守府』の抑制を図るために設けられた制度だ。

 そして今回、設立されて丁度二年になろうとしているブイン基地の査察が行われることとなった。

 ブイン基地はブイン基地総司令部を中心とした複数の司令部で形成されている。普通の鎮守府と違い環境が少し特殊だ。

 よって今回の査察は一週間にわたる長期的なものとなった。

 鹿島は査察官兼自身の提督である中年男性と共に司令部を見て回った。

 どの司令部も比較的高い水準の運用されていた。どういうわけかどの司令部もボーキサイトの備蓄が異様に少なかったが、特段運用に支障は出ていないようだった。

 念のため、鹿島はマニュアルに則りボーキサイトの消費が多くなる部隊運用の実例と、ボーキサイトの消費を抑える部隊運用法を解説した。

 解説を聞いた提督たちが皆揃って苦笑いを浮かべたため自分の教え方に少し不安を感じる鹿島だったが、悩むのは査察が終わってからだと気持ちを切り替える。

 今日は査察最終日。残す司令部はあと一つ。気合いを入れなおした鹿島は宿泊中のブイン基地総司令部を出た。

 今回訪れる司令部はブイン基地どころか他の鎮守府や司令部でも話題となっている所だ。

 

「本当にいるんでしょうか。深海棲艦……」

 

 この世にただ一つしかない深海棲艦の艦隊を持つ司令部。本来敵であるはずの深海棲艦が艦娘に紛れて生活しているなど想像できない話だ。

 鹿島は不安げな表情で隣の提督を見た。

 

「そんな心配するな。いざとなったら俺が守ってやるから」

「そ、そんな!て、提督さんったらこんなところで……」

 

 自身の提督から返ってきた頼もしい返事に鹿島は顔を赤らめる。

 本来なら艦娘が提督を守る側なのだが、なんだかんだで鹿島も異性との甘いふれあいを夢見る一人の女の子。男らしい気遣いは彼女の乙女心をくすぐるのである。

 今回の査察をきっかけに二人の距離は急接近。そんな妄想を膨らませながら鹿島は歩を進めた。

 提督は鹿島の隣で笑みを浮かべていた。

 

「楽しみだヲ」

 

 提督のつぶやきは、鹿島の耳に届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その司令部を見た瞬間、鹿島は疑問を抱いた。

 この司令部は、本当に建設されてから二年しかたっていないのだろうか?

 鹿島の疑問ももっともだった。他の司令部と比べると、その差は一目瞭然だ。

 屋根は一部崩壊し、壁は何度も補修されたのか色がちぐはぐ。正面玄関である両開きの扉は、片方が外れて近くに立てかけてある。

 建物自体から漂ってくる異様な気配、雰囲気は廃墟の『それ』と同じ物。

 なるほど。さすがは世界唯一の深海棲艦を率いる司令部。奇天烈なのは艦隊だけではないようだ。

 

「て、提督さん……」

 

 この頼もしいお方なら、きっと自分を導いてくれるはず。

 桃色ドリーム絶賛展開中の鹿島は縋るような目で自身の提督を見る。

 

「ヲ~。こんな司令部初めて見たヲ」

 

 あっけらかんと言った様子の提督を見て鹿島は安堵する。

 だが、ちょっと待て。何やら言葉遣いがおかしい気がする。言葉の端々から何やら狂気が漏れ出るような気がする。

 確認するかどうか迷う鹿島。考え抜いた結果、さりげなく確認するという結果に落ち着いた。

 

「その、提督さん。査察がんばりましょうね!」

 

 怪しまれないよう細心の注意を払いながら、鹿島はさりげなく提督に声をかけた。

 

「ヲう。がんばろヲな」

 

 提督が言葉を返す。やはりどこかおかしい。いや、また聞き違えたかもしれない。鹿島は再度言葉をかけた。

 

「……。えっと、あの司令部の提督さんってどんな方でしょうね」

「ヲ?以外と普通のヲ級じゃないかな」

「えっ」

 

 いよいよ自分をごまかすのも難しくなってきた。

 でも、もしかしたら。淡い期待を抱きながら鹿島は次の一手を考える。

 だが、その前に提督は詰みの一手を打ってきた。

 

「ヲぅ。ちゃんと言葉が通じるかなぁ。ヲっ、ヲっ、ヲっ」

 

 夢から覚めた鹿島は一歩後ずさる。

 彼女の疑問は既に確信へと変わっていた。提督の様子がいつもと違う。口調が、雰囲気が、目が違う。

 現実が見えていない。心ここにあらずと言った様子だ。彼は司令部の外観など見てはいない。ここにはない何かを見ている。

 危機感を覚えた鹿島は提督に詰め寄った。

 

「しっかりしてください!どうしたんですか提督さん!具合が悪いんですか!?今日の査察は取りやめますか!?」

 

 提督の両肩を掴み必死に揺さぶる鹿島。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 提督の息遣いが荒くなっていく。誰か、誰か助けを。いよいよもっておかしくなった提督を何とか介抱しようと鹿島は周囲をせわしなく見渡す。

 だが、そうこうしているうちに提督は彼女の腕の中から勢いよく飛び出してしまった。

 

「ヲっきゅん……ヲっきゅんヲっきゅんヲっきゅんヲっきゅんヲっきゅんぅわあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 謎の奇声を発しながら提督は眼前にある司令部の中へと駆け込んでいった。

 まったく状況を飲み込めない鹿島はぽかんとした表情を浮かべることしかできなかった。当然だ。このような狂人的行動を目の当たりにして平然としていられる方が珍しい。

 鹿島の提督は何故いきなりおかしくなったのか。その理由はこのブイン基地にのみ存在する風土病が原因だった。

 このブイン基地には提督たちを魅了する魔性の深海棲艦が存在する。

 その圧倒的人気から裏では『敵艦隊のアイドル』とまで呼ばれた深海棲艦。

 その深海棲艦が振りまくウイルスが、このブイン基地には充満しているのだ。

 この小説を読んできた読者の方々はとっくにお分かりだろう。

 そう。ブイン基地に長期滞在した結果、鹿島の提督はこの基地の風土病である『ヲ級症候群』を発症してしまったのである。

 

「えっ。えっ?て、提督さん?提督さーん!?」

 

 再起動した鹿島は慌てて提督の後を追いかけた。件の司令部の敷地に足を踏み入れきょろきょろと辺りを見渡す。

 庭は荒れ果て、地面のあちこちに大穴が開き、雑草は伸び放題で手入れさている形跡がほとんどない。そんな殺伐とした光景が、この司令部が放つ異様さを際立たせている。

 改めて鹿島は思った。

 

(この司令部には何かがある。得体のしれない何かがあるのを感じる!)

 

 提督が奇行に走ったのも、この司令部の影響に違いない。確信めいた予想を抱く鹿島は警戒心を最大に保ちつつ自身の提督を探した。

 庭に提督の姿はない。となると、彼は既に司令部の中へと入ってしまったのだろうか。

 鹿島が不安に思っていると、遠くから足音が聞こえてきた。もしかして提督さん?鹿島は足音の方へと顔を向ける。

 

「す、すみません。ちょっと準備に時間がかかってしまいまして……」

 

 その顔には見覚えがあった。丁度今朝、査察先の資料を読んだ際に見た覚えがある。

 彼女の提督よりも二回り若い男性、今日査察する司令部の提督を務める青年だった。

 

「あっ、いえ。こちらも無断で敷地に入ってしまって申し訳ありません。今回査察を行う練習巡洋艦『鹿島』です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。俺は、いえ、自分は……」

 

 お互いに挨拶を済ませ、二人は司令部の中を進んだ。

 会話の途中で鹿島は自身の提督の事を聞いてみた。青年は提督の姿を目撃していないと答えた。

 提督がいなければいつまで経っても査察を始められない。鹿島は事情を話し、青年と二人で提督を探すことにした。

 正面入り口からまっすぐ進み、突き当りを左へ。その先に存在する工廠ドックと改装ドックを続けて見て回る。そこに鹿島の提督はいない。

 ドックを見た鹿島は「意外と普通だ」と感想を抱く。司令部内を深海棲艦がうろうろしている情景を想像していただけに、その物静かな光景には少し拍子抜ける鹿島であった。

 

 だが、ここからが本当の地獄だ。

 

 そのまま改装ドックの裏口から外へ出る。次に向かったのは司令部の裏手に存在する出撃などに使われる港だった。鹿島の提督がいないか探してみるがここにもいない。

 

「うーん。外にはいないのかなぁ」

 

 次はどこへ行こうか。青年が頭を悩ませていると、彼の上着の袖が不意に引っ張られた。

 袖を引っ張ったのは鹿島だった。その表情は恐怖に染まっている。

 

「あっ、あ……あれ、なんですか?」

「ん?ああ。あれは遠征部隊ですよ」

 

 鹿島は港の一角に見える光景に絶句した。

 

「イーッ!」

「イーッ!」

「イーッ!」

「イーッ!」

 

 鹿島が見たのは、生け簀の中でひしめき合う駆逐艦イ級だった。

 確かに遠征へと向かう割合が多いのは駆逐艦だ。だからイ級が遠征部隊というのもあながち間違いではないのだろう。

 だが、その光景は鹿島の想像する遠征部隊とは大きくかけ離れていた。鹿島がいつも目にする遠征部隊は、目に入れても痛くない幼さの残る少女たちが元気な声で「いってきます!」と「ただいま!」を言う微笑ましい光景だった。

 対して、イ級遠征部隊からは狂気以外に感じるものがない。目に毒となる謎の物体Xが元気な声で「イーッ!」と奇声を発するおぞましい光景だ。

 

「いやあ、困ったものですよ。アイツら遠征行くと必ず数を増やして帰ってくるんです」

「か、数が増えるんですか……。でも、もう一杯ですよね?これ以上は入れませんよ……」

「ははは。まあ最近はある程度増えたら解体してるんですけどね。ちょっとだけ資材が取れるんですよ」

「…………」

 

 青年のいう事も理解できなくはない。このまま雪だるま方式に数が増えていったら部隊を維持するための資材がとんでもない事になってしまう。そうなる前にある程度間引いて数を一定に保つ。

 理解できなくはないのだが、やっていることは一昔前にブラック鎮守府で行われていた悪行と同じなのだから困る。

 戦力として役に立たない駆逐艦を休みなく延々と遠征に向かわせ、動けなくなったら解体して資材に還元。そんな事が一昔前までは当たり前のように行われていた。

 そういった艦娘の酷使をなくすべく、今回のような査察が行われているのだ。

 さて、そこで鹿島は考える。青年が行っているイ級解体は、果たして指導の対象になるのか。

 マニュアルの基準に照らし合わせれば指導の対象になる。だが、そのマニュアルは艦娘を保護するために定められたものだ。

 今回訪れているのは深海棲艦の部隊を運用している世にも奇妙な司令部。

 深海棲艦は倒すべき敵である。その敵を大事に扱うよう指導するのはどうなのか。むしろもっとやれ、というべきところではないのか。

 いやしかし、たとえ深海棲艦であっても青年からすれば大事な部隊の一員であることに変わりはないはず。ならば、もっと仲間を大事にするよう指導するべきでは。

 短い時間の中で数十回にも及ぶ脳内議論を重ねる鹿島。そんな彼女が行きついた答えが、これだ。

 

(提督さんに相談しよう)

 

 問題を上司に全て丸投げした鹿島は青年の後に続いた。

 二人は港から司令部の裏手へと回り、そのまま裏庭へとやってきた。

 裏庭はバスケットコート程の広さがあり、地面には芝生が生い茂っている。正面入り口の殺伐とした光景とは打って変わって穏やかな光景だ。

 

「……あれ?」

 

 鹿島の目に映ったのは作業着を着た男性作業員だった。

 一部の司令部では妖精さんの作業を手伝う作業員を雇っていると聞いたことがある。きっとここもそうなのだろう。そのことについては特に疑問は抱かない。

 鹿島が疑問に思ったのは、何故作業員たちが裏庭に作業スペースを作っているのかという事だ。

 

「見てごらん妖精さん。蝶だよ」

「ワー」

 

 しかも、その作業スペースには妖精さんまでいる。通常、妖精さんや作業員たちは工廠ドックや改装ドックで作業をしているはずである。

 一体何故、と思ったところで、鹿島は「ああ」と一人納得する。ここは深海棲艦が跋扈する司令部である。いくら従順と言っても、必ずしも安全というないわけではない。

 おそらく、深海棲艦と接触しないよう作業場を外に移したのだろう。鹿島は心の中で作業員たちをねぎらった。

 

「おっ。そろそろかな」

「そろそろって、何がですか?」

 

 青年のつぶやきに反応した鹿島。青年は鹿島の問いに答えた。

 

「あそこ。珍しいものが見れますよ」

 

 青年が指さしたのは、先ほどまで鹿島が見ていた作業場だった。歩きながら作業場を注視していると、港の方から数人の作業員たちがやってきた。彼らは数人がかりで黒光りした大きな物体を抱えている。

 

「おめえら!生きのいいイ級が入ったぞぉー!」

「うおおおおおお!」

「ワレコラー!ヤンノカオラー!」

「解体じゃー!解体じゃー!」

「ウェーイ!」

 

 穏やかな空気から一転、作業場は怒号と歓声に包まれた。

 つい数秒前まで笑顔を浮かべていた者達も、まるで人が変わったかのように狂喜乱舞している。

 

「こ、これは……」

「今から弱ったイ級を解体するんです」

 

 あっけらかんと答える青年に思わずたじろぐ鹿島。

 深海棲艦の解体。確かに気にはなるが、鹿島は知ってしまった。あのイ級が今まで青年の司令部のために働いていたという事情を知ってしまったのだ。司令部のために頑張って働いて、その結果がこれなのか。

 何故だろう。関係ないはずなのに、あの光景を見ているとなんとなく罪悪感を感じてしまう。鹿島は複雑な気持ちを抱いだ。

 

「見ていきます?」

「……いいえ」

 

 見なかったことにしよう。聞こえてくる喧騒を右から左に受け流しながら、鹿島は司令部の中へと入っていった。




次回・・・ドッキドキ!鹿島の司令部査察任務 後編

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。