艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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チ級とヌ級の活躍(?)を書き足したら中編が出来てしまった・・・。


番外編:ドッキドキ!鹿島の司令部査察任務 中編

「うーん……もしかしてあそこかなぁ?」

 

 青年の呟きを聞いた鹿島は問いかけた。

 

「あそこというのは?」

「ああ。深海棲艦たちが占拠、もとい住処にしている場所があって、そっちに行ったんじゃないかと」

 

 青年の推測はこうだ。

 ここは世界で唯一深海棲艦が着任している司令部。艦娘を率いる提督としては、その珍しい光景を一目見たいと思ってもなんら不思議ではない。

 鹿島に危険が及ばないようにとあえて避けていたが、探し人が最初から避けていた場所にいたとするなら、どれだけ必死こいて探しても見つかるはずがない。

 

「……ああ」

 

 あり得る。鹿島はこの司令部を訪れる直前の、様子のおかしかった提督を思い出す。

 彼の言葉の端々には気になる部分があった。そして最後の叫び声。その叫び声と似たような名前の深海棲艦がこの司令部には存在している。

 

「一応見ていきましょうか?」

「……そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが……」

「はい。アイツらの住処です」

 

 青年と鹿島は旧解体ドックの前に立っていた。

 鹿島は改めて周囲を見渡す。外の景色が見えるガラス窓。綺麗なものは一つもない。どれもガムテープで補修されているか、ガラスがそっくりそのままベニヤ板にすり替わっている。

 コンクリート製の廊下。長らく清掃されていないのか、土や油の汚れがあちこちにべっとりとこびりついている。

 入り口である両開きの扉。鉄製にもかかわらずあちこちに凸凹が見られる。

 この風景を写真に収め第三者に見せたならば確実に「廃墟?」と返事が返ってくるであろう。

 

「では、開けますね」

 

 ぎい、と軋む音を立てながら鉄製の扉が開く。

 噂の奇天烈艦隊。その全貌は一体どのようなものなのか。生唾を飲む鹿島だったが、その表情にはいくばくかの余裕があった。

 これまでに衝撃的な光景を見てきたおかげか、鹿島は今の状況に耐性をつけ始めていたのだ。

 

(もう驚いたりしませんよ。どんとこいです!)

 

 気を引き締めた鹿島は青年の後に続いた。

 案の定廃墟と化していたドックを進むと、眼前に人影が見えた。

 青みがかった銀髪と動物の耳を連想させる頭部の浮遊ユニット。青年の秘書艦『叢雲』である。

 この司令部で唯一の艦娘であり、どういうわけか深海棲艦を手なずける事に成功した艦娘であると資料に書かれていた。

 暗記した資料の内容を思い返しながら、鹿島は叢雲を見る。他の司令部でも何度か目にしたことはあるが、見かけは普通の叢雲と変わりはない。

 

「ちょっと、なんでこっち来てんのよ。集合場所は会議室のはずでしょ」

「ああ。この方の提督さんが先にうちに来たっていうからさ。一緒に探していたんだ」

(あれ?思っていたよりも普通……)

 

 この司令部で生活しているのだから、おかしくないわけがない。

 これまで見てきた光景から勝手にそう決めつけていた鹿島だったが、叢雲の常識的な対応を見て考えを改める。

 よくよく考えてみれば、彼女は自分と同じ艦娘。それ相応の良識を持ち合わせていても不思議ではない。

 ほっ、と胸をなでおろす鹿島。

 

「もしかしてコレ?」

「フゴーッ!フゴーッ!」

 

 ロープで簀巻きにされ、タオルで目と口をふさがれてはいるが、その人は間違いなく探し人。鹿島は思わず叫び声を上げた。

 

「お、お前、査察の人になんてことしてんだ……」

「ふ、不可抗力だわ!向こうから襲い掛かってきたんだから対処したまでよ!」

 

 びっちびっち、とまな板の上の鯛のごとく床を跳ねまわる中年提督。

 一体何がどうなればこういう結果に至るのか。疑問は残るがこのままというわけにもいかない。

 青年は叢雲に中年提督の拘束を解くよう命令する。叢雲は渋ったが、青年から再度命令され仕方なく拘束を解くことにした。

 叢雲は跳ねる中年提督へと近づき、初めに目隠しを取った。

 

「ヴォオオオー!」

「うぉおっ!?」

 

 目隠しがとれた瞬間、中年提督は謎の雄たけびを上げた。

 中年提督は縛られた体を蛇のようにくねらせ高速で床を這いずる。青年と鹿島は驚きながらも中年提督の行方を目で追った。

 中年提督の行く先には三艦の深海棲艦が並んでいたいた。叢雲が査察官を出迎える候補として選出し、会議室まで連れていく予定だったチ級、ヌ級、ヲ級である。

 チ級、ヌ級は直立しているが、ヲ級だけはその場にぺたん、と座り込んでいる。

 やがて中年提督は深海棲艦の列に接触し、動きを止めた。

 

「スー……フォー……スー……フォー……」

 

 中年提督は深呼吸を始めた。吸い込んだ酸素を全身に行き渡らせるかのように深く深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。

 口を塞がれながら無茶な動きをしたため酸欠状態となったのだろう。酸素は生きる上で必要不可欠だ。呼吸が深くなるのは仕方がない。

 だが、それをわざわざヲ級の股の間でする意味はあるのだろうか。

 

「なにしてんのよ変態!」

「ブフォッ!」

 

 助走と共に放たれた叢雲のサッカーキックが中年提督の左横腹に突き刺さる。

 ごろごろごろ。中年提督は床を数メートル転がり、動きが止まった所ですかさず目隠を取り付けられた。

 

「はあ、はあ……。やっぱり無理よ。拘束は解けないわ」

「……そうだな。これはちょっと」

 

 青年の目から見ても、中年提督が異常であることははっきりと分かった。

 こんな状態で査察なんてできるのだろうか。意見が聞きたい、という思いを込めて青年はちらりと鹿島を見た。

 

「さて、それでは査察を始めましょうか」

 

 鹿島は笑顔で査察の開始を宣言した。

 

「え?そちらの提督さんは……」

 

 青年は少し離れたところでもだえる簀巻きの中年提督を指さす。

 

「なんですか?」

「……なんでもありません」

 

 鹿島の凄みのある笑顔に気圧された青年は口を閉じた。

 

「ちょっと、アンタたちもこっち来なさい」

 

 叢雲は佇んでいたチ級、ヌ級を自身の隣へと呼び寄せる。座り込んでいたヲ級も、二艦につられて動き始めた。

 叢雲の右隣りに三艦が横一列に並んだ。

 

「では、査察を始めます。私は練習巡洋艦『鹿島』です。よろしくお願いします」

 

 仕切りなおされた開始の宣言と共に、鹿島は敬礼をした。青年と叢雲も続けて敬礼をする。

 そんな中、深海棲艦である三艦はボケッと突っ立ったままだった。

 

(前に教えたじゃない!これをやるのよ!)

 

 叢雲は焦った。失礼のないよう事前に必要最低限の動作は教え込んでいたはずなのだが、熱血指導の成果がまったく発揮されていない。

 横目で三艦を見ながら、叢雲は額の前にある右手を小刻みに動かし敬礼を促す。

 

「チ……」

 

 最初に気付いたのは叢雲のすぐ隣にいたチ級だった。

 重量感のある巨大な右腕をゆっくりと持ち上げ自身の頭にゴツン、と乗せた。

 右腕の重さに負けた首が大きく左に曲がる。

 

「ヌゥ」

 

 ゴツン、という音に気付いたヌ級が続けて敬礼を行った。

 素早く腕を動かし、ピンと伸ばした右手を上げる。

 動作については問題ないのだが、残念なことに腕の生えている位置が悪いため敬礼の形になっていない。どこぞのバカな殿様を彷彿とさせるポーズになってしまっている。

 

「ヲっ」

 

 チ級とヌ級の動作を見て、ヲ級もつられるように敬礼をした。

 二艦の動作を真似ているのか、指先をぴんと伸ばした右腕を首の前に掲げ小首をかしげている。かわいい。

 

「え、えーっと、よろしくお願いしますね」

 

 深海棲艦たちの独特な敬礼を見た鹿島は困惑しながらも笑顔で対応する。

 傍から見ればふざけているようにしか見えないが、当の本人たちは至って真面目なのだが始末に負えない。

 叢雲は恥ずかしさと悔しさで顔を真っ赤にさせながらプルプルと震えていた。

 叢雲の反応は当然のものだ。もう一度言うが、彼女は今日という日に備えて熱血指導を続けてきたのだ。

 外部からやってくる査察官に失礼のないようにと、必要最低限の動作は教え込んだ。

 毎日反復練習を繰り返した。夜遅くまで熱血指導を続けた。その努力が実を結び、事前練習ではしっかりと動けるようになったのだ。

 

「素晴らしい、深海棲艦をここまで手なずけるとは!」

「ふふん。まあ、大したことじゃないわ」

 

 こんな未来がありえるかもしれないと、内心かなり期待していた叢雲。

 だが、結果はご覧のありさまだ。何故。どうしてこうなった。叢雲はその場から逃げ出したい衝動に駆られた。

 

「……では、今回の査察の目的と今後の予定を説明させていただきます」

 

 気まずい空気を察した鹿島が強制的に話を進めた。

 鹿島は青年の方を見ながら熱心に説明する。査察の結果によって今後提供される資材の量が増減するかもしれないと聞き、青年は固くこぶしを握り締めた。

 途中、回復した叢雲から質問が出ることもあった。鹿島はよどみなく答え、それに叢雲も納得。そんなやり取りを数回繰り返したところで、ようやく査察の説明が終わった。

 

「では、早速始めましょうか。まずは資材の備蓄と用途についてですね。事前に記録用紙をお渡ししたのですが……」

「それならここに」

 

 叢雲がチ級の背中をポン、と叩く。

 チ級の左腕副砲の裏にちょこんと飛び出た左手。そこには紙束を挟んだバインダーが握られていた。

 なんと、チ級はまとめたデータを鹿島に手渡すという重要な役割を任されたのだ。

 深海棲艦が言う通りに動く様を見せつける事によって、教育がしっかりと行き届いている事を宣伝する。

 そう。これは叢雲の作戦だ。青年の司令部にいる深海棲艦が無害であることを外部へアピールしつつ、自分の有能性をさりげなく示す作戦なのだ。

 青年を相手にした練習ではしっかりとバインダーを受け渡すことができた。成功率も高かった。だから多分、間違いが起こる事はないはずだ。

 叢雲はチ級の行く末を固唾を飲んで見守った。

 チ級は上半身を左右に揺らしながらのそのそと歩を進める。右腕の主砲を引きずる音がドック内に木霊する。誰一人として言葉を発することはない。

 

(うわぁ……)

 

 チ級の醸し出す不気味な雰囲気に気圧される鹿島は思わず後ずさりそうになるが、任務を全うするという義務感が彼女をあと一歩のところで踏みとどまらせた。

 そして、ついにその時が来た。チ級は立ち止まった。目の前には鹿島の姿がある。

 チ級と鹿島の距離は約一メートル。練習通り、お互い腕を伸ばせば十分に触れ合う距離だ。

 叢雲は心の中でガッツポーズを決めた。ここまで来ればもう安心。後はその左手を前に突き出すだけだ。

 さあ、早く!叢雲はチ級に対し切実な思いを込めた念を送る。

 

「チ……」

 

 チ級は右腕の主砲を鹿島へと突きつけた。

 

「ひえぇ!?」

 

 鹿島は金剛型戦艦二番艦めいた悲鳴と共に腰を抜かした。

 人間の胴回りに匹敵する程の巨大な砲口を向けられたのだ。その反応も当然といえる。

 叢雲の行動は早かった。叢雲は即座にチ級の左側面へと回り込み、その場で見事な垂直跳びを見せる。そのまま空中で体をひねりながら右手を大きく振りかぶり、叫んだ。

 

「このおバカ!」

 

 振り下ろされた叢雲の容赦ない平手打ちがチ級の頭部に直撃した。バランスを崩したチ級はそのまま右腕の重さに引かれ、重厚な音と共に床へと倒れた。

 同時にバインダーはチ級の手を離れた。投げ出されたバインダーは床を滑り、ヌ級の前で止まった。

 練習ではちゃんとできていたのに!心の中で叫び声をあげながらも、叢雲は急いで軌道修正に乗り出した。

 二度の失敗を経て叢雲は学んだ。恐らく練習の成果が発揮されることは今後一切ない。このまま他の深海棲艦に似たような事をやらせても査察官の評価が下がるだけだろう。

 叢雲は今後の鹿島への対応は自分と青年だけで行おうと決めた。

 結論を出すのに要した時間は僅かコンマ二秒。考えがまとまったところで、叢雲は鹿島の元へと近寄った。

 

「申し訳ありません!お怪我はありませんか!?」

「は、はい。大丈夫です。ちょっとびっくりしただけですから」

「事前によく言い聞かせていたのですが……本当に申し訳ありません」

「あっ、いや!こちらこそ大げさに驚いてしまってすみません!」

 

 叢雲はともかく鹿島に『落ち度』は全くないため陽炎型駆逐艦二番艦のように堂々としていればいいのだが、元々控えめな性格の鹿島は反射的に謝罪を返す。

 叢雲と鹿島はお互いにペコペコと頭を下げあった。

 

「よいしょっと」

 

 謝罪合戦を繰り広げる二艦を尻目に、青年は床のバインダーを手に取った。

 青年は小さなため息をついた。睡眠時間を削って練習に付き合わされた身としては、作戦が残念な結果で終わってしまったことに涙を禁じ得ない。

 本音を言うならもう一度チ級にチャンスを与えてやりたい青年だったが、こちらの都合を相手(鹿島)に押し付けるわけにもいかない。

 仕方なく、そのままバインダーを鹿島の元へ届けようとする青年だったが、その時、彼の脳裏に天才的ひらめきが生まれた。

 

 このバインダーは深海棲艦に届けさせた方がいいのでは?

 

 青年の妄想は加速する。

 最初の敬礼とチ級の書類提出が連続で失敗に終わってしまい叢雲もがっかりしているだろう。

 平然としているが、心の中は悔しさでいっぱいのはずだ。

 ここらで一つ成功例を作ってやれば叢雲も最初の勢いを取り戻し、なおかつ査察官の深海棲艦に対する印象も少しは良くなるだろう。

 

「……よし」

 

 叢雲の路線変更を知らない青年は早速行動に出た。それが叢雲にとって無慈悲な追い打ちになるとも知らずに。

 青年は近くにいたヌ級の元へと近づきバインダーを手渡した。

 

「これを叢雲のとこに持ってってくれ」

「ヌゥ……」

 

 言葉は通じていないが、青年の身ぶり手振りでなんとなく理解したのだろう。ヌ級は両手でバインダーを掴みながら軽快に走り出した。

 ぺたぺたと裸足で駆ける音に気付いた叢雲は慌てて振り向いた。叢雲の視界に小走りで近づいてくるヌ級の姿が映った。

 

「まッ……」

 

 嫌な予感がする。叢雲は咄嗟に声を上げようよしたが、一歩遅かった。

 叢雲の打撃を受けたチ級が再起動した。チ級は立ち上がろうと両腕を広げる。しかし、現在チ級のそばにはヌ級がいるわけで。

 結果的に、チ級の腕がヌ級の進路を妨害する形となってしまった。

 走っている最中、足元にいきなり障害物が現れたらどうなってしまうか。結果は想像に難くない。

 

「あっ」

 

 鹿島の短い声を合図にヌ級の体が宙を舞った。

 一秒にも満たない短い滞空時間を経て、ヌ級は再び地上へと戻ってくる。

 重厚な金属音が鳴り響いた。同時に、落下のショックでバインダーから無数の紙が飛び出した。

 ヌ級の体は転倒の勢いに流されそのまま三回と半分の前転をきめた。

 もう一度言う。三回と、半分の前転だ。

 思い出してほしい。ヌ級は二頭身だ。一頭身目が楕円形の金属でできた胴体で、二頭身目が謎の軟素材でできた青白い手足。

 金属の塊である一頭身目と、軟素材の四肢が垂れ下がる二等身目。地面に引っ張られる力は強いのは当然一頭身目である。

 つまり何が言いたいのかというと。

 ヌ級の体は四肢を天井に向けた形で静止してしまったのだ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 場に沈黙が訪れた。

 叢雲は恥ずかしさ、鹿島は気まずさ、青年は切なさで声を発することができない。

 この間にチ級は無事立ち上がることに成功。チ級はひっくり返ったままピクリとも動かないヌ級の元へと歩き出す。

 

「あはっ、あはははは!この子ったらまったくもう!あはははは!!」

 

 現実へと戻って来た叢雲は大急ぎで床に散らばった書類を集め始めた。

 その様子を見てはっとした鹿島と青年は慌てて叢雲の手伝いに向かった。

 

「ハハハ……い、いつもこんな感じなんですよぉ~」

「そ、そーなんですかぁ。大変ですねぇ~」

 

 書類を集めながら青年は取り繕うように言い、場の空気を察した鹿島はそれに便乗する。

 一人と一艦はお互いに乾いた笑みを浮かべながら同時に叢雲へと目を向けた。

 叢雲は顔を真っ赤にしながらうっすらと涙を浮かべている。

 そっとしておこう。青年と鹿島は書類厚めに専念した。

 書類はすぐに集まり鹿島の手元に収まった。ヌ級もチ級の手によって起こされ、青年たちの隣に立っている。

 さて、紆余曲折あったがようやくバインダーが鹿島の手に渡った。

 いよいよ、青年たちの命運を賭けた査察が始まる。

 

「リ!」

 

 始まるはずだった。




次回・・・ドッキドキ!鹿島の司令部査察任務

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