艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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あけましておめでとうございます。

なんとかドンパチ以外の展開に持っていけないかと試行錯誤したけれど、結局いつも通りドンパチする結果となってしまいました。

非力な私を許してくれ・・・。


番外編:ドッキドキ!鹿島の司令部査察任務 後編

 鹿島の前に新たな深海棲艦が現れた。

 

「リ!」

 

 その深海棲艦は人間が『リ級』と名付けた艦艇だった。

 鹿島は特に驚く事はなかった。リ級が青年の司令部にいることは資料で事前に把握していたからだ。

 驚いたのはむしろ青年と叢雲の方だった。

 

(どういう事よ!話が違うじゃない!)

(俺に聞くな!)

 

 リ級は好戦的だ。初対面の相手を前にしたら十中八九問題(ドンパチ)を引き起こす。

 故に青年と叢雲はこの日に備えて準備をしてきた。

 ギリギリの資材を更に切り詰め、ちまちまと鋼材を備蓄した。最終的に貯まった鋼材は数値にして千前後。

 査察が始まる三十分前、青年たちはリ級を鋼材の詰め込まれた資材倉庫へと連れ込んだ。

 リ級は喜んで鋼材に飛びついた。チリヌルヲの中でもとびきり食い意地を張るリ級だ。お残しなどあり得ない。

 これだけあれば査察の間は、リ級の動きを封じる事が出来るだろう。青年たちはそう考えていた。

 だが、結果はご覧のありさまだ。

 

(ちゃんと鍵かけたんでしょうね!?)

 

 叢雲は眉を吊り上げ怒りを露わにした。

 鍵とは、もしもの場合を考えて講じた策の一つだ。

 密室状態の倉庫を出ようとした場合、リ級はまず間違いなくぶっ放す。その破壊音が合図となり、すぐさま査察官の避難を行えるのだ。

 だが、破壊音は全くなかった。

 資材倉庫は今いる旧解体ドックのすぐ隣。破壊音にはすぐ気づける。

 破壊音がしなかったということは、リ級は普通に扉を開けて出てきたという事になる。

 叢雲が青年を睨むのは、倉庫を最後に出たのは青年だと記憶してるからである。

 つまり、順当に考えれば青年が倉庫の鍵をかけ忘れたという事になる。

 これは鍵の確認を怠った叢雲のミスでもあるが、青年は毎晩遅くまで策を一緒に考えた相手。そんな凡ミスをやらかすなどあり得ないと信頼しきっていたのだ。

 

(はあ?鍵ならだいぶ前にぶっ壊れちまっただろ)

 

 予想外の言葉に目を丸くした叢雲は青年に詳細を聞いた。

 

(ル級とリ級が喧嘩した時に流れ弾が直撃したって報告したじゃん。作戦練る時だって何度も確認しただろ。本当にここでいいのかって)

 

 叢雲に電流走る……!

 記憶の糸をたどればその報告が出てきた。十数か所同時に報告された司令部の破損報告の中に確かに紛れていた。

 だが、司令部の破損は日常茶飯事であったため、叢雲自身はその事を気にも留めていなかった。

 青年は頻(しき)りに他の場所はないか、と言っていた。その時は小心者のビビりだから必要以上に心配しているんだろうと適当に流していたが、この事を言っていたのか。

 叢雲の中で全てが繋がった。

 

(おい叢雲?叢く……あっ)

 

 青年はは今回のプランに疑問を抱いていた。

 だが、叢雲があまりにも自信満々に言い切るから、彼女には何かしら秘策があるのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、どうやら秘策はないらしい。

 青年は叢雲の呆然とした表情を見て策の失敗を悟った。

 

「リ!」

 

 リ級の視界にはいくつかの物体が見えていた。

 リ級は青年を見つけた。

 青年はいつも遊んでくれる相手。自分にとって重要な存在である。

 リ級は叢雲を見つけた。

 口うるさいが、なんだかんだで対等に渡り合えるヤツである。

 リ級はチ級、ヌ級、ヲ級を見つけた。

 なんかいつも一緒にいる。なんとなく助けないといけないヤツらである。

 リ級は見知らぬ顔を見つけた。

 ……あれは、なんだ?

 

「リ級……ですか。問題行動が多いと資料には書かれていましたが……」

 

 見知らぬ顔とはもちろん鹿島の事である。

 さて、ここでリ級は考える。あの得体のしれない物体に対して、自分はどう行動すべきか。

 無視するか、様子見か。それとも叢雲から教わった謎の動作(けいれい)をするべきか。

 珍しく考えを巡らせたリ級は、零コンマ五秒という長考を経て結論へと至る。

 

 とりあえず、ぶちのめすか。

 

 リ級は右腕を鹿島へと向けた。

 

「へ?」

 

 ひゅん。鹿島は風切り音を聞いた。ワンテンポ遅れて、鹿島の背後で爆発音が鳴り響いた。

 

「……え?」

 

 鹿島は背後へと振り向いた。背後には出入り口の扉だったものが散らばっていた。

 

「……あれ?」

 

 鹿島は再びリ級を見た。

 リ級は右腕を上げている。そして、右腕と一体化している彼女の主砲からは砲煙が上がっていた。

 

「リ!」

 

 相手の生存を確認したリ級は再び鹿島に狙いを定めた。

 理解が追い付いていない鹿島は未だ動けずにいた。

 事態を察知した叢雲はリ級を取り押さえようと一歩前に踏み出した。

 そんな二艦を差し置いて、この場で誰よりも早く動いたのが青年だった。

 

「オラァ!」

 

 青年は上着のポケットに仕込んでいた鋼材の欠片を素早く取り出し、リ級へ向かって全力で投げた。

 ギャルギャルギャル。独特の風切り音を放つ鋼材はリ級へ真っすぐ向かっていく。

 

「リ!」

 

 リ級の目は飛んでくる鋼材をはっきりと捉えていた。

 もう何百回も行われたやり取りだ。これを無視するなどあり得ない。

 砲撃体勢からすぐさま捕食体勢へと移ったリ級はタイミングを見計らい、口で鋼材を受け止めた。

 ガリガリガリ。見事捕食に成功したリ級は、口に含んだ鋼材を嚙み砕く。

 

「オラッ!オラッ!オラァ!!」

 

 青年は立て続けに鋼材を放つ。

 一見デタラメに見えるその軌道は、これまでの生死を賭けた経験によって培われた的確な投擲だ。リ級の気をそらしつつ、彼女を徐々に後方へと追いやる。

 リ級はドック内を駆け回り、最後の一投で、山積みとなったコンテナの裏へと消えていった。

 

「さあ!今のうちに避難を!」

「は、はい」

 

 青年はへたり込んだ鹿島へ手を差し伸べ、鹿島はその手を取った。

 青年に引っ張らて立ち上がる鹿島。だが腰が抜けてしまったのか、立ち上がってすぐ体勢を崩してしまった。

 

「きゃっ」

「うおぅ!」

 

 青年は慌てて鹿島を抱きかかえた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 温もりのある力強い肢体。

 異性の体を意識した鹿島は恥じらいながら青年へと目を向ける。

 

「ぅお」

「あっ……」

 

 彼と彼女の目が、至近距離で合った。胸元に抱き寄せたのだから、これも当然の結果だ。

 鹿島を気遣う青年。平静を保っているように見えるが、彼は鹿島から漂う女性特有の甘い香りに心臓を高鳴らせていた。

 青年の腕に縋りつく鹿島。一見、申し訳なさそうにしているが、彼女は危険な香りが漂う今のシチュエーションに少しだけときめいていた。

 一人と一艦の間に、恋の始まりを予感させる甘い空気が漂い始める。

 

「アンタたち何やってんの!ここは危険なのよ、さっさと逃げなさいよ!」

 

 そんな二人の間に割って入る叢雲。

 今は有事だ。こんな所でモタモタしている暇はない。

 無駄に声を荒げてしまったが、これは彼らに危険を知らせるためであって、それ以外の意図は決してない。

 二人の甘い空気にむかっ腹が立ったから、ちょっと強めの力で無理矢理引きはがしたとか、そんな事は決してない。断じてない。

 

「そ、そそっ、そうだな!よし、逃げるか!」

「そっ、そうですね!ここは危険ですし!」

 

 顔を真っ赤にさせながら早口で話す青年と鹿島。

 不愉快オーラ全開の叢雲を尻目に、青年は鹿島の手を引いて出入り口へ歩き出した。

 

「ッ!?」

「え?」

 

 だが、その歩みはすぐに止まった。出入り口に、行く手を阻むものがいたからだ。

 

「ルー」

 

 戦艦は、見た。

 

「なん……だと……?」

 

 青年は戦慄した。

 ル級もまた、リ級と同じで問題を引き起こすであろう事が予想されていた。

 そのためル級は早朝に遠征へと向かわせたのだ。出来るだけ沢山資材を集めてこいと命令し、長時間司令部に戻ってこないように調整していた。

 では何故ル級はこうして戻ってきたのか。理由はただ一つ。愛だ。

 「今すぐ彼の元に戻れ」と、彼女の愛(ゴースト)がそう囁いたのだ。

 

「……ヤバい」

 

 最悪な状況で鉢合わせしてしまった、と青年は青筋を浮かべる。

 青年が見ず知らずの艦娘と手をつないでいる。そんな状況をル級が目の当たりにしたらどんな行動に出るか。

 長い間ル級と生活してきた青年は、ル級の思考を簡単に予想することが出来た。そして、その予想は寸分の狂いもなく的中していた。

 

「ルー」

 

 ル級は手をつなぐ一人と一艦を見て考える。その状況に至るためにはどういったプロセスを踏む必要があるか。

 珍しく研ぎ澄まされた彼女の思考が、今に至るまでの様子を鮮明に描いた。

 

「アンタイイオトコネ。ワタシトイイコトシナイ?」

「イヤーヤメテータスケテー」

 

 守護らねば。

 ル級は光の速さで判断し、刹那の内に動き出し、瞬きする間に武装を展開した。

 完全なる不意打ち。人間の反射速度の限界に匹敵する予備動作。普通ならば抵抗どころか反応すらできずにロースト直行だろう。

 だが、ここにたった一人だけ、その動きに対応できるものがいた。

 叢雲だ。ル級と同じ思いを抱いていた叢雲だけが、ル級の動きに対応できた。

 光の速さで判断し、刹那の内に一歩を踏み出し、力強い足音が空気を伝わり、青年の耳に届く。

 声掛けも、合図も、目配せも必要ない。その足音一つで、青年と叢雲の思考は同期した。

 

「ふっ!」

「ぶふぉっ!?」

 

 叢雲はスライディングキックで床に横たわる中年提督を蹴り飛ばした。

 

「伏せろ!」

「へ?きゃっ」

 

 青年は咄嗟に鹿島の頭を押さえつけ、二人揃って地面に倒れ伏した。

 次の瞬間、リ級のとは比べ物にならない巨大な轟音が鳴り響いた。

 

「クッ、行きますよ!」

「えっ!?でも提督さんが!」

「大丈夫です。俺の予想が正しければ、ル級の狙いはあなたですから」

「わ、私ですか!?」

 

 今はまだ『切り札』を使えない。そう判断した青年は鹿島の手を引き走り出す。

 

「ルー」

 

 出入り口まで残り約十メートル。青年たちの目の前には次弾発射の準備を整えたル級が立っている。この間合いではル級が次弾を放つ方が早い。

 このままでは、鹿島もろとも爆殺されボロ雑巾と化した青年が、ル級に後生大事に抱きかかえる結末となるだろう。

 

「叢雲!」

「ええ!」

 

 青年は未来を覆すべく合図を送る。

 合図を機に、青年の背後から叢雲が勢いよく飛び出した。

 彼らの思考は既に同期済み。お互いがどう動くべきかは承知していた。

 叢雲がル級の足元へと飛び込み、ル級の体勢を崩す。それと同時に砲弾が放たれた。砲弾は明後日の方へ向かう。数秒後、ドックの天井に大穴が開いた。

 

「さあ、今のうちに!」

「ありがとうございます!」

 

 青年と鹿島は無事旧解体ドックを出た。

 後はこのまま外に出るだけ、となればよかったのだが、どうもそう簡単にはいかないらしい。

 鹿島たちの進路の先で爆発が巻き起こった。

 

「くそっ!」

「追いかけてきましたよ!?」

 

 背後を見ると、主砲を構えながら全力疾走するル級の姿があった。

 ル級は問答無用で主砲を乱発してくる。

 

「今使うべきか?いや、もっと怒りを鎮めないと……」

 

 切り札は自分だけだ。タイミングを見誤るわけにはいかない。青年は気を窺う。

 その傍らで、鹿島は総司令部にいるであろうお偉いさん方に軍法会議モノの罵倒を飛ばしていた。

 艦装があれば直ぐにでも反撃するのだが、生憎今の鹿島は艦装を所持していない。

 下手に深海棲艦たちを刺激しないようにと、事前に外すよう指示を受けていたのだ。

 元帥たちが「問題ない」というので素直に従ったが、なんだこれは。問題だらけではないか。

 

「奇天烈だとは聞いてたけど!これほどなんて!室内で!いきなり!十六インチ三連装砲を撃つなんてー!」

 

ついに処理が追い付かなくなったのか、鹿島は支離滅裂な叫びをあげた。

 

「ルー」

 

 宣戦布告だぜ。ル級の攻撃は更に熾烈さを増す。

 

「落ち着いて!ル級は両足がついている時しか砲撃しない!片足の時に着弾点を誘導してから冷静に避ければいい!大丈夫!ル級に相手の行動を先読みするような知能はないから!」

「何でそんな事知ってるんですかー!?」

「これがなければ生き残れなかった!」

 

 深海棲艦だけではない。この司令部にいる人たちは皆、どこかおかしい!

 既に査察の事など頭にはなかった。ただ、助かりたい。その一心で、鹿島は足を動かしていた。

 

(ッ!?今何か……)

 

 鹿島の視界の隅に何かが移った。

 それは窓の外にいた。窓の外で、鹿島たちと並行するように走っていた。

 極限まで研ぎ澄まされた意識が、鹿島の視界をスローモーションへと切り替える。

 鹿島は横目で外をちらりと見やる。その目ははっきりと影の動きを捉えた。

 窓枠から頭が少し飛び出ている程度の大きさだが、それで十分だった。それだけで影の全貌をはっきりと描き出す事が出来た。

 

「リ!」

 

新しい遊び(ドンパチ)が始まったと勘違いしたリ級が、砲撃体勢に入っていた。

 

「外にリ級が!」

 

 鹿島は青年に知らせるべく叫んだ。

 青年は走る。鹿島の警告を無視して前へと進む。

 

「早くこっちへ来て!このままでは貴方が!」

 

 鹿島は青年の手を引くが、彼の進路は変わらない。

 言う事を聞かない青年に対し、鹿島は怒りを覚えた。

 確かに彼は卓越した回避能力を持っている。それは認めよう。だが、こればかりは無理だ。いくら卓越した回避能力を身に着けていても、今回ばかりは避けられない。

 リ級の砲撃は間違いなく直撃する。実践の中で培われた鹿島の直観がそう告げていた。

 

「このままでいい!このまま進んで!」

 

 青年は叫んだ。

 そう。このままでいい。あのリ級は放置して問題ない。リ級の砲撃は当たらない。何故なら、砲撃は阻止されるからだ。

 爆風の嵐が吹き荒れる中、その音は青年の耳に確かに届いていた。遠くから近づいてくる彼女の足音が。

 

「邪魔よ!」

 

 叢雲の飛び蹴りがリ級の横腹に突き刺さった。

 リ級は地面に叩きつけられたが、すぐさま体勢を立て直す。リ級の砲身が、着地したばかりの叢雲へと向いた。

 

「オラァ!」

 

 青年から鋼材の欠片が放たれた。

 絶妙な力加減で投擲されたそれは、リ級の視界の隅に映りこんだ。リ級の視線が鋼材へと向く。

 その隙に叢雲は動いた。十メートルの距離を一瞬で詰め、リ級の背後へと回り込んだ叢雲は必殺のローリングソバットを叩きこんだ。

 リ級の体は廊下へ向かって飛んでいく。順当にいけばそのまま青年たちとル級の間に、いや、ル級のほぼ目の前に落下するだろう。

 ル級の砲撃は未だ衰えを見せない。そこへ真横から、しかも至近距離にリ級が飛び込めばどうなるか。

 結果、司令部の二階にまで及ぶ巨大な爆発がリ級とル級を包み込んだ。

 

「……すごい」

 

 モクモクと立ち上る黒い煙。それを目で追うと、燦々と照り付ける太陽の光と青空が映りこむ。

 今いる場所が戦場であるかのように錯覚してしまう光景だ。

 立ち止まった鹿島は、唖然とした表情で爆心地を見つめていた。

 そんな彼女を他所に、青年と叢雲は涼しい表情で情報を交換していた。

 

「査察官の避難は?」

「残った連中に任せてきたわ」

「被害はどうだ?」

「保障予算ギリギリってとこ」

「そっか。明日からまた三食お茶漬け生活だな」

「……そうね」

 

 以前味わった苦行が再び訪れる事を悟ったのか、青年たちの目から光が消えた。

 

「ハッ!こんな事してる場合じゃない」

 

 青年たちと入れ替わるように現実へ戻ってきた鹿島。

 彼女はすぐさま避難しようと駆け出すが、微動だにしない青年たちを見てすぐに足を止めた。

 黒煙の向こうでは『黒と黄が入り混じったような独特の色』がユラユラと揺れている。つまり、ル級は健在だという事。

 となれば、取るべき手段は逃げの一択。にも関わらず、青年たちはのうのうと敵前に姿を晒している。

 一体何故?鹿島は小走りで青年たちに近づいた。

 

「あの、逃げなくていいんですか?」

 

 鹿島は青年の肩を掴み軽く揺すった。

 青年は鹿島の方をちらりと見て「ああ」と気の抜けた声を漏らした。

 

「大丈夫ですよ。なんていうか、ル級を止めるには最初からこの方法しかなかったので」

 

 今こそ『切り札』を使う時。そう確信した青年は覚悟を決めた。

 作戦名『スケープゴートカミカゼアタック』。青年が自らル級の懐へと飛び込み、彼女の抱き肉枕となって怒りを鎮める捨て身戦法である。

 

「っと、その前に」

 

 青年は鹿島の方へと向き直った。

 

「……こんな経験をさせたくありませんでした」

「え?」

「貴方には査察だけしてほしかった。ここまで貴方を付き合わせてしまって……」

 

 顔立ちの整った男が見せる憂い混じりの顔。なんていうか、ちょっとイイ。思わず青年に見惚れる鹿島。

 いや待て。今はそんな事を考えている場合じゃない。

 慌てて思考を打ち切った鹿島は、取り繕おうと咄嗟に言葉を発した。

 

「ありがとうございました!」

 

 鹿島の言葉を聞いた青年はぽかんとした表情を浮かべた。

 鹿島自身も、もう自分が何を言っているのかさっぱりわからなかった。恐怖やら羞恥やらで彼女の思考はもうぐちゃぐちゃだ。

 だが、口にしてしまった以上やるしかない。鹿島は軌道修正すべく言葉を続けた。

 

「私、よかったと思っています。だって、貴方と会えましたから」

 

 誰もが見惚れるような笑顔で鹿島はそう言った。当然青年も例外ではない。

 青年の隣から尋常ではない気配が漂い始めたが、鹿島と青年はその事に気づいていない。

 鹿島はやけくそ気味に腕を突き出した。

 人差し指から小指までが折りたたまれ、親指だけがピンと上を向いている。

 それは古代ローマで、満足できる、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草。『サムズアップ』だった。

 呼応するように、青年もサムズアップを見せた。

 

「じゃあ、見ていてください。俺の献身(けんしん)」

「……はい」

 

 青年は鹿島に背を向け歩き出す。

 黒煙が晴れ、ル級が姿を現した。至近距離での爆発を受けたせいか、彼女の体は大きく破損している。

 今なら全力で抱き着かれても生き残れるだろう。多分。いや、きっと。青年は臆する事無く前に進む。

 

「ふう……」

 

 青年はル級の前に立った。

 普段は恐怖の対象でしかないル級。だが、今の心情は晴れ渡る青空のように穏やかだ。

 こんな気持ちで戦うなんて初めて。もう何も怖くない。

 薄っすらを笑みを浮かべた青年は口を開いた。

 

「ル級、聞いてくれ。俺は……」

「さっさと行きなさいよこのウスラトンカチ!」

 

 叢雲の容赦ない蹴りが青年の背中にぶち込んだ。

 青年は勢いよくル級の胸にダイブした。

 おかえりなさい愛しい人。ル級は条件反射で青年を抱きしめた。

 

「アバーっ!」

 

 青年の絶叫が司令部内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、とある司令部にて。

 鹿島は姉である香取と雑務に取り組んでいた。

 

「平和っていいね。香取姉ぇ」

「どうしたの急に?」

 

 鹿島の呟きに対し、香取は手を動かしながら答えた。

 

「床があって、屋根があって、とっても静か。こんな当たり前の事が、とっても大事な事なんだって気づいたの」

「ふふっ、変な鹿島。でもそうね。当たり前になっている事の大事さに気づける。それはとても素晴らしい事よ」

 

 何があったかは知らないが、今回の査察を通じてほんの少しだけ成長したようだ。

 妹の成長を喜ぶ香取は鹿島へと目を向けた。

 

「うん。世の中には床が爆発したり天井が爆発したリする司令部だってあるんだもの。うちの司令部はとっても恵まれているんだね」

「……鹿島、あなた何を言っているの?」

 

 どことなく様子のおかしい鹿島を心配する香取。

 その時、遠くで砲撃音が鳴り響く。

 香取は壁掛け時計を見た。針は演習開始の時刻を指している。

 もうそんな時間か。そう思いながら手元の資料へと視線を戻す香取。だが、次の瞬間。

 

「ッ!?伏せて香取姉ぇ!」

「おごすっ!?」

 

 香取は床に叩きつけられた。

 

「ちょっと鹿島!あなたいきなり何をするの!?」

 

 ズレた眼鏡を掛けなおした香取は鹿島の方を見た。

 鹿島は光のない淀んだ瞳を震わせながら、目尻に涙を浮かべていた。

 

「ダメ!今は動かない方がいいわ!どこから砲撃が飛んでくるかわからないから……」

「あなた何を言っているの?砲撃音は多分外で演習をしているからその音じゃ」

「嘘!きっと外から私を狙ってるのよ!奴らが私を狙ってるの!」

「鹿島!?どうしたの?しっかりして、鹿島!」

 

 鹿島の負った心の傷は、思った以上に深かったようだ。




次回・・・孤軍奮闘 其の五

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