艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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ようやく2-4クリアしたと思ったらこれだよ。駆逐艦のレベル上げがつらい。

追記:島風ドロップ記念に、感想欄のコメントに返信しました。

追記2:少し修正しました。


着任六日目:因縁の対決。リ級対ル級

夜、静まり返った青年の司令部の中で明かりの灯った部屋が一つあった。

 

 

「……で、結局知らないとは言えずにここまで連れて来たってわけか」

「……ええ」

 

 

 明かりの灯った執務室で、ついさっき司令部へと戻った青年と、後戻りの出来ない状況に追い込まれた叢雲は状況を報告し合っていた。青年は肉体的疲労で、叢雲は精神的疲労でぐったりしている。

 資材不足、新たな深海棲艦の加入、総司令部からの呼び出し。短期間の間に何度も窮地に立たされてきた青年と叢雲だったが、それも協力し合って何とか乗り越える事が出来た。

 その甲斐あって、最近は少しずつではあるが資材も増え始め、昨日(さくじつ)行われた初出撃は無事成功。ようやく軌道に乗り始めた艦隊の運用に、青年と叢雲はやりがいを感じ始めていた。

 そんな矢先に発生した『この事態』は、一人と一艦の心を大きく抉った。

 

 

「それで、一体いくら『持っていかれた』?」

 

 

 持っていかれた。その一言で、叢雲は問いの真意を理解した。彼は私にこう言っている。俺が司令部にいない間、お前が独断で行った『策』でどれほどの出費があったのか知りたい、と。

 言葉に詰まる叢雲だったが、命令ならば言わねばなるまい。青年の精神的ダメージを考慮して、叢雲は大雑把な数字を青年に伝えることにした。

 まるで、受験結果の合否を確認する受験生のように、不安を押し殺して一抹の希望に望みを賭ける青年。しかし、その希望は叢雲の一言によって無残にも砕け散った。

 

 

「……弾薬が……五分の一くらい……」

「……そうか。そうだよね……」

 

 

 あまりにも残酷な結果だった。五分の一。それは資材の供給が始まって以来少しずつ溜め込んできた資材が、たった数時間で消し飛んだことを意味していた。

 叢雲が連れ帰ったリ級の行動を抑制するための苦肉の『策』とはいえ、これはあまりにもひどすぎる。このペースで消費が進めば、単純に計算してあと五日で弾薬が底を尽きてしまう。再び、資材不足に悩まされる日々が始まってしまうのだ。

 そうなる前に、青年と叢雲は無理難題とも言える『問題』をどうにかして解決しなければならない。

 

 リ級の探している深海棲艦を見つけ出す。

 

 叢雲が持ち帰った『問題』はあまりにも大きすぎた。持ち込んだ叢雲自身ですら「あの時ちゃんと断っておけば……」と弱気になるほど強大だった。

 リ級ともそれなりに会話は成立する。細かく質問をして情報を集めれば案外何とかなるかもしれない。まだ事の重大さに気づいていない頃の叢雲は、リ級に話を元に青年と協力してリ級型の探す深海棲艦を見つけようと考えていた。

 しかし、その考えは安請け合いしたにしてはあまりにも安直だったと、叢雲は後から痛感することになる。

 

 その深海棲艦は自分よりデカイ。

 

 リ級から出てきた、彼女が探している深海棲艦に関する情報はそれだけだった。

 話を聞いた叢雲は唖然とした。これは何かの間違いだ、と叢雲は言葉を変えて何度も何度も同じ質問をするが、帰ってくるのは同じ答え。他に分かった事と言えば、リ級の所属していた艦隊には、その深海棲艦とリ級よりも大きな深海棲艦が存在していなかったということくらいだ。

 しかし、知らないうちに仲間が増えるということが常識となっている深海棲艦の艦隊が、いつまでも同じ編成でいるとは限らない。艦隊の編成でリ級が探している深海棲艦を見つけ出すのは難しいだろう。

 叢雲は出撃中に海上で聞いた話も踏まえて、目的の深海棲艦についての情報を頭でまとめた。

 リ級が探している深海棲艦について分かったことは重巡洋艦よりも大きく、砲撃の火力で押すタイプ、つまりリ級が探している深海棲艦は『戦艦』であるということ。その戦艦には『ル級』と『タ級』の二種類が存在するが、この辺りの海域では『タ級』の存在は確認されていない。つまり、リ級が探している深海棲艦とは『戦艦ル級』と思われる。

 しかし、戦艦ル級と言えば『南西諸島防衛線』で数多く見られる深海棲艦だ。その中からどうやってリ級と因縁のある戦艦ル級を見つけ出せばいいのか。

 叢雲は帰投してからずっと目的の深海棲艦を見つけ出す方法を考え続けていた。

 

 

「……いや、案外簡単に見つかるかも」

「え?」

 

 

 解決の糸口は意外な所で見つかった。青年の口から出てきた言葉を聞いた叢雲は一瞬呆けるが、すぐに再起動して青年に詳しく話すよう催促した。

 

 

「今日総司令部に行ったとき、上層部の人と話をしたんだけどさ、最近ちょっと変わった艦隊が目撃されてるんだって」

 

 

 曰く、その艦隊は戦艦一艦と駆逐艦五艦で形成されている。そして、その艦隊を率いる戦艦は異常な火力で他の提督たちの艦隊を次々と返り討ちにしている。さらに、その戦艦の装甲は並みの戦艦よりも遥かに頑丈で、実際に遭遇した艦隊はその戦艦を相手にかすり傷を付けるのがやっとだった。

 そういった報告がすでに総司令部に何件もあがっている、と青年は上層部で聞いた話を叢雲に聞かせた。

 

 

「多分、その戦艦は『エリート艦艇』だろうって言ってた。南西諸島防衛線で『エリート艦艇』が見つかったのは初めての事例みたいだから、近いうちに警告文が出るかもーだってさ」

 

 

 エリート艦艇とは、普通の深海棲艦よりも強い力を持つ艦艇のことだ。通常の深海棲艦が長い年月をかけて進化した姿とも言われている。

 鎮守府より遠く離れた未開の地では『エリート艦艇』や『フラグシップ艦艇』といった強い力を持つ深海棲艦はそこらじゅうにいるのだが、鎮守府周辺の海域ではまず見かけることは無い。新たに鎮守府を建設する際に、ベテラン提督たちの手によって凶悪な深海棲艦は一艦残らず駆逐されてしまうからだ。

 その後は、ベテラン提督たちに代わって新米の提督たちが鎮守府周辺の海域へ出撃を行うため、長期間生存する深海棲艦はほとんどいない。故に、今回の事例は非常に珍しいケースと言える。

 青年は暗い顔つきで自分の聞いた話を全て叢雲に伝えた。話を聞き終えた叢雲は、とりあえず当てが見つかったということで安堵の表情を浮かべたが、それからすぐに青年と同様に暗い表情へと変わった。

 

 

「……何か、都合よすぎない?」

「……やっぱそう思う?」

 

 

 そう、あまりにも都合が良すぎるのだ。叢雲がリ級と出会ったのと同じ日に、青年は南西諸島防衛線の変わった艦隊の話を聞いた。まるで示し合わせたかのようなタイミングだ。

 この短期間で色々とひどい目にあってきた一人と一艦からすれば、こうも都合が良すぎると後から何か悪いことが起こるのではないかと不安に思えてくる。

 

 

「……ま、今は目の前の問題を解決するのが先決ね」

「相手はエリート艦艇、しかも戦艦だぞ。勝ち目はあるのか?」

 

 

 明日の出撃は叢雲率いる第一艦隊がリ級を先導するが、戦艦ル級と戦うのはリ級だけだ。しかし、たとえリ級が相手との一対一を望んでいたとしても、相手がその意思を汲み取ってくれるとは限らない。同伴した叢雲たちに戦火が飛び火する可能性がある。

 そうなった場合、エリート戦艦を相手に叢雲たちはどうやって立ち向かえばいいのか。エリート戦艦の装甲を打ち抜くには、最低でも重巡洋艦クラスの火力が必要だ。第一艦隊を構成する重雷装巡洋艦のチ級、軽空母のヌ級、駆逐艦の叢雲。この面子ではいささか火力に欠ける。

 明日の戦いに不安を感じた青年は心配そうな目で叢雲を見つめた。

 

 

「フッ、私を誰だと思っているの?」

 

 

 しかし、そんな青年の不安を蹴散らすかのように鼻を鳴らして席を立った叢雲は、いつもの自信に満ち溢れた表情でこう告げた。

 

 

「魚雷を持たせたら天下無敵の叢雲様よ?エリート艦艇如きに後れを取ったりはしないわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 水平線の彼方から、一日の始まりを告げる太陽が顔を出す。

 青年から聞いた情報どおり、叢雲率いる第一艦隊は南西諸島防衛線にてエリート戦艦が率いる艦隊を発見した。叢雲は無線で青年に当たりを引いたことを報告し、青年は叢雲たちに作戦指示を伝えた。

 基本的に、戦艦ル級とリ級の戦いに第一艦隊は関与しない。周囲の邪魔な駆逐艦イ級を速やかに殲滅し、被害の及ばないところまで退避。その後しばらく様子を見て、戦艦ル級がこちらへ攻撃を仕掛けそうなそぶりを見せたら即撤退。もしリ級が勝つようなことがあれば、その場ですぐに状況を報告すること。リ級に関しては現場の判断にまかせる。

 青年の指示を後ろにいるチ級とヌ級に伝えた叢雲。二艦とも分かったような分かっていないような反応を見せたが叢雲が「私の言ったとおりにしなさい」と言うと、とてもいい返事を返した。

 叢雲としては自分の力を存分に発揮できる夜戦を希望したいところだが、相手の艦隊には叢雲と同じ夜戦を得意とした駆逐艦が五艦もいるのだ。万が一ということもあるということで、今回の出撃で夜戦は行わないことになっている。

 リ級の視界には、これから交戦する敵の姿がはっきり見えていた。横にずらりと並んだ駆逐艦イ級の中央に佇む、他の深海棲艦とは明らかに雰囲気が違うエリート艦艇『戦艦ル級』。

 そしてそれに対峙するように、第一艦隊の中央で同じように佇むリ級。チ級とヌ級に作戦を伝え終わった叢雲は、リ級に声をかけた。

 

 

「他の奴らは私たちが引き受けるわ。だから、アンタはあのデカブツを確実に仕留めなさい」

「リ!」

 

 

 「イワレルマデモナイ」と、リ級は自信満々の返事を返した。

 叢雲は緩やかに吹く潮風を胸いっぱいに吸い込み、自分の中にある不安を吐き出すように大きく息を吐いた。

 敵は一向に攻めてくる気配を見せない。強者の余裕を見せ付けているのか、それとも、ただこちらを舐めているだけなのか。どちらにせよ、先制攻撃が出来ることに越したことは無い。

 叢雲はチ級とヌ級に単縦陣の陣形をとるように指示を出した。溢れ出る高揚感と、体を締め付けるわずかばかりの緊張感を飼いならし、自分の心を静めた叢雲はゆっくりと左腕の魚雷発射管を相手に向け、大声で開戦の合図を告げた。

 

 

「砲雷撃戦、用意!……いくわよっ!!」

 

 

 叢雲の掛け声と同時にリ級は全速力で前へと飛び出した。それにつられるように、相手の戦艦ル級も前へ出る。

 叢雲たちは手はずどおり、まずは横一列に並ぶ駆逐艦イ級の掃討にかかった。叢雲は左腕に装備された自慢の三連装魚雷を惜しげなく射出した。

 狙うは一番左端の駆逐艦イ級だ。直進する魚雷は、叢雲の狙い通り一番左の駆逐艦イ級を轟沈させた。残りは四艦。

 続いてヌ級の艦載機による上空からの攻撃。ヌ級の側面から発艦した艦載機二機が戦場を一気に飛び越え、単横陣を展開する駆逐艦イ級の上空へと到達。そして、上空から駆逐艦イ級に向かって爆撃の雨を降らせた。

 複数の爆音と共に水柱が上がる。だが、さすがに一回の爆撃で駆逐艦四艦を一気に轟沈させるのは無理だったのか、生き残った駆逐艦イ級二艦が水柱の中から顔を出した。

 

 

「今よ!やりなさい!」

「チ……」

 

 

 叢雲の合図を聞いたチ級が、重雷装巡洋艦の持ち前である遠距離からの正確な魚雷攻撃で溢れた残りの二艦を沈めた。

 全艦撃破に要した時間は約四十秒。おそらくベストといっても過言ではないくらい鮮やかな手際で、叢雲率いる第一艦隊は責務を全うした。駆逐艦イ級を全て沈めた叢雲たちは、遠く離れたところで砲撃戦を繰り広げているリ級とル級へと目を向けた。

 戦艦ル級型の16インチ三連装砲は、一撃食らえば即轟沈してもおかしくないほどの威力を誇る。その砲撃を直撃すれすれで回避しながらほぼ一直線に進むリ級は、両腕に装備された8インチ三連装砲で砲撃を行った。

 リ級の砲弾は戦艦ル級の船体を捕らえるが、エリート艦艇の装甲はその程度の攻撃ではびくともしない。戦艦ル級は何事も無かったかのように反撃を開始した。

 ル級が確実に仕留めにかかる間合いの直前で右方向へ直角に曲がったリ級は、戦艦ル級の間合いに沿うように円周移動し、右腕の8インチ三連装砲、左腕の21インチ酸素魚雷を戦艦ル級に向かって乱射した。

 戦艦ル級は回避行動に移るが、全ての砲撃を避けきることができなかった。戦艦ル級のいた場所で、いくつもの爆発音が連続で鳴り響くと同時に、ひときわ大きな水柱が吹き上がった。

 さすがに今の攻撃は堪えたのか、今まで余裕を見せていた戦艦ル級の体勢が初めて崩れた。リ級はその隙を見逃さなかった。戦艦ル級の間合いへと大きく踏み込み、最大火力の砲撃を至近距離から叩き込む。

 直後、大きな爆発音に混じって、何かが砕けたような鈍い音が爆煙の中から聞こえた。リ級の砲撃が、確実に戦艦ル級型の装甲を貫いたのだ。

 

 勝った。そうリ級は確信した。

 

 もう一丁おまけにといわんばかりに、リ級はもう三発ほど目の前の爆煙に向かって砲撃を撃ち込んだ。再び鳴り響く爆発音と、鈍い破壊音。立ち込める爆煙の中にいる戦艦ル級は完全に沈黙した。

 リ級は満足したのか、ここで両腕の砲身を下ろした。ようやく以前の雪辱を晴らすことが出来た。これでもう、奴もでかい態度は取れないだろう。リ級は目の前で大破しているであろう戦艦ル級の姿が爆煙の中から現れるのを待った。

 潮風に流され薄くなった爆煙の中にうっすらと黒い影が見える。さあ、いよいよご対面だ。ご機嫌なリ級型は余裕の表情でその時を待ちわびる。

 

 ごりっ。

 

 そのときだ。リ級の聴覚機能が妙な音を捉えた。それと同時に、リ級の視覚機能が黒な筒状の物体を認識する。その真っ黒な筒状の物体は、薄くなった爆煙の中からリ級の腹部に向かって伸びてきていた。

 

 次の瞬間、リ級の目に飛び込んできたのは朝焼けに彩られた雲が浮かぶ空だった。

 

 突然切り替わった視界に少しばかり戸惑いながら、リ級は立ち上がろうと両足に力をこめる。しかし、いくら両足に力をこめても、リ級の体は一向に立ち上がらなかった。何故立ち上がれない?疑問に思ったリ級型は自身の下半身へ目を向けた。

 

 何も無かった。

 

 丁度腹部の辺りから下が、完全になくなっていたのだ。何故?どうして?状況を理解できないリ級はもがくように両腕を動かすが、それもただむなしく水面を叩くだけだった。

 そんなリ級を横から眺める者がいた。リ級の攻撃を受け中破した戦艦ル級だ。砲撃を受けて自慢の主砲は使い物にならなくなったが、まだ彼女の背中にはリ級を大破させた副砲が残っていた。主砲に比べれば威力は格段に落ちるが、それでも轟沈寸前の艦艇を沈めるには十分の威力を持っている。

 リ級へゆっくりと近づいた戦艦ル級の影が、リ級の船体を覆う。影に気づいたリ級が顔を動かすと、リ級の眼前には朝日に照らされ鈍く輝く戦艦ル級の副砲の砲口があった。

 リ級は咄嗟に右腕の連装砲を突き出した。しかしリ級が攻撃する前に、戦艦ル級の副砲がリ級の右腕を吹き飛ばす。右がダメなら左を出すまで。リ級は左腕を動かすが、戦艦ル級はそれを許さない。戦艦ル級の副砲は、リ級の左腕を肩から抉り飛ばした。

 完全に打つ手が無くなったリ級。彼女に残された選択肢は唯一つ。静かに戦艦ル級の砲撃を待つことだけだ。リ級の全ての攻撃手段を奪った戦艦ル級は、改めて副砲の砲口をリ級型の顔へと向けた。

 

 そして、リ級と戦艦ル級のいた場所で爆撃音が鳴り響いたと同時に、大きな水柱が立ち上がった。

 

 ぐらり、と少し体勢を崩す戦艦ル級。どういうことだ、自分はまだ砲撃を行っていない。これは何の爆発だ。特に動揺することもなく、冷静に周囲を見渡した戦艦ル級。

 彼女の目が、空中を飛行する艦載機を二機捉えた。何故艦載機に攻撃されたのか理解できないが、とにかく目障りだ。戦艦ル級は右側の副砲で艦載機に向かって狙いを定める。

 

 次の瞬間、戦艦ル級の足元を強力な衝撃が襲った。

 

 大きな水柱が再び立ち上がる。視界を遮られた戦艦ル級は砲撃を中断せざるを得なかった。水柱が消え、視界が開けた戦艦ル級は再び艦載機を墜とそうと副砲の砲口を空へと向けた。しかし時間が経ち過ぎたのか、先ほどまで空中を旋回していた艦載機はすでに姿を消していた。

 副砲の砲撃を断念した戦艦ル級は、本来の目的を果たすことにした。先延ばしになっていたリ級への止めを刺すために、戦艦ル級は背後で浮かんでいるであろうリ級のほうへと向き直った。

 

 

「チ……」

 

 

 戦艦ル級の視界に飛び込んできたのは、見覚えの無い艦艇だった。その艦艇とは、最初から戦艦ル級の眼中に無かったチ級である。

 チ級は大破したリ級の上半身を右肩に担ぎ、分断された下半身を脇に挟み込んでいた。一体何をする気だ。チ級の行動に興味を持った戦艦ル級はしばらく相手の様子を見ることにした。

 戦艦ル級に背を向けたチ級は、最大戦速で戦艦ル級から遠ざかった。戦艦ル級はまだチ級型の行動を観察している。チ級は少し離れたところで待機していた叢雲、ヌ級と合流すると、三艦は戦艦ル級に背を向けて最大戦速で移動を開始した。

 

 叢雲率いる第一艦隊は、南西諸島防衛線から離脱しようとしていた。

 

 リ級と戦艦ル級の戦いを遠くから眺めていた叢雲は、リ級の戦闘能力を見て驚愕していた。重巡洋艦のスピードを生かした回避と、軽巡洋艦程度なら一撃で沈めることが出来る威力を持った砲撃を、外すことなく正確に目標へと着弾させている。傍から見れば二艦の戦いはリ級が有利だろうと錯覚してしまうほど、リ級は戦艦ル級を攻め立てていた。

 しかし、それ以上に驚愕したのは戦艦ル級のエリート艦艇としての能力だ。重巡洋艦の砲撃を受けてもびくともしない強固な装甲。そして並の戦艦を遥かに上回る主砲の火力。主砲の砲撃はリ級に当たることは無かったが、外れた砲弾が海面に着弾した瞬間に立ち上がった水柱の大きさがその威力を物語っている。

 青年の前で大口を叩いていた叢雲だったが、内心彼女は焦っていた。エリート艦艇の能力が、自分の予想の遥かに上を行っていたからだ。

 

 勝てない。

 

 叢雲がそう確信したのは、重巡洋艦であるリ級の至近距離攻撃を受けても沈まなかった戦艦ル級を見たときだった。

 リ級は戦艦ル級の前方五メートルという、リ級自身が巻き添えを食らってもおかしくはない距離まで接近して砲撃を行った。その威力は並の戦艦に匹敵する程だ。

 しかし、それでも戦艦ル級には通じなかった。それほど強固な装甲を、戦艦一艦にも劣る第一艦隊の火力で突破できるわけが無い。

 いくら好戦的な叢雲であっても、最初から勝てない戦をやるほど愚かではない。リ級の敗北を見届けた叢雲は、青年の指示通りチ級とヌ級に撤退の合図を出そうとした。

 しかし、ここで叢雲にとって予想外の展開が起こる。

 

 

「ヌゥ」

「チ……」

 

 

 チ級が突然両腕の魚雷発射管から酸素魚雷を撃ち出したのだ。それから少し遅れて、ヌ級が艦載機を発艦させた。

 二艦が「タスケル」と口にしたのをはっきりと聞いた叢雲は驚いた。深海棲艦が仲間を「かばう」など、今まで見たことも聞いたことも無い。叢雲は慌てて二艦に静止を呼びかけるが、二艦はそれを無視して行動を続ける。

 リ級に止めを刺そうとする戦艦ル級の足元で、チ級の放った酸素魚雷が炸裂した。巨大な水柱が立ち上がったと同時に、チ級は最大戦速で前へ出る。

 続いてヌ級の艦載機が爆撃を行った。爆撃後に発生した爆煙が水柱と入れ替わるように戦艦ル級型の視界を覆い、チ級の姿を隠す。

 チ級は一直線にリ級へは向かわず、戦艦ル級を敬遠しながら回り込むような形で海面に浮かぶリ級へと近づいた。しかし、チ級がリ級へ到達するよりも先に爆煙が晴れるほうが早い。このままでは、チ級が戦艦ル級の反撃を受けてしまう。潮風に吹かれ、瞬く間に薄くなってく爆煙を見た叢雲は、咄嗟に左腕の三連装魚雷発射管から魚雷をありったけ放った。

 発射された魚雷の数発が戦艦ル級に直撃し、再び上がった水柱が戦艦ル級の視界を塞いだ。そして、無事リ級型の元へと到着できたチ級は、リ級の上半身と下半身を抱えながら後退。叢雲とヌ級と共に、戦線を離脱したのである。

 戦線を離脱しながら、戦艦ル級の追撃に備え最後尾で背後を警戒する叢雲。しかし、一向に戦艦ル級が追撃を仕掛けてくる気配がない。

 追撃をするどころか、何故かその場から動かない戦艦ル級の行動を不気味に感じながら、叢雲率いる第一艦隊は青年の待つブイン基地を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の光が西から差す港で、青年は無事帰投した第一艦隊を迎え入れた。

 帰投中に何度か敵と交戦を行った叢雲たちが、残りの燃料で無事帰り着くことが出来るか不安だった青年。無線で連絡を受けていたから無事なのは分かっていたが、こうして面と向かって言葉を交わすとみんな無事帰ってきたんだと実感できる。

 心の底から安堵した青年は、帰ってきた三艦(と大破した一艦)を精一杯ねぎらった。

 

 

「で、結局リ級も連れ帰ってきたの?」

「仕方ないでしょ。あそこの馬鹿二艦が助けるって飛び出していったんだから。まったく、おかげで余計な苦労をしたわ」

 

 

 大破したリ級を入渠ドックへと勝手に運び入れているチ級とヌ級を遠巻きから眺めながら、叢雲は大きなため息をついた。

 お疲れ様、と青年は叢雲の頭を優しくなでる。「……まったくよ」と心底疲れきった表情でなされるがままの叢雲だが、彼女にはもう一仕事してもらわなければなら無い。ひとしきり叢雲の頭をなでた青年は、南西諸島防衛線で見た戦艦ル級についての報告を求めた。

 通常の戦艦とは比べ物にならない火力と装甲。重巡洋艦のスピードについていく速力。エリート艦艇の性能は段違いだったと、叢雲は自分の見た光景をそのまま青年に報告した。

 

 

「笑っちゃうわよね。エリート艦艇如きに遅れは取らないとか言っておきながら、かすり傷を負わせることも出来ないまま撤退なんて。ホント、なさけない話だわ」

 

 

 叢雲は終始悔しそうな顔で報告を行った。

 たとえ今回の出撃が夜戦だったとしても、あのエリート戦艦を沈めることは出来なかっただろう。自分の無力さを思い知った叢雲のプライドは、今回の出撃でズタズタになった。報告を終え俯く叢雲の姿は、軽く触っただけで壊れてしまいそうな、少し強い風に吹かれただけで飛ばされてしまいそうな儚げな雰囲気を漂わせている。

 普段の自信家で高圧的な態度は完全に鳴りを潜め、今はただ静かに肩を震わせている叢雲。ここは青年が慰めの言葉の一つや二つかけるべきだろう。

 

 しかし、今の青年にそんな余裕は無かった。今、彼の中には大きな疑問があったのだ。

 

 叢雲は、第一艦隊は戦艦ル級を前に撤退したと言っていた。撤退したということは戦艦ル級から距離を取ったということ。戦艦ル級から遠ざかったということになる。

 ならば『アレ』は一体何だ?水面に浮かぶ『アレ』はどう説明するのだ?青年の目に映る光景には、叢雲の報告とは食い違った、明らかな矛盾が生じていた。

 

 

「……叢雲、『アレ』は何なの?」

「え?」

 

 

 青年は港の海上を指差した。それにつられて、叢雲も港の方へと目を向ける。

 潮風になびく黒い長髪。スレンダーな体系に似つかわしくない両腕の巨大な連装砲。

 袖の無い灰色のボトムスの上に茶色の袖なしジャケットを重ね着し、真っ黒なレギンスパンツを穿くその姿は人間とそう変わりない。

 しかし、背中についた副砲と、エリート艦艇の証である全身を覆う赤い輝きが、彼女が人間ではないことを物語っている。

 

 青年が指を差した先にいたのは、紛れもなくエリート艦艇の戦艦ル級だった。

 

 リ級が南西諸島防衛線で戦ったあのル級が、青年と叢雲のもうすぐそこまで迫っているのだ。

 叢雲は驚愕した。何故、いつの間に、どうやって、頭の中に次々と湧き上がる疑問が、今はそんな事はどうでもいい。叢雲は、今自分がやるべきことを即座に理解した。

 

 

「提督、逃げて!」

 

 

 叢雲は背中から伸びる連装砲をル級に向けて構えた。港から上陸し背中の副砲の照準を合わせたル級は、武器を構える叢雲へと迫る。二艦の距離、残り百メートル。

 

 

「ま、待ってろ!他の艦隊から援軍を呼んでくる!」

 

 

 青年は叢雲に背を向け走り出した。そしてそれにつられるように、戦艦ル級も陸上を全力で駆け出す。

 叢雲は戦艦ル級に向かって砲撃を開始した。連装砲の砲撃は叢雲のほぼ直線状にいる戦艦ル級へと直撃するが、戦艦ル級はまったく気にせず直進する。

 駆逐艦の火力ではエリート戦艦の装甲を貫くことは出来ない。自覚はしていたが、まさか足止めすら出来ないとは。自分の力不足を呪いながら、叢雲は必死に砲撃を続けた。

 だがやはり、戦艦ル級の勢いが衰えることは無い。ものの数秒で、百メートルあった二艦の距離は三十メートルとなった。

 

 

「止まれ止まれ止まれ止まれぇっ!!」

 

 

 叢雲は目じりに涙を浮かべながら砲撃を続ける。たとえ砲撃が通じないと分かっていても、今ここで引き下がるわけにはいかない。

 叢雲の後ろには、彼女が身を挺してでも守りたい存在がいるのだ。戦艦ル級の進行は必ずここで止める。たとえ刺し違えてでも。自分の全てを賭して戦艦ル級に挑む覚悟の叢雲だったが、現実は残酷だった。

 

 ガチンッ。

 

 とても砲撃とは思えない軽い音が叢雲の耳に届いた。そして、その音を合図に、叢雲の砲撃はぴたりと止んだ。

 司令部へ戻る間に、第一艦隊は戦艦ル級の艦隊以外の敵艦隊とも交戦を行っている。勝てない勝負はしない叢雲だが、勝てる勝負から逃げるようなこともしない。

 連戦でかなりの弾薬を消費した叢雲の連装砲は、残弾がほとんどない状態だったのだ。そして予想外の敵との交戦により、残りわずかだった連装砲の残弾が完全に尽きてしまった。

 最悪のタイミングで訪れた弾切れに一瞬気を取られてしまった叢雲。その一瞬の隙が、彼女にとって最悪の結果を招いた。

 一瞬、戦艦ル級から意識をはずしてしまった叢雲は慌てて気持ちを切り替えた。弾がなくなったのならば、自分の体をぶつけてとめればいい。青年が援軍を連れてくるまで、何としても戦艦ル級の進行を阻止しなければ。

 叢雲は両手を広げ、戦艦ル級の行く手を阻んだ。

 

 だがしかし、戦艦ル級は既に叢雲の真横を通り過ぎていた。弾切れに気を取られた一瞬が叢雲の判断を、そして行動を遅らせたのだ。

 

 瞬く間に叢雲との距離を離す戦艦ル級。叢雲は一瞬呆気に取られた。何故戦艦ル級は自分を攻撃することなく、横を通り過ぎていったのだろうか。いや、そもそも何故奴はさっきから砲撃を仕掛けてこないのだ。色々と思うところがある叢雲だったが、今はそれどころではない。

 早く奴の後を追いかけないと。身を翻した叢雲は、最大戦速で戦艦ル級を追いかけた。速度だけなら戦艦よりも駆逐艦のほうが上だ。戦艦ル級と叢雲の差は十数メートル。この距離差ならば十分に追いつける。

 ぐんぐんと戦艦ル級を追い上げる叢雲。火事場の馬鹿力が発揮されたのか、今の叢雲は最速の駆逐艦と言われた『島風』を上回るスピードで動いていた。

 叢雲の目に、戦艦ル級の前をもたもたと走る青年の後姿が見えた。絶対に、絶対に行かせない。叢雲は自身の出せる最高速度を上回る速度で戦艦ル級へと迫る。

 

 叢雲が『ベストの状態』だったら、後二秒もあれば戦艦ル級に追いつくことが出来ただろう。

 

 ガクン、と突然重くなった自分の体に叢雲は戸惑いを覚えた。叢雲は崩れた体勢を立て直すために咄嗟に右足を踏み出そうとするが、自由の利かなくなった体は思うように動かない。何故、と疑問に思う叢雲だったが、普通に考えればすぐに分かることだ。

 彼女が消費していたのは弾薬だけではない。航行する際に必ず必要になる『燃料』もまた、同じように消費していたのだ。そして、残りわずかだった燃料が、またしても最悪のタイミングで底を突いてしまった。故に、叢雲の体は活動限界を迎えたのだ。

 倒れゆく中、叢雲は必死に右手を伸ばした。敵は目の前にいるのに、手を伸ばせば届く距離にいるのに。心の中で悲痛な叫びを上げる叢雲は、戦艦ル級の背中を憎らしげ睨みつけた。

 だが、睨みつけたところで状況は変わらない。叢雲が見ている光景は、覆ることは無い現実なのだから。

 叢雲の伸ばした手は戦艦ル級型に届くことなく、硬いコンクリートの地面へと落ちた。

 倒れた後も勢いの衰えない叢雲の体はコンクリートの地面をゴロゴロと転がり、数メートル進んだところでようやく停止した。うつぶせの状態から必死に立ち上がろうと手足に力をこめるが、言うことを聞かない叢雲の体は一向に動かない。

 そんな彼女の耳に、守ると誓った青年の声が響いた。

 

 

「うわあああああああ!!」

「っ!!?」

 

 

 バッ、と顔を上げた叢雲の視界に飛び込んできたのは、凄まじい勢いで青年に飛びつく戦艦ル級の後姿だった。

 青年は地面に倒れ伏し、その上から戦艦ル級が覆いかぶさるように倒れた。青年は足をじたばたと動かし必死にもがく。その姿を、叢雲はただ眺めることしか出来なかった。

 絶対に守ると誓ったはずなのに、絶対に行かせないと決めたはずなのに。自分の無力さと後悔に体を蝕まれた叢雲の目から、大粒の涙が零れ落ちた。

 

 

「ルー」

「……ぇ?」

 

 

 燃料が尽き、徐々に意識が遠のいていく叢雲。そんな彼女の耳に戦艦ル級が発した声が届いた。

 その声は幻聴か、はたまか現実か、今の叢雲のそれを識別するだけの余裕は無かったが、聞こえた言葉は一字一句間違えずにはっきりと認識できた。

 

 

「……『お慕い申しております』って……どういうこと……よ……」

 

 

 その言葉を最後に、叢雲は意識を失った。

 




次回・・・追跡と偶然と一目惚れ

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