艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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俺提督「オ、オレは、あと何回駆逐艦のレベルを上げればいいんだ!? 次はど・・・どの艦娘を・・・い・・・いつまで「上げれ」ばいいんだ!? オレは! オレはッ!」
3-2「うずくまっておじちゃん、オナカ痛いの?」
俺提督「オレのそばに近寄るなああーーーーーーーーーッ」

キス島撤退作戦を攻略できたら次の話書きます。

追記:少し修正しました。


着任七日目:追跡と偶然と一目惚れ

 青年がル級と出会う十数時間前。まだ太陽が真上で燦々と輝いている頃、「正規空母ヲ級を実際に見てみたい」という書状に従い、青年はヲ級をつれてブイン基地総司令部を訪れていた。

 総司令部入り口で待機していた補佐官の案内に従い、総司令部の会議室へと招かれた青年。両開きの扉をくぐり、大広間のようにだだっ広い会議室へと足を踏み入れた彼の目の前に現れたのは、他を圧倒する『凄み』を放つ五人の提督たちだった。皆、中から高齢の男性だが、顔に刻まれた大きな傷跡や軍服の上からでも分かる屈強な肉体が、彼らが幾多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勇士だということを物語っている。

 その歴戦の提督たちから一斉に注目され、青年の心は一瞬で大破した。視線だけで壁に穴を開けられるのではないか、と思ってしまうほど熱烈な視線を浴びせられ、思わず胃の中身を全部吐き出してしまいたくなりそうなる青年。

 しかし、お偉いさん方の前で汚物をぶちまけるわけにはいかない。精一杯気を張った青年はこみ上げて来た汚物を何とか喉元で押し返し、目の前に並ぶ歴戦の提督たちに今までの出来事を報告した。

 報告の最中に次々とやってくる質問に、青年は若干空回り気味ではあるがしっかりと答えていく。そんな中、座っていた提督の一人がこんなことを言った。

 

 

「おい、そいつは触っても大丈夫なのか?」

 

 

 かつて農作物を荒らす害獣と呼ばれたハツカネズミが今ではペットショップに並べられているように、いつも敵対している憎たらしい相手が人の手によって飼いならされペットに堕ちた。

 自分にとって都合のいいように解釈した一人の提督の発言によって、周囲の意見もそちらの方へ流れ始めた。触った感触はどうだ、体温はあるのか、言葉を理解できるのか。まるで珍獣を見るかのような目でヲ級をじろじろと眺めるお偉いさん方。

 問いかけに対して逐一返答していく青年だったが、ついに我慢出来なくなったのか、最初のきっかけとなった発言をした提督が「直接触ったほうが早い」と席を立ち、ヲ級に触り始めた。

 それをきっかけに、他の提督たちも席を立ってヲ級へと近づいていった。近づいてくるお偉いさん方の気迫に萎縮した青年の体は自然と後ろへ下がった。青年が動いたことに気づいたヲ級は、それについていこうと後ろを振り向くが、歩き出す前に近づいてきたお偉いさん方に囲まれてしまった。

 頭に乗っている巨大な被り物を思いきり揺らしてみたり、美しい銀色の長髪をぐいぐい引っ張ったり、真っ白な肌を思いっきりつねってみたりと、ヲ級をまるでおもちゃのように扱うお偉いさん方。当の本人であるヲ級はどのようなことをされても反応を示さずに、ただじっと何も無い空間を眺めていた。

 目の前で繰り広げられる非人道的なやり取りには、青年もさすがに不快感を覚えた。お偉いさん方による狂宴は衰えるどころか、勢いを増すばかり。ついには、ヲ級に向かって突きや蹴りを繰り出す者まで現れた。さすがにそれはやりすぎだ、と心の中で叫ぶ青年。

 しかし、歴戦の提督たちを相手に面と向かって意見を言えるほど、彼の心は強くはない。心の中で思うことは出来ても、それを実際に行動に移すことが出来なかった。

 小声で「すまない」と謝り続ける青年は、目の前で好き勝手に弄られるヲ級を眺めることしか出来なかった。

 お偉いさん方の狂宴が始まってから早数時間が経過した。相変わらずお偉いさん方はヲ級に夢中で、現在も飽きることなくヲ級の周りに群がっている。

 だが数時間前と比べて、今のお偉いさん方にはある決定的な違いがあった。

 

 

「よーしよし。ほら、これをお食べ」

「綺麗な髪だねえ。ずっと触っていたくなる手触りだ」

「お、食べかすがついてるじゃないか。まったく、仕方のない奴だなあ。払ってやるからじっとしてろ」

「うちの孫もお前くらいおとなしかったらのぉ……」

 

 

 ブイン基地総司令部は、ヲ級の手に落ちていた。

 ヲ級の無垢なしぐさを長時間に渡って見続けてきたお偉いさん方は徐々にヲ級を優しく扱うようになり、今ではボーキサイトを片手に猫かわいがりするまでになっていた。

 もうこの会議室には深海棲艦に興味津々のマッドな提督は存在しない。完全に心を鷲づかみにされたお偉いさん方は、ヲ級という名の孫を可愛がる『おじさん』と『おじいちゃん』の集団と化してしまっていた。

 いつまでたっても終わらないヲ級の『歓迎』に待ちくたびれた青年は、一言断りを入れて会議室を後にした。廊下に出ると、青年と同様に待ちくたびれた補佐官が数名、壁にもたれかかっていた。

 お互い苦笑いを浮かべながら、青年と補佐官たちは他愛のない世間話をする。ブイン基地もようやく資材の量が増えてきた、今日は帰れそうもない、南西諸島防衛線におかしな艦隊が現れた。

 次々と上がってくる話題に話も盛り上がり、時間を忘れて談笑にふけっていた青年と補佐官たち。しばらく談笑が続いた後、ふと腕時計で時間を確認した補佐官たちは、そろそろ様子を見に行ってくると青年を一人残して会議室へと戻っていった。

 水平線の彼方へと沈んでいく太陽を窓から眺めながら、青年はヲ級が帰ってくるのを待っていた。談笑が終わってからも、青年は何度かヲ級の様子を見に行ったが、お偉いさんたちの狂乱は一向に終わる気配を見せない。

 そろそろ口を出すべきか?太陽が完全に沈んだ瞬間を見届けた青年は、お偉いさん方にヲ級を返してもらうように言うべきかどうか悩んでいた。このまま総司令部に残っていては、業務に支障がでてしまう。何とかしてヲ級を引き離す方法を考えなければ。

 青年はぐちぐちと愚痴をこぼしながら、なるべく穏便に事を運べる手立てを考えた。

 

 

「……あるじゃん。向こうも、俺も、両方が得をするいいアイディアが」

 

 

 きっかけは、青年が「いつまで待てばいいんだ」と愚痴をこぼしたその時だった。言葉を口にした瞬間、青年の脳内にある疑問が浮かんだ。

 

 何故、俺はヲ級を待たなければならないのか?

 

 青年とヲ級の関係は提督と艦娘、上司と部下の関係だ。自分の部隊にいる艦娘の面倒は提督である青年が見なければならない。それは提督にとって常識だ。しかしその常識が、今の今まで青年の行動に制約をかけてしまっていた。一瞬の閃きが消えてしまわないうちに、青年は現状を簡単にまとめた。

 お偉いさん方はヲ級をとても気に入っている。青年は萎縮してお偉いさん方に意見を言えない状態だ。故に、青年は今まで口を出すことなく、ヲ級をただじっと待ち続けていた。

 しかし、このままではヲ級はいつ帰ってくるか分からない。青年はいつ帰ってくるか分からないヲ級を延々と待ち続けることになる。

 

 ならば、このまま総司令部にヲ級をお泊りさせてしまえばいいのではないだろうか?

 

 お偉いさん方はずっとヲ級といられる。青年はすぐに自由になれる。さらに、ヲ級がいなくなることで青年の司令部の資材一日分の出費が削減できる。そして、ヲ級はお腹一杯ボーキサイトを食べられる。うまくいえば、このままずっと総司令部がヲ級の面倒を見てくれるかもしれない。

 「提督は自分の艦隊の艦娘の面倒を見なければならない」という今まで常識となっていた考えを捨てることで、誰も損をしない、まさに理想とも言える状況が完成するのだ。

 そこからの青年の行動は早かった。すぐに会議室へと出戻った青年はゆっくりと会議室の扉を開け、室内の様子を確認した。会議室では相変わらずヲ級が『おじさん』と『おじいちゃん』に可愛がられている。青年は室内を見渡し、自分の探し人である補佐官たちが、部屋の隅で棒立ちしているのを発見。すぐさま近づいて声をかけた。

 

 

「あの……すみません。実は、その、明日はとても大事な用事がありまして、誠に申し上げにくいのですが、今日はこのままヲ級型をここに泊めさせていただけないでしょうか?」

 

 

 もちろん、大事な用事があるというのは真っ赤な嘘である。

 補佐官たちは青年の言葉を聞いてギョッとした表情を見せた。待ち呆けていたときとは打って変わってさわやかな笑顔を見せる青年。補佐官たちは青年の態度を見て、目の前にいる男は面倒事を自分たちに全部押し付ける気満々でいることをすぐに理解した。

 お前だけに楽をさせたりはしない。俺たちと同じ道を行け、と補佐官たちはこぞって青年を説得する。

 

 

「自分の艦隊の艦娘を他所に預けていては、あなたの提督としての信頼に傷がつきますよ」

「そうです。提督ならば自分の艦娘の管理はきっちりやらなければ!」

「それが提督の責務というものです」

 

 

 補佐官たちは青年を思いとどまらせようと冷静に説得を行った。しかし僅かばかり焦っていたせいか、補佐官たちは自分たちが少し大きな声を出してしまっていることに気づかなかった。

 その結果、青年と補佐官たちのやり取りはお偉いさんの耳にバッチリ届き、お偉いさん方が青年の意見を即採用。ヲ級は一晩総司令部で預かることになってしまったのだ。

 呆然とした表情の補佐官たちを尻目に、青年はあくどい笑みを浮かべながら会議室を後にするのだった。

 

 その後、司令部に戻った青年は帰投した叢雲から報告を聞き、リ級とル級の因縁をどうやって解決するか頭を悩ませた。

 そこで青年の頭に浮かんだのが、数時間前、総司令部で補佐官たちと談笑をした時の会話だ。「戦艦を旗艦とするおかしな艦隊が最近南西諸島防衛線に現れた」という話を思い出した青年は、この事を叢雲に伝える。叢雲もこれ以外に手がかりは無いし、とりあえずダメ元で行ってみようということで青年と意見が一致。

 翌日、叢雲たちはリ級をつれてル級を探しに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年とエリート戦艦ル級の出会い。それは、偶然が偶然重なり偶然を呼び寄せた結果生まれた、まさに奇跡と呼べる出会いだった。

 

 もう米粒程の大きさになった第一艦隊の後姿を眺めるル級は困惑していた。

 突然現れた知らない艦艇が謎の動きを見せてから数分が経過した。相手の出方をずっと伺っていたル級だったが、相手は一向に攻撃する気配を見せない。

 奴らは一体何をするつもりなんだ。相手の行動を少しばかり警戒していたル級だったがが、相手の姿が完全に見えなくなったところで、彼女は重大な事実に気づいた。

 

 まさか、奴らは逃げたのか!?

 

 相手に戦う意思が無いことを悟ったル級は、今の自分が出せる最大戦速ですぐに相手の追跡を開始した。ル級は見えなくなった相手の姿を再び見つけ出そうと、索敵機能を最大限に働かせる。知らない艦艇が三艦程いたが、そいつらはどうでもいい。だがしかし、あのリ級だけは今日必ず始末する。自分より性能の劣るリ級に中破させられた事を許せなかったル級は、何が何でもリ級を沈めるつもりでいた。

 このとき『偶然』ル級の近くを航行する艦隊がいなかったため、必然的にル級に一番近い位置で戦闘をすることになった第一艦隊。その戦闘音を察知したル級は、音を頼りに第一艦隊の後を追いかけた。その後も『偶然』他の艦隊に発見されないまま、数十時間の追跡を経てル級は鎮守府海域へと侵入した。

 鎮守府周辺の海域では他の提督たちが演習を頻繁に行っているため、海域のあちこちから砲撃による爆撃音が鳴り響いている。音を頼りにここまでやってきたル級にとって、その爆撃音は厄介極まりないものだった。

 相変わらずル級の視界にはリ級を連れ去った相手の艦隊は見えない。手詰まりとなったル級は、ひ弱な知能を使って作戦を考えた。

 

 とりあえず、一番近くで聞こえる音の所へ行ってみよう。

 

 最悪の判断を下してしまったル級。演習を行っている提督たちに発見された時点で、ル級は数の暴力によってすぐさま轟沈させられてしまうだろう。鎮守府周辺の海域で戦艦クラス、しかもエリート艦艇がうろうろしていれば危険視されて当然だ。砲撃されないわけが無い。

 そんなことな事はまったく考えずに、ル級は一番近くで聞こえる音のほうへ向かって進んでいった。

 もちろん、ル級は演習中の艦隊にすぐさま発見され、二つの艦隊から同時に警戒される事となった。二つの艦隊はル級に照準を合わせ、提督の指示があればすぐさま砲撃を開始できるように準備をしている。

 しかし、艦隊を指揮する提督たちから砲撃開始の命令が下ることは無かった。提督たちの頭に浮かんだある人物の名前が、艦隊へ砲撃命令を取りやめさせたのだ。

 

 

『そいつってアレじゃね?あの叢雲ちゃんが連れてる艦隊の』

『あー、そういうことか。だよなあ、おかしいと思ったもん。こんなトコにエリート戦艦がいるわけないもんな』

 

 

 このブイン基地で、青年の名を知らない者はいない。青年は提督の中で始めて深海棲艦を手なずけた提督として有名になっている。

 しかし、知れ渡っているのはその程度の事くらいで、青年の所有する艦隊の構成や、青年の元にいる深海棲艦には赤い丸印がついているなど、そういった詳しい情報はあまりよく知られていなかった。

 そこへ「こんなところにエリート戦艦がいるわけない」という思い込みが加わり、結果としてル級は演習を行っていた提督たちから見逃されたのだ。

 さらに、ル級が迷子ではないのかと勘違いした提督二人が、ご丁寧に青年の司令部のある方向をル級に教えるように指示を出した。いつもなら艦娘の艦隊を見つけた時点で沈めにかかるところだが、今はリ級の事しか頭に入っていないル級。しぶしぶと提督の命令に従う旗艦の艦娘の指差した方へ、ル級は素直に進んで行った。

 それから数分後、ル級の視覚機能が陸上を歩行するチ級とヌ級に担がれたリ級の姿を視認した。上陸できそうな場所を見つけたル級は、ゆっくりと青年の司令部へ接近する。ル級の前方ではル級の存在に気づいた叢雲が臨戦態勢をとり、その後ろで青年は怯えた表情を見せた。

 上陸したル級が真っ先に視認したのは、自分に対して敵意を向ける叢雲の姿だった。自分よりも遥かに小さく、見るからに華奢で、装備している連装砲もまったく脅威を感じれら無い。完全に叢雲を格下と判断したル級は、「とりあえず邪魔だから」という理由で叢雲を片付けようとした。

 しかしそのとき、ル級の視覚機能はもう一つの存在も視認していた。叢雲の背後に見える『白い物体』。敵はもう一艦いたのか、とル級はこれから戦う相手の姿を確認するために視線を『白い物体』へと移した。

 

 このとき、ル級に電流走る――!

 

 それと同時に、ル級の奥底から『得体の知れない何か』が湧き上がった。今まで生きてきた中で感じたことの無い不思議な感覚。

 でも、以前どこかで感じたことがるような懐かしさ。正体不明の感覚に全身を支配されたル級は、叢雲の後ろにいる『白い物体』に完全に目を奪われた。

 

 

「提督、逃げて!」

「ま、待ってろ!他の艦隊から援軍を呼んでくる!」

 

 

 『白い物体』が自分から離れていく。そう思ったと同時に、ル級は全力で地を駆けていた。どうしてそんな行動にでたのか、ル級自身にも分からない。だが彼女の直感が告げているのだ。今、あの『白い物体』を見失ったら後悔する、と。

 本能の赴くままに、ル級は『白い物体』を追いかけた。途中で自分が攻撃されていることに気づいたル級だったが、今のル級にとってそれは些細なことでしかなかった。反撃する暇があったら一歩でも多く前に進む。行く手を阻もうとする叢雲の姿は、すでにル級の眼中には無かった。

 ちらりと見えた叢雲を置き去りにし、さらに速度を上げたル級は眼前に迫る『白い物体』をまじまじと観察した。

 ああ、やっぱり自分はあの『白い物体』に見覚えがある。どこで見たのかはっきりと思い出すことは出来ないが、自分はあの『白い物体』、いや、あの『後姿』を知っている。

 不意にこみ上げてきた懐かしさにいても立ってもいられなくなったル級は、抑えられない気持ちを行動で示すかのように『白い物体』へ向かって飛びついた。そして接触した瞬間、ル級の全身に再び電流が走った。

 顔全体を覆う暖か。嗅覚機能を通して伝わる優しい匂い。固さと柔らさを併せ持った癖になる感触。

 以前どこかでこれと似たようなものに触れたことがあったような気がするル級だったが、それもいつどこであった出来事なのか思い出せない。しかし、飛びついたことがきっかけで、ル級は自分の中を這いずり回る『得体の知れない何か』の正体をはっきりと思い出した。

 

 この気持ち、まさしく愛だ。

 

 長い眠りから目を覚ました感情に突き動かされたル級は、自分の内からあふれ出す思いを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 未知との遭遇を終えた青年を待っていたのは死刑宣告だった。

 ル級に引っ付かれながらも何とか叢雲を回収し、やっとの思いで司令部に戻った青年。ル級への抵抗を諦め、へとへとになりながら歩いていると、目の前見知った深海棲艦の姿が現れた。

 

 

「ヲっ」

「……え?」

 

 

 昨日総司令部に置いてきたヲ級である。

 ヲ級の隣には、お守りとして同伴してきた艦娘『蒼龍』がいた。ヲ級をえらく気に入ったお偉いさん方が、このままずっとヲ級の面倒を見てくれるだろうと予想していた青年。

 予想が大きく外れて少しがっかりしたが、すぐに気持ちを切り替え目の前にいる艦娘『蒼龍』へと目を向ける。蒼龍は乾いた笑みを浮かべながら、胸元から一通の書状を取り出した。

 青年は書状を手に取り、その場で開封して内容を確認した。

 

 『ヲ級は、お前が、必ず、絶対、何があろうとも、責任を持って、最後まで面倒を見ろ』

 

 あまりにも長たらしい文章だったので要約したが、どうやら総司令部はヲ級を青年へ返却することにしたようだ。しかも、今後一切ヲ級に関与しないとまで明記されている。

 一晩のうちに一体何が起こったんだ、と青年はヲ級へと目を向けるが、当の本人は何事も無かったかのように無表情のままだ。何か非礼なことをやらかしたのであれば今すぐにでも謝罪をしに行かなければならない。

 青年はヲ級の隣にいる蒼龍に事情の説明を求めた。

 

 

「いや、あの、私も詳しいことは知らなくてですね。ただ、うちの提督も含めて、提督の方々の様子がおかしかったっていうのは聞きました。皆さん自分の司令部からこぞってボーキサイトを持ち寄ったりしてたとか。一体何をやっていたんでしょうね?」

「……あっ……そ、そうですねえ。お、お祭りでもやっていたんじゃないですか?」

「お祭り……ですか。ボーキサイトの投げあいでもやっていたんでしょうかねえ」

 

 

 青年は引きつった笑みを浮かべることしか出来なかった。

 今の蒼龍の発言と、書状の中に書かれている「ヲ級の食事の管理には細心の注意を払え」という一文から、青年は総司令部で起きた惨劇の内容を大体把握した。

 お偉いさん方は今頃、自分の執務室で頭を抱えているのだろう。今の状況を作り出した原因の一端を担ってしまった青年の心は罪悪感で一杯だ。

 

 お偉いさん方もありったけのボーキサイトをヲ級に与えてしまったのだろう。そして、現在は圧倒的ボーキサイト不足に頭を抱えている。

 

 以前にまったく同じ事をやらかした青年には、お偉いさん方がヲ級を甘やかす光景が容易に想像できた。加減を知らない深海棲艦の胃袋はブラックホールだ。

 引き際を間違えればあっという間に全てを飲み込んでしまう。罪悪感に苛まれた青年は今すぐ謝罪に行こうとしたが、それは蒼龍によって止められた。曰く、「謝罪は必要ない」とのことらしい。

 

 

「自分で撒いた種は自分で刈り取るって言ってましたけど……どういう意味か分かります?」

「ええ……それはもう、痛いくらいに……」

 

 

 かつて同じ過ちを犯している青年だからこそ伝わる言葉。お偉いさん方と同じように、一時のテンションに身を任せて色々と世話を焼いた経験のある青年だからこそ、その言葉に宿った決意を感じ取れる。

 もう自分に出来ることは何もないと悟った青年は、蒼龍の隣で『最後の』ボーキサイトをかじるヲ級を引き取った。コイツは絶対に更生させてみせる、と心に誓いながら。

 

 

「というわけで叢雲大先生、教育をお願いします」

「アンタっ……、酸素魚雷を食らわせるわよ!?」

 

 

 こうして、偶然が偶然を呼び偶然集まった五艦の娘が、ついに青年の下に集結した。彼女たちが引き起こす騒ぎが一人と一艦の日常をどう変えていくのか、それは誰にも分からない。唯一ついえるのは、その騒ぎがろくなモンじゃないということだろう。

 五艦の娘に振り回される青年と叢雲が襲い来る困難の数々にどう立ち向かうのか。

 

 一人と一艦の活躍に、乞うご期待。

 




次回・・・叢雲大先生の熱血指導

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