仗助君のスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』によって外傷は直されていたおかげで想定よりも早く退院できたのは良かった。のだが、何というか、退院してから花京院が近い。すごい近い。背中にかかる圧がすごい。知らないうちに気に障るようなことでもしただろうか、と思考を巡らせるが答えは出ない。
考えてもわからないなら仕方がない。視線と圧をじわじわ感じながらもそれを振り切るように男は歩いていた。
「(本当に! どーして呑気できるんだこの人は……!)」
死人、花京院典明は現在胃痛と戦っていた。DIOとの戦いによる古傷ではない。精神的なものだ。
病室にて恩人の本名を教えてもらった後、世間話でもしようと「最近どうなんだい?」と聞いた。彼はその言葉をそのまま受け取った――だけでなく昔会った少年と再び出会え(死人だが)、沢山話ができるぞ! とテンションが上がっていたのかいろんなものを付け足してしまった。
つまり、『自分が目覚めてからのほぼ全てをそのまんま』、話してしまったのだ。
これまで自身のスタンドが元となって起きたことを説明しているうちに、花京院の顔がだんだん悩みから歪んでいくのが見えていたのかいないのかわからないが、まあ空気がよく読めていなかった彼は全部こっきり話した。
赤ん坊とピエロ――勿論話を聞いた花京院には死神13のことだとすぐにわかった――だったり、自称宇宙人だったり、杜王町で幽霊に会ったり、氷のスタンド使いによって死にかけた部分もきっちり。
スゴく問い詰めたくなった。突っ込みどころ満載だった。死人だというのに胃痛がした気もする。そんなこんなを押し込めて、話を聞いた花京院の結論としては。
「この人は危機感がどうしようもないぐらい薄いから自分がこうして存在できている時間だけでもなんとかしなくては」
つまり恩人を守るための行動であり、彼なりの恩返しだったりするのだが……その真実を知ることは多分ないだろう。
チャンチャン。
これは退院おめでとうのご褒美、と個人的に思っていたりする自分inトラサルディー。体調を整えるのに良いと露伴先生にオススメされたその店は、客を見て料理を作る、という珍しい特徴を持つ。
店長は自分を見て顔色を少し悪くしつつ「……失礼ですが……お客サン、最近大怪我しましたカ?」と言った。
――トニオ・トラサルディー。彼は技術を磨いた末にスタンド使いとなった人間。料理に役立つことならばあらゆるものを取り入れ、十全に使いこなす。文句のつけようなどないプロフェッショナルだ。
美味しいものを食べると元気が出る。これは当然。
料理を食べると体調が整う。これは栄養バランスによりけり。
ならば『食べた者を健康にする』スタンドが料理に入っていたら? その答えを知りたければ是非トラサルディーまで。杜王町にて好評営業中。
カラフルなトマトの見た目をしたスタンド、《パール・ジャム》。食べられることによりその力を発揮するスタンドだが、調理工程のどこで料理に加えられているのかは席からはよく見えなかった。見たとしてもそれはそれで「アレを食べているのか」と気にしてしまい箸が進まなくなるかもしれない。いやこの場合はフォークとスプーン、ナイフが進まないになるのか? ……まあそんなものは昼飯に必要ない。文字通り水に流すべくコップを傾ける。
ふわ、と顔が綻んだ。
「――美味しい」
水だけで美味しいと感じるなんて初めての経験だった。人の手が加わり消毒臭くなった水道水とは比べるべくもない、自然が長い時をかけ作り上げた雪解け水。そんな感動の動きを感じ取ったのか、店に入る前に花京院が私へ絡ませていた触脚も心なしかほうっと一息ついているようだ。
なお、花京院は店へは入らず外で私が食べ終わるのを待っている。……まあ死人は腹が減るのか、食事ができるのかも謎だからだろう。目の前に美味しいご飯があるのに食べられないのはとてつもない苦痛だ。
「お待たせしまし、」
長いような短いような、料理ができるまでの時間を待ち。皿がテーブルに乗るその瞬間。上から異音がした。
人間を無理やり縦に引き伸ばしたみたいな存在が、天井に頭をぶつけそうになりながらも緑の球体をがっついている。一心不乱に。がむしゃらに。それはもう料理人であるトニオさんが心配するぐらいに。……スタンドの持ち主である自分も引くぐらいに。
「…………☆ふとる☆?」
主人の呟きを聞いているのかは何も分からないが、とにかくそれは緑色をした球体を両手に持ち、何度も何度も咀嚼と嚥下を続けていた。
つい、と顔と思われる部分が動く。それに目はないが確かにこちらを見たと感じた。
――がちゃん!
テーブルの上の魚を、正しくは魚料理を見てみっともなく尻餅をつく。両手で掴んでいた謎緑球体をほっぽりだし、地を這い逃げ出す。
「オー……魚、お嫌いでしタ?」
「あ、いえそういう訳では」
スタンドとは精神の具現。☆ふとる☆は魚が苦手だったか? と疑問は浮かぶが美味しい料理の前には些細な疑問。
数十分後。腹を満たしたからか、気持ちふっくらしたような体を抱えてトラサルディーから出てきた彼を見た花京院はなんともいえない顔をしつつも肩を並べ、また歩き出した。
間違いなく今、彼は幸せだった。
――幸福とは何か?
その答えは人によって違うが、とある吸血鬼と神父は同じ答えへと至った。
喜劇も悲劇も偶然も必然も事前に認識し、受け入れることにより幸福になれる。『覚悟』とは『未来』。『未来』を知ることが天国へ行き、幸福になる方法。
だがもし『未来』が知れたとして、『覚悟』できる人はこの世界にどれだけいるのだろう。精神力が足りない者はどれほど変えようとしても変わらない『未来』へ絶望し、何もしなくなるだろう。運命という大河に流される石のように、目を塞いだ奴隷として一生を終える。その行く末は『停滞』だ。
『覚悟』とは――真に幸福になり得るのか?
『天国』は逃げ場のない『牢獄』ではないのか?
二度あることは三度ある。嫌な事ほど連続して来る。様々な色彩をした不運の巡り合わせは紡がれて糸になり、ぐるりと彼の周りを取り囲んでいるようだ。窓の向こうでは彼の気など知る由もない観覧車が回っている。
ピンク髪の少年は縋るように呟く。
「電話……電話どこにいっちまったんだ……? ボ、ボスぅ……」
悪寒。氷が残っていたから? 否。彼が震えたのはあまりにも歪な精神がそこにあったから。
二人を混ぜ合わせたような見目をしているのに、少年本人はそのことに気付いていない。もう一つの顔が辺りを警戒している。その顔も恐らく気付いていない。
自分だけだ。自分だけがこの歪をわかっている。だから隠れた。自分が見られる前に。スタンドを、エフェクトを使って。
――☆△ずきん☆!
透明になれる力を持つそれに心の中で感謝を伝える。心臓は鳴り止まない。サイレンから警報が鳴り出す。早くこの悪夢が目覚めてくれと懇願する。
忘れるはずもない、『吐き気を催す邪悪』。『帝王』。
二つの顔を持つ――まごうことなき
薄暗い裏道に響く死神の足音。こつん、こつん、とかかとをわざと鳴らしリゾット・ネエロは手がかりの一つを追い詰めた。
「な、なんだお前ッ!」
少年――マニッシュ・ボーイは恐怖していた。それはかつてDIOと出会った時と匹敵するが種類の違う恐怖。濃厚な死の匂い。闇に生きる者のみ纏うことができるその芳香は、マニッシュ・ボーイを捕らえて離さない。
生憎彼のポッケの中に銃などの武器、煙幕などの目眩し等々頼れる物は何一つとしてない。スタンドを出したところで、その真価たる能力は現実世界では発揮できない。
「答えろ。お前を雇ったのは誰だ」
「な、何のことを言って――」
ジョースターを殺す刺客としての仕事はDIOの死によりもう終わったことのはずだ。今さらなんだ、と口から出るのは突然否定。それを聞いた暗殺者は自身のスタンドを使う。
予備動作も何もいらない。当然気付かれることもない。ただ少し、磁力を向けてやるだけ。
――少年の身体にじわりと生える釘の群。
「イギャアアアァァーーーーッ!!」
苦しみ悶えることは許されない。既に彼は足の甲を貫通した針によってしっかりと地面へ縫い付けられている。
スタンドの能力からして、彼は現実の痛みに慣れていない。そして抵抗もできない。
「もう一度だけ聞く。お前を雇ったのは、誰だ」
男は近付かない。闇に満ちた目を漆黒の意思でよりドス黒く染めた視線は、次は死を与えると告げていた。
「わ、わかったアァ、言うよ、言うからさぁア」
顔から体液を垂れ流し、吐かせたその言葉から並べられた過去については男が求めるものとはだいぶ違っていた。……不快。
だがその途中、とても気になる言葉があった。『夢』、『同じタイプのスタンド』。成る程、可能性としてはとてつもなく低いがそういうこともあるかもしれない。いや……そうだからこそ、こいつはこうして必死に命のリミットをなんとか延ばそうと話を続けている。この状況で嘘をつくメリットは、こいつには存在しないのだから。
少しばかり男の表情が変わったのをマニッシュ・ボーイは確かに見た。
嘘だろ、アレのことかよ、俺は何も知らねえってのに、どうして俺が! この痛みを受けるべきはアイツの方であるはずなのに! 轟々と渦巻く怨みは向き場を見つけられないまま溜まるだけ。
これは醒めない悪夢だ。もしも、もしも
「も、もういいだろ、早、早くこれをッ」
「…………ああ、そうだな」
安堵の表情は、すぐに困惑に。
「
「え、ァ」
ほんの数秒で命は消えた。すでに男の姿は無かった。
……そこにはもう、誰もいなかった。ただ、ボロ雑巾のようになった肉塊があるだけ。肉の内側から弾けただろう無数の鉄片が辺りに突き刺さっていたが、それもすぐ、形を失った。
乾いた血で黒く染まった肉塊が見つかるまで、あと――。
暗殺者であり、いかなる時でも冷静である男としてはとても珍しい殺し方。今なお収まらぬ怒りをぶつけた残虐極まりない殺人現場には背を向け、いつもと変わらぬ暗い道を歩む。
…………リリ、リ! コール音。
「リーダー! リーダー! 大変だっツエホッ」
「落ち着け」
「指令だよ! ボスからの指令だ! ――『日本にいる夢のスタンド使い』を殺せ、だとよ」
未だ正体の分からぬギアッチョを襲った下手人は刺客ではないのか、どうして、といった考えは耳元から流れる音と共に抜けていった。
あらゆる感情が混ざり合って返答は口にできなかったが、確かに言えるとすれば。
この時、男は。
――笑っていた。