重さ、手触り共に間違いなく百円玉だ。力を入れてみるがびくともしない。匂いを嗅いでみる。金属の香り。がり、と歯で噛む。金属の味と硬い歯ごたえが伝わった。
「ふむ、スタンドから出て来たものにしては妙に現実に寄せている。それに、スタンド越しでなく、人の手で触れるのはスタンドパワーが強いからか……?」
コインを太陽にかざして動かすと、キラキラと太陽光を反射する。
「夢、か……。ユングやフロイトの夢診断、もう少し真面目に読むべきだったな」
昏睡状態だった謎の男。夢を現実に持ち込む能力。承太郎さんがいるこんな時に悪いとは思うのだが、彼は漫画のネタになる。
昏睡状態からの回復。作品中で新しいキャラクターを増やす一つの手だが、その経過は想像で補うしかない。だが彼はそれを実際に体験している。そしてつい先ほど僕達に攻撃をした。
覚醒した能力の暴走! 無理やりの制御! 凄いものを見てしまった。この体験は間違いなくウケる!
あのイラスト群は適当なようで他人には簡単に真似できないものばかり。僕の表現には無かったもの。あれは異質さの表現に役立ちそうだ。それに、
――ああ、早く終わってくれないだろうか!
抑えきれない好奇心を吐き出すように、ドシュッドシュッ! とペンで出す音と思えぬ音を立てながら、スケッチブックに超速のデッサンをする。
「……っ、ううっ」
「大丈夫か?」
ベンチに手をついてゆっくりと起き上がる。す、と背中に手を添えられる。
「……いえ、貴方の方こそ体調を気にするべきでは?」
自分の体内から鳥人間が現れた時、鳥人間がどんな存在かを理解した。害と判断したものを排除する、それだけの存在。分かりやすくすると『自動追跡』。シアーハートアタック、ブラック・サバス等ジョジョ界屈指の凶悪なモノが揃っているアレである。本体へのダメージは無く、ターゲットを何処までも追い続ける。
本来なら命令すれば止められたであろうスタンドは、自分の精神、体力の消耗からか制御を離れ暴走していた。なので鳥人間を包丁で刺して無理やり消した。今は消えたとはいえ暴走していたから、何かしら不調が残っていてもおかしくないのでは……?
「心配せずとも何も問題はない。……この調子なら大丈夫そうだな、だいぶ遅れてしまったが」
胸に手を当てて自己紹介を始める。
「俺は空条承太郎。スピードワゴン財団の関係者だ」
「あの反応からして既に知っていると思うが確認のため、僕は岸辺露伴。漫画家だ」
深い知性を感じさせる空条承太郎と自信にあふれた岸辺露伴。ふと、露伴が手に持っているコインに目が止まる。なぜあのコインがここにあるのかとじっと見る。それを自分が露伴に対して疑問を抱いていると思ったのか、露伴が喋り出した。
「漫画家がどうして此処に? って感じだな。今回、僕の能力を貸して欲しいと承太郎さんから連絡があったんだよ。……予想以上のものが見れた」
危険な目にあったにも関わらず露伴はどこか嬉しそうだ。……貴方が好奇心の塊であることはよく知ってます。だからチープ・トリックの時や、スピンオフの『岸辺露伴は動かない』で危険な目にあったりするんですよね。
「君のその能力、名を『スタンド』と言う。スタンドはスタンドでしか触れられず、スタンドはスタンド使いにしか見えない」
「ま、ここまで聞いたら分かるだろうが、僕達もスタンド使いだ」
スタープラチナと
「見えているか?」
「ええ、はっきりと」
彼らのスタンドの身体的特徴を一言二言告げる。それで確かにスタンドが見えていると納得したようだ。二人ともスタンドをしまった。
「で、ここから本題に入りたいところなんだが……僕の
そう言ってスケッチブックをめくる。岸辺露伴が普段描く絵とは違うタッチのそれら。
「……これが、ですか」
「そうだ。どうやら知っているらしいな」
「ええ、ずっと私の夢にいた存在です。彼らは」
自分の中に残っているのは殆どが夢の世界の記憶。昏睡状態であった時、ずっと見ていた夢のキャラクター達。体験が読めなかったのは良かった、のだろうか。初対面のはずの空条承太郎の名前を知っているとあればまた一悶着あったからだ。
夢は
「また『夢』か」
長年昏睡状態だった相手にヘブンズドアーを使ったのはこれが初めてだ。彼が特殊なケースなのか、そうでないのか判断がつかない。露伴が思考の渦に飲まれる前に承太郎が切り出した。
「では、そろそろ本題に入ろうか。我々は君のスタンドをピアノだと思っていたのだが、間違いだったか?」
「いえ、間違ってはいません。……が、それだけでは足りないんです」
「足りない、という事はやはり!」
「……ええ。お二人を襲った鳥人間も、包丁も、ピアノも、全部私の『夢』のモノ。鳥人間に包丁を使った時理解しました。――私のスタンドは、私の夢のモノ全て」
夢の中のピアノを呼び出す。彼らが身構える、が何も起こらないと分かると拳をおさめた。鳥人間を出した時ほどの疲れは感じない。
「あの時、夢と同じくピアノが弾きたい、そう思っただけでした。それだけでこれは現れたんです。もし他の事を考えたら、また別のモノが出てきたでしょう」
軽く弾いてピアノをしまう。
「……また暴走するようなことがあれば、今回と同じように自分で抑えられるかわかりません。もっと恐ろしいものが出るかもしれない」
震えを抑えるように、両腕で自分の体を抱きしめる。それを見た承太郎は目線を合わせるようにしゃがみ、こちらをじっと見る。
――深い、深い翠色。
「スタンドの制御は自分が落ち着いていれば大丈夫だ。今回の暴走はこちらから手を出したから起きた事、君が気にすることはない。それに、スタンドの操作は『できて当然』の事だ。どう呼吸すればいいか、どう瞬きすればいいか聞かずともできるように、な」
気持ちを落ち着かせるために深呼吸。
「……ありがとうございます」
その後露伴から夢についていくつかの質問を受け時間は過ぎた。
「俺の連絡先だ、もし何かあれば相談に乗ろう」
「もし体調が安定したら杜王町に来るといい。僕の仕事場はあそこにあるし、君と同じスタンド使いがうようよいる町だ。……ま、僕だけでなくあいつらも相談くらいには乗ってくれるだろうよ」
露伴と承太郎の連絡先を頂き、本日はお開きということになった。もしスタンドに関する新たな発見があればすぐ連絡してくれ、とのことだ。
――夢を見る。いつもの宇宙船、私はピアノに向かっている。
突然、口が勝手に動いた。
『私の夢に、あの子はいない』
『あの子は最後、どうなったのでしたっけ』
『いい子になったのでしょうか。悪い子のままなのでしょうか。死んでしまったのでしょうか。生きているのでしょうか。流れたのでしょうか。産まれたのでしょうか』
『あの子』
ぴたり、と言葉が止まる。
『貴方は私、私は貴方』
『すぐ側に立っている。遠く離れている』
『それは夢でも現実でも変わらない』
『……ああ、覚める前に一つだけ』
一拍。
『この言葉に意味なんてあるのでしょうか?」
『これは夢』
『――夢に意味を求める行為に意味はありますか?』
電話をかける。相手はもちろんスピードワゴン財団だ。
「敵ではない、があの能力は警戒するべきだ。夢を現実に持ってくる、ほぼ万能の力。俺もやられそうになった。じじいにもそう伝えておけ」
「ミスター空条、それは本当ですか!?」
「ああ、彼が自身のスタンドの暴走を止めようとしなければ俺は今頃醒めない夢の中だ」
能力もわからないのに殴りかかった俺の方が迂闊だった。夢は何でもありの世界だ。そこから呼び出した、俺を一撃で再起不能にできる存在……それ相応に消耗はするが、それでもお釣りがくるくらいだ。彼が敵でなくて良かった。
「……その、念写の件なのですが」
「何かあったのか」
「……ええ」
ジョセフ・ジョースターのスタンド、
――陽気な音楽と共にテレビを横切るイラスト。人のような存在が口からジグザグな何かを吐いている。それが流れるだけだった。
「Oh my god! ……信じられん、ワシのスタンドを妨害するとは……!」
射程距離が異常に長いのか、スタンドパワーが強いのかは今判断できない。それでも一つ確かな事がある。
「やれやれ、俺達はどうやらとんでもないスタンド使いを見つけちまったらしいな」
コインは露伴先生が持って帰りました。