「すぅ、はぁ……」
できて当然、できて当然……。
「よし」
公園の端にあるベンチに座って深呼吸。遠くから子供の楽しげな声がする。万が一の事が起きてもここなら被害は出ないだろう、と思ってここにしたのだ。病院の中は狭いし、ピアノ弾いてコールが十分ごとにやって来る。
――芝生が植えている、いたって普通の公園。その上から夢の世界を被せるイメージを。夢で塗りつぶし元を消すのでは駄目だ。夢をレジャーシートのように、やりたい事を終えたらぺろりと剥がして元に戻せるように。
――さあ、目を閉じて。
――3、2、1、0。
つい三秒前まで公園だった場所は、土と石が広がっている、生命の気配を感じない殺風景な世界になっていた。生命の息吹を感じない寂しい荒野に一人、残されたベンチと二人きり。
もこもこと土が盛り上がり、山菜のぜんまいのような形の何かが生える。ような、と付くのは大きさが明らかに違うからだ。一番目が完全に伸びきったのを皮切りに、あっちでもこっちでも芽生える。
「っ、やはり規模が大きいと消費も大きいのですね」
私と似たタイプのスタンドとしては『ボヘミアン・ラプソディー』があげられる。世界規模のスタンド能力。二次元のキャラクターを三次元へ引き上げ、適当な人物に役を演じさせる。もしストーリーで倒されると決まっている悪役になってしまったら最後、敗北が確定する。
たとえゆめにっきを知らずとも、私のスタンドがあれと同系列というだけで恐ろしさがわかるだろう。……まあ、私は呼び出したモノ、それに応じて消耗するので釣り合いが取れているのだろうが。
なので、こうしてスタンドを試しているのも一歩間違えれば大惨事に直結する可能性は捨てきれない。危険性がないもので少しずつ確かめれば問題はない、はずである。
今から試そうとしているのはエフェクトの再現。特殊な能力の無いタオル、ぼうしとマフラー辺りが負担は少ないだろう。なら、この荒野にあるエフェクトであるタオルの方がイメージしやすいか。
――ふかふかのタオル。幼い子供を守る親からの贈り物。寒い風から体温を保つために必要なもの。目に見えてわかる安心感。……いつかボロボロになって、捨ててしまうけど。
「……?」
ベンチから数歩離れた所、地面の上に折りたたまれた薄桃色のタオルがあった。目を離していなかったはずなのにいつ出たのか気付かなかった。
「いつ出たのか分からない、のは問題ですね」
ベンチから立ち上がりタオルを拾い上げる。暖かそうなそれは見た目以上に柔らかい。ベンチに戻り、とりあえずタオルを膝にかけてみた。
……何故だか落ち着く。このまま目をつぶって寝てしまいたくなるほどに。
「……はっ、いけないいけない」
まだ検証は終わっていない。このタオルを、エフェクトを捨てるとどうなるのか。やはり卵へ変わるのか。それとも……? 膝にかけていたタオルを玉のような投げやすい形に形成し、座ったまま投げる。丸めたとはいえタオルだ、当然空中で形は崩れる。
地面に落ちたタオルが波打つ。立ち上がり、目を開く。……調べるとタオルのエフェクトをくれる存在に変わってしまった。それはタオル地の体をうねらせ、あたりを適当にうろついている。
「ふむ、卵ではなくエフェクトをくれる存在になる、と」
呼び出すだけでなく、動作も命令できるようにならなければ安心とはいえない。取り敢えずこっちへ移動させてみよう、と心の中で「来い」と呟く。
「おお」
ふらふらしていたタオルがふわふわとこちらへ真っ直ぐに寄ってくる。目の前に来たところでエフェクトに戻れ、と念じる。タオルもどきは目を閉じ、重力に従って地面にへたばる普通のタオルに戻った。
「おお……!」
希望が見えてきた。この調子で再現が簡単そうなモノからいけば大丈夫だ、そう気を緩めたのがいけなかったのか。
とぷん、と液体が揺れる音がした。おかしい、ここに液体は無いはずだ、が……?
「……承太郎さん、本当に私はスタンドを制御できるんですかね……?」
いつの間にか現れた、地面に赤い液体を垂れ流す存在――トクト君が小さな手足を必死に振ってあちこち走りまわる。そのたびに地面に赤い飛沫が散る。トクト君の見た目はゆるキャラのようで可愛いのだが……。
「スプラッタですね、これ……」
粘性のある赤い液体が見渡す限り広がっている、という誰かが見たら勘違いされる光景になってしまった。
「あ」
走るのに夢中で気がつかなかったのか、小さな石ころにつまずく。走っていた勢いそのままにべしゃ、とこけた。だくだくと赤い液体が流れ出て……トクト君は動かなくなった。
「えっと、戻って、ください……?」
エフェクトのタオルで液体を拭いたところでこの状況が好転はしないだろうし、このまま残すのも気がひけるのでご退場を願う。散らばった赤い液体とトクト君の体は一度瞬きをすると消え去った。
……そのかわりに鳥人間ピクニックが出現した。レジャーシートを敷いた上におにぎりと弁当箱、水筒がある。だがそれに見向きもせず、三人の鳥人間はラジカセから流れる音楽に合わせて踊っている。
あの輪の中に入りたいか、と言われたら否だ。ゲームの中では楽しそうだったが、現実にあの光景を持ってくると狂気でしかない。人間のような化け物が踊り狂っている、としか見えない。
スタンドがこのまま勝手に動き出す前にべろりと夢の布を剥がす。何事もなかったように、元の公園に戻った……ハズだった。
「これ、は……」
出した覚えがない、数珠のような持ち手と紫色の手のひらに目玉がついたモノを握っていた。めだまうでではない。……ゆめにっきにこんなモノはあっただろうか? どう使うのかもさっぱりわからない。
もしかしたら名前があるのかもしれないが、どう調べたらいいのだろうか。こんな事でスピードワゴン財団に頼むのは気がひけるが、何か起きてからでは遅い。戻って電話しようと立ち上がる。
ふと、数珠部分を握り、手のひらが目の前に来るようにかざした。ネックレスではないだろうし、ブレスレットにしては長い数珠。こうするのが正しいかも、と思ってしただけだった。
「うおっ!?」
ぶあ、と私を中心に風圧が発生する。反射的に腕で目を覆った。不思議なことに、半球状の風の壁は芝生を揺らしはしなかった。
……それだけだった。
「……要練習、ですか」
まだまだ先は長いようです。
今日の夢の客人は不思議な学生。男性にしてはめずらしい長髪、UFOやら星やら宇宙感溢れるアクセサリーを貼り付けた長ラン。
おお、おお! と言いながらあちこちを見て回る。窓から見える宇宙に目が釘付けになっている。
「なんと! 貴方も『宇宙船』を持っているのですか!」
『………………はい?』
今、なんと? ……貴方『も』宇宙船を?
「おっと失礼しました、自己紹介がまだでしたね。私はヌ・ミキタカゾ・ンシ、職業は宇宙船のパイロットです。マゼラン星雲から地球へ来ました、貴方と同じ『宇宙人』です」
何年も会っていなかった旧友にやっと会えたような顔で話すヌ・ミキタカ……いや、支倉未起隆? どっちで呼ぶべきか。
あと私宇宙人ではないのですけど。いや今はそう見えてもおかしくない見た目ですけど、あああ勘違いを訂正することができない!
手を差し出す未起隆。差し出されたので取り敢えずこちらも手を出す。両手でがっしりとホールドされ、上下にぶんぶんと振られる。
「いやあ、いい星ですよ地球は!」
『は、はあ……』
「私が宇宙人だと知っても研究機関に連絡することはありませんでした。優しい人ばかりです。貴方も来てはどうですか? きっと馴染めると思いますよ」
本気でそう思っているらしいのは目の光でわかる。……あの、それって宇宙人発言にドン引きして周りがまともに取りあっていないだけでは? また未起隆のいつものが始まった、みたいな感じでは……?
「地球での私の名前は支倉未起隆です。住所は……あ、もちろん地球のですよ? M県S市紅葉区、杜王町の……」
杜王町。露伴さんからおいで、と誘ってきたあの杜王町。
この様子だと未起隆は宇宙人仲間がいた、と仗助達に話すかもしれない。そこから康一へ、露伴へ、と繋がるのは火を見るより明らか。どうやら逃げ場はないようだ。
「ではまた、地球で会いましょう!」
『ははは…………はあ』
――スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う。それをこんな形で実感したくはありませんでした、まる。