『岸辺露伴は叫ばない』読みました。
どれも露伴先生が露伴先生で最高でした。(語彙
ジョジョ好きなら買って損はないかと。
今日も杜王町は天気予報通りの晴れ。真っ白な雲が青空に浮かんでいる。
テレビでは政治だの俳優の不倫だの、正直僕には興味ないニュースばかりが流れる。
それに家で飼っているバカ犬のポリスは普段は動かないくせに散歩だけは急かす。大型犬だからかなりの時間と距離を歩かなくちゃならないのが面倒だ。
――変わらない日々。僕は退屈だった。
そんなある日、ばったり出会った露伴先生がこう言った。
「明後日、杜王町駅まである人を迎えに行く」
あの露伴先生がそんな事を言うなんて、と驚いた。
露伴先生は客が来るとなったら何かと理由をつけて断るのがイメージに合っている。誰かもわからない人をわざわざ迎えに行くというのが引っかかった。
それに興味が無ければアメリカ大統領の一生のお願いでも絶対に聞かない。はてさてどんなVIPが来るのかと尋ねると「ずっと夢を見ていた人」だと返された。何だかメルヘンですね、と返事をすると顔を歪めて一言。
「メルヘン? ……あれをそう言える奴が世界に何人いるだろうな」
まるで実際にその夢を見た、というような言い方だった。
「まさか露伴先生、スタンドを使ったんですか?」
「ああそうだ」
太陽が東から昇り西へ沈むように。それはさも当然だと言わんばかりに天才漫画家は堂々と言い切った。
「オイオイ勘違いしないでくれ、寝ている時に使ったんじゃない。ちゃんと起きていたし、君の時のように書き込んだりもしていない」
「……本当にですか?」
いまいち信用できない。言葉だけなら何とでも言えるし、この人は面白い漫画が書けるなら犯罪だってしてみせる。
そんな僕を見て、ため息をついてから露伴先生は話した。
「承太郎さんも一緒にいたんだ、そんなこと出来るわけないだろ」
「えぇっ!? それって、つまり」
「つい最近目覚めたスタンド使いだ。スピードワゴン財団が見つけたらしい。承太郎さんから連絡があってね。承太郎さんだけで対処できない可能性も考え、僕もついて行ったのさ」
ああそうそう、と顔を寄せて一言。
「……この事は、信頼できる君だから言ったんだぜ」
そう遠回しに忠告されたにも関わらず、仗助君と億泰君(どちらも同学年のスタンド使いだ)にうっかりこぼしてしまった。
――それが、あの人と僕達が出会う始まりだった。
僕がぽろっと、ついうっかりこぼした言葉を聞いてきっかり三秒硬直。
「「ハァーーーーッ!?!?」」
二人同時に叫んだ。思わず耳を塞ぐ。
「本当かぁソレ!?」
「マジで? マジに言ってんの康一!?」
目が飛び出しそうなほど大きくして寄ってくる友人達。
「う、うん……露伴先生が自分でそう言ってたのを確かに聞いたんだ」
「あの自己チューの化身露伴がだぞ!? どんな奴だよそいつ!」
「さ、さあ……? ただ『ずっと夢を見ていた』『スタンド使い』としか教えてくれなくて……」
「ははーん……となると、コレだな」
ぴ、と小指を立てる億泰君。コレ、とはつまり……。
「ええーっ! そんな風には全然見えなかったけど……」
「そうとしか考えられねぇだろフツー! 見に行こうぜ! な!」
退屈だった日常に舞い込んだ刺激。しかも露伴先生が関係しているとなると二人とも変なやる気が出たようだ。
「……二人とも、怒られても知らないよ?」
そう呟いた僕の声は、遠足前日の子供のようにはしゃぐ二人には届かなかった。
ソロォーーッという擬音が似合いそうな動き。ドラマなんかでよくある張込みの真似をしているようだが、どう見てもガタイが良い不良二人が変な動きをしているようにしか見えない。
岸辺露伴の家へ続く道の途中、木の後ろへ隠れる。
「もしかしてあれじゃねえか?」
ゆっくりと歩いている二人の男性。一人は岸辺露伴、もう一人は――。
「誰だ? アイツ」
「見たことねえ顔だな」
背の高い男。承太郎さんと違いひょろ長い、といった感じだ。健康的には見えない。黒に身を包んだ男は露伴と何かを話している。
「(男かよ!?)」
予想が外れてガッカリ、いやもしかしてそっちのケが……!? などと露伴に知られたら100パーセントとんでもない目にあう事を考える二人。
当の本人はというと。
「(……あの、丸わかりです……)」
木の後ろから顔だけ出してひそひそ話をしている。あれで隠れているつもりなのだろうが、ガタイのいい男子二人を隠すには少々木は細いようだ。
「……露伴さん、彼らは……」
「いーんだよ、バカの仗助とアホの億泰はほっとけば。さ! 上がって上がって!」
は、はあ……と戸惑いながらも男性は岸辺露伴の家の中へと入る。その後、露伴も入る。
「………………フン」
ドアを閉める直前、「これ以上来るんじゃあない」と言わんばかりの目でこちらを睨みつける事を忘れずに。
「あんニャロォー露伴のヤツ! わざとこっちに聞こえるように言いやがって!」
「落ち着け億泰! ……まさか露伴のヤツ、また何か企んでるんじゃねーだろうなァー」
警察ごっこは終了。血管が浮き出るほど強く拳を握る友人を抑えつつ、先程のふざけた考えを頭から追い出し一つの仮説を立てる。
――あの時のように、あの男にスタンド攻撃を仕掛けるのではないか。
……これは万が一の可能性があるからだ。決して好奇心からでも露伴をからかうネタを探すためでもない。家に入るのが駄目なら窓から覗こうと億泰と共に移動を始めた。
「お邪魔します」
露伴宅はどぎつい色彩の暴力ではなく、万人が好むシンプルさと清潔さで構築されていた。
何故か廊下には椅子や机が端の方に寄せられ置かれている。大掃除を始め、さあこれからだ、というところで中断したような感じだ。
「少しばかり退けたんだ。邪魔になるかと思ってね」
案内されたのはがらんどうの部屋だった。廊下にあったのはこの部屋に元々あった家具。露伴一人で移動させたのだろう。
「この部屋がどうなろうといい。――君の力を見せてくれ」
お茶でもどうぞ、といった前置きもなく本題へ入る。
「言質は取りましたよ、露伴さん」
目を閉じて、夢の世界を思い浮かべる。その様子を窓越しに眺めていた仗助は唖然としていた。
「…………何だ、これ」
彼を中心に部屋の中が作り変えられる。明るかった部屋は一気に暗くなり、天井から長い螺旋階段が伸びてくる。壊れた蒸気機関車。ぽたりぽたりと蛍光色の液体を流す、人の足のような胎児のような紺色のオブジェ。
――火星の奥底の景色。
「凄い! これが君の『夢の世界』かッ! いいぞ! 実にいい!」
「これがあの人のスタンド……!」
俺達と違い決まった姿を持たないスタンドなのだろう。夢の世界と言っていたが、これを夢として見ていた彼は一体――?
スケッチブック一杯に描かれた絵はこの風景をコピーして貼り付けたように正確で繊細だった。動ける程度の体力を残さねばならないので頃合いを見て夢の世界を消す。
「ふう……こんなものでどうでしょうか?」
「最高だ! 僕にはない発想の塊! 出来れば毎日見せて欲しいぐらいだ! ――ところで」
窓へ――正確にはその向こうにいる二人に視線を向けて一言。
「ずっと其処に居るのも大変だったろう。中へ入るといい」
冷え切った目と共に放たれたその言葉は、仗助と億泰には死刑宣告のように聞こえた。
「……で? 二人はどうして僕の家に来たんだ?」
「いやァーーそのォーー……それは、な、なあ!」
「お、おう!」
床に正座させられた二人は汗をダラダラ流しながらふわふわしたことしか言わない。どうにかして誤魔化そうと必死なのだ。
「あの、露伴さん。もういいんじゃないですか? 二人とも反省しているようですし」
「いいやッ! 駄目だね!」
説得を試みたが駄目の一点張り。大きな子供だ。
「大体コイツらはいつ、も……」
動きが止まる。露伴は一点を見つめている。様子がおかしくなった漫画家を見て、正座させられていた仗助と億泰もその視線の先を追うため振り向く。
「なッ!?」
「なんだコイツはァーッ!?」
真っ黒な人影が帽子とマフラーを身につけてこちらを見ている。思わずスタンドを出し戦闘態勢に入る二人を露伴が止める。
『口を開けば駄目駄目駄目。本当に子供なの♪』
口があると思われる場所に両手を当てくすくす笑う。
「これは君の仕業か……いくら僕を止めるためとはいえ、スタンド能力をそうホイホイ使うもんじゃない」
「いえ、あの子は」
勝手に、と言うと同時に少女は語り出した。
『ずっと夢を見ていたい、現実から逃げ出したい――それは誰だって一度は思う事』
てとてとてと、と可愛らしい足音を引き連れてこちらに寄ってくる。
『起きながら夢を見ているの、眠りながら現実を知っているの♪』
歌うように話しながらくるくる回る。マフラーが遠心力で振り回される。
『現実も夢も、あなたにとっては同じ事。ずっとそうなの、これからも続くの』
ぴたり、と回転を止める。
『――だって、ゆめにっきは終わらないもの』
手を振って、さようなら。
「……成る程な。まだ制御は完璧じゃない、か」
「今回杜王町を訪れたのは貴方の取材だけでなく、他のスタンド使いから制御のコツを直に聞くためでもあるんですよ、露伴さん」
多くの友好的なスタンド使いがいる場所である杜王町。私の望みを叶えるのはそこが適任だろうとスピードワゴン財団が手配してくれたのだ。
それに交通費、宿泊費、その他もろもろも財団が出してくれるらしい。財団様々である。
「それに、ついこの間の夢に杜王町にいると自分から教えてくれたスタンド使いと思わしき人が来たので」
「なっ、それを先に言え!」
「え、誰なんスかそいつ!?」
「支倉未起隆」
そう言った瞬間、ああ……と三人が納得した空気で部屋が満ち溢れる。
「アイツなら、まあ、言うっスね……」
「未だに本物の宇宙人なのかもって思うような所あるからなァ〜、アイツ」
自分についての説明を一通り済ませ、露伴は康一君から無理矢理今日彼が来る事を聞き出したなと二人を責め……。「いつまで居座るつもりだ、さっさと帰れスカタン」というありがたいお言葉で二人は逃げるように出ていった。
――帰り道、二人は今日のことについて話していた。
「なあ仗助ェー、康一の言う通り来るの止めといた方が良かったんじゃねぇか?」
彼の話を聞いている中で、暴走した能力で空条承太郎を封じた、というのは今年一番の衝撃だった。
無敵に一番近いスタンド、スタープラチナを物ともしない鳥人間。あり得ない事だろうが、もし敵に回ったらどうなるかなんてのは火を見るより明らかだ。
この間の康一みたいにうっかり漏らしたらどうなる? あの人へ向けられる視線が恐怖が混じったものへ変わる。そのストレスに彼が耐えられなければ、彼を守る為にスタンドが発動、暴走し――。
「そうかもな……。俺達、どうやらとんでもねースタンド使いに出会っちまったらしい」
意図せずして爆弾を抱える羽目になってしまった二人であった。
杜王グランドホテルに数日間宿泊する事を伝え、露伴宅からお邪魔しました、と出て行く。多くのスタンド使いから制御方法を聞きたい、というのは理由の一つ。
本当の理由は彼らが住み、黄金の精神によって守られた町――杜王町へ行ってみたいというものだ。
露伴さんと電話番号を交換し、地図を片手に行くは杜王町名所巡り。一日で全部は流石に厳しいので数日に分けて行く事にした。勿論、他のスタンド使いとの交流時間も残しつつ。
カフェ〈ドゥ・マゴ〉で飲み物と軽食を頼み待っている少しの時間。隣のテーブルに座っている女子高生が気になる話をしていた。
「ねえ知ってる? 〈くしゃがら〉男のこと」
「聞いた聞いた! エリ会っちゃったらしいよ」
「エ〜〜本当にィ〜〜?」
「ホントホント、歩いてたら急に男に手を掴まれてさ、そいつずっと『〈くしゃがら〉、〈くしゃがら〉』って繰り返してたんだってェー」
「嘘くさーい、そのぐらい誰でも言えるってー」
「でもさーなんか気にならない? 〈くしゃがら〉。何だろ、響き? 気になったら頭から離れなくってさァ」
「確かにねェ〜〜。あ、そうそう昨日ユリがさァ――」
「何それ笑えるー!」
きゃあきゃあと高い声で騒ぐ女性達。すぐに話題は違うものへ変わったが、〈くしゃがら〉。聞いたことがない言葉だ。一体何なのだろう?
お待たせしました、と頼んでいたメニューがテーブルに置かれる。
「〈くしゃがら〉……?」
意味は分からないが不思議な響きの言葉だなあ、と思い反復した。本当にそれだけだった。
――何処からともなくやって来た奇妙な生き物。言葉とともに伝染する怪異。
彼の足元で感染する機会を窺っていたそれが突然、口だけしかない黒い化け物にばくり、と噛みつかれた。化け物は〈くしゃがら〉に噛み付いた一匹だけでなく、合計三匹もいる。
化け物は何故かそれぞれブロンドヘアーだったり、ロングヘアーだったり、生活するに当たり必ず排泄する汚らしいものを乗っけている。
奇妙な生き物はなんとか逃げ出そうともがく。そんな必死の抵抗も虚しく、〈くしゃがら〉は動かなくなった。三匹は動かなくなったそれを噛みちぎり、バラバラにし、原形がなくなったところで満足し、溶けるように消えた。
――彼は足元で起きた異常には何一つ気付かなかった。