「名所と迷所、どちらでも通りそうですね」
ある日突如として現れたアンジェロ岩。この岩は人の顔面に似た不気味な外見と裏腹に、杜王町民の待ち合わせの目印になっている。
――さて、このアンジェロ岩が元は人間だった、と知っている人は杜王町内でどれほど居るでしょう? 知っているなら間違いなく、その人はスタンド使いです。
アンジェロの名前はとある犯罪者の通称として使われていました。新聞をちょいと調べたらすぐ出てくるはずです。私も調べて気分悪くなりましたから。アンジェロは間違いなく吐き気を催す邪悪です。
……普通、犯罪者と同じ名前の岩なんて気味が悪くて近寄りたくないと思うのですが。もしかしてたまたま偶然だとでも思っているのか。知らぬが仏、ということでしょうか?
こんな姿になってもアンジェロは生きている。よーく耳をすませばアギ、ウグ、と呻いているのがわかります。
――出してくれ、助けてくれ。もう悪い事はしません。だから――。
私には彼がそう言っているように思えた。
「私の能力では貴方を助けられませんし、助けようとも思いません」
そう言えばアンジェロの声はぴたりと止まる。
この状態を生きていると言っていいのだろうか。生命と岩石の中間体になったアンジェロはずっと変わらずここにあり続ける。
カーズのように考えることをやめれば楽になれる。それをしないのは、仗助達へいつか復讐してやろうとでも奥底で怒りを煮えたぎらせているのか。
――その『いつか』は世界が一巡する時まで続くのだろうか。
そう言えば、パラレルワールドの杜王町を舞台にした8部では岩人間が出て来るが……考えてもこの仮説は決して証明できない。ここは一巡する前の世界だから。
「……次へ行きますか」
名所巡り中に気分を悪くする、なんておかしな事になってしまった。気分転換にはここからは遠いがボヨヨン岬がいいだろう。
私はまだ杜王町の海を見ていない。確か承太郎さんはヒトデの論文で博士号を取得したんでしたっけ? ヒトデの何をどう調べたのかサッパリです。
「……あ、そうだ」
思いついたので実験。移動手段としてエフェクトの☆じてんしゃ☆を使いたいが、一般人にどう見えるのか分からないので出すだけ出してみる。
この自転車は誰かに出会うまで乗らないで自立移動させる。勝手に動く奇妙な自転車。道の途中で誰かとすれ違う時、もし視線が自転車の方へ向いたら一般人にも見えるということになる。
人通りもそこそこある道だしすぐ検証は終わるだろう。楽ができればいいな、と思いながら歩いた。
男は真ん中に穴が貫通したノートを見下ろして呟く。これを仗助のクレイジー・ダイヤモンドで治してもらおう、とは一ミリも思わない。この傷こそ、彼が確かに生きていた証拠なのだから。
17年の孤独、50日の友情。トラブルが発生しながらも日本からエジプトまで続いた旅路。彼らと共に過ごした日々は今も鮮明に思い出せる。
『――夢の中ァ? 何言ってんだ花京院、ハングドマンと戦ってた時、鏡の中の世界なんかないっつったろお前。ファンタジーやメルヘンじゃないんだぜ?』
『ああ……それは』
ぱ、と空中から一冊のノートを取り出した。
『これが証明です』
何もないところから現れたそれは、今の俺達には切っても切り離せない存在と雰囲気が似ていた。
『スタンド……か?』
『ええ。僕が7つの時、夢の中で貰ったんですよ』
ぱらぱらとめくる。落ち着いた筆跡や、慌てて書いたのか荒れた筆跡。どれも間違いなく花京院のものだ。そこには夢の中の出来事が記されていた。
『あの赤ん坊がスタンド使いだっただとォ!? 俺達、敵を連れながら移動してたのかよ……』
『ワシらの知らないところで一人、敵と戦っておったのじゃな』
『……花京院、すまなかった』
『いいんだ承太郎。あの時は誰もこの事を覚えていなかった。君の反応は至極当然のものさ』
『もらったスタンド、か……そいつ、DIOの手下じゃねーだろうな?』
『僕が子供の頃の話さ、そんな筈ないだろう』
僕以外にも見える人がいる。それは幼かった僕の心の支えになった。いつか出会える友人に思いを馳せた。
……まさか「友達になろう」と初めて正面から言ってきたのがDIOになるとは想像もつかなかったが。
『いつかお礼を言いたいんです。あの時の使い方が正しくないものだとしても、このゆめにっきのお陰で、皆命を救われたのだと。――どこにいるか分からない彼に』
花京院は、表紙をなぞりながら遠くを見ていた。
「…………」
奇跡か必然か、ゆめにっきは承太郎へ受け継がれた。伝わってください、受け取ってください――その想いはこうして形になった。高潔なる法皇の最期と同じように穴を開けたノートは、あの時から変わらずここにある。
承太郎が文字を書き込もうとしてもインクがすぐに消える。文字の上に修正液を塗ろうとしても修正液が消える。以上のことから、完全に所有権が自分に移ったわけではないと判断した承太郎は、内容が変化していないかノートの観察を続けていた。
――彼が目覚めた日を境に記されるようになった文章。それを見た時の衝撃は今でも忘れられない。今も文章はゆっくりと増えている。
【あの時から変わらない部屋で目を覚ます。壁を埋め尽くす時計の群れ。デジタルアナログ関係なく、時計は全て17時15分を示して止まっている。
――目を閉じて。3、2、1、0。
少しの浮遊感の後目を開くと、そこは奇妙を固めた場所。今回は白黒の世界のようだ。簡略化された草、頭でっかちの人間はうろつくだけで邪魔な存在。壁は枠線のようにも見える。まるで漫画だ。
歩く。歩く。歩く。ぽっかり空いた穴から垂れる赤が彼の歩いた後に続く。色を持った存在である彼は白黒の世界に紛れ込んだ異物。気味の悪いトンネルを潜ると、そこには――。
「…………ッ!?」
吹き出しの中に言葉を浮かべて会話する二人の少女がいた。
『……あら、噂をすれば?』
『わわっ!?』
モノクロの姉妹。本当は姉妹でなく赤の他人なのかもしれないが、纏う雰囲気が似ていたからそう呼ぶのがしっくりきた。
「僕をこの世界に閉じ込めたのは君達の仕業か?」
二人に気付かれない程度に細く、気配を限りなく消した
『違うよ、そっちの方からこっちに来ちゃったの!』
『私達は貴方がこれ以上夢の奥へ進むのを止めるために来ました』
『とおせんぼ!』
「僕はここに来たくて来たわけじゃない。出口はどこにある?」
いつ攻撃してきても対応できるよう警戒しながらの質問。既に彼女達は
『出口、出口……ですか。ベランダに行ったことは?』
「ベランダ……? すまないが覚えはない」
『それは、まあ……困りましたね』
頬に手を当て、誰が見ても分かりやすい、いかにも困っていますというポーズ。
『スタート地点が全部ランダム、あの部屋から入って来たわけではない……初めてですよ、こんなこと』
『帰れない? 還れない?』
ツインテールをぴょこぴょこ跳ねさせながら問いかける少女。
『ねえねえ、どうしてここから出たいの?』
「だって、僕は……」
こうしてここに居る事。それがまずおかしい事なんだ。
「僕は…………エジプトで
『ああ、そんな事でしたか』
彼女はあっさりと、僕の叫びを受け流した。
『死と眠りは近いもの。人の死はヒュプノスが与える最後の眠りとされています』
『死んだように眠る、って言うよね!』
『普遍的無意識を通じて夢と死が混線した? それとも未練? ……ありえない、と思うかもしれませんが現実こうして起こっている。理由は分からなくとも結果は示された』
『ありえないなんて
『貴方にはまだ何かしなければならない事がある。だからここに来た。思いつくことは?』
「承太郎、ジョースターさん、ポルナレフに……いや、違う」
彼らとの旅は終わった。何年も経った今、死んだ僕が出てきてどうする? あの時守れなかった、という後悔を蒸し返すだけだ。両親へ僕が伝えたかった言葉はジョースターさん達が代わりに伝えてくれただろう。
しなければならない事。それはきっと、僕がやらないといけない事だ。
「――お礼を」
『……ほう?』
「あの人に、お礼を言いたい」
これは、これだけは僕がしなければならない事だ。
「……でも、彼がどんな人で、何処にいるのかも分からない。手がかりゼロの状態で、たった一人のスタンド使いをどうやって探せばいい?」
『そんな悩めるこーこーせーに朗報!』
『貴方の言う彼は
『だから私達は貴方を何となくだけど知ってた! そして、スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う! ……ありゃ、貴方は知らないか』
『なので、今彼がいる場所は分かっています』
「……随分と都合がいい夢だ」
『そういうものですよ、夢って』
「――確かに、そうだな」
いつの間にか、死者を弔うように無数のろうそくがちろちろ炎を揺らしている。
『あの町には確か――なら、望めば行けるでしょう』
『あっちとこっちが混ざった今だけできる裏技。もう一回は無しだよ!』
一度だけ。それだけで十分だ。
『死と夢が繋がっている今、夢から覚めるのが貴方にどう影響を及ぼすのかはわかりません。現実での貴方は既に死んでいる』
『……でも、勝手にこんなことしてバレないかな? 気づいちゃうかな?』
『あの人は夢の世界を認識している。でも出来事全てを記憶しているわけではない。だから大丈夫。同じだけど少し違う夢のことを何も知らないのが証拠です』
『ハムサとかー?』
よく分からない話をしながら二人は僕を先導する。
『この先は現世、死者の魂の通り道』
地面から生えた腕が獲物を求めて蠢く。途中、手のひらに目玉が埋め込まれたものもあった。
そんな異常の中、小さい真っ赤なポストがぽつんとあった。
『ルールとは力。このポストを越えた先、貴方は決して振り返ってはいけない。ついうっかりは許されない。彼らに慈悲はありませんから』
『信号の止まれを無視したら大変なことになっちゃうの!』
ポストを越える。少女達が見えなくなる。
『この道を進んだ先に繋がった町、杜王町に彼はいます。……幸運と勇気を、貴方に』
『がんばれー! 心に太陽を持てー!』
僕の目にはもう見えないが、年上に見える白黒少女が微笑んだ気がした。先へ進めと励ますように背を押される。隣には
結論、自転車は見えるみたいでした。となると、自転車だけでなくエフェクト全般が見えるのか、エフェクトをくれる存在も見えるのかも検証する必要が出てきた。……勝手に民間人巻き込んだのは注意対象ですかね。
それにしてもまさか、ボヨヨン岬を見にきた、と通りすがりの漁師さんに言っただけなのにわざわざ船に乗せて近くへ連れて行ってくれるとは思わなかった。良い人が多い。このままここに住みたいぐらいだ、と思う。
ボヨヨン岬からの帰り、同じ道を通って帰るのも面白みがないなと思い、少し中の道を通ってみようとハンドルを切る。
☆△ずきん☆をくれる人魂が曲がり角に突然現れた。
「ちょ、ちょっと!」
このままだとぶつかる。反射的にブレーキをかけた。速度は落ちたが結局ぶつかった。
人魂のいる場所はちょうど私の額の位置だった。ぶつかったのを切っ掛けに三角ずきんへと変貌し勝手に頭に絡みつく。
――視界がぶれた。体の一部が欠けた人間達が虚ろな目で何もない場所を眺めている。来るはずもない助けを待つような人々はずっとそこにいた。幽霊は普段目に見えないから誰も気にしていないだけ。
ある家の表札を真剣に見ている幽霊がいた。あの格好は見覚えがある。
「――――嘘でしょう?」
「吉良、だと……? もしやこの家は――」
私の声から視線に気づいた幽霊はこちらへ向き、目を丸くしながら、
「……君、もしかして私が見えているのか?」
その頃の花京院
コンビニ・オーソンの隣にある道から杜王町へin。
その頃の露伴先生
100円玉使って自販機でドリンクを買った筈なのに何故か輸血バッグが出た。