死神と法皇は夢を見た   作:ウボァー

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約6ヶ月。お待たせした割に文章量が変わらない。

吉良だけど、吉良じゃない。


喪失のキラー

「……おい、聞こえてるんだろう? おい」

 

 ブランドのスーツ。髑髏と猫をモチーフにした、彼の趣味が見えるネクタイ。町を歩いていても誰も気に留めない、影の薄いサラリーマン。

 ――しかし、内側ではドロドロとした欲望が渦巻いている。静かに暮らしたい殺人鬼。矛盾した二つを抱える人間、それが吉良吉影だ。

 

「なぁ…………頼むから返事をしてくれ……」

 

 そんな人間が私に対しすがるような目で、心の底からの願いを吐き出す。

 あの、吉良吉影の心が折れかけている? そんな馬鹿な。

 

「っ、すいません。考え事をしていたもので……ええと、吉良さん?」

 

 質問に対して返事がもらえた。たったそれだけの事で彼は心の底から喜んだ。

 

「ああ、やっとだ! やっとマトモな存在に出会えた!」

 

 感動のあまり肩をつかもうとして――すり抜ける。

 

「え」

 

「……なッ!?」

 

 私の額に張り付いていたエフェクト、☆△ずきん☆が勝手に離れ、人魂へ戻った。男が完全に通り過ぎた後にまた張り付いて元どおり。

 ほんの一瞬だけだったが、吉良吉影にとっては一大事だったようだ。

 

「今のは、何だ……!?」

 

 今しがたすり抜けた手を握ったり開いたりして、存在を確かめている。

 

「え、えーと……私のスタ、んんッ、超能力といいますか、それが勝手に……」

 

 スタンド能力、と言いかけて気付く。ここにいるのは『連続殺人鬼』吉良吉影ではない。『迷える幽霊』吉良吉影だ。

 

 先ほどの異常現象で、真っ先に「スタンド能力か!?」といった言葉が出なかった。つまり、今ここにいる彼は『スタンド』を知らない、あるいは忘れていると推測できる。

 

 ――だが、幽霊とはいえ吉良吉影。変なことを思い出されては困る。仗助君案件を発生させるわけにはいかない。それに『何故、連続殺人鬼』を知っているのかの説明がし難い。

 ――この邂逅は、決して彼らに知られてはいけない。

 

「…………超能力、か。幽霊がいるんだ、そのぐらいは存在して当然、か」

 

 納得してくれたようなので、今一番自分が気になることについて聞くことにした。

 

「何故、貴方はここに?」

 

 問題の吉良吉影の服装だが、デッドマンズQのものではない。紙面やアニメで見慣れたスーツ姿だ。

 どんな経緯でこの杜王町をさまよっているのか、それが分かれば何か誤魔化しよう、もとい問題解決のしようがあるかもしれない。

 

「この家を見つけると同時に、生前の私を知っているであろう人物と出会えた。きっとこれも何かの縁だろう。……一つ、私の話に付き合ってほしい」

 

 そう吉良吉影は切り出すと、一呼吸置いてから語りだした。

 

 

 

 

 ――気がつくと、一人で道の真ん中に突っ立っていた。

 

 

 いつ、どうやって死んだのかは覚えていない。覚えているのは吉良吉影という名前と、生活するのに不自由ない知識、そして平穏を何より望んでいたということ。

 どうしてここにいるのか、どうやってここへ来たのかといった過程は無く、己は自然発生した存在と言われても納得してしまいそうだった。

 

 それと同時に、『幽霊のルール』も理解した。

 主の許可無くして閉ざされた空間に入れない、生命体に触れられるのはマズい、等々。

 

 

 ――不用意に命に近付いたせいで触れられ、身体を持っていかれる同類を見た。

 

 ――遊び半分で獣に身体を食いちぎられる様を見た。

 

 ――五体不満足の状態で、永遠に現れない救いを待ち続けるのを見た。

 

 

 いつか自分もああなるのかと怯えながら、かすかな記憶だけを頼りに『平穏』を探して、探して。

 

 

「私だけの、安心できる場所をずっと探していた。ようやく見つけた! だが……」

 

 幽霊の忌々しい縛りが彼を阻んだ。

 

「入れない?」

 

 見えているのに、門をくぐり家へ向かうことができない。透明な壁に遮られている。

 ああ、そうだ、クソッ、と悪態を吐く。

 

「吉良と表札がかかっていた! この杜王町に吉良という苗字は私だけだ! ならばこれは私の、吉良吉影の物だろうがッ!」

 

 がん、がんと見えない壁を何度も叩く。回数を重ねるごとに拳から赤が滲む。彼は見るからに痛々しいそれを気にする事はなく、親の仇のように殴り続ける。

 

「吉良さん、吉良さん!」

 

「っ、ああ……すまない。こうして他人と話すなんて久しぶりすぎてね。興奮している、のだろう。私らしくないな……」

 

 感情を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いて視線を落とす。地面には赤が散っている。幽霊の手当ての仕方などわからない為、彼の怪我は彼に任せるしかないようだ。

 

「…………チッ。またあいつか」

 

 スーツから取り出したハンカチで応急手当てをしている中、苛立った呟きと動物の鳴き声が耳に届く。

 短尾短毛。それは瞳孔を細くさせ、じっと一点を見つめている。

 

「……猫?」

 

 およそ1、2メートルほど。そこから逃げも近寄りもせず、顔より低い場所へ目線を向けている。

 

「また、とは?」

 

「気が付いたら寄ってくる気味が悪い猫だよ、ったく」

 

 しっ、しっと追い払う。彼が拒絶する仕草を見た猫は悲しそうな顔――私にはそう見えた――をすると、くるりと逆方向を向いて離れて行った。

 

「猫、嫌いなんですか?」

 

「嫌いとは言っていない。……犬も猫も大差ない、こちらに対して積極的かそうじゃないか。それだけだ」

 

 長い幽霊生活によって、動物に対して良い感情は何も抱いていないようだ。

 

「ああ、しかし…………何故だ、何故だ何故だッ! なんで私だけッ……! くそッ、くそッ! なんで私がこんな目に会わなければいけないんだ……!」

 

 がり、がり、がり、がり、爪を噛む音。硬いものが割れる、嫌な音……。

 

「吉良さん、吉良さんっ!!」

 

 先程よりも強く訴えかけるも彼の耳には届かない。吉良吉影はうずくまり、ぶつぶつと誰に向けているのか分からない呪詛を垂れ流す。

 

「――おや、これ、そこの人。大丈夫かね?」

 

 散歩中であろう老人に声をかけられた。は、と気付いて☆△ずきん☆があるであろう場所に手をやる。エフェクトが一般人にも見える可能性が高まっている今、☆△ずきん☆を身につけ大声を出していた私は不審者にしか見えない。余計なトラブルを起こすわけには――。

 

「…………?」

 

 布の感触がない。少し戸惑う私を置いてふよふよと視界を横切る赤い人魂。エフェクトは空気を読んで姿を戻していたようだ。

 

「え、ええ。問題ありません。こんな大きな御屋敷は初めて見まして、ちょっと見ほれてしまいました。立派なお家ですね」

 

 言い訳としてはとても拙いそれを老人は気にする様子はなく、そうかそうかと相槌を打つ。

 

「もしや、貴方のお宅で?」

 

「いやいや、ここには吉良さんという人が住んでおってな。ある日を境に姿が見えなくなっとったんじゃが、発見された時は……。いやはや、不幸な事故じゃった……」

 

 ――救急車に轢かれて死亡。それが吉良吉影の最期だ。命を運ぶ車によってとどめをさされ、振り向いてはいけないあの道で振り向かされた。

 

 家主が死んで。特別親しい親類などおらず、その為相続しようとする人も無し。売りに出されて、それっきり。

 それからこの家はずっとこのまま、手付かずのまま放置されている、らしい。

 

「今時、中心地から離れた家を買う人などおらんしのぅ……」

 

 誰のものでもない。それはつまり、吉良吉影のものでもない、という事になるのか? それとも何か別の原因が……?

 

「この家の良さをわかってくれる人が住んでくれるのが一番いいんじゃがなァ〜。どうかね?」

 

「……ええ、考えてはおきますよ」

 

「ほっほ。すまんのう、若い人」

 

 老人は散歩を再開し、離れていく。角を曲がったのを見届けて安堵の息を漏らす。幽霊相手に騒いでいたのは聞かれていなかったようだ。

 足元で赤を垂らし続ける問題の男は傷ついた自らの拳を、手を全く気にしていない。

 

 

 ――美しい手に惹かれ始まり、数多の手に引かれて終わり、平穏は手を離れた。

 

『裁いてもらうがいいわッ! 吉良吉影』

 

 

 彼は『吉良吉影』として重要な成分が欠けている。『手』。『殺人衝動』……。

 最も重要な『平穏』を奪われた。力もどこかへ行ってしまった。それだけで、人はここまで変わってしまうのか。

 

 六壁坂の妖怪は取り憑いた人間の人生を狂わせる。この幽霊に安心を提供しない限り、ずっと私に憑いてくるだろう。

 

 彼が求める最上級の平穏は家を得ること。幽霊屋敷と呼ばれることのないよう、家賃は滞りなく払い、普通に人が住んでいるように見せる。デッドマンズQにおいて彼が目指していた事だ。

 あの家に彼が固執する限り、近くに寄ったらまた絡まれるのは目に見えている。次は「私の平穏の為に買え」と言われるかもしれない。武器を持って脅してくるかもしれない。

 

 

 ――この世界において、死者の怨念は確実に存在する。『岸辺露伴は動かない』の『懺悔室』の男になりたくはない。

 

 ……これはもう、手に職をつけるしかない。財団職員の給料がどのくらいかは予想ができないが、そこそこ良いのは間違いないだろう。

 彼らの好意にずっと負んぶに抱っこでいるわけにはいけない。独り立ちの時期が早まっただけだ。

 

「申し訳ありませんが、吉良さん、もう行きますね。また……いつになるかは分かりませんが。また出会えたら、その時は何とか出来ればいいですね」

 

 手に負えない幽霊との邂逅。猫はただ見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 ――腹に手を当てる。そこにあった筈の穴はない。彼女達からのサービスだろうか。本当に都合がいい話だ。スタンドも問題なく扱える。

 一定の歩調、あてもなく歩き続ける。彼はこの町の何処にいるか手がかりは何も無い。だが、彼女は言った。『スタンド使いとスタンド使いは引かれ合う』と。

 なるほど言い得て妙だ。懐かしいあの旅路では、引っ切り無しに敵が移動を続ける僕たちの居場所を突き止めて襲いかかってきていた。まるで引かれ合う様に。

 

 特徴的な服装をした男性が向かい側から歩いてくる。その横を通り過ぎ――。

 

「あの夢のスタンド、まさかとは思うが……。ったく、彼はどこまで行ったんだ?」

 

 ――今、あの男性は何と言った? 『夢のスタンド』……! 確かにそう言った!

 

「っすまない、一つ尋ねても良いだろうか」

 

「何の用だい? 今僕は急いでいるんだが……」

 

 翠色がしゅる、と人型をとる。男性はそれを見ると警戒を強める。見えている。――この男性も、持っているのか。

 

「……本当に、何の用だ? 馬鹿正直に正面から宣戦布告、というおめでたい馬鹿か? それはそれで資料として価値はあるかもしれない、が……敵対するなら容赦はしない」

 

 彼はガンマンが銃を突きつける様に人差し指を向ける。スタンドを出したのは、彼が本当にスタンド使いなのか確認したかっただけだ。攻撃も潜伏もせず、すぐに引っ込める。

 

「……オイオイ、本当に何のつもりだ?」

 

「申し訳ない、本当にスタンドを知っているのかを確かめたかっただけだ。僕の名前は花京院典明――ある人を探している」

 

 

 ――あなたは夢のスタンドを使う彼を、知っているのだろう?




ピアニストって手が綺麗なイメージがあるけど実は違うんですって。でもそれは長く続けている人の話で、始めたばかりの人はそこまで手はごつくなっていないんだとか。

そういえば主人公、夢ではずっと演奏してたけど、現実の肉体でピアノそんなに弾いてないよね……?

しばッ。

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