本当に……「ありがとう」…それしか言う言葉がみつからない…
後、この話はThe Bookが終わった後ぐらいの時系列で書いてるので、だいたい2000年の秋ぐらいかなーなんてフワッとした感じの時期です。……え、なんで今それを伝えるのかって?……それはまあ、ね?
――ほんの少し、ほんの少しだけ、休憩しようとした。本当に、それだけだった。
ヘトヘトに疲れている中、椅子に腰掛けて目をつむったら誰だって寝てしまうだろう。誰も彼を責めることはできない。
ただ一つ。こればっかりは本当に、心の底から『運が悪かった』としか言いようがないのだ。
『……あれ、私、寝て……?』
先程までどうしていたのかはボンヤリとだが覚えている。体力と精神力を回復しようとベンチに座って、ついうっかり目をつぶって――そのまま寝てしまった。
長時間だけでなく短時間の夢でもこの異常な世界に来てしまう。それが永遠に続く。そんな状況に置かれたら、常人では日々の生活もままならなくなってしまうだろう。
だが、ここにいるのは夢を日常として過ごしていたスタンド使い。この能力から逃れられないのかという絶望は全く無く、ただ現実を受け止め少しへこむだけで済んでいた。
『あー……やってしまいましたね、コレは……』
苛立ちを隠さずに物に当たり散らす、水色の髪を持つ眼鏡をかけた男。突然こんな訳がわからない場所に引きずり込まれれば、何とかしようと暴れるのは変なことではない。
とにかく彼を落ち着かせようと、声をかけて――。
「あぁ? テメェが本体か……? …………どうやってオレをここに連れてきたのか説明してもらうぜ」
人はどんな状況でもすぐに慣れる。慣れてしまう。
最近は友好的なスタンド使いとしか出会っていない。その慣れのせいか、完全に頭の中から消えてしまっていた。――この夢の中には敵意を持つスタンド使いも来てしまうことを。
「『ホワイト・アルバム』ッ!!」
男が叫ぶ。瞬間、彼の足元から氷が広がった。
『――――!?』
反射的に後ろに下がったが遅かった。足首まで一気に氷に覆われる。ここから無理に抜け出そうとすれば氷に張り付いた皮膚が持っていかれるだろう。
「オレのホワイト・アルバムの前ではいかなるスタンドも無力と化す……さっさと吐く方が身のためだぜ? 誰の差し金だ?」
答えねーんならブチ割る、と怒気と殺意をこもらせた冷気を強めていく。覚悟を宿した目が、その言葉に嘘偽りはないと示している。彼はあまりにも戦い慣れて――いや、殺し慣れている。
『(スタンド能力とはいえこれは氷。なら――!)』
ここはスタンド能力によって産み出された夢の世界。元になった『それ』では起きようがなかった事でも、自分が出来ると思えば出来る。
こことは違うエリアの廊下を塞いでいた炎をここに持ってくる。彼と私の間に壁を作るかのように現れた火。この熱で、氷を溶かせば何とかなるだろう、と考えた。そう思っていた。
「火、だと――」
希望は、彼のスタンドの前に簡単に掻き消された。
「――ハッ。こんな生っちょろい火でオレをどうにか出来るとでも思ってんのか? ええ?」
氷の鎧を身に纏った彼の言葉と表情からは絶対の自信が感じ取れる。
「もうお終いか? ……チッ、ボスからの刺客かと思ったが……こんな弱っちいスタンドで仕留められるとでも思ってたのか? オレら『暗殺者チーム』を舐めすぎてんじゃあねーぞテメェ……!」
床も、壁も、ドアも、窓も、全てが氷に呑まれていく。氷に固定され、指一本動かせなくなる。
「――犯罪をすることを、手を染めるって言うよなあ」
唐突に、なんの脈絡もなく。自分に向けての言葉ではない。独り言にしては大きすぎるそれに耳を傾ける余裕など私には無い。
「そこはわかる。納得できる。盗むにしろ殺すにしろ、手を使わなきゃならんからな」
じわりじわりと全てが冷えて動けなくなる。焦る。追い出すための鳥人間を放つ。氷像が増える。手は届かない。
「だがよォ、手を染めるの反対は足を洗うって言う」
夢の世界で仮初めの真黒な宇宙人の身体を操り、考えているのは意識的な自分。それ以外の物質は無意識の自分。片方だけを潰しても、もう片方が有るならば『私』は失われない。だが、全てを同等に攻撃出来るならば――夢の世界でも私を殺すことはできる。
「なんで染まった手じゃなくて足洗ってんだよッ! 馬鹿なのかソイツはよぉーーッ! えぇッ!? ふざけてんのか! クソッ! クソッ!」
目に入る全てが氷に襲われている。必死に抗うが届かない。体力とスタンドパワーが消耗していく。体がひび割れ、赤く染まる。死が、現実味を帯びて忍び寄っている。
――この状況は、とてつもなく、不味い。
なんとかしなければ。なんとかしなければ。なんとかしなければ。
壊れる。夢が壊れる。いけない。それだけは絶対にいけない。
脅威に恐怖を、狂乱と驚愕を。無我夢中で解き放ったソレは、疲弊した彼に完全な制御ができるモノではなかった。
『――『Daydream Believer』』
意識が落ちる寸前、その名は聞こえた。
「……あ?」
初めは目の錯覚かと思った。だが見間違いではない。スタンド使いと思われるソイツの体表の黒が広がっている。氷に覆われて動けないはずのヤツがだらりと力なく俯いている。馬鹿な、と叫ぶ。オレはスタンドを解除していないのに。アイツは立った姿のまま、いまにも命無き氷像になろうとしていた筈なのに。
「何だと……ッ!?」
自身のスタンドに絶対の自信を持つ彼――ギアッチョはその光景を見て動揺した。
「こ、コイツ……これは一体!?」
先程まで自分がいたのは白い部屋だった筈だ。それがいつの間にかどろどろの黒と赤を混ぜ込んで煮詰めたような、気味が悪いモノにすげかわっている。自身のスタンドで作り出した氷はどこにも無い。下がっていた気温も元に戻ってしまっている。
――侵食。侵食。侵食。赤も青も黄も白も溶けて歪んで一つになって汚い汚い黒になって塗り潰して広がって広がって醜い化け物みたいでお似合いでしょう目を背けるな触れるな私を見るな恐怖の仮面を被って隠さなければ――。
「う、おおおぉぉおおッ!? ホワイト・アルバ――」
一手遅れた。極低温へとするには時間が足りない。
『――――――――――――――――ウボァ』
ゆっくりと顔を上げたソイツは、口から泥を吐き出すように笑って――。
『今すぐに眼を覚ます』
『
「――クソがぁッ!」
全身に気味の悪い汗をかいている。底なし沼に引きずり込まれるのを黙って眺めているしかなかった自分に腹が立つ。
「どうしたギアッチョ!?」
跳ね起きると同時に叫んだ仲間に、驚いた様子のメローネが駆け寄る。
「スタンド攻撃だ。どこの誰かも、誰の差し金かは分からねえ。……だが、まあ」
「…………ボス、か?」
「可能性は高いだろうな。攻撃を受けたのがオレでよかった。お前や他の奴らなら、間違いなくやられていた」
ベイビィ・フェイスの能力は他のスタンドと比べ特殊で、母体がいなければ十全に発揮できない。それはチームの誰もが理解している。
今回攻撃を受けたのが単純な戦闘能力の高さではチーム内で一二を争うギアッチョで良かったと見るべきか、ギアッチョでも仕留めきれない強敵がいる事実を受け止めるべきか。
「……どんな能力だ? 対策を立てなければ全員やられるぞ」
彼等暗殺チームが正面からの戦闘をする時、それは相手の能力を把握した時が殆どだ。基本は不意打ちや自分の戦いやすい舞台へと誘い込み殺す。だからこそ、想定外からの攻撃には弱い。相手はそれを分かって襲ってきたと見ていいだろう。
だが今回、敵はギアッチョを取り逃がした。予想以上のスタンドパワーに怯み、態勢を立て直そうとしたのだろう。
当然、向こう側は策を練る。より確実に殺すために。だが、こちらの策がそれを越えれば問題はない。その為にも、まずは情報が必要だ。
「寝ている間だけ知らない場所に移される……のは確かだ。スタンドは問題なく使えた。それと本体は変な人間みたいな姿で同じ空間にいた。敵のスタンドにはある程度の制限があるのかもな。……だが、そうだとしても……『アレ』は…………普通の人間が持てるスタンドじゃねえ」
極低温で全ての物質を止められる自分でも、『アレ』を止められるかと聞かれれば「無理」だと思ってしまう。『アレ』は人間に平等に効くモノだ。上手く言葉にすることは出来ないが、心がそうだと叫んでいる。
「――速攻だ。相手が動くより早く殺す。それしかない」
「それはまた……厄介な相手そうだ」
やれやれ、と肩をすくめるメローネ。必死に先ほどの戦いを何度も思い返す中、ふと重要な事を思い出す。
「最後のアレは……確か。待てメローネ、お前、この前ジャッポーネの漫画がどうとか言ってなかったか?」
「ピンク・ダークの少年の事か? アレが原因だと? 間違いなく普通の漫画だよ。確かにスタンドのような能力は出てきていたが――」
「違う! あの漫画の主人公だ! 見せろ!」
最後に出てきた少年。あの姿はどこかで見たような気がしていた。あの正体が分かれば今回の敵の正体に近付けるとギアッチョの勘が告げている。メローネが持ってきた漫画、その表紙を見て――氷の名を冠する暗殺者は笑った。
杜王町vs.イタリア、レディー……ファイッ!