文学作品を護る存在に。……漫画もね。   作:Mr.ねこ

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殺し屋の最後

 少し変わった運転手さんのタクシーを降りた後、俺はリュックを背負いつつ港の方へと近付いて行く。

 外見は極普通の港で、特に変わった所などは見受けられない。

 ただし、港の入り口には普通では考えられないくらいの警備員が常駐しており、その警備員の数は20人を越えるだろう。

 

 普通そうな港に不釣り合いな程の数の警備員。

 

 どんな馬鹿にでも分かるが、これは明らかに異常な警戒度だと言えるだろう。

 しかも、随分と高級そうな車がバンバン港のゲートを抜けて豪華客船らしき船の方向へと進んでいるので、かなりの資産家や国の重鎮などが集まって来ているのは察せられた。

 

(……もしかしたら、あの豪華客船に乗る客の誰かを暗殺するのかな?)

 

 ともすれば、此処へは呪術で使用する品物の取引で来たのではない、と判断出来る。

 勿論、この推論が的外れな可能性も十二分に考えられるけども。

 

 それは兎も角、港の中に入らねば何にもならないので、俺は警備の穴がないかを探り始めた。

 先ず、ゲート付近からの潜入は不可能。

 警備員の数が異常だし、恐らく身分証が必要な筈なので当然だ。

 しかし、それ以外の潜入となると、港を囲むように設置されてある金網が邪魔で簡単には入れない。

 それもただの金網ではなさそうなので、尚更容易なものではないだろうと思える。

 

 それと言うのも、最初に直接手で触れる事に霊勘が否であると拒否反応を示したので、金網に向けて小石を投げてみたのだが、小石が金網に触れた瞬間スパークが発生した事で理解せざるを得なかった。

 そう、金網には電流が流されていたのだ。しかも、結構な電圧の電流。

 もしも、俺が躊躇せず触っていたら、それで死んでいたかもしれないくらいの電流だと思えた。

 

 これでは八方塞がりだ。

 俺はスパイとしての訓練など微塵も受けてないので、どうやって潜入したら良いか分からず、頭を抱える。

 と、その時、何処からか不穏な霊気が発せられているのに気付き、俺はその霊気の出所へと視線を向けた。

 

 俺が隠れて色々考えていた場所から400メートル程離れた草むらに、エミさんの斜め前のホテルに居たサングラスの男の姿を見付ける事が出来た。

 やはりあの男は、偶然エミさんのホテルの近くに居たのではなく、彼女を監視する目的で近くのホテルに居たのだろう。

 いや、或いは、あの時の霊気の高まりから察するに、霊能力を用いてエミさんに対して嫌がらせの部類に入る事をしていたのかもしれない。

 

 どんどんキナ臭くなってきた事実を脳裏で整理しつつ、俺は姿勢を低くしながらサングラスの男を観察する。

 すると、男は何やら怪しげな器具を使用し、電流が流れる金網に対して細工を始めた。

 ゴム手袋をして、四角い箱から伸びるコードを金網に繋げ、そして驚く事に金網をペンチで切断し始めたのだ。

 

 ゴム手袋しているので感電しないのは理解出来るが、金網を切断する際にスパークしないのは何故なのだろうか?

 あのコードに繋がる箱に理由があるのだろうか?

 

 幾つかの疑問が過るものの、金網の切断が終わったらしい男は、ノソリノソリと身を縮めながら自身で切断した金網の穴から港へと侵入を果たした。

 それを見て、俺は周囲へと視線を巡らす。

 誰も金網を切断された事に気が付いておらず、この作られたばかりの穴を使用すれば、俺もスンナリと侵入出来るだろうと判断した。

 

 そうとなれば迷う必要などなく、俺は男と同じようにして港へと侵入を果たす。

 そして、エミさんが港の何処に居るのか分からないので、取り敢えず関係していそうな男の後を付いて行く。

 だが、裏家業の人間だからなのか………いや、より正確に言えば、裏家業の人間として長い間を生きてきた人間だからか、異常な程に後方確認を繰り返すので尾行するのも一苦労だった。

 しかし、その苦労をしたかいがあり、男が頻りに周囲に視線を巡らしながら覗き込んだ倉庫からは、エミさんのと思わしき霊気が感じられた。

 

(何故、サングラスの男がエミさんの選ぶ倉庫を知っていたのかは置いておくとして、これで見守る事は出来るな)

 

 俺はホッと胸を撫で下ろしながら、背負っていたリュックを地面に下ろす。

 そして、男とエミさんの両者を見張る位置をキープする。

 

 倉庫へと目を通すと、そこにはエミさんが既に呪術の準備を始めているのが目に映る。

 何やら俺には理解出来ないが、地面には複雑で大きな魔方陣のようなものが描かれており、その魔方陣の中心には銀色の器。

 エミさんは、その器の前で不思議な踊りを始め、最後に何かを器の中に投げ入れた。

 その途端、器からは大きな火柱が立ち上ぼり、次いで緑色の怪しげな光が溢れ出す。

 

 俺はその光景を眺めつつ、ただただ呆然としてしまう。

 初めて呪術を目にしたのもあるが、余りにも想像していた呪術の雰囲気とは違ったので、呆気にとられてしまったのだ。

 

 暫しボンヤリしてしまっていた俺だったが、俺と同じく倉庫内を覗いていた男が動きを見せたので、俺は男へと視線を移す。

 すると、男は何かをブツブツと呟きながら、懐から頭蓋骨と金属の十字に丸い輪がくっついている変な十字架を手に、此方も謎の踊りを始める。

 それを見て、俺は理解した。この男もやはり呪術師なのだ、と。

 

 ともあれ、この時点でサングラスの男がエミさんにとって敵なのだというのは分かったが、俺が介入して良いのかが判断に困る。

 原作で語られない部分であったとしても、これも登場人物達のちゃんとした経験となり、それが故に強い霊能者となれる筈なのだから、俺が下手に介入して貴重な経験を奪う事になるなど絶対にあってはならない。

 

(……どうするべきか、それが問題だ)

 

 俺が決断に苦慮していると、倉庫内から悲鳴と不気味な笑い声が上がった。

 それを耳にして、倉庫内へと視線を転じれば、今の俺と同年代に見える少年の霊が、エミさんに襲い掛かっているのが見えた。

 

 はっきり言って状況は芳しくない。

 エミさんは肩から血を流しているし、何故かベリアルがデフォルメされた状態ではなく完全な姿を取り戻してしいるように見える。

 だが、ベリアルが下卑た笑い声を止めた次の瞬間、少年霊を右手で簡単に薙ぎ払う。

 

 それを見て、俺は介入せずとも済むだろうと思った。

 何せ、エミさんを襲っていた少年霊の姿が見えなくなったし、後はサングラスの男だけだからだ。

 勿論、サングラスの男がエミさんの前に姿を現すのかは不明だが、呪術師なら直接的な戦闘は苦手な筈なので、ベリアルのような近接戦闘を得意とする悪魔が居るのにこれ以上何かをするとは思えず、であるなら今回は撤退するだろうと思えた。

 つまり、そういった諸々の事情で、俺は介入の必要がないと思った訳だ。

 

 しかし、事態は急変する。しかも、最悪な方へと。

 

 デフォルメされた状態から解放されたベリアルは、何故かエミさんを標的に攻撃し始めたのだ。

 犬塚キバさんを彷彿とさせる速度で、エミさんとの間合いを一気に詰め、強靭な爪で引き裂こうと勢い良く頭上から振り下ろす。

 しかし、すんでのところで回避に成功したエミさんは、僅かに爪によって腕に軽症を負うものの反撃に転じる。

 自身のベルトに取り付けていたポーチから破魔札と思わしき物を取り出し、それをベリアルへと投じたのだ。

 

 その破魔札がベリアルの腕に触れた瞬間、赤いスパークが発生する。

 次いで、その効果を確かめるような素振りも見せず、再びポーチから破魔札を取り出すと同じく投擲。

 その後も二度、三度、四度と同じ動作を繰り返し、エミさんはダメ押しとばかりに今度は二枚同時に投擲した。

 

 余りにも派手な赤いスパークを見て、目がチカチカする俺は思わず瞼を閉じてしまう。

 そして、再び瞼を開けて絶句した。

 何故なら、先程のエミさんが行った怒涛の攻撃でさえ、ベリアルには如何程のダメージも見てとれなかったのだから。

 

(こりゃヤバい………ヤバ過ぎる!)

 

 盛大に焦る俺とは裏腹に、エミさんは冷静にベリアルへと視線を向けている。

 俺はそれを見て、何か秘策があるのかもしれないと思い至った。

 だが、再び勢い良くベリアルが攻撃を始めたのを見て、そうではないのだと察した。

 つまり、エミさんは敵となったベリアルに内心を悟られぬようにしているのだ。

 戦闘での基本なのだが、何も戦闘だけに有効なのがポーカーフェイスではない。

 どんな競技でも使用される、共通の武器だと言えるだろう。

 

 しかし、その武器は現状を耐えるだけの効果しかなく、次第に追い詰められていくエミさん。

 そして、ベリアルが勝ち誇ったかの如く魔方陣の上で仁王立ちする。

 

 それを見て、流石に介入せねば不味いと判断した俺が倉庫の窓ガラスに手を掛けた瞬間、エミさんがベリアルに意趣返しするように勝ち誇った笑みを浮かべ、俺は呆気に取られた。

 

(この状況で、何か覆す方法が……?)

 

 俺が疑問を抱いていると、何やら呪文を唱え始めるエミさん。

 すると、ベリアルが突如震えながら苦しみ始める。

 しかし、それでも何とか反抗しようと魔方陣から抜け出る為に足を一歩踏み出す。

 だが、それを阻止するモノが現れた。

 当初エミさんを襲っていた少年霊(多分、サングラスの男が仕掛けた霊)だった。

 

 その少年霊が、此処からでは聞こえないので良く分からないが、エミさんに何やら一言二言の言葉を投げ掛けつつ、ベリアルの動きを完全に阻害する。

 そして、次第にベリアルの右手と左手が砂のように崩れ始めた。

 その崩壊はどんどん進行して行き、最後には魔方陣の上に砂山だけが残る。

 

(……消滅したのか? いや、”消滅させた“のか)

 

 使い魔の力を解放し、そしてそのせいで使い魔に反抗され、それが故に主であるエミさん自ら滅した。

 ベリアルという名高い悪魔(分霊であり、あくまで本物のような力は無いが)を倒したエミさんの実力は、もしかすると美神さん以上なのではないだろうか?

 少なくとも、今の美神さんよりも強いのは間違いないだろう。

 もっとも、俺は美神さんをまだこの目で見た事は無いのだが。

 

 ともあれ、壮絶な戦闘が終了した事で、エミさんは力なく地面へと腰を下ろす。

 それは誰でも同じだろうが、強大な悪魔を倒した直後なのだから一息つくのも当然で、緊張の糸が切れるのも当たり前であった。

 だが、俗にそれを油断とも言う。

 俺も壮絶な戦闘が終了した直後なので、エミさんと同じく油断していたのだから俺が言うのも少しおかしな話しだが、その油断が致命的なミスだった。

 

 ホッと一息つきながら悲しそうな表情を窺わせるエミさんの前に、倉庫外で妨害行為を行っていた筈の男が何時の間にか姿を現したのだ。

 そして、何かを叫んだと思えば、盛大に笑いながら嘲笑し始める。

 その声は余りにも大きくて、俺の方まで聞こえる程だった。

 

「くくく、はぁーっはっはっはっ!! オレが差し向けたあのガキの霊を、そんなに思いやってくれるとはな! 裏の住人とは思えぬ優しさだ! 笑わせてくれるぜ!」

 

 ……エミさんを当初襲っていた少年霊が、アイツに操られていたのは理解出来る。この目で見ていたのだし。

 そして、その後にエミさんを救ったのは、それはベリアルの暴走によって男自身も成り行きが気になり、少年を操るのに払っていた集中が散漫になったからだろう。

 だが、少年霊がエミさんを救ったのは、あの少年霊が非常に純粋で、優しくて、思い遣りがあって、まさに天国へと行くような無垢な少年だったからこそ苦しむエミさんを救ったのだ。

 決してそんな彼を馬鹿にして良い理由はないし、そんな少年を操っていた事も許せない。

 が、それよりムカつくのは、迷える無垢なる魂を縛り付け、自身の仕事に利用するだけ利用し、挙げ句の果てには馬鹿にするこの腐った男の“魂”そのもの。

 

 俺は、何よりもその腐った魂がムカつくのだ。

 無論、ヤツの行動も同じくムカつくが、やはりそれ以上にムカつくのがヤツの腐った魂だ。

 

 俺と同じように腹が立った様子のエミさんは、傷付いた体に鞭打ち、必死に立ち上がる。

 そして、男へと殴り掛かった。

 だが、既に体力も精神も、霊能者としての一番重要な霊気さえも消耗してしまっている今のエミさんでは、怒りを乗せた拳を男には届ける事が出来ず、軽々と避けられてしまう。

 しかも、反撃にナイフで脇腹と太腿を切り裂かれた。

 

 エミさんは、呻き声を上げながら再び地面へと倒れ込む。

 男はそれを見やり、また嘲笑しつつ叫ぶ。

 

「けははははははっ!!! そんな体たらくで、何をしようってんだ?! オレを笑い死にさせるつもりか?! きひひひひ!!!」

 

 下卑た笑い声を男が上げる度、俺の脳内の血管から千切れるような音が鳴る。

 

 ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく!!

 

 これ程に、俺は人を憎んだ事は無いだろう。

 これ程に、胸糞悪いヤツを見た事は無いだろう。

 これ程に、生きる価値の無い人間は居ないだろう。

 

 俺がそう思ってしまう程に、どうしようもなく、救いようもなく………。

 そう思ってしまったが故に、俺は行動せずにいられなかった。

 

 窓ガラスを刀の柄で叩き割ると、素早く倉庫内に侵入し、男が此方へと視線を向ける前に………俺は刀を突き出した。

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