文学作品を護る存在に。……漫画もね。   作:Mr.ねこ

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殺し屋の最後

「ぐはっ………ぐぐ、き、貴様は……!?」

 

 俺が刀を突き出した事で、サングラスの男の背中から突き入れられた刀が左胸から剣先を露にしている。

 そして、男は驚愕の表情で背後に立つ俺へと視線を向けつつ、呪詛の言葉を呟く。

 だが、もう男の末路は決定していた。

 

 俺が刀を抜くと、糸の切れたマリオネットの如く地面に崩れ落ち、最早言葉も発する事が出来ない様子で俺へと睨み付けてくる。

 もうそれ以外に男が反抗する手段が存在しないのだ。

 

「おたくは………?」

 

「すみません。貴女の使い魔の気配が気になり、尾行していました」

 

 半分本当の事を話す事で、俺はエミさんの質問に返答する。

 すると、エミさんは何やら納得したかのように、大きく頷くと口を開く。

 

「なるほどね。それじゃ、レストランからずっと尾行していたのはおたくなワケ?」

 

 地面に腰を下ろしたまま尋ねて来たエミさんの言葉を耳にし、俺は思わず驚いた。

 どうやら、精一杯の尾行は始めからバレていたらしい。

 

 エミさんは、驚く俺の表情を見て察したらしく、優しげに苦笑する。

 

「あんな尾行じゃバレバレなワケ。街の中には鏡代わりになる物に溢れていて、わざわざ背後に視線を向けなくても背後に居る人物を反射して報せてくれるのよ。

 それに、尾行するならその目立つ容姿じゃ不向きなワケ」

 

「……それじゃあ、わざわざ質問しなくても俺が尾行していた人間だというのは分かったのでは?」

 

「そのクズに殴られたせいで、今は視界がボヤけているんだからしょうがないワケ」

 

 俺はエミさんの言葉を聞いて、「なるほど」と呟きながら足下に倒れ伏している男へと視線を移す。

 まだ男は辛うじて生きているらしく、未だに俺へと睨み付けていた。

 

 クズはゴキブリ並みにしつこいのか、なかなか直ぐには死なないようだ。

 

 何時までも苦しめば良いと思うものの、それではこのクズと同様に俺もクズに成り果てると感じ、トドメを刺すべく刀を握る手に力を込めながら男の胸元目掛けて振り下ろす。

 すると、肉を裂く嫌な感触が刀の先から伝わって来て、俺は思わず顔を顰めた。

 だが、男が満足そうに唇を弧に描く事で、ますます俺の眉間に寄っていた皺が深くなる。

 

 俺は憮然としつつ、「何がおかしい………?」と尋ねれば、男は無言のまま瞼を閉じた。

 と、その次の瞬間、男の顔がブクブクと膨れ上がり、次いで体も膨れ始める。

 それを見て、何が起きるのかは判然としないものの、少なくとも俺やエミさんにとって都合の良い事が起きている訳ではないと判断して即座に行動に移す。

 

 俺は少し離れた位置に居たエミさんに近寄るなり、その傷付いた体を担ぎ上げ、男から出来るだけ距離を取る。

 そして、その距離が10メートル程になった時、耳を劈くような叫び声が背後から発せられ、俺は足を止めて視線を向けた。

 

 元々の身長より遥かに高く、その変化した身長は2メートル50センチ程。

 縦に伸びただけなら、不気味、の一言で済ませられるが、横にも体積が膨れ上がっており、アメフトの選手かの如く筋骨隆々になっている。

 そんな不自然な変化を遂げた男が、耳元まで裂けた口を大きく開けていた。

 

 いよいよこれはヤバい状況になってきたと実感した俺は、エミさんを労るように優しく地面へと下ろして、男(最早筋肉の化け物)に対峙する。

 そして、男の注意を一身に集める為、俺は敢えて不遜な態度で言葉を発した。

 

「……テメェは何なんだ?」

 

「くくく、はぁーっはっはっはっ!! お前がその女の何なのかは知らねぇが、バカなガキだってのは間違いねぇな! オレに勝てるとでも思ったのか?! 十字路の悪魔と取引したこのオレ様に!!」

 

「十字路の悪魔……。つまり、その取引によって、そんな力を手に入れたのか?」

 

「きひひひひ!!! ……その通り。オレ様は自分の魂と引き換えに、この強大な力を手に入れたのさ!」

 

 まるで、既に勝利を手にしたかのように勝ち誇る男は、下卑た笑みを浮かべていた。

 元々クズそのものの笑い方だったが、今や化け物と遜色ない外見となった事で余計醜悪な笑みとなっている。

 

 俺はそんな男に向けて、意趣返しするように笑みを浮かべた。

 すると、俺の笑みが心底気に入らない様子で、盛大に顔を歪めた男が腕を天高く振りかぶる。

 そして、その振り上げた腕を勢い良く振り下ろし、自分の力を見せ付けるかの如くコンクリートの地面を殴り付けた。

 その途端、爆音と共にコンクリートの破片が飛び散り、男はその結果に満足して俺へと視線を向ける。

 

 確かに、圧倒的な破壊の力だと言わざるを得ない。

 だが、俺からしたら大した恐怖を抱く結果ではないとも言えた。

 何せ、ただ単純に腕力だけで地面を粉砕しただけであり、霊気を用いた破壊ではなかったからだ。

 

 俺は無言で右手を男へと向けると、笑みを浮かべたまま霊気を右手に収束させる。

 そして、男が何かを口にしようとした瞬間、収束させていた霊気を一気に放出させた。

 その事により、俺の手の平から男の上半身を丸々覆い尽くす程の霊波砲が放たれる事になり、男は半身を失う結果となった。

 

 ズシンッと大きな音と共に血飛沫を撒き散らしながら地面に倒れた男は、驚愕に彩られた目で此方を見詰める。

 そして、驚いていたのは俺の背後に居る人物も同様だった。

 

「おたく、何者なワケ………?」

 

 震えるようなか細い声で尋ねてくるエミさん。

 次いで、目の前で血を吐きながら目を向けてきていた男も、心底納得いかない様子で口を開く。

 

「なっ、何故だ!? 強大な力を得た筈のオレ様が……いったい何故!?」

 

 男は自身が本当に強大な力を得たのだと信じて疑っていないらしい。

 だが、俺からしたらお笑い草である。

 何故なら、確かに世界最高峰の腕力は手に入れられたのだろうが、世界最高峰の霊力を手に入れた訳ではないのだから、辛い修業を終えてそこそこの力を持つに至った俺からしたら余裕で倒せるに決まっていた。

 

 驚異的な変貌を遂げた男を最初こそ危険な相手かもしれないと警戒したが、外見だけで霊気自体が強力になった訳がないのだと察した瞬間、俺にとって男は雑魚同然の、それも世界最高峰の筋肉を有しただけの呪術師でしかない存在と化していた。

 だからこそ、俺は余裕を持って笑ったのだ。

 

 俺は苦悶の表情を浮かべる男に向かって、それこそ馬鹿にしたような口調で言葉を投げ掛けた。

 

「悪魔が本当に………テメェのようなケチなクズの為になる事をしてくれると思っていたのか? ヤツらはボランティア精神に溢れるような存在じゃねぇんだよ。

 悪魔ってのは、心の底から悪魔なんだ。テメェの利益を優先して取引をする訳がねぇだろ」

 

「ぐ……クソッたれ」

 

「せいぜい苦しんで死ね。最早化け物となった貴様に慈悲を掛けるつもりは無い」

 

「クソッ………頼む……頼むから、助けてくれ。お願いだ」

 

 最初の印象からは想像も出来ない様子で、男は俺へと必死に懇願してくる。

 だが、勿論俺には助けるつもりなど微塵も無い。

 男が操っていたあの少年霊を助ける為なら、俺は問答無用で助けようとするだろう。

 しかし、目の前のクズに掛ける慈悲など、俺は持ち合わせていない。

 

 無言で男から背を向けて、俺はエミさんを抱え上げる。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 耳を真っ赤にするエミさんを無視して、俺は懇願し続ける男を同じように無視しながら倉庫外へと足を進める。

 そして、最後にチラリと背後に視線を向けた時には、男は完全に息を止めていた。

 しかも、それだけではなく、火元が存在しなかったのにも関わらず何故かゴウゴウと燃え上がっていた。

 

 クズの最後に相応しい死に様だと思いはするが、気持ちの良い光景ではない。

 

(それなりの力を有する霊能者だったのだから、GSとしてやって行く未来もあっただろうに………)

 

 そんな風に思いながら、俺はエミさんを抱えたまま移動し続け、リュックを回収すると港から撤退する。

 そして、真夜中の道路でタクシーを止める事に成功すると、それに乗ってエミさんが宿泊していたホテルに行くよう運転手に頼む。

 無論、血を流しているエミさんを見た運転手が困惑していたが、GSとしての仕事中の事故だと説明すれば問題無かった。

 

 そうして、その帰路の間はエミさんと簡単な自己紹介を交えつつ過ごし、一応それとなく親交を深める事に努め、ホテルに着いてチェックインを済ませると、彼女の怪我を治療する。

 師匠(天狗様の方)にさんざん斬られていたので、エミさんのナイフでヤられた傷を縫う事ぐらいは出来た。

 もっとも、その治療に使用する道具をエミさんが持って無かったら、治療のしようが無かっただろうが。

 少なくとも、軽い応急処置しか出来なかっただろう。

 

 ともあれ、全ての処置が済んだ頃には、暖かい陽の光が窓から差し込んでいた。

 つまり、徹夜したという訳であり、11歳の体では非常に辛いという事だ。

 

 俺と同様にエミさんも眠そうな表情で、ベッドに横たわったまま俺へと視線を向けつつ流し目で口を開く。

 

「おたく………護は、どうしてあたしを?」

 

「あのグラサン男にムカついただけですよ。あのクズの声が、無性に耳障りだったんです」

 

 俺の返答が全部本心という訳ではないが、ムカついたのは事実。

 その半分の真実が俺の言葉に真実味を持たせる。

 だが、エミさんには通用しないらしく、含みのある笑みを浮かべて即座に否定されてしまう。

 

「嘘、ね。護の霊力には程遠いけど、これでもあたしは裏社会で有数の呪術師なワケ。そんなあたしに、下手な嘘が通用するとでも?」

 

「……エミさん、俺は……」

 

「エミ」

 

「は?」

 

「呼び捨てで構わないワケ。敬語も無用で頼むわ。

 ……それで、改めて聞かせて頂戴。どうしてあたしを助けたの?」

 

 嘘は通用しない、とばかりのエミさんの口調に、俺は少し戸惑ってしまう。

 目力もそうだが、彼女の雰囲気が有無を言わさぬものであり、俺がどんなに言い繕っても無駄に終わる未来を想像させる。

 

 どうするべきか、それを必死に考えている俺を尻目に、彼女は言葉を続けて発した。

 

「あたしを助けたのは、依頼人から頼まれたから? だとしたら無駄だったわね。

 あたしは………暗殺者としてのあたしは、昨日のあの時、この世を旅立った少年と共に死んだわ」

 

 儚げで実に悲しそうな表情を見せる彼女は、力なく瞼を閉じた。

 そして、更に言葉を続ける。

 

「……今日からあたしは、ただの小笠原エミ。暗殺者としての呪術師ではなく、誰かの為に呪術を扱う小笠原エミ。勿論、殺しは二度としないわ」

 

 彼女はまるで、悟りを開いたかのように穏やかな笑みを浮かべながらの発言だった。

 それを聞いた瞬間、頭を殴られたかの如く強い衝撃に襲われ、俺は愕然としてしまう。

 何故なら、彼女が殺し屋を廃業する時の事が原作でも描かれており、その時の様子を思い出したからである。

 だが、グラサンの男があんな風に変貌する事など無かった筈だし、十字路の悪魔とかってのも原作には登場しなかったのは間違いない。

 それに、エミさんが殺し屋を廃業する話しは、グラサン男や十字路の悪魔を除いても、他にも色々と変化していた。

 でなければ、俺は直ぐに原作を思い出した筈だ。

 

 ならば、昨夜の出来事は全てが夢であったのかと言えば、勿論否であり、紛れもない現実であった。

 ともすれば、もしかしたら原作の崩壊のせいで?

 

 そんな事を呆然と思うものの、今はエミさんの事が重要だと思い直し、俺は頭を小さく振ると口を開く。

 

「貴女なら大丈夫です。きっと光ある道を進めますよ」

 

「……ふふ、依頼人のアイツらから叱られるんじゃないかしら?」

 

「俺が貴女を助けたのは、誰かに依頼されたからじゃありません。単純に、俺が貴女を助けたかったからです」

 

 俺の返答が意外だったのか、エミさんはキョトンとした表情で俺を見詰める。

 そして、俺の発言が真実なのだと理解したらしく、力なく苦笑した。

 

「バカね。見ず知らずのあたしを助ける為に、あんな危険を犯すなんて。

 ……でも、礼を言うわ。有り難う」

 

「貴女なら立派なGSとなって、世界最高の呪術師になれますよ。それに、将来誰もが見惚れる美女になると保証します」

 

「あら失礼ね。今も美女のつもりだけど?」

 

「ははは、確かにその通りでしたね。……それじゃ、俺はこれで失礼します」

 

 色々と整理したいし、先ず眠気が限界だ。

 それ故、俺はそう告げながら部屋から出ようとドアノブに手を掛けた。

 そんな俺に、エミさんは消え入りそうな声を掛けてくる。

 

「ホントにあたしがGSになれると思う? 殺し屋だったあたしが、ホントにGSに……」

 

 俺は扉から彼女へと視線を移し、優しく微笑む。

 次いで、何故か俺の笑みを見た彼女が耳を真っ赤にしているのを不思議に思いつつも、然も当然かのように頷く事で彼女の問いに対する返答を返した。

 そして、静かにドアノブを回し、扉を開くと最後に言葉を発する。

 

「また会いましょう。その時はきっと、貴女は立派なGSになっている筈です。そして、今も美女に違いないですが、今よりも美人となっていて、それこそ絶世の美女とまで言えるくらいになっている事を保証しますよ。

 ……では、失礼しました」

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