殺し屋としての最後となったエミさんの仕事を、俺が介入してから二週間が経過していた。
そんな俺だが、勿論久しぶりの文明的な生活を満喫して遊び呆けていた訳ではない。
二人の師匠の内の一人に指示された通り、実戦経験を積む為の妖怪や悪霊退治をしていた。
つまり、師匠の小竜姫様に渡された資料の内、二件を済ませていたのだ。
そして、残るのは後一件になるのだが、今はその一件の資料に書いてある通りに、事件現場とされる場所に到着したばかりであった。
場所は鬱蒼と生い茂る草木に囲まれた野原であり、そんな場所に何故か似つかわしくない重機が放置されている。
ブルドーザが二台、ショベルカーが一台、どれも大型であり、一台一台がかなりの値段の物。
実はこの重機が、事件の犯人であった。
とは言え、本当に重機が意思を持って人間を殺した訳ではなく、何者かが今は放置されてある重機を用いて工事していた人の三人を殺害した訳だ。
その時の様子を見ていた者の話しでは、誰も乗っていない重機のエンジンが突如回り始め、次々に人を押し潰していったらしい。
まさにホラーの光景だっただろう。
目撃者の内の数人は、今も悪夢に魘されているようだ。
当然と言えば当然だろう。
そんな事件を目撃したとあったら、誰でも恐怖する筈なのだから。
その事件なのだが、こうやって事件現場に来てみて分かったのは、辺り一帯が不自然な程に異常な霊気に満ちている事。
妙神山のような神聖な霊気に満ちている訳ではなく、生ある者を害しようと考えている邪気に満ちていた。
霊能者ならば、絶対に自ら足を踏み入れようとはしない場所だと言えるだろう。
だが、そんな邪気が何故満ち溢れているのかは不明で、野原の周囲に視線を巡らしてみてもさっぱり分からない。
俺がオカルトに関係する知識不足というのもあるし、邪気を除けば普通の長閑な野原に過ぎないというのも要因で、現場を視察しただけでは分からないのも無理からぬ状況と言える。
(昔、此処は戦場だったとか? いや、それでいうのなら日本全土が戦場になった事があるし、もし此処が戦場という理由で邪気が満ち溢れているとしたら、俺に対処方法なんて思い付かないぞ)
純粋な戦闘ならそこそこ闘えるという自信はあるが、こういうのは専門外であり、俺には難題であった。
小竜姫様にもっと詳しく教えて貰うべきだったと反省するものの、取り敢えず自身でも任された仕事を熟すべく、自分に発破を掛ける。
しかし、何の手掛かりも見付けられず、結局は昼間まで時間を無駄にしただけだった。
そうして、暫く野原の真ん中で頭を抱えていると、何やら生い茂る草木の向こう側から何者かの声が聞こえて来た。
声の質から察するに、四人前後の成人男性達だろう。
「それは良いのですが、何故あなた達も来たのです? 現場まで付いて来なくとも、徐霊が済んだかどうかは事後にお知らせ致しますが」
「あんさんが誤魔化すかもしれへんやろ。わしの目が黒い内は、そんな詐欺師に騙される訳にゃイカンのですわ」
「私は誤魔化したりしませんよ? それに事件現場は危険なので、出来れば一人の方が集中出来るんですが」
「神父はん、社長は何事も自分の目で確認せんと我慢ならんお人なんですわ」
「じゃかぁしぃ! 要らん事言わんで案内しとりゃええんじゃ!
それより神父はん、ホンマに大丈夫なんやろな?」
「……まぁ、現場を見ない事には何とも言えませんね」
「日本最高のGSっちゅう噂にしては、頼りない人でんな」
胡散臭い関西弁の二人と、神父と呼ばれる者が一人の、合計三人の男達が来ているらしい。
まだ生い茂る草木のせいではっきりとは分からないが、話しの内容から人数と目的は理解出来た。
「おい、まだ着かんのか?」
「あとちょっとですがな」
「さっきから何べんもおんなじセリフを聞いてるで。お前は壊れたラジオかっちゅうねん。専務にしてやったんやから、もっとしっかりせぇよ」
「いやいや、社長、この道であっとりますって」
「ホンマかいな。ま、それはそうと、神父はん?」
「何です?」
「神父はんの所に居った弟子の美神
「いや、それは……今以上のガメツイ弟子になるのは困るので。は、ははは」
「なぁに言うてはりますの! この世は弱肉強食でっせ! あの娘っ子なら、わしの後継者にしてもええぐらいですよって!」
「は、ははは。それは、ね? ほら、彼女の夢はGSですし?」
「勿体無い話しでんな! あんな娘っ子は居らへんで! GSにしておくのは、ホンマ勿体無い!」
ガサガサと音を立て、目玉が飛び出るような人名を呟く男達は、とうとう生い茂る草木からその姿を露にした。
そして、唐突過ぎる原作キャラとの遭遇に目が点になる俺を見た彼らは、俺と同じく目を点にする。
唐巣神父達の目が点になった理由は、殺人現場に俺という子供が居た事だろう。しかも、珍しい容姿の子供が。
そして、俺が目を点にした理由は、当然唐巣神父を目の当たりにしたからである。
そんな両者の間にある珍妙な空気の中、神父は開口一番に俺へと質問して来た。
「……君は?」
「は、ははは。………どうも、絶賛修行中の子供です」
気持ちの整理が着いてない状況での質問に、俺は思わず頓珍漢な返答をしてしまう。
そのせいで、更に場の空気が妙な事になり、全員が首を斜めに傾けた。
「そうじゃなくて……いや、お父さんかお母さんは居るかな?」
「父も母も居ません。一人暮らしの子供です」
真面目に答えようとしているのだが、何故か訳の分からない返答をしてしまう俺。
勿論、焦っているせいであり、ふざけているつもりは一切ない。
しかし、やはりそのせいで、先程よりも場の空気が珍妙な事になり、全員の首が取れてしまうのではないかと思ってしまうくらいに傾く。
「えっと、それは悪い事を聞いてしまったね。その年齢で一人暮らしは大変だろう」
「いやいや、ちゃいまんがな! 今は、何故此処に子供が居るのかを聞く場面でっしゃろ! な、専務!」
「ほうです、ほうです。神父はんは天然ですな」
「あ、いや、何か変な空気になったものですから」
真面目な神父に俺が的外れな返答をしたせいで混乱していた場を、胡散臭い関西弁の二人が修正してくれる。
だが、関西弁のせいなのか、どうも漫才をしているかのような気分にさせられてしまう。
とは言え、この機を逃すと冷静になるのが遠のく気がしたので、俺はこれ幸いと口を開く。
「すいません、少し取り乱していました。
俺の名前は、本田護です。此処に居る理由は、悪霊や妖怪の退治をやる為でして、道に迷って来た訳ではありません」
簡潔に、それでいて要点を纏めた適切な回答をする。
すると、キョトンとした三人の大人達は、暫しそのままの表情でフリーズした。
しかし、専務と呼ばれていた男が「子供が危ない事したらアカンで」と言った瞬間、我が意を得たとばかりに残された二人が言い募って来た。
「そやで! わしは金に五月蝿いけどもな、子供が危ない事に関わるのにも五月蝿いで! さっさと帰っときぃ!」
「そうだよ。子供が悪霊退治なんて駄目じゃないか。
君は幾つだい? 見たところ、小学六年生くらいに見えるが?」
至極もっともな御意見である。
しかし、俺にもちゃんとした理由があるのだから仕方ない。
俺は事前に小竜姫様から渡されていた紙を取り出すと、それを紋所(黄門様のアレ)のように掲げながら言葉を発する。
「これが目に入らぬか! 妙神山が管理人直筆の、書状であるぞ!」
俺が自信満々に胸を張りながら告げた言葉が切っ掛けとなり、シーン、と場がシラケた。
その後(唐巣神父だけはビックリしてた)、社長と専務が同時に声を発する。
「「おかしな子供やなぁ」」
何故こんな事をしたのかと、数秒前に戻って自分自身を殴りつけたい衝動に駆られながら、俺はガックリと項垂れつつ両膝と両手を地面に付いた。
多分、関西弁のノリが織り成す雰囲気のせいだと思うが、本当に何故黄門様のノリで書状を掲げたのかは自分でも分からない。
ともあれ、社長や専務とは違って妙神山という言葉の意味を理解している唐巣神父は、二人とは違って少し焦ったように口を開く。
「ちょっと待ってくれ! 何故君のような子供が?!」
「疑問も分かりますが、取り敢えずこの書状に目を通して貰えると助かります」
「わ、分かった。何が書いてあるのか怖いけど、兎に角見せて貰うよ」
俺が書状を手渡すと、それはもう凄い形相で目を通し始める唐巣神父。
そして、全て目を通したらしい唐巣神父は、大きく溜め息を吐くと書状を元のように折り畳み、俺へと返して来た。
俺は中身に目を通していなかったが、何が記してあるのかは小竜姫様から聞いている。
故に、次に来るだろう問いも予想出来ていた。
「俺が弟子なのが信じられないんでしょう?」
「いや、その………すまないね。その手紙の内容が真実だとすれば、君は11歳なんだろう? そんな子供が、あの人の弟子と言うのは……」
「ははは。弟子と言っても、元々は天狗様の弟子ですけどね」
「天狗の?! ………随分変わった経歴の持ち主だねぇ。それで何故妙神山へ?」
「強くなりたいから、ですかね? まぁ、天狗様の弟子になった時は後悔するくらいにキツくて、流石に挫折しかけましたけど。
ですが、そのお陰で妙神山の修行は楽しく出来たんですが」
「あの修行を楽しく………? それは……大変だったんだねぇ」
「えぇ、毎日死に掛けてましたよ」
「ゾッとする話しだね。とても笑えないな」
感慨深そうに空へと視線を移しながら呟く唐巣神父は、心底妙神山での日々が辛かったのだろう。
俺は心の中で、心中お察し申し上げます、と呟きながら、視線を社長さんと専務さんに移した。
すると、俺の視線を受けた二人が、俺達の話しに加わろうと近付いて来た。
「ちょっとちょっと、置いてきぼりは勘弁やで」
「神父はん、その子供の説明をしてくれまっか?」
「失礼しました。……何と言えば良いのか、この子は有名なGSの弟子と思って貰えれば良いと思います」
「ほう、こんな子供でなぁ」
「ほうでっか! それで、何で此処に?」
「実戦経験を積む為のようです。実力は私が保証しますので、構いませんかね?」
「タダでしてくれるんなら有り難い話しではありまっけど、タダより怖いもんは無い言いますからなぁ……。まぁ、今回はええやろ」
こんな人に美神さんが経営ノウハウを学んでしまったら、横島君が干からびる未来しか見えない。
いや、この社長さんに経営ノウハウを学ばずとも、充分横島君は干からびる事になるんだけどね。
それは兎も角、暫くたわいもない会話していた俺達は、唐巣神父が主導する形で現場の検分を始める。
もっとも、既に俺だけは四時間以上も野原に居て調べていたのだが。
しかし、やはり経験豊富で日本の中で数人しかいないSランクのGSは伊達ではなく、少し野原を見回っただけで何かに気付いたようだった。
それを察して、俺は僅かな時間で件の殺人が発生した理由を暴く唐巣神父に驚くと共に、如何に自分が未熟であるのかを痛感させられずにはいられなかった。
ともあれ、確信を得たかのように「なるほど」と呟く唐巣神父は、俺や社長と専務に視線を向けて説明を始める。
「今回の事件に関して、色々と事情は分かりました。
先ず、この野原には昔寺があったようです。そして、その寺は普通の寺とは異なり、名前も分からないような者達を鎮める為の役割を持っていたのでしょうね」
「寺? そやけど、ただの野っ原にしか見えへんで?」
「いえ、良く見てください。所々に規則正しく岩が並べて置いてあるでしょう?」
「数メートル間隔で置いてある岩の事かいな?」
「そうです。あれは、柱を設置する土台なんですよ」
「「「へぇ〜」」」
確かに唐巣神父の言う通り、平べったい岩が規則正しく並べて置いてある。
しかし、それは説明されたから規則正しく並べてあると気付けただけであり、そう説明されなければ絶対に気付く事は無かっただろう。
「この規模の岩から察するに、かなり大きな御堂があったのだと予想されます。そして、石垣の名残もほんの僅かですが今も残っているようで、そこから察するに、この野原にあっただろう寺の規模は、御堂だけでなくかなりの物だったのでしょう」
「なるほど。唐巣神父のお陰でそれは理解出来ましたが………」
「名前も分からないって部分は何故分かったのか、ってところかな?」
「はい。そこが先の説明だけでは理解出来ません」
「そやな。確かに分からんな」
唐巣神父は大きく頷くと、人差し指をゴロゴロと幾つも存在する石に向かって指し示す。
そして、再び説明を始めた。
「あれを見てごらん」
「ただの石ちゃうんか?」
「……そういう事か。気が付かなかった自分の軽率さが恥ずかしいですよ」
「なんやなんや?」
「あれは墓ですよ。普通の皆さんが知っている墓とは少し違うものですがね」
唐巣神父の指差す先には、細長い岩の塊が沢山積み重なっていた。