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細長い岩の表面には、良く見れば微かに文字のようなものが刻まれていた。
これに気が付かなかった自分の注意力の浅さに辟易するが、それと同時にこんな所まで気付けた唐巣神父の注意深さには感心せざるを得ない。
「あれが墓石って言いたいんか? そやけど、わしが知っとる墓石とは全然ちゃうで?」
「えぇ、それはそうでしょうね。あれは普通の人が入る墓石とは違いますから、知っている人の方が少ないと思います。
あの墓石は、名前などが不明のまま死んだ人が入る墓石で、無縁仏と呼ばれる墓に建てられる墓石になります」
そう、突然の事件や事故などに巻き込まれて身分を証す物を持っていなかったり、或いは自身の名を隠したまま死んだ者達が入る無縁仏。
それが目の前に沢山転がっていたのだ。
無縁仏の墓石には、当然名前が彫られる事などないので、俺にはただの石にしか見えず、たまに仮名で彫られているのも存在するものの、荒く彫られているのが理由で、意味ある文字だと気付けなかった。
しかも、墓石自体の質も粗悪なものだったのもあり、雨風に晒され文字が薄れていたのも気付けなかった要因の一つである。
しかし、この野原に四時間いて気付けなかったのは、本当に俺の不徳の致すところだ。
集中していたつもりだったが、漠然と集中するのではなく、集中する何かを見付ける知識が必要になる事を学んだと言えるだろう。
「ちょ、ちょっと待てや! それじゃあ、墓をぞんざいに扱ったヤツが居るっちゅうんかい!」
「えぇ、そういう事でしょうね。社長がこの土地を買う時、注意されたりしませんでしたか?」
「いや、わしは何も聞かんかったで! ほったらかしの土地があるさかいに社長がこうてくれや、って言われただけやで!」
「それじゃあ、その土地の売買を申し出た人こそが、あんな風に墓石をぞんざいに扱ったんでしょう。恐らく、この土地を開発しようとして、だけど費用を浮かそうと墓を移す事なく破壊した。そして、バチが当たってこの土地をどうしようもなくなり、その結果社長に売り付けた」
詐欺。それ以外に形容しようがない程に、清々しい程の詐欺である。
「あんのクソ狸がぁああああ!! 詐欺はまだええわい! 騙される人間にも問題があるさかいにな! せやけど、死んだもんの墓を移さず破壊するて! 舐めた事しくさりやがってぇぇえええ!! いてもうたるぞ!!!!」
怒髪天、という言葉では足りぬ程に怒り心頭の社長さんは、般若もかくやの表情で叫ぶ。
だが、その怒りの根底が、詐欺された事ではなく、損をした事でもなく、ぞんざいな墓の扱いをされた者達への思い遣りによってなのは意外だった。
しかし、その意外な思いは、何故か心地良かった。
俺も同じように腸が煮え繰り返していたが、社長さんの怒りの言葉によって、少しだけだが溜飲がさがっていたのも事実だったのだ。
そんな社長さんの怒りの叫びに次いで、専務さんも堪らず声を発する。
「社長!! あんクソを叩きのめしたりましょう! 死んだ人間に鞭打つなんぞ、人の所業ちゃいまっせ! これを許しとったら、浪速の男が廃るっちゅう話しですわ!!」
「当たり前じゃボケェ!! あのクソ狸を見付けたら、ケツの穴にダイナマイト突っ込んで導火線に火ぃ点けたるわ!!」
……前言撤回。
流石の俺でもそこまではしない。似たような事はするだろうけど(多分、爆竹程度だと思う)。
ドン引きの俺が二人から視線を逸らせば、そこには真剣な顔で怒っている唐巣神父の顔が映る。
彼も相当頭に来ているようだ。
それも当然と言えば当然だろう。
何故なら、博愛主義と言っても良い程の唐巣神父だが、そんな彼でも怒ってしまうくらいに酷い所業だと言えるだからだ。
霊能者は死者の声に耳を傾けられる力を有しているので、ある意味では死者に近しい存在であり、良き隣人でもあるのだ。
ならば、そんな霊能者なら怒って当然でもあるし、少なくとも原作キャラで一番まともな唐巣神父なら尚更である。
この場に居る全員がフツフツと怒り始めていると、俺達の怒りの感情に呼応するかの如く周囲の霊気が高まりだした。
「これは………? 唐巣神父!」
「あぁ、相当ヤバいね」
俺の警戒の言葉に、唐巣神父は同意するように頷きながら返答する。
そして、社長さんと専務さんを庇うように、墓石の山との間に立ち塞がった。
と、その瞬間、まるで夜闇に包まれたかの如く漆黒の空間へと変貌する野原。
しかも、地面がヌチャヌチャとした沼地になっており、立っているだけでも苦労する程だった。
俺はその変化に驚くものの、何とかその驚きを内心に押し留め、唐巣神父が警戒する墓石の山を同じように睨み付ける。
そして、その視線をユックリ上へとズラした。
理由は単純で、墓石の山から白い靄が立ち上っていたからである。
徐々にその靄は、無形ではなく人形へと変化していく。
次いで、最終的には巨大な………いや、巨人となった。
全長10メートルで、生殖器がないのが特徴の巨人。
その特徴のせいで性別も分からないが、人の霊が集まって出来たせいか紛れもない人間を象ったモノである。
はっきり言って、その異様は不気味であった。
「唐巣神父は二人の警護を! 俺はこのデカブツを相手にします!」
「いや……その必要は無いようだ。護君、見たまえ」
「は?」
不気味な巨人に向かって、唐巣神父は優しく微笑みながら近付く。
普通なら有り得ない行動だし、何なら気が触れたと思ってしまう程の奇行に見えた。
全長10メートルの巨人を目の当たりにしているのだから、そう思うのも当然だろう?
しかし、沼地と化した野原を歩いて近付く唐巣神父に、何故か巨人は無反応であった。
いや、寧ろ此方へとまるで人間のように視線を向けながら普通に佇んでおり、攻撃性など皆無に見えた。
「護君、外見だけで判断するのは決して駄目な事だよ。彼らは、墓石を破壊されて眠りから覚め、しかもただ成仏出来ずに苦しんでいる者達」
「それじゃあ、誰が工事人を?」
「少なくとも、彼らでないのは間違いないね。恐らく、此処には彼ら以外のナニモノかが存在するんだろう」
唐巣神父の予測を肯定するかのように、巨人が大きく頷く。
どうやら俺は、外見的な不気味さだけを判断基準にして、目の前の巨人が事件の犯人だと決め付けてしまったらしい。
情けない話し、俺は自分も外見的な特徴で幼少期は苦労していたのに、巨人を一目見ただけで悪の存在なのだと判断してしまっていたようだ。
その事実を理解して、俺は居たたまれなくなってしまう。
だが、今は反省や後悔をするよりも、もっと重要な事をしなければならない筈だと思い至り、自分自身に喝を入れた。
そして、俺は唐巣神父の予測を基に、思考の海に沈む。
(墓石を移さず破壊したのが根本的な原因だ。それは間違いない事実だろう。
それで彼らは………目前の霊達の集合体は、その墓石の下で眠っていた張本人達)
一つ一つ分かっている事実を反芻していると、辻褄の合わない部分が浮き彫りになってきたのに気付きハッとした。
それは、目の前に存在する巨人(30人程の集合体)だけだと明らかに墓石の数や寺の規模から考えて不自然。
つまり、まだ沢山の霊体が存在する筈だという事。
勿論、全ての霊が成仏せずに残っているとは考えられないので、墓石の数と同数の霊が此処に留まっているというのは有り得ないだろうが。
(だが、そう考えると辻褄が合うな)
俺が一応の推論を立て、それを唐巣神父へと伝えようと思い視線を向けると、彼は未だに巨人となった霊の集合体と対峙していた。
そして、何やら優しげな口調で話し掛けてもいた。
俺はそんな両者を視界に入れて、神父の人柄がどれだけ偉大なものなのかを理解する。
確かに横島君が存在しなければアシュタロスには勝てないのだろうが、そして美神さんも存在しなければ勝てないのだろうが、何よりも唐巣神父の存在がこの世界には最も大切なのだろう。
彼が居るからこそ………いや、彼のように心美しき者が居るからこそ、世界の秩序が護られているのだと、本心からそう理解した。
そんな事を両者を見て実感しつつ、俺は唐巣神父へと声を掛ける。
「彼らが犯人ではないとすると、可能性は一つしかありません」
「うん、そうだろうね。無縁仏に入る人達を考えると、その可能性が高いからね」
「と言うと? 無縁仏に入るのは、氏素性が判明しない人でしょう?」
「無縁仏に入る人にも、色々と考え方の違いや人格の違いがあるだろう? つまりはそう言う事さ」
「なるほど。………罪人って事ですか」
「君が犯人について見当を付けた理由は何でだい?」
「墓石の数と寺の規模から考えて、目の前の霊だけでは明らかに数が足りないと思ったからです」
「なかなかの洞察力だね。それで、君ならどうする?」
小竜姫様が俺の経験を積む為に送り出したのを知った事で、唐巣神父は俺に考えさせるつもりのようだ。
しかし、そうは言っても既に答えは出しているのだろうが。
兎も角、俺は唐巣神父に自身の考えを口にする。
「一番良いのは、遺骨を全て別の場所に移す事です。勿論、ちゃんと墓石も用意した場所に、って事が前提ですね。
ですが、既に被害も出ている現況においては、そんな悠長な方法を取っていたら作業中に更なる被害者が続出するでしょう」
「うん、そうだね。それで?」
「………此処に残り、全ての悪霊を駆逐するまで戦います」
「う〜ん、それはどうだろうねぇ」
俺の答えを耳にした唐巣神父は、少し苦笑して首を傾げる。
そして、そのまま言葉を紡ぐ。
「確かに、君ならそれが出来るだけの力を有しているのかもしれないね。それは霊気を発している今の君を見ていれば充分に理解出来る。
だけど、それじゃあ非効率的だ。こういう状況で一番効率的なのは、此処を一つの巨大な墓石と考えて行動する事だよ」
「巨大な墓石………? あの、言ってる意味が……」
「君は戦闘については修練を積んでいるようだが、知識については未熟なようだね」
「お恥ずかしい限りです」
「いやいや、悪い事じゃないさ。11歳でそれだけの力を持っているのなら、後は知識を頭に入れるだけで良いんだからね。
それで、話しを戻すけど……良いかな?」
「はい、御願いします」
唐巣神父に実力を認められたのは嬉しいが、少し照れたのもあって誤魔化すように話しの先を促す。
すると、俺の内心を察しているのか、唐巣神父は優しく微笑みながら言葉を発する。
「巨大な云々っていうのはだね、言わば考え方の話しさ。つまり、この場所を巨大な一つの墓石と捉えて考えるんだよ。
そうすると、効率的な方法が浮かぶ筈」
何となくだが、しかし確かに唐巣神父の言いたい事が理解出来た気がした。
要は、御坊さんが墓石の前で御経を唱えるように、この場所を一つの墓石と思って浄化しようという事なのだろう。
そう一度思えば、とても画期的な方法だと思えた。
ただし、大きな問題が一つ浮上する。
それは………
「………あの、俺は戦闘以外だとからっきしでして、御経とか全く知らないんですが……」
「浄化するに当たって必要なのは、何も御経だけじゃないさ。……ふむ、何時もの私の方法ではなく、どうせだから一般のGSがやる手法を教えよう」
「あ、その、御教授感謝致します」
「ははは、そこまで畏まらなくても良いさ。さぁ、君も手伝ってくれたまえ」
朗らかにそう告げて来た唐巣神父に従い、俺は小竜姫様が用意していた破魔札を用いて沼地と化した野原のあちこちに札を設置する。
そして、星形に設置した破魔札のど真ん中に、最後の破魔札を霊気を込めつつ設置した。
すると、全ての札が眩い程に輝き始め、瞼を開けていられないくらいになる。
この出来事には、正直言って腰が抜けるかと思う程ビックリした。
だが、光に目が慣れる頃になれば、周囲の様子が普通の野原に戻っており、漆黒に包まれていないのにも気が付いてホッと胸を撫で下ろす。
そして、霊の集合体だった巨人が、満足そうに笑みを浮かべて成仏していったのを目にした。
「凄い………。全く邪気の欠片も感じない程に、綺麗な霊気に満ちてる」
「ははは、凄いだろう?」
「凄過ぎですよ。ただ五芒星型に破魔札を設置して、最後にど真ん中に札をもう一枚置いただけなのに……」
「いや、それは少し認識に誤りがあるね。君が込めた霊気が強大だっからこそ、これだけの綺麗な霊気に満ちているんだ。
普通のGSなら、これ程の効果は見込めない。……まぁ、私もこれだけの効果が出るのは予想外だったけどね」
苦笑しつつ、そう言う唐巣神父。
俺はその言葉を耳にしながら、そう言えば胡散臭い関西弁が聞こえなくなったな、と思いつつ視線を周囲に巡らす。
すると、社長さんと専務さんの二人は、白眼をしたまま失神しているのが目に映った。
何時から気絶していたのだろうか?
野原が変貌したくらいからか?
ともあれ、その後は二人が目を覚ますのを待つ間、俺は唐巣神父との親交を深める事に努めた。
そして、それは夕刻まで続き、二人が目覚めると街に戻って、色々と教授してくれた事に礼を述べて別れた。