文学作品を護る存在に。……漫画もね。   作:Mr.ねこ

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予想外の幸運

 パチッパチッ、という何かが爆ぜる音が俺の意識を覚醒させる。

 まだ眠っていたいという欲求もあるが、何故か焦燥感を感じて起きなければならないと思い至った。

 そして、思い出す。俺は天狗様と闘っていた筈だ、と。

 

 バッと勢い良く上半身を起こすと、明々と周囲を照らしていた焚き火に気付く。

 どうやら何かが爆ぜていたと思ったら、焚き火の音だったらしい。

 そう納得した次の瞬間、「目覚めたようじゃな」と声を掛けられ、その声がした方向へと視線を移す。

 すると、そこには焼き魚を片手に微笑む天狗様が居た。

 

「えぇと……あの、あれ? 何がどうなって……」

 

「ほっほっほっ! なるほど、その様子じゃと初めて失神したようじゃな」

 

「失神………?」

 

「儂と立ち合ったのは覚えておるか?」

 

「……はい」

 

「であるならば、立ち合いの内容を思い出してみるが良い」

 

 朗らかな笑みを携えてつつ、そう告げる天狗様。

 それを受けて、俺は暫し深い意識の海へと沈む。

 そして、はっきりと思い出した。俺が天狗様に向けて後ろ回し蹴りを放った事、その後にタックルを仕掛けた事。

 だが、その後が思い出せず、小首を傾げる。

 

「あの……タックルを仕掛けた後が思い出せないんですけど、何があったのですか?」

 

「ふむ。なかなか思い切りの良い蹴りとタックルじゃったな。

 して、その後は……御主の視点から説明すると、儂の片足が無かったじゃろ? 正確に言えば、儂の右足じゃな」

 

「はい。それに疑問を抱いた次の瞬間、そこから記憶がありません」

 

「うむ、そうじゃろうな。儂は御主に向けて、踵落としを放ったのじゃ」

 

 なるほど、合点がいった。あのタックルを仕掛けた瞬間に天狗様の片足が無かった理由は、天高く右足を上げていたからか。

 

「……弱い、ですね。いや、弱過ぎ、と言った方が正しいでしょうか」

 

 事実を理解して、俺はガックリ項垂れながら力無く呟いた。

 すると、天狗様が楽し気に笑いつつ「いやいや、なかなか鋭い動きじゃったぞ」と、労いの言葉を投げ掛けてくれた。

 正直言って、その言葉が慰めのものだというのは素人の俺でも直ぐに理解出来た。

 それ故、小さく首を横に振るう。

 だが、天狗様はそんな俺の気持ちを察しているかの様に、諭す様な口調で言葉を発しながら片手に持つ焼き魚を差し出して来た。

 

「もう一度言うが、なかなか思い切りの良い蹴りとタックルじゃったぞ。己を卑下する必要は無いくらいにな。

 ほれ、腹が減ったじゃろう? 食うが良い」

 

「……頂きます」

 

「その年齢に見合ぬ鋭い動作から、なかなか鍛えられておるのがありありと察せられた。足腰を重点的に鍛錬したのじゃろ?」

 

 まだ温かい焼き魚を一口含みつつ、頷いて天狗様の質問に答える。

 俺は、たったあれだけで見抜くその慧眼に驚きながら、次いで焼き魚の美味さに驚く。

 

 すると、そんな俺を見て、天狗様は嬉しそうに笑う。

 

「ほっほっほっ。なかなか美味(びみ)じゃろ?」

 

「はい。何らかの香草ですか?」

 

「ほう。御主は舌も鍛えておるようじゃな」

 

「いえ、独り暮らしをしているので、料理を自分で行う内に自然と身に付いただけですよ」

 

「ふむ、その年齢で独り暮らし、とな? まぁ、それは人それぞれに理由があるじゃろうし聞きはせんが。

 それは兎も角、御主の実力はそこそこ高いものじゃと言っておこう。恐らく、退魔師の中で例えるなら、成り立てくらいには相応するじゃろうな。

 しかし、それは今日の御主であれば、という評価じゃが」

 

「………それはどういう意味でしょうか?」

 

 天狗様の意味深な発言に、俺は心底疑問を抱き首を傾げる。

 何故なら、俺は本気で立ち向かったからだ。

 手抜きなど一切せず、なんなら殺すつもりで攻撃を仕掛けたと言っても過言では無いくらいだった。

 

 なのにも関わらず、天狗様はまるで俺が手を抜いたかの様に言い募る。

 疑問を抱いて当然だろう?

 

 だが、天狗様が次に発言した言葉を聞いて、ハッとさせられた。

 その驚かされた言葉とは、「徒手空拳より鋭い牙を隠しておるのじゃろ?」と尋ねられたからだ。

 

 確かにこの世界に来てから格闘技を学び始めたので、はっきり言って徒手についてはそんなに強くはないだろうと思う。

 だけど、俺にはこの世界に来る前に二十年以上も研鑽を積んでいた剣道がある。

 もし徒手ではなく、剣道での立ち合いだったなら………いや、勿論、剣道を用いていたとしても、千年以上も武術を極めんと修業を続ける天狗様に勝てるとは思い上がっていない。

 だが、もう少しマシな立ち合いが出来た筈なのも確かだろう。

 

「間合いの取り方、同じく間合いの潰し方から察するに、刀術が御主の専門。……違うか?」

 

「確かにそうです。ですが、たったあれだけで見抜けるものなのですか?」

 

「普通の者なら分からぬだろうの。どんな退魔師でも気付かぬ筈じゃ。

 ……気付くとしたら、儂や小竜姫殿、そして小竜姫殿を始めとした武に連なる神だけじゃろうのう」

 

 武を極めんと努力する者の眼力に、俺は呆れ果てるばかりだ。

 間合いの詰め方だけで、その者の得意武術を見抜くなど凄まじいにも程がある。

 

「感服しました。……ですが、これだけは言わせてください。俺は、決して手を抜いていた訳ではありません」

 

「うむ、それは理解しておる。得物を有しておらぬからこそ徒手空拳で立ち合った、つまりはそういう事じゃろ?」

 

「はい。それに、徒手で何れだけ闘えるのかも知りたかったので」

 

「ん? その言い様じゃと、徒手空拳での立ち合いは初めて、という事かのう?」

 

「えぇ、初めてでした」

 

「それなら尚更見上げたものじゃな。初めてであれだけ動けるのなら、大したものじゃ」

 

 心底感心した様に大きく頷いた天狗様は、殊更大袈裟に誉めてくれた。

 それが本心なのか、はたまた御世辞なのかは分からない。

 だが、そのどちらにせよ、正直言って俺には嬉しく感じられた。

 

 少し照れた様に頭を一掻きし、俺は焼き魚に大きく囓り付く。

 香草の香りが口一杯に広がり、鼻からユックリ抜けて行くのを感じつつ、また大きく囓り付く。

 不思議な程に香り豊かな香草は、俺の高ぶっている気持ちを鎮めてくれるかの様に感じれた。

 

 そうして、俺が焼き魚を平らげた後、「少し待っとくが良い」と言い残して何処かへと音も立てず消えて行く天狗様。

 しかも、立ち去る瞬間の姿すら見えない程の素早さでの立ち去り方で、俺は返事をする暇も無かった。

 天狗様が腰を下ろして居た場所を眺めつつ、武術を極めるとこんな不可思議な移動方が出来るのだろうか、と呆然としてしまう。

 そして、数分程の後、背後にパキッと枝が折れる音がした事で振り向くと、腰に差していた日本刀とは違う刀を二振り手に持つ天狗様が立っていた。

 

「名刀、烏丸。平安時代において、最も多くの物の怪を屠った霊刀じゃ。……余りにも多くの物の怪を屠り過ぎ、並みの退魔師には扱えぬ程に強力になり、その結果、嘗ての使い手が血に飢え暴走する事と相成った」

 

 天狗様の手に握られている太刀と小太刀から、異様な気配が感じられる。

 不気味な印象で、最初に天狗様と出会った時のようなプレッシャー(殺気?)が放たれているのが察せられた。

 

 そんな怪しげな二振りの刀を、天狗様は俺へと差し出しながら言葉を続ける。

 

「これを御主に貸してやろう」

 

 俺は唐突な提案に首を傾げるものの、おっかなびっくりという感じで一応受け取る。

 

「あ、あの……俺が持ってても大丈夫なんですか? 昔の使い手と同じく暴走したりしたら……」

 

「それは心配せずとも良い。その時は、儂が直々に止めてやる。

 御主が注意する事は、儂との訓練の間は常に意識を失わぬように努める事じゃ」

 

「分かりました。……は?」

 

 俺の聞き間違いで無かったのなら、天狗様は訓練と言わなかったか?

 どういう意味だろうか?

 

 俺が天狗様の発言の真意が分からず混乱していると、心底面白そうに笑い始め、目尻に涙さえ浮かべて口を開く。

 

「はっはっはっ、ふ、ふふ………あー、これ程に笑ったのは久方ぶりじゃ。御主、なんちゅう顔をしておる。男が家から一歩でも外に出たら、そんな顔を世間で晒してはイカンぞ」

 

「え、いや、あの………?」

 

「御主は、現在有する自身の力の座を正確に知りたいと申しておったな。そして、それは儂が伝えた事実からある程度は知る事が出来た筈。……違うか?」

 

「は、はい。その通りです」

 

「ならば次に御主の胸に去来するのは、更に自身の力を高めんが為の方法、ではないかの?」

 

 確かに、天狗様の仰る通りだ。

 今以上に強くなる方法だと、俺には簡単に思い浮かばない。

 強いて言うなら、高名なGSの下に弟子入りするくらいである。

 だが、高名なGSが俺の様な子供を弟子にしてくれる訳もないし、してくれるとしたら唐巣神父しか思い至らない。

 しかし、俺が唐巣神父に弟子入りしたとしたら、もしかしたら美神令子の弱体化に繋がるかもしれないので、それは許容出来ないし絶対に不味い事だ。

 

 故に、俺は天狗様の言葉を否定せず、無言で、そして静かにユックリと頷いた。

 

「うむ、やはりそうであろうな。しかも、力のある退魔師などは、今の時代じゃとなかなか居りゃせんからのう。……師を探すだけでも難儀するじゃろう。そして、見付け出せたとしても、必ず弟子入り出来るとは限らんのだし」

 

「それで天狗様が俺を弟子にしてくれると?」

 

「うむ、そういう事じゃな」

 

「実に光栄ですし、正直言って有り難いのですが………世間から隠れて修業する貴方が、何故俺の様に未熟な者を弟子に?」

 

「それは言うたじゃろ? 御主が気絶する前にのう」

 

「………俺を気に入ったって言ったあの時の?」

 

「うむ。ほっほっほっほっほっ、儂と立ち合いたいと言うて向かって来る未熟者はそこそこ居るが、御主の様に不思議な出会い方をした者は珍しいし、何よりその年齢で己を高めんとする気概は見上げたもの。……放っておいて腐るなどとしたら勿体無いと思ったまでの事じゃ」

 

 俺が妙神山へと向かう事に決めた当初とは全然予想もしなかった方向へと急展したが、こんな風に唐突に武術の達人である天狗様に弟子入りする事が決まった。

 そして、その次の日から、この烏天狗の森での壮絶な訓練が幕を開ける事となる。

 その内容を一言で言えば、俺の自己流の鍛錬が準備運動にもならないものだった、と言えば理解して貰えるんじゃないだろうか。

 

 それでも理解して貰えない人の為に掻い摘んで説明すると、陽が昇る前に起床しての軽いランニングという名の苦行僧も真っ青な長距離マラソンをし、その後は休憩も挟まず徒手空拳での稽古。

 勿論、それで終わりな訳じゃなく、刀術での壮絶な素振りもある。一呼吸も休む事も許されない、無呼吸での素振りを倒れるまで。

 そして、俺が立って居られなくなり倒れると、大きく深呼吸をする事が許され、また再び無呼吸での素振りだ。

 これが終わる頃になると陽が完全に昇っており、天狗様から「もう少し早く終わる様にせんと、何時まで経っても朝食ではなく昼食でもなく中途半端な時間の食事をせにゃならん事になるぞ」と、お小言を貰いながら遅めの朝食を摂る。

 

 この午前中の訓練だけでも壮絶過ぎて泣きそうになるのだが、これで終わりかというとそんな生易しい訳が無かった。

 昼間までは休憩を挟み、昼食を平らげると再び地獄の訓練が始まる。ガンジーも裸足で逃げ出すレベルの、だ。

 

 巨大な木を標的に、徒手で全力の打撃を放つ。

 拳の皮膚が裂け盛大に血が滴り、足からも同じく血が滴り、悶絶する程の激痛に耐え続けながら全力の打撃を放ち続ける。

 そして、夕刻になると漸く終了だ。

 余りの激痛に涙が出る中、天狗様が直々に調達、調合した薬を手足の患部に塗り込み、香草の香り高い料理の数々を食する。

 その後は、明日の訓練に備えて爆睡。

 

 こんな地獄の様な訓練が、俺が天狗様に弟子入りしてからの日常となり、俺がこの生活をした期間が何れだけになると思う?

 

 一年だ。

 

 俺は、普通の格闘家がしないような地獄の特訓を、一年もの長きに渡り続ける事となったのだ。

 そして、その一年が過ぎた日、俺の心をへし折る絶望の一言が天狗様から告げられる。

 

 「今日まで一年、良く頑張ったのう。喜べ、今日からはひたすら地稽古(じげいこ)じゃ」と、満面の笑みで告げられた時は、乾いた笑い声を上げると共に涙が流れた程だった。

 因みに、地稽古(じげいこ)とは互いに致命傷や重症を負わせる事なく、軽い怪我なら構わず負わせながら全力で戦う事。

 

 天狗様の様な達人を相手にして、まともに戦える筈もなく、俺が叩きのめされる日々が決定した瞬間だった。

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