物凄い感動に包まれながらの旅立ちとなり、俺は妙神山に行くと当初決めた時にはこんな事になるとは考えもしなかったと実感しつつ、無事に烏天狗の森を抜け出た。
すると、そんな俺を出迎えるかの様に、岩肌が剥き出しの登るには厳しい岸壁が目立つ妙神山が視界に映る。
俺の予想を上回る険しさには、正直ドン引きしてしまうしかない。
だが、此処を登らねば妙神山修行場へは辿り着けないのだ。
久し振りに背負う大きなリュックと共に、俺は気合いを入れつつ一歩目を踏み出す。
とは言え、原作で描かれていた様な狭い足場ではないので、まだまだ余裕をもって歩く事は出来る。
きっと、歩くのに狭い足場は、頂上付近まで行かねば存在しないのだろう。
登り始めて直ぐにそんな足場となるなら、それこそ誰も辿り着けないと思えるし、そう考えると当たり前とも言えるのだが。
ともあれ、そうやって進んでいると、何時の間にか山の中腹程まで来ていた。
流石に中腹まで来ると、当初登り始めた頃よりも足場が悪くなってきている。
まだ少しは余裕を持てて歩を進められているが、ゴロゴロと地面に転がる拳大程の石のせいで、たまに足が取られてしまう。
警戒度を少し引き上げねばならないな、と思い気を引き締めた俺は、悪くなった足場に注意を払いながらズンズンと進む。
師匠からの二年間に及ぶ辛い修業のお陰で、体力的な疲労は全然感じない。
そういった面で言えば、まだまだ辛い登頂となっても問題無いくらいである。
息切れもせず、一度の休憩も取らず、俺は着実に歩を進めた。
そうして、とうとう原作でも描写されていた細い足場へと到達。
足場の幅は、俺の足の丁度倍くらい。
少しでもバランスを崩せば、即崖下へと死のダイブをする事になるだろう。
「……こんな危険な所を横島君は通って行ってたのか」
今までで一番の難所を見て、GSでもなく、武術経験者でもなく、登山経験も無い普通の高校生が、良くぞ通れたものだと感心せざるを得なかった。
これ程の崖を、平然と踏破出来るだけの身体能力と心身の強さを持つからこそ、横島君は異常な速度で強くなって行くんだろう。
しかも、ほんの少しの霊能力を開花した後は、それこそ加速度的に強くなって行くのだ。
その理由の一端を思い知らされた瞬間と言える。
ともあれ、俺も横島君と同じ様にこの妙神山を踏破するべく、最後の難関である超が付く危険度の足場を進み始めた。
一歩一歩、足を進める度に下へと視線を向け、決して崖下へと落ちぬ様心掛けつつの………所謂、亀の速度と言える程の進み具合で、だが、確実に進んで行く。
そして、暫くそうやって進んでいると、とうとう終わりがやってくる。
「良し、もう少しだ」
道の終わりが見えた事で、足の運びが雑にならぬようにしながら、俺は最後まで注意を払い続けた。
そうして、やっと最難関の場所を通過した俺を出迎えるように、視線の先に立派な門が映った。
門の右と左に鬼の顔を飾り、その左右それぞれには、首の無い巨大な体が一つずつ。
間違いなく、この門を守護する役目を負う鬼門様に相違ない。
門を守護する鬼であると知らなくとも、その存在感からすれば恐ろしく思えてくる。
そう考えると、横島君と美神さんが何故平然としていられるのか不思議だ。
原作がコメディだからと、そう言われれば俺には反論の言葉が無くなるが、それでも不思議に思う気持ちは変わらないし変えられない。
それぐらい鬼門様の雰囲気は凄まじいのだ。
少し躊躇しつつ、俺は視線の先に存在する門へと近付いて行く。
そして、俺と門の距離が10メートル程になった瞬間、門の飾りと化していた鬼門様が「止まれいっ!」と、制止の声を掛けて来た。
無論、俺はその声に逆らう事などせず、言われた通りに足を止める。
すると、再び鬼門様(多分、右の鬼門様)が口を開く。
「証の無い者は通れぬ!」
そう言葉を発すると、今度は左の鬼門様が口を開く。
「証があるのならば、それを提示せよ!」
そう宣言し、今度は右の鬼門様と左の鬼門様が声を揃える。
「「証が証明されれば、御主が妙神山修行場に相応しい実力があるかを試してやる! 相応しければ、この門を潜る資格ありと認めよう!!」」
長い台詞を一子乱れぬ口調で言いのけた二人の鬼門様は、此方を脅す様に左右それぞれに立っていた体を戦闘体制へと移行させた。
その異様を見て、ゴクッと生唾を飲み込んだ俺は、師匠に書いて貰った紹介状を懐から取り出し、鬼門様達に見える様に開いて掲げる。
「ん? 天狗とな? はて、ワシは知らんが………知っておるか、右の?」
「いや、ワシも知らん。……いや、待てよ。確か百年程前に、小竜姫様が言っておられたな」
「……あー、そう言われれば聞いた様な気がするな」
「武の頂きを目指す珍しい者だとか何とか仰っておっただろう?」
「うむ、思い出したぞ」
「ならば、証として相応しいのでは?」
「然り。証として認めるに値するな」
俺が掲げる紹介状を眺めながら、互いに話し合う鬼門様達。
そして、紹介状が紹介状としての存在を認められると、右と左の鬼門様達が、再び俺に向かって口を揃えながら言葉を発する。
「「これより試合を行う! 準備せよ!」」
俺は無言で頷きつつ、背負っていたリュックを地面に下ろした。
勿論、これは俺の力を試す場であるので、小細工など出来よう筈もなく、邪魔にならない様に道の端にリュックを置く。
「準備は大丈夫です。宜しく御願い申し上げます」
「「うむ、では何時でも掛かって来るが良い!!」」
あくまでも俺の力試しが目的らしく、先手を譲ってくれるようだ。
いや、或いは試合中ずっと受け手に回り続けるつもりかもしれない。
それなら自分の力を全力で出し、防御を無視した攻撃に専念するべきだろう。
そう思い、俺は腰を低くした刹那、下半身に力を込め一気に地面を蹴る。
そして、全力での駆け出しで右の鬼門様との間合いを縮めた俺は、そこから相手の意表を突くつもりで左の鬼門様の足下へと瞬時に移動した。
その標的を絞らせない動きに少し驚いたらしく、若干左の鬼門様が反応に遅れた。
俺は好機だと判断し、自身の右足に霊気を集め、鬼門様の右膝の内側を狙って鋭い蹴りを放つ。
「ぐあっ!?」
肉と肉、骨と骨がぶつかる衝撃音が響いた直後、左の鬼門様が痛みによって短い悲鳴を上げた。
だが、それで俺の攻撃が終わる訳ではない。
体制を僅かに崩したところを狙って、今度は左膝の内側へと自身の右足で回し蹴りを放つ。
すると、先程のように衝撃音が響き渡り、次いで短い悲鳴が上げれられた。
そして、鬼門様が痛みに耐えきれず、両膝を地面に付けた瞬間、ダメ押しのフライングニーを胸骨目掛けて放つ。
勿論、両膝に霊気を込めての二連撃でのフライングニーである。
「ぐぉおおおおっ!?!?」
ズズンッ、と地面を揺らすように倒れた左の鬼門様を尻目に、俺は背後に立つ右の鬼門様へと視線を移す。
油断など一切せず、リズムを取るように数度だけその場で軽く跳躍を繰り返した。
そして、何度目かの跳躍の後、足が地面に付いた瞬間………
「そこまで!!」
男の声とは違って、鈴のなるような、そして凛としていて妙に色気のある第三の声が響き、俺と右の鬼門様は動きを止めた。
そして、俺がその声がした方へと視線を向けると、そこには原作で幾度も登場した小竜姫様が居た。
俺が小竜姫様の姿に見惚れていると、彼女は拍手しながら満足そうに微笑み、ユルリと口を開く。
「素晴らしい体捌きでした。かなりの研鑽が感じられる体術、見事です」
「あの……いえ、その、有り難う御座います。それで、俺は合格でしょうか?」
「勿論ですよ。鬼門もそう思うでしょう?」
「「はっ! 相違ありませんな。子供と思い手加減しましたが、その必要が無かった程に強き霊能者です」」
鬼門様達が、尋ねられて直ぐに返答したという事は、本当にそう思ってくれていると判断して良いだろう。
自身の力を認めてくれた事に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
すると、再び俺へと視線を移した小竜姫様が声を掛けて来た。
「紹介状はありますか?」
「はい、勿論です。天狗様に書いて頂いた紹介状があります」
「天狗? 天狗というと、私が知っているのは一人だけですが……」
「師匠が言うには………いえ、天狗様が言うには、以前に何度か仕合いをしたと聞き及んでおります」
「やはり、あの時の天狗殿ですか! ……へぇ〜、あの天狗殿が弟子を取っていたのですね。自らの力量を高めんと努力する武骨な者であったと記憶してましたが、時があの者を変えたのでしょうか」
感慨深そうに空へと視線を向け呟く小竜姫様に、俺は師匠である天狗様との出会いを説明する。
そして、弟子となり過ごした二年間の修業も、余すとこなく詳しく話した。
そうして、俺が全ての説明を終えると、小竜姫様はクスクスと笑いながら門の内側へと招いてくれた。
一見すると、門の内側は山の山頂とは思えぬ光景で、しかも、何やら不思議な程に霊気が溢れている。
その満ち満ちた霊気は、普通の霊気とは違っており、神聖な雰囲気を醸し出しているような気がした。
俺がその事に感心しつつ、そしてその謎の霊気に疑問を持っていると、小竜姫様が嬉しそうに微笑みながら説明し始めた。
「この妙神山修行場に満ちる霊気は、神聖気とも呼ばれる聖なる気で、別名では霊脈とも言われています。その霊脈は、この日ノ本に108箇所あり、此処はその中の一つという訳ですね」
「霊脈、ですか。……不思議な場所ですね」
「此処に初めて足を踏み入れた者は、例外無く驚きます。……最近では、10数年前にも修験者が来ましたけど、その者も驚いてましたよ。確か、唐巣とかいう名だったと記憶してます」
唐巣神父が此処に訪れたのが10数年前なのに、それを最近と言いのけた小竜姫様はやっぱり人間とは隔絶した存在なのだと実感し、俺は呆れ果てるばかりである。
普通なら数ヶ月程度が最近と言うのだから、俺が呆れても不思議じゃないだろう?
それは兎も角、そのまま案内されて辿り着いた場所は、和風旅館のような出で立ちの建物だった。
そして、その中へと入る事を許され、通された部屋はまさに旅館の一室と思える様相であった。
少し場違いな感じもしないではないが、何はともあれこの部屋を使用しなさいと言われた俺は、背負っていた荷物を畳の上に置く。
その後、取り敢えず汗を流してはどうかと提案されたので、これまた旅館を彷彿とさせる温泉で身を清める。
しかも、その温泉が露天風呂なのだから、身を清めるだけでなく、心も清められたような気さえしてしまう。
そうして、実に二年ぶりの温かい水に体を浸して十二分に満足した俺を出迎えてくれたのは、小竜姫様が直々に調理してくれた沢山の料理で、それはもう胃袋も満足した程だった。
そして、至福とさえ言っても過言ではない俺に、小竜姫様が明日からの予定を話し始める。
「あなたは天狗殿の下で充分な武術を学んでいるようなので、明日から霊能力の方を優先して技術指導しようと思っています。……放出系や収束系、それに霊力の潜在量の向上などですね。
あなたからの希望はありますか?」
「いえ、小竜姫様にお任せ致します。勿論、修業中に何か他にも加える事になったとしても、俺はそれに異論を唱えず、粛々と自身の身になるよう努力する所存です」
「師の教えに逆らわず、その教えに身を任せるその姿勢は天晴れ。……ですが、自身でも力量向上の為に考える事も必要ですよ。
まぁ、直ぐに思い付くという話しの類いでもありませんし、それは追々考えてみてください」
優しげな口調ではあったのだが、不思議と脳髄に響くような含蓄のある深い内容の発言だった。
確かに、小竜姫様の仰る言葉ももっともな話しだ。
言われた事をただ熟すだけではどんな馬鹿でも出来るし、今以上に強くなりたいなら己の頭で考え、努力する事も必要だと思える。
何が自己の力の向上に必要なのか、それが今は考える事だと理解した俺は、小竜姫様に向かって真剣な顔で頷く事で返答した。
すると、小竜姫様は満足そうに微笑み、「取り敢えず、今日はもうお休みなさい。明日からはビシバシ指導しますからね」と、少し背伸びした御姉さんのように告げてきた。
恐らく、わざとそう言ったのだと察せられる。
飴と鞭、という訳ではないだろうが、若干くだけた雰囲気を見せる事で、俺の緊張を解そうとしてくれたのだろう。
横島君と俺は同年代なので、原作が始まるまでまだ少しの期間が残されている。
故に、その期間を無駄にせぬよう、小竜姫様の下で訓練に励もうと気持ちを新たに思った。