「西住ちゃん。選択科目なんだけどさ、FA道取ってね」
大洗女子学園生徒会長、角谷杏に言われたその一言に、みほは目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。
その後のみほはとにかく、心ここにあらずといった様子だった。常に目は虚ろな様相で、授業もろくに聞こえていない様子。担任が指名してもほとんど反応せず、挙げ句の果てには先生から直接保健室に行くように促される始末だった。
「……」
保健室に入り、養護教諭を担当していた人物からそのまま寝ているように言われたみほは言われたままに保健室のベットに入った。
だが、そうして何もしていないで寝ている状態であればあるほど、あるいは他に考える事が無いために余計に過去の出来事が脳裏に再生され続けた。
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ドゴオオォォォ!
『き、きゃああああああ!!』
激しい雨が打ち付けるように振り続ける最中の撃ち合い。突然の爆発と轟音とともに崩れ落ちた足場。今まで一度も着弾による爆発が起きていない中でそれは起こった。
崖の上で撃ち合っていたみほ達にとって、これは致命的だった。
そのまま連鎖的に崩れ落ちていった山肌に、足場が狭くなる。そして、
『小梅さん!』
僚機を務めていた一機が、崩れた足場に飲み込まれた。両手でリボルビングバスターキャノンを構えていた僚機は体勢を崩した。
本来なら通信手を務めていた機体だが、黒森峰女学院、引いては西住流は本来積極的に戦闘に参加しない機体にも重武装を施す傾向があった。
『……! そ、そんなどうして!』
『どうしたのよ、小梅!』
もう一機の僚機を務めていた逸見エリカが声を上げて状況報告を促す。水没したとは言え、小梅の反応はそれでも劇的だったからだ。
落ちはしたが、競技用のフレームアームズは特殊カーボン、フレーム、FA用の各種装甲によって搭乗者を守っている。小梅の機体は一部の装甲は
だが、
『み、水が! コクピットに!?』
――
だが、目の前の現実はそれを打ち砕く。
『小梅さん!』
瞬間、みほは思考ではなく反射で動いていた。咄嗟に武器を手放すと自機が肩部に装備していた『六五式・防弾重装甲』の片方を咄嗟に手に持ち帰ると、それを赤星小梅が駆るFA、レヴァナント・アイの装備を一部に使用した轟雷へと伸ばす。
だが、そこにさらなる無上の追撃が襲い掛かる。
バグアアァァァン!!
元々、長雨によって緩んでいた上に一部が崩落した足場はFA二機分の荷重に耐えられなかったらしかった。そのまま、みほまでも濁流の中へと飲み込まれていく。
トドメとばかりに放たれたのは、一発の弾丸。プラウダのフラッグ機から。
キュドォ!
そのまま、みほの意識は徐々に暗闇の中へと――。
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「……ほ! みほ!」
微睡む様にして悪夢の中へと沈み込んでいたみほを掬い上げたのは、今朝、友人になったばかりの沙織の声だった。
「西住さん、大丈夫ですか?」
次いで、意識をはっきりさせたのは華の声。
「……沙織さん、華さん」
掠れたような弱々しい声で、だが確かに自分たちの名前を返事として返されたことに沙織と華の二人は安堵した。
だが、みほは相変らず保健室のベットの中でうずくまるばかり。さすがにこれは異常だと、沙織と華はそろって顔を見合わせた。
「ねえ、みほ。
生徒会長から何言われたの?」
「よければ、話していただけませんか?
わたくしたち、ぜひとも西住さんのご相談に乗りたくて……」
沙織が微笑みながら、華が微笑を浮かべながら
「……えっと、ね」
躊躇いながら、遠慮がちに、声を詰まらせながらも。それでもみほは話し始めた。
沙織と華は、黙ってみほの言葉を待っていた。二人の示す態度に安心感と居心地の良さを覚えたみほだが、それでも話そうとしている内容に暗い気持ちになるのを抑えられなかった。
「選択科目、FA道を取るようにって……」
目を伏せながら、散々迷った末に放たれたのは意外と言えば意外な一言。少なくとも、沙織と華にとってはそうだった。
「FA道……確か、先の大戦以後、それ以前に使われていた戦車を用いた武芸に取って代わった、乙女の嗜みとも言われる武道ですか?」
「多分……そう……」
「なんでそんな事……何かの嫌がらせ? もしかして、生徒会の誰かと三角関係? 恋愛のもつれ!?」
「そ、そういう事じゃなくて……」
ちょっとどころではなくズレた理由を言い出した沙織に、思わずといった調子でつっこむみほ。だが、それも話題が話題なだけに勢いは無かった。
「態々誘われるなんて……みほさん、もしや数々の激戦を潜り抜けた戦の達人なのですか?
輸送機から大砲を持って飛び降りたり、飛んでいる相手に鉄球を当てたり、機関砲の単射で敵をバッタバッタと薙ぎ倒したり!」
「そういう事でも……なくはなかったけど……」
脊髄反射で否定しようとした美穂だが、一度だけ飛んでいるフレズヴェルグ・ルフス(を模したデッドコピー機)相手に鉄球を叩き込んだ事があったのを思い出してしまっていた。
最も、その一度以外で成功した試しなどないのだが。
「じゃあ、何?」
そのものずばり、沙織が問うてきた。
みほは一度、天井を仰ぐと諦めたようにため息をついてから、それまでよりもさらに伏し目がちになって話し始めた。
「……私の家は、もともとは戦車乗りの家系で、今は代々FA乗りをやっている家系なの」
「そうだったの!?」
「まあ……」
二人がそれぞれに示した反応に、返す余裕も無くみほは言葉を選び、紡いでいく。
二人を騙していた、そんな罪悪感もあった。
「でも、私、FA道に良い思い出がなくて……FA道を止めたくて……それで、FA道の無いこの学校に来たわけで……」
みほの言葉に、しばしの間、場に沈黙が訪れる。
「そうだったのですか……」
静寂をしんみりとした口調で破ったのは、華だった。
「だったらさ、無理にやらなくていいじゃん」
華に続くように、沙織もまた言葉を紡いでいた。だが、その口調はあっけらかんとしたそれであり、それまでの雰囲気とはかけ離れてすらいる。
「……え?」
対するみほは間抜けな声を出し、そのまま一瞬固まっていた。
「だからさ、やりたくないなら無理にやらなくていいじゃん。
今時の女子高生にFA道なんて似合わないし、流行らないし、やってもモテないし」
「それに、FAを習いたいなら作業用限定の教習所も今はありますしね。
もし生徒会にお断りに行かれるのでしたら、御付き合い致します」
二人からはっきりと放たれた言葉の意味を解するにつれ、みほは目頭が熱くなってくるのを感じていた。
「ありがとう……」
震えそうになる声で、それだけ告げた。それだけが、今のみほにとっては精一杯の言葉だった。
キーンコーンカーンコーン
だが、雰囲気をぶち壊すが如く授業終了のチャイムが鳴る。三人ともそれぞれに顔を見合わせると、それぞれに反応を示した。
「授業、終わっちゃったね」
「残念です。
せっかく、休んでたのに……」
沙織と華がつまらないような、或いは残念そうな口調で口々に言う。
みほも何か言葉がないかと、探した時だった。
『全校生徒に次ぐ、直ちに体育館に集合せよ。繰り返す、直ちに体育館に集合せよ』
昼休みにも聞いた、生徒会の一人だと名乗っていた生徒とほぼ同じ声音の声が聞こえる。
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体育館は生徒で溢れかえっていた。あまりの数に歩くのにも苦労したが、それでも沙織と華の二人と共に自身達の席を確保していく。
「一体、何?」
みほとしては昼のこともあり、生徒会の主催という時点であまり乗り気ではなかった。
「さあ? ま、あんまり気にしないほうがいいんじゃない?」
「うちの生徒会のすることですしね」
一方、一緒に来た二人は慣れたものだった。
「慣れてるんだ……」
さすがにみほもこれには苦笑いするほかなかった。
だが、それもさして間を置かずに消えることになる。
ガショオオォォン……ガショオオォォン……
ざわめきが止まない体育館に、それでも尚はっきりと響き渡る駆動音。
みほとしてはもう聞き飽きるほど聞いてきた、複雑な感情を励起させる音。
「アーキテクト……」
その音源を見て、思わずみほは呟いた。
増加装甲などを配することなく、ほぼ開発当時の姿、つまりFAの素地とも言える状態。多くのFAの中身であり、同時にそれだけでもそれなり以上に有用な状態。現在ではこの状態で作業用装備のみを配した作業用FAも珍しい物ではなくなった。
だが、このアーキテクトはややおかしな点があった。
(……? レヴァナントの、胸部装甲?)
そう、レヴァナント・アイの胸部装甲のみを手に持っているのである。
あまりにも可笑し過ぎる姿だが、今のみほにはそれを指摘する手段はない。
『静粛に!』
そのまま、歩いてきたFAから声が出てくる。件の方眼鏡の生徒の声なだけに、この時点でみほはこのイベントへの興味を急速に失っていた。
『これより、選択科目のオリエンテーションを始める』
その宣言が下された後、壇上でやや長ったらしい注意事項と簡単な口頭説明による各選択科目の説明が始まった。
一方、歩いてきたアーキテクトは胸の部分にレヴァナント・アイの胸部装甲を接続する作業に入っていた。黄色いツナギを着て作業をしている四人組がいたが、背格好からしてオリエンテーションを聞いているはずの生徒であるはずなのに作業に駆り出されるのはどうなのだろう。
だが、実のところ、みほは口頭説明によるオリエンテーションはかなり真面目に聞いていた。今までは種々の事情により触れる機会さえなかったのだから、当然と言えば当然と言えよう。
そうして一通りの口頭説明が終了し、もう終わりかと思われた時だった。
『それでは、これより最後の科目の説明を始める。各自、まずは映像をよく見るように』
そうして、接続されたレヴァナントの胸部装甲に内蔵されていた3D・ホロ・プロジェクターを起動し、ホログラムの形でPVが映し出される。
(ああ……そういう使い方……)
ようやくその使い方に得心が行ったみほだったが、だからと言ってどうというわけでもない。
みほはPVの内容に興味もなく、ただ映し出される映像を眺めていった。
――その映像に、苦痛を伴う思い出を思い返しながら。