季節は巡って春。
春と言えども北国の春はなごり雪が降ったと思えば、暖かい日差しが降り注ぐ日がある。
春の軟らかな陽気と冬の厳しく身を切り裂くような寒さが交互に顔を出し、そこに暮らす人々をいろんな意味で困らせることもしばしばある。
そんな中まだ雪が残る北国の地で2人の天才たちが顔を合わせようとしていた……。
とある総合運動施設内のトレーニングルーム。
フリーウェイトの重りが持ち上がる音は規則正しいリズムが刻まれ、自分のなかで決めていた回数を終えてゆっくりと持ち上げていた重りを元の場所に戻す。
明日俺が入学する予定の高校の入学式をやるとは到底思えないくらい冷えきっており、暖房を入れているはずなのに何もしてないとすぐに身体が冷えきってしまいそうだ。
(っつーか、アイツ何やってんだよ……)
一緒に練習をするはずの幼馴染は約束の時間を過ぎても一向に姿を現さず、そろそろアイツのケータイに電話の1つでも入れて恨み節を叩いてやろうかと思っていた矢先トレーニングルームの入口のドアが開いた。
「おハロー」
入ってきた相手を確認してから収めかけていた恨み節を遠慮せず叩いた。
「……遅い」
「すまんすまん。電車がモロ混みでさ~」
「お前の家徒歩圏内だろ」
頭の上にタオルを巻いてジャージ姿で現れたシニアのチームメイトであり俺の幼馴染でもある森川 翔吾がやっとこさ現れた。
走ってきたからか額からはタオルで吸いきれなかった汗が滲んでおり、わざと遅刻した訳じゃない事が見てとれる。
それ以上追求する必要もないと判断し、引き続きウェイトトレーニングに戻り自分のメニューをこなしていく。
「そう言えばさ」
バッグの中からペットボトルを取り出し、飲もうとしたところで唐突に話を切り出してきた。
「雨宮いるじゃん?」
「雨宮って横浜シニアの雨宮?」
「そう。その雨宮」
横浜シニアの雨宮 樹。
昨年の夏の全国大会でサヨナラホームランを打たれた俺らの世代の中では屈指の強打者。
翌日の決勝で4打席連続三振を喫してチームが負けて以来表立って雑誌などに取り上げられていないことは気になっていたが……。
「雨宮がどうかしたのか?」
「あくまで噂でしか無いんだけどもアイツ消息不明らしいんだよ」
「消息不明?」
「正確には雨宮だけ進学先が不明なんだとさ。何でもシ全国大会終わった日の次の日に退団届を出してパッと姿を消したみたいでよ」
「ふ~ん……」
シニアを最後に野球辞めるつもりだったのかな……。
木製であれだけ強い打球を飛ばしたり投手の力を余すこと無く引き上げるリードは凄かったのにな……。
ペットボトルをバッグに入れ、ペットボトルと引き換えにグラブとボールが入った袋を取り出す。
「翔吾。キャッチボールしようぜ」
「そろそろそう言うんじゃないかと思ってた。けど、何度も言うけどオレは本職はキャッチャーじゃないんだぞ?」
「いいじゃねぇか。『あの球』捕れんのお前しかいねぇんだし」
翔吾の本職はショート。
けど、昨年の夏大会直前にマスターした『あの球』を完璧に捕れるのはチームの中ではコイツだけ。
バッテリーを組んでた正捕手には大会直前に『その球のサイン俺は絶対出さねぇからな』と強く言われ、ある意味有言実行で最後の最後までそのサインを出すことはなかった。
試合で投げられなくても錆びつかせたくないから、という理由でコイツと練習する度に投げ、精度やキレを落とさないように維持に努めて来た。
「高校でお前のその球捕れるヤツが現れるといいけども……」
「もしいなければお前がキャッチャーやればいい。お前めちゃくちゃ肩強いし」
「絶対ヤダ!オレは高校でもショートがやりてぇんだよ!!」
「幼馴染バッテリー結成の暁には注目の的だぞ?」
「イヤなもんはイヤだ!」
そんな話をしながら荷物を持って隣接する室内練習場へ移動していると、入り口付近で困った表情を浮かべながら施設の案内板を眺めている人が目に入った。
見た感じ俺らと同年代の人だと見受けられる。
「……何か困ってるみたいだな」
「話聞いてみるか?」
「だな」
室内練習場から施設案内板へと方向を変え、ずんずん歩いていく翔吾の後をゆっくりとついていき少し離れたところで時間を潰す。
翔吾は基本的にお互い困った人は放っておけない性格なので、そういうところは本当にすごいと思う。
すると翔吾が戻って来たかと思えば、オレの手を掴みグイグイと引っ張ってきた。
「オイ!?なにしやがる!!」
「いいから!!」
そして案内板に着き、立っていた人の元につくとその人は俺を見て片手を上げた。
「……よう。久しぶり、だな」
「雨宮……!?」
その正体は全国大会直後から関係者たちの前から姿を消した雨宮 樹その人であった。
「そうか……。そんな事情があったのか」
雨宮が横に立ち、60M近く離れた健太を相手にキャッチボールをしながら雨宮が歩んできた全国大会直後から今日に至るまでの話を聞いていた。
全国大会の途中で親の転勤が決まっていた事、全国大会直後に一家総出で引っ越してこっちに来たこと等々。
進学する高校も俺らと同じ高校に選んだことには驚きを隠せなかった。
「まさか俺も松井と同じ高校になるとは思わなかったがな」
健太から投じられるボールに対し、乾いた音を立てつつ球威に負けないようにキャッチしている。
こいつめちゃくちゃキャッチング上手いな……。
「そう言えば何で森川もミットつけてんだ?」
「あいつのボールを捕れんの俺しかいないんだよ」
「……?バッテリー組んでた奴は?」
「アイツは1球種だけ捕るどころか前に落とすことすら出来なかったんだよ」
「噂になった落ちるボールか?」
「ぶっちゃけるとそうだ」
こう話している間にも雨宮に対しては真っ直ぐを、俺に対しては変化球を交互に投じてきている。
しかも構えたところに寸分の狂いもなく投げ込んできてるし、変化量も調整しながら投げてきている辺り俺に何の気を遣うこともなく投げてきていることがよくわかる。
「なぁ。そのボール受けてみたいんだけどいいか?」
「いいんじゃないか?アイツがいいって言えばの話だけども……健太ー!!」
「あん?」
「雨宮があのボール受けてみたいってよー!!」
あのボールか……。
シニアでバッテリーを組んでいたあいつは捕るどころか前に落とすことも出来なかった。
けど……。
「いいぞ」
きっと雨宮なら捕ってくれる。
もし捕れなかったとしても後ろに逸らさないだろう。
根拠は無いけどもオレの勘がそう言っている。
投げながら徐々に距離を詰めていき、バッテリー間の距離まで近付いた。
「けどその前に何球か別の球種受けて貰いたいんだけど……いいか?」
雨宮にそう問うと返事の代わりにしゃがみながらミットを数回叩き、俺に向かってミットを構え捕球姿勢を整えた。
「真っ直ぐ!」
球種を宣言してからモーションに入り、雨宮のミット目掛けて思いっきり腕を振った。
「やっぱりいいストレートだ」
思わずそう呟かずにはいられないくらいのボールだ。
ランナーがいない場面でもセットポジションから繰り出されるボールは、俺が構えたミットに向かって糸を引いたような軌道を描き、乾いた音を立てながらミットに収まった。
きっと全力では投げていないだろうが、今まで見てきた中でも1番と言ってもいいくらいだ。
「健太のストレートはスピンが効いてる分打者の手元で吹き上がるように伸びてくるんだよな」
その分捉えられたら打球は飛びやすいけどもな、といつの間にか防球ネットの後ろにいる森川が話すがそれはある意味スピンが効いたボールの宿命とも言える事だ。
それに俺のリードで捉え切らせければいいだけの話だしな。
その後もストレートを織り混ぜつつスライダーやカーブ、シュートを投げてもらい対戦した時の記憶を辿りつつ何とか
そしていよいよその時が来た。
「行くぞ」
短くそう言ってからセットの体勢から足を上げ、モーションに入る。
___来る。
今までベールに包まれていた噂のボールが。
「集中しろよ」
森川が短く強く注意喚起をし、それに従って低めに意識を強く持っていく。
それと同時に松井の右腕からボールが投じられる。
さっきまで受けていたストレートと遜色ないスピードで、ど真ん中付近に向かって進んでくる。
(まさか……失投か?)
低めに持っていった意識を再び真ん中付近へ持っていこうとした瞬間、ボールは何かにぶつかり跳ね返ったように一気に進行方向を変え、地面に向かって突き刺さっていく。
低めに意識を持ったままでも完璧にキャッチ出来るか危ういくらいの落差だ。
(完璧に捕れなくても……前に落とせ!)
真ん中付近へ上げた身体を地面に膝をつけ、ワンバウンド寸前のボールを身体全体を壁にして捕球体勢に入る。
松井のフォークは俺が構える手前でワンバウンドし、弾んだボールを逃がさず身体で止めて前に落とす。
悔しいが今の俺の技術じゃ
「マジ…かよ。健太のフォークを初見で止めやがった……」
後ろにいる森川も驚きを隠せずにいた。
そして約18メートル先にいる松井はというと、グラブを外しながら俺の元へゆっくりと歩いてくる。
「どうだった?」
「こんなエグいフォークは初めてだ」
嘘偽りない本音だ。
こんなフォークを投げるピッチャーがいてたまるか。
「けど、お前は止めた」
「止めただけだ。次は絶対捕るからな」
「そうか。これから3年の夏までよろしく頼む」
__相棒。
「こっちこそよろしく頼むぜ」
そう言って俺たちは互いに握手した。
これ見てる人いるんかな……。
亀更新過ぎてすみません。
これからは少しずつ速度をあげていきたいです。