光南高校野球部はここ数年甲子園には行けていないが、毎年のように県予選ベスト4には残れる実力を持っている。
そんな成績に対して部員数はそれほど多くない。
部の方針で基本的に来るものを拒まずのスタンスらしく、入部テストみたいなのがあるのかと身構えていたらそんなものは無くて少しだけ肩透かしを喰らった気分だったのを覚えている。
そんな野球部の練習に慣れてきたこの頃である。
「バッテリー陣はホワイトボードに貼られた割り振りに従ってブルペンでピッチング練習とフリーバッティングのバッティングピッチャーの2班に。野手陣はレギュラーメンバーが先にバッティング。それ以外はそれぞれの守備位置について打球処理。守備についたときは試合だと思って打球処理をするように」
主将が冷静で芯がある声で指示を出し、それを聞いてそれぞれされた場所へ向かう。
えっと……オレは最初はブルペンか。
お、雨宮も最初はブルペンじゃん。
なら、ちょうどいいや。
「雨宮。受けてくれ」
「いいぞ。準備したら向かうから先に向かっててくれ」
雨宮はそう言って水分を取ってからレガースを着け始めたので、言われた通り一足先にブルペンへと足を向かわせる。
「健太」
唐突に名前を呼ばれ、立ち止まって声が聞こえた方を向いてみると麻希が小さく手を振っていた。
「部活中?」
「おう。麻希は?」
「これからバイト」
何でも麻希は高校の近くのパン屋でアルバイトを始めたらしい。
ケーキ屋とパン屋どっちにしようか迷ったらしいのだが、よくよく考えたら麻希自身甘い物は好きじゃなかったらしく時給もそんなに変わらない事からパン屋にしたんだとか。
「部活頑張ってね。健太が来たらサービスするから」
そう言って麻希はまた手を振ってバイト先のパン屋へと向かっていった。
「松井。まだこんなとこにいたのか」
防具一式を身に着け、ミットとマスクを持った雨宮が麻希と入れ替わるようにやって来た。
「ちょっと知り合いに声掛けられてな」
「ふ~ん……」
「なんだよ」
「いや、別に」
何だか含みが籠った返事だったが、気にしても仕方ないと判断し立ち止まっている一足先にブルペンへと向かった。
「フォーク!!」
改めて松井のフォークを受けて分かった事があった。
18メートル先の傾斜が緩いマウンドに立つ松井が球種を宣言し、返事の変わりにミットを2回ほど叩いてから投げてほしいコースにミットを構える。
ミットを一瞬だけ見た松井は左足を肘につくくらい高く上げ、軸足に体重を乗せる。
乗せた体重を上手く残し、スクラッチ式のテイクバックを取りつつこちら側へとグライドする。
左足が地面に接地し、骨盤主導の横回転と身体の縦回転が合わさり0.01秒の世界で最良の時を判断し、松井の指から投じられた。
その球はミットに収まるのを嫌うようにチェックゾーンを超え、ホームベース付近でバッターとキャッチャーを嘲笑うように落下する。
だが、あの時より落下する幅は小さいため難なく松井のフォークを音を立ててキャッチした。
「なぁ、松井」
「なんだ?」
「前から聞こうと思ってたけどもお前フォークの変化量の調整出来るだろ。推測だけども五段階くらいで調整してるだろ?」
「………」
「やっぱりか」
マジかこいつ、何で分かったんだ……。と言わんばかりの表情をしている松井の顔が何よりも雄弁に事実を物語っていた。
最初に見せたフォークをレベルMAXの5だとすると、今捕ったフォークはレベル3の落差。
他のキャッチャーに対して言えばレベル1でしか投げてないはずだ。
すると松井は降参したように両手を上げ、事実を認め始めた。
「雨宮の言うとおりだ。出来るよ。しかも段階もお前の予想通り五段階まで」
「どうやって調整してるんだ?」
「力の入れ加減。真っ直ぐを投げる感覚が5だとしたらカーブを投げる感覚が1だ」
見てる分には同じなんですがそれは……。
と、言いたくなるのをこらえる。
感覚に対してあれこれ言ってもどうにかなる訳じゃないし。
「じゃあ今から5球連続フォークな」
「は?」
「その代わり1球毎に段階を上げてくれ。最初は1からな」
松井に有無を言わさずに定位置に戻り、ミットを軽く叩いてから構える。
松井はそれを見てまずは3球連続でフォークを投じる。
レベル1~3までは変化量がそれほど大きくはないためスプリットのような感覚で難なく捕れた。
レベル4になるとスピードは変わらないが一気に変化量が大きくなるため難易度が跳ね上がるが、何とか捕れた。
「ラスト!」
ラストボール……つまりレベルMAXのフォークを要求し、それに応えた松井は全力のフォークを投げる。
相変わらず真っ直ぐと大差ないスピードでチェックゾーンを通過し、ベース手前で進路を変えて一気に地面に向かって突き刺さるように落下し始める。
それを俺はブロッキングで前に落とした。
「すまん。コントロールミスった」
「相変わらず暴力的なボールだ」
土がついたボールをユニフォームで擦って落とし、両手である程度捏ねてから松井に返球する。
「MAXだけはまだコントロールが利かない。出来て半々ってとこだ」
「よし、なら1日10球程度投げてコントロール強化よろしく。こっちもこっちで後ろに逸らさないように練習しとくから」
「いや、その短い時間の中で完璧に制御できるまでにする」
「……そうか」
グラウンドの方から笛の音が聞こえてきた。
バッティングピッチャーや守備、バッティング練習の交代を告げる笛の音だ。
「なら、そのつもりでよろしく。均しておくから先に行ってろ」
「おう。すまんな」
バッティングピッチャーをするため一足先にブルペンを後にした松井を見送り、トンボで荒れたマウンドとキャッチャーボックスを均していく。
あいつのフォークはハッキリ言って化け物じみてる。
松井はコントロールミスだ、と言っていたが急激な変化に俺の目や技術が追い付いていない。
目下の課題は松井のフォークに対して目を慣らすこと。
あとは……。
「森川」
全体練習後の自主練習。
雨宮に自主練習のパートナーの誘いを受け、今はロングティーのボール出しをしているところだ。
ちなみに健太はというとB面と呼ばれるサブグラウンドでポール間のランニングをしている最中だ。
「どうした?」
「松井のフォークの事なんだけど」
「もしかして段階調整の話?」
「そんなとこだ。森川はどこまでなら捕れる?」
「レベル3。調子よくてもレベル4までだな」
「MAXは?」
「無理」
左打席に立って練習用の木製バットで打球に回転を掛け、木製バット特有の乾いた打球音と共にアーチを描きながら打球を外野後方まで飛ばしていく。
あ、またフェンスオーバーだ。
「なんかいいイメージトレーニングになりそうな教材みたいなの無い?」
「プロのピッチング動画とかはどうだ?健太も『お化けフォーク』を投げるピッチャーのフォークを参考にしてるらしいし」
「お化けフォークねぇ……」
そう呟いて雨宮は少しの間黙り込んでしまった。
でも、雨宮の気持ちはわからなくはない。
なんてったって健太のフォークはお化けってよりも……。
「モンスターじゃね?」
「モンスターだもんな」
「「……プッ、アハハハハッ!!」」
まさか2人揃って同じ感想に辿り着くとは思わず、2人で思わず笑ってしまった。
「あ~……、腹痛ぇ。まぁ、お前なら近いうち全力のフォークを音を立てて捕れるって信じてるよ」
「簡単に言うなよ」
「健太が信じるキャッチャーなんだぜ。それくらい出来るっしょ。ほら、代わろうぜ」
そろそろ俺も打ちたくなってきた。
交代してほしい事を伝えると、雨宮はすんなり代わってくれた。
ユニフォームのポケットからバッティング手袋を出し、嵌めてマジックテープでしっかり止めてからバットを握る。
お願いします、と一声掛けてからトスされたボールを外野に向かって打っていく。
「そう言えば今日ブルペンに行ったときにさ……」
「なんつーか意外な組み合わせだな。ふ~ん、健太がねぇ……」
ピッチャー陣の練習中にあった事を話したり、クラスの事だったり昔の話だったりと話題に事欠かさない健太の話について俺たちは会話を弾ませる。
2人で盛り上がった
・スクラッチ式テイクバック
簡単に説明すると肘を曲げた状態でのテイクバック。
肘を伸ばした状態のテイクバックはアーム式。
・『お化けフォーク』
SBH #41の代名詞。
テレビで見ててもその落差がえげつない。
・今日ブルペンに行ったときに
雨宮は見た。
同じクラスの女子生徒と楽しそうに話をしているのを……!
(フラグでは)ないです。