今年もよろしくお願いします。
「なぁ、翔吾。雨宮」
「ん?」
「どうした?」
ブルペンの中で待機中のオレたちは欠伸を必死に噛み殺し、さっきからあまり変化のない外の光景を立ったままボケーっと見続けている。
「オレたち試合開始からここにいるわけじゃん」
「そうだな」
「スタメンじゃなかったからな」
「そこで、だ。たぶん今のオレたち考えてる事は一緒なんじゃないかって思ってる訳でして」
「奇遇だな。たぶん俺も健太と全く同じ事を考えてた」
「あぁ。全くもってその通りだ」
グラウンドからは金属バット特有の甲高い打球音と先輩たちの怒号に似た声援、そしてグラウンドに立っている同世代の部員たちは死屍累々寸前。
まるで地獄絵図とも公開処刑とも取れる悲惨な状態。
それでもオレたちは言わずにはいられない。
「「「出番、まだ?」」」
イニングはまだ初回。
上級生チームの攻撃はまだまだ終わらない。
事の発端は日曜日の練習試合。
当時はエースだった3年生の武田先輩が先発登板したものの、5イニングを投げて被安打10、与四死球7、12失点の大炎上。
その後に登板した2年生の川内先輩も3イニングを投げて被安打7、与四死球4、6失点とこれまた炎上。
打線はビッグイニングを作るなど繋がりを見せて13得点を入れたものの川内先輩の炎上が響き、終わってみれば18対13と敗戦。
試合結果よりも試合内容、特に投手2人の投球内容に監督は大激怒。
監督が試合後部員全員に言い渡したのは武田先輩のエースナンバー剥奪、レギュラー以外のベンチ入りメンバーも今一度白紙に戻すとのことだった。
それにより紅白戦を行う事になったのだが、これがまた何故か1年生対2・3年生と言うのがさらに惨い。
上級生にとっては絶好のアピールの場になるかもしれないが、1年生にとってはまだまだ互いの能力が把握できてないため試合開始前から劣性であることは火を見るよりも明らかなことだ。
監督、考えてる事がエグすぎる。
そんなこんなあれこれ考え事していたら初回の攻防が終わっていた。
上級生チームには『10』が、1年生チームには『0』がそれぞれ白チョークで書かれていた。
「雨宮。もう少しキャッチボールしとこうぜ」
「はいはい」
「俺ももう少しバット振っとくかな」
オレと雨宮はキャッチボールを、翔吾は上級生チームの先発武田先輩の投げるタイミングに合わせてスイングすることを再開した。
2イニング目の攻防が終わった頃、ベンチへと戻ると主審を務めていた監督が選手交代を告げる。
「1年生守備の変更だ。ショート森川、キャッチャー雨宮、ピッチャー松井!今呼ばれた3名グラウンドに入れ!!」
監督に指名され、森川はショートの守備位置に行き俺たちは投球練習の球数を終えてセカンドベースのカバーに入った森川に向かって送球する。
森川を起点にボール回しを行い、マウンド上の松井のグラブの中にボールが収まったのを確認してからマウンドへ駆け寄る。
試合再開前の最後の打ち合わせだ。
「雨宮、どうする?」
「その事なんだがフォーク封印で行こうと思ってる」
フォーク封印。
つまり真っ直ぐを軸にスライダーとシュートによる左右の揺さぶりつつ、カーブも織り混ぜていくというシニア時代のピッチングスタイル。
「ほう。その心は?」
「打ち気を煽りに煽ってから打たせてとってこの停滞した空気を変える。それと……」
「「『フォークを使わなくても打ち取れる』というイメージを植え付ける」」
どうやら考えている事が同じだったらしくお互いにくっくっく、とグラブの中で小さく笑いあった。
「お前ホントにイイ性格してるな」
「お気に召さなかったか?」
「いいや、最高。しっかりリード頼むぜ」
「そっちこそしっかり腕振れよ」
そう言い残してキャッチャーズボックスに入る。
「よぉ。打たれたときの言い訳は考えてきたか?」
3年生の先輩が右打席内でニヤニヤ笑っていた。
「どうでしょう。どういう方針で行くか決めてきただけですので」
球種とコースと高さをカモフラージュを混ぜながらサインを出し、各ポジションに要求したボールに合わせてシフトを微調整をする。
「全国準優勝だかベスト4だか知らねーけどもそんな実績で通用するほど高校野球は甘くねぇんだよ」
松井にミットを向けた瞬間、投球モーションに入った。
バランスのよいフォームから投じられたボールは、打席に立つ先輩に当たるか当たらないか際どいコースへと向かっていく。
「なっ!?」
先輩は驚きの表情を見せながら避けようとするが、ボールはぶつかることなく要求したインサイドを切り裂くようにミットへ寸分の狂い無く収まった。
「ストライク!バッターアウト!!」
「え!?ウソ、今のコース入ってますか!?」
雨宮のリードに引っ張られ、何とかここまで無失点で抑えてきた。
けど、次のバッターはこの紅白戦に混じったレギュラークラスの実力を持った増田先輩。
こう言ってはアレだと重々承知ではあるが、この人だけは今試合に出ている先輩たちの中では実力が飛び抜けている。
増田先輩は無言で監督と雨宮に一礼をしてから、右打席に入った。
サインを交換し、投じた初球は
外角低めに決まり、増田先輩は見送った。
次に投じたボールはこの試合で度々使っているインコースへのスライダー。
増田先輩はスイングしてきたが、ボールに当たること無くミットに収まった。
空気を切り裂くようなスイングだった。
当たれば間違いなくホームランだろう。
3球目はよりインコースへ意識を強く持ってもらうために内角高めボールゾーンへの
そして勝負の4球目としてオレたちバッテリーが選んだ勝負球は、アウトコースからボールゾーンへ逃げていくスライダー。
しかし……。
(……!!踏み込んできた!?)
増田先輩は体勢を崩すどころか踏み込んできて、バットの芯でボールを捉えてきた。
甲高い金属音と共にライト方向へ伸びていく打球は、ポールの手前で切れていった。
その後も投げるボールを全部カットされたり、見極められたりしてカウントは3-2とこちらが追い込まれてしまった。
そして出されたサインは……
雨宮は逃げの姿勢を見せなかった。
アイツはオレを信用し、増田先輩を打ち取るベストのボールを選択した。
そんな期待に応えられなかったら、この先バッテリーと名乗れる資格は無くなるかもしれない。
込み上げてくる震えと笑みを抑え、雨宮が構えるミット目掛けて思いっきりボールを投げ込み、増田先輩はバットを振り抜いた。
打球が高々と舞い上がり打球が飛んだ方向は向かず、増田先輩も打球の行方を追わなかった。
落ちた先は翔吾が守る
両手で確実にボールをキャッチした。
この試合で最も強い打者を抑え、気が付けば右手を握り締めながらマウンドを降りていた。
「ナイスピッチ!!」
「気持ちが乗った最高のボールだったぞ!」
「少しでも援護出来るよう喰らいついていこう!!」
「「「おう!!!」」」
オレたちバッテリーの狙い通り、増田先輩を打ち取る事で完全に流れをこちらへ強引に傾けることが出来た。
さぁ、反撃開始だ。
その後、息を吹き返した1年生チームは雨宮と森川を中心となって上級生相手に2点差まで詰め寄るが反撃はここまで。
最終スコア10-8。
あと1本が出ず、1年生対上級生の紅白戦は上級生チームに軍配が上がった。