「とうちゃーく!先生はどこかなー?」
「川沿いのサイトだって言ってたよ。テントの設営はしてないらしいけど、車ごと入れたから荷物運びの心配はないってさ」
キャンプ場に着いた五人は、案内板を見て場所を確認すると美波がいるであろう場所へと向かって行った。
平日ということもあって、客数もそれほどなくすぐに美波の車を発見できたので、足早に近づいて行くと車の陰から煙が上がっているのが見えた。
「あ、あれってもしかして……」
「うん、多分すでにグビ姉モードだな」
なでしこと千明が顔を見合わせてつぶやきながらサイトまで到着すると、案の定美波は一足先に火を熾して、ベーコンをあぶりながらビールをあおっていた。
「あら、みんな。いらっしゃい」
「いらっしゃいやないですよ先生。完全に自分の世界が出来上がっとるやないですか」
「んー、設営の前に一息入れようと思いまして。おいひいれふよ、ほのふぇーほん」
「食べるかしゃべるかどっちかにしてください」
生徒たちにツッコミを入れられながらも、缶ビールを離さない美波。これはこれでいつものことだと諦めた一同は手早くテントの設営を行い、キャンプモードへと移行する。
「そうだ、お昼ごはんはどうする?」
「それなんだけど、ここはせっかく流しも近いところにあるから、素麺なんてどうかな?」
「鱒も一人一ずつ焼いて、鮎素麺ならぬ鱒素麺ってな感じで」
はらぺこなでしこの言葉に、恵那とリンがお昼ごはんの予定を話す。
今日のキャンプ飯の相談をしたときに、夕飯にはそこそこ手のかかる物を作るつもりだった二人は、お昼は簡単なものにしようということになった。そこで、ここのキャンプ場では炊事場が近くあるということで、麺類……気温も大分暖かくなったということで、素麺にしようということになった。
ということで、リンは美波が持ってきた焚き火台――というより小さめのバーベキューグリルと言った方がいいかもしれない――の上に網を乗せ、塩を振った虹鱒を焼き始める。
「先生も虹鱒食べますよね?」
「はいっ、いただきまっす!」
リンの質問に、ビシッっと敬礼をしながら答える美波に、恵那は苦笑いを浮かべながらおなじみのカセットコンロで湯を沸かし、素麺を茹で始めた。
出来上がるまでの間に、あらかじめ切ってきた薬味や、麺つゆをそれぞれの愛用のコッヘルに用意しておく。すると、程なくして素麺も茹で上がったようなので、急いで流しまで持って行き洗ってくると、どうやら鱒の方も焼けたようで、皮についた焦げ目がなんとも美味しそうだ。
「よし、できたぞー」
焼きあがった鱒を皿に盛ったところでリンが呼びかけると、野クルの三人がわらわらと集まってきた。
「お、美味そうやなぁ。二人ともありがとう」
「それじゃ、食べるとしますか。いただきます」
千明の音頭に合わせて、野クル三人と顧問が手を合わせ食べ始めた。美波は豪快に塩焼きにかぶりつくと、「はふはふ」と熱を逃がしながら、すかさずビールを流し込む。
「っぷぁー!この塩焼きとビールっていうのもたまんないですね!」
「ホント先生って飲むと変わりますよね。まぁ、おいしそうに食べてくれて嬉しいですけど」
相変わらずのグビ姉っぷりに、リンがそんな感想をこぼしている横で、他の面々は虹鱒の身をほぐして、薬味の様にして素麺と一緒に食べている。
「うん、これはこれでおいしいな。恵那グッジョブ!」
「皮の焦げた感じも香ばしくっておいしいよ、りんちゃん」
「ほろほろ崩れる身の食感も、一味違ってええなぁ」
野クルの三人にも鱒素麺は好評のようで、リンと恵那は顔を見合わせて、笑顔で頷きあった。
さて、腹ごしらえも済んだところで、夕飯の準備までしばらくフリータイムなのだが、さっそくすぐそばを流れる川へ遊びに行く……前に、一同は先ほど使ったタックルの手入れをしてしまうことにした。
淡水ということで、海釣りに比べても錆の心配も少なく白く塩が出るようなことも無いが、だからと言って当然放っておいていいという訳ではない。濡れたままにしておけば海水ほどではなくてもさびやすくなるし、ラインやロッドにも藻などの汚れが付着している。そういった汚れからタックルを守るためにも、こまめな手入れが重要なのだ。
まずはロッドから。ざっと流水で洗い流した後に固く絞ったタオルで拭いていく。
「えーと、ガイドの所は特に念入りにだったよね」
前回釣りに行った後で手入れした時に調べたことを思い出しながら、なでしこが丁寧にロッドを拭っていく。
リールはスプールを外して、本体部分はタオルで拭いて汚れを落とし、ラインが巻いてあるスプール部分は軽く水洗いをする。今回はまだグリスアップの必要はないだろう。
ルアーも水洗いして汚れを落としたら、手に刺さらないように気を付けながらタオルで挟むように水気を取って、しばらく乾かしておく。
「じゃあここで干すから気ぃつけてなー。刺さっても知らんでー」
あおいがそう言いながら、迂闊に手をついたり踏んだりしないようなわかりやすいところへタオルを広げて、ルアーを並べていく。
「心配なのは酔っぱらった先生だけど、起きる前に片付ければいいか」
千明の目線の先には、良い感じで酔いが回ったのか、気持ちよさそうに昼寝をしている美波がいた。
「だね、この天気ならすぐに乾くよね……じゃあそれまで川の方に行ってみようよ」
なでしこのその言葉をきっかけに、皆はしばらく川遊びを楽しむことにした。
「1、2、3……6回!よっしゃ記録更新!」
「甘いよあきちゃん……ほっ!……8回いった」
「ぐぬぬ、やるなぁ恵那。イヌ子はどうだ?」
「んー?私はさっき向こう岸まで届いてもーて、数えられんかったわー」
「なに?ゆるいとは言え流れがあるこの場所で、向こう岸まで届かせるとは……プロ水切りストか」
「ま、嘘やけどなー」
「あ、あきちゃん私も向こう岸まで届いたよ……ノーバンで」
「うん恵那、それはそれですごいぞ」
川遊びの定番である水切りをしながら、千明があおいと恵那のツッコミに追われている間、なでしことリンは川岸にしゃがみこんで、時折石をひっくり返したりしながら生き物観察をしていた。
「ねぇねぇりんちゃん、沢蟹見つけたー」
「おー……って結構でかいのいたな」
「これ食べられるかなぁ」
「唐揚げにするとうまいらしいけど……なでしこ、それ、食うのか?」
「んーん、気になっただけー……ばいばい、もう捕まるんじゃないよ」
なにやら物騒な会話も聞こえて来たりもしたが、それぞれ思い思いに楽しんでいるようだ。
「さてなでしこ、戻ってお茶にでもしないか?皆にも声かけて」
「そだね、じゃあ準備できたら呼ぼうか」
一足先にサイトへ戻った二人は、お茶の準備を済ませ他の三人を呼ぶと、一息つくことにした。だが、山間の日は短いもので、のんびりとティータイムを過ごしている間にも、段々と太陽が陰り始め、そろそろ夕ご飯の支度でもという時間だ。
「今日は晩ごはんの準備はしまリン達に任せちゃっていいんだよな」
「ああ、そのつもりだけど、どうした?改まって」
「いや、あたしらはちょっとやる事があるんで……」
リンの訝し気な表情に対し、千明は返答もそこそこに自分たちの荷物を漁ると、野クル部室で見せた例の段ボールスモーカーセットを引っ張り出してきた。
「ん?千明、それってもしかして……」
「お、流石アウトドアに詳しいしまリンさん。お気づきになりましたか」
千明が取り出したそれがなんであるか、リンはすぐに気が付いたようだが、恵那は首を傾げたままだったので、あおいが説明を始めた。
「これは燻製セットやで恵那ちゃん。ちゃんとしたのはお高いけど、これは我らが部長のお手製で、お手頃価格や」
「まぁ、値段のことはさておいても、これでも燻製作れるってネットで見てさ、せっかくだからやってみようって思ったんだよ。という訳で、あたしらはこっちを準備するぜ」
という訳で、それぞれやる事も決まったところで作業に入ることになった。
まず野クルメンバーは段ボールスモーカーのセッティングから始める。とは言っても、一度部室で組み立てを確認していたこともあって、すぐに組みあがり網に食材を並べ始める。
今回は何回かに分けて燻製にするため、まずは定番とも言えるチーズ、ベーコン、ウズラの卵から。チーズはプレーンとブラックペッパー入りのプロセスチーズ二種類、ベーコンはブロックを厚切りにしてウズラの卵は水煮缶の水気をよく拭き取ってから転がらないように注意して並べる。
それぞれの食材を網に並べたところで、スモークウッドに着火。段ボールに燃え移らないようにセッティングしたら、空いている部分を閉じて後は待つだけだ。
「ふふ、ふふふ。楽しみだ……」
ここまでは問題なく進んでいるということで、約一名怪しい笑いを浮かべている某部長がいるが、この調子なら倒れでもしない限りうまく行くだろう。
「さて、私たちは何から作ろうか」
「そうだねー、肉は予定通り焼き肉と例のご飯ものに使うとして、まず魚のメニューからにしよっか」
「ん、了解。っつっても、野菜なんかは切ってあるものもあるし、すぐできそうだな」
そう言いながら小分けされた具材を取り出していく。まず二人が作ろうとしているのは虹鱒のアクアパッツァだ。しかも今回は、車があるということで普段は重くて持ってこられないダッチオーブンを思い切って持ってきてある。
(『ふふふ、ダッチオーブンでアクアパッツァ……いい響きだ……』とか思ってるのかなぁ)
付き合いが長いリンの僅かな表情の変化を読み取った恵那が、そんな風に心境を予想する。まぁ、実際のところ当たらずとも遠からず、と言った感じだ。
焚き火台の上で温められたダッチオーブンに薄切りにしたニンニクとオリーブオイルを入れ香りを出したら、下処理済みの虹鱒を裏表焼いていく。表面に焼き色が付いたところで、殻付きエビとあさり(今回は手間を考えてすぐに使える真空パック)を入れて、白ワイン・水・ローリエ・タイムを加えてひと煮立ち。その後、ミニトマトを入れて煮込んだら完成だ。
「よし、ちょっと火から遠いところに置いといて……斎藤、そっちはどうだ?」
「うん、こっちも後は炊きあがりを待つだけかな」
声をかけられた恵那が作っていたのは、きのこと牛肉のピラフだ。ピラフと言うと何やらハードルが高そうなイメージもあるが、フライパンひとつで作れるということもあって意外とアウトドア向きだったりする。
まずフライパンにオリーブオイルとみじん切りにしたニンニクを熱し、そこへ食べやすく適当な大きさに切った牛肉・エリンギ・マッシュルーム・玉ねぎを入れて炒めていく。それぞれ火が通ったところで、米を入れて透き通るくらいまで炒めて、水とコンソメを入れて炊いていく。
「これで3、40分ってところかな」
「うおっ!……けほっ」
「うわー、あきちゃんがお婆ちゃんに!」
「なっとらんわ!玉手箱かよ……ほら、できたぞ」
千明となでしこの声に、リンと恵那も何事かと近づいてみれば、どうやら一回目の燻煙が終わったようで、扉になっている部分を開けて、煙が立ち上ったのを見て浦島太郎ゴッコをしているようだ。
「まったく……さて、出来の方はどうかなーっと」
千明が慎重に網を取り出していき、テーブルの上に乗せると、周りから歓声が上がった。
「きれいな飴色や、ちゃんと燻製になっとるみたいやで」
「だな。これは千明グッジョブなんじゃないか?」
「そんなに褒めるなよ、照れるじゃねーか……ただ、問題は味だからな、味見してみようぜ!」
そう言って千明がウズラの卵を手に取ると、他の面々もそれに続いた。一つずつ卵を手に取った一同は、特に示し合わせたわけでもなかったが、それぞれ顔を見合わせた後千明の「せーの」という言葉に合わせて口に入れた。
「うわっ!うまっ!」
「おー、くんたまや」
「おいしいよあきちゃん!」
「うん、これはなかなか」
「すごい、ちゃんとスモークの薫りだ」
どうやら無事に燻煙は成功したようで、口々に賞賛の声が上がる。そんな彼女たちの声に美波も起きだしてきて、何事かと尋ねてきた。
「先生もおひとつどうぞ、くんたま作ってみました」
「ありがとうございます……ん!大垣さん、あなた天才ね!これはいいおつまみになりますよ」
口調からどうやら酔いは醒めているようだが、相変わらず頭の中は酒のことでいっぱいのようである。
一回目の燻煙が成功したということで、続いて二回目に移ることになったのだが、次に燻すのはまず刺身用の甲州サーモン。これは山梨県内で養殖されている大型の虹鱒のブランド名ではあるが、鮮やかな紅色の身が特徴で程よい脂の乗りが刺身にすると美味しいと評判だ。
虹鱒に『サーモン』と名付けるのは誤解を招くかもしれないが、そもそも一般に出回っている『サーモントラウト』も海面養殖された虹鱒なので、今さらということもあるかもしれない。
そして、今回の段ボール燻製のメインの食材でもある、自分たちで釣った虹鱒も燻製にする。とはいえ、本来の作り方の様に時間をかけられないので、今回は三枚におろして軽く塩焼きにしたものを燻すことにした。燻製の薫りを楽しめればそれでオーケーといった具合だ。
さらにおまけでたくあんと醤油を燻す。醤油はネットで美味しいと評判になっていたので、試してみるのだが、たくあんに関しては美波のつまみ用ということで、半ばネタ的に持ってきたものだった。
そうこうしている間にもすっかり日が暮れていた。皆朝早くから活動していたこともあって、あれぐらいのお昼では当然足りず、すっかりお腹がすいていた。
「それじゃあ私たちが作った料理も出来上がったし、そろそろ晩御飯にしよっか」
「まってました!リンちゃん達は何作ったの?」
「それは見てのお楽しみだな」
楽しそうに話しながら、テキパキと夕食の準備を進める一同。すぐにテーブルの上には様々な料理が広げられた。
「後は適当に肉を焼いて皿に置いてくから、好きに取って食ってくれ」
リンがそう言いながらアクアパッツァを取り分ける。
「おいしそー、いただきまーす」
それを受け取ったなでしこが、待ちきれないとばかりに口に運び、一口。他の野クルメンバーもアクアパッツァにピラフにと食べ始める。
「あー、美味いわこれ。確かに魚自体の味は鯛とかに比べると弱いけど、それでもきちんと感じられるし、エビとあさりの旨味がそれをサポートしてる感じだな」
「こっちの恵那ちゃんのピラフも美味しいで。お米ひと粒ずつに牛肉の旨味が閉じ込められとる」
「気に入ってもらえたみたいで良かったよ。ほら、肉も焼けたぞ」
千明たちの言葉に照れて次々に焼けた肉を皿に放り込むリンと、えへへと頬を掻く恵那だったが、そこでスモークしたベーコンとチーズを一口ずつ味わった美波が、目を見開き横から言い放った。
「うまいっ!あー、今日は来てよかったわ。この限定ウイスキーにあうわー、これ……それと大垣さん、そろそろアレもいいんじゃないかしら?」
二回目の燻製を始めてから数十分が立ち、そろそろ頃合いじゃないかと美波が促す。明らかにつまみ目当てではあるが、確かにそろそろ出来上がるだろうということで千明が動いた。
段ボール箱からそっと取り出した甲州サーモンのサクと、塩焼きの虹鱒はそれぞれ綺麗に色づいており、バットに入れられた醤油と共になんとも言えない香りを放っていた。
まずは甲州サーモンをスライスしてみる。すると中から現れたのは鮮やかな紅色の身、そして表面部分にほんのり色がついて締まっているという状態だ。それを燻製醤油につけて食べてみる。
口に入れた瞬間思わず「うわっ」と声を上げてしまったのはリンだった。
「なんだこれ、スモークサーモンなんだけど、スモークサーモンじゃなくて、刺身なんだけど刺身じゃない。っつーか魚自体の薫りもそうだけど、この醤油がさらにやばいな」
「こっちの塩焼きを燻したやつも美味しいよ。あれだけで全然違う料理になってる」
と、反応したのは恵那だった。「ただ塩焼きにしたのも美味しかったけど」と前置きしたうえで、すごいオシャレ感が増したのだと続けた。
そして美波用にと用意しておいたたくあんはというと……。
「いぶりがっこほど癖はないし、食べやすいわ。ウイスキーとも合うし……チーズと一緒に食べるのも……アリね」
これはこれでそこそこいけるらしく、美波はウイスキーとの組み合わせの妙を楽しんでいた。
すると突然なでしこが何かを発見したようで、嬉しそうに声を上げた。
「ねぇ、この醤油で焼き肉食べてみて!なんかもう、すっごいよ!」
「ん?どれどれ?……うわ、確かにこれは……なんかもう、すっごいな!」
「あはは、ほんまや。すっごいわー!」
もはや何を言っているのかわからない野クルの三人を、リンはまたかと少し冷ややかな目で見ていたが、どんなものかと自分も一切れ試してみることにした。
(まったく大げさな……はいはい、すっごいすっご……って、うわ、ほんとにすごいかもこの醤油。さっきのサーモンで美味しいのは分かってたけど、肉にもこんなに合うなんて……薫りもさることながら、うま味やコクも増してる気がする。これは凄い調味料と出会ってしまったのかもしれないぞ……)
どうやら今回の段ボール燻製は大成功だったようで、燻製醤油が着実にファンを増やしつつ、釣りキャンの夜は更けていった。
という訳で釣りキャン飯お届けしました
どうやら彼女たちの燻製はうまくいったようですね
よかったよかった
お読みいただきありがとうございます