野クル+2日誌   作:ある介

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今回はいよいよ本栖湖キャンプですが
なかなか時間が取れず、最後まで書き切るのに時間がかかりそうなので
とりあえず切りのいいところで前編として投稿いたします



第十七話「佐藤さんありがとう」

 雲一つない青空の下、春の穏やかな日の光を浴びながら一台のスクーターが本栖みちを登っていた。

 

「ここを通るのも久しぶりだな」

 

 スクーターに乗るようになってからは長野や静岡など遠くに行くことが多くなり、思えばここをこうしてスクーターで通るのは初めてだった。

 

「さすがにスクーターだと早いな。これはもうあの頃には戻れんわ」

 

 いつものキャンプ場の受付の前まで走らせて、ふとスマホで時間を確認して出発時間から計算すると、自転車の時よりも数時間は早く到着していた。その速さと楽さに苦笑いを浮かべながらリンがつぶやく。

 

 久しぶりとはいえ、慣れた様子で受付を済ませて、サイトまでスクーターを転がしていくと、温かくなったせいか他のキャンパーもちらほらと見えた。そして湖の上にはボートもいくつか見えており、中には釣りをしている人もいるようだった。

 

「んっ、んー……さて、やるか」

 

 リンはいつものように軽く体をほぐしてから、最後に大きく伸びをして気合を入れると、早速テントの設営に取り掛かる。

 

 今までにも何度となくやってきたように、テントを立てて、ミニテーブルを設置。お気に入りのアウトドアチェアを広げて準備完了だ。

 

「焚火は……まだいいか。日が落ちて寒くなったら……いや、準備だけでもしておこう」

 

 今はまだ昼過ぎで日差しもありぽかぽかと暖かいが、ここは平地よりも標高も高く、ましてや湖のすぐそばである。日が落ちて風でも出ようものなら途端に肌寒くなるのは想像に難くない。

 

 というわけで、リンは薪を探しに林の中へと入っていった。

 

 手ごろな枝を拾っては乾燥具合を確かめて選別していく。と、同時に松ぼっくりも拾っていく。

 

『コンニチハ!』なんて声が聞こえそうなほど、一つ一つじっくりと見つめ吟味していくが……『オゥ!?ナニシヤガンディ!?』……また一つ、リンのお眼鏡にかなわなかったものが放り投げられていった……。

 

「こんなもんかな。それじゃ久しぶりに……今宵のわが愛刀は木に飢えておる……まだ昼だけどな」

 

 周りに誰もいないということで、適当なことを言いながら愛用の鉈で、拾った薪を適当な大きさに叩き切っていく。

 

「てい、ていっ!……ぐぬぬ……ふんっ!」

 

 一人きりのせいか、知らず知らずのうちに独り言が多くなっているようだ。まぁ、本人はあまり気にしてはいないようだが。

 

 一通り大きさをそろえたところで、日中はまだ必要ないということでとりあえずテントのわきにまとめてよけておく。続いてミニテーブルの上に置いておいたケトルに水を入れて、バーナーで沸かし始める。お湯が沸く間に用意するのは、最近ハマり始めたコーヒーだ……といってもお湯に溶かすだけでカフェオレになるというインスタントのものなのだが……。

 

「んー。いつか豆から挽いて淹れてみたいけど、難しそうだし……何より金がない……」

 

 先日アウトドア雑誌に載っていた記事を思い出してそう呟きながら、バーナーを見つめてお湯が沸くのを待つ。

 

 そうしてお気に入りのカフェオレができたところでようやく一息。手が届きやすいようにすぐ横に置かれたローチェアに身を沈め、マグを傾け「ふぃー」と息を吐いたところで、膝の上に置かれた本を手に取る。

 

「我ながらハマったもんだな……てか、タイトル胡散くさ……爆釣って……まぁ、買った私も私だけど」

 

 その本とは『ルアーフィッシング教えます~これであなたも爆釣フィッシングライフ!~』というルアーフィッシングの入門書で『教えます』のタイトル通り、釣りのプロという設定のキャラが先生になって初心者の生徒キャラに講義していく形式になっているので、とても読みやすく初心者のリン達にはうってつけなのだが、彼女はサブタイトルの『爆釣』という煽りが引っ掛かったようだ。

 

 ともあれ、こうしてリンの久しぶりのソロキャンが始まる。

 

 それは、グルキャン予定の前日。リンのソロキャン欲が高まった結果だった。

 

 

 

 

――いちまーい、にまーい、さんまーい……。

 

「なでしこ!もういい!もういいから!」

 

 肌寒いと体を震わせたリンに、なでしこが次々にブランケットをかけていく。

 

「ふふふ、遠慮することはないんだよ。これでリンちゃんも秘密結社ブランケットの仲間入りだねぇ」

 

 そんなことを言いながらさらにブランケットをかぶせてくるなでしこに、リンは必死に抵抗しようとするがなぜか体が動かない。かろうじて動く首を回してあたりを見れば、いつの間にかほかの野クルメンバーと恵那もブランケットを持って近づいてくる。そして彼女らの足元には『総統』と書かれたプレートを首から下げたちくわの姿もあった

 

「くっ……お、おまえらもか……ちくしょう、好きにしろ……」

 

 じわじわと近づいてくる秘密結社ブランケット構成員達の姿に、もはやこれまでとあきらめの境地でリンは空を見上げた――

 

 

 

 

「……んぁ?……ふぁーぁ。いつの間にか寝ちゃってたか……なんか夢を……まぁいいか。そろそろ日も落ちる頃だし、ブランケットじゃ肌寒いな」

 

 読書を初めてからいつの間にか寝落ちしていたようで、だいぶ時間が経ってしまっていた。

 

 何か夢を見ていたようだが、どうにも思い出せずしばらくもやもやしていたリンだったが、膝の上のブランケットを見てそれをマントのように巻いたなでしこの姿が思い浮かぶ。「我ながら意味が分からん」と頭を振ってそれを脳裏から散らして思考を切り替えて、そろそろ焚火でもしようかと立ち上がった。

 

 すると、松ぼっくりを並べて火をつけようとしたその時、テーブルの上に置いておいたスマホの着信ランプが光っていることに気が付く。どうせいつものメンツだろうと思いながら通知を開くと、案の定恵那からのメッセージだった。

 

 

 

 

【恵那:リンーやほー】

 

【恵那:今日は前乗りしてソロキャンしてるんだったっけ?】

 

【恵那:……ってあれ?……へんじがないただのしかばねのようだ】

 

【恵那:( -人-) ✝ 】

 

【リン:おい、勝手に亡き者にするな】

 

【リン:日差しが気持ちよくてちょっとうとうとしてたんだよ】

 

【恵那:そっかそっか、今日は天気いいもんねー】

 

【リン:で、どうしたんだ?】

 

【恵那:んーん、特に用事があるわけではないんだけど、ソロキャン何してるのかなーって】

 

【リン:そか、今日はのんびり読書だな。まぁみんなが来る明日まで一人を満喫するさ】

 

【恵那:さすがは山梨が誇るソロキャン娘。ま、明日私らが行くののんびり待っててよ】

 

【リン:うぃうぃ】

 

【恵那:そうだ、ご飯も期待しててね。あおいちゃんとあきちゃん気合入れてたから。私も手伝うことになってるし】

 

【リン:ほほぅ。それはそれは、期待させてもらおうではないか】

 

 

 

 

 その後恵那がちくわの散歩に行くというので会話を切り上げて、リンはバッグの中から今日の晩御飯の食材を取り出し準備を始めた。

 

(まったく、斎藤の奴はまったく……だが、ごはんが期待できるのはいいな……この間の燻製も美味しかったし、何気にみんな料理上手いんだよな……だが、今日は私も……!)

 

 まずは炭を熾しておいた愛用の焚火台で、塩コショウで下味をつけた鶏モモを焼いていく。じっくり焼いていくので時間がかかるため、その間に深めのコッヘルにバターを溶かし、あらかじめ切ってきた玉ねぎとマッシュルーム、アスパラガスを炒める。

 

 野菜に火が通ったら水とコンソメスープの素を入れて溶かし、炭火で焼いた鶏もも肉を適当な大きさに切って入れる。

 

(んー、さすがにモモ正肉一枚は多かったか……うん、塩コショウだけでも十分うまい。炭火の香りがもう一つの調味料だな)

 

 リンは余った鶏肉を摘まみつつ、料理を続けていく。スープが煮立ってきたところで、続いて『サ〇ウのごはん』を投入。柔らかくなってとろみがつくまで弱火でしばらく煮込んでいく。

 

(よし、こんなもんかな。次はこれを……おぉー、溶けてく溶けてく。ふふふ、なかなかいいんじゃないか?)

 

 ごはんが柔らかくなったところで、最後に溶けるタイプのスライスチーズをちぎりながら入れて、軽く混ぜて全体を絡めたらレトルトご飯で作るチーズリゾットの完成。

 

「それでは早速……いただきます…………んっ!あっふ、はふ……あっつい!……けど、うまっ!」

 

 チーズが絡んだその熱さに顔をしかめつつ、はふはふと口から熱さを逃がしながら食べていく。

 

(おぉぉ、とろとろチーズが鶏肉と絡んで……。炭火の香ばしさも非常にグッドだな。安いベーコンかソーセージにしようかとも思ったけど、こっちにして正解だった。そしてこんなに簡単にリゾットを作れるなんて、佐藤さんありがとう)

 

 見知らぬ佐藤さんに感謝しつつ、そして、体の中からぽかぽかと温めてくれる料理に舌鼓を打ちながら、リンのキャンプの夜は更けていった。

 

 

 

 

――翌朝――

 

「ふぃー、さっぱり。朝ご飯は簡単でいいよね。そろそろみんなも来る頃だと思うし」

 

 水場で顔を洗った後、テントまで戻ってきたリンは、ごそごそと荷物を漁るとホットサンドメーカーを取り出した。

 

「ふっふっふ。残ったチーズを全部はさんで、チーズたっぷりホットサンドにしよう」

 

 怪しい笑いを浮かべながらホットサンドメーカーを火にかけるリン。昨日の残りのチーズを使ってホットサンドを作るらしいが、一枚ならともかく、何枚か残っているのでかなりチーズマシマシのホットサンドになりそうだ。

 

「ありがとうございましたー!」

 

「ありがとうお姉ちゃん。また明日ね」

 

 程なくして焼きあがったホットサンドにリンがかぶりつき、中からあふれ出てくるチーズと格闘していると、上の道の方から聞きなれた声が聞こえてきた。結構距離があるようにも感じるが、朝の静かな時間ということもあってか、それとも単純に声が大きかったのか、リンがいる湖畔まで声が聞こえたようだ。

 

「来たか。どれ、迎えに行きましょうかね」

 最後の一口をカフェオレで流し込み、リンが立ち上がって振り返ると、坂の上から大きな荷物を持って降りてくるいつものメンバーの姿が見えた。

 

 彼女たちの後ろではこちらを見ている桜の姿も見えた。桜もリンの姿に気が付いたようで手を振っていたので、リンもまた控えめではあるが手を振り返して応える。

以前に比べて少し距離が近づいたようにも感じるのは、奈良多湖でのやり取りがあったおかげだろうか。

 

 そして、こちらに向かっているなでしこたちもすぐにリンの姿に気が付いたようで、なでしこが大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「おーい!リンちゃーん!おはよー!」

 

「なでしこ、走ると危ないぞ」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。転んだくらいじゃ私はへこたれない!」

 

「いや、そもそも転ぶから危ないと……というか胸を張って言うことではないんじゃ」

 

 いち早く駆け寄ってきたなでしことそんな会話をしていると、ほかのメンバーも続々とやってきてはリンに声をかけてくる。

 

「それにしてもしまリン早いな。何時ごろからいたんだ?」

 

「リンは昨日からいたんだよねー」

 

「そうなんや?昨日はソロキャンしとったって事?」

 

「へー、確かに昨日のメッセでは特に何してるとか言ってなかったから知らなかった。さすがはシマリングのプロだな」

 

 千明が親指を立てながらわけのわからないことを言っている中、リンが昨日の野クルメンバーとのメッセージのやり取りを思い出すと確かに各々何をしているかということは話していなかった気がした。

 

(あぁ、前乗りしてソロキャンしてるのは斎藤にしか話してなかったっけ。別に秘密にしていたわけじゃないんだけど、まぁいいか。つか昨日はこの本栖湖での釣りの話題に終始してたしな。流れで来てることを言ってもよかったけど……)

 

「とりあえず無事合流できたことやし、まずは設営してまおか」

 

 受付はすでに済ませているようで、あおいの言葉をきっかけに皆テントなどのセッティングを始めた。リンも手伝ったが、皆にとってももはや手慣れた作業なのですぐに終わらせて、いよいよ本日のメインイベントと相成った。

 

「よーし、みんな設営はできたなー?それじゃあそろそろはじめっか。なでしこ!陸っぱりでこの辺からいけそうなポイントは?」

 

「はい、ぶちょう!あの辺とあの辺が実績あるとのことです!」

 

 千明に促されて、なでしこが昨日の会話でも出てきたポイントを指し示す。

 

「うむ、それでは皆の衆。いざ出陣じゃ!」

 

「おー!」

 

 千明が声をかけると、皆揃って気合を入れて動き始めた。謎の掛け声ながら皆の声がそろうのは、ノリがいいメンバーがそろっているからだろうか。

 

 千明のノリが苦手だと言っていたリンでさえも、最近慣れてきたこともあって苦笑いを浮かべながらではあったが、小声で反応していた。ただ、その頭の中では「なぜに戦国風?」という疑問は拭い去れなかったようだったが……。

 




まずは、時間が空いてしまい申し訳ありませんでした
ということで、前書きにも書いたように
まだ最後まではしばらくかかりそうだったので、とりあえず前編の投下です

書いてる途中で七巻が発売されて、まさかの大塩コンビの結成があり
この作品ではとっくに過ぎてしまってネタにすることもできず
「ぐぬぬ」となってます……

それとまだ読んでいない方もいるかもしれませんので、ネタバレを避けつつ
七巻の感想を一言→「桜さん美人過ぎ!」


お読みいただきありがとうございます

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