野クル+2日誌   作:ある介

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第二話「ちくわの体はいただいた!」

――――翌日――――

 

「バイト行ってきまーす」

 

 今日も元気に家を飛び出すなでしこに、後ろから桜が声をかけた。

 

「なでしこ、送ってってあげるからちょっと待ってな。車ならまだ時間に余裕もあるでしょ」

 

「ほんと?ありがとう!お姉ちゃんも出かけるの?」

 

「うん、ちょっと友達のとこまでね。バイト終わりもいつもの時間でしょ?迎えに行ってあげるから」

 

「やったぁ……あ、でも今日は土曜日だから忙しくてちょっと遅くなるかも」

 

「まぁそれならそれで、お店でなんか頼んで待ってるよ……さ、行こう」

 

 桜はそう言いながら靴を履き、玄関に置いてあった車のキーを手に取って外へと出て車に乗り込んだ。その桜のあとを嬉しそうに追いかけて、なでしこも車に乗り込む。

 

「よし、シートベルトおっけー!しゅっぱーつ!」

 

 そう言って勢いよく前を指さすなでしこに、桜は「はいはい」と軽く答えながらアクセルを踏んだ。

 

 

 

 

「ふぁー……あ゛ー、なんか久しぶりに遅くまで寝てしまった」

 

 その頃、今日は学校の土曜講習が無いということもあって、いつもよりも遅くまで寝ていたリンがようやく起きだして大きく伸びをしていた。

 

 だいぶ暖かくなったとはいえ、いや、だからこそ強まったように感じる布団の誘惑から、何とか抜け出して立ち上がり、もう一度体全体を伸ばして寝ぼけた頭を覚醒させる。

 

 と、そんなリンの視界に昨日引っ張り出してきたルアータックルが映った。

 

(ルアーフィッシングか……ちょっと調べてみようかな)

 

 そんなことを考えながらひとまず朝の身支度を整え、しゃっきりしたところで愛用のタブレットを手にダイニングへと向かった。

 

 ちょっと遅めの朝食を済ませて、のんびりコーヒーを飲んでいるところでメッセージアプリが着信を知らせてくる

 

「ん?恵那か」

 

【恵那:おはよーリン】

 

【リン:やっと起きたのか……暁を覚えなさ過ぎだろ】

 

【恵那:あはは、やっぱりー?リンは何してたの?】

 

【リン:私はちょっと調べもの】

 

【恵那:キャンプ場?】

 

【リン:いや、ルアーフィッシング】

 

【恵那:なに!?リンがキャンプ以外のことを調べている……さては偽物!?】

 

【リン(偽):ふっふっふ、よくぞ見破ったな。志摩リンの体は乗っ取らせてもらった。そしてお前も……】

 

【恵那:うっ、頭が…………】

 

【恵那(偽):ふはは、斎藤恵那の体は頂いた……】

 

 相変わらずのノリの良さでひとしきり小芝居を楽しむ二人。なぜか最後にちくわが二人を正気に戻した事になったところで急に話題も元に戻る。

 

【恵那:……で、どうしたの?急に釣りの事なんて】

 

【リン:いや、きのうなでしこと話しててさ】

 

【リン:おじいちゃんの荷物の中にこれがあったの思いだして(写真)】

 

【恵那:なるほどねー。あ、ちょっと待ってて】

 

「今度はなんだ?」

 

 一体何かと疑問に思うリンだったが、恵那がそう言うのはいつもの事だし、おまけに大抵下らないことなのであまり気にしていない。いや、こういう場合だいたいちくわがらみの何やら可愛い写真が送られてくることが多いので、そう言う意味では大いに気にはなっているのだけれど……。

 

 まぁ、それならそれで少し時間がかかるだろうと踏んで、リンは検索画面へと戻る。

 

(おっ『サルでもわかるルアーフィッシングの基礎知識』か、ちょっと覗いてみよう)

 

 いくつかある初心者向けサイトの中から人気が高そうなところを選んで覗いてみることにしたリン。そのうちの一つに目を通していたところで恵那から再びメッセージが届いた。

 

【ちくわ(偽):ちくわの体はいただいた!】

 

「ん?」

 

【ちくわ(偽):(写真)】

 

「こっ、これは……」

 

 そこに映っていたのは、魚を模した犬用のパーカーを着たちくわの姿だった。そしてその後も様々な角度で撮られたちくわの写真が次々に送られてくる。

 

 その愛らしい姿に悶えつつも、リンは平静を装って返事を送った。

 

【リン:ま、まぁちくわの原料は魚だからな。ある意味真の姿と言えなくもないか】

 

【恵那:なるほど!リン上手いこと言うね!あ、散歩いってくるねー】

 

「せわしないというかマイペースというか……いってらー……っと」

 

 マイペースという意味ではリン自身も大概ではあるが、そんなことは全く気にもかけず先ほど見ていたサイトに戻る。そこで色々と見ているうちにだんだんと興味が湧いてきたリンは、部屋からタックル一式を持ってくると、サイトを見ながらいじり始めた。

 

(リールは……おぉ、動いた)

 

 ハンドルを回してみるとなめらかにローターが回転し、少しテンションが上がったリン。続いてカチャリカチャリとベイルを上げ下げしたり、ロッドに取り付けてキャスティングの真似事をしてみたりする。

 

(ふふふ、これはなかなか……)

 

「あら、釣りも始めるの?」

 

「ふぇ!?あ、いや、ちょっと興味があっただけで……」

 

 だんだんとその気になってほくそ笑んでるところを母親である咲に見られて、顔を赤くしながら慌てて取り繕う。娘のその姿に苦笑いを浮かべながら、一言だけ注意しておこうかと咲が口を開いた。

 

「釣りを始めるのはいいけど、行くなら管理釣り場にしてね。誰もいないような渓流とか湖とかで事故に遭ったりしたら困るから」

 

「うっ、それは私も嫌だ……まぁ、まだ始めると決めたわけじゃないから」

 

「そう?キャンプ始める前もそんなこと言ってた気がするわよ?ま、いいけど。お昼何食べたい?久しぶりに外に食べに行きましょう」

 

 リンは咲のその質問にしばらく腕を組んで考え込む。先ほどまでちくわの話をしていたせいか頭にこびりついていたおでんを何とか振り払い、思いついた答えを咲に告げた。

 

「あ、身延駅の近くのお蕎麦屋さんにしない?天丼のおいしいとこ」

 

 

 

 

「いらっしゃぁあー!りんちゃー……っとと、いらっしゃいませ、何名様ですか?」

 

「なでしこ……まぁ、ぎりセーフだな……二人で。」

 

「かしこまりました。こちらへどうぞー」

 

 叫びだしそうになるのを何とか途中で堪え……られたかどうかはわからないが、店にやって来たリンとその母親を席へと案内して、おしぼりとお冷を運んでいくなでしこ。

 

「いらっしゃいリンちゃんとリンちゃんのお母さん」

 

「こんにちは、なでしこちゃん。さっそくだけど、注文いいかしら?……大海老天重セットふたっつお願いするわ」

 

「え?いいの?お母さん」

 

「いいのいいの、ここはこれが美味しいんだから。たまには贅沢しましょう?」

 

「大海老天重セット二つですね、かしこまりました!」

 

 そう元気に返事をしながらリンに軽く手を振って、注文を伝えに厨房へと戻るなでしこ。リンも手を振り返し、その背中を見送った。

 

 二人がしばらく他愛のない話しをしていると「おまたせしましたー」となでしこがお盆をもってやって来た。

 

「大海老天重セットふたつです」

 

「ありがと」

 

「ありがとねー」

 

 ごゆっくりどうぞーと、その場を離れるなでしこにお礼を言って、テーブルの上に目をやればそこには、お重からはみ出るほどの大きさの尾頭付きの海老天が乗った、圧倒的な存在感の天重が存在していた。

 

(さすがに仕事中は喋れないか……いや、それよりも今はこれだな)

 

(この尾頭の鮮やかな赤と対比する黄金の衣……そこにかけられたタレの艶やかな輝きと食欲を誘うごま油と醤油の香り……完・璧・だ……海老よありがとう、いただきます)

 

 いつも通りのクールな表情かと思いきや、見る人が見ればわかるほどに喜色を浮かべながら、リンは手を合わせて箸を伸ばす。向かいに座る咲もその表情を見て微笑みながら手を合わせて食べ始めた。

 

(強者は頭から行くらしいが、私にはちょっと無理なので取らせてもらって……はむっ、うまぁー)

 

「うまぁー……はっ!」

 

 思わずと言った感じで感想が口に出てしまい、咲の方を見るとニヤニヤしているのが目に入る。それを無かったことにして二口目をかぶりつく……そこからはお互いに無言で食べ進めて、一気に最後まで食べきってしまった。

 

「ふぅ、ごちそうさま。いやぁ、思わず一心不乱に食べちゃったわね」

 

 食後のそば茶を飲んでそう言った咲に同意するように、リンも首を何度も縦に振る。二人の間にのんびりとした雰囲気が流れたところで、咲が徐に口を開いた。

 

「そうだ、リン、今朝の話なんだけど、どうせ釣りを始めるなら最初は日帰りで近場の管理釣り場からにしなさいね?あなたのことだからキャンプのついでにって考えてるかもしれないけど、荷物も増えるし慣れるまでは大変だから。それと軍資金なら多少は出してあげるから、誰かと一緒に行くこと」

 

(うっ、見抜かれてる……まぁ、誰かとっていうのは元々なでしことの話で出たことだから、誘ってみるつもりではいたけど……)

 

 まだはっきり釣りを始めるつもりではなかったものの、だいぶ天秤はそちらに傾いていたところで図星をつかれたので、リンはうっと口ごもってしまった。

 

「あとはそうねぇ、できれば持ち帰りできるところがいいかしらね。鱒の塩焼きってたまに食べたくなるし……ブラックバスって食べられるのかしら?」

 

 と、リンはそこまで聞いて「ん?」となった。もしかして……という考えが頭をよぎる。

 

「ねぇ、お母さん。私はまだやるって言ってないけど、それとなく勧めているのはそれが理由?」

 

「あら、そんなことないわよ?食べたいだけならスーパーで買った方がはるかに安上がりだもの。でもちょっとお金はかかっても娘が友達と楽しく遊べて、私も美味しくていいことばかりじゃない」

 

(そうかもしれないけど……なんかもにょもにょする)

 

 複雑な表情をしたまま咲に促されてリンは席を立った。そして彼女が会計を済ませている間に、なでしこに声をかける。

 

「なでしこ、釣りに行けるってなったら行ってみたい?」

 

「うん、行ってみたい!行けるの?」

 

「そっか、でもまだ確定じゃないからあんまり期待しないで。じゃぁ、バイト頑張ってね」

 

「わかったー、期待しないでおくねー。バイバイ、リンちゃん」

 

 満面の笑みで手を振るなでしこに、複雑な表情のまま手を振り返すリン。帰りの道中でリンはほんの少し後悔していた。

 

(ああ言ったものの、あの表情は期待してたな。これで行かないって言ったら……決まるまで言わない方が良かったかなぁ)

 

 そんなことを考えながら、リンの脳裏にはある一つの情景が浮かんでいた。

 

 

――――「このリードもヘタってきたし、捨てて新しいのを買おうかなぁ」とリンがリードを手に取ると(さんぽ!?さんぽいくの!?)としっぽを振って駆け寄ってくるなでしこに似た小型犬。

 

 そして「いや、捨てるだけだよ」とゴミ袋に入れるのを見てあからさまにがっかりしたように、しっぽと耳を下げて去っていくなでしこ犬――――

 

 

(しょうがない、帰ったらもうちょっと調べてみよう)

 

 何かを決意したような娘の表情に隣にいた咲がどう思っていたかはわからないが、彼女が鱒の塩焼きを食べる日はそう遠くないようだった。

 

 

 

 

――その日の夜――

 

「お待たせ、なでしこ。帰るよ」

 

「はーい、お迎えありがとお姉ちゃん」

 

 なでしこがバイトが終わって、店の前で待っていたところに到着した桜にお礼を言いながら車に乗り込もうとすると、後部座席に見慣れない物が積まれているのが見えた。

 

「あれ?なんか買ってきたの?」

 

「ん?んー、友達にちょっとね。ま、帰ったら見せてあげるよ」

 

 なでしこがシートベルトを締めたのを確認して車をスタートさせると、そこから家まで他愛もない話しが続く。と言ってもほとんどなでしこが食べ物の話をしているだけだったが……そんな話も家に到着したことと、桜の「豚野郎に戻ったら、今度は本栖湖周回するか?」という一言で終わりをつげた。

 

 心なしか肩を落としながら家へと入っていくなでしこだったが、ダイニングに入り夕食の匂いを嗅いだところで、スイッチが切り替わったように元気になった。

 

 食事を終えてお風呂も済ませ、いつものようにリビングでごろごろしているなでしこの所に、桜が車に積んでいた荷物を持ってやって来た。

 

「おーい、なでしこ、これ見てみ」

 

「ふぉぉ、これは……スイミングタックル!」

 

「『スピニング』だ!泳ぐのは魚だけでいいんだよ!っていうか、うろ覚の言葉を使おうとするなよ」

 

 桜が持ってきたのは、昨日話していた友人から貰ってきたルアーフィッシングのタックルだった。

 

 昨日なでしこから話を聞いて、その友人が古いタックルを持て余しているとぼやいていたのを思い出して連絡したところ、友人もいい加減邪魔になってるから捨てるか売ろうか考えていたところだから、と快く譲ってくれた。もちろん、ガチガチのシーバスタックルではなく、川や湖に適したタイプだ。

 

「一応使い方とか手入れとか聞いてきたけど、まずは自分で調べてやってみな。私は口出ししないから。それにロッドもリールも二セットあるから誰か誘ってみたらいい……ま、暇だったら車も出してあげるから」

 

「ありがとーお姉ちゃん!!えへへー」

 

 嬉しそうな顔で桜に抱き着くなでしこ。桜もまんざらではなさそうな顔でなすがままにされている。なんとも微笑ましい姉妹の光景が広がったところで……

 

「そうだ!」

 

 ばっ!と音がしそうな勢いで桜から離れたなでしこは、そのタックルをテーブルの上に並べると写真を撮り始めた。それを見た桜も、タックルを借りた友人に送るのだろうか、嬉しそうな表情のなでしこを撮影し始めた。

 

 そのなでしこは被写体になっているとはつゆ知らず、一通り撮影を終えるといつものメッセージアプリを立ち上げると文字を入力し始めた。

 

【なでしこ:リンちゃんみてみてー(写真)】

 

【リン:あ、ルアータックル。どうしたの?】

 

【なでしこ:お姉ちゃんが友達からもう使わないやつ貰ってきてくれたんだ。捨てちゃうよりはって】

 

【リン:良かったね。これで釣りにも行けるな】

 

 リンからの返事に、えへへーと顔をとろけさせるなでしこ。

 

【なでしこ:そうだリンちゃん!リンちゃん3セット持ってるよね?】

 

【リン:そうだけど?】

 

【なでしこ:私が2セット持ってて、合計5セットだからあきちゃんとあおいちゃん、えなちゃんも誘って行けるんじゃない?】

 

 実はリンもなでしこから写真が送られてきたときにその事には思い至っていた。そのことをなでしこに送ろうかと思っていたところで、なでしこから連続でメッセージが届く。

 

【なでしこ:あっ!でもでも】

 

【なでしこ:おじいちゃんのものだから、他人に貸すのはちょっと嫌かな?】

 

 であった頃のあるやり取りを思い出して、また先走っちゃったかなと焦るなでしこと、そんななでしこの心遣いに気が付いて、リンは胸が暖かくなる。

 

 するとちょっと間が開いて、リンからなでしこにメッセージが届いた。

 

【リン:そんなことないよ】

 

【リン:元々なでしこに貸すつもりだったし、皆だったら全然使ってもらって構わないよ。おじいちゃんも好きにしていいって言ってくれたし】

 

【なでしこ:じゃあ!?】

 

【リン:うん、来週学校で皆にも声をかけてみよう】

 

「よーし、明日は休みだし色々調べてみよーっと。皆なんて言うかな……」

 

 その後もなでしことリンのやり取りは夜遅くまで続いて、二人はいろいろなことを話していたのだけれど、とりあえず、明日は三人から連絡があっても、明後日皆で顔を合わせるまでは黙っておくことになった。まぁ、全くそんな必要はないのだが、なんとなく内緒の計画感があったのは否めない。

 

 ともあれ、初めての釣りに向かって動き出したなでしことリン。翌日もリンはバイトの合間に、なでしこはさっそくタックルを触りながらいろいろと調べていく。そしてその間、千明とあおいもバイトに精を出し、恵那はちくわと戯れていた。

 




ちくわ……犬……獅子丸……


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